贋作 ジェット・ストリーム ライブほのぼの編
2026 JUL 9 20:20:07 pm by 西 牟呂雄
ーエデンの東 インストゥルメンタル が流れるー
皆様、やっとお会いできました
ライヴにも様々なスタイルがあります
野外の大会場で数万人に向けて
スタジオで数人を相手に
ストリートでほのぼのと
いずれにせよ その場の観客の
参加しているという”気”が
エネルキーとなって盛り上がります
どうぞ ”気” を受け止めてください
ジョニ・ミッチェルの美しい歌声です
[
いかないでください
どこへもいかないで
ここにいてください
もっときかせてください
もっとはなしてください
わかっています ときがきたことは
ですが わたしにできることもないのです
ただ ただ もうすこし もうすこし
このともしびが つきるときまで
影ができるような 満月の下で
笑顔の貴方は 急に駆け出した
風も熱いこの浜辺で 振り返りもしない
長い髪が左右に揺れて 星がまたたく
そっちに行っちゃ危ないよ 星空に溶けちゃうよ
お次はマンネリのカリスマ J・Bの初期の映像
倒れるパフォーマンスからマントを持ってくる人も 2006年の亡くなる直前のライブまで全く変わりませんでした
没後20年が過ぎました
ーミスター・ロンリーが流れてくるー
皆様お愉しみ頂けましたでしょうか
マンネリのカリスマとは口が滑りました
『天使にラヴソングを』でウーピー・ゴールドバーグが
真似をして受けていたのをご記憶でしょうか
最後はほのぼのと
CSN&Yの曲で
また、空の旅でお会いしましょう
お相手はパーサーのジェット・ニシでした
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『言葉』は言葉であって真実ではない Ⅲ
2026 JUL 1 9:09:09 am by 西 牟呂雄
『私とはどういった人間か』といった問いに対して明確に答えられる人はいますか?
或いは自身で『本当の私は』と語る時に明確な言葉を持っているだろうか?自分探しの旅、などという全くの無駄が流行った時代もあったが、その旅に出て本当の自分に出会った者など聞いたことがない。
話は飛ぶが、現代文のテストで例文が提示され、『この時の作者の気持ちを次の「アイウエオ」のうちから選べ』という設問があった。大体5択で3つくらいはトンチンカンなものだが、2つは引っかけだったりこれもありかなという仕掛けで苦しんだ。そしてこういう設問が大嫌いだった。そもそも作者に正解を訪ねたことはあるのか。
と言うのも作品を巡ってツベコベ抜かす文芸評論家なんぞ、作者の生い立ちから執筆当時の状況から類推して自分の仮説を述べることでメシを食っている輩だ。
或いは宗教も経典の解釈が違えば〇〇派だの△△主義に分裂して戦争までやって来た。その際には作者並びに予言者が本当に言いたかったことについて、本人に確認することもできずに争っている訳だ。
この僕のブログにしたところで、やらかしたマヌケな所業やら思い付き・嘘っ八を書いて面白がっているが、全部真に受けられて書き手である僕は性格破綻者だと勘違いされている可能性もある(本当に破綻しているかもしれないが、医者から言われたことはない)。実際にお目にかかればそのギャップに驚かれることだろう(と思う)。
するとだ、一体何のためにこんなプログを書くかと言えば、別に嘘やフェイクを巻き散らかしたい訳ではない。自分でもよく分からないのである。賢明なる読者(がいるとすれば、だが)に読み解いてもらいたいわけでもない。
むしろ、強いて言えば僕が幼児期から今まで経験し感じ取って来た様々な事象と、現在の環境・立場が書かせている、といった方が正しいようだ。僕は保守派である。東京のど真ん中で生まれ育ち働いている。ときどき海外に行く。山荘にこもる。矢沢永吉を聞く。ライブに行く。酒を飲む。こういった平凡なる日常を紡いでいる。そして慣れ親しんでいる日本語でブログを書くが、『ことば』として使っている言語は突き詰めれば刷り込まれたものであり、その筆使いもすべて今までどこかで誰かが使った筆致に違いない。
例えば使い慣れない言語で文章を書くとか、幼児がやっと話せるようになった頃、さらに恐ろしいことにアルツハルマゲドン状態になってしまった時、人が伝えられるのは自分が使える狭い範囲の言葉の範疇でしかない。
即ち、私たちは『ことば』の奴隷にされているのだ。
冒頭の話に戻れば、自分を語るのに『ことば』を使ってしまえばオリジナルなものはそこにはなく、探そうにも見つかるはずもない。例えば年寄りの自慢話で『オレはこういう人間だから』という語りには、客観的な真実はまずない。他人からそう思われているかどうかは分からないままに自分のなりたい姿を『ことば』にしてしまうからだ。
