ラインハルト・オッペルの試演
2017 DEC 30 22:22:52 pm by 西村 淳
楽しみにしていた、「埋もれてしまった作曲家」ラインハルト・オッペルの弦楽四重奏を代官山教会で聴いた。このような困難な取り組みに果敢にチャレンジされた、ヴァイオリンの前田さんご夫妻とヴィオラ、チェロ氏の並々ならぬ情熱に拍手!雁部一浩氏が主宰する「代官山コンサートシリーズ」の一環に組み込みされたが、この演奏会に足を運ぶ目的はオッペル試演のみ。師走の寒空の中、ライヴ・イマジンのメンバーたちも多数押しかけていた。
さて、初めて聴くオッペル(1878-1941)、後期ロマン派という触れ込みだが時代はドビュッシーは言うに及ばず、ストラヴィンスキーの「春の祭典」(1913)、そしてシェーンベルクの「ピエロ・リュネール」(1912)と動いている。そんな中、時代に取り残されたもののリヒャルト・シュトラウスのようにあらゆる技法を駆使した豪華絢爛の世界、あるいはラフマニノフのようにピアニズムの極致から生まれた陶酔の世界は確かに心の琴線に触れるものがある。
オッペルについては生涯も作曲活動も俯瞰できないでいて、(何しろGROVEの音楽事典にすらその名前を見つけられなかった)1曲の弦楽四重奏曲のみでこの人の音楽を判断することは困難ながら、いろいろな作曲技法の組み合わせと後期ロマン派風の和音の移ろいがベースになったものと聞こえた。仮に若い時の作品であろうと、そうでなかろうとその中に強烈な個性を感じることが出来なかったのはこの作曲家の今の立ち位置をあらわしていると思う。第1楽章 ソナタ形式、 第2楽章 スケルツォ、第3楽章 アダージョ 第4楽章 フーガ。
演奏内容はそれまで時間をかけてしっかりと準備していた成果がそのまま表れていたし、オッペルを音楽面から評価できるレベルに到達していた。
試演とした理由について雁部氏からは『過去に行った代官山コンサートシリーズは完成度の高いものを提供してきたが、今回は云々』というお話があったがこの四重奏の完成度と他に演奏されたものの内容、レベルにそれほど大きな違いは感じられなかった。

戦争の記憶 トレンチ・チェロ
2017 DEC 28 5:05:25 am by 西村 淳
第一次大戦は日本にとって戦死者の数も少ないせいか、日清、日露、そして第二次大戦に比べ扱いが小さい。実際戦争が勃発して100年の節目でも何もなかった。音楽好きの記憶は、青島への派兵によりドイツ兵を捕虜にし徳島の坂東俘虜収容所で、1918年に「第九」の日本初演が行われたことくらいだ。しかしながらヨーロッパの人々にとっては20世紀に2度も行われた世界大戦の記憶は未だに拭い去ることの出来ないもので、それがEU誕生の原動力の一つだということを理解する必要がある。
その戦争の記憶は文学や美術作品はもとより音楽作品にも影響を与えている。第二次大戦ではショスタコーヴィチの第7交響曲「レニングラード」のように隣家に爆弾が落ちているその最中に書かれているものもあれば、リヒャルト・シュトラウスの「メタモルフォーゼン」のように破壊しつくされた国土、人々に想いを寄せた悲痛な作品もある。
チェリスト・イッサーリスは第一次大戦の記憶としてその当時に作曲された作品として先に協奏曲のCD(BIS BISSA1992)を、そして今度は「戦時のチェロ」ということで、同時代のチェロ・ソナタの作品集をリリースした。(BIS BISSA3312)余白にはジャケット写真にあるようにトレンチ・チェロ(!?)を弾いた小品が添えられている。

トレンチ・チェロは分解してネック、ペグなどは弓と共に胴に使う弾薬箱に収納して、持ち運び易くしてあるのが特徴。第一次大戦、ベルギー、フランダースのYpresの塹壕で実際に弾かれていたもので、ロンドンの楽器商Charles Beareが所有者のHarold Triggsから直接手に入れたものとのことである。楽器としてのアレンジはW.H.Hillによっているがイッサーリスによれば、ソフトでシャイな音色を持つとされている。重さは5キロくらいであろうか。
