Soner Menbers Club No43

Since May 2014

4番弾きました!

2022 SEP 14 16:16:47 pm by 吉田 康子

9/3ライヴ・イマジン50でベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を弾きました。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲については、2014年ライヴ・イマジン27で第5番「皇帝」を、2020年ライヴ・イマジン45で第1番を、どちらもラハナー編曲の弦楽四重奏との室内楽版でした。

最初に「皇帝」を弾いた時から私は落ち着いた大人の雰囲気の4番が一番好きでしたが、あまりにも壮大で立派、畏れ多い曲という印象でした。それでも4番と5番の楽譜を買って弾いてみましたが、弾けないところに付箋を貼っていったら4番は付箋だらけに・・・涙
結局その時には第5番「皇帝」を選択。名前が付いているだけあって有名で、一般的にウケが良く一番難しい曲だと思われているようでしたが、私には自分の苦手なパターンが少なく、解りやすい内容と共に聴き映えの良いお得な曲に思えました。よくもまぁこんな少ない素材でこれだけ派手なハッタリを聞かせられるものだとベートーヴェンの手法に感心したのが第一印象でした。

それから8年、50回目の公演の曲目を考えるのにあたり、アニバーサリーを祝うのに相応しい名曲として4番の選曲でした。演奏時間40分越えの大曲なので、他の曲との釣り合いが難しくプロオケのプログラミングでも苦労するようで演奏機会が少ないのも納得です。今回は弦楽四重奏にヴィオラをもう一人加えた編成の楽譜を少し前に入手して機会を伺っていました。当日の他の曲目が弦楽六重奏曲だったのでチェロ奏者も2人に。1人はオケ版のコントラバスパートを弾いて貰い、ピアノと弦楽器奏者6名という編成での演奏になりました。

実際に取り組んでみると実に堂々たる大曲。あまりの大きさに戸惑う気持ちで一杯でした。しかも頼りにしていた師匠がコロナ以来、対面でのレッスンを避けている様子。なんだか孤立無援の様相を呈して悲壮感が漂いました。私1人の力ではとても手に負えない、どうしよう?!この曲のレッスンが出来る人なんて、そんじょそこらに居るとは思えないし。最初はベートーヴェンのソナタ全曲演奏会をしているプロの中でも第一人者と言われるピアニストに教えを乞うことを考えましたが、コネもツテも無ければそう簡単には事が運ばないのが現実でした。大体において国内在住かも定かではないし連絡を取るだけでも難しそうでした。

でも「捨てる神あれば拾う神あり」の言葉通り、プロの演奏者として活動している人が身近に居ました!前の師匠と同じような経歴の方でしたが、私の中では演奏者という認識であって、指導者としての面に気づけずにいました。ダメモトで事情を伝えてお願いしてみたら、思いがけず快諾の返事!天にも昇る気持ちでした。しかも4番をオケと一緒に本番で弾いた経験もあるとのこと。何という幸運!ようやく道が拓けたという実感を得ました。その時点で既に本番が2ヶ月後に迫っていました。

実をいえば私自身が4月から7月末まで原因不明の頭痛、めまい、倦怠感に悩まされました。コロナにかかったか?ワクチン後遺症か?それとも何か大病でも患っているのか?と耳鼻科で検査したり、脳神経外科でMRIを撮ったり、人間ドックや鍼灸にも。何を調べても異常無し。体調だけでなく精神的にも病んでいて、時間は刻々と過ぎるのに練習に集中出来ないジレンマに悩まされ、苦しい日々でした。頭痛と眩暈を抱えながら歩く時も「フラつかないよう真っ直ぐしっかりしなきゃ」と気を付けていたせいか、傍から見たら不調が判らないようで、それだけに自分自身の意識とのギャップに大きな挫折感を覚えていました。

新しい先生の初回レッスンは3時間を取って貰いましたが、1楽章だけで時間切れ。2台ピアノで最初の数十小節を弾いたところで、私の問題点、不足する部分を確実に把握しての的確な指導はまさに「目から鱗」でした。各部分について「ここはこう考えているから、こういう練習をした」という自身の経験も踏まえての実践的な指導は説得力があり納得の連続。また弾く時の姿勢、腕や身体の使い方、指の運びなど、今迄誰からも指摘して貰えなかったことを次々とアドバイスしてくれました。私はこれまで何をやってきたんだろう?3歳からピアノを始めて音大まで出て苦節数十年、ずっと弾き続けてきたのにも何も知らない、解っていない事を痛感して茫然とするばかり。

今迄私は協奏曲のソリストは自己中でいいと思っていました。でもそれは独奏曲演奏の場合であって、協奏曲も相手あってのこと、常々共演者に伝えることに注意を払っている点で室内楽寄りのスタンスであるという認識を新たにしました。自分が弾くだけでなく相手を聴く、曲を受け渡す前に相手が判りやすいように示すという姿勢が大事であることを知りました。初回の合奏練習でロクに弾けなかった私に毎週根気よく付き合ってくれた弦楽器奏者の皆さんにも何より演奏で報いたい一念がありました。