こういうことを考えているうちに僕は急激に退行を志向し始めた。『ことば』からの解放だ。
きっかけは相続した山荘を管理しだしたこと。爺様が樹木を植え陰影を造り、相応しいところにツツジを植えて、芝生を敷いた。これを維持するのも結構な手間で、たまに老木が枯れたり芝生がはげたりするのを手間暇かけて手入れする。
するとその調和の取れた配置に全く興味を示さないモグラが土を掘り上げてしまう、芝生には邪悪な雑草が押し寄せて来るる。ファームに至ってはジャングルになるほど荒れる。
剪定で庭木を刈り込む、這いつくばって雑草を抜く、花火でモグラを駆除する、草刈り機で笹を刈る、高枝を鋸で落とす、ジャガイモを収穫する、ダイコン・ニンジンを蒔く・・・、全て一人無言でこなす。思いついたメロディ~を口ずさむ。
これらを一日やると『自然と戦っている』と実感する。
にもかかわらず手入れした庭を見る人はいない。収穫を喜ぶ人も皆無(ニンニ君はたまに料理に使われ、ジャガイモは貰われていったのは収穫の1/10、豆粒のようなのこりは私の非常食、ダイコン・ニンジンの出来損ないは摺りおろし)。
そして私の尊い労働を目撃する人もない。このムダな時間。
こうして忙しくしていると、モノも考え込まず本も読まず一心不乱に続けて、フッと時間が止まる、微笑む、眉をしかめる、といった真空状態になるが、それを表す『ことば』はない。どうもその状態こそが真の自由な心持ちのようにに思われるのだが。
そして『ことば』に支配される日常に戻っていく。
しかし悲しいかな人間は『ことば』が無ければ考えることもできなくなっているではいか。こうなったら、☆や▽や◇の図形を組み合わせた新しい心象文字をこしらえて、一瞬の真空状態を表現する新しい『コトバモドキ』を創って遊ぶのはどうだ。
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二刀流の秘密
2026 JUN 22 7:07:55 am by 西 牟呂雄
大谷翔平の超人ぶりを見ていてフト気が付いた。この人は右投げ左打ちという器用なバランスにより、超人的な能力を発揮できるのではないのだろうかか。そう言えば過去の偉大なプレイヤーであるイチローや松井秀喜も利き手は右なのに左打ちだった。
ただ不思議なものでその逆、左投右打ちはあまり思い浮かばない。確かスイッチ・ヒッターだった松井稼頭央はそうだったかな。大谷・松井(秀)・イチローは右利きだが打者は左の方が有利だと考えて矯正したのだろう。
それはともかく、いい加減ガタの来た我が肉体に何か処方箋はないかと考えていた時に、このことにハタと思い当たり、左右を入れ替えるとどうだろうかと考えた。この年で今更トレーニングでもないし鍛えるつもりもないので、手っ取り早くできる肉体改造法ではないのか。
まず、常に左手首に巻いている腕時計を右にしてみた、それも時計の面を内側に。見るときに右手の手のひらを見る感じだ。どうってことない。
それでは、ベルトをいつもは反時計回りに巻いていたのを逆にしてみた。ホゥ、多少の違和感があるな。だがこれも巻いてしまえば何の支障もなく面白くもなんともない。パソコンのマウスを左手で動かす。これはほぼ同時に右手でキーボードを叩けて意外と便利なのですぐに慣れてしまった。
次にネクタイの締め方を左右逆にした。これもすぐ慣れた。
これではダメだ。ついに禁断のチャレンジを始め、左手で字を書いてみた。ムムッ、これは厳しい。
右手で書くときは『一』など左から右に引くが、左手でそう書こうとすると筆先を押すような感じで非常に不安定である。そこで右から左に書き順も無視してやってみた。
研鑽すること約一月、多少の格好がついたようだ。
この4枚のうち右手で書いたものが1枚だけあるが、どれか分かりますか。
正解の方には仮想通貨100万ソナー・ダラーを進呈します。
それはそうと、こんなことに夢中になって肝心の左右のバランスについて忘れていた。
結論から言えば、体には何の変化も起きず、若返りもバランスも向上しなかった。要するに無駄なことに熱中していただけである。しばしば私の人生に起きる、当初の目的を見失い時間を無駄にした、ということでした。またか・・・。
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解釈という自由 『しん雨月物語』
2026 JUN 14 22:22:31 pm by 西 牟呂雄