音楽大好き人間にとってはたとえそこが戦場であろうと楽器をもって行きたい、傍に置いておきたい気持ちは痛いほどよくわかる。遠い昔のことであるが私も仕事=出張のような生活をしていた時には、どこへ行っても練習の出来るようにアメリカのジェンセンにサイレント・チェロを機内持ち込みサイズで特注したことがある。これと同じような話として楽器ではないが戦場に蓄音機とSPレコードを担いで行ったドナルド・キーン氏の「戦場のエロイカ・シンフォニー」(藤原書店)がある。
また、加藤大介の有名な戦争手記、「南の島に雪が降る」(知恵の森文庫)では極限状態にあったニューギニアの戦場で劇団を結成し上演した話に泣けたが、ここにも三味線を持ち込んだ兵隊さんも出てきたはずだ。なるほど人はパンのみにて生くるものに非ず、AIだ何だと殺伐とした潤いのないデジタル世界にあって益々こういったものが輝いていくに違いない。
さて肝心のSACDに収録されたイッサーリスの弾くトレンチ・チェロであるが、どんなふうに響くのか期待半分、不安半分だったが思った以上にちゃんと鳴る印象。ストラドを駆使したソナタに比べるとやはり音そのものは確かにシャイだけど弘法筆を選ばず、フレージングの美しさに聴き惚れた。選曲もアマチュア・チェリストのTriggsが塹壕で音にしたであろう、「白鳥」や英国国歌など。一つの歴史遺産としていい仕事をしてくれたものだと思う。
メンデルスゾーンのオクテット
2017 DEC 3 6:06:59 am by 西村 淳
メンデルスゾーンの中では特別に親しまれている曲でもあるし、オクテットならシューベルトかこれ。メンデルスゾーンと言えば裕福な家庭に生まれ、早逝したものの幸福な人生を送った人。ドラマチックなストーリーがないせいかこの人について出版されたものは多くない。作曲だけでなく、指揮者としてマタイ受難曲そしてバッハを蘇生させた大きな功績、また水彩による風景画家として知られているが、多芸多才が災いしたのかその音楽に深みが足りないなどと言われることもある。実際にその通りであってもヴァイオリン協奏曲の魅力に抗える人はいないし、高校生のころ初めて聴いたハイフェッツの弓に身も心もトロトロになったのを思い出す。トスカニーニとの白熱のライヴは今聴いても最高だ。

オクテットはこの曲が15歳の時に書かれたものであること、つまりあの「真夏の夜の夢」の序曲よりも以前に作られたことに驚き以外ないし、何の衒いもない勢いと希望、甘酸っぱいような情熱にはたまらない魅力がある。私には「やりたい曲リスト」があって、ライヴ・イマジンのプログラムにはその中から必ず一つ入れているが、この曲はいつもリストの筆頭にありながら8人を揃えることがなかなか難しく今まで実現できなかった。素晴らしいメンバーに恵まれ、これを次回のライヴ・イマジン39で取り上げる。
メンデルスゾーンといえば「スケルツォ」。颯爽と、軽快に、精密に演奏できなければならない。事実オクテットのこの楽章を姉のファニーも激賞し、ゲーテのファウストの一節を音楽に重ねてみせ、曲全体をスタカートとピアニシモで、トリルの優しく軽い煌めきを伴って、と弟の言葉を報告している。
Flight of clouds and veil of mist / Are lighted from above / A breeze in the leaves, a wind in the reeds, / And all is blown away(ゲーテの翻訳は無理なので英訳原文のまま)
「スケルツォ」は自身でもよほど気に入っていたようで、第1交響曲Op.11のメヌエット楽章の差し替えとして、管楽器を加えてオーケストレーションして何度も演奏したそうである。
オクテットの録音では珍しいものでトスカニーニがNBC交響楽団の弦楽合奏で演奏したものが遺されている。あのNBCをもってさえもたもたして重々しくテンポも一定にならずにもどかしい。特にスケルツォは8人でやるからこそである。
