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『バトル・オブ・ロサンゼルス』を知っていますか?その②

前回に引き続き、『バトル・オブ・ロサンゼルス』その②です。

米英戦争(1812−1814年)以来、2001年9.11の同時多発テロまで、アメリカ合衆国本土が、攻撃を受けたことは数えるほどしかありません。その唯一の例外が、日本海軍によるカリフォルニア攻撃でした。1942年2月23日に、伊号第十七潜水艦による、米国カリフォルニア州への砲撃が行われています。

さらに調べてみると、1942年9月9日、および9月29日、潜水艦に格納された零式小型戦闘機1機が、オレゴン州とカリフォルニア州を襲い、2発の焼夷弾を投下しました。この都合3度の攻撃こそ、ただ1度のアメリカ本土攻撃でした。ハワイ真珠湾の陰に隠れてあまり知られていない、アメリカ本土攻撃について興味をもちました。

伊十七潜水艦による米本土砲撃を図示してみました。

エルウッド製油所を砲撃した伊号第十七潜水艦

 

エルウッド製油所の攻撃前、1928年撮影された資料写真です。

この絵は、AMERICAN OIL&GAS HISTORICAL SOCIETYのホームページ

Japanese Sub attacks Oilfieldで読むことが出来ました。

1942年9月9日(水曜)午前4時 今度は日本海軍伊号第二十五潜水艦(第十七とは別の艦に搭載されていた、零式小型水上偵察機が、米国西海岸カリフォルニア州からオレゴン州にかけて93㎞の内陸部ブルッキングズ市街の森林地帯 ウィラーリッジ上空に焼夷弾(合計155㎏)攻撃をして、焼夷弾2発を投下し2発ともに爆発しました。これにより小規模の火災が起きましたが、当地は、珍しく前夜から振っていた雨のため森林が湿っていたためにすぐに鎮火されてしまいました。さらに、同潜水艦は、1942年9月29日 ケープ・ブランコ沖合93kmから オレゴン州に2回目の焼夷弾攻撃を行いました。ケープ・ブランコ沖合93㎞から発進した零式小型水上偵察機は、内陸部に30分飛行し、オーフォード近郊の森林地帯に向かって 焼夷弾を2発投下しましたが、残念ながら、幸か不幸か米陸軍に発見されることはありませんでした。

 

焼夷弾攻撃を行った戦闘機は、零式小型水上偵察機です。(写真ウィキペディアより引用)

 

伊第二十五潜水艦から発艦した零式小型水蒸気による米本土攻撃を図示してみました。

 

米本土攻撃2

1942年9月29日日本海軍航空機による米本土攻撃2回目

 

 

まとめてみますと、

日本海軍による本土攻撃2

日本海軍による米本土攻撃をまとめてみました。攻撃は、日本の1942年9月17日付けの朝日新聞にも紹介されています。

 

 

朝日新聞1942年9月17日付け記事(クリックすると拡大して読むことが出来ます)

朝日新聞1942年記事2

朝日新聞1942年9月17日付け記事その2(クリックすると拡大して読むことが出来ます)

確かに、日本海軍による1942年の3度にわたる米本土攻撃は、今に成って思えば、限定的にとどまるといわなければなりません。しかし、米西海岸一帯を不安定な状態に陥れる。米海軍は貴重な戦力を西海岸の警備に割くことになりました。

ところで、『1941』(1979年アメリカ)という映画をご存じでしょうか?スティーブン・スピルバーグ総指揮・ロバート・ゼメキス監督、ジョン・ベルーシ、ダン・エイクロイド、クリトスファー・リー出演です。スピルバーグ唯一の大こけ作品ですが、今でもカルト的人気をもっている映画でもあります。なかで、ハリウッド攻撃のために派遣された日本海軍の潜水艦が、羅針盤を壊してしまうという喜劇ですが、艦長を堂々と演じているのが、日本が誇る三船敏郎でした。その三船は、このドタバタ作品の中で、一度も笑うことがなく、まじめに艦長を演じています。登場しているシーンも入っている一部の映像を貼り付けておきます。なぜ、この『1941』が失敗作に終わったかという一因に、ロサンゼルス攻撃つまり『バトル/オブ・ロサンゼルス』が、映画公開が、この事件から37年後に至るも、アメリカ人にとって、あまりにもなまなましい記憶であり続け、とても笑いの対象ではなりえなかったというのがありました。一度も笑っていない三船敏郎をご覧ください。