仲良しの早野ゆかりさんが台本を書き下ろして演出も手掛けた舞台を観に行ってきました。
おととしに同様の趣向の『雨月物語』をやったそうですがそちらは見逃したので、さて早野さん今度はどんな手で来るのか。雨月物語は怪談オムニバスですから何やらおどろおどろしい演出かな、早野さん美人ですけどメイクでおっそろしい化け方かな、と期待しました。
するとですな、いきなりシャンソンで始まるではないですか、これにはドギモを抜かれました(早野さんはプロのシャンソニエールでもある)。そして何と読み芝居です。出演はわずか4人で、時に目まぐるしく役を廻して演じます。これは演じる方にはキビシイよ。ですが皆さん達者なもので表情を変え声色を変え、姿勢まで瞬時に入り込んでました。オマケに時々笑いまで取る。これは早野さん、稽古のときには鬼だったんだろうな、と役者さんに同情しました。
『血帷子(ちかたびら)』は雨月物語ではなく『春雨物語』からですが、早野さん、悪女をやると上手いから。そして原作に背乗りしたような創作で、こんなのアリかと驚かされました。
『あり』なんです。小説の映画化で作者の意図についてしばしば問題になりますが、原作を脚本に書き下す作業は一部の台詞以外はどう作りこんでも構わないのです。特に古典に関しては、もはや著作権も何もないのでどう解釈しようが演出家の勝手。
もシェークスピアを大胆に変えていましたが、これを日本の古典でやって見せるとは、早野さんのおかげで目から鱗の気付きです。僕のこのアホ・ブログにもこれは使える。
そして更に思うのは、一捻りした演出を観客は味わいつつ、自分独自の楽しみを発見できるでしょうね。例えば僕だったらあの台詞は変えるとか、このお芝居でも途中入る雨のメドレーは僕なら英語の歌にしたでしょうね。
そうそう『慟哭のリア』でイチオシした渡辺聡さんが出ていて今回は席から良く見えたらこの人、表情の創り方うまいんですねぇこれが。他にテアトル・エコーの杉村理加さん、俳優座の加藤頼さん(加藤剛さんの息子、顔良く似ています)、ピアノ(シンセかな)井口真由子さん。
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チャレンジ 油壷―伊東レース
2026 JUN 13 0:00:26 am by 西 牟呂雄
我が艇はレース仕様ではないからハナから順位は期待しない。だがこういう時でないと船体メンテをしないから、エントリーしてセッセと準備にかかります。
と思ったら船体の前に陸揚げしている船台がガタが来ていて高さ調整をしなければ。バラストの当たりが悪いと船が痛むので慎重に上げ下げしながら板を噛ませてゴムを敷きます。
アッ、もうすぐスタート。
実は今年のレースには特別な意味があるのです。昨年のレースの帰り、伊東ー油壷間で強風にあおられた際にメインセールが破けてしまい、泣く泣く新しいセールに変えたのですが、何だかんだと中距離の航海には出ていませんでした。セールのシェイク・ダウンも兼ねての航海となります。
スタート前のポジション取りは例によって各艇の作戦が交錯して海面に鯨がウジャウジャ集まったような騒がしさ。我が艇は行き足が遅いので少し離れて風を拾う作戦だ。5分前のホーンが聞こえてさあ、行くぞ。
総勢50杯以上の各艇が上手にスタートを切った。湾口にある定置網を避けながら一斉にセールをはらませた。
ニュー・セールの調子は上々、風は東北東でチェック・ポイントの初島までほぼ追い風だ。
そして久しぶりにスピンを揚げた。
すると見る見る風を受けて、我が艇ではなかなか出ない8ノットになる。
各艇はというとやはりスピンやジェネカーをはらませて思い思いの作戦の進路を取りだした。いまから5時間ほど後の伊豆の風をどう読むかで勝負は決まる。事前の予報では南風に変わるような話もあったので、最後初島の脇を北上する航路を取った船が多いようだった。
台風通過後の海はうねりも収まっているが視界はモヤってしまって悪い。晴れていれば江の島・真鶴・大島あたりを視認しながら舵をとるのだが、見えないのでコンパス270度あたりを狙う。
いいぞ、いいぞ!
あれが真鶴半島。
オォ、うっすらと大島も見えた。
そろそろ彼方の方に初島らしいカタチが。後背の伊豆の山に溶けて良く見えないのだが、近い。
そこで僕がラットを代わった。
ん?
風が無い!
何だ、どうしたことか。初島の学校がもう見えるというのに船速は見る見る落ちついに1~2ノット。船を操ろうとしても無い風は無い。とうとう対地速度はゼロ。みんなはこっちを見ている、オレが悪いんじゃないー!
