Soner Menbers Club No43

カテゴリー: ライヴ・イマジン

ブルガリアンリズム

2022 APR 15 11:11:58 am by 吉田 康子

4/9土曜にライヴイマジン49でストラヴィンスキーの「兵士の物語」とバルトークの「コントラスツ」を演奏した。
コントラスツは、私のバケットリストの筆頭にあった曲で長年温めてきた。ベニーグッドマンとシゲティの委嘱により作曲され、この2人とバルトーク自身のピアノで初演された。初めて聴いたのがいつだったか思い出せないけど、バルトークというと独特の民族的な和声とリズムでなかなか仲良くなりにくい気難しい印象がある。でもコントラスツは出だしからゴキゲンな曲。え?バルトークにもこんなお茶目な面が?と意外に思ったのが第一印象。

ブージー&ホークスの楽譜表紙には眼光鋭く不機嫌そうな表情のバルトークの顔写真がドーンと載っていて、見るたびに視線を避けるかのように裏返してしまう。「この曲は弦楽四重奏より難しい」と師匠が言うだけあって、アマチュアは恐れをなしてしまう「手を出してはいけない曲」のようだ。だからって気に入った曲に挑戦するのは自由なのに。

人生後半戦、逃げたまま死にたくない。何人かに共演を持ちかけては断られた末にようやく今の共演者が一緒に挑戦してくれると返事をしてくれた。「同じ編成なら兵士の物語もある」と師匠の言葉に恐れをなした幹事がコントラスツ回避を勧めてきた。一応楽譜を買って検討したけれど「やっぱりコントラスツでしょ」という思いは変わらず。「本当に大丈夫?」と何度も念を押されたけど「やるなら今でしょ!」と。でも結局それだけでは短すぎるということで、兵士も演奏することになった。まぁ折角の機会だし。

実際にはそこまで言って押し切った割には譜読みが思うように進まない。しかも3楽章の「ブルガリアンリズム」には本当に苦戦した。3+2+3 2+3という複合拍子の踊りの曲。8分音符の速さが330というメトロノーム指定。それだけで眩暈がしそう。私がリズムを刻み和声を添える役割で他の2人がそれに乗って旋律を奏でる。3楽章の中間部分にあたる。

先ずはウンチクからとブルガリアンリズムについて検索すると沢山の資料。そういえば私の手元にもあったっけ。お宝を持ち腐れないよう役立てないと。

そして動画を検索すると「ポップン」という色々なリズム演奏のゲームも。
クラブDJなのか、ノリノリで「東ヨーロッパの豊かなリズムが洪水のように溢れ出す。激しいビートを叩き出せ!!!」というコメント付き。ポップン

またボカロの初音ミクがブルガリアンリズムで歌って踊っている動画も沢山。初音ミク

な~んだ、要するに「ブルガリアンリズム」というのは、ノリのいい「踊りのリズム」のリズムパターンのひとつとして既に周知されているということを実感。目から鱗、というより知らないのは私だけ。

師匠や共演者には「旋律に合わせろ」と言われたけれど、こちらが拍子を刻む立場だから「私に合わせろ」ではないか?と反論した。でもそれは私自身がきちんと拍子をとれてこその話。大前提が揺らいでいる状況では進展が望めない。先ずは私がしっかりリズムをとらなければいけない。

さてどうしたものか?共演者からはそれぞれの経験を踏まえた拍の数え方とかを教えてもらったけれど、各自やり方が違うので私の理解には繋がらない。その状態で他者の旋律の細かい動きにまで合わせるのは土台無理な話。枝葉末節にまでこだわれるような余裕無し。必要最小限のお役目を果たす方針で行こうと思った。重箱の隅をつつくより大事なことは他にある筈。

或る人から「これはテイク5と同じではないか?」とアドバイスをもらった。最初は「何故ここでトンチンカンで訳の判らないことを言っているのか?」と腹立たしくさえ思ったけれど、実際にyoutubeで聴いてみるとドンピシャの大当たり。テイクファイブ

