上岡敏之の室内楽
2022 JUN 2 9:09:36 am by 西村 淳

縁が無くなったのかすっかり足が向かなくなった銀座。暮れなずむ中、久しぶりに有楽町駅に降り立った。銀座口の改札を出ると、いつもそこにあった「フルーツ 百果園」が無くなっていた。昭和の灯がまた一つ。でもこの時間帯の銀座は華やぎが戻っている感じで悪くない。
王子ホールも何年振りか。ここでヴァインベルクのピアノ五重奏曲が聴けるということで参上。コロナ禍もようやく先に光が見えてきたし、向かいにある焼き鳥屋は健在だったのでほっとする。
読響室内楽のこのプログラムは昨年の2月と12月、2回も中止になったもので、三度目の正直となった。いとメデタシ。演目は次の二曲でドイツで指揮・ピアノで活躍している上岡敏之氏を中心としたメンバーによる。
・ フンメル:七重奏曲 ハ長調 作品114「軍隊」
・ ヴァインベルク:ピアノ五重奏曲 作品18
開演前の上岡さんのレクチャーが披露されいよいよ本番。フンメルよりはメインのヴァインベルクをもう少し深堀してほしかったが。
プログラム前半の。なかなか生で聴くチャンスのない作品だが、少しおさらいも兼ねて備忘とする。
1778年、スロヴァキアのブラチスラヴァに生まれたフンメルは8歳の時に父に連れられてウィーンに移住、モーツァルト家に住み込んで(!)2年間にわたってピアノを師事とある。この時期1786年、87年前後はモーツァルトにとって「フィガロの結婚」や「ドン・ジョヴァンニ」の成功によるその活動のピークを迎え、経済的にも大層うまく行っていた。そんな忙しい中、わざわざ住み込みまでさせて少年フンメルの面倒を見たのは同じように天才少年として厳父に連れまわされた自身の生い立ちを重ねたのかもしれない。ただ残念なのは作品の独創性という点では辛く、このプログラムにある「ゼプテット」ひとつからも凡庸さがのぞく。要はつまらない作品ということで段々と心地よい眠りに誘われた。なにせ1830年にもなってこれですか・・みたいなことを上岡さんも言っておられたが1810年にはシューマンも、ショパンも誕生している。
後半は期待のヴァインベルク。レクチャーでも初めて聴くのは少々辛く、きついかもと紹介があったが、作品の質は前半とは比べ物にならないもので、そのことは終演後の拍手の大きさからも伺い知れた。どうせわからない、なんてことは奏者の奢りで誰だって普段は寿司の並しか食べたことがなくても上の美味さはわかるものだ。
ピアノ五重奏曲はライヴ・イマジン47で昨年6月5日に演奏しているが、どのパートも難しく、特にチェロパートは舞台上の奏者の奮闘を見ていて「本当にこんなに難しいものをお客様を前にして弾いたんだろうか?」と思わず手に汗を握ってしまった。
上岡さんのピアノはさすがで指揮者の眼として全体を見通し、確かな設計図に基づいた演奏。超絶技巧的なパッセージも無事通り過ぎ、ダイナミクス、特にピアニシモが弦楽器の中を突き抜けてきた温かい、でもクリスタルな音の響きに魅了された。
全体的に安全運転を心掛けた印象が残ったが、たとえば第三楽章のスターリンと踊るワルツ。もっともっと下品なくらい、そしてグロテスクにやって欲しかった。メンバー間のコンセンサスなのか表現の問題なのかはわからないが、まあこれもありかと。
最後の舞台上のお辞儀ひとつとってもピッカピカシューズの上岡さん、西欧流の所作が完璧に身についている。こんなところでも指揮をしているかと思うくらい、他のメンバーを見事に統率していた。これは大切なことだ。
やはりみんなでそこに集まって聴く生の音楽はいいと改めて感じた。映画でも音楽でも演劇でも同じ。「集まる」ことが人が生きることの基本だろう。「集まるな」という言葉の重みを為政者はもっと感じてもらわないと。
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S.T.
6/11/2022 | 12:02 AM Permalink
西村さん
譜面や構成がよくわかって楽器が弾けるかたは音楽の聴き方が違うのでしょうね、羨ましいです。ヴァインベルク、すごいですね、みなさんでこういう曲と対峙されるのですね。…チェロで時々わたしが聴くのはコダーイです。楽器が弾けるってとても素敵です。ピアノもすこしは習っていたのですが…。
ヴァイオリンも好きなのですが、どうもわたしの耳は高周波がいつまで経っても聴こえるようでして、曲によってはヴァイオリンの高い音をあまり楽しめないです。損をしています。飲食店の勝手口付近で常に鼠除けに狼狽えています。
西村 淳
6/16/2022 | 5:59 AM Permalink
S.T.さん
ヴァインベルク、苦難の道を歩んだ同時代人が感じていたものが私の中で確かにシンクロする瞬間があります。生きてきた環境は全く違っているわけですが考えさせられます。
それよりも飲食店の勝手口付近に鼠除け高周波ですか!?そんなものが常設されるようになってきたなんて、知りませんでした。ショックです。虫や動物が近づかなくなるのであれば、人も近づかない、同じ行動をとるかもしれませんね。
S.T.
6/17/2022 | 12:26 PM Permalink
西村さん
音楽は不思議です、人間の感受性はすごく不思議です。
鼠除けを初めに感知した(音というかんじではないです)のは出来たばかりのコレド日本橋でした。メトロからの出入口はわたしにとってはダッシュで通過しなければならない門でした。そのあと神保町市ヶ谷新宿などでも遭遇するようになりました(ホテルの搬入口などがもっとも厳重です)。古い街の再開発には必須になるのかも知れませんね…。
耳が良いのか頭が悪いのか、さっぱり判りません。五感のうちのいくつかが混じってしまうことに注意ぶかくあれるように、わたしはもうすこし勉強しなければなりません!
西村 淳
6/17/2022 | 6:45 PM Permalink
超音波は人間の耳には聞こえないとされていますが、空気の振動は体に伝わっている筈でそれがどういった影響があるかはよく解っていないようですね。駅の自動改札機を通過するたびにちょっと嫌な感じがしたり、スマホの4Gだ5Gなんかは危ない感じもします。