1時間が過ぎた。同じように島にへばりついているレース艇が見える。
2時間過ぎた。フィニッシュ・タイムは五時。ついにスキッパーが『ラダーリングしろ!』と怒鳴った。
ラダーリングとは舵をギコギコ左右に切って魚が尾ひれで推進するように漕ぐことで、厳密にいえば反則である。少しやったが進むもんじゃない。
『これじゃフィニッシュできないだろう』
『それどころか宴会に間に合わないぞ』
『ばか!宴会の前に温泉だろ』
冷静なスキッパーは厳かに聞いた。
『エンジンをかけたい奴は?』
クルー(5人)全員が手を上げた。リタイアを決断した瞬間だった。
遺憾ながらエンジンをスタートさせ、スピンもメインも下げ始めた。そして先ほど見えた島にへばりついて苦闘する船を「まだやってんのかよ、バカじゃね」とせせら笑いながら見つつ初島北端を廻った。
『オイ!あれはレース本部艇じゃないのか』
『えっ』『まさか』
確かにフィニッシュ・ラインをつくる黄色いマーカーもある。だが帆走指示書にあるゴールは伊東港の手前のはずで、まだ5マイル先だ。
『違うよ。葉山のレースのラインだろ』
近づいて船の形と船名が目に入った途端、全員青ざめた。まごうことなき本部艇なのだ。だがレース短縮を知らせる音響信号(ホーン2声)も聞こえず、S旗(海上国際信号旗アルファベット『S』ヨット・レースの際はコースの短縮を意味する)も挙がっていない。そもそも今更短縮に気付いたところでリタイヤ申告はしてしまったし、セールも下して汽走しているのを見られているのだからどうにもならない。要するに後30分も堪えていれば目に入ったかも知れないのに。
このマヌケ感は表彰式のパーティーで更に高まった。初島で視認し、あざ笑った船が我々のクラスで優勝してしまたのだ。これこそ後悔(航海)先に立たずである。
ところでこの表彰式、50杯300人ほどの大パーティーで、伊東市の協賛も得ている。伊東市としても一大観光イベントであり、来賓には毎年市長も見えている。伊東の市長と言えばホラッ、去年は散々報道された卒業証書偽造のあのお方だった。今年選挙によって選ばれたのは若干44歳の若い青年だった。掴みネタで『昨年は皆さまをお騒がせし、心配も頂きました』は大受けで盛り上がりましたなぁ。
さて、行ったからには帰らなければならない。予報は雨。泊まっていた釣り宿の温泉もそこそこに、今度は真向いの風に向かって出港、湾内に遊びに来ていたカモメだかなんだかの水鳥が見送ってくれた。セールは揚げず、オート・パイロットにしてビールをガンガン飲みながら走る。
反省会をやるのだが、ワッチが甘いのジャイヴが遅いのとモメていると、360度の雲海の中でドシャ降りになる。「なぜあと30分粘る根性がなかったのか」という天の声だ。
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癒されたくもない日常
2026 JUN 7 19:19:00 pm by 西 牟呂雄
ひと 一人 死んだ
周りは 嘆いた
苗木を植えて水をやる
ひと 二人 死んだ
人々は 悲しんだ
花は咲いて散った
ひと 三人 死んだ
家族は 祈った
虫やカエルがどこかに行った
ひと 五人 死んだ
誰もが 警戒した
ひと 十人 死んだ
みんな おそれおののいた
木が朽ちた
ひと 百人 死んだ
互いを 憎みあった
葉が落ちて飛んで行った
ひと 千人 死んだ
時間だけが すぎた
雑草が枯れた
ひと 万人 死んだ
季節が めぐった
雪が積もった
きんいろのかぜ ぎんいろのあめ
さんざめく虫 とびかう鳥
ながれる川 たたずむ海
既にわたくしはこの世にはいもしない この世もわたくしを愛しはしない
この空間に漂って流れたのは 気 と 水 と とき
『記憶の蜃気楼』鈴木信太郎
2026 JUN 1 0:00:43 am by 西 牟呂雄
改装中の山荘喜寿庵は、2ステップの工程を組んだため、家の中でモノをあっちに動かしこっちに移して何回も引っ越しをしている状況である。そしてそのたびに大量のゴミが出る。片っ端から捨てるのだが、困ったのは大量の蔵書。アルピニストを気取っていた2代前の爺様の分厚い英文の山の本とかドイツ語の科学の参考書(多分、読めないし)などを、泣く泣く捨てざるを得なかった。
だが、その中に目を通すと実にもったいなくなる本が混じっていて、これは困る。例えば、仏文の権威にして同じく泰斗であった辰野隆と『シラノ・ド・ベルジュラック』を共訳した鈴木信太郎の随筆集があった。提題『記憶の蜃気楼』である。1961年初版の旧仮名遣い旧字体のままだ。
東大仏文は第一次世界大戦以前は頗る振るわず、エミル・エック教授がフランス文学科を創設以来25年間に21人しか卒業生がいなかった。鈴木が一高から仏文に行った年に辰野隆が卒業。爾来、鈴木は辰野とともに小林秀雄、今日出海、中島健蔵、三好達治、鈴木力衛、福永武彦、中村真一郎といったキラ星のような俊秀を輩出した黄金時代を築き上げた名伯楽である。この点、森鴎外以来のドイツ文学嗜好が戦争(第一次大戦)に負けた途端フランス趣味に移った感があり,ある面興ざめがしなくもないが(勝ちに乗じた?)いずれにせよそのお陰で芳醇な詩文に接することができたことになる、まぁ遅いか早いかではあるが。