ただ聴くのとやるのでは、大違い。メンデルスゾーンのどの作品にも言えることだが、譜面に書かれた音符の数はとても多く、技術的な練達のハードルの高さは半端なものではない。設定テンポを「弾ける」ところに設定して安全運転をしてしまうとその魅力はどこかに消えてしまうし、無謀なアクセルは事故のもと。何とも厄介なものである。今回は第2チェロのパートをコントラバスで演奏する。第4楽章、プレストの冒頭主題はこのバスが主役を務める。最近はこのスタイルでやる機会も増えてきているが、こうすることでスケール感がまるで違ってくるしやりがいのあるチャレンジだ。そして何といっても最大のチャレンジはファースト・ヴァイオリンにあり、ここに魅力があるかどうかが成功のカギを握っている。メンデルスゾーンはこの曲を彼のヴァイオリンの師、エドゥアルド・リッツ(Eduard Ritz)へのバースデー・プレゼントにしている。腕自慢たちは一度はこのヴァイオリンを経験してみたいものらしい。
傑作、オクテット。弾くほうも聴くほうにとっても最高の一期一会にしたいものだ。
カルメン幻想曲雑感
2017 NOV 14 5:05:00 am by 西村 淳
日曜日、風が少し冷たい昼下がりの神楽坂。路上パフォーマンスの賑わいの中、音楽の友社ホールに足を運ぶ。M氏からのお誘いで「みんなで音楽会」という催し物を聴きに出かけた。主催はグループピアノフォルテというタイトルの通りであるがピアノソロというよりはデュオ、歌、フルート、ヴァイオリンとピアノ+アルファの音楽会でライヴイマジンのような室内楽とはちょっと趣が異なる。音楽のアプローチは色々とあるものだ。
お目当てはM氏も師事したヴァイオリンの五十君門下生の一人、菅原泉さんのサラサーテの「カルメン幻想曲」である。少し遅れて入場したため席は正面中央、1列目の審査員席のようなところで、奏者の息遣いまでが届く距離。このホールの訪問は初めてで200席にピアノは97鍵のべーゼンドルファー・インペリアル、このサイズのホールにはちょっと大きすぎかなと心配したが、柔らかい音色とここぞというときの迫力は流石のものだ。
「カルメン幻想曲」はヴァイオリン技巧のてんこ盛りのような曲でこれをアマチュアの奏者が弾くのは並大抵なことではない。音符に追われてしまい、何一つ伝わらないことになりかねないが、菅原さんの演奏は最後の盛り上がりに向かって技巧も安定し、曲想が十分に伝わってくる熱演であった。サラサーテは手が小さかった故、パガニーニのように大きな手を必要とする特別な技巧は出てこないそうだがヴァイオリニストにとってはやはり高い山であることに違いはない。張りのある輝かしい響きをホールいっぱいに響かせてくれた。弦楽器奏者にとって楽器は宿命的といってもいいものだ。弘法筆を選ばずとは一理あるが弘法が二人いたらいい筆を持ったほうに軍配が上がるのは道理である。
フレージングのこと、ファーカス氏の指摘
2017 NOV 11 21:21:57 pm by 西村 淳
『・・私自身もそうだったが、若い頃にブラームスの交響曲第1番の最終楽章のかの有名な“Alphorn call”でホルニストとしてデビューして、しかも誤った解釈で初舞台をやってのけた!というひとは大勢いることだろう、誰でも最初は本能的に(しかし完全な誤解に基づいて)つぎのようにフレージングする。

つまり、Cにアクセントを付けてしまうのである。しかし、16分音符と譜店八分音符を4拍の(つまり4つの16分音符からなる)「ミニ小節」としてとらえれば、Dはそのミニ小節の1拍目であり、したがってその音群の中で最も大切な音であるからして、次のようなフレージングになるべきである。

アクセントを置く場所が変わるだけで、其のフレーズの性格は一変してしまう。このホルンのソロは、実はスイスの民謡のメロディであり、その歌詞を知ってみれば、なるほどD以外のところにはアクセントが付くはずがないとわかるだろう。この2小節の歌詞は“Hoch auf’m Berg”(高い山で)である。これを歌ってみれば、aufにアクセントが付くのが自然で合理的であるのに対して’mにつまりCの音にアクセントを付けて歌うのはほとんど不可能であり、かつ滑稽極まりない結果になることは一目瞭然である。』
この文章は「プロ・プレイヤーの演奏技法」フィリップ・ファーカス著 滝沢比佐子訳(全音楽譜出版社)のフレージングのページにあったものである。この本はライヴ・イマジン祝祭管弦楽団のコンサート・マスター、M氏のお勧めにより、購入したもの。これ以外にもリズム、テンポなど演奏するときに陥りやすい欠点の是正方法など具体的に書かれていて演奏するにこの上ない。M氏に感謝!
