Soner Menbers Club No43

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私の骨折報告

2017 AUG 29 0:00:10 am by 吉田 康子

私にとって今年の夏は悪夢のようでした。
7月の始めに私は出先で歩行中に転んで左手首を強打し骨折してしまいました。
「現場」は大理石のスロープ、雨上がりで濡れて滑りやすくなっていた場所。
今でも「その瞬間」は何度もフラッシュバックします。それまで見たことのないような自分の手首の様子に「ただ事ではない」「とんでもない事になった」と直感し、痛みよりもはるかに大きなショックに襲われました。

すぐに病院に行きレントゲン診断の結果「骨折」と言われてギプス固定という処置を受けました。これが足の骨折だったら、そのまま1ヶ月成り行きに任せたでしょう。でもピアノを弾く私にとって、手首だけに予後が心配でした。「このまま単なる固定だけにしておいて大丈夫なのか?」と。後悔よりこれから先の事の方が重要でした。不自由なギプスの左腕を抱えて、疑心暗鬼のまま納得がいく診断を求めて病院を次々とまわりました。休日診療の病院、地元の総合病院、リハビリの出来る整形外科、そして4軒目にようやくレントゲンだけでなくCTを撮ってきちんと現状把握をしてくれた手の専門の整形外科医に。

腕の太い方の骨(橈骨・・とうこつ)に縦に割れ目が入り、そこに手首の骨の一部が落ち込んでいる複雑な骨折であることが判明。このままでは、ずれた位置で固まってしまい手首の稼働域が大幅に狭まること、そして神経が癒着して痛みが残る可能性があるとのこと。元通りにピアノを弾く為には手術しか選択の余地はありません。私にとっては最悪の事態とはいえ、ようやく合点がいった気がしました。

翌日まで「手術の方針を考える時間が欲しい」と医師に言われた程の状況でした。結局手術は、手首全体を引っ張り上げて元の位置に戻してピンで固定、割れ目の入った橈骨にプレートをあてて修復するという方針に決定。それならすぐにでも手術をして欲しい気持ちでしたが、整形外科で有名な病院なので手術予定が立て込んでいて、骨が固まってくる2週間前ギリギリの受傷後12日目に何とか時間を空けてもらいました。

もし、あのままギプスのまま1ヶ月過ごしていたら?と思うとゾッとします。必死で最善の策を掴み取った自分を褒めて励ましてやりたい気持ちでした。「待つこと」が嫌いな私には、入院までがとても長く感じられ、「ここまで来たら、あとは医者に任せるしかない」と繰り返し自分に言い聞かせながら日々を過ごしました。

入院は一週間。「難しい手術」と医師が言っていた通り、全身麻酔で通常のプレート手術の3倍以上の時間がかかりましたが無事に終了。術後は創外固定といって手の甲と腕の中ほどの2箇所に直径3mm、長さ8.5cmのピンというより釘を2本ずつ垂直に刺し、その間を鉛筆のような金属棒で位置固定するものでした。この状態で骨が固まるまでの1ヶ月待たなくてはなりません。ギプスの半分の範囲とはいえ、自分の腕と手の甲に釘が直接刺さっている様子は何とも生々しいものです。疼痛が時折あるくらいで強い痛みが無かったのがせめてもの救いでした。手の平の下にはプレート装着の6cmほどの傷もありました。「見た目問題」という言葉を最近見かけますが、外観の異常に対する好奇の視線に晒されたくなくて退院後は人目を避ける生活を送りました。

退院一週間後に抜糸と消毒。2箇所の釘の根元に3針ずつ、他にも腕に3針、プレートを入れた手首の下には15針ほどの痕。ひと針ずつ抜糸をするのをしっかり目を凝らして見届けながら「1針、2針・・」と数えていました。こういうのを怖がる人もいますが、やはり自分自身の事なので正確な事実を知りたい気持ちが勝りました。

抜糸後にピアノを再開。左手首は動かないものの指は普段通り。手術前にもギプスのまま弾いていましたが、オクターヴもなんとか届き、ベートーヴェンの月光ソナタ1楽章、シューベルトの即興曲、ショパンの別れの曲冒頭部分など、左手に比重の少ない曲は意外にサマになるので、次々と夢中で弾きました。それまで絶望的で余裕が無く、音楽に背を向けていた気持ちにようやく暖かい光が射し込み「私の手にやっと音楽が戻ってきた」と感無量でした。