もうこれにすがるしかない。メトロノームに合わせるより遥かにノリがよくて、何倍も数えやすい。拍数を全部合わせたら13拍子かもしれないけど、そうじゃない。これは踊りの曲だ。前半の3+2+3と後半の2+3のそれぞれ最初の拍が合えば曲が進む。境目にご丁寧に点線が楽譜に記載されている。そう割り切って弾けば合わせどころの和声もいい感じに響く。結局のところ本番前の最終練習で何とかマシな状態になり、見切り発車で当日に至った。

それでも本番でピアノに向かった時には「やっと人前で弾ける!」と演奏が実現したこと自体が本当に嬉しくて、ワクワクするような幸せな気持ちで一杯だった。弾き始めから感無量の思い。オメデタイと言われるかもしれないけど、そんなに深刻になってどうする?派手なグリッサンドもぶつかり合う和音の連打も楽しい!もちろん難曲なので技術的にも音楽的にも限界があり感傷に浸っている間は無い。反省点も沢山。それでも挑戦して精一杯の努力を重ねた結果の自分の実力だと納得している。

この点で意識の高い共演者との大きな差を実感。そうは言っても本番の録音を冷や汗もので聴き終えた今、所詮アマチュアの大冒険、実際にはそれほど大きな差があるとは思えない。

今後も自分の演奏に「満足」などと到底出来ないと思うが、そうであっても試行錯誤を続けながら大好きな曲に挑戦し続けていきたい。周りに迷惑をまき散らしながらも、やった者勝ち。アマチュアだと言い訳にするつもりはない。でも実力を持ち合わせていない自分の立ち位置を客観視くらいは出来る。そんな私にも音楽は平等に存在すると信じている。

ライヴ・イマジン49 「緑のランプ」

2022 MAR 8 10:10:41 am by 吉田 康子


ライヴ・イマジン49
2022年4月9日(土)14:00開演
すみだトリフォニー小ホール

ストラヴィンスキー 「兵士の物語」組曲版(1918)
バルトーク 「コントラスツ」(1938)
前田秀(Vn)佐藤健(Cl)吉田康子(Pf)
 
ショスタコーヴィチ 弦楽四重奏のための2つの小品(1931)
ヴァインベルク 弦楽四重奏曲第2番 Op.3/145(1941)
内田明美子(1Vn)亀井葉子(2Vn)内田吉彦(Vla)西村淳(Vc)

「緑のランプ」は、1820年頃にプーシキンとその仲間が集ったサークル名であり、それから100年を経て1920年代から30年代にかけてメレシコフスキーとギッピウスが開いた亡命文学サロンの名でもあります。それぞれに社会的に仄暗い背景があるからこそ灯る知的な緑の光・・(「夕暮れに夜明けの歌を。文学を探しにロシアに行く」奈倉有里著:イーストプレス)
今回は20世紀前半の難曲揃いの室内楽を集めたプログラムに挑戦します。
ライヴ・イマジン音楽記

ヴァインベルクのピアノ五重奏曲

2021 MAY 17 10:10:23 am by 吉田 康子

6/5本番のヴァインベルクのピアノ五重奏について、徒然に考えてみた。
今回初めて聴いた名前の作曲家でありタコ(ショスタコーヴィチ)に似たような雰囲気だと聞き、音源と楽譜を見て演奏することを決めた。
当初は「タコになれなかったヴァインベルク」という格下の評価だったけれど、
弾いていくうちにその評価がどんどん格上げされてきた。タコに似た和声を使用しているけど、ひと味違う印象。これは一筋縄ではいかない、と。

大抵のピアノ五重奏はピアノと弦が6:4または7:3くらいの割合のものが多い。両方の手で2つの楽器分と考えれば妥当な比率かも知れないけど、楽譜を眺めるとタコよりもっとピアノの分量が少ない気がする。

