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成り切る

2025 OCT 1 20:20:47 pm by 西 牟呂雄

 トランプ政権下の米国で、プロレスが存在感を増している。トランプ氏は長年にわたる格闘技の支援者で、ファンとトランプ氏の支持層は重なる部分がある。「今日、我々は偉大な友人を亡くした」。7月24日、伝説のプロレスラーだったハルク・ホーガン氏の死去を受け、トランプ氏はSNSに追悼の言葉を載せ、ホワイトハウスでプロレスをやるとか。
 賛否両論あろうが、アメリカン・プロレスの醍醐味は架空のキャラクターを演じる超人的な肉体の躍動と、バカバカしいほどの単純なストーリーだ。誰も真実なんぞ求めない。
 トランプ大統領自身も嘗てはリングサイドに陣取って代理髪切りマッチをやった。そう、プロレスに参加してトランプに成り切ったわけだ。

 ここで私自身はどういう人間か、と言えばどうであろう。ブログの読者の印象通りと言って差し支えないのだが、実際にはもう少しマトモである。即ち筆が滑っているとも、実生活ではマトモを演じているとも言える。
 それでは演じる必要はなぜ生じるのか。それで演じなかったらどうなるのか。言うまでもなく他人の目を意識して、それなりに社会性を保とうとするからだ。ではもし演じなければメチャクチャなことが起きるのか。他人の目がなければありもしない『本当の自分』が露出するのか。
 例えば山荘の喜寿庵にいるときはほぼ一人だ。誰も見ていない。しからばそこで奇怪な振る舞いに及ぶかといえばそんなことはない(と思う)。どんなみっともないことをしてもかまわないのにしない。すると私は自分の自由意志ではなく、人智(じんち)を超えた宇宙の法則にでも操られているのだろうか。

 最近、犬童一心監督が狂言の野村万作さんを撮った「六つの顔」というドキュメンタリーを見た。人間国宝の万作さんは御年94才。3歳で『靱猿』の子猿役をやったので芸歴90年。その子供の頃から現在までを、映像と本人のインタビューで構成