Sonar Members Club No.31

since February 2013

静けさの中から (3)

2017 AUG 12 21:21:42 pm by 西村 淳

☘ 暗譜について

『ある若いピアニストが、バッハの協奏曲を楽譜を見ながら演奏していた。最近の傾向を象徴している。若い世代の音楽家は、本番でも、何のためらいもなく楽譜を使うようになっている。ピアニストが背負ってきた宿命、「暗譜で演奏」。楽譜を見ないで弾くという、その重圧からいよいよ解き放たれる時が来たのかもしれないと思うと、感慨深い。
歴史上、最も偉大なピアニストと言えば、フランツ・リストの名を上げることが出来るが、彼でさえ、レパートリーの半分は楽譜を見ながら演奏したという記録が残っている。・・かのクララ・シューマンは演奏会の場でもきちんと楽譜を立てて演奏するようにと、生徒たちに厳しく指導していた。・・ベートーヴェンも、弟子が暗譜で演奏するのをひどく嫌ったといわれている。途中で曲を忘れてしまったり、楽譜の細かい指示に従わずに雑にひいてしまったりするからだ。
ところが、19世紀末になると、にわかに変化が訪れた。コンサートでの即興演奏をしなくなるとその代わりにほかの人が書いた曲をもっと自然な様子で演奏したくなったららしい。そうなると聴衆のほうも、奏者が暗譜で演奏することを求めるようになったというから不思議である。ソリスト志望のピアニストは、暗譜をしなければならない事態に陥った。このようにしてピアニストたちを恐怖のどん底に突き落とす「暗譜は必須」という暗黙の了解ができあがっていったのである。
現在、ほとんどのピアノコンクールの応募要項には「すべての課題を暗譜で演奏すること」と書かれている。結果発表のあと、「練習時間のほとんどを、新作を暗譜するのに費やしました」と審査員に訴える出場者の様子は、何とも痛々しい。
現代のピアニストは膨大なレパートリーをひっさげて日替わりでどんどん違う曲を演奏しなければならない。ピエール・ローラン=エマールは何のこだわりもなく大きなコンサート会場でも楽譜を使って演奏している。
楽譜は教典のようなもの。見るたびに必ず新しい発見があるものだ。ベートーヴェンは弟子に厳しく楽譜を見るようにと教えていた。彼自身、楽譜にはたくさんの発見があることを知っていて、弟子にそれを伝えたかったからに違いない。』

🍀 小さなころやっていたピアノの発表会では、暗譜して演奏するという暗黙の了解があった。シャイな私は発表会が嫌で仕方がなかったが、その理由の一つに暗譜があった。いまでも小さなピアニストの卵たちは発表会では何の疑問も抱かずにそれをやらされているに違いない。ただ、小さいなりに楽譜があるのにどうして暗譜しなきゃならないんだろう?と常々思っていたし、誰も答えてくれなかった。実際、これをやるのは大変なことなのだ。結果、具体的にどうするかを教えられないまま、指で覚えていたように思う。その後、チェロという楽器を手にしてから、アンサンブルで皆と弾くときには楽譜をおいて弾くのが当たり前になっている。ただソロを弾く弦楽器奏者にはピアニストほど圧力はかからないが、さすがにコンチェルトは暗譜なしでやっている人はあまり見かけない。その真逆をやっている古典四重奏団などというオソロシイグループもあるが、その功罪については後ほど検証してみるとして、スーザンがもやもやとしたものを吹き飛ばすような一章を記してくれた。おかげでどんな場合にでも楽譜を見ながら演奏することになんの後ろめたさも躊躇もなくなった。(実際これまでだって暗譜なんかしていなかったが・・)

静けさの中から (2)

