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ジャコブの世界

2025 JUL 28 20:20:51 pm by 西村 淳

ライヴ・イマジン56が終わり、早いものでもう一週間が経ってしまった。「56」のメニューはアペリティフにモーツァルト、メインにプーランクの「仮面舞踏会」という豪華さ。(Gorgeous!)個人的には「仮面舞踏会」に入れ込んでいたので備忘としたい。
プーランクは『歌曲日記』の中で《この作品は、100%プーランクである。もし、カムチャッカ半島に住む見知らぬ女性から「あなたはどんな方なのでしょうか」と手紙が来たら、私はその人に私の肖像画を二枚(コクトーが描いたピアノに向かっている姿とベラールが描いたもの)、そして「仮面舞踏会」を送ろう・・》と記している。クラシック音楽を聴き始めた頃に10インチLPから聞こえてきたこの傑作をまさか半世紀後に自身で演奏する日が来るとは夢にも思っていなかった。
ジャコブの詩にプーランクが曲を付けたわけで、何よりもまず、この男について書かないわけにはいかない。
マックス・ジャコブ(Max Jacob、1876年7月12日 – 1944年3月5日)はフランスの詩人、小説家、劇作家、画家、美術評論家、ピアノ教師であり、特に詩や散文の実験的なアプローチはとても新鮮で「仮面舞踏会」で使われている詩集『中央実験室』は代表作とされる。また若きピカソの出世を後押しした恩人で、モンマルトルの「洗濯船」(芸術家たちのアトリエ)で共同生活を送った。ピカソを代父として1915年にカトリックに改宗していたものの1944年、ユダヤ人としてゲシュタポに逮捕されドランシー収容所で亡くなる。ただ、コクトーらのジャコブ救済嘆願書への署名にピカソの名はなく、巨匠の功成り名を遂げた後の打算と弱さが垣間見える。
初めてこのジャコブの詩に接した時、こりゃあ駄目だ、頭がこんがらかると思ったものだ。言葉は、イメージを正確に伝えその論理的な繋がりが感動を呼び起こすと習った。たとえばゲーテがスイスの滝を見学し、大いなる感動を人生に投影して詩作を行う、更にその詩から霊感を得たシューベルトは曲を付ける、こういった一連の流れを論理的と言う。
一方、頭の中にはイメージのほかに「感覚」とか「驚き」ある。これらは五感や、経験などから生まれ、それは頭の中を常時駆け巡っている。1+1=2は論理の世界である。ジャコブはそれを3にも4にもしてしまう、場合によっては0に。つまり私たちが生きている世界は論理的なことのほうが例外であって非論理に満ちているわけ。ここまで考えてジャコブの詩を得心した。
井戸端会議でも「うちの犬が最近食欲がないんだけど、そういえば蝉がなくのが遅いわよ。旦那がこの前自転車でお隣の(ウ~ッ:サイレンの音)・・あ、また救急車だ。」こんな調子。大きな刺激が加わるとすべてがリセット。主語も述語もない日常はまさにジャコブの世界じゃないか!?なるほど学校の勉強が窮屈だったのはこの論理を嵌め、それを詰め込もうとするからだったわけか。
ここで、「仮面舞踏会」第1曲目の詩を掲載する。我らがバリトン、金子快聖さんの訳詩だ。曰く、「中国の百姓は皆互いに監視し合い,ブーツを履くために,両足を切ってしまう.」井戸端会議とクオリティの違いを実感してほしい。

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フランス王太子妃さまは
ご覧にならないだろう
その美しいフィルムをご覧にはならないだろう
人が巧みに秘密を嗅ぎ付けて作ったフィルムを,
というのも彼女は埋葬されたからだ
彼女が最初に産んだ息子とともに
大地の中にそしてナンテールに彼女は埋葬されているからだ.

中国の百姓は
初めてが欲しいとき,印刷屋に行くかそれか隣の女の家に行く.
中国の百姓は
皆互いに監視し合い,ブーツを履くために,両足を切ってしまう.

アルトワ伯爵は屋根に上った
月の石板を数えるために
そして望遠鏡を通して見るために,月を見ようとして
月が指よりも大きいかどうか確かめようとして.

蒸気船とその積み荷が家に衝突して座礁した.
ガチョウの脂をちょっと取ってこよう,大砲を作るために.

一方プーランクはこの詩に的確なフレーズを被せていく。たとえば中国の・・なんてところは五音音階をすかさず入れ、チャルメラ風にオーボエに吹かせてみたり、一つのセンテンスを音楽的な4小節、8小節の最小単位にまとめて非論理的に接続していく。教科書の転調なんかどこ吹く風、器楽の性能の限界を探りながら。考え、練習してプーランクの真の才能を受け止めたし、初めてサティを理解できたように感じることもできた。何よりもやっていてとても楽しかったのは大収穫だった。
ジャコブの詩は「(中央)実験室」なので、弾く人、吹くひと、叩く人、そして聴く人が
「実験者」としてその中で一体となって遊ぶことができた。言わずもがな、人生最高の場だったことを報告する。

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