結局それから本番までに4回レッスンに通いました。体調もようやく少しずつ回復してきたことも追い風になりました。新しい先生は演奏を仕事にしているプロの奏者でだけあって、出てくる音自体がとてもしっかりした響きがあって私とは雲泥の差。同じ楽器から何故?と思う程。安定した演奏技術が随所に聞こえ、曲に対する知識、和声や楽典的な基礎も相まって、さすがの実力を目の当りにしました。そして私が構えることなく話が出来る気さくな人柄であると同時に絶対に相手を否定しない、批判しない姿勢にプロ意識を肌で感じました。私が出来ないところや苦労している事についても確実な答えを返してくれる。具体的な励ましの言葉で自信を持たせてくれる。生徒に教える立場でもある私はそういう指導姿勢についても見習うべきだと頭が下がる思いでした。

本番一週間前の最後の合奏練習で、私は自分が弾きたいテンポを具体的にメトロノーム数字で示して弦楽器奏者の皆さんにお願いしました。もうこれ以上の背伸びは出来ない、そんな気持ちがありました。コンマスの方が本番当日のリハでキッチリそのテンポ遵守で支えてくれました。私の力不足ゆえにCDテンポとはいかず不本意であったと思いますが、私のテンポで残り一週間練習してきたとのこと、感謝の思いで一杯でした。

また歴代の名ピアニストの演奏を沢山聴きました。特に冒頭部分はバックハウスの演奏が素晴らしく印象的でした。ここだけを一晩中練習していたという逸話も。その後の部分はあまりにヴィルトゥオーソ過ぎてタメイキが出るばかり。また2楽章は若きバレンボイムとクレンペラーの演奏が素晴らしく、とてもゆっくりとしたテンポの中でのバレンボイムの旋律の歌わせ方は大いに参考になり私自身も取り入れてみました。

こうやって何とか本番に滑り込みました。「怯まないで、楽しんで」という先生の言葉に励まされ、コンマスをはじめ弦楽器奏者6人に支えられての覚悟の演奏でした。本番は独特の空気があります。私の弾く一音一音が会場の空気を染める、この緊張感がとても好きです。200名近いお客さんの中には私の生徒も聴きに来てくれていました。冒頭の静かなピアノ独奏で始まるこの4番は私にとって最高峰の曲です。こんな素晴らしい名曲を弾ける機会を存分に楽しもうという気持ちで臨みました。

本番では新しい先生の指導効果は至るところに表れて自信を持って弾けました。そして弦楽器の安定したテンポにより、周りを聴く余裕も持てました。大きな曲だけに練習が行き届かない部分もあり、悔しい思いが残るところもあります。そうであっても、それが今の実力。そう納得出来るだけの精一杯の準備をしました。私にとって特別の思いがこもった大曲を弾き切った時には、まさに感無量、熱い思いで一杯でした。

毎回本番が終わると自分への反省と記録の意味もあって、苦労話の記事を書いています。こうやって見直してみると懲りずにまた・・という気もしますが、他の誰にも出来ない経験だという自負もあります。私には書き並べる事が出来る知識が圧倒的に少ないので何かを評価したり考察は出来ない代わりに経験したこと、気持ちなどを書き表す形になります。それが共感を呼ぶこともあれば、興味が無い人にはつまらないだろうなとも思っています。

新しい先生は、私にとって一期一会ともいうべき出会いです。もっと早くであればと思えばキリがないですが、今より遅くなくてよかったと考えるべきでしょう。今後も引き続きの指導をお願いしました。教材は何が?との私の問いかけにも、不足点を補うべき最適な曲を次々と答えてくれました。これから気持ちを新たにして取り組みます。過去に思うように弾けなかった曲も、もしかしたら今後もう少しマシに弾けるかも?という希望も持っています。この歳になっても新しい事を学べるって何ともいえない幸せな気持ちです。

ライヴ・イマジン50

2022 AUG 10 21:21:11 pm by 吉田 康子


「ライヴ・イマジン50」
“50th ANNIVERSARY!”
Das herz adelt den Menschen
心が人を豊かにする
2022年 9 月 3 日 ( 土 )
13:30開場 14:00開演
すみだトリフォニー小ホール

R.シュトラウス 「カプリッチョ」 より
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番 ト長調 op.58 (室内楽版)
モーツァルト 協奏交響曲 変ホ長調 K364(弦楽六重奏版)

前田 秀、 青山 千裕 (ヴァイオリン)
廣木 知之、 吉水 宏太郎 (ヴィオラ)
黄 典子、 西村 淳 (チェロ)
吉田 康子 (ピアノ)