2017 AUG 5 20:20:17 pm by 西村 淳

☘ スフォルツァンドをめぐって

『演奏会の日が迫り、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲ハ短調を練習している。・・(中略)・・
ゾルタン・セーカイ教授のレッスンでの一コマである。
楽譜にベートーヴェンの手でp(ピアノ。弱い音量で)の指示が書き込まれているパッセージで議論が始まった。問題は、このパッセージの全体にpと書かれているのと同時に、その中の特定の音にsf(スフォルツァンド。この音だけに突然アクセントを付けて)の指示があることだ。1小節から2小節おきにsf。一定の間隔で並んだsfの行きつく先は、f(フォルテ。強い音量で)。つまりpで始まりfに行きつくパッセージというわけだ。その間にクレッシェンド(だんだん強く)の指示はない。
議論の的になったのは、一連のsfがどのような意味か、である。弱いpからはじめて、sfを超えるたびに徐々に強くしていき、fに至るのか。それとも、sfのついている音だけ、それぞれ「突然強く」弾き、ほかの音は影響されずに弱いまま、fで突然全体を強くするのか?
私達トリオ三人も、リハーサルのときにこの部分には気づいていた。でもそれほど大事ととは思っていなかった。どちらの弾き方も突飛に聞こえないし、音楽的に無理なことと思えなかったからである。
でもセーカイ教授は違う。こういう問題を気楽に考えるなんてできないのである。』

🍀 楽譜に書いてある通りに弾く、まずそれが大原則のクラシック音楽の演奏法ながら、上のような問題には頻繁にぶつかる。逆にそれはイマジネーションの泉でもある。楽譜は不完全なものだと言う。でも書きすぎている、書かれすぎている楽譜は窮屈で窒息しそうだ。
練習ではこういった問題が起きるたびに一緒にやる仲間たちと意思統一を行い、バラバラにならないように努めなければならない。どちらの可能性も否定できない場合にはリーダーがその方法を決める。こうしてライヴ・イマジンの演奏スタイルを統一している。さて・・そうは言っても統一は簡単ではなく、技術的な不足、裏付けのないフィーリング、弾きやすさ、そして【経験】で決めているところはやはり甘くなりがちで、妥協の産物となってしまう。かといってそれほど深い博識があるわけではないし。こうなるとやはり田崎先生の登場と相成るわけである。実際レッスンの前と後では全く違う音楽になっていることに驚く。

静けさの中から (1)

2017 AUG 1 21:21:42 pm by 西村 淳

スーザン・トムズの「静けさの中から」-ピアニストの四季(小川典子訳 春秋社)を読む。
主な活動だったフロレスタン・トリオでの演奏活動も終えたようで、実際にその演奏を聴くチャンスは日本にいるとさらに難しくなってしまった。
救いは彼女が文筆の腕も立ち、この本を読むことで、彼女の聲にじかに接することが出来ること。CDで、ということもあるが、どこか取り澄ました感じのするフロレスタン・トリオよりもより著作のほうが生身の演奏家、音楽家に会うことが出来て共感できる点も多いし、これは?ということもある。この本は同業者の小川典子の翻訳がとても良くすらすらと読めるし、ちょっと気になる表現とか「いいね」を感じたページとか、附箋だらけになってしまった。備忘録として気になったところを、一つ一つを紐解き、何回かに分けて反応してみたいと思う。

☘この時間にはこの音楽を

『演奏活動を始めて間もない頃、インドに旅行した時の出来事は、今もって忘れることが出来ない。・・ツァーが始まった数日後、関係者が突然、インドの伝統音楽のミュージシャンたちが出演するコンサートに出てほしいといってきた。開演時間は未定らしい。そこでそのミュージシャンたちと会って相談してみることにした。
最初に彼らが質問してきたことは、午前中の演奏会と想定した時のプログラムについて。「ハイドンとブラームス」。「じゃあ演奏会が夜だったら?」彼らの問いかけに、再び私たちは「ハイドンとブラームス」と答えた。すると、インドの音楽家たちは驚いた眼をして私たちを見つめ、「それじゃ、さっきと同じじゃないか!」と叫び声をあげた。・・・
それなら逆に、彼らはどんな心づもりがあるのか訊いてみた。すると、「午前中の演奏会なら《朝のラーガ》を使って即興演奏をするし、夜の演奏会なら《夜のラーガ》。その時間帯によってラーガを変える。」と答えるではないか。
インドの伝統音楽にはラーガと呼ばれる音階が何種類もあって、時間帯によってそれにふさわしいラーガ音階があるのだと彼らは教えてくれた。』

