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水の上の霊の歌

2023 NOV 14 21:21:09 pm by 西村 淳

ゲーテについてはよく知らない。「ゲーテとの対話」(エッカーマン著:岩波文庫)を紐解いたが、その会話は、古代、古典文学、美術、土木・建築、自然科学、歴史、政治、音楽など幅広い分野に借り物ではない自身の言葉を重ねていく。さすが驚嘆すべき博学、知の巨人である。その会話の中で音楽の占める割合はほんの数パーセントに過ぎず、ここから窺い知れることは、モーツァルトを天才と評し、ベートーヴェンと知り合い、12歳のころから出入りしていたメンデルスゾーンなど、一流の音楽家が周りにいたにもかかわらず人生にとって音楽とはその程度のものでしかない、ということか。コロナ禍で劇場が封鎖されたとき、「私たちは本当に社会にとって必要なの?」と関係者が自問していた一つの答えがここにある。
「ゲーテとの対話」の中では、シューベルトへの言及はない。せっかく友人のシュパウンが送った献呈の楽譜も返送され、外から怨嗟の声も聞こえて来るが、多忙きわめる中、楽譜を送られてもゲーテ本人がそれを読めないのだから手間暇をかけたくなかったのだろう。
「水の上の霊の歌」が作られたのはゲーテ、30歳の時。公私ともども充実した時期にあたり、良く知られた「魔王」もこの頃の作品だ。1779年10月9日、ワイマールのカール・アウグスト公と2度目のスイス旅行に出かけ、ラウターブルンネン近郊のシュタウバッハの滝を訪れる。その時の感動を直ぐに歌った。「シュタウブ」の意味は塵。垂直に切り立った岩山の上約300mの高さから流れ落ちる水しぶきの飛び散る様であり、滝の名前そのものとなった。


Staubachfall(スイス政府観光協会HPより)

「水の上の霊の歌」
Gesang der Geister über den Wassern

人の心は
水にも似たるかな。
天より来たりて、
天に登り、
また下りては
地にかえり、
永劫つきぬめぐりかな。

一筋清く光る流れ、
高くけわしき
絶壁より流れ落ち、
虜なめらかなる岩の面に
とび散りては美わしく
雲の波と漂い、
軽く抱きとられては、
水煙りに包まれつ
さらさらと涙立ちつ
谷間に下る。

きりぎしのそびえ、
水の落つるをはばめば、
憤り泡立ち
岩かどより岩かどへ踊り
淵へ落つ。
平らなる河床の中せせらぎて、
牧場の間なる谷を忍び行く。
やがて鏡なす湖に入れば、
なべての星、
顔を映し若やぐ。

風こそは
波の愛人。
風こそは水底より
泡立つ波をまぜかえす。

人の心よ、
げになれは水に似たるかな!
人の運命よ、
げになれは風に似たるかな!
「ゲーテ詩集」 高橋健二訳 (新潮文庫)

シューベルトは4回もこのテキストを基に作曲している。完成したのはアカペラ版と弦楽合奏版(ヴィオラ2本、チェロ2本にコントラバス)であるが、ゲーテの詩の詩節構造に相応した2つの曲の構造はよく似ている。ただ後者は拡がり、深み、凄みを増しており、弦合奏の水流の描写などドラマチックな展開と星を映す水面の静けさのアーメン終止、さらにアヴァンギャルドな和声の使用に驚かされる。
・独唱D.484(断片)1816年
・男声四重唱曲2曲:D.538(無伴奏)1817年3月
 D.705(ピアノ伴奏、未完成)
・男声八重唱曲:D.714(弦楽伴奏)1821年2月
1821年3月7日にウィーンのケルントナートーア劇場での初演は新聞評でこき下ろされた。ちょっと難しすぎるということか。シューベルトの多声歌曲は140曲を超える。圧倒的な質と量を誇る歌曲に比べ隠れてしまいそうだがなんと魅力的な曲がたくさんあることだろう。オペラだって15曲もあるし私たちはそのほとんどを聴いたことすらない。
「水の上の霊の歌」のきっかけはガーディナーとモンテヴェルディ合唱団の演奏だ。いつものシューベルトとは違った雰囲気に引き込まれ即座にブライトコップ・ヘルテル社に楽譜をオーダーした。
次回(2024年5月11日(土);すみだトリフォニー小ホール)の『ライヴ・イマジン53』に栗友会の男声合唱団KuuKaiさんと共に10年来の夢が叶う。

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