Soner Menbers Club No43

カテゴリー: 雑感

退院しました。

2021 DEC 24 11:11:48 am by 吉田 康子

胆石手術を終えて3日目に予定通り退院してきました。入院を当初より2週間早めて貰い、今月始めの退院でしたから随分と時間が経ちます。5泊6日の入院でしたが、その間は日常生活を遮断された空間と期間であることを実感。体力、気力ともに生活リズムを取り戻すのに、思いのほか時間が必要でした。

今回は家から車で10分ほどの私営の中規模病院。最初に受診したクリニックからの紹介でとんとん拍子に通院して手術となりました。受付や事務だけでなく看護師や検査技師などのスタッフの数もそれなりに余裕があるのか、来院者へのサービスや患者へのケアも行き届いている印象。

それにしても手術室というのは病棟とはガラリと雰囲気の違う空間だと痛感。まるで工場のように沢山の機器に囲まれ大きな照明のあたる中にポツンと手術台のベッドがあり、そこに歩いて行って横になるのは、まさにまな板の上のコイ状態です。胆石と一緒に胆嚢も摘出する手術は、お腹の4箇所に1cmほどの穴を開けて炭酸ガスを注入して膨らませ、腹腔鏡(カメラ)で内部の状況を見ながら細長い鉗子で胆嚢を取り出す方法。開腹より体への負担が軽くて済むため、主流になっているようです。

手術前には看護師をはじめスタッフの皆さんが私を気遣ってくれましたが、手術自体に不安や緊張は無く、全身麻酔なんだし眠っている間に終わると丸投げお任せ気分でした。術後にあちこち管に繋がれて寝たきりで身動きが取れない、食べ物や水さえ飲めない状態で翌日まで、というのが何より憂鬱でした。

知人のお母さんが全身麻酔から覚めずに亡くなったという話を知っていたので、私も同じような事になる可能性はゼロではないと思っていました。その場合を想定して生徒、演奏仲間、楽譜や楽器の処分を頼む人の連絡先を一覧表にして家族に送信しました。私自身は準備の一環として「備えあれば・・」程度の心づもりでしたが、家族の方がむしろ深刻な受け止め方をしていたようです。

今回は運よく個室に空きがあったので、周りに気兼ねせずに過ごせたのが何より幸運でした。6時起床はともかく9時消灯就寝は自宅での生活とかなりの時差があります。Wi-Fiが無いので持参したノートパソコンやiPadは使えず、普段からTVを見ないので、あとはスマホと持参した本で時間を過ごしました。何ともアナログな感じですが、性格上一つの事にのめり込みがちで本も読み始めると止まらないので、絶好のチャンスとばかりに読書三昧で夜中まで何冊も一気読みしていました。始めは深夜に巡回に来る看護師が不安や緊張で眠れないのかと気にかけてくれましたが、そうではない事が判るとそっとしておいてくれたのが有難かったです。

持参した本は、音楽に関連の本ばかり。一番好印象だったのは、平野啓一郎の「マチネの終わりに」でした。大人の恋愛物語という風情ですが、この手の本を久しぶりに読んだ気がしました。「蜜蜂と遠雷」も映画化された程人気でしたが、なんか底が浅い内容で漫画を小説にしたような印象。もちろん練習中の曲の楽譜も持参してyou tubeを聴きながら少し眺めましたが、弾けない状況だと遠い存在のようで前向きにはなれないまま放置でした。

手術の翌日から離乳食のような三分粥に始まり、五分粥、全粥と徐々に通常食に。そうだ、私はお腹の病気の手術をしたんだと改めて自覚。早く熱いコーヒーが飲みたいなぁと思いながらも内緒で持ってきた飴やグミ、クッキー、などのお菓子で密かにオヤツをしていました。点滴に繋がれた状態から解放されたのは退院前夜。お腹の傷は思いのほか小さくて、痛みも無く、少し引き攣る程度。それも時間が経つにつれて何事も無かったかのように。今どきの医学ってすごい!と素直に感心していました。

帰宅後は散らかった家の中の片づけに追われ、数日後にレッスン再開で3月の発表会準備。そして次回ライヴ・イマジンの演奏曲の練習も再開。オモテ向きは元気一杯に動いていましたが、日々のルーティンをこなすとグッタリでした。入院手術は「出張が入ったようなもの」と軽く言う人もいましたが、それは人それぞれのキャパの違いや年齢体力によって差が出るのかもしれません。