著者のファーカス氏はシカゴ交響楽団に最年少の首席ホルン奏者として入団、フリッツ・ライナーの下でこのオーケストラの黄金期を支えた人。その後ジョージ・セルのクリーヴランドでも首席ホルン奏者を務めている。実際にセルの指揮したブラームスのこの箇所をどのように吹いているか早速CDを購入して聴いてみた。二種類あるが、勿論両方とも「正しい」フレージングにのっとって演奏されている。ただファーカス氏が吹いているのは録音年から言って1966年のセッションだけかもしれない。実は私の耳にも、この部分についてスコアを見るまで「正しくない」ほうが刷り込まれていないだろうか?であれば当然それを吹き込んだ犯人がいたはずだ。高校生のころ最初に買ったブラームスの第一交響曲のレコードは、きっと多くの人がそうであったように黄色いレーベル、ベームとベルリン・フィルの立派なジャケットに入ったものであった。残念ながらこれは今手許にないのでYoutubeをいくつかあたってみた。邪道だがこういう比較をするにはとても便利だ。ここでフルートとあるのはホルンの後、同じメロディーを反復する箇所のこと。×はCにアクセント、○はDにアクセント。
・ベーム ウィーンフィル × (フルートはOK)
・パーヴォ・ヤルヴィ パリ管 ×
・トスカニーニ NBC × (フルートはOK)
・カラヤン コンセルトヘボウ(1943) ×
・カラヤン ベルリンフィル ○
・スクロヴァチェフスキー フランクフルト放送 ○
・アーノンクール ベルリンフィル ×(フルート、パユは◎、すごい!オケの音が変わる)
・セル クリーヴランド(1966) もちろん○
・セル クリーヴランド(1957) ○
・チェリビダッケ ミュンヘン・フィル ○(さすが)
・ショルティ シカゴ ○
などなど。
意外だったのはアーノンクールという古楽にも精通し、フレージングについても一家言ある人がこの大切なフレージングを気にかけていなかったこと。存命だったら是非その理由を訊きたかったくらいだ。カラヤンは二種類あるが、古いコンセルトヘボウでできなかったことがベルリンではできている。こうなると指揮者というよりは奏者の責任、あるいはその両方だろうか?ワーグナーの言うう通り指揮者はテンポを決めるだけであるなら、この類のことは奏者に委ねられることになる。
周りには指揮者絶対、先生絶対といい歳になっても盲従を言いだす輩がいっぱいだ(要は自分の頭で考えない)。だが声を大にして言おう。箸は箸、橋では決してないのだと。
長い音符は強く、というもう一方の原則もあるが、第1拍目より強くなることはない。むしろ弱くならないようにということが正しい表現となるかもしれない。
ブラームスの自筆譜もあたってみたが、この音型はどのパートに出てきても、必ずアーティキュレーション・スラーをつけているので、作曲家が意図したものは明らかでファーカス氏の指摘は正鵠を射たものであろう。

演奏家には作曲者の意図を正しく伝える義務もあるし、実際のところやるべきことをちゃんとやらないで悦に入ったところで世紀の名演も何もない。知らなかったでは済まされる問題ではないはずだ。
鈴木さんのポシェット
2017 OCT 30 18:18:13 pm by 西村 淳
