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万年筆を修理した

2022 NOV 12 10:10:47 am by 西村 淳

万年筆の書き味がとても好きだ。滑らかさ、味のある濃淡、自在な字幅、敏感に反応する筆圧、インクの発色の良さなど他の筆記具でこれに勝るものはない。カランダッシュのボールペンにしたところで所詮ボールペン。あて名書きであろうとちょっとしたメモであろうと専ら万年筆に頼っている。
その万年筆の修理に行って来た。コロナ禍でなかなか対応してもらえず、ようやく1年越しで使用できるようになった。修理予約を取るだけでも一苦労したが、結果大満足。感謝でいっぱいだ。
修理してもらったのは友人から譲り受けたモンブランのマイスターシュトゥック#149。最高峰の万年筆だ。たとえ響板が割れていようとスタインウェイのピアノは腐っても鯛、この万年筆も同様のステータスを持つ。
有楽町駅を降り銀座柳通りを行き左に曲がるとレトロな奥野ビルがある。手動エレベータで4階に。左に曲がると「ユーロ・ボックス(Euro Box)」。ここが魔界。綺麗にディスプレイされたヴィンテージ万年筆の魔力に思わず負けてしまいそう、いやいや、今日は大魔王様には修理をお願いしに来たのだ、正気を取り直そう。
持参した149の不調は軸尻を回すと途中で止まってしまい、インクを吸い込めない。とにかく固く、インクを入れたまま長い間放置された結果である。店主の藤井さんとは会話をしながら作業を見せてもらう。余ほどの自信がなければ対面修理は出来ないと思うが、作業に向かう姿勢はきれいな仕事と謙虚さ、穏やかな物腰でも一本芯が通っていること、そして何よりも絶対的な万年筆への愛情だ。この辺りは、弦楽器工房ドンマイヤ―の鈴木さん、今は亡きヴァイオリン・マスター陳昌鉉さんも同じスタンスだった。
「これは60年代のものですね。万一の場合軸を破壊してしまうかもしれません、覚悟してきましたか?」と。このままで使用できないわけだから勿論その覚悟ありだ。「実はこの方法は10回以上やってるけど、本当は破壊したことは一度もありません。でもドイツでは破壊したことがあると聞いています」とのこと。
作業を開始すると、去年(!)廻せた軸尻がいくら力を入れてもピクリともしない。悪化している・・超音波洗浄器を使用し、筆を温水に浸して軸胴をなぞり、マイルドに温める作業を何度も繰り返す。ヤットコで挟んでようやく廻った。ここまで来たらいよいよ特殊工具に固定して徐々に引っ張るわけだが、ここがハイライト。藤井さんの緊張の一瞬・・・成功!!!「ああ寿命が縮まった」と勝利宣言。ホッと息をついた。
これが藤井さんの特殊工具。
このあとはオーバーホールと名人の指先でペン先の調整を行い終了。書き味もコリをほぐした後の気持ちの良さ。ここまでほぼ1時間のコース、お疲れ様でした。
毎日使うものだからこそ、大切に扱いたい。愛着があるしそれが故障してしまったら元に戻す努力は惜しまない。価値を認め人生を共有して来ているわけだから。
余談ながら藤井さんはクラシック音楽が大好きで、五嶋みどりが御贔屓だとか。音楽の話にも小さな花が咲いたが、近ごろは耳が不自由になってきて、好きな音楽が聴けないのがとても残念だと。これだけは他人事ではない。
私たちにはあなたが必要です。お元気で!

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