鈴木信太郎は明治28年の神田佐久間町生まれ、実家は米問屋だった(あの辺りは神田川の河口でズラッと米問屋)。淡路町生まれの筆者の感覚で言えば外神田。細かく言えば縄張りの外になるのだが同じ下町である。敷地60坪ほどの家には庭があり苔を育てていたという。そして神田川で泳げた。戦前かつ関東大震災以前の風情を懐かしむ筆致にはそれなりの郷愁を感じる。
このエッセイは至る所に捧腹絶倒の妙味が散りばめてあって、例えば日本の知性とまで言われた小林秀雄。講義にはロクに来ないが試験は受けに来て、著者の出した設問に『こんなくだらない問題には答えられない』と答案したので憤然と零点をつけたとあった。だが翌年の『マラルメの類推の魔について』という設問には見事な論考に満点にした。大らか、かつアカデミックな鍔迫り合いのようなやりとりである。その後の成績は分からないが(小林はフランス語に関しては大したことない、という説もある)卒論「人生斫断家アルチュル・ランボオ」(現行タイトル「ランボオI」)にも舌を巻き卒業認可したそうだ。
又、財界四天王と呼ばれた水野成夫(フジ・メディア・ホールディングス創業者、日経連常任理事、経団体理事、経済同友会幹事)、は法学部仏法卒業の後共産党に入党し転向するが、学生時代から付き合いがあった。フランス語の翻訳家の顔も持ち、アナトール・フランスの小説の翻訳を携えて著者の前に現れた、とある。
盟友である辰野についての記述もあり、読んでいてアッと目が留まった。鈴木曰く『昭和の日本人を代表させるに足る典型的な人格を備えている』『福徳円満なおぢいさん』のユニークな個性の描写に続いて『省線電車の中で初めて会った二人のお嬢さんに話しかけて自宅まで連れてきてしまった』とあった。
これは今年13回忌をやった亡き母とその親友A・Kおばさまのことである。亡母は女学生時代にフランス語に凝り、辰野の講義を聴講していたが、そのきっかけはこれだったのかと驚いた。お茶の水の日仏学院に通っていたが、そこで講義をしていた辰野と電車に乗りあわせたものと思われる。自宅におじゃました、とは聞いていたが、辰野の方から話しかけたとは知らなかった。招かれた辰野宅でご一家とともに好きだったベートーベンのレコードを掛けて遊んだと言っていた。そして辰野の退官の際に学内会議室で催された酒宴にも顔を出し、小林秀雄が号泣したのちに酒乱に豹変するのを目撃している。
果たして本書にもその宴席についても記述があった。テーブルの上で踊る日夏耿之介(詩人)、廊下に突っ伏してデカルトを罵る森有正(フランス文学者、森有礼の孫、母は伯爵徳川篤守の娘)本郷通りで倒れる学生、と凄まじい。因みにこのドンチャン騒ぎの後、研究室での宴席は禁止となったとも書いてある。昭和23年のことであった。
古書を読んで偶然にも亡母の思い出話に触れることができたので、書き留めてみた。
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怒れ新庄 日本ハムファイターズ
2026 MAY 23 18:18:49 pm by 西 牟呂雄
出だしの大コケでやる気をなくし、しばらくインドにいたから、ファイターズの事はすっかり忘れていた。
それが帰国してみれば、最下位争いをしていたのが3位に浮上している。ナニ?23勝24敗?五分まで戻しているではないか。
実はやる気はなくしたもののこっそり分析はしていた。この不振の原因は分かっている、有原だよ有原。こいつは左を並べられると連打を喰らうのが全球団にバレてしまったのだ。去年までオレしか知らなかった秘密がバレバレになってもう使い物にならん。鎌ヶ谷に行け。
それと調子に乗って自分は名監督だと己惚れた新庄の増長だよ。
待てよ、昨日から宿敵ホークスと当たっているではないか。そして初戦は達ー斎藤ー菊池で8点取られて10-0の完封負けだァ。シーズンが始まってまだ一度も勝てないとは何事だ、この下手共が!人が8時間のフライトで疲れて帰って来たのに6連敗中とはいくらなんでも負けすぎだろう。
ところがそのホークスも不調で21勝22敗のゲーム差なし3位。なんじゃこれは。
これで一つか二つでも勝っていればもっと上に行けてたのに何たる不甲斐なさ。あわててチェックしてみると、現在首位のオリックスや2位西武とは結構渡り合っているのにホークスには全敗。中島(影の)オーナーの呪いにでもかかったか、本年の滋養神社のお告げにあった対ホークス戦12連敗の予言に絡めとられたか。3位浮上にニンマリしたのも吹っ飛んだ。何とかしろ、このバカ監督が。
で、久しぶりに緊張感とインドで密かに身に着けたヨガ・フォースで試合に臨んだ。ノーノー細野、頼んだぞ!