台風接近の雨の中、東府中にある弦楽器工房「ドンマイヤー」に弓の毛替えをお願いしに行ってきた。ドン、鈴木さんの技術は天下一品である。実際の作業をしながら楽しいお話をいろいろと展開してくれるのはいつものことだが、今回は工房に見たことのない楽器が掛かっていた。これはいったい何で、どんな目的で作られたものなのか、???が頭の中を駆け巡る。細い。ちょっと小さめ。ピッコロチェロがあるなら、ピッコロヴァイオリンか?でも形そのものが全く違うし・・。

その名はポシェットと言う。美しい飴色をした楽器で、ストラディバリの1717年の作、「Clapisson」を鈴木氏がコピーし製作したものとのこと。ご本人に楽器を鎖骨の下にあてて弾いていただいたが、当たり前のことながらちゃんと鳴る。さてこの時期は太陽王ルイ14世の全盛期でもあり、バロック・ダンスもその頂点にあったに違いない。当時はダンスを踊れない貴族は粗野な品のない人物として相手にされなかったそうだ。

当然のことながら17-18世紀のダンスの先生は花形商売で楽器を弾きながら踊りを教授していたとのこと。実用としてはヴァイオリンでは大きすぎたので、よりコンパクトなものが求められたのであろう。ポシェットは標準的なヴァイオリンの3/4くらいの長さで細身。ヘッドはヴァイオリンと同等とみたが、ポケットに忍ばせたポシェットをさっと取り出し弾きながら優雅に舞う姿を想像するだけでも楽しく、しかもストラド(!)。粋の極致かもしれない。そうフランス語のポシェットは英語のポケットだ。
鈴木氏のポシェットはこれまで何度かステージに引っ張り出されたけれど、実際に日本のバロック・ダンスの先生たちでヴァイオリンが弾ける人がいないし、ヴァイオリンが弾ける人はダンスがダメとのことで当時を再現するのはなかなか難しいものらしい。
ヴァイオリンという楽器はストラディバリとガルネリのあと、彼らを超える作品を誰もつくることができていない。そして彼らの死と貴族階級の没落はその時期をを同じくするのである。パトロンの存在は文化を守っていく上では絶対に必要なものながら、弦楽器製作者はその最大の庇護者たちを失った。一方、小金を持った市民階級でも入手できるレベルの楽器が巷にあふれ、当然クオリティの面ではたかが知れたものに陥らざるを得ない。
たかがポシェット、されどその奥の深さと拡がりは古の世界に私を誘った。
アマチュアの領分
2017 OCT 21 20:20:26 pm by 西村 淳
ラミー・カルテットの創立45周年記念演奏会が九段教会で行われた。
メンバー: ヴァイオリン 田中信介 田中敬子
ヴィオラ 柳生峰人 チェロ 壁瀬宥雅
プログラム:
ブルックナー ロンド
ヤナーチェク 弦楽四重奏曲第2番 「内緒の手紙」
ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第7番 ヘ長調 Op.59-1 「ラズモフスキー第1番」
アンコール 作曲者不詳 連作メヌエット
という弦楽四重奏の王道プログラムで技術的難易度も高いものばかり。堂々と弾き切った充実したものだった。この演奏会はライヴ・イマジン38でお世話になった、そして一昨年からこのカルテットのヴィオリストとして参加している柳生さんからの熱いお誘いだった。噂に聞いていた田中さんのヴァイオリンを一度は聴いておきたいということも重なった。
アマチュアという枠をはめるなら、間違いなくピンに位置する演奏だった。
滅多にこのレベルの弦楽四重奏は聴けるものではない。しっかりとベートーヴェンのメッセージを受け取ることが出来た。