先週末に外来で担当医の診察があり、取り出した胆嚢と胆石の写真を見せて貰いました。胆嚢に癌は無く、石は6mmサイズで5~6個。「実物を見てみたかった」と言ったら、医師に呆れられました。本当は記念に石が欲しかったですね。骨折プレートなどと一緒に私のコレクションに加えたかったです。

最初に症状が出てから約7週間、痛みの再発を恐れて過ごした本番前が一番長く感じました。これでようやく胆石関連の病院通いも終わりです。
今は、ホッとした気持ちと根本的に解決が出来たという満足感で一杯です。

新札

2021 MAR 2 20:20:18 pm by 吉田 康子

先日の鍼の料金を前もって用意していきました。茶封筒に新札を入れたものをお礼と共に「お確かめ下さい」と言って渡したら「わぁ新札ですね…。」という素直な反応が返って来て、くすぐったいような気分になりました。

私のピアノ教室も未だに銀行振り込みでなくて毎月現金を月謝袋に入れて納めて頂いています。楽器店に行けば音符やピアノの柄から流行りのキャラクターものまで様々な絵柄の月謝袋が売っていて、私が買い集めたものから次の1年間に使う袋の柄を選ぶのが生徒のささやかな楽しみでもあります。

保護者の中に前の月の最後にいつも新札で月謝を納めて下さる方がいます。2年前にそれまで習っていた先生の引っ越しに伴い私の教室に移ってきました。その時にも前の先生についてや使っていた教材を全て書きだしたものを渡して下さいました。何かの費用が必要になった時も茶封筒に新札を入れて表に名前、教材名、金額を書いて下さいます。このキチンとした対応はブレることなく続いています。すごいなと感心すると同時に頭が下がる思いと、自分自身が姿勢を糺す気持ちになります。

何かのサービスの対価ように先生の時間をお金で買っているのではなくて、時間を割いてくれた先生へのお礼という考え方、私も鍼灸師さんに対してそういう気持ちでした。それがすぐに伝わったのは、たぶん師匠の教えでしょう。鍼灸師さんは、お見受けしたところ30代後半でしょうか、その世代の方では経験の機会が少ないと思いますが、隅々まで掃除の行き届き季節の花が活けられている治療院を見ていると日常の細々したことまできっちりと仕込まれていると感心しました。今どきは親でも教え切れない日常のふるまいですが、その人の身に付けば目に見えない財産になると思います。

ついでに言えば、いつも行く美容室でもお釣りは全て新札です。美容師は60代後半の男性です。もう20年以上通っていますがその姿勢は変わらず、毎朝銀行に行って新札を用意しているようです。そういえば前回のイマジンメンバーからレッスン費用を集めた時にも全員が新札だったと聞きました。同じような価値観を共有出来るのは居心地がいいものです。別に同じお金には変わりはないし現金のやりとり自体が少なくなっている昨今、古き良き習慣を重んじる自分達の世代を改めて実感しました。

ここまで書いて読み返してみると、なんだかひと昔前のお姑さんの小言のようにも思えてきました。同世代には孫自慢をする人もチラホラという歳になったということでしょう。以前は当たり前だったものが変わってくると目につくのかもしれません。だんだんと少数派になってそのうちに絶滅危惧種に属するようになるかもしれませんが、自分の中では大切にしたい事だと思っています。

早速の鍼灸治療

2021 FEB 6 0:00:40 am by 吉田 康子

翌日夕方5時に予約が取れました。電話口にはおっとりとした可愛らしい声の女性。昨日の師匠の治療院の玄関に「予約時間に遅れた方は診察いたしません」という札が下げてあったのを思い出しました。駅から徒歩9分とありましたが、初めての場所だし遅刻厳禁だろうと大幅に早めの40分前に到着。昔ながらのアーケードがある長い商店街は昭和の雰囲気。キョロキョロしながら歩き、その外れの路地にある診療所に着きました。木造の古いアパートの一室、入り口は昨日と同じような引き戸でした。

ここは2018年夏開業のようです。大学を出てから会社勤めの後に鍼灸専門学校に3年間、鍼、灸、マッサージの3つの国家資格を取得し、師匠の下で5年間の修行を経て開業とありました。厳しい世界です。一体どれだけの人がここまで辿り着けるのか?師匠が推すくらいなのだから大勢の弟子の中でも見込みのある優等生でしょう。

