Soner Menbers Club No43

Since May 2014

ストラヴィンスキー 「ペトルーシュカ」の編曲版

2019 JUL 3 23:23:59 pm by 吉田 康子

古い楽譜が好きです。昔のものは経年劣化していても趣があります。私より年上の楽譜もありますが、表紙の活字や装丁からも当時の空気が伝わってくるような気がします。単なるデータであれば今はiPadでも用を成すのでしょうけれど。
これも中古で買い集めた楽譜のひとつです。

ペトルーシュカはいずれも作曲者自身による「4手編曲版」と「ペトルーシュカからの3章」という名前のついている独奏版の二つがあります。もともとは、ディアギレフ率いるロシアバレエ団のために、1910~1911年にオーケストラ用に作曲されました。老魔術師に命を与えられた人形のペトルーシュカ(ピョートルの愛称)、ムーア人、バレリーナの物語です。画家であり演出家であったアレクサンドル・ベノワの台本に沿って構想が進められました。ベノワの大きな貢献があったため「4手編曲版」にはべノワの名前が扉に記されていて、四つの場面の説明が曲ごとにはいっています。「ペトルーシュカ」の初演は1911年ですから「春の祭典」の2年前のこと。1912年にBerlin; Moscou; Leipzig; New York &c., Édition Russe de Musique から出版され、現在はブージー・アンド・ホークスから出ています。
  
2014年のライヴ・イマジン28で「春の祭典」4手版を演奏した時のアンコールとして、この「4手編曲版」から「ロシア舞曲」を取り上げました。一般的に4手版は1台のピアノを2人で弾きますが、この曲の場合は2人の音域が近く重複する音もあるので、詳しい打ち合わせが必要でした。場合によっては2台ピアノで弾くのもアリかもしれません。実際に2台でも試しましたが、今度はお互いの距離が離れてしまう為に呼吸を合わせるのが難しく、結局1台での演奏になりました。速いテンポで歯切れよく和音を弾き、2人で合わせるのは難しかったです。また独奏版にあるカッコいいグリッサンドがこの版には無かったので、勝手に入れて弾きました。

一方「ペトルーシュカからの3章」は1921年ピアニストのアルトゥール・ルービンシュタインに献呈されたもの。曲の並びも「4手版」と違います。「3章」のほうが今では有名になって時々コンサートにも取り上げられますが、ご覧の通り大変な技巧を要するため、とても高いハードルです。2人で弾いても大変なものを独りで弾くなんて・・私には、とても手の届かないところにある曲です。
 
ちなみにストラヴィンスキーの友人だったルービンシュタインは、以前献呈されたソナタが気に入らなかったようです。この曲はイゴールにとって「これなら、どうだ?」というリベンジの意味合いもあったとか。それでも自己流に変えて弾いてしまったルービンシュタイン独自の版が存在しますが、これは未出版。傍から見れば何とも贅沢な話ですが、それでも2人は仲良しだった様子がルービンシュタインの自伝からも伺えました。

機種変しました。

2019 JUN 25 22:22:28 pm by 吉田 康子

昨日スマホの機種を新しいものに替えました。
2015年12月に購入して以来、約3年半愛用してきたiPhone6Sは私にとって初めてのスマホ。それまでのガラケー待ち受けの白黒アニメーションのペンギン柄がとても気に入っていたので、なかなかスマホに踏み切れませんでした。ある時「思い立ったが吉日」とばかりに。翌日にはiPhone6Sでも一番人気のローズゴールドを手に入れてきました。

それまでとは勝手が違うタッチパネル式に戸惑いながらも、メール等の文字入力にも少しずつ慣れ、色々なアプリをダウンロードして日々の生活に手放せないものになりました。使い勝手がよくて、その後次々と新製品が出ても目移りすることなく過ごしてきました。いまだにiPhone6Sは使い続けている人が多い人気機種だと検索して知り、「そうだそうだ」と頷く思いでした。