その細野はいい球を投げ、押し気味に1点先行するが、近藤に打たれてすぐ追いつかれる。栗原にはぶつけて満塁にしたところで柳田だ。ここだ、ヨガ・フォースを全開に放射した。効かない!軽く運ばれてしまった。ふゥ~1-4の3点差(泣)。
それにしてもダブル山本ってセンスがいい。ホークスは育成も補強も上手いもんだ。おまけに松本もいいんですな、これが。万波からカストロまで3者三振だよ、って感心してる場合じゃない。
早々と細野をあきらめたのは監督判断としては正しいのだが、その後が心許ないんだから何とも。案の定、生田目がボカスカ打たれてもう5点。守備もマズイ。清水も火達磨となってしまいにはどいつもこいつも使いもんにならんとばかりに去年は外野手だった矢澤を投げさせる有様。
こるあー!新庄!少しは怒って見せろ。2日で21点取られてこっちは1点じゃ勝てるわけネーだろうが、このボケ・カス・ボス!ついに対ホークス7連敗ってテメーらそれでもプロか!お前ら見よ!敵地にも関わらずけなげに応援する九州のファイターズファンの姿を。
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赤い大地のインド
2026 MAY 19 22:22:07 pm by 西 牟呂雄
インドに来て10日経った。ベンガルール近郊の田舎にいる。日本人エンジニア1個小隊を連れて現地の操業及び品質管理の指導に当たっているが、我々の疲れもピークである。
現地マネジャーとオペレータの意思疎通がイマイチで、一向に技術が定着しない焦りを感じているからだ。
以前から分かっていたことだがマネジャーは英語も達者で理屈は分かる。しかし指示だけして現場に行こうともしない。オペレーターは一生懸命やっているが、前の支持はすぐ忘れる。
無論個人個人はいい奴らばかりで大変気を使ってくれる。だが、そこはさすがにカルチャーの違いがあって、ちょっとしたことが裏目に出てしまう。些末な例ではあるが、彼らは昼飯を実に多量に用意してこれもどうぞあれもどうぞと勧めてくれるが、もうたくさんだとなる。あれは日本人の胃袋との違いなのか、遠慮の塊だと誤解してるのか。向こうの好意が無駄になる典型的な例だ。
オペレーションが進まないのをイライラしながら見ていると、ニコニコしながら『テン・ミニッツ・サー』。
終いには我々の間にも摩擦が生じる所以だ。こっちは休日返上でやってるのに測定装置が使える者がいなかったので今日は中断、と言い出したので私もキレた。ここらで一息入れないと持たない。
因みにここには2年前にも来ていて、その時散々遊んでやった子犬がすっかり成犬になって喜ばしかったが、私を全く覚えていないようで吠え付かれてしまった。
閑話休題、この田舎ではそれなりに見栄えのするホテルに投宿している。プールがあり、広いガーデンがあり、部屋は快適。
ん? しかし朝になるとホテルの廊下にはこんなクジャク(?)の雌がトコトコ歩き、何の役に立っているのか分からない牛はこっちを見ていて、犬は放し飼いで猫も。朝にはガチョウの一連隊がお散歩だ。
そして周りに何もないからそれなりのスポットのようで、どこからどうやって湧いて出てきたのか、パーティーも頻繁に催される。すでに2回ほど遭遇したが、ひとつはどうやらウェディング・セレモニーで、もう一つはカンパニー・ディナーとのこと。
後者は酔っぱらったオニーチャンたちが大音量のインド音楽に合わせて踊り狂っており、珍しがって写真を撮りに近づくと危うく引っ張り込まれそうになった。
街は殺人的渋滞、逆走する車、一家4人の乗るノー・ヘルのスクーター、積載上限の5倍は積んでいるトラック、土埃、牛の群れ、痩せた野犬、人人人人人、無造作なゴミの山、当然暑い。
気分転換に近所の名所とやらに行ってみた。我々が勝手に『牛山』と呼んでいる山だ。遠目にはエアーズロックのような一個の岩に見えるシバ・ガンガ・ヒルだ。近くで見上げるとこちら側にのしかかってくる感じの量感が凄まじい。風化によって落ちてきたらしい巨石も散乱している。
何世紀も前のジャイナ教の寺院跡が中腹にあって、そこまで行く階段が門の先から続いていたがとても上るのは無理。