無料の演奏会に批評は無駄だし、その中にあるいいところを拾うならとてもたくさんの収穫があった。表現しようという意欲、そして技術的な安定度も高く、音程、ダイナミクス、バランスなどここまで作り込んできたたゆまぬ練習に頭が下がる。仕事をしながら、(もちろんその仕事だっておろそかにせず)人との付き合いも制限し、疲れた体に鞭打って作り上げたもの。それを知る人間の一人として。
もしこれが有料公演であれば、今度は批評の対象になるし(プロの枠をはめるなら)音楽が少し流れすぎるようにも感じたし、チューニングをもっと厳格にやればより透明感の高い和声が聴けたかもしれない。

音楽をやるにはやはり小さい頃からの厳しいトレーニングが前提となる。メンバーは才能教育研究会京都支部なるところの出身である。私のようにチェロを始めたのが25歳になってからという人間には大きなハンデがある、と考えて間違いないが音楽をやり続けることの情熱は共有していると思っている。
パスタハウスのスパゲッティ
2017 OCT 16 8:08:07 am by 西村 淳
三鷹からよく利用していた中古レコード・CDの「パレード」が消えてしまい、つまらない街になってしまったが、その三鷹駅から徒歩で北口から15分ばかり。五日市街道沿い、武蔵野市民文化会館の向かいにあるお店。
武蔵野市民文化会館、通称「アルテ」の1年のリニューアルも終わり、とても明るくなった練習室をお借りしたあと、お腹が空いたと見れば・・おお、ちゃんと営業しているではないか!久しぶりだなあ。ここのスパゲッティは私にとってはコーヒーのメロ・ハマヤと同じくらい価値のあるものだ。

写真は揚げナスと自家製ミートソース、質、量ともCPを考えるなら東京でも指折りのお店と再確信する。そりゃあなんちゃらイタリアンにはこれ以上のクオリティのところもあるかもしれない。ただ普段着でシンプルにお昼にスパゲッティをおなかいっぱい食べたい、となればここは外すわけにはいかない。麺のゆで具合、塩加減、惜しみなく使われる食材、そしてオープンキッチンの丁寧な仕事に満足感でいっぱいになる。練習の疲れはどこかに吹き飛んでしまった。
ライヴ・イマジン38 私的な反省
2017 OCT 12 18:18:54 pm by 西村 淳
ライヴ・イマジン38が終了。この場を借りてきちんと歯止めをしてこう。
37のオケ公演から本来の室内楽に戻り、今回も強力なメンバーに支えられた。。
音楽面で全面的に指導していただいたのがアンサンブル・メゾンのコンマスも務めるY氏。室内楽であろうとオーケストラであろうと船頭さんは一人でなければならず、それにふさわしい人材を得て理想的な形となったと思う。その分船頭さんにかかる負担はとても大きかったはずで、役割を最後までしっかりと貫いていただいた姿勢にはただただ感謝あるのみである。さらにY氏からは公演が終了してから練習の取り組み方の具体的なアドバイスまでいただいた。これを他山の石として大いに活用させてもらおう。
反省点は、特にブラームスにおいてよく出てくる半拍ずれるところとか、(正直なところまだコツはつかめていない。まるで複数のメトロノームが同期してしまうように他のメンバーに同期してしまう)三拍子系入りのタイミング。さらに移弦、とりにくい音程、ボウイングの不安定さも重なって大変な迷惑をかけてしまった。なかなかその場ではすぐにできないし、ちょっとくらいメトロノームで練習しても対応がなかなか難しい。ずいぶんと長い間弾いているが、このあたりの練習方法は教わったことがない。ソルフェージュ?