幸いにも傷口からの感染症も無く一歩ずつ回復をたどり、8月半ばにやっとその釘を抜く処置を終えたところです。麻酔無しで日曜大工と同じような六角レンチで金具を緩め、ワインオープナーのようなもので手回しで腕から釘を引き抜く・・考えただけでも恐ろしいものですが、周りの看護師が恐々と引き気味な中で、医師と共に私はしっかりと一部始終を見据えていました。事前検索で抜釘(ばってい・・釘を抜くこと)の痛みを覚悟していたものの、最初の1本目を回す時の強い痛みだけで案外簡単に4本の釘が抜けました。これでようやく普通に近い左手に戻ることが出来た、何とかやっとここまで漕ぎ着けた、という安堵の気持ちでした。私には本当に長い時間でしたが、この日が大きな節目となりました。

写真は、その創外固定です。2本ずつの釘の溝の部分が人差指の骨と橈骨に刺さっていました。

手術が決まった時点で10/8のライヴ・イマジン38への出演を見送ることに決め、メンバーの皆さんに曲目変更をお願いしました。まだ合奏を始めたばかりで、忙しい中を練習して準備して下さったメンバーの方々に大変申し訳なく残念でもありました。いつか必ずリベンジをしたいと思っています。10月は裏方仕事に徹して、その次の2/17ライヴ・イマジン39での復帰に備えるつもりです。

抜釘後のレントゲンで骨が正しい位置に戻ったことを医師が確認。骨には釘の穴が2つずつ見えましたが、次第に埋まっていくとか。人間の再生能力は本当に凄いものです。
先週からリハビリが始まりました。左手の皮膚に残っている釘の痕やプレートを入れた傷は日を追うごとに回復してきましたが、手首には浮腫みが残り、腕の筋肉は痩せて細くなっています。1ヶ月半の固定で手首周辺の筋肉は硬化していて癒着し、握力も驚くほど落ちて右手30kgに対して左手はたったの5kgでした。元の動きを取り戻すには、まだまだ時間がかかりそうです。リハビリは、理学療法士がゆっくりとストレッチを行うもので、気長に繰り返していきます。

私には、今回の骨折について相談にのって下さった方がいます。20年以上のお付き合いのある指圧の先生で、整形外科では対応出来ない不調を今までに何度も助けて頂きました。初めてギックリ腰になった時に一度の治療で治して頂いて以来、腰痛、肩こり、眼精疲労、腱鞘炎などで困った時にしっかり治して下さる大変心強い存在です。またご自身の仕事柄、手に負荷がかかるために医療用マイクロカレントをお持ちです。これは体内に流れる微弱電流と同じものを流して血行をよくして筋肉の活性化を促進させる高額な機械です。数日前に伺った際に今の状態を瞬時に把握してマイクロカレントを用いて治療して下さいました。手首の動き、浮腫み、握力、指の動きなどが目に見えて改善して驚きました。これからも定期的に治療に通います。

医者の中には目に見えない電気治療を信用しない方もいて、自分の知らないところで他の治療を受けるなという指示があります。だからといって個々の患者の回復を最後まで面倒を見てくれるはずも無く、私には単なる責任逃れにみえます。どのような治療を選択するかは患者本人の自己責任である筈で、当初の病院選びと共通するものです。今回の手術の執刀医は、難しい手術を成功させてくれた腕のいい医師で、それだけに多忙を極める中での手術をやりくりしてくれました。当日私の手術の後にもう一件の手術を行ったと後で聞き、頭が下がる思いでした。ここまで尽力して頂いたのですから、その後のケアについてはリハビリの理学療法士と並行して指圧の先生にお力添え頂いて私自身が心して頑張らなければと思っています。

8月も残り少なくなり厳しい夏も終わりに近づいているのかもしれません。
今回の骨折は自分の中で大切なものが何かを改めて考える機会になりました。

医者の治療を要する期間が「全治」で、元通りの生活に支障が無い程度まで回復するのが「完治」と言うそうです。この次の医師の診察は1か月後でレントゲンを撮っての経過観察になります。今の私は全治の一歩手前あたりでしょう。ようやくここまで辿り着いたという気分です。これからは「完治」に向けて一歩ずつしっかり歩みたいと考えています。

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