3ヶ月前にSIMカードがいきなり接触不良になり焦りました。あちこちショップに電話し、ネット検索をして何とか解消。こうなると先々に不安が出てきました。その後ストレージにも空きが少なくなり、電池の寿命にも陰りが・・「そろそろ潮時かな」と思いつつ、それでもデータ移行の煩雑さを考えると二の足を踏んでいました。ガラケー時代にはショップの人にお任せだった作業を自分で出来るか?という自信が無く先送りに。

現行品のiPhone Xほどの機能は不要なので、もし替えるなら今の形に近いもの、ということでiPhone8に狙いを定めていました。ところが近所に問い合わせると、ことごとく在庫無しという返事。どこにでもあるだろう、とタカをくくっていたので、正直言って焦りました。こうなると「今しかない」という気分が盛り上がり、在庫に多少余裕のあった都内量販店に出向いての購入に踏み切りました。

最近ようやくiTunes、iCloudやLINE、キャリアのお預かりサービスやバックアップなどを使い慣れてきたところでした。万が一にもデータを無くしてしまわないように、パソコンや外付けHDDなどあちこちにデータ保存をしました。その際の各件数が違うのは何故?と電話相談したり、最悪の場合には手作業で復帰できるようにとスクショまで撮って備えました。

準備万端だったせいか、店頭での手続きは30分ほど。拍子抜けするほど簡単。でもそれだけでは、電話もメールも出来ない「ただの箱」。一刻も早く家に戻って、保存したデータを新しいスマホに移行しなくてはと帰路を急ぎました。帰りの電車内を見渡すと、居眠りをしているかスマホを手にしている人が大半。メールやラインだけでなくニュースや天気、路線など情報の殆どをスマホに依存している日常を痛感。改めて時の流れを感じました。

帰宅後は、ショップで貰った冊子を見ながらの作業。キャリアメールの設定、自宅Wi-Fi設定、データ復元など、何をするにもアドレスとパスワードを請求されます。事前にスクショで保存していたのが本当に役に立ちました。自分でパスワードを設定したことさえ忘れているものも。紆余曲折の末に無事に復元出来て以前のままの待ち受け画面になった時にはホッとして大きな溜息がでました。

そして最後に画面で「設定を完了」をタッチして一連の作業をシメたかったのに、「ICloudにサインイン中」という表示が消えない状態に。あと一歩です。
今日ショップに立ち寄って相談、店の人がササッと魔法のように瞬時にして解決してくれたのには感激でした。

こうしてようやく機種変は無事完了し、快適になりました。メモリーは以前の4倍に、そしてハイスペックとなって大満足です。画面に貼るシートも滑りの良いものにして、ケースも新調しました。
 

それにしても、この煩雑な作業を皆がやっているのだろうか?と思いました。
代行してくれるサービスがあるなら、お金を出してもお願いしたいというのが本音です。今更ながらに検索してみると、やはり専門業者があるようです。

皆さんならいくらだったら外注しますか?

旧奏楽堂のオルガン

2019 MAY 2 0:00:10 am by 吉田 康子

先日、上野公園内にある旧奏楽堂(東京音楽学校奏楽堂)に行ってきました。お目当ては、藝大生によるオルガンコンサート。
実は来年2月に予定しているライヴ・イマジンの44回目の公演をここで開催する予定で、その下見という訳です。

この旧奏楽堂は2006年の第3回目公演から会場として何回か使っていましたが、当時オルガンは故障中ということで使用出来ませんでした。「ある音を出すと止まらなくなってしまう」そうです。

オルガンというと大きなホールの舞台背面に設置されているパイプオルガンか教会に置かれているものを想像しますが、ここのは小ぶりなもの。年代物の木製フレームが歴史を感じさせます。そういえば今迄この音を聴いた事が無かった、ということに気づきました。いずれハルモニウムを使用する編成の時に取り入れてみたいと思い立ちました。

好天に恵まれたGW前半ということもあって客席は8割がた埋まっていて、藝大の院生という小柄な女性が出てきて弾き始めました。その音は会場を圧倒するような大音量ではなくて、柔らかく鄙びた音色で、包み込むような感じ。まるで昔の手回しオルガンを想像させるような響きでした.