🍀ハイドンとブラームスは確かにいつでも演奏できるが、朝の演奏会だとブラームスはちょっと胃が重い。じゃあ朝は何と言われても朝向きの音楽というのは思い浮かばないし、そもそもクラシックの相場では演奏会は夜と決まっていたのではないか?「ライヴ・イマジン」は午後にやるのが恒例だがこれは伝統に棹さす行為なのかもしれない。実際に昼公演はわざわざマチネと断わるくらいだし、朝公演などお祭り以外あり得ないことではないだろうか。昼公演という時間帯を意識したプログラミングをやったことはない。インドという非常識が常識な国でのことが西洋音楽のフロント・ランナーを自任している人の心を揺さぶるところが何とも面白い。

広島 お好み焼き(2回目)

2017 JUL 22 22:22:59 pm by 西村 淳

「広島お好み焼き」のファンの一人として、どうしても行っておかなければならない店をとうとう訪問した。

広島の夏は暑い。日本全国暑い中、その日は本当に暑かった。スマホのマップを頼りに行きついた時間は木曜日の18時過ぎ。17時半に開店だが、すでに6人待ち、さらに後ろに6人。汗を流しながらじっと待つ。女二人、男一人の3人が中に入ってその後が私だ。メニューを渡され、躊躇なくなくネギ、肉玉そばを選択。
汗で下着が張り付いてめげそうになり始めたその時、おひとり様どうぞ、と神の声。一気に覚醒、気力充実でそのままカウンターに。
5分ほどしてとうとうご対面。観光客相手の店だとか、有名になるほど外野も姦しくなるものだが、広島ねぎの緑に心配は吹き飛んでしまう。

ここにはマヨネーズがあり、青のりがない。大した問題ではないが、一口入れた瞬間、これだこれ!固めのそばの歯ごたえが嬉しい。そして何よりも野菜、肉、そばのハーモニーが美しい。色々なところで「広島お好み焼き」は経験したがこれほどのバランスを感じたことがなかった。そして美味しいもの、いいものを食べたあとは胃もたれを感じないが、完食のあとの心地よさはまだ暮れなずむホテルへの道中、暑さを忘れさせてくれた。
広島は音大もある街。交響楽団もある。でもたまたまそうであったのか私の滞在した1週間、たったの一度もクラシックのコンサートの予定はなく、とても残念。