2002年に始めたライヴ・イマジンは、コロナ禍でも予定通りに
回を重ね、おかげ様で50回目の公演を迎えることが出来ました。
美しいカプリッチョで幕を開け、ベートーヴェンとモーツァルト
の王道をいく名曲でお祝いします。詳しくはこちらをご覧ください。
http://liveimaginemusic.blog91.fc2.com/

散歩のすすめ

2022 JUL 15 23:23:40 pm by 吉田 康子

ウォーキングと書くと何となくカッコいいかもしれないけれど、要するに「散歩」。歩くというのは基本的な動きだろうし、「老化は足から」と日頃の運動不足を痛感してのこと。身近な人からの真摯なススメが私の琴線に響いたのかもしれない。きっかけを思い返すまでもなくごく自然に早朝の散歩を始めたのは4月の終わり頃だった。それから既に2ヶ月以上になる。

運動といえばジムに通って筋トレするというのも思いつくが、汗臭い室内で悦っている感じが嫌い。プールもわざわざ出かけて行って着替えてというのが煩わしい。何かと我儘な言い訳を盾に行動してこなかった。

散歩と言っても、ただのそぞろ歩きは飽きるけれど、私には長年親しんだ「ポケモンGO」というお供がある!(笑)「まだやっているの?!」と周りからは驚きと共に呆れるような反応もあるけれど、自分でも不思議なくらい飽きずに続いている。それまで寒い時には車で出かけ、歩くのが面倒であれば自転車で走り回っていたが、今度はスマホ片手に徒歩で出かけている。早朝出勤の家族に付き合って5時起床、朝食前の散歩になった。

幸い住まいは緑が多い玉川上水の近く、自然の移り変わりに触れる事が出来る多摩地区。

新緑の雑木林は清々しい。ウグイスやカッコウの声に春を感じるのは毎年のこと。また近所の郵便局脇にはツバメの巣があり、今年もヒナが賑やかに。

先日歩いていた時にキツツキが木を叩く音を初めて聞いた。思いのほか電動ドリルのような大きな連続音。姿は見えなかったけれど、珍しかったので録音してみた。 キツツキの音が5秒、20秒、35秒目の3回聞こえます

そして、あろうことかタヌキにも遭遇した。近所の駐車場の車の下からひょっこり顔を出した。一瞬目が合ったような気がしたけれど、猫ではなかった。小さかったので子ダヌキだったのかもしれない。カラスが後を追っていったのが気がかり。思いがけない出会いに驚き、証拠写真を撮り損ねたのは残念だった。ヘビやカエル、スズメバチはよくいるけど、タヌキは初めてのことでビックリ。
足元を見れば雨あがりには何故かミミズがあちこちに出現。それも数日たつとピタリと見かけなくなる。ミミズは天候や気温の変動を知っているのかもしれない。

日中が暑くなってきたけれど、早朝はまだ何とか気持ちよく歩ける。犬の散歩やジョギングする人、ラジオ体操に集まる人など、思いのほか人通りが多い。
私は「ひたすら歩く」というガチ派でなくポケモン捕りで「立ち止まっては歩く」という変則派。不思議に思った人が「地図でも見ているんですか?」と声を掛けてきたこともある。

今どきのスマホは優秀で歩数や歩幅などを測定してくれるので、日々の数字も判りやすく、小さな目標になる。それぞれのペースで楽しめるのが長続きのコツではないかと気楽に日々歩いている。皆さんもはじめの一歩からいかが?

ブルガリアンリズム

2022 APR 15 11:11:58 am by 吉田 康子

4/9土曜にライヴイマジン49でストラヴィンスキーの「兵士の物語」とバルトークの「コントラスツ」を演奏した。
コントラスツは、私のバケットリストの筆頭にあった曲で長年温めてきた。ベニーグッドマンとシゲティの委嘱により作曲され、この2人とバルトーク自身のピアノで初演された。初めて聴いたのがいつだったか思い出せないけど、バルトークというと独特の民族的な和声とリズムでなかなか仲良くなりにくい気難しい印象がある。でもコントラスツは出だしからゴキゲンな曲。え?バルトークにもこんなお茶目な面が?と意外に思ったのが第一印象。

ブージー&ホークスの楽譜表紙には眼光鋭く不機嫌そうな表情のバルトークの顔写真がドーンと載っていて、見るたびに視線を避けるかのように裏返してしまう。「この曲は弦楽四重奏より難しい」と師匠が言うだけあって、アマチュアは恐れをなしてしまう「手を出してはいけない曲」のようだ。だからって気に入った曲に挑戦するのは自由なのに。

人生後半戦、逃げたまま死にたくない。何人かに共演を持ちかけては断られた末にようやく今の共演者が一緒に挑戦してくれると返事をしてくれた。「同じ編成なら兵士の物語もある」と師匠の言葉に恐れをなした幹事がコントラスツ回避を勧めてきた。一応楽譜を買って検討したけれど「やっぱりコントラスツでしょ」という思いは変わらず。「本当に大丈夫?」と何度も念を押されたけど「やるなら今でしょ!」と。でも結局それだけでは短すぎるということで、兵士も演奏することになった。まぁ折角の機会だし。