今回のリハーサルでも以前の故障は直っていないらしく、最上段の鍵盤は使わずに演奏するとのこと。建物自体は耐震補強と称して数年間閉館していたのに、オルガン自体は修繕していないのかもしれません。

またパイプオルガンによくあるように、客席背を向けて演奏者が中央に座って弾くものだと思っていましたが、ここの場合は横向きになっていて手元が見えないのが残念。もし動かせるものであれば、演奏の時くらい移動するか、せめて向きを変えて貰えたら、鍵盤やストップ、ペダル部分が見えて視覚的にも興味深いのにと思いました。

演奏に際しては譜めくりとストップの操作の補助をする人が後ろに座っていて、曲の途中でお手伝いしているのも、不思議な感じでした。私は学生時代に3段鍵盤で2オクターブペダルのエレクトーンを弾いていた事があって、たぶん演奏に際する操作については近いかもしれません。でもそれは電子楽器だけあって前もって音色の変更やリズムなどの組み合わせを記憶させたメモリを使っていたので、このオルガンの操作はとてもアナログな雰囲気。

演奏された曲も馴染みの無い作曲家の曲ばかりで、知らない世界を垣間見た気がしました。レトロな建物のホールにある日本最古のオルガンを見て聴いて、なんだかタイムスリップしたような気分に。この味わいのある楽器をイマジンのプログラムにどう取り込むか?また楽しみが増えました。

6番の本番終わりました。

2019 APR 15 21:21:29 pm by 吉田 康子

4月13日(土)にライヴ・イマジン42が終わりました。詳しくはこちらをご覧ください。http://liveimaginemusic.blog91.fc2.com/

先の記事の通り、この日はモーツァルトピアノ協奏曲第6番変ロ長調K328の本番でした。
モーツァルトの音楽に酔い、舞って歌って存分に楽しみました!

この曲は本番1か月前にレッスンを受けました。ここまで仕上がって来ないと師匠のアドバイスを活かせないという自分の判断は正しかったことを確信出来ました。基本的な点での指導でなくプラスアルファが欲しかったので、大きな収穫がありました。師匠はいつもスコアから初見でオケパートを弾いて下さるのですが、それだけで我を忘れて耳が持って行かれそうになることも度々。

独奏の冒頭部分から音の出し方や余韻の残し方、和声の変わり目やフレーズなど沢山の事を教えて頂きました。私と同じように楽譜を見ているのに、何故これだけ沢山のものを引き出せるのだろう?とあまりの大きな違いにタメイキが。

その後のメンバーとの合奏練習は全て録音して聴き直しました。自分の演奏を聴くのは、現実を目の当たりにするので辛いものがありますが、そのままお客さんにも聞こえる事を考えれば、少しでも早く修正しないと、という気持ちが勝りました。

それと同時にもう一度参考にしていたCDも聴き直しました。何がどう違うのか、どうやったら1ミリでも近づけるか、実際に弾いて聴きながら練習を重ねました。内田光子の左手は何故よどみ無くレガートに聞こえるのだろう?シフの溌剌とした右手のタッチはどうやったら?と。他の演奏も聴きましたが、細部に至るまで神経の行き届いた演奏には遠いものばかり。この2人のトップクラスの実力をまざまざと見せつけられた感じでした。

1楽章のカデンツァで内田光子のように美しいアルペジオを入れたいと思っていました。こういう変奏は密かに仕舞っておいて本番だけにやるものだ、という師匠の言葉に頷きながらも、本番だけ弾けるのだろうか?という心配も。

本番前のリハーサルの出来は最悪でした。私によくありがちですが、その場の空気に馴染めない、楽器の勝手が判らない、という点が相まって普段間違えないようなところも引っかかってボロボロ。自分の情けない有様に驚くほどでした。

ピアノの場合はその日にそこにある楽器で演奏しなければならないので、「時間の許す限り弾いて自分の楽器にして下さい」と以前に調律師の方に言われた事を思い出し、他の曲のリハーサルが終わった時間を見計らって舞台でずっと弾いていました。