録音ビジネス

2017 JUL 16 10:10:22 am by 西村 淳

ゲオルク・ショルティのCDを蒐集しはじめた。
ショルティの生きていた時代は録音の時代。語り尽くされた「ニーベルンクの指輪」に象徴されるようにアナログ録音の技術がその頂点となっていたのは1958年から65年。同じ1958年にウィーンフィルとのベートーヴェンの「運命」をDeccaのオリジナルLPで聴いた時、そこから飛び出し来る音の物凄さは心臓を鷲掴みされたようなものだった。演奏よりもそちらのほうに耳が行ってしまっていた。
最近のクラシックのCDでリリースされているものはライヴ録音がほとんど。お金もかけず、手間ひまかけずに製作コストを切り詰めて出されるものが多いが、コンサートそのものは一回性というものが基底にあって、それはその場に居合わせることを前提にしている。どれほど素晴らしいコンサートを録音したものであっても、奏者一人ひとりが全部100点をとれるわけがなく、当然傷もある。記録である。それを承知で買うことになるが商品としてはある意味では欠陥である。一方セッション録音というものはいつでも、どこでもそして誰でもが「繰り返し」きくことを目的としているので、何度も修復を重ね、極力「欠点」のない仕上がりにしようとしている。
ショルティはとても厳しい指導をし、要求をする指揮者だったようでミスは許されなかった。その姿勢は録音という現場ではより徹底されていたに違いないし、Deccaという稀有の録音スタッフとの共同作業はこのビジネスモデルの最高のものを送り出した。
最近入手したベートーヴェンの交響曲第4番、第5番(Decca 421 580-2)、では胸のすくような演奏を繰り広げる。演奏の中に引きずり込まれるような強引さを感じるが、前述のウィーンフィルとやった5番ほどのアグレッシブな感じは後退している。しかしこのシカゴ交響楽団とのまろやかな中にも各楽器の分離、鮮明さはどうだろう。ショルティの円熟だけではない、録音技術の円熟も加味されているのだ。
CDがなくなると言われ始めてから久しいが、実際にはCDがなくなるのではない。セッション録音という20世紀のビジネスモデルが失われたのだ。今や画像をプラスしたビジネスモデルの模索が始まっている。
デジタル・コンサートホールのようにYoutubeにアップされてもPCの小さなウィンドウから映し出されるものは箱庭的でチープだ。これからどうなっていくのかは誰も知らない。
20世紀に人生の大半を送った人間にはショルティの録音には痺れっぱなしだ。これでいい、これがいいのだ。

田崎先生のボウイング

2017 MAY 2 21:21:15 pm by 西村 淳

ボウイングとは弦楽器の弓の上げ下げのこと。ダウンボウとは右手の弓元から弓先に向かって動かし、アップボウとはその逆。弓元から始めるのは腕の力を弓に乗せることが容易なため、原則、小節の1拍目はダウンボウから始める。弓先に行くにしたがって腕の力が乗りにくくなるため段々と音が細って小さくなってしまう。これをそうならないように、均一の音で弾くように楽器を始めた時には指導されるが、実際、力加減を調節するのは大変難しい。ボウイングが音を、音楽を作っているのであるから、この技術の重要性は言うまでもないが、脱力できない、がちがちの腕でやっていると、肩は凝るし痛いし、ひどい時にはマッサージのお世話になるのが日常に。
それほど重要なボウイングであるが、譜面には全くと言っていいほどボウイングの上げ下げを指示したものはない。1拍目をダウンといってもそうするにはその前の小節でアップにしていなとダウンは弾きにくくなる。当然である。ところが3拍子になると順を追ってボウイングをすると2小節目の頭はダウンにならなくなるので、ダウン、アップ、アップとする。ところがそうもいかない場合のほうが結構多い。2小節フレーズであれば2小節目はアップで始めるほうが音楽的になることもあるし、いわゆるアーティキュレーションと言われるスラーで繋いである音符はひと弓で弾くように指示されている。これにフレージングというより長いスラーも絡んできてそのややこしさに絶対としての解はないどころか、ボウイングは音楽表現そのものと言っていいのである。従ってボウイングは練習の最初に決めて、譜面に書き込んでおく必要が生まれるが、ではこれを誰がやるのか!?オーケストラの場合は指揮者という絶対的な権力者が君臨しているが、逆に全責任を負わなければならない。とすると弦楽器に精通した指揮者であれば当然のことながらボウイングも決めるはず。今回の公演では田崎瑞博さんという稀有の音楽家に指揮を執っていただいている。直接間接様々な形で指導を受けているメンバーも多く、一発オケとはいえそのコンセンサスはしっかりしている。当然のことながら田崎先生、弦楽器パートのボウイングを3曲分をたった1日でやってのけたのである。一見すると最初は中身はえ~っという物も多く(無知の恥)、何というこだわりだろう、などと思っていたが練習が進むにつれ、そのボウイングと表現しようとしているものとが完全に寄り添ったものであることを実感するようになってくる。ああなるほど・・しかもプロであればすくなくともアップもダウンも同じように弾けるだろうし、それでなければならないはずであるが、アマチュアのウデだとこう書いたほうが間違いが少ない、とそのあたりまで見通してのものと受け止めた。これがプロ中のプロの仕事。恐れ入りました。そのテイストはカラヤンのレガートを利かせたモーツァルトに似ていると言えば語弊があるだろうか。

