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静けさの中から (13) 聞こえてくる声

2020 MAY 18 15:15:10 pm by 西村 淳

☘(スーザン):大学時代の友人でテノール歌手のジョン・グレアム・ホールが一緒にシューベルトの「冬の旅」を勉強してみないか、と連絡をくれた。
やはりテノール歌手のマーク・パドモアが「冬の旅」のことを、音楽における「リア王」のような存在だと書いていた。それほどの名曲なのである。また弾いてみたい。
ジョンと、数日後に会い、私達がどのくらい音楽的に相性が良いか、考えが合うか、試しにちょっと練習してみよう、ということになったのだ。ピアノパートの練習を始めるとともにまず、あらゆる録音を聴いてみることにした。ある日の午後、ペーター・シュライヤーとアンドラ―シュ・シフの素晴らしい録音を聴いた。そのあと、1930年代までさかのぼって歴史的な録音をあれこれ取り出してみた。
その日、私の家には友人が泊まりに来ていた。昔、オーペアでお世話になったドイツ人女性で、夫君と一緒にロンドンに遊びに来ているのだ。ボブと私がちょうど、1930年代に録音された、ゲオルグ・ヘンシェルのCDをかけているところに彼らが戻ってきた。すると二人は私たちが聴いているCDを耳にするなり、身震いするようなしぐさをし、嫌悪感をあらわにして顔を見合わせている。低い声で、「THIRD REICH」と言っているようだ。尋ねてみると、このCDから聞こえてくるドイツ語はナチスの将校たちの発音にそっくりだというではないか。なんでも、子音と母音のニュアンスが独特で、ナチスの匂いをぷんぷんと放っているらしいのだ。これは単にヘンシェルの発音がその時代を反映しているということだ。「どの母音?どの子音?」英語を母国語とするボブと私はドイツ語の微妙な発音の違いを、どうしても聴き分けることが出来ない。言語の世界にはこのようにその国の人しか理解できないとても微妙な独特の言い回しや発音の仕方があるのだ。ヘンシェルの歌は私にはとても歯切れのよい、明瞭なドイツ語と感じられた。

?(私):余談だが、その昔私の友人が、当時日本に在住していたのユダヤ人の女性リュート奏者から直接聞いた話として、「グルダのピアノを聴くと、ナチスの軍靴の音が聞こえる」と伝え聞いたことを思い出す。フリードリッヒ・グルダは私にとって大切なピアニストの一人だし、その才能は若きアルゲリッチを虜にしたことでも有名だ。彼の政治信条は知らないが、Deccaに全曲録音していたベートーヴェンのソナタがお蔵入りになったのももしや・・などと勘ぐってしまう。
音楽を生業にしている人たちは耳に自信を持っている。私の半端な絶対音感などではなく、たとえば442Hzと443Hzを比較ではなく聴き分けられる人もいる。スーザンも彼女自身の耳には自信があるといっているし、その彼女が聞き取れない微妙な違い。ここに人の心に触れるなにかが隠されているのかもしれない。それは私たちがいくらレッスンを受け勉強しても身に着かないものだ。

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