トルコ音楽に魅せられて
2017 JAN 14 5:05:11 am by 野村 和寿
モーツァルト(1756—91年)やベートーヴェン(1770-1827年)の時代、オーストリア(ハプスブルク君主国)ウィーンでは、トルコへの関心が高まっていました。
ベートーヴェンの時代(1792−1827年・彼の人生の後半の35年間にあたります)はオスマントルコが、ウィーン(ハプスブルク君主国の首都)を包囲して100年程度しか経っていません。
オスマントルコとオーストリア(当時のハプスブルク君主国)の戦争は、墺土戦争(Austro-Turkish War, 1716ー1718年)と呼ばれる。18世紀にオーストリア(ハプスブルク君主国)とオスマン帝国が東ヨーロッパ・バルカン半島のセルビアを主戦場として衝突した戦争でした。
異民族への関心は、今の日本語でいえば、民衆のレベルでは、エスニックなものへの関心ということであり、あるいはエキゾチシズム、夢の王国としての異国への憧憬の表現でもあります。モーツァルトやベートーヴェンに、当時のウィーンで日常的であったはずの「ヤニチャール音楽」をあえて「トルコ風」というところに、フォルクローレとエスニシティ(エキゾチシズム)に対するウィーン古典派の音楽との差異を鋭敏に感じ取ったことを発見するのです。
ベートーヴェンの第九交響曲の第4楽章で、テナー・ソロがトルコマーチ(アラ・マルチャ)にのって、歌うのは、その歌詞がまさに異教的で、ギリシャ神話を連想させるからにほかなりません。
そこで、まずは、本家本元のオスマントルコの軍楽隊の音楽を御紹介します。これは、トルコ・イスタンブールにある軍事博物館で午後2時から毎日演奏されています。曲名は「オスマントルコ 軍楽隊 オスマンの響き 古い陸軍行進曲 ジェッディン・デデン 祖先も祖父も」です。
この曲が有名になったのは、NHKで放送された向田邦子の『阿修羅のごとく』(1979−80年 演出和田勉 出演加藤治子、八千草薫、いしだあゆみ 佐分利信)というテレビドラマで最初に流れた音楽になってからです。耳をつんざくチャルメラの一種ズルナ、太鼓ダウル、ラッパ=ボル、シンバル=ズィル、そして、日本の山伏が修行の際に用いる音の鳴る杖=チェブギャーン、この強烈な音楽は、さぞや敵国を圧倒したことでしょう。圧倒したついでに、ベートーヴェンやモーツァルトの心もわしづかみにしたはずです。
ベートーヴェンが、トルコの音楽に触発されて作曲したとされるトルコ行進曲は、もともと、劇音楽 アテネの廃墟の第5曲に登場します。
ピアノで演奏される版は、後にピアノ用に編曲されたものです。
まずは、 ベートーヴェン「トルコ行進曲」オーケストラ版
劇音楽 「アテネの廃墟」より第5曲
演奏はユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏です。
同 ピアノ版 アントン・ルービンシュタイン
(チャイコフスキーと同じ頃のロシアのピアニスト)編曲
エフゲニ・キーシン(ピアノ)BBCプロムスより
次はモーツァルトです。ベートーヴェンがまじめに、トルコ音楽を踏襲したのにくらべると、モーツァルトのは、機知に溢れてとてもかわいくて、いたずらっ子なところがあります。
モーツァルト 「ピアノソナタ第11番」から「トルコ行進曲」 ラン・ランのピアノ独奏です。
https://youtu.be/uWYmUZTYE78
さらにモーツァルトは、明らかに、歌劇「後宮からの誘拐」‘または「後宮への逃走」1782年作曲)というトルコを思わせる某国でのお話をオペラにしました。冒頭に演奏される序曲も、最初からトルコの香りがいっぱいに漂ってきます。恋人コンスタンツェを某国(トルコ)から救い出すという話です。
モーツァルト 歌劇『後宮からの誘拐』序曲K.384
ファビオ・ルイージ指揮ウィーン交響楽団 2006年日本ツアーのときの演奏です。
さらにモーツァルトには、トルコ風と題されたバイオリン協奏曲第5番があります。
第3楽章(ユーチューブの演奏では全部で29:05のうちの、20:13から)は、フランスの舞曲風に始まるのですが、22:17から、これがまったく肌合いの違うトルコ音楽になります。とくに24:10からは顕著で、まさに、トルコの軍楽隊のようなあらあらしい変奏があって、優雅から粗暴へと、モーツァルトはここでも遊んでいます。
モーツァルト バイオリン協奏曲第5番 ヒラリー・ハーン(バイオリン)
パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー 2012年12月4-5日ドイツ・ブレーメン録音
最後は再びベートーヴェンです。ベートーヴェンは、あまり宗教的な人でなかったので、むしろ、ギリシャやトルコなどに興味をもっていたようです。第九のフィナーレで、テノールのソロが歌うところは、まさにトルコ行進曲の歓喜への行進です。楽譜にも、「アラ・マルチア(行進曲風)と記されています。
ベートーヴェン『第九交響曲』第4楽章から「アラ・マルチア」
ヨーゼフ・クリップス指揮ロンドン交響楽団 全体は1:05:38ですが、該当部分は、51:09からにあります。
ソリストは、ジェニファー・ヴィヴィアン(ソプラノ)シャーリー・ヴァーレット(メゾ・ソプラノ)ルドルフ・ペトラーク(テノール)ドナルド・ベル(バリトン)BBC合唱団レスリー・ウッドゲート(合唱指揮)
録音時期:1960年1月録音場所:ロンドン、ウォルサムストウ・アセンブリー・ホール 録音当時最新鋭を誇ったアメリカのエヴェレスト・レーベル35㎜磁気フィルムに記録・収録されています。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPはソナー・メンバーズ・クラブをクリックして下さい。
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東 賢太郎
1/14/2017 | 12:36 PM Permalink
ご存じと思うが日露戦争でよくやってくれたと祝勝記念を国家としてやってくれたのはトルコ、フィンランド、キルギスタンだけです。日銀からキルギスの大統領顧問で出向された方にきいた話ですがトルコには「数千年前中央アジアに住んでいた民族が、西に行ってトルコ人となり、東に行って日本人になった」という伝承まであって、その途中がキルギスということになってるそうです。3-11でも救助隊を派遣して助けてくれたのは記憶に新しい。かたやロシアに対しては今もアレッポ空爆で大使の射殺事件がおきてしまいました。歴史は根深いものです。それにしても伝承はともかく音楽もどこか我々を惹きつけるものがありますね。
野村 和寿
1/15/2017 | 2:30 PM Permalink
東さん コメント感謝。ぼくが初めて、トルコ軍楽隊を観たというか、聞いたときはまさに度肝を抜かれました。なかでも司令官が音の鳴る杖でチェブギャーンを観たときに、まさにこれは音の鳴る日本の山伏の錫杖と同じだなと思いました。これだけ似ているもので、日本とトルコは、ぼくも、これはDNAがつながっているんだなと思いました。