ジュピター第一楽章のチェロパートである。もちろんここだけではなく随所にこういったボウイングが指定されている。アマチュアのコンサートであってもきっと「表現された」音楽を聴きとることが出来るはずである。ご期待ください。

広島、お好み焼き

2017 APR 28 21:21:15 pm by 西村 淳

出張で広島まで行ってきた。40年前にはお隣、広島から山陽線で50分の山口県岩国市に住んだこともあり、20年くらい前には広島方面への出張はのべ100回を超えていたはずなので、この地の人々には馴染みもあり、また愛着もある。今のライヴ・イマジンの芽生えはシンフォニア岩国で企画してもらった演奏会でベートーヴェンの5番のソナタを弾いたことに始まる。この時は心臓が口から飛び出すくらい緊張してしまい、譜面があるのに真っ白になるわ、弓は震えるわで散々なデビューだった。終演後もこの興奮状態は続きほとんど一睡もできずに、折からの台風に追われるように始発の広島行きに飛び乗って逃げるように帰京したことを思い出す。この電車がこの日の最初で最後だった。考えてみるにこれを出張中にやっていたわけで、当然チェロも持って出かけていたわけだ。
久しぶりに訪れに、名店「バッケン・モーツァルト」のザッハ・トルテも定番の地位を守っているようだったし、流川あたりの賑わいもそのまま。「お好み村」も現役だ。とても心を研ぐような旅ではないが古くからのクラシック喫茶「小夜曲-セレナーデ」も健在だ。
ただここは何といっても「お好み焼き」。
大阪焼きよりも広島焼きが好きだ。広島は野菜中心なので関西とは食感が明らかに違うし、潔い。出張の野菜不足を補うには大いに助かる。

訪問したのは流川にある「ふみちゃん」。カウンターに陣取ると生地、野菜を焼く人、ソバの人、卵と仕上げ、これが流れるように右から左に鉄板の上を滑る。

「そば肉玉」を堪能して750円也。美味い!
青海苔を歯に付け満足してホテルに帰る。

ベートーヴェンのコーヒー

2017 APR 20 20:20:21 pm by 西村 淳

ベートーヴェンはコーヒーを淹れるときに、きっちり60粒を数えていたと伝記は伝えている。有名な話ながら勿論彼の音楽とは何ら関係もない。下世話な話だが実際に数えてみると私の場合は61粒であった。ベートーヴェン君、なかなかいい線いってるじゃないか、と思ったが大体このあたりの数字は中央値なのかもしれない。
一日に3度のコーヒーを欠かすと干からびてしまう、と歌ったバッハの「コーヒー・カンタータ」(1732年ころ)にあるが、それから60年後、コーヒーは広く世間に行き渡りウィーンには多くのカフェがあった。シューベルトは仲間たちとカフェに集っていたが、耳の聞こえない哀しいベートーヴェンはそれを横目で見ながら自宅で淹れていたのであろう。淹れ方はメリタ方式のような便利グッズはまだなく、トルコ式のミルで挽いた豆をガラス製のサイフォンか布のフィルターで落としていたにちがいない。
一方コーヒーとくればケーキはどうだろう?砂糖はすでにヨーロッパ全土に行き渡っていたので、これに卵があればそれなりのお菓子は出来たに違いないし、「パンがなければ、ケーキを食べればいいのに」とマリー・アントワネットの言葉も伝えられている。ただウィーンの銘菓ザッハトルテが登場するのは1832年なので、ベートーヴェンは食べていない。それにしてもコーヒー片手にケーキを食べるベートーヴェン、なんとも微笑ましい。