HPには「痛くなったり悪くなったりしたところを応急処置的に治すだけでなく全身へきめ細かく100本以上の鍼を打つことで体が本来備えている自己免疫や抵抗力を目覚めさせる根本的な治療」という方針が書かれていました。

昨日戴いた本には、師匠自身の鍼灸師としての心構えも。「あいさつ、身なりも治療の一つ、掃除は鍼灸治療の原点、お花は生き物です、メモを取るな、自分に限界をつくらない、治療は時間をかければいいというわけではない、他力本願にさせない、気配を感じる、開業は早ければ早いほどよい、はじめの一歩を忘れない・・・」師匠自身の矜持が伺える内容でした。耳の痛い話ばかりで、そのまま日常生活にもあてはまる感じがしました。臨床で治療をする鍼灸師も治療を受ける患者も体調を改善しようという強い気構えが必須だというのは大いに頷けるところです。

今日の鍼灸師の方は穏やかで柔らかい雰囲気の女性。娘より少し歳上かしら?と思いました。初対面なので前日のいきさつを伝えたら「あの引き戸を開けて尋ねるのは勇気ありますね」と言われました。「たまに訪ねて来る人がいるけれど、大抵は一言で追い返されますよ。鍼は痛いと脅されましたか?でも本まで戴けたなんて、きっと先生も感じるものがあったのでしょうね。」と。

落ち着いていて、にこやかな雰囲気とは対照的に治療に入るとキビキビしてとても手早い。私は診察台に仰向けで横になって、まな板の上の鯉の気分でビクビクでしたが、何の迷いもなく次々と鍼を打っていきました。

HPの治療メニューには、「あおむけで頭の先から足先まで全身に鍼を打ち、うつぶせで同じく全身に鍼を打った後、置き鍼をしながらお灸・遠赤外線で深部を溶かすよう温めます。その後に軽くマッサージをしてから再びあおむけで治療の総仕上げとなる鍼を打ちます。」と書いてありました。

予習はしてあったものの、肩、腕、お腹にも次々と直径5ミリほどの金属製の筒を皮膚にあててトントンと鍼を打つ様子に「ひぇ~」と思う間もなく直ぐに次へ・・お腹周りなど見えるだけにオソロシイ。無数の鍼が刺さったハリネズミのような自分を思い浮かべました。10本に1本くらいはズキっと痛みが出るのもあり、奥深くの神経に触れるような感覚も。でも次の瞬間には痛みが消えていました。そうだ「鍼は痛いよ」って昨日の師匠が言ってたっけ、と今更ながらに思い出しました。

その後うつ伏せに。首、肩、背中、足 腰だけでなく頭にも。「頭にも刺さるんだ!」と変に感心。
腰がじんわりと暖かくなったので「これ何ですか?」と聞いたらお灸とか。本の写真には8センチくらいの長い針の上に2センチくらいの団子にしたモグサを刺して燃やしているのがありました。そして再び仰向けに。なんだか網焼き魚の気分です。仕上げには顔にも。瞼やこめかみにも。最後の顎の脇が痛かった・・それも数分後には痛みが消えていました。「日頃から歯を食いしばっていたんですね」と言われました。

私は採血や注射の時も針をじっと見ていられますし、骨折手術の縫合の抜糸も何針か数えていました。以前通っていた手指の鍼も指2本に20本ほど刺しているのを眺めていました。でも今回は全身どこに刺されるかがわからないだけにドキドキでした。所要45分、指圧と違って運動量の負荷が少ないという点で男女差なく施術出来ると思いました。

治療の後の待合室には、温かいお茶。いつの間に用意して下さったのでしょう?!ようやく治療が終わってホッとした気持ちと有難く戴いたお茶で心もお腹もホカホカに。帰り道は腰回りが暖かく、あちこちの関節が油を刺したように滑らかになったのを感じながら足取り軽く帰途につきました。

帰宅後は気疲れしたのか、ぐったり。早めに就寝して爆睡。
翌日にはスッキリ元気いっぱい、と思っていましたが甘かった。関節は滑らかに動くようになったのに、指圧後の揉み返しのように全体がだるく頭が痛い。こめかみと後頭部、目の奥がジ~ンとするような感覚が3日続きました。例の本を見ると鍼灸の刺激で血流が変わり、それまでよりも不調が表面化することがあると。身体が活性化に移行するのに時間がかかるようです。そんなモヤモヤのトンネルを抜けてようやく昨日あたりから体調が落ち着いた感じがしています。

