Sonar Members Club No.27

since December 2012

念願の出雲大社へ  (出雲Ⅰ)

数年前から思いがつのりつつ、でも実現までに2年かかった「出雲大社への参拝」が
ようやく実現しました。
風水気学による時期と現地のアテンド、さらに同行者がこの2ヶ月で急に整い
さらにまた偶然にも今月のテーマは「出雲」。まさに「機が熟した」という感覚でした。
写真を沢山撮ったのですが、PCを買い替えたばかりで画像ソフトに手間取り
今のところ小さい用量のものしか載せられませんが、これは宇迦橋の大鳥居「一の鳥居」胸が高鳴り始めたのを記憶しています。
大社には材質の異なる大小4つの鳥居があり、すべてをくぐって参拝することは
「四逢わせ」(しあわせ)後利益が増すそうです。
060069
「二の鳥居」木造、正面正門をくぐり祓社をお参りし、ここは中島さんのブログのお写真で拝見しましたね。
そして鉄製の「三の鳥居」を過ぎて長く広い松の参道で、なぜか急に不思議な温かく強い気を感じて感涙してしまいました。
右に現れたのが出雲風土記「高層建築」追体験事業で吉栗山から300名で運ばれた御柱です。(上の写真)
御本殿の高さは平安時代には48mとの記録が貴族の教科書「口遊」に記されていて、出雲古代歴史博物館に十分の一の模型があるそうです。
「四の鳥居」は「荒垣」の正面入り口になり、神域を邪気から守る青銅の鳥居で日本最古、
重要文化財です。そして拝殿078
その奥に瑞垣と玉垣に囲まれた後本殿。実は今回特別なご縁があって「正式参拝」をさせていただきました。
白い羽織をきせていただき、手を清めたあと八足門から中へ、そこでまた神主さまから祓いをしていただき
楼門前に設えられた玉串案に願いと祈りを込めて玉串をささげます。
そしてご案内いただいた神官の方に、式年遷宮のいわれや実際の修理の部分をご説明いただき、なぜ伊勢神宮が20年で大社は60年なのかとか、屋根を中心にどの部分をどのように修理してゆくのか等質問の嵐でした。大社は国宝なので全面建替えではなく屋根はすべてですが細部は部分的に修理、補強されている所をいくつかご説明いただけました。
現在大社の屋根の檜皮は当然日本製ですが、すでに別の寺社では国内の材だけでは間に合わず・・といった所もあり「平成の大遷宮」も御本殿だけで5年、摂社、末社はまだ来年までかかりまさに「10年がかりの事業」伝統の継承を配慮しても60年というのは納得です。
御本殿は横と後ろしか撮影できませんが、この大社造りという日本最古の建築様式は背後に出雲山をいただき、その骨太の美しさと包容力には、かつてない最も強いインパクトを受けました。
もちろん最後に見た神楽殿の大注連縄長さ13・5m太さ8m、4・4tも圧巻でしたが。
「出雲」雲いずる、「八雲」八というのは多いという意味で、本当にいつも雲がかかっていて湿度も高いので肌には最高の環境、紫外線もその分遮られ「美肌の産地」というエピソードまで伺えました。
実はこの日、もう一つ重要なパワースポットを訪れる事ができたんです。
山陰滞在30時間の旅の最後からお伝えしてしまいましたので、また次回にアップします。

Categories

    4 comments already | Leave your own comment

  1. 東 賢太郎

    6/15/2014 | 8:40 PM Permalink

    阿曾さん、出雲大社日記いよいよですね、お待ちしてました。京都もいいですが出雲はまた違った魅力がありますね。千家さんのご婚約発表というタイミングもありますし温かい気も感じられたとのことだから何かご利益があるのではないでしょうか。続編も楽しみにしております。

    Respond to this comment

  2. 阿曾 靖子

    6/16/2014 | 2:12 PM Permalink

    この前日に鳥取から入り、鳥取・島根の観光資源や活性化の話を現在駐在の方と熱論していましたが、一昨日まさにその目的で安倍首相が現地の視察に行かれたようで・・・まさに1週間違いでビックリ、。豊かな資源を持つ山陰は、もっと多くの方々に知っていただきたい日本の原点「古代ロマン」にあふれる土地でした。

    Respond to this comment

  3. 中島 龍之

    6/16/2014 | 3:40 PM Permalink

    阿曾さんも数年の想いをかなえての出雲日記、読ませていただきました。私の場合、縁結びの神様くらいの感覚でいきましたが、阿曽さん初め、東さん、西室さんのコメントで、日本の原点としての出雲に興味を持ち始めました。今度行くときはテーマを持っていきたいものです。

    Respond to this comment

  4. 東 賢太郎

    6/16/2014 | 8:50 PM Permalink

    いま暇をぬって出雲関係の本を3冊同時読み中です。古事記、日本書紀(略して記紀)があそこまでこだわって出雲のことを書いているのは何か著者に意図があったと思います。理由はこうです。①記紀が偽書でなく正史であるなら書かれたとおりに出雲政権はあります。②正史なんだが著者が出雲の部分だけうそを記してしまったとなるとそれは偽書ですから正史という前提はなくなります。③では記紀は偽書という前提に立つとどうでしょうか。全部を作り話でねつ造するなら出雲政権はなかったことにすれば簡単です。しかしそうはしていないわけです。④偽書が出雲政権というなかったものをでっち上げた、つまり「うそつきのうそ」という可能性は否定できません。しかしそれではどういう動機で出雲にうその政権をでっち上げる必要があるでしょうか。記紀が偽書とする学説は「天武・持統・藤原氏政権を正当化するための偽書」としています。出雲政権があったとするのはその目的を阻害します。記紀は目的ないうそを趣味でつく程度の人が書いたにしては良くできた書であると思います。

    僕の仮説ですが、記紀はうそを完全偽装できるならそうしたかったのでしょうが、そうする自信もなかったということではないでしょうか。古事記は語り部の口伝とされます。いくら焚書しても国民全部の口封じまではとてもできないとあきらめたのではないでしょうか。つまり正史、偽書どちらと仮定しても「出雲に大きくて天皇家が無視できない政権が存在していた」という前提に立ってそれほど常識を外れないのではということです。

    Respond to this comment

  5. Your email address will not be published. Required fields are marked *

    *


    *


    You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>