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戦争の記憶 トレンチ・チェロ

2017 DEC 28 5:05:25 am by 西村 淳

第一次大戦は日本にとって戦死者の数も少ないせいか、日清、日露、そして第二次大戦に比べ扱いが小さい。実際戦争が勃発して100年の節目でも何もなかった。音楽好きの記憶は、青島への派兵によりドイツ兵を捕虜にし徳島の坂東俘虜収容所で、1918年に「第九」の日本初演が行われたことくらいだ。しかしながらヨーロッパの人々にとっては20世紀に2度も行われた世界大戦の記憶は未だに拭い去ることの出来ないもので、それがEU誕生の原動力の一つだということを理解する必要がある。
その戦争の記憶は文学や美術作品はもとより音楽作品にも影響を与えている。第二次大戦ではショスタコーヴィチの第7交響曲「レニングラード」のように隣家に爆弾が落ちているその最中に書かれているものもあれば、リヒャルト・シュトラウスの「メタモルフォーゼン」のように破壊しつくされた国土、人々に想いを寄せた悲痛な作品もある。
チェリスト・イッサーリスは第一次大戦の記憶としてその当時に作曲された作品として先に協奏曲のCD(BIS BISSA1992)を、そして今度は「戦時のチェロ」ということで、同時代のチェロ・ソナタの作品集をリリースした。(BIS BISSA3312)余白にはジャケット写真にあるようにトレンチ・チェロ(!?)を弾いた小品が添えられている。

トレンチ・チェロは分解してネック、ペグなどは弓と共に胴に使う弾薬箱に収納して、持ち運び易くしてあるのが特徴。第一次大戦、ベルギー、フランダースのYpresの塹壕で実際に弾かれていたもので、ロンドンの楽器商Charles Beareが所有者のHarold Triggsから直接手に入れたものとのことである。楽器としてのアレンジはW.H.Hillによっているがイッサーリスによれば、ソフトでシャイな音色を持つとされている。重さは5キロくらいであろうか。
音楽大好き人間にとってはたとえそこが戦場であろうと楽器をもって行きたい、傍に置いておきたい気持ちは痛いほどよくわかる。遠い昔のことであるが私も仕事=出張のような生活をしていた時には、どこへ行っても練習の出来るようにアメリカのジェンセンにサイレント・チェロを機内持ち込みサイズで特注したことがある。これと同じような話として楽器ではないが戦場に蓄音機とSPレコードを担いで行ったドナルド・キーン氏の「戦場のエロイカ・シンフォニー」(藤原書店)がある。
また、加藤大介の有名な戦争手記、「南の島に雪が降る」(知恵の森文庫)では極限状態にあったニューギニアの戦場で劇団を結成し上演した話に泣けたが、ここにも三味線を持ち込んだ兵隊さんも出てきたはずだ。なるほど人はパンのみにて生くるものに非ず、AIだ何だと殺伐とした潤いのないデジタル世界にあって益々こういったものが輝いていくに違いない。
さて肝心のSACDに収録されたイッサーリスの弾くトレンチ・チェロであるが、どんなふうに響くのか期待半分、不安半分だったが思った以上にちゃんと鳴る印象。ストラドを駆使したソナタに比べるとやはり音そのものは確かにシャイだけど弘法筆を選ばず、フレージングの美しさに聴き惚れた。選曲もアマチュア・チェリストのTriggsが塹壕で音にしたであろう、「白鳥」や英国国歌など。一つの歴史遺産としていい仕事をしてくれたものだと思う。

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