歳をとると筋肉痛も数日後に出ると言われますね。やはり今迄の蓄積した疲れは少しずつ回復していくのでしょう。「ようやく頼りになる拠り所が見つかった」という安堵の気持ちで一杯です。

鍼灸との出会い

2021 FEB 3 12:12:57 pm by 吉田 康子

人との出会いは不思議なものです。思い切って行動すれば、必ずや道は拓けると常に自分に言い聞かせていますが、今回もそれを改めて実感する経験をしました。

数日前からより肩と肩甲骨のあたりに痛みが出て辛いので、治療してくれるところを探していました。五十肩をとうに過ぎた歳だしどうしたんだろう?と思いながらも何とかしないとと焦る気持ちでした。今迄お世話になっていた指圧の先生は、肺に持病があるためコロナ禍で1年近く休業のままでした。それまでは疲れが蓄積してきたら早めに指圧で和らげて貰っていたのに、頼れるところが無くなって心細い思いでした。いよいよ来たか・・という体調の危機にネット検索をしまくりましたが、これというのが見つからず「こればかりは行ってみないと判らない」と踏み切れずにいました。

以前から合奏練習で使う場所の近くに鍼灸という看板を掲げているところがありました。和風の戸建て一軒家で雑多な周りの環境に影響されることなく、いつも掃除が行き届いていて、そこだけ別世界のような凛とした張りつめた空気が漂っているように感じました。でもいくら調べても住所はおろか電話番号も治療院の名前さえ出てこない。近づくことを拒否しているようにさえ思えるたたずまいのあれは何だろう?と。

「この際直接交渉しかない」とワラにもすがる思いで、先日そこの家の玄関の引き戸を開けました。いやぁ何という大胆な・・切羽詰まった状況ではありましたが、知らない家をいきなり訪ねるというのは我ながら何とも思い切った事です。

きっと仙人のようなおじいさんが出てきて「どなたかな?紹介とか予約が無い人はダメだよ」と言われて追い返されるか「他人の家にいきなり何だ?」と叱られると予想していました。

意外にも「は~い」と20代後半くらいの元気のいい女性が出てきて「治療は予約のある方だけなんですよ」みたいな話をしていると、すぐに家主とおぼしき年配の男性が現れました。「今は新規の患者さんを受けていないんだよ。鍼は痛いよ、本当に治す気が無いと続かないよ。」とよく通る大きな声で言いました。それでも怯まずに「いきなり伺って申し訳ありません。肩が痛むので治療をお願い出来ないでしょうか」と話したところ、こちらの必死さが伝わったのか「お住まいはどちら?学校でも教えているけど、私の弟子が何人か開業しているから、通いやすい所に行くといいよ。」と話しながら脇のテーブルの上に置いてあった数枚の鍼灸院の案内カードを手に取りました。そして本棚からご自身の著書を数冊取り出してドサッと袋に入れ、家庭用の鍼パッチも添えて「これをあげるから」と渡してくれました。いきなり訪ねた見ず知らずの私に名前を訊くことも無いままでした。予想もつかない対応にびっくりするばかり。ただただお礼を言って退出してきました。

早速に戴いた本を見て驚きました。鍼灸についての本ばかり4冊、これはもしかしたら業界の大御所の総本山にいきなり突入したのではないか?と事態を把握した次第です。知らないってオソロシイ・・早速にご紹介頂いた鍼灸院の一軒に連絡を入れて、翌日に診察予約を取って出かけました。

勇気を出してガラガラと引き戸を開けたら、いきなり別の景色が広がった感じです。まるでドラえもんの「どこでもドア」のように現実に起きた事とは思えないような展開に唖然としながらも、迷っている暇も無く一歩を踏み出しました。

手書きの楽しみ

2019 DEC 17 15:15:48 pm by 吉田 康子

ご無沙汰しているうちにもう師走も半ばを過ぎました。次回2月ライヴ・イマジン44公演のご案内を前回来場して下さったお客様や常連の方々などに発送する作業をしています。今度はフランスものなので、チラシにエッフェル塔のモチーフを使いました。チラシとチケットのデザインは私が行い印刷は外注ですが、原稿が手元にあるので封筒にも同じ柄を自宅で宛名書きと共にパソコンで印刷。このまま送れば簡単なのですが、単なるDMではないので自作の一筆箋を作りました。200件近くあるので大変な作業ですが、たとえ一文でも手書きを添えるとこちらの気持ちが伝わるように思います。
 
