ケストナーの『ふたりのロッテ』とメルヘン・オペラ『ヘンゼルとグレーテル』
2017 AUG 16 18:18:31 pm by 野村 和寿
ドイツの詩人で児童文学者のエーリッヒ・ケストナー(1899-1974)の子ども向け小説『ふたりのロッテ』を読了しました。翻訳は高橋健二の翻訳で『ケストナー少年文学全集6』に所収の1962年版(岩波書店)と、池田香代子の翻訳で『岩波少年文庫138)に所収の2006年版(岩波書店)とが出ていて、そのどちらもを読んでみました。ちなみに、少年文庫には、小学4・5年以上と書いてあります。ぼくもその意味では、小学4・5年以上に該当しているので大丈夫かと。
この作品は単なる子どもだましの作品かと思うと大いに違っていて、大人が身につまされる作品です。ネタバレを覚悟で、書いてみます。ビュール湖のほとりのセービュールにある夏の間だけの寄宿学校にやってきた二人の少女、ひとりはルイーゼ・パルフィー ウィーンからやってきた長い巻き毛の少女。南ドイツ・ミュンヘンからやってきたのはきっちり編んだおさげの、ロッテ・ケルナー。ふたりは、髪の毛の形以外、姿形がうり二つだったのです。ふたりのそっくりさんは、同じ部屋、ベッドも隣同士になります。
ルイーゼには父親しかおらず、ロッテには母親しかありません。
ウィーンからやってきた巻き毛のルイーゼのお父さんパルフィー氏は、オペラの楽長、ウィーンで作曲の傍ら、歌劇場で指揮をしているという設定。どうも、R.シュトラウスを思わせる設定なのが面白いです。
歌劇場では、まさにフンパーディンク(1854-1921)のメルヘン・オペラ『ヘンゼルとグレーテル』(1893年初演)が上演されようとしています。本のなかででてくる「ふたりのロッテ」とこのメルヘン・オペラは浅からぬ因縁です。フンパーディンクのほうは、グリム童話を翻案して3幕ものの子どもたちの為の『オペラにしたててあります。グリムが悲劇なのに対して、オペラではハッピーエンドになっています。対象が子どもたちといっても、作曲者フンパーディンク自身、ワーグナーの弟子だったので、その全体を流れるメルヘンといっても、かなりワーグナーの色が濃い作品になっています。
しかも、よくよく考えると、このメルヘン・オペラ『ヘンゼルとグレーテル』は、箒(ほうき)職人の兄ヘンゼとグレーテル(妹)が、両親に捨てられて、森の中に送り出されます。しかも両親は子どもたちを愛しているのです。両親はそうすることを悲しんでいます。森の中で迷ったところからストーリーが始まります。
この点も『ふたりのロッテ』は、しっかりと、関係させています。もちろん、少年時代にこの本を読んだときは、そんなこと知るよしもありませんでした。
メルヘン・オペラの『ヘンゼルとグレーテル』の話を少し。なかで、お菓子の家 実は魔法でおびきよせた子どもたちを食べてしまう悪い魔女の家に、日本では、「お菓子の家」と称しているのですが、「ふたりのロッテ」の中では、「ぽりぽりと取れるコショウ菓子の家」と書いてあります。少し調べてみると、香辛料お菓子レープクーエン(Lebkuchen)わけても、家の形をしたものを、プフェッファークーヘンハウス(Pfeffer kuchenhaus)と称するのだそうです。哱蜜、香辛料、オレンジ・レモンの皮、ナッツを用いて作ったケーキのことだそうです。
そのことを日本では、「お菓子の家」と呼んでいたのを、今回初めて知りました。
映像では、1981年にわざわざ凝ったバイエルン州立歌劇場を中心に活躍した演出家エファーディングの凝った演出のもと、ゲオルグ・ショルティ指揮ウィーンフィルハーモニー管弦楽団が、小さなオペラハウス、会場にいる観客は、子どもたちだけ、そして、ピットには、コンサート・マスター ゲルハルト・ヘッツェル率いるウィーンフィルハーモニーが、ちゃんと正装の燕尾服を着用して演奏にのぞむという映像です。
歌手陣も素晴らしく ヘンゼル=ブリギッテ・ファスベンダー(メゾ・ソプラノ) グレーテル:エディタ・グルベローバ(ソプラノ) ペーター:ヘルマン・プライ(バリトン)お母さん ヘルガ・デルネシュ(ソプラノ)。最初の3人は有名だと思いますが、デルネシュは、1967年のバイロイトでワルキューレを歌ったり、カラヤンの『トリスタンとイゾルデ』でトリスタンを歌っている往年の名歌手です。ワーグナーの弟子だった作曲者フンパーディンクはこのあたりにも、ワーグナーの影響の歌手をおいているところがなかなかにくい演出です。全部で1時間49分。ヨーロッパでは、よく子供連れで聞くことが出来るクリスマスの上演になっています。全曲 下記に動画がありました。
ほかにも、YouTubeでみつかりました。第2幕に「夕べの祈り」というヘンゼルとグレーテルの歌う二重唱がありますが、ここでは、エリーザベト・シュヴァルツコップとエリーザベト・グリュンマーが歌う音楽がありました。カラヤン指揮のフィルハーモニア管弦楽団です。
エリーザベト・シュヴァルツコップ エリーザベト・グリュンマー
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮フィルハーモニア管弦楽団
次に続くのが14人の天使たちによる、「夢のパントマイム」という曲です。この曲をオットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団が演奏している音声です。
夢のパントマイム 1960年 オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団
さて本題は「ふたりのロッテ」ケストナー作に戻ります。