前回のフランクは前者の最たるものでずっとソロ曲を弾き続けているようで、体力勝負の協奏曲のような側面も感じていた。それと比較すると休みの部分が多くて明らかにピアノの音符が少ない分だけ弦楽器にとってピアノと対等な配分で難易度が高いように思う。弦楽器を演奏出来ない私が見ても弦楽器パートには様々な特殊奏法も駆使しているようだし、音符を音にするだけでも苦労しそうな音列、音程、リズムが並んでいる。

「聴いただけだと易しい曲だという印象」と言う人もいたけれど、それは音符の少なさからの響き所以だと思う。今は分量より質であり「粋を集めた音」という感じがしている。そして曲想の起伏の激しさゆえに一瞬たりとも気を抜けない。

作曲されたのは、自身が24歳の時だそう。作品番号18だから意気軒高であった若い時代だろうか。類まれなる演奏力を持ちながらも、戦争に巻き込まれ、国を追われ、家族を失い、投獄され、病で他界した波乱万丈の人生。その生涯についての資料はあまりに少ない。どんな気持ちで何を伝えたかったのだろうか?

ただ甘い感傷にかられた色はひとかけらも無く、緊迫感に覆われた儚さ、虚しさ、無常感を訴えてくる。葬送行進曲のような弔いのリズムの反復かと思えば、気が狂ったようなワルツ、どこまでも追跡されるような迫りくる音の刻み、そして時には慟哭が聞こえるような重い和音。そのどれもが厳しく激しい。

もうここまできて立ち止まって見直してみると、タコと比べる事すら忘れてしまうような独自の世界を持っている。

幸いにもボロディン四重奏団と演奏した本人の録音が残っている。初めて聴いた時は、なんて荒い演奏なんだろうと思った。時には叩きつけるような粗いタッチ、力ずくで押し切るような弾き方。破天荒という言葉が思い浮かんだ。伝統の流れを受け継ぐヴィルトゥオーソなだけに技術的には余裕で弾き切る。でも「歌う」という言葉からは程遠く怒りすら感じる。こんなのとても参考にもならない、と思っていた。

今ようやく自分がこの曲の姿が見え始めた時に改めて聴き直すと、もう他の演奏なんて吹っ飛んでしまうほどの強い意志が伝わって来る。以前私は何を聴いていたんだろう?と自問するくらいだ。生ぬるい綺麗なだけの行儀のいい演奏はお呼びじゃない、甘さだけの鈍い演奏は曲の信条を汚すとさえ思える。

畏怖の念すら抱かせるようなこの曲に対して、私に何が出来るんだろう?何もかもが遥かに及ばない自分が伝えられるもの、ほんの1ミリでも表現できるものを探っている。

ライヴ・イマジン47

2021 MAY 7 14:14:02 pm by 吉田 康子


ライヴ・イマジン47
2021年6月5日(土)13:30開場 14:00開演
豊洲シビックセンターホール
・ プロコフィエフ:五重奏曲
・ ヴァインベルク:ピアノ五重奏曲
ヴァイオリン 内田 明美子、亀井 葉子 ヴィオラ 内田 吉彦、
チェロ 西村 淳 コントラバス 櫻澤有紀子
オーボエ 野原国弘、 クラリネット 佐藤 健、 ピアノ 吉田 康子

先の見えない空気の中ではありますが、音楽へ心を傾ける姿勢に変わりはありません。
今回は近代ロシアの作曲家による2つの五重奏曲をお聴き頂きます。
詳しくはこちらをご覧下さい。ライヴ・イマジン音楽記

再演の手応え

2020 DEC 31 11:11:17 am by 吉田 康子

12/27(日)豊洲でのライヴ・イマジン46公演が終わりました。これはフランクのピアノ五重奏曲の再演の本番でもありました。結論から言えば「やはり再演の手応えは大きかった!」です。前回より全員が各段にレベルアップしたことを実感しました。