ファッツィオリは相変わらずの美しい透明感のある音色で応えてくれましたが、以前に比べて輝きが褪せて、音の伸びが少なくなったように感じました。やはりこのホールの管理の悪さが露呈したようです。徐々に楽器の劣化につながっているように思えて、何ともやりきれない気持ちになりました。

そうは言っても楽器のせいには出来ないし、言い訳になりません。腐っても鯛、スタインウェイがベンツならファッツィオリは、潜在能力を秘めたフェラーリです。

開場時間直前まで弾き続けて、ようやく自分の手の内に取り戻した実感を得られました。あとは本番に臨むだけです。

協奏曲の冒頭部分から自分のソロが始まるまで、オケの演奏を聴いているのは何事にも代えがたい高揚感があり幸せです。アレグロ・アぺルトの表示の通り溌剌とした輝くような明るさに酔いそうでした。弾きながらもトリルが遅いとか、レガートが足りないとか自分の実力の足りなさに情けない思いをしながらも、持っていないものは出せないし今ある力を精一杯・・という思いで弾き切りました。

自分の演奏に「満足」というのはきっといつまでも無いのでしょうけれど、今の時点での「納得」を得られた本番でした。

(写真の上でクリックして下さい。大きな写真がご覧いただけます)

モーツァルト ピアノ協奏曲第6番 変ロ長調 K238

2019 APR 5 11:11:23 am by 吉田 康子

4/13のライヴ・イマジン42でモーツァルトピアノ協奏曲第6番 変ロ長調 K238を弾きます。

6番と言われて直ぐに「ああ、あれね」とすぐに旋律が思い浮かぶ方は少ないでしょう。実は私自身もこの曲を1年ほど前に知りました。たまたまコチシュの演奏するCDを聴いて「この曲は何だろう?」と。明るく溌剌としていて、どことなく9番のジュノームの小さい妹のような可愛らしい雰囲気が印象的でした。

あれこれ調べてみると、1776年20歳ザルツブルクでの作品、もう既に30の交響曲、13の弦楽四重奏曲他、沢山の名曲を世に送り出しています。自身の手腕を披露する目的で作曲されたようで、翌年からのマンハイム・パリへの就活旅行にも携えていったとか。いわばプレゼン用の作品かもしれませんね。モーツァルトのピアノ協奏曲の中では5番が初めてのオリジナル作品。金管や打楽器の入った賑々しい感じで気合のほどが伺われますが、続くこの6番は女性的な伸びやかさ、柔らかさがあります。

ラハナー編曲の弦楽四重奏での室内楽版なら出来るかも?と思い立ちました。更にオリジナルのオーケストラ版の編成をみるとオーボエ2、ホルン2、弦5部。公演曲目のシューベルト八重奏曲の演奏メンバーにはホルン奏者もコントラバス奏者も参加しています。あらら、足りないのはオーボエだけでは?と思い、早速にオーボエ奏者に出演をお願いをした次第です。何が違うかと言えば、弦楽器のみの編曲版は元々あるべき管楽器の分も弦楽器が代わりに弾くということ。管楽器が加わることで本来の色彩豊かな音色になる、とは言ってもオーケストラではないので、各パート1人ずつの美味しいとこ取りでいくことにしました。

参考音源として色々な演奏を聴きましたが、中でもお気に入りはアンドラーシュ・シフの演奏。自身の強い意志が伝わるようで演出過多とも受け取れますが、やはりこの積極性に惹かれます。そして内田光子の演奏も見事なもので、特に左手の伴奏部分は溜息が出るような隙の無い素晴らしいものでした。

各楽章の終わりにあるカデンツァはモーツァルトオリジナルのもの。でも3楽章の2箇所にあるアインガング〈主題への導入部分〉は、演奏者それぞれが工夫を凝らしていました。よし、それなら私も!と自作を弾く事にしました。それぞれ僅か数小節のものですが、折角の機会ですから。