加えて私は万年筆が好きなので、お気に入りのペンが活躍できる場としての楽しみがあります。万年筆も凝り出すとキリがないですね。楽譜と同じで古いもの、ヴィンテージと言われるものが好きです。どこかにウンチクが入るものは一般的に男性の方々が好む傾向があるように思います。時計、カメラ、オーディオにも通じるものがあるのかもしれません。万年筆も現行品よりモンブランの二桁とか、パーカー51やコンウェイスチュアートとか、それなりの世界があります。

今回の一筆箋用の紙には、以前に「世界の万年筆展」で購入した万年筆専用の紙を使いました。さすがの書き味です。インクジェットでは滲んでしまうので使えません。年賀状や通常のイマジンのご案内葉書にも手書きを考えて上質紙を使います。そして万年筆は、イタリア、ヴィスコンティのハニーアーモンドという名前の付いた軸色の美しい柄のもの。インクはペリカンのエーデルシュタイン2018年限定のオリーブです。ここまで書くとオタクっぽくなりますね。ソナーメンバーの方々のなかにも隠れ万年筆オタクがいらっしゃるかも?と思います。

パソコンでベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番をBGMで流しながら、せっせと書いています。これはいずれ弾きたい曲のひとつです。今練習している曲だと聞き流せずに手が止まってしまうので。普段は弦楽四重奏曲をBGMに。もうすこし手書き文字も上手だと映えるのですが、そこは私のピアノと似たようなもの、背伸びしても無理がでてしまうので、先ずは気持ちをお伝えすることを優先にしておきます。

機種変しました。

2019 JUN 25 22:22:28 pm by 吉田 康子

昨日スマホの機種を新しいものに替えました。
2015年12月に購入して以来、約3年半愛用してきたiPhone6Sは私にとって初めてのスマホ。それまでのガラケー待ち受けの白黒アニメーションのペンギン柄がとても気に入っていたので、なかなかスマホに踏み切れませんでした。ある時「思い立ったが吉日」とばかりに。翌日にはiPhone6Sでも一番人気のローズゴールドを手に入れてきました。

それまでとは勝手が違うタッチパネル式に戸惑いながらも、メール等の文字入力にも少しずつ慣れ、色々なアプリをダウンロードして日々の生活に手放せないものになりました。使い勝手がよくて、その後次々と新製品が出ても目移りすることなく過ごしてきました。いまだにiPhone6Sは使い続けている人が多い人気機種だと検索して知り、「そうだそうだ」と頷く思いでした。

3ヶ月前にSIMカードがいきなり接触不良になり焦りました。あちこちショップに電話し、ネット検索をして何とか解消。こうなると先々に不安が出てきました。その後ストレージにも空きが少なくなり、電池の寿命にも陰りが・・「そろそろ潮時かな」と思いつつ、それでもデータ移行の煩雑さを考えると二の足を踏んでいました。ガラケー時代にはショップの人にお任せだった作業を自分で出来るか?という自信が無く先送りに。

現行品のiPhone Xほどの機能は不要なので、もし替えるなら今の形に近いもの、ということでiPhone8に狙いを定めていました。ところが近所に問い合わせると、ことごとく在庫無しという返事。どこにでもあるだろう、とタカをくくっていたので、正直言って焦りました。こうなると「今しかない」という気分が盛り上がり、在庫に多少余裕のあった都内量販店に出向いての購入に踏み切りました。

最近ようやくiTunes、iCloudやLINE、キャリアのお預かりサービスやバックアップなどを使い慣れてきたところでした。万が一にもデータを無くしてしまわないように、パソコンや外付けHDDなどあちこちにデータ保存をしました。その際の各件数が違うのは何故?と電話相談したり、最悪の場合には手作業で復帰できるようにとスクショまで撮って備えました。

準備万端だったせいか、店頭での手続きは30分ほど。拍子抜けするほど簡単。でもそれだけでは、電話もメールも出来ない「ただの箱」。一刻も早く家に戻って、保存したデータを新しいスマホに移行しなくてはと帰路を急ぎました。帰りの電車内を見渡すと、居眠りをしているかスマホを手にしている人が大半。メールやラインだけでなくニュースや天気、路線など情報の殆どをスマホに依存している日常を痛感。改めて時の流れを感じました。

