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静けさの中から (7) はったりがたりない

2018 FEB 20 21:21:25 pm by 西村 淳

☘(スーザン)20年ほど前になるが、私が出演したウィグモア・ホールの演奏会に、グレアム(グレアム・ジョンソン:ピアニスト)が聴きに来てくれた。終演後、ひょっこり楽屋に顔を出した彼は、意味ありげな目配せをして、「君ね、一言だけ言わせてもらっていいかな・・はったりがたりないね」とだけ言って足早に帰っていった。
私は、グレアムのこの言葉に少なからず傷ついてしまった。グレアムは何であんな事をいったんだろう。私の舞台マナーはそんなに地味なのかしら。
こんなことをぶつぶつ言っていると、夫のボブが私の顔を覗き込んで、「まさか、その言葉が有名な一節からとられたって、君は知らないの?」何のことかわからずにいると、こういうことだ。「はったりがたりない」というのは声楽家のヨハン・ミヒャエル・フォーグルがシューベルトの演奏に初めて接した時に発した、最初の言葉だそうだ。フォーグルはそのとき、すでにオペラ歌手の重鎮といった存在で、名声をほしいままにしていた。キャリアとしては晩年にさしかかっていたフォーグルだが、こののちシューベルトと親交を深め、彼の歌曲の演奏会で共演を重ねていった。フォーグルは控えめでてらいのないシューベルトの人柄に魅了されていたという。「キミは役者としても不十分だし、だいたいはったりがたりないね」はこののち音楽史の一ページに記される有名なフレーズとなった。

?(私)演奏家にも、表現の一つとして大見得を切ったり、はったりをかましたりをする場合ももちろんある。でも何度も聴かれることを前提にした録音の場ではそれはあまりいいことではない。ここのグレアムの意味深長なフレーズを著者は誤解ととらえているようだが、実際には核心をついていたのかもしれない。フォーグルにしても、これは本当に誉め言葉として理解すべきだろうか?恥ずかしながら、「有名な」フレーズを私はここで初めて知った次第。ただすくなくともフロレスタン・トリオの録音ははったりが足りないようにきこえるがどうだろう。

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