本番のピアノは、あのファッツィオリ。ガラス背景の豊洲のホールの響きに助けられて透明感のある独特なピアノの音色は、きっと演奏を底上げしてくれる…かな?と期待しつつ練習に励みます。

ライヴ・イマジン42

2019 MAR 28 12:12:04 pm by 吉田 康子


ライヴ・イマジン42 
2019年4月13日(土)13:30開場 14:00開演
江東区豊洲シビックセンターホール
入場無料(要整理券)未就学児童の入場はご遠慮下さい

モーツァルト 弦楽四重奏曲 ト長調 K156
モーツァルト ピアノ協奏曲 変ロ長調 第6番 K238
シューベルト 八重奏曲 へ長調 D803

ヴァイオリン 玉城 晃子、山田 洋子  ヴィオラ 吉水 宏太郎 
チェロ 西村 淳   コントラバス 櫻澤 有紀子
オーボエ 野原 国弘   クラリネット 佐藤 拓 
ファゴット 奥山 薫  ホルン 中原 敏雄  ピアノ 吉田 康子

春風に似合う伸びやかで明るい曲を揃えました。
どうぞお楽しみください。

入場整理券をご希望の方は、下記の問合せ先アドレスに
お名前 ご住所 電話番号 年齢 職業 コメントを添えて
「ソナーメンバーズブログを見て整理券希望」とご記入下さい。
折り返し上記の葉書(入場整理券)をお送りします。
お問い合わせ  liveimagine@yahoo.co.jp

新版 モーツァルト 演奏法と解釈

2019 MAR 26 22:22:13 pm by 吉田 康子


新版 モーツァルト 演奏法と解釈
エファ・バドゥーラ=スコダ、パウル・バドゥーラ=スコダ 著
今井顕 監訳/堀朋平、西田紘子 訳
音楽の友社刊

私は、来月のライヴイマジン42公演で第6番協奏曲を弾きます。
http://liveimaginemusic.blog91.fc2.com/
先日レッスンの折に師匠からこの本を勧められました。600ページを越す辞書のような厚みと迫力です。

出版社のHPには
「ウィーンの名ピアニストパウル・バドゥーラ=スコダと、その妻で音楽学者として名高いエファ・バドゥーラ=スコダによる大著『モーツァルト 演奏法と解釈』(原著は1957年、日本語版は1963年刊行)の新版。旧著の出版から50年以上が経ち、資料状況の変化やモーツァルトの生涯と創作等の再考証によって得られた新しい情報をもとに、大幅に加筆校訂が施された。良いモーツァルト演奏のためには、モーツァルトの様式―デュナーミク、テンポ、アーティキュレーション、装飾音、カデンツァ等―を知ることが欠かせない。本書では長年の研究によって得られた知見が惜しみなく語られる。また、参考音源で耳でも確かめることが可能。ピアノ奏者はもちろん、モーツァルトを演奏するすべての人にとってバイブルとなる一冊。」という紹介文と参考音源まで添えられていました。

早速に買おうと探してみると無い!出版社や楽譜店には絶版で扱っていない。通販では希少本とかで、本体価格プラス送料¥3200などと足元を見たようなボッタクリ価格。さすがに焦りました。図書館には旧版しかないし、出来れば自分の手元に置きたい。

四方八方を探してふと思いつきました。近所のショッピングモールの中にある楽器店。郊外型だけあって店舗面積が広くピアノ10台以上が余裕をもって並んでいて、楽譜棚がその周りを囲んでいます。都心の楽譜店が次々と店じまいする中、ゆとりあるスペースの店内には都内の輸入楽譜専門店の商品が並んでいたりします。先日も探していたヘンレ版の連弾楽譜がこの店で見つかりました。土地柄の需要と供給が釣り合っていない感がありますが、ここならこのテの本を買う人は少ないだろうと思いました。問い合わせたらビンゴ!1冊だけ在庫がありました。

ようやく昨日手にしたこの本は、やはり予想通りの素晴らしい内容。

例えば「モーツァルトの楽譜にフレージング記号として使われたスラーはひとつもありません。」との記述。耳では聞き覚えがあっても、こうやって書かれたものでの説得力は絶大です。