実際にはそこまで言って押し切った割には譜読みが思うように進まない。しかも3楽章の「ブルガリアンリズム」には本当に苦戦した。3+2+3 2+3という複合拍子の踊りの曲。8分音符の速さが330というメトロノーム指定。それだけで眩暈がしそう。私がリズムを刻み和声を添える役割で他の2人がそれに乗って旋律を奏でる。3楽章の中間部分にあたる。

先ずはウンチクからとブルガリアンリズムについて検索すると沢山の資料。そういえば私の手元にもあったっけ。お宝を持ち腐れないよう役立てないと。

そして動画を検索すると「ポップン」という色々なリズム演奏のゲームも。
クラブDJなのか、ノリノリで「東ヨーロッパの豊かなリズムが洪水のように溢れ出す。激しいビートを叩き出せ!!!」というコメント付き。ポップン

またボカロの初音ミクがブルガリアンリズムで歌って踊っている動画も沢山。初音ミク

な~んだ、要するに「ブルガリアンリズム」というのは、ノリのいい「踊りのリズム」のリズムパターンのひとつとして既に周知されているということを実感。目から鱗、というより知らないのは私だけ。

師匠や共演者には「旋律に合わせろ」と言われたけれど、こちらが拍子を刻む立場だから「私に合わせろ」ではないか?と反論した。でもそれは私自身がきちんと拍子をとれてこその話。大前提が揺らいでいる状況では進展が望めない。先ずは私がしっかりリズムをとらなければいけない。

さてどうしたものか?共演者からはそれぞれの経験を踏まえた拍の数え方とかを教えてもらったけれど、各自やり方が違うので私の理解には繋がらない。その状態で他者の旋律の細かい動きにまで合わせるのは土台無理な話。枝葉末節にまでこだわれるような余裕無し。必要最小限のお役目を果たす方針で行こうと思った。重箱の隅をつつくより大事なことは他にある筈。

或る人から「これはテイク5と同じではないか?」とアドバイスをもらった。最初は「何故ここでトンチンカンで訳の判らないことを言っているのか?」と腹立たしくさえ思ったけれど、実際にyoutubeで聴いてみるとドンピシャの大当たり。テイクファイブ

もうこれにすがるしかない。メトロノームに合わせるより遥かにノリがよくて、何倍も数えやすい。拍数を全部合わせたら13拍子かもしれないけど、そうじゃない。これは踊りの曲だ。前半の3+2+3と後半の2+3のそれぞれ最初の拍が合えば曲が進む。境目にご丁寧に点線が楽譜に記載されている。そう割り切って弾けば合わせどころの和声もいい感じに響く。結局のところ本番前の最終練習で何とかマシな状態になり、見切り発車で当日に至った。

それでも本番でピアノに向かった時には「やっと人前で弾ける!」と演奏が実現したこと自体が本当に嬉しくて、ワクワクするような幸せな気持ちで一杯だった。弾き始めから感無量の思い。オメデタイと言われるかもしれないけど、そんなに深刻になってどうする?派手なグリッサンドもぶつかり合う和音の連打も楽しい!もちろん難曲なので技術的にも音楽的にも限界があり感傷に浸っている間は無い。反省点も沢山。それでも挑戦して精一杯の努力を重ねた結果の自分の実力だと納得している。

この点で意識の高い共演者との大きな差を実感。そうは言っても本番の録音を冷や汗もので聴き終えた今、所詮アマチュアの大冒険、実際にはそれほど大きな差があるとは思えない。

今後も自分の演奏に「満足」などと到底出来ないと思うが、そうであっても試行錯誤を続けながら大好きな曲に挑戦し続けていきたい。周りに迷惑をまき散らしながらも、やった者勝ち。アマチュアだと言い訳にするつもりはない。でも実力を持ち合わせていない自分の立ち位置を客観視くらいは出来る。そんな私にも音楽は平等に存在すると信じている。

ライヴ・イマジン49 「緑のランプ」

2022 MAR 8 10:10:41 am by 吉田 康子


ライヴ・イマジン49
2022年4月9日(土)14:00開演
すみだトリフォニー小ホール

ストラヴィンスキー 「兵士の物語」組曲版(1918)
バルトーク 「コントラスツ」(1938)
前田秀(Vn)佐藤健(Cl)吉田康子(Pf)
 
ショスタコーヴィチ 弦楽四重奏のための2つの小品(1931)
ヴァインベルク 弦楽四重奏曲第2番 Op.3/145(1941)
内田明美子(1Vn)亀井葉子(2Vn)内田吉彦(Vla)西村淳(Vc)