ジャイナ教はヒンドゥーと仏教を混ぜたような宗教で、解脱と涅槃を目指し輪廻転生を教義とする。開祖マハヴィーラーがクシャトリアの出身だったため、商業関連を営む比較的裕福な信者が多いことで知られる。そのため少数派でインドでは400万人程度しかいない割に金回りがいい宗教だ。裸に白い布を纏っていて、今回空港の検査でいきなり上半身裸になったのを見た。
但し、ジャイナ教の本拠は既にほかに移ってしまい、今はシバ神の像があった。
案内板を読んでみると、その昔あの山頂から世を儚んだ姫君が身を投げてしまい、それを哀れんだ(かどうか知らないが)聖ナントカと聖カントカが結婚した後に泉が湧いたとさ、と書いてあるような気がしてその泉を見に行くと、確かに池はあった。あったが薄汚い緑っぽい色の清潔感のない池だった。
一種の門前町が形成されていて安っぽいお土産を売っていた。そしてそこには何もしないで一日中タムろっているオバーちゃん達。更に驚いたことにそのオバーちゃん達の間を猿がうろついたり座ったり。
果たしてこれは奈良の鹿のような、人と共存する野生生物と言うべきか。
こんなところに来る観光客なんか大したことがないから、オバーちゃんと猿に交じりこんだ日本人は(僕は)は浮いてしまい、逆に多少いたインド人観光客はカメラをかざす始末に。
ドキュメンタリーでも撮ればこの人たちのキャプションには『苦しい生活を懸命に生きる人々』といったテロップがつくのだろうが、僕はその表情にはもっとしたたかなもの、言い方は悪いが小ずるさに近いモノを感じた。そして頭の中は形而上の幸福感に満たされているのではないかと想像する。
核を持ち先端ソフトを縦横に駆使しつつ、鉄鋼生産は飛躍的に伸びている。発展する経済とメチャクチャな格差の光と影は強烈だ。国境問題を抱えつつ独自外交路線を堅持し、十億人を超える人口ながら選挙もする。舌を巻くほどのキレ者エリートに、何もしないオバーちゃん。
ひとつには、英国の統治は長きに及んだが、富を吸い上げるばかりで体制転換に手を付けなかった。マハラジャを殺すことも宗教を体系的に介入・抑圧・絶滅させることもなかったため、社会の下部構造はそのまま続いたのだろう。むしろ統治に利用したともいえる。
インドは大いなる矛盾である。
僕は1990年代に盛んに東南アジアをフィールドにしていて、2000年代は中国大陸にシフトした。その間、90年代は台北・マニラ・クアラルンプールといった首都から次々とスラムが消え、蘇州・杭州がスマートに変貌するするのを目撃した。彼の国々が経済成長を遂げていく様を見た訳だ。
インドの、それを凌ぐ凄まじい勢いには目を見張るものの、ありがたいので拒みはしないがこの古くからの文化はそのままにしてくれ、という人々の意思も感じるのだ。何しろインド1国でヨーロッパ全てよりも多い言語・宗教・民族・階級があるのだから。
わあっ、急に土砂降りに。今は雨期の終わり頃で降ったら降ったでアッという間にアスファルトが赤土でドロドロになってしまった。この辺りの台地は赤土に覆われているのだった。
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P・S 実は工場拡張の計画があって予定地の見学に行ったのだが、ジャングルを切り開いたところに巨大なアリ塚が出現した。我々の膝丈くらいなのは見たことがあるが、これは3m近くあって仰天した。既にアリは別に移ってしまって木が生えている。
ついでにこれは典型的な田舎の四つ角。見えている家屋兼店舗にはトイレなんかない。
県警 VS オレ
2026 MAY 8 9:09:01 am by 西 牟呂雄
本件、筆を取る気になるのにひと月を要した。
まぁ福岡県警VS工藤會のような危険かつ迫力のある話ではなく、遥かに平和でセコい話だが聞いてほしい。
某日、某県の片側1車線の国道をのんびりと走っていた。前にトコトコと軽トラが、まことに春ののどかな峠道を下っていた。もうすぐ多少開けた景色になって山間部の集落になる。
なだらかな坂を下ると、道路工事なのか何かのアラームなのか、おっさんがチェッカー・フラッグのようなものでオレを誘導するではないか。前の軽トラはそのまま走って行ってしまった。あれ、ここは警察署の前じゃないの。