アインガング〈導入部分〉についても、「6番には例外的な和声で終止している箇所がある」とのこと。自作のアインガングを考えている私には大きな後押しとなりました。


様々な作品番号から検索出来て、具体的な譜例も添えられていて目からウロコ状態。

自分の楽譜とスコアを並べてしばし没頭して「おお、いけない!先ずは練習しなきゃ!」と我に返りました。ここで得た知識を音に反映出来なければ伝わらないですね。本番まであと3週間弱、少しでも良い演奏となるよう練習します。

グレーラーさんの本

2019 JAN 30 0:00:26 am by 吉田 康子

ルイ・グレーラー著、 雨田 光弘 絵、「ヴァイオリンはやさしく音楽はむずかしい 二十世紀楽壇の逸話集」という本を読みました。何だか聞き覚えのあるような名前でしたが、検索すると
ルイ・グレーラー(Louis Graeler 1913年 – 1987年)は、ニューヨーク生まれのヴァイオリニスト。クーリッジ弦楽四重奏団、クロール弦楽四重奏団などで活躍後、トスカニーニ率いるNBC交響楽団で活躍、シンフォニー・オブ・ジ・エアーのコンサートマスターを務めた。1960年に来日、日本フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、札幌交響楽団のコンサートマスターを務めた。とあります。

先ず、この本の装丁が印象的でした。ハードカバーでもなく文庫でもない、小学校の教科書みたいな表紙の感じと親しみやすい手触りが気に入りました。1985年の初版で増刷するにつれて、今では64刷になり以下のような別の表紙に変わっているようです。

たぶん口述筆記のような形で奥様である羽仁 結さん(羽仁五郎の娘で映画監督の羽仁進の姉妹)が日本語に訳したようです。私の手元にある本の最後には、訳者 暮良(グレーラー) 結子と書いてありました。だからでしょうか、ポツリポツリと思い出話をするような文章で当時のエピソードが語られています。

楽団員や指揮者の逸話、エルマン、ハイフェッツ、フォイヤーマン、クライスラー、トスカニーニ、ストコフスキー、モントゥ…同じ時代に生きた巨匠達も沢山登場します。こんな恵まれた立場にいた人が何故日本に来たのか?ニューヨークでの確立した社会的地位を捨ててまで来る価値が戦後混乱期の日本にあったのか、私には理解出来ないという気持ちが残りました。

それともうひとつ、雨田さんの挿絵が一般的にカレンダーなどでみかける猫の絵でないことも意外でした。水墨画に彩色した猫の絵が人気のようですが、私はそれほどのものとは思えません。たまたまチェロ弾きで絵が描けるという二刀流であることが、競合相手のいない隙間の業界でウケた印象がありました。この人がチェロ弾きでなくただ普通の絵描きだったら?猫が楽器演奏をしていなかったら?親から受け継ぐ才能は多少あったにしても、これほど人気にならなかったでしょう。やはり背景にあるストーリーがプラスアルファに作用してモノをいう今の風潮を感じました。むしろこの本の挿絵の方が余程暖かみがあってグレーラーさんの人柄まで伝わってくるようで、ほのぼのとしています。どうせ音楽系のジャンルで勝負するなら、なまじか猫に特化せず人物の絵をもっと描いて欲しいなと思いました。
   

また、この本の中で一番に印象に残ったのは、日本に来たグレーラーさんが「仕事を始めてみると、じきに私を必要とする事情がのみこめました。我々は演奏する音楽の中で生まれ育ち、人生をその中でして来ているのです。それは、先生から習い教わったものとは違います。それが私だけであることを知ったのです。」という文章です。

昔読んだパリ左岸のピアノ工房の中にも、主人公のご近所の奥さんでアマチュアのピアノ弾きの人の言葉に「音楽そしてピアノを弾くことは私の生活そのものなの」と語る言葉がありました。