「緑のランプ」は、1820年頃にプーシキンとその仲間が集ったサークル名であり、それから100年を経て1920年代から30年代にかけてメレシコフスキーとギッピウスが開いた亡命文学サロンの名でもあります。それぞれに社会的に仄暗い背景があるからこそ灯る知的な緑の光・・(「夕暮れに夜明けの歌を。文学を探しにロシアに行く」奈倉有里著:イーストプレス)
今回は20世紀前半の難曲揃いの室内楽を集めたプログラムに挑戦します。
ライヴ・イマジン音楽記

退院しました。

2021 DEC 24 11:11:48 am by 吉田 康子

胆石手術を終えて3日目に予定通り退院してきました。入院を当初より2週間早めて貰い、今月始めの退院でしたから随分と時間が経ちます。5泊6日の入院でしたが、その間は日常生活を遮断された空間と期間であることを実感。体力、気力ともに生活リズムを取り戻すのに、思いのほか時間が必要でした。

今回は家から車で10分ほどの私営の中規模病院。最初に受診したクリニックからの紹介でとんとん拍子に通院して手術となりました。受付や事務だけでなく看護師や検査技師などのスタッフの数もそれなりに余裕があるのか、来院者へのサービスや患者へのケアも行き届いている印象。

それにしても手術室というのは病棟とはガラリと雰囲気の違う空間だと痛感。まるで工場のように沢山の機器に囲まれ大きな照明のあたる中にポツンと手術台のベッドがあり、そこに歩いて行って横になるのは、まさにまな板の上のコイ状態です。胆石と一緒に胆嚢も摘出する手術は、お腹の4箇所に1cmほどの穴を開けて炭酸ガスを注入して膨らませ、腹腔鏡(カメラ)で内部の状況を見ながら細長い鉗子で胆嚢を取り出す方法。開腹より体への負担が軽くて済むため、主流になっているようです。

手術前には看護師をはじめスタッフの皆さんが私を気遣ってくれましたが、手術自体に不安や緊張は無く、全身麻酔なんだし眠っている間に終わると丸投げお任せ気分でした。術後にあちこち管に繋がれて寝たきりで身動きが取れない、食べ物や水さえ飲めない状態で翌日まで、というのが何より憂鬱でした。

知人のお母さんが全身麻酔から覚めずに亡くなったという話を知っていたので、私も同じような事になる可能性はゼロではないと思っていました。その場合を想定して生徒、演奏仲間、楽譜や楽器の処分を頼む人の連絡先を一覧表にして家族に送信しました。私自身は準備の一環として「備えあれば・・」程度の心づもりでしたが、家族の方がむしろ深刻な受け止め方をしていたようです。

今回は運よく個室に空きがあったので、周りに気兼ねせずに過ごせたのが何より幸運でした。6時起床はともかく9時消灯就寝は自宅での生活とかなりの時差があります。Wi-Fiが無いので持参したノートパソコンやiPadは使えず、普段からTVを見ないので、あとはスマホと持参した本で時間を過ごしました。何ともアナログな感じですが、性格上一つの事にのめり込みがちで本も読み始めると止まらないので、絶好のチャンスとばかりに読書三昧で夜中まで何冊も一気読みしていました。始めは深夜に巡回に来る看護師が不安や緊張で眠れないのかと気にかけてくれましたが、そうではない事が判るとそっとしておいてくれたのが有難かったです。

持参した本は、音楽に関連の本ばかり。一番好印象だったのは、平野啓一郎の「マチネの終わりに」でした。大人の恋愛物語という風情ですが、この手の本を久しぶりに読んだ気がしました。「蜜蜂と遠雷」も映画化された程人気でしたが、なんか底が浅い内容で漫画を小説にしたような印象。もちろん練習中の曲の楽譜も持参してyou tubeを聴きながら少し眺めましたが、弾けない状況だと遠い存在のようで前向きにはなれないまま放置でした。

手術の翌日から離乳食のような三分粥に始まり、五分粥、全粥と徐々に通常食に。そうだ、私はお腹の病気の手術をしたんだと改めて自覚。早く熱いコーヒーが飲みたいなぁと思いながらも内緒で持ってきた飴やグミ、クッキー、などのお菓子で密かにオヤツをしていました。点滴に繋がれた状態から解放されたのは退院前夜。お腹の傷は思いのほか小さくて、痛みも無く、少し引き攣る程度。それも時間が経つにつれて何事も無かったかのように。今どきの医学ってすごい!と素直に感心していました。

帰宅後は散らかった家の中の片づけに追われ、数日後にレッスン再開で3月の発表会準備。そして次回ライヴ・イマジンの演奏曲の練習も再開。オモテ向きは元気一杯に動いていましたが、日々のルーティンをこなすとグッタリでした。入院手術は「出張が入ったようなもの」と軽く言う人もいましたが、それは人それぞれのキャパの違いや年齢体力によって差が出るのかもしれません。