帰宅後は、ショップで貰った冊子を見ながらの作業。キャリアメールの設定、自宅Wi-Fi設定、データ復元など、何をするにもアドレスとパスワードを請求されます。事前にスクショで保存していたのが本当に役に立ちました。自分でパスワードを設定したことさえ忘れているものも。紆余曲折の末に無事に復元出来て以前のままの待ち受け画面になった時にはホッとして大きな溜息がでました。

そして最後に画面で「設定を完了」をタッチして一連の作業をシメたかったのに、「ICloudにサインイン中」という表示が消えない状態に。あと一歩です。
今日ショップに立ち寄って相談、店の人がササッと魔法のように瞬時にして解決してくれたのには感激でした。

こうしてようやく機種変は無事完了し、快適になりました。メモリーは以前の4倍に、そしてハイスペックとなって大満足です。画面に貼るシートも滑りの良いものにして、ケースも新調しました。
 

それにしても、この煩雑な作業を皆がやっているのだろうか?と思いました。
代行してくれるサービスがあるなら、お金を出してもお願いしたいというのが本音です。今更ながらに検索してみると、やはり専門業者があるようです。

皆さんならいくらだったら外注しますか?

ツリーの片づけ

2018 DEC 31 19:19:32 pm by 吉田 康子

今年もあと僅かになりました。皆さん慌ただしい頃だと思います。
我が家でも昨夜ようやくクリスマスツリーを片づけました。私は実用性が無い飾り物は好きではないのですが、これは唯一の例外です。飾って楽しむだけのものとしてツリーは期間限定ということもあって特別の楽しみです。

これは約25年前に住んでいたハワイのホノルルで購入したもの。高さが2m30cmあり、天井にギリギリの高さ。中心の幹にあたる金属棒に針金の芯に細長い葉を挟んだような枝を引っ掛けます。誰でも組み立てられるように色分けしてあるのは親切設計です。年月を追うごとに葉がポロポロと落ちて、心なしか枝が細くなったような気もします。
   
購入時は折角だから大きいものを!と思って灰色がかった緑色が気に入って買いましたが、帰国後の日本の家屋にはとんでもなく大きいものでした。一番下の段の一枝が長さ70cmくらいあり、枝を曲げても直径にして150cmくらいあり、スリムな日本製とスタイルが違うようです。仕舞っておく箱も長さが150cmあり、長年の出し入れでボロボロ。これを持っての移動だけでも大変です。

写真はクリスマスで飾ったものを片づけていく順序なので、最初が出来上がりです。プラスチックのピンクのボールは150個、ガラスのボールは100個、ライトが800個くらい。一番上は天使の飾りです。数年前にライトはLEDに変わりました。ライト自体の光がボールやガラスに反射して綺麗です。

 

全部の飾りをひとつずつ木に下げていくのは大変ですが、出来上がって点灯した時は「今年もようやくクリスマス」という高揚感と過去のクリスマスを思い起こしての感慨深さがあります。そして片づける時には、時間に追われるような慌ただしさと共に来年への思いも。

今回も家族に手伝って貰いお喋りしながらの作業でしたが、古びていく枝を見ていると「いつまで続けられるのかしら」と考える年齢になったようにも思います。私にとってはこのツリーのせいか、お正月よりも心情的には大きな節目になるような感じがしています。

皆様どうぞよいお年を!

連弾版「モルダウ」

2018 MAR 16 16:16:50 pm by 吉田 康子

来週ピアノの発表会があります。「生徒の独奏と連弾、そして最後に先生達の連弾」という形で18回目、すなわち18年目。出演する生徒だけでなく「先生」という立場の私達にとっても年一回のイベントです。同窓の1年先輩の方との連弾で、今迄色々な曲を弾いてきましたが、今回は「モルダウ」にしました。
交響詩「モルダウ」

下は冒頭部分のスコアです。フルートソロから第1の源流。もうひとつフルートで第2の源流、クラリネットも入り次第に本流に。

「モルダウ」は、スメタナ作曲の6曲から成る交響詩「わが祖国」の中で特に有名な第2曲目。1874年に作曲されヴルダヴァ川(ドイツ語名モルダウ川)の流れを描写したもので哀愁漂う旋律で人気の曲です。これに何とスメタナ自身編曲のピアノ連弾版があることを初めて知りました。
連弾版「モルダウ」