歴史に裏打ちされた文化背景の違いを痛切に感じたものです。師匠から教わったものは「芸」の模倣であって芸術ではないです。グレーラーさんが日本に来て肌で感じ取った違和感は、そのまま日本での音楽の在り方を表しています。他愛のないエッセー集の体裁ですが、色々と考えさせられるヒントを貰ったように思いました。

ツリーの片づけ

2018 DEC 31 19:19:32 pm by 吉田 康子

今年もあと僅かになりました。皆さん慌ただしい頃だと思います。
我が家でも昨夜ようやくクリスマスツリーを片づけました。私は実用性が無い飾り物は好きではないのですが、これは唯一の例外です。飾って楽しむだけのものとしてツリーは期間限定ということもあって特別の楽しみです。

これは約25年前に住んでいたハワイのホノルルで購入したもの。高さが2m30cmあり、天井にギリギリの高さ。中心の幹にあたる金属棒に針金の芯に細長い葉を挟んだような枝を引っ掛けます。誰でも組み立てられるように色分けしてあるのは親切設計です。年月を追うごとに葉がポロポロと落ちて、心なしか枝が細くなったような気もします。
   
購入時は折角だから大きいものを!と思って灰色がかった緑色が気に入って買いましたが、帰国後の日本の家屋にはとんでもなく大きいものでした。一番下の段の一枝が長さ70cmくらいあり、枝を曲げても直径にして150cmくらいあり、スリムな日本製とスタイルが違うようです。仕舞っておく箱も長さが150cmあり、長年の出し入れでボロボロ。これを持っての移動だけでも大変です。

写真はクリスマスで飾ったものを片づけていく順序なので、最初が出来上がりです。プラスチックのピンクのボールは150個、ガラスのボールは100個、ライトが800個くらい。一番上は天使の飾りです。数年前にライトはLEDに変わりました。ライト自体の光がボールやガラスに反射して綺麗です。

 

全部の飾りをひとつずつ木に下げていくのは大変ですが、出来上がって点灯した時は「今年もようやくクリスマス」という高揚感と過去のクリスマスを思い起こしての感慨深さがあります。そして片づける時には、時間に追われるような慌ただしさと共に来年への思いも。

今回も家族に手伝って貰いお喋りしながらの作業でしたが、古びていく枝を見ていると「いつまで続けられるのかしら」と考える年齢になったようにも思います。私にとってはこのツリーのせいか、お正月よりも心情的には大きな節目になるような感じがしています。

皆様どうぞよいお年を!

ショーソンのコンセール

2018 NOV 28 19:19:34 pm by 吉田 康子

11月24日(土)にライヴ・イマジン41が終了しました。こちらの「ライヴ・イマジン音楽記」もご覧ください。
http://liveimaginemusic.blog91.fc2.com/
この公演で弾いたショーソンのコンセールは私にとって今迄で一番の大きな曲でした。ライヴ・イマジンでは沢山の室内楽曲や協奏曲を弾く機会がありましたが、それを顧みても尚且つコンセールには「特別の難しさ」がありました。

とにかく音符が多い。しかも増三和音が多く単音と交互に出てきたり、左右の手を度々交互に用いて弾くなど様々なパターンがあり、それらが主に音楽の背景を彩る役どころ。ピアノにはしばしばありがちで、そういう時に他の楽器は長く伸ばす数少ない音符で旋律を気分よく歌っているパターンです。ロシアものの協奏曲のように分厚い和音やオクターブの連続で圧倒するような主役級の立場ではないだけに、傍から見れば軽く弾き流しているようにも聞こえるかもしれません。しかも曲想が盛り上がるに従って本来のテンポより加速する・・・CDに登場するようなプロのピアニストなら難なく鮮やかに弾き切るのでしょう。そして聴くだけの人達の耳にはCDの演奏が標準として刷り込まれているのではないかとも思います。