先週末に外来で担当医の診察があり、取り出した胆嚢と胆石の写真を見せて貰いました。胆嚢に癌は無く、石は6mmサイズで5~6個。「実物を見てみたかった」と言ったら、医師に呆れられました。本当は記念に石が欲しかったですね。骨折プレートなどと一緒に私のコレクションに加えたかったです。

最初に症状が出てから約7週間、痛みの再発を恐れて過ごした本番前が一番長く感じました。これでようやく胆石関連の病院通いも終わりです。
今は、ホッとした気持ちと根本的に解決が出来たという満足感で一杯です。

胆石手術します

2021 NOV 2 19:19:49 pm by 吉田 康子

3週間ほど前のある晩、みぞおちが急に痛み出しました。その数日前にも似たような痛みがあり、その時は胃腸薬を飲んで数時間で収まりましたが、今度は一晩中強い痛みに苦しみました。しかも嘔吐、貧血まである始末。さすがに救急車を呼ぼうかとさえ思ったくらいでしたが、深夜の救急車は近所の見世物になるように思えて、さんざん迷った末にやめました。結局一睡も出来ずに朝を迎えました。痛みが弱まったのか睡眠不足からの眠気なのか、ようやくウトウトした後に近所の消化器内科の午前の診察に駆け込みました。

毎年夏に人間ドックを受けているので、その結果を持参で超音波検査をしたところ、胆石からの胆嚢炎と判明。てっきり胃炎だと思っていたので想定外の結果でした。そりゃあ胃腸薬は効かなかった筈です。現在の炎症の程度を知る為の血液検査が必要ということで、近くの病院に紹介状を書いて貰いました。

翌日の検査の結果はやはり胆嚢炎とのこと。腎臓の近くにある胆嚢という器官に胆石があり、それが炎症を起こしているとのこと。「一応落ち着いている状況ですが、どうしますか?最初の痛みが出た時に救急搬送だったら、即手術でしたが、そのゴールデンタイムを逃してしまいましたね。このまま抗生剤で炎症を抑えて様子を見ることも出来ます。手術が怖い人や体力に不安がある人は経過観察を選ぶようですが、医者としては症状が出た胆石がある以上は手術を勧めます。胆嚢に石があるうちはまだしも、胆管に詰まってしまうと激痛で重症になりますから」というのが気さくな雰囲気の女医さんの診断結果でした。

直ぐに3週間後に迫った本番の事が頭をよぎりました。手術するなら明日にでもしてスッキリしたいと思いましたが、そう簡単にはいかないし。とりあえず一週間抗生剤投与で様子見となりました。万が一にも本番直前にまた痛みが出たら?今回私はプログラム曲5曲のうち4曲で参加していますから、私が欠席となれば公演中止になるでしょう。自分だけの問題ではないし沢山の人達に迷惑をかけることになります。図らずも爆弾のような石をお腹に抱えている状況になってしまい途方にくれました。

私の性格上「待つ」という事が嫌いです。相手の出方次第で振り回されるのではなく自分から何かを掴みに行きたい。手術で解決するならグズグズせず明日にでもとカレンダーを眺めたり、セカンドオピニオンを求めて他の病院に相談もしました。

また私自身の代奏者も探し始めましたが、お任せしてしまうのではなく影武者のように補欠としての控えの奏者なんて虫のいい話を受けてくれる人はいませんでした。まぁ当然ですね。ここは腹をくくって自力で乗り切るしかありません。

結局のところ一週間後には炎症は収まり小康状態に。それであっても私としては決着をつけて安心したいので外科医と相談して12月上旬の手術の予約を済ませました。腹腔鏡下胆嚢摘出術で3~4日の入院になりそうです。これだってコロナ禍ではどうなるか予測がつきません。手術の日取りが決まっただけでも一歩前進の手応えアリと思いました。

この想定外の状況の対応に手間暇を取られて、練習も思うように時間が取れないジレンマに。病院って時間が止まったように果てしなく待たされるものだと再認識。それを取り戻す為に寸暇を惜しんで練習に没頭しました。また弾くだけでなく全体を聴くという取り組みも同時に。幸い作曲者の演奏も参考音源として手元に用意してあったので、繰り返し聴いては楽譜をチェック。とにかく精一杯の準備を重ねています。

宣言解除効果か、あたたかな秋の陽気のせいか日を追うごとに入場希望者も増えてきました。応募のコメントから励ましと期待をひしひしと感じます。もう後戻りはできません。このまま本番まで全力で走り抜ける覚悟でいます。

ピアソラへの旅路

2021 OCT 25 22:22:44 pm by 吉田 康子


吉田篤(Violin) 北村聡(Bandneon) 青木菜穂子(Piano) 鈴木大介(El-Guitar) 田辺和弘(Contrabass)
前半ゲスト:Cristian&Nao(Dance) 後半ゲスト:KaZZma(Vocal)