当初私は「なにもこの難しい曲を再演しなくても・・」という後ろ向きの気持ちが強く、弦楽器の皆さんより大きく遅れをとっていました。再演を提案した田崎先生もそのあたりを察していて、イケイケ気分の弦楽器の皆さんより先ず私に再演の意思確認をしてきました。私は「この曲をもっと弾きたい」というより「このメンバーでの演奏をもう少し続けたい」という気持ちで折り合いをつけたように思います。要するに「渋々OKした」という感じであり、結論を先送りにしたのかもしれません。フランクのピアノ五重奏曲の再演

そうは言っても弾けないところはやっぱり弾けない。チャイコフスキーのピアノトリオのように音が沢山重なった厚みのある和音、しかも指が届かない10度以上の連続、微妙に変わっていく和声やおびただしい数の臨時記号、目まぐるしく変わるテンポやダイナミクスなどなど、挙げ出したらキリがないです。日本では演奏される機会が少ないようですが、名だたる大ピアニスト達の録音が沢山あり、ドラマチックな曲想も相まって腕自慢にはうってつけだったのかも?とさえ思えました。そして久しぶりに弾いてみた時に「よくぞ譜読みした」と過去の自分に感心する有様でした。「もっと上手なピアニストだったら他の皆さんが楽しめるのに」と考える自分が、逃げ腰であり言い訳でしかないように思えてとても悔しい気持ちもありました。

じゃあどうする?と事態の打開を自問自答した時、私が変わるしかないのはわかりきっていました。これは本来ピアノがリードすべき曲です。リモートでのレッスンのみになってしまった師匠には頼れません。自分で聴いて考えて練習するしかありません。
今回はダネル弦楽四重奏団と共演しているパーヴァリ・ユンパネン(Paavali Jumppanen、1974年7月17日生まれ フィンランド出身 ピアニスト)のCDを規範にしました。演奏を真似するのではなくて、どこが違うのだろう?と楽譜を見ながら何度も聴いて参考にしました。各パートがクッキリと聞こえてくるダネルカルテットとスッキリとした知性を感じさせるユンパネン演奏は、その後に他の演奏を聴いても垢抜けない感じがしてしまう程のクールな魅力がありました。テンポや曲想の変わり目でピアノが前向きに働きかけ弦が応える、「こうしたい」という意志を持って弾けば、必ず伝わります。そして目先の部分ではなく全体を見通して音楽を創っていくことに切り変えました。そうすることで演奏の困難さにこだわるより、音楽の流れを優先するようになりました。練習の仕方も自ずとそれまでとは違うものになります。

私が変われば、すぐにメンバーに伝わります。もう既に師走に入った頃の練習でようやくギアが入って前向きに弾く私に周りも驚くと同時にとても嬉しそうでした。そして皆でどんどん音楽にのめり込んでいきました。
 ここまで来れば本番は何の不安も無くワクワクするばかり。自分のソロ部分は普段以上にたっぷりと歌って聞かせると反応するメンバーの表情が見えました。合奏部分では緊張感を持って全体を引っ張っていくと面白いように付いてきてくれます。曲のピークに向かう部分ではリハーサル以上に私が煽れば皆が必死で応える、そんな丁々発止のやりとりが迫力満点でした。心を一つにして演奏するというアンサンブルの醍醐味を体感出来たのは、やはりこのメンバーで、再演ならではの効用と思います。そして演奏者の熱意はお客さんに伝わります。本番ならではの感動をそのまま届けられたと思っています。

今は「この曲から逃げないでよかった」という大きな達成感があります。
そしてもし初回からこれくらい完成度を上げた状態であれば、もっと高みに行けるだろうという欲もあります。やはり基礎的な技術力と曲との長い付き合いが大前提でしょう。年齢的に残り時間が気にかかるようになって、新しいものに対して自分の好奇心を満たす方に重きを置くか、気に入ったものを深化させるのか、その取り組み姿勢を見直す時期なのかもしれません。でもそんな二者択一を迫られる状況であっても私は欲張りなので両方手に入れたいと考えます。その為の努力は惜しまないぞと自分に言い聞かせています。「ライヴ・イマジンの活動はライフワークだね」と言われたことがありますが、まさにその通り。私の人生そのものです。

