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映画、「ハンナ・アーレント」

2013 DEC 1 21:21:02 pm by 中村 順一

アイヒマン

アイヒマン

ハンナ役のバルバラ・スコヴァ

ハンナ役のバルバラ・スコヴァ

いい映画である。

主人公は20世紀の思想家、哲学者、ユダヤ系ドイツ人のハンナ・アーレントで、実話である。ハンナは1906年、ドイツのハノーファー生まれ、傑出した頭脳と美貌を持ち、ハイデッガー等の、時の錚々たる哲学者に学び、彼女自身の哲学体系を構築していった。ハイデッガーは、極めて難解な、中国の老子の「道」の思想の本質を、西洋で唯一理解した哲学者だが、ハンナはこのハイデッガーを尊敬し、一時期愛人関係にもなっていた。ユダヤ系のハンナはナチスの台頭により、フランスに脱出。ヴィ̪シー政権により収容所に送り込まれるが、運よく脱出、アメリカに亡命する。1951年には名著「全体主義の起源」を執筆する。

映画の舞台は1960年のニューヨークから始まる。ナチスの親衛隊で、何百万人のユダヤ人を強制収容所に移送した責任者のアイヒマンが、逃亡先のアルゼンチンでイスラエルのモサドに逮捕されたところからだ。イスラエルで行われたこのアイヒマンの裁判をハンナは傍聴、その時の記事を1963年に雑誌「ニューヨーカー」に発表する。その記事が当時大論争を巻き起こしたことは有名だが、この映画は焦点をこの時の論争に絞っている。ハンナは、アイヒマンは凡庸な市民であり、あの悪行は単に命令に従っただけと主張、また第二次大戦当時の「ユダヤ人評議会」の果たした役割についても述べ、ユダヤ人で構成されたナチの出先機関が、アウシュビッツを助長した、と結論づけているのである。正論かも知れないが、第2次大戦後の世界ではタブーの世界であり、現在でもこの考え方は、ユダヤ人の大半の人々にとって認めがたいだろう。

ハンナを主人公にした映画ができる、と聞いてかなりびっくりした。「ドイツ人であり、同時にユダヤ人。天才的哲学者でものすごい美貌、あのハイデッガーの愛人、名著”全体主義の起源”の著者、今でもユダヤ人が敵視する、難しい怖い思想家」、だいたいこんなところが僕のハンナのイメージだったのだ。このハンナを主人公にした映画の作成はかなり難しいのでは、と思った。

ただ、岩波ホールで上映されているこの映画は人気で満員が続いている。ドイツ人のトロッタ監督は天才ハンナ・アーレントに敬意を込めて、うまく難しい映画を感動的にまとめている。ハンナが、いつも煙草を吸っていたのが印象的だった。

ところが、映画の上映中、観客の一人が、「この映画は許せない。この映画を単に興味だけで見ている日本人のあなた達も犯罪者と同罪だ。」と叫んで、上映中のホールから退出していった人を目撃したのにはびっくりした。よくわからなかったが、日本人だったとの印象だ。ユダヤ人の歴史を研究している人なのだろうか。

微妙な世界である。ユダヤ人の歴史を理解することは本当に難しい。僕もイスラエルに行った経験もあり、勉強だけはしているがーーー。日本人にとっては、本質の理解は無理なのかもしれない。歴史が違いすぎるのである。

この映画は20世紀の歴史をしっかり描写したドイツ映画である。是非お勧めしたい。

 

 

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