第1部古典タンゴ作品を中心に。
蝶々、プレパンセ、チケ、亜麻の花、ラ・プニャラーダ、タンゲーラ 他

第2部ピアソラ作品
プレパレンセ、スム、革命家 ロコへのバラード、アディオス・ノニーノ 他

久しぶりにコンサートに行ってきました。秋晴れの日曜日午後の上野は、美術館、動物園などに行く人達で相変わらずの混雑です。暫く行かないうちにJR上野駅公園口もリニューアルされて公園に渡る信号がなくなり見違えるように綺麗に。2020年2月に旧奏楽堂でのライヴ・イマジン44公演以来の上野ですから、時の流れを実感します。この公演の直後にコロナ禍となり、世の中の景色が一変しました。根津の「車屋」さんでの打上は大いに盛り上がりましたっけ。1年8か月ぶりの上野、今回は初めての東京藝術大学内にある奏楽堂が会場で、何と今回が初見参。こちらもとても興味がわきました。

生誕100年に当たるピアソラをクローズアップした企画。同じアニヴァーサリーのストラヴィンスキーを差し置いて、藝大がピアソラをやる、すごいことです。ライヴ・イマジンでもピアソラのタンゴは何回か取り上げた事があります。しかも今回の演奏者の中に吉田篤さんの名前がありました。昨年6月の公演でベートーヴェンの弦楽四重奏曲第12番を取り上げた時に、本番2週間前に強力な代奏者として出演して頂きました。直近の公演ではベートーヴェンの弦楽四重奏曲ラズモフスキー全曲をヴィオラ奏者として参加していましたが、今回はタンゴのヴァイオリン奏者として、そしてバンドリーダーの立場での演奏です。実際に彼のタンゴを聴くのは初めてでしたが、多彩な才能に感心するばかりです。


コンサート前半は、ピアソラと時代を同じくする作曲者のタンゴを中心に編曲を聞かせ、しかもダンスも入るという贅沢な構成。ヴァイオリン、バンドネオン、コントラバス、エレクトリックギター(!?)、ピアノで構成されるキンテート(五重奏)をバックにキビキビと踊るプロダンサーの完成された動きに目を奪われました。また各奏者の安定した技巧と息の合ったアンサンブルで次々演奏されるタンゴは、様々な側面を垣間見せてくれた感じがしました。曲の合間には吉田篤さんのトークもあり、ピアソラに魅せられ、それぞれの曲への熱い想いも語られ、何事にも真摯に取り組むお人柄が伝わるようでした。

休憩後はピアソラの曲のみが並びます。今度は歌手も登場して華やかな雰囲気に。ピアソラの曲は手を加えにくい完成されたもの、というトークの通り、曲自体に隙の無い音楽で、いわゆる伝統的なタンゴとは一味違ったものを実感しました。また歌手の参加でこれがアルゼンチンの歌曲、あるいはバラードなんだろうな、形は違うけど南米に渡った西洋音楽はこうなるんだと納得です。「ロコへのバラード」は曲の良さも相まって熱演、素晴らしい歌声が響きました。最後は「アディオス・ノニーノ」で締めくくり、アンコールは「リベルタンゴ」。5人で演奏しているとは思えない程厚みのある多彩な響きに酔い、存分に楽しみました。公演日前にチケット完売というのも頷けます。

ただ一つ気にかかったのは、エレクトリックギターに合わせたのか、各楽器にマイクが付けられていたこと。大きな会場ということでの忖度かもしれませんが、ギター以外は全てアコースティックの楽器なのに、その生音が拡声装置により大味になってしまい、折角の各奏者の聞かせどころが曖昧で混沌とした響きになってしまった事が残念でした。特にギターはコードを弾いていることが多く、ソロが少なかったのでバロック音楽の通奏低音的な役割なはずです。客席中央部分にミキシングのブースが設けられており、いくらでもバランス調整が出来た筈なのに惜しい結果となりました。舞台上の奏者は客席にどんな風に聞こえているか、音のバランスも判らないはずでこの責任は重いです。実際エレクトリックギターが終始必要以上に大き過ぎる響きに調整されたままで、全てがそれに覆われてピアノの音でさえ届いて来ない状況でした。歌手もマイクを口元に持って大音量で歌っていたので更に飽和状態に。マイク無しでも十分な声量と表現力があるのに。やはり各奏者を際立たせる為にも電子楽器は細心の注意を持って最小限で扱うべきだと痛感。演奏が素晴らしかっただけに、勿体ないと思いました。

終演後、奏楽堂から外に出ると上野の森はまだ明るく、駅に向かって歩を進めるにつれて日が暮れていきました。夕暮れと共に余韻を味わいながら現実に戻っていく、何とも満ち足りた気持ちになりました。

濃厚接触者?