これを乗り越えたからといってその先に光明があるわけではなく、さらに新たな課題が山積する。どこまで行っても音楽をやることはイバラの道なのである。基本なのはよくわかるだけに、指摘が心に突き刺ささる。あのチャーリー・パーカーだって駆け出しのころはドラマーのジョー・ジョーンズにシンバルを投げつけられたじゃないか・・ちょっと違うか・・・。
そうこうしているうちに意識が足りなかったりすると、今度はI女史からも確実に矢が飛んでくる。もうボロボロである。言われるうちが華、正直なところこれほどきびしい練習は今まで経験していなかったし、わかっていても相当に甘々でやっていたなと反省しきりであった。
プログラミングではピアノの吉田さんのアクシデントでブラームスのピアノ四重奏曲第3番が実現できず、
代案としてハイドンの弦楽四重奏を入れたが、かえってバランスのとれたものとなった。偶然とはいえ、ハイドンからモーツァルト、ブラームスという機能和声の変遷を感じ取っていただけたはずだ。またNさんのオーボエとコールアングレを入れたのが大正解で楽器への興味のみならず、もう一つ色を加えることによる変化を楽しんでいただけたと思う。アンケートからもその点は確認できた。
会場は前回のオケに続き、豊洲文化センターでの公演だったが、ガラスの反響の具合なのか少々ほか楽器の音が聞きにくく、リハーサルでのセッティング時にもう少しベストポジションを探すべきであった。
いわゆる私の「死ぬ前に絶対にやっておかなければいけない曲リスト」の上位に入っていたブラームスの弦楽五重奏曲第2番ト長調を素晴らしいメンバーと共有できた。この曲を選んだ理由のひとつは第1楽章冒頭14小節にわたるチェロのテーマを弾きたかったから、という素人の発想があったがこれがまたとてつもなく弾きにくく難しい。3拍子×3で9拍子、さらに3オクターブの届かんとするメロディ。縦線は最後の最後まであいまいだしそれ以上に音程はブレるし。もう弾くだけでもやっとだったけれど、何とか本番では格好がついた感じ。
最後に共演者はもちろん、支えていただいたスタッフ、聴きに来ていただいた方々、皆さんに心から感謝の意を伝えたい。

静けさの中から (5) アマチュアとプロフェッショナル
2017 SEP 22 20:20:13 pm by 西村 淳
☘(スーザン) 「あなたの書かれた本は、大変興味深かったです。特に、プロの演奏家の世界をのぞかせてもらったところが面白かった。私は若い頃、20年近くヴァイオリンをかじりましてね。アマチュア・レベルですが、けっこうあちこちで弾きました。でも、あなたの本を読んで、アマチュアとプロの間には、大きな海原のような隔たりがあることがわかりました。あなたのようなプロとしての経験は、私は全くないですから。」
私はアマチュアとプロの間に、大きな海原があるとは思わない。アマチュアの世界にも、プロになろうと思えばすぐにでもなれたけれど、たまたまそうならなかった、という人が沢山いるからである。それに、アマチュア音楽家の中には、音楽の愛情をそのまま持っていたいからあえて、音楽で生計を立てるなんて妙な考えを起こさないようにしてきた、という人もたくさんいる。
?(私) お金をいただいて、自分の生きる糧として音楽をやっている人がプロ。お金をいただかなくても自分の生きる糧として音楽をやっている人がアマ。糧の意味は違ってもようはお金を稼いでいるかどうか、の違いだけだと思う。お金をもらわなければ演奏しないのがプロと言い換えてもいい。ただここにある音楽の愛情をそのままもっていたいから、アマチュアというのはどう考えてもおかしい。プロの音楽家は音楽の愛情はないことになってしまう。プロになるだけの技術を身に着けるには想像を絶する厳しい練習が待っているし、それを乗り越えるのは並大抵のことではない。その上でアマチュアと言うならわかるけれど。
私のように何十年も続けているアマチュアは音楽への愛情は半端ない人が多いのは確かだが、技術的には練習時間の制約もあってプロのレベルにはなかなか到達しない。愛情があっても技術がない。
プロフェッショナルに音楽への愛情が加わった時、一奏者から一音楽家に、そして芸術家にと変貌する。ただそれが実入りの部分と必ずしも比例するとは限らないのは周知のことか。
最後にもう一つアマとプロとの違い。プロは演奏会のあとに打ち上げと称する楽しみがないらしい・・。