二人のロッテのうちのウィーンのルイーゼは、父親ルートウィッヒ・パルフィー氏がオペラの作曲家で「真の芸術家かたぎ」の楽長、奥さん(母)がいないので、食事はインピリアルホテルの食堂で、オムレツ(ウィーン風)、父親は牛の足のいぶし肉(Tafel spitz ターフェル・シュピッツ)をいつも食べています。父の内面生活は独特なもので、複雑、音楽的な着想がわくと、それを書き付け、作曲するためにひとりにならなければならない。ウィーンのフィルハーモニーがバルフィー氏の最初のピアノ協奏曲を初演(のために作曲)したときは、彼は無造作にグランドピアノをとりにやらせ、ケルントナー環状通り(ウィーンのリンク)に借りた仕事部屋に運ばせたとあります、仕事部屋では楽譜を書いているばかりでなく、オペラの女の歌手たちと歌の約の研究に余念がありません。お父さんパルフィー氏のつきあっている女性はイレーネ・ゲルラハ嬢といいます。ワーグナーの『ニーベルンクの指環』のワルハラを想像してしまう名前です。もじりでしょう。
ウィーン国立歌劇場で、『ヘンゼルとグレーテル』をパルフィー楽長が指揮をします。ロッテは、よそいきの服を着て、ウィーン国立歌劇場の2階のロージェという小部屋のようになった上等の席で、天鵞絨針(びろうど)の手すりに体をおしつけて、目を輝かせながらオーケストラを見下ろしています。えんび服を着たおとうさんは、なんとすばらしいスタイルでしょう。楽手たちの中にはずいぶん歳をとった人もいるのに、なんとみんなが指揮に従っています。お父さんが棒で強くおどすと、みんなはできるだけ大きな音で演奏します。低くさせようと思えば、みんなは夕べの風のようにさらさらと鳴らします、みんなはおとうさんをこわがっているにちがいありません。お父さんはさっき満足そうに桟敷席のルイーゼにむかって、目くばせをしました。ウィーン国立歌劇場には顧問官(医者)もいます。医者の顧問官シュトローブル先生です。この先生さすがにウィーンらしく、フロイト(ジークムント 1856-1939年)の影響を受けている精神科医なのです。このあたりも面白いです。この人物もあとあと物語に効いてくる存在です。
一方、もうひとりのロッテ ミュンヘンのロッテは、母だけで父がいません。母はルイーゼロッテ・パルフィー婦人(旧姓ケルナー)は、6年前に夫と離婚、ミュンヘングラフ出版社でグラフ誌の編集長です。編集者なので、帰宅は夜遅くなり、ロッテが、「うちの小さい主婦さん」をしています。ミュンヘンのマックス・エマヌエル通りの小さな住まいに住んでいますが、ロッテは、母のために小さな主婦さんとして、晩のおかずの材料を買いに行きます。オイゲン王子通りのかどの肉やフーバー親方のところで牛肉を半ポンド、かのこまだらのヒレ肉で、腎臓と骨を少しずつ添えてもらいます。スープに入れる野菜とマカロニと塩をかうためワーゲンターラーおかみさんの食料品店に通います。マカロニスープをつくります。マカロニの水のなかに塩をどれくらいいれたらよいのか?ニクズク(ナツメグの和名です・ニクズク(肉荳蔲))をおろしたり、野菜を洗って、ニンジンを削ったりします。20分前に煮立っているお湯にマカロニを投げ込まなければなりません。
もう賢明なる読者のみなさんはおわかりだと思うのですが、夏の寄宿学校から、夏が終わるときに、ミュンヘンへ、ウィーンへ、ふたりのロッテが帰宅するときに、なにしろうり二つの姿形のふたりは、ふたりで、謀って、取り替えっこをしてしまうのです。つまり、ミュンヘンから来たロッテは、「ウィーンのルイーゼ」になりすまし、ウィーンへ。ウィーンから来たルイーゼは、「ミュンヘンのロッテ」になりすまし、ミュンヘンへ戻ります。
姿形はうり二つなのに、性格の違うこのふたりにふりかかる毎日の生活とは? ふたりのロッテは、ふたりだけの情報交換の手紙に、局留め郵便を利用しています番号は「ワスレナグサ ミュンヘン18番」です。そしてふたりのロッテの結末は?お父さんパルフィー氏の音楽家と、お母さん編集者ルイーゼロッテ・パルフィー女史の運命は?
あとは、みなさんお読みになってみてください。全部でわずか205ページほどの佳作です。原題は”DAS DOPPELTE LOTTCHEN” Erich Kästner 1949です。
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Categories:本
東 賢太郎
8/19/2017 | 10:48 PM Permalink
お菓子のロッテの社名はゲーテの『若きウェルテルの悩み』のヒロイン「シャルロッテ」からですね。『ヘンゼルとグレーテル』はドイツではX’mas、年末の定番で娘を連れて行きました。オペラハウスが着飾った子供だらけになる唯一の曲でしょう。フンパーディンクはどうしてこれ一発屋で終わったんでしょうね、そう思う程の名曲です。不思議です。童話はあんまり知らないけど、書いてみたらひょっとして面白いかなと思える魅力がありますね、読んでみます。
野村 和寿
8/20/2017 | 6:52 AM Permalink
東くん 読んでいただいてありがとうございました。そうですね。ぼくは、もう35年くらい前に若杉弘の指揮で、日生劇場で、ヘンゼルとグレーテルを聴いて以来、ことあるごとに聴いているメルヘン・オペラです。たしかに、ほかにもメルヘン・オペラを何曲か作曲したらしいのですが、あまり知られていませんね。マンフレート・グルリットという指揮者がいました。藤原歌劇団の創設者で、戦前、近衛秀麿が、ナチスから日本に逃がして、戦前、戦中、戦後、日本で活躍をしたのですが、この人がフンパーディンクの弟子でした。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88
ウィキに資料がありました。