ライヴ・イマジン46のご案内

2020 NOV 3 13:13:20 pm by 吉田 康子

Live Imagine 46
2020年12月27日(日)13:30開場 14:00開演
豊洲シビックセンターホール

木村 俊道(ヴァイオリン) 木村 有紀子(ヴァイオリン)
廣木 知之(ヴィオラ)  西村 淳(チェロ)
髙山 美帆(ソプラノ) 吉田 康子(ピアノ)

ワーグナー: 「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
R.シュトラウス: 歌曲「明日」他
フランク: ピアノ五重奏曲 ヘ短調

波乱万丈の!一年を締めくくる年末の公演です。
前回の7月公演は、世の中がようやく動き出した特別な空気がありました。
「こういう時だからこそ生演奏から伝わるものがある」という信念を支えに
本番を迎え、改めて音楽の力を確信しました。

今度は2月演奏したフランクの再演を中心に2人のリヒャルトの作品を
併せました。ゴージャスな雰囲気の曲目に合わせた図柄は、
師走に相応しいものだと思います。

前回7月は定員半分の150名限定でしたが、11月現在は100%の
300名まで入場可能になっています。
ただ12月はどうなるか予測がつかないため、
ご案内状発送は12月初旬の予定です。もうしばらくお待ちください。

ライヴ・イマジン45公演報告

2020 JUL 30 10:10:22 am by 吉田 康子

おかげ様でライヴ・イマジン45は無事開催することが出来ました。詳しくは以下をご覧ください。人数限定により少ないお客様でしたが、熱く大きな拍手は演奏者の心に響きました。
ライヴ・イマジン45公演報告

ベートーヴェンのピアノ協奏曲 第1番 について

2020 JUL 16 21:21:10 pm by 吉田 康子

7/24(金祝)ライヴ・イマジン45でベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番Op.15を弾きます。ラハナー編曲の弦楽五重奏伴奏版で、ピアノはファッツィオリです。
この曲はベートーヴェンにとって0番と呼ばれる13歳の時の未完の作(補筆版が後に出版)、第2番Op.19に次ぐ3曲目ですが、出版順で1801年に第1番となりました。作曲家・ピアニストとしてウィーンデビューの勝負をかけた堂々たる自信作です。

以前から溌剌とした曲想に惹かれて弾いてみたいと思っていましたが、難所があるためにブレーキがかかっていました。それは第1楽章再現部前です。

この楽譜から当然右手だけの高速オクターヴを弾くものと思っていました。「う~ん、どう考えても弾けない」と。一番の見せ所をトロトロ弾くわけにもいかないし・・Wikiをみるとやはり「再現部の前のピアノの独奏移行部は非常に演奏が困難であるが、演奏の際には多くの場合、右手のみのグリッサンドで演奏される。」との記述。「な~んだ、やっぱり私だけじゃない」我が意を得たり!という気分でした。

ベートーヴェンの弟子だったカール・チェルニーもその著書“Uber den richtigen Vortrag der samtlichen Beethoven’schen Klavierwerke” (カール・ツェルニー著、パウル・バドゥラ=スコダ編・注釈、古荘隆保訳、全音楽譜出版社、148頁)に、「オクターブは犠牲にして単音のグリッサンドで弾きなさい」と指示しています。オクターブが弾けない場合は上部の音列だけをグリッサンドで処理し[筆者注:あるいは普通の音階として弾き]、バスは省略しないよう注意してください。と書いてありました。

早速You tube の動画で確認。バレンボイムが弾き振りしながら楽勝でオクターヴをキメていました。ブレンデルはグリッサンドで、ルビンシュタインは両手のスケールで。結局のところ弾き手の任意でしょうか。「それならいける!」とGOサインをもらって背中を押された気持ちになりました。「これを逃したら、もう弾けるチャンスは無い」といつもの一期一会ポリシーでチャレンジを決めました。