技量に限りのある私は練習量で補うしかありません。これは2回目であっても約40分の演奏時間85ページの楽譜に満載の音符を身に付けるのに大変な時間がかかりました。2か月前に師匠のところにレッスンに行って、「本番はいつ?」と訊かれて「11月です」と答えたら「今年のですよね?」と言われて心が折れそうになりました。「常に2つ先の本番の準備をしなさい。その曲に少しでも長く触れることで理解が深まるから」と以前に言われたこともあり、師匠の意図するところは十分に伝わりました。

「そんな身の丈に合わない難曲を選ぶなよ」と言われたら返す言葉がありません。でも無理を承知で自分が好きな曲に挑戦できるのも私達アマチュアの特権です。だからと言ってわざわざ聴きに来て下さるお客様に自己満足だけの演奏を聴かせるわけにはいきません。持てる限りの全ての時間を注ぎ込んでの練習でした。

この曲で自分に一番足りないところは?と改めて自分に問い直して出て来た答えは、「速く弾く」ということでした。量は多いものの楽譜上の音符を音にするのは、ゆっくりなテンポであれば可能でした。これを速く弾けるようにするのが大きな課題。次の音が解っていて無駄の無い動きで進む、要するに暗譜するくらいでないと楽譜を見ていたのでは付いていけません。繰り返し弾いて自分に定着させる、少しずつテンポを上げていく、そんな地道な練習を重ねました。

タモリの言葉に「真面目にやれよ、仕事じゃないんだから」というのがあるとお客さんから教えて頂いた事があります。人生の後半戦に差し掛かっているのに、今を逃したらもうチャンスは巡ってこない危機感があります。しかも歳をとると現状維持はおろか劣化してくることも大いに予測がつきます。その「現状」だってどの程度のものかは、私自身が一番よく理解しています。やはりここ一番の時は真っ向から真面目に取り組むのが正道です。

通常の協奏曲ならソリストが大きな責任を負うところですが、コンセールの場合は、もう一人ヴァイオリンのソリストがいました。全員合奏とは別に2人での演奏部分の練習時間を何度か取って頂き、根気強く繰り返しの練習にお付き合い頂きました。また弦楽合奏の方々もそれぞれが取りにくい音程、複雑なリズム、目まぐるしく変わるテンポに順応している様子を見て尚更自分も頑張らないと、という思いを強くしました。

この曲との出会いは、第2楽章のシチリアーノがNHK-FMのクラシック音楽番組のテーマ曲であったことがきっかけです。もうかれこれ30~40年くらい前のことかもしれません。NHK-FMは、クラック音楽を身近に聴ける手段でした。どの番組であったのかさえ思い出せず、検索しても見つかりませんでした。ひなびた空気を醸し出す物寂しい雰囲気という印象です。

15年ほど前にライヴ・イマジンでの演奏曲を考えていた時の候補として教えて貰って、初めて他の楽章も知りました。どの楽章もドラマチックで物語性があってカッコいい、ぞっこん惚れ込みました。コンセールは協奏曲と訳されることもありますが、そんな直訳で表現しきれるものではなくピアノは独奏者と室内楽奏者の両方の役割を担う立ち位置であると感じました。11年前にご縁あってプロのヴァイオリン奏者と演奏しましたが、何も解らずに夢中で弾いていたその時よりは、私自身が曲を理解し皆で音楽を創れたという点で大きな収穫があったと思います。

2015年に当時は国内で数少なかったイタリアのファッツィオリのピアノが豊洲シビックセンターに入ると聞いて、いつかきっとコンセールを弾きたいという思いを温めてきました。何度かこのピアノを弾く機会はありましたが、予想の通りショーソンにはピッタリの響きの美しい音色で私を助けてくれました。

大変な思いをして練習してきたのに、終わってみれば楽しかった気持ちと美しい響きだけが残っています。自分の練習が足りなかったところも明確に覚えていますが、私の記憶は自分に都合のいいものだけを残すように出来ているのかもしれません。直後は放心状態に近い心境で過ごしましたが、ようやくリセットして次に向かう意欲がわいてきました。「ライヴ・イマジンはライフワークになったね」と言われたことがありますが、その通り、素晴らしい人達に恵まれ、音楽に取り組める日々をこれからも満喫したいと思っています。
 

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