参考文献 伊四〇〇型潜水艦 最後の航跡 上巻・下巻 ジョン・J・ケーガン 秋山勝訳 草思社 2015年刊

参考ホームページ 「アメリカン オイル&ガス ヒストリカル・ソサエティ」アメリカ 史学協会 写真 ウィキペディアより引用

*なお米国西海岸への日本海軍の攻撃は、1942年から46年まで実施された日系人収容の口実ともなりました。1988年レーガン大統領は、日系アメリカ人保障法に署名し、1992年ジョージ・ブッシュ大統領は国を代表して謝罪、1999年までかかって賠償金が支払われました。

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    6 comments already | Leave your own comment

  1. 西室 建

    4/4/2017 | 10:29 PM Permalink

    この虚報は知っていました。
    慌てた米陸軍は本気で日本軍の上陸を警戒し、いざという時はロッキー山脈で食い止める作戦を立案しています。

    日本海軍は調子に乗ったのか、ほぼ同時期にはるかインド洋の外れのマダカスカル島沖にイ号潜水艦3隻が派遣され、上陸・陸戦まで行っています。

    地球を一周する勢いですが、一体何を考えていたのでしょう。

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  2. 野村 和寿

    4/4/2017 | 10:40 PM Permalink

    西室さん コメント感謝。なにしろ、長い間時間があいたので、やたらに丁寧に調べてしまいました。閑話休題、経緯はわかってはいないのですが、ぼくが、10年ほど前に、南ドイツのマンハイムというところの友人宅でテレビをみていたら、スポットCMに、なぜか、ドイツ海軍潜水艦と、邂逅する日本海軍潜水艦の艦長どうしの交歓するという映像が何度もスポットCMに使われていました。でも、なんのために使われていたのかは、ことばがわからなくて分からなかったのですが。とにかく、いまだに、潜水艦 マダガスカル沖での、ドイツ海軍と日本海軍の邂逅は、ドイツでも好意的に捉えられている様子でした。

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  3. 西室 建

    4/5/2017 | 10:19 AM Permalink

    当時のマダガスカルは簡単に攻略されて転んだ宗主国フランスのヴィシー政権下だったのですが、南アの英国軍に締め上げられて日本に応援を頼んできた訳です。

    英海軍もインド洋から追っ払われていたので、まぁシブシブ行ったのですがね。

    攻撃もイ号潜水艦に載せていった特殊潜航艇『甲標的』の魚雷攻撃ですが、これが効果的でした。

    その甲標的が座礁してしまい乗員2名、秋枝大尉と竹本一曹が脱出して上陸したのです。お二人は英軍の降伏勧告を無視して戦死されました。

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  4. 野村 和寿

    4/6/2017 | 10:29 AM Permalink

    西室さん さっそくコメントありがとうございました。ぼくも、そのマダガスカル周辺の日本海軍潜水艦の作戦行動について、吉村昭の「深海の使者」の記述で知りました。それにしても、日本海軍第六戦隊(潜水艦)の作戦海域は本当に広いですね。伊号第十七潜水艦など、オーストラリア海域の商船攻撃とか哨戒までしていたんですから。

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  5. 西室 建

    4/7/2017 | 10:45 AM Permalink

    野村さん
    この手の話になると止まらなくなりますので又失礼。

    近藤道生さんという博報堂の社長をされた元大蔵官僚がおられましたが、この人は短期現役主計の海軍士官でした。

    そしてマレー半島のペナンで、日本とドイツが唯一共同作戦を展開したインド洋潜水艦隊運用のリエゾン・オフィサーに当たっていたそうです。
    ヴィルヘルム・ドメス少佐の率いる潜水艦隊はうろ覚えですが『モンスーン戦隊』というゴレンジャーみたいな名前じゃなかったかな。

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  6. 野村 和寿

    4/7/2017 | 11:28 AM Permalink

    西室さん コメント感謝。ぼくも、潜水艦戦については、なかなか面白いし、発見が多いので、いつも気にして追っかけるようにしています。ヴィルヘルム・ドメス少佐ですね。モンスーン戦隊については、下記の、「Uボートネット」に出ていました。http://www.uboat.net/maps/indian_ocean.htm

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