そして「私のお気に入り」は第3楽章の中間部にありました。ラグタイムのようなゴキゲンな2ビートが出てきます。初めて聴いた時には「え?」と思うような新鮮な驚きでした。「この時代に?」とビックリ。しかも手を変え品を変えてご丁寧に3回も出て来るのは余程気に入ったのでしょうか?有名な肖像画にある苦虫を噛み潰したような気難しい表情からこんな愉快な一面は想像もつきませんでした。以前弾いたショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番の終楽章にも速いテンポで似たようなリズムが出てきますが、なんせ時代が違うのに何という先見の明でしょう!9度がやっと届く私の手では左手10度の低音の跳躍はとても難しいですが、これを外さずにしっかり弾きたいところです。弦楽器の皆さんもノリノリでスイングしている楽しい部分です。

自筆譜より第3楽章中間部分(本当に書いてる!と思いました。)


オイレンブルクのスコアより第3楽章中間部分

また最近になって気づいたのは、3楽章の冒頭、ピアノソロでひとくさりある緊張の部分です。ゆっくりから少しずつテンポを上げて練習していると、どこかで聞き覚えのあるような・・何だったっけ・・?そう!トルコ行進曲でした。ラッパや太鼓でブンチャカ賑やかに打ち鳴らすあの雰囲気です。この曲の場合は中途半端な6小節まとまりですが、弾いてみるほどに似ている気がしてきました。

検索すると、トルコ行進曲Op.113は戯曲「アテネの廃墟」の付随音楽として、この協奏曲の11年後の1812年に作曲されています。トルコ風の趣味はオスマン帝国の1683年第2次ウィーン包囲の軍楽隊の影響だとか。色々な世界が広がります。

終わりの部分には主題がズレて出てくるスリリングなところも。

他にも第2楽章の始めの間奏に一瞬暗い和声が出てきてハッとします。変イ長調で書かれた穏やかな流れるような旋律にピリッとしたエッセンス。はじめは「音を間違えた?」と思ったくらいでした。

再現部前にはペダルを踏み変えずに混沌とした響きをきかせる部分があり新しい効果を試しているのが伺われます。これは他の楽章にも散見されます。ピアニストのパウル・バドゥラ=スコダ氏のレクチャー記録にもペダルについての例に付随し取り上げられていました。パウル・バドゥラ=スコダ氏のレクチャー記録

1楽章冒頭から独奏ピアノ登場前の105小節にも及ぶオケの長い前奏もショパンの1番やモーツァルトの25番の協奏曲を連想させました。レッドカーペットを敷いてもらって、いよいよ登場という感じが何とも言えない高揚感があります。

知れば知るほどにあちこちに仕掛けが用意されていて興味は尽きません。「意気軒高たる」という言葉が自然と浮かぶような意欲的なこの曲の魅力を是非ともお伝えしたいという思いを新たにしています。

「ライヴ・イマジン45」やります!

2020 JUL 2 18:18:31 pm by 吉田 康子


2020年7月24日(金祝)13:00開場 14:00開演
豊洲シビックセンターホール

モーツァルト  レクイエム ニ短調(弦楽四重奏版)抜粋
ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 Op.15 (弦楽五重奏伴奏版)
ベートーヴェン 弦楽四重奏曲 第12番 変ホ長調 Op.127

内田 明美子、山田 洋子(ヴァイオリン)内田 吉彦(ヴィオラ)
西村 淳(チェロ)北村 隆男(コントラバス) 吉田 康子(ピアノ)

この日は、本来であれば東京オリンピックの開会式の筈でした。オリンピックに全く興味が無い私は1年前の抽選で当選したのを単に「ラッキー」だとしか思っていませんでした。後になってビックリ!どうりで倍率が低かった訳だと納得。しかも会場は選手村の近くの豊洲。交通規制がかかるかも、なんて心配を先送りにしているうちにオリンピック自体が延期という想定外の事態に。

振り返ってみれば前回の「ライヴ・イマジン44」も2/8でしたから、コロナ禍前のギリギリでした。その後の急転直下ともいうべき状況の悪化は現実の事とは思えないほどです。タイミングも運のうち、かもしれません。