コーヒーの抽出から

2017 APR 16 21:21:59 pm by 西村 淳

コーヒーの淹れ方はいろいろな方法が考案されているが、最近はペーパー・フィルターが手軽でもっぱらこれでやっている。この方法は20世紀に入り、ドイツのメリタさんが考案した方法で、その淹れ方は合理的、かつ経済的なもので豆を極細に挽いて湯との接触面積をできるだけ大きくすることで、豆そのものの量を減らすことができると聞いた。手軽さはもちろん、ペーパーの質もいわゆる「紙臭い」と言われた時代から脱してクオリティの面でも十分レベルは高い。
その昔、パルプを作る会社にいたことがあるが、コーヒー・フィルターはパルプから作られているので、そのあたりのことを考えてみた。
木材の組成は繊維とそれをくっつけているリグニンから成るが、このリグニンを除去した繊維がパルプで、絡み具合を密にしてデンプンで固めて薄く引き伸ばしたものが紙である。
パルプを作るには木材チップをアルカリ性の薬液に浸し高温高圧で5時間ほど煮る。
そうするとリグニンが溶け出して繊維のみ残る算段だ。これをコーヒーに例えるなら、細かく挽いた豆に湯が浸透するまで20-30秒くらい待って、そのあとはお湯を注いでコーヒーを抽出する。あらら、これはパルプを作るのと同じことだわと妙に納得した。
有機物である木材から一定品質のパルプを作ることはプロにとっても容易ではなく、今日でもこの分野の永遠の課題となっている。まったく同じことがコーヒーの抽出にも言えるわけで、最高に美味しいコーヒーを抽出するために豆の種類、量、湯の温度、抽出時間、焙煎具合、挽き具合、サイズ、ペーパー品質などのパラメータを経験と理論から適当に決めるが、これらのパラメータがまた相互に関連を持つので複雑だ。30年以上やっていても未だ可(飲める)のレベルにしか到達していないのは我ながら情けない。
だが一方、パルプにしろコーヒーにしろなかなか奥が深いようでいて物事の考え方が結局一つのやり方に収斂していく様は人智とその限界を垣間見るようだ。

アマチュアの練習方法

2017 MAR 14 5:05:24 am by 西村 淳

本来「その曲」を演奏するなら音を出してみる前に自分のパートのみならず、すべての楽譜を読み、知らなければならない。まずイメージを持ち、出すべき音を作ってから、音符を音にする。言われてみるとその通り、そうあるべきだよな、とは思っても、これを実践している人が一体どれ程いるのだろうか?大好きなピアニスト、ギーゼキングは音にする前に暗譜してしまい、あとは指が動くだけ、なんて言っているけれどそんな天才と同じことができるわけがない。
私の場合はパート譜を見て、書いてある音符を音にできるか、というハードルがまず第一にある。その音を適当な速さで音にできるか、がその次。その上でどれほどの強さで(この段階では大きくも小さくも自分の楽器の限界を知っていなければならない)、どんな色合いで、どんな表情で、隣り合った音との関係は・・と考え、出すべき音を選択していく。そしてすべての音についてこの作業が付きまとう。ああ、なんとも厄介で気の遠くなるようなことよ!
ここまで出来てもそれはまだ音楽とは何のかかわりのないものにすぎない。冒頭に書いたことを抜きにしてやっているからだ。これでは何をしたいのかを人に伝えるなんてことからは程遠い。
実際にはアマチュア奏者の場合多かれ少なかれ、最初のハードルで躓いてしまう。それは時間が仕事という、止めると生死にかかわるようなプライオリティの高いものに支配されており、折り合いをつけて練習の時間を確保しなければならない大きな制約があるからだ。周りから飲みに誘われても「断る」勇気がどうしても必要となるし、出張に楽器を帯同してホテルで練習する場合もあれば(海外まで楽器を持って行っている人も!!)私のように不器用で人と同じことができるようになるまで3倍も5倍も練習をしなければならない者にとっては尚更のことである。
されどモーツァルトへの渇望は癒しがたく、日々細々と続ける(大切なこと!)努力はちょっとはマシになってきたと実感できることで救われる。これが唯一のご褒美だ。

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