2021 AUG 25 21:21:35 pm by 吉田 康子

都心から少し離れた郊外に暮らしているせいか、コロナ禍も遠くの出来事のように感じていた。そんな折に、家族の勤務先にコロナ陽性者が出た。その日は夜遅くまで職員全員で内部や備品を消毒してから休業に。

翌日、勤務先から役所と保健所への電話が混みあっていてなかなか繋がらず、数時間経過後にようやく届け出連絡が出来た。状況を説明すると、ヒアリングのみで「濃厚接触者は居ない」という判断になり翌日から通常通り業務再開。何を根拠にどういう経緯で判断したのか、現場確認さえしていないのに。折りしも感染経路は深追いしないという方針が数日前に発表されたばかりだった。

有事の際の采配は、経営者の力量を如実に表す。傍で見ている限り、現場に丸投げ状態。本来は、こういう場合の消毒は専門業者を手配するべきだし、業務再開前に職員全員のPCR検査は必須という認識だが、それさえ行われなかった。そういう危機感や予算は無いのか?こんな状況をへて職員の「安心・安全」を周囲にどう説明報告するのだろう?

話を聞く限り私の家族と陽性者との接点は少なく、濃厚接触者である可能性がとても低いが、ゼロとは言えない。グレイなままでは一緒に暮らしている私も自宅でのピアノのレッスンが出来ない。当然保護者も納得できないだろうし心配だろう。私も当日は事情を説明して全てのレッスンを急遽お休みにした。そして翌日自費でPCR検査を受ける予約をした。駅近のところだが、当日は予約に空き無し。翌日もネット申し込み中に次々と空き枠が埋まっていた。検体を出した当日中にメールで結果が届く。それから翌週のレッスンを再開する心積もりだ。勿論結果連絡のメールを添えて生徒の保護者には経緯説明をするつもりでいる。それが私の立場での責任だと思っている。

効果の高いマスクを購入し、解熱剤、パルスオキシメーターは以前から揃えている。今回は精度が多少なりとも高いといわれるPCR検査を選択したが抗体検査キットも手元にある。イベルメクチンも手配中。ワクチンは今週末に2回目接種予定。行政がまともに機能していなくて現場依存になっている現在、個人として出来るだけの準備をして自衛するしかないのは情けないものだ。今迄はどこか現実味が無かったが、一気に目の前に迫ってきた感じがした。コロナは今迄見えなかった様々な事を炙り出す。有事の際の対応により私の器の質が試されるのだと思っている。

■後日談
PCR検査に行ったのは、週末の朝8:50。駅前のビルの1階。次々と人が入っていく。10分ごとに予約設定されているが、あまり反映されていない、というかどんどん流れ作業という雰囲気。「予約したのに」と入口で受付待ちの行列に不満を訴える人もいたが、流れはどんどん進むので、苦情を言うより黙って並ぶのが一番早いと判った様子。小さく仕切られたブースで自分の唾液を容器に入れ、回収箱に入れるだけ。こんなんで大丈夫?とも思うが、他にすがる方法も無い。その日の夕方には結果がメール通知される。

1回¥5000は時流に乗ったオイシイ商売だと思った。陰性の証明書発行は別に¥500かかる。幸い家族も私も「陰性」との結果がきてホッとしている。無症状の感染の可能性もあるだろうし、何らかのお墨付きを得ないと安心して子供を通わせられないというのが本音だろう。日付の変わらないうちにと結果通知メールを添えて保護者全員に連絡し終わってようやくこの件は一段落出来たと思っている。速攻で白黒ハッキリさせるという私の性分ゆえだろうけど、自分としては満足している。

■自宅療養の40代の女性が亡くなった、というヤフーニュースの記事に対するコメント。まさに同じ状況。こんな事があちこちで起きていると思うとやり切れない。

在宅ケアマネです。お客様がコロナに感染し、そのお客様への訪問介護に携わっていたヘルパー10人について、保健所は「マスク、グローブして短時間(90分)の接触だから濃厚接触者には該当せず、PCRの検査も保険適用では行えないから、やるなら自主的に自己負担で。あくまで自主的に」とまるで検査してもらいたくないかのような対応でした。結局、全額会社負担で関係ヘルパー全員に検査受けてもらい、濃厚接触者でないと保健所から言われた10名の内、3名は陽性でした。ヘルパー全員、ワクチン接種2回終わっています。保健所の追跡、あれで意味があるのか。ないなら、もっと必要な仕事に回せばいいのに。保健師の資格もった人が、あの無意味なヒアリング業務を行っているのはもったいない。この仕事していると、保健所も病院もどんどん投げやりになってくるのが手にとるようにわかる。好きだった仕事が、少しずつ悲しいものに変わっていく。

■その後
生徒の保護者全員に「陰性」結果通知を添えて連絡したら、すぐに次々と返信が来た。「大変でしたね」と気遣う内容であったり「よかった」「安心した」「今後もしっかり感染予防をする」そんなことも書かれていた。新学期を前に身近に起こった事として皆、気を引き締めている空気が伝わってきた。PCR検査をしてよかった。結果証明があればこその反応だと思う。やはり誠意をもった対応が説得力を持つことを実感した。

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