緊急事態宣言中は練習場が閉鎖され、楽器を持って出かけられない重苦しい空気でした。「開催出来るのだろうか?」それさえ不確かな中、最終決断は6月末と決めました。とにかく「やる方向で準備をしよう」と個人練習を重ね解除を待ちわびていました。今回は特にイケイケの前向きメンバーであったことも良い方向に作用しました。またリモートワークに移行した人は通勤時間が無い分だけ練習時間を確保出来たという思わぬご利益も。

そんな折の5/2にヤフーニュースに掲載された作家 平野啓一郎さんの文章に背中を押して貰ったような気分になりました。
作家・平野啓一郎が見通す「新型コロナの2020年代」
音楽や演劇など、芸術・文化への深刻な影響も懸念されています。
「芸術とは何のためにあるのか?」「大して役に立たない」と言う人もいますが、いまほど、多くの人々が熱烈に「コンサートに行きたい」と言っている瞬間もないでしょう。芸術・文化が社会に不可欠だと骨身に染みている。守らなければいけないし、そのための補償を、政府は責任を持ってするべきです。
僕は、コロナ明けに行く生のコンサートは、どんな音楽でも泣く自信があります。1曲目から最後まで泣き続けているかもしれない。演奏家も泣いていると思う。いま想像しただけで涙ぐんでしまう。

これは、早いもの勝ち、やったもの勝ちでしょう。やはり新鮮に感じて頂けるうちに皆さんに聴いて欲しいと思いました。2011年東日本大震災の1ヶ月後のライヴ・イマジン14を彷彿とさせるような今ならではの特別な付加価値を感じます。

今回は、演奏以外にも緊急事態宣言明けという特別な時期ならではの対応に迫られました。ようやくステップ3に移行したところなので、会場の定員300名の半分150名しか入場出来ません。いつもなら出来るだけ多くのお客さんにいらして頂きたいのですが、今度は事情が違います。150名を絶対に超えられないだけに、いかに人数を調整するかが大きな課題でした。

先ずは出演者の知人を最小に抑えて前回公演に来場してアンケートに住所氏名を書いて下さった方を最優先に。その後ブログと演奏会情報掲示板「コンサートスクエア」に公演案内を掲載。

やはり待っていた方々がいました。掲載して2日で次々と応募があり、あっという間に予定数に達して締め切りにせざるを得ません。既にご案内を出したお客さんの中には都合で来られない人もいるでしょう。その分だけ是非聴きたいという方をと思いましたが、予想が出来ないだけに苦渋の決断を迫られました。応募締め切りと書いている最中にも滑り込みでの申し込みがあり、待ったなしの状況でした。

応募された方々からは「難しい時勢にあって、コンサートを実施される志、素晴らしいと思います。音楽ファンとして素直にうれしいし、心強く思います。」「ずーっと中止で、火が消え失せたような毎日でした。再開本当に嬉しいです。楽しみにしています。」「久しぶりに生の音楽を聴くことができれば、こんなに嬉しいことはありません」こんなコメントを添えて頂き、大いに励まされました。

ホールスタッフとの打ち合わせも早めに済ませました。感染拡大防止策として何を要求されるんだろう?と戦々恐々として身構えて行きましたが、拍子抜けするほどの緩めの雰囲気。江東区文化コミュニティ財団の施設利用に関する要請はステップ2から更新されていないままでした。仰々しい文章に、検温、マスク着用、手指の消毒、換気、ソーシャルディスタンスなどに加えて、来場者の記帳も義務付けられていたために開演時間を早めましたが、ステップ3になったので記帳不要とのこと。「消毒液も在庫が無いので」を言い訳に「必要ならそちらで用意して」と言い出す有様。何とも責任回避で利用者に丸投げ状態に「こんなんで大丈夫か?」と逆に心配になってしまう程でした。今の公の機関の実情を象徴するような気がしています。

7月に入り、感染者が日々増加しています。都知事選までは政治的にこのままで行くでしょうが、その後が気がかりです。無事に本番を行いたいという祈るような気持で日々練習を重ねています。

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