下の連弾用の楽譜は有名な主旋律のところ。左が低音部分担当のセコンド、右が高音部分担当のプリモのパート譜です。さすがに作曲者自身の編曲だけあって連弾でも相方の指にぶつからないように巧みに避けながら原曲に近い表現が出来る配分は見事なものです。川の流れを細かな16分音符で伝えてきますが、連弾の場合は2人でピッタリと合わせないと「氾濫」をおこしそうになります。楽譜の各場面に情景の描写を示す言葉が添えられていて標題音楽の形をとっています。「森・狩り」や「村の婚礼」「月の光」「水の精の舞」などの場面があり、実際にはエルベ河となってドイツ領に流れていきますが、チェコの人々の暮らしに溶け込んでいるモルダウの存在の大きさを感じさせます。
  

私にとって「モルダウ」は原曲の通り「オーケストラで演奏される曲」であり「プラハの春音楽祭のオープニング曲」いう認識がありましたが、歌詞がついて立派な合唱曲にもなっています。作曲者スメタナは知る由も無いでしょうけど、やはり美しい旋律に歌を添えたいと思う人がいるようです。これと同様にホルストの組曲「惑星」の中の「木星」は「ジュピター」という名前の歌の方が一般的には有名だったり、ベートーヴェンの「悲愴ソナタ」の第2楽章も歌としての編曲があるようです。こうやってみると「クラシック」と呼ばれるジャンルの旋律は大事に仕舞っておいたり飾っておく古めかしい骨董品ではなくて、現代にも通用する応用範囲の広い身近な実用品という感じがします。

合唱曲「モルダウ」
合唱曲「モルダウ」は、中高生の学校行事である「校内合唱コンクール」の定番になっていて、合唱曲として知っている人も多いようです。多少教訓めいた歌詞に学校教育用を前提にしているような意図を感じるのは、私だけかもしれませんが。

別にウケ狙いを考えたわけではありませんが、耳慣れた旋律という点でこういう場で弾くには相応しいものだと思いました。以前ラヴェルの「ラ・ヴァルス」よりチャイコフスキーの「花のワルツ」の方が「感動した」という方々が多かったこともあります。親しみのある曲なだけに、滞りない流れを感じさせる演奏が大事だと思います。本番まであと少し、会場のピアノはベヒシュタインのセミコン。小ぶりながらも美しい響きとパワーのある楽器です。当日を楽しみに練習しています。

クラシック音楽バー「ヴァルス」

2018 MAR 4 23:23:11 pm by 吉田 康子


2/17ライヴ・イマジン39でお世話になった調律師の齋藤 勉さんに教えて頂いたお店「ヴァルス」に行ってきました。
齋藤さんの三男の容平さんがオーナー兼バーテンを務めていて、音楽の友社のサイト「オントモビレッジ」でも紹介されました。

目黒の権之助坂沿いのビルの二階にあり、14席のカウンターだけのシンプルな作り。壁面には凝ったデザインのラベルの酒瓶と綺麗に磨かれたグラスが並びます。カウンターの両サイドにあるブロッドマンという名前のスピーカーから流れていたのは、フォーレのノクターン。重厚で柔らかくなめらかな響きがすると思ったら、あのベーゼンドルファー社由来のメーカーとか。スリムな形で表面がピアノのような美しい仕上げに合点がいきました。

夕方6時の開店間もない頃に到着しましたが、カウンターの隅には女性の先客がひとり。常連さんらしく何か書きものをしながら、時折カウンター越しに齋藤さんと話をしていました。

「ここはツイッターか何かでご覧になったんですか?」と容平さんから尋ねられ、「実は」と経緯をお伝えして、ライヴ・イマジン39のプログラムを渡しました。お父様の面影がある風貌と穏やかな語り口で和やかな雰囲気を醸し出しています。

「音楽が大好きで、お酒が大好きで始めた店」とお父様に伺った通り、並んでいるお酒ひと瓶ずつにも拘りがあって、お酒に疎い私にも解りやすく説明して下さいました。中でもKOVALという初めて聞く名前のお酒には特別の思いがあるようです。全てオーガニック原料から生産していること、経営者のプロフィールや日本での取り扱い店など詳しく伺いながら私は香水瓶のように綺麗な形をした瓶の琥珀色に見とれていました。

私がお願いしたのは、あっさりとした口当たりのカクテル「ダイキリ」。容平さんは鮮やかな手つきでシェーカーを振って細身の綺麗なグラスに注いでくれました。素敵な気分に酔いそう♪