導かれるままにハンドルを切ると、そこには本物のお巡りがいてオレに向かって抜かしやがった。「ここ何キロか知ってますか」「はぁ?40じゃないんですか」「そうです。チョット出し過ぎでしたよ」「エーッ、だって前の軽トラと同じでしょう」「いやー、あっちは引っ掛からなかったんですよ」
やられた!こういう時にやたらと馴れ馴れしいお巡りにムカついた。
まいったなー、と車を降りたらもう1台。オレの後ろを走って来た黒い車だ。アタマの悪そうなアンチャンが下りてきたが、こいつは文句タラタラで「あの軽トラはつかまえねーのかよ!〇〇ナンバーはやんねーのか」と叫んだ。バカだな、ケーサツは一回止めたらゼーッタイ判断を変えるようなことはしない。無駄な抵抗は止めよ。とは言え、目が合った時点で「オレ等あの軽トラを追い抜いたわけじゃないし後を走ってたよなー」などと相槌を打ってしまったが。
で、2点減点されて車に戻り走り出した途端にオレも叫んだ。
「クソーッ、納得いかねー!」
春の交通安全週間の始まりだったのだが、話はこれで終わらない。1週間後、菩提寺に行くところで突然ランプを点灯させたパトカーに呼び止められた、何だよ。するとなりたてのホヤホヤみたいなガキ・ポリが、いかにも新人の手慣らしという感じで寄って来る。
「いやー、慣れない道で(オレは多摩ナンバー)気が付かなかったんでしょうがその角、一時停止です」
一時停止もクソも人も車もいねーの見て分かんだろ、このバカ・ポリが。だが、どうにもならない。そしてこれもまた2点。
えっ、すると1週間前と合わせて4点、即ちあと2点で免停ではないか!私の脳裏にこの胸クソ悪い思い出が蘇る。
から、それに続く屈辱の日々が。
おまけに罰金合計〇万円というイタさ。これは安全週間の期間の免許取り立て新人のトレーニングだったのだろう。
ことここに及んで、オレを目の敵にする〇〇県警に猛烈に腹が立った。このままでは済まないぞ、とばかりに闘うことを決断し、ひそかに復讐の計画を練ったのだ。
要するにオレから巻き上げた罰金以上の無駄なコストを県警に償わせてやる。
ただし、真面目に治安の安定を図る善良な警察官に迷惑をかけてはいけない。あくまで交通に絞っての作戦でなければならない。
速度取締りレーダーは、特定の周波数帯の電波を使って速度を測定している。その周波数の電波を照射してジャミングするのはどうだ。罰金をとれなくなって交通課の収入は激減するはずだ。
しかしこれは、まず周波数の特定が機密事項のため難しい。仮に知りえても、ジャミングに使う機器の開発と取り締まりポイントの調査、並びにこちらのジャミング発生のベースの設営といった手間がかかりすぎ、おまけに組織的に捜査をかく乱していたことがバレると意外に罪が重そうだ。成り立たない。
次に百台近くのコンボイが一糸乱れずテール・トウー・ノーズのビタ車間で、取り締まっているポイントを25kオーバーので通過したら、ネズミ捕り程度の人手で全員捕まえることは無理だろう。意図的にやっておいて『なんであいつらは捕まんないんだ』と暴れ倒して捜査を攪乱するのもいい手だ。待てよ、これも初めの一台は捕まる。そこから芋づる式にやられてしまうかも知れない。
よーし、それでは車高の高さで大きめのドローンを飛ばし、スピード・オーバーでレーダーを撹乱するのはどうだ。
一瞬名案に思えたものの、航空法という法律があってやたらと細かく規制していた。車が常に走行して不特定多数の人がいるところは、航空法上の「人または物件との距離30m未満」の規制に引っかかりうるとか。国交省航空局がドローンなんか取り締まれるものか、と思いきや、取り締まり・摘発は県警だ。
終いには取り締まっているスピード検知器の前に立って妨害する、という肉弾作戦も考えたのだが、『じゃまだ、どけ』と言われてオシマイだろう。アホらしっ。
要するに違反をしなけりゃいいだけなんだが、それにしても一週間に二度も捕まえることはないだろう、〇〇県警!
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