齋藤容平さんの祖父にあたる齋藤義孝さんは、日本の調律師の草分け的存在。義孝さん関連の写真や書簡をまとめたアルバム目当てに来店する人も多いそうです。戦後に来日した外国人演奏家のコンサートの調律の殆どを担当して第一線で活躍していました。アルバムには、コルトー、バックハウス、アラウ、デムス、ケンプ、ルビンシュタイン、シフラ、ヴァン・クライバーン、ミケランジェリ、アルゲリッチなど超有名演奏家と並んで立つ写真や、直筆のメッセージが並んでいて、歴史を垣間見るよう。
 

コルトーの手紙は、滞在していた帝国ホテルの便せんに美しい手書きの文字で詩を読んでいるような気持に。山口県にある「孤留島」という島の名前もあります。バックハウスも一般的な写真でなくリラックスした感じで義孝さんと並んでいて、違う一面をみたようです。
 
アラウやデムスはとても若くて誰だか判らなかったり、大好きなフォルデスやルビンシュタインとの写真も。コンクール優勝8年後のヴァン・クライバーンのメッセージも印象に残りました。
  

そんな話をしている間に新たに来店されたのは、京都から来たという和服の女性。そういえば少し前にお店までの道を尋ねる電話がかかってきていました。ツィッターでお店の事を知り、初めて目黒駅で降りてわざわざ訪ねて来たそうです。

その方は、新造船の「シンフォニー」という名前に惚れ込んで初夏に地中海クルーズを予定しているとか。声楽を勉強しにモーツァルテウムまで行き、ヴァイオリンも弾くそうです。ふと見るとその方の和服は、黒地に白でヴァイオリンの柄で染め抜いてあるもので帯はチェンバロの鍵盤の柄でした!「筋金入りの音楽好き」とお見受けしてお話に仲間入りさせて頂きました。

フランス音楽の話から「ショーソンが好き」という話題になり、詩曲やコンセールの話で大いに盛り上がりました。ドビュッシーやラヴェルならともかくショーソンを語れるなんて!と容平さんも嬉しそう。早速にP.ロジェとイザイQのコンセールのCDをかけてくれました。

ちなみに容平さんはデュカスのピアノ曲も大好きだそうです。どんどんディープな話に進展していきました。

クラシックの音楽バーというと一般的には「音楽を専ら聴くだけの人」が集まってウンチクを語り合うイメージがありますが、ここは演奏する人、調律する人、教える人など様々な立場からプロとして、アマチュアとして音楽に関わる人達が集っているようです。美味しいお酒と料理があり、味わいのある響きの音楽が流れる空間は、音楽好きにとって特別な居心地の良さを感じました。容平さんとお客さんが織りなす雰囲気の魅力に惹かれて、私は早くも再びここに来る機会を考えていました。次回7/7の「ライヴ・イマジン40」のチラシが出来上がったら、何人かを誘ってまた訪れてみようと思っています。

ラストスパート

2018 FEB 22 13:13:08 pm by 吉田 康子

ライヴ・イマジン39終了から3日後に手首に入ったプレート除去の手術を受けました。担当医は「30~40分くらいの短い手術だから」と軽く言っていたせいか、私も気軽に考えていました。当日は緊急手術が次々と入ったようで私の順番は後回しに。午前10時の予定が午後になり、結局はお腹が空いて待ちくたびれた夕方からになりました。

歩いて手術室に行くと、担当医、もう一人の医者、看護師4名が待っていました。張りつめた気配で「いやいや、やっぱり短くても手術には違いない」という実感がひしひしと。今回は肩から指先までの部分麻酔。なまじか意識があると緊張も高まります。手術台の上に乗るとまさにまな板の上の鯉の気分。ドラマに出てくるような照明を「数日前は舞台のスポットライトだったのになぁ」と思いなが眺めていました。

歯を抜く時と同じで麻酔の最初に痛みがありましたが、すぐに無感覚に。手術中も切ったり、ボルトを抜いたりの感覚だけで不思議な感じでした。「プレート持って行く?」と訊かれたので「記念にください」と。麻酔が効いている腕は自分のものではないみたいに重くて「死体の腕ってこんなもんかしら?」という感じ。一晩眠っているうちに徐々に自分の腕が戻ってきてようやく安心しました。

貰って来たチタン製プレートです。思ったより小さくて重さを測ってみたら全部で5g。これが私の腕を支えていたんだなぁと感慨深いです。レントゲン写真を見ながらパズルのように組み合わせてよく見えるように容器の蓋に載せてみました。一週間後に消毒、その一週間後に抜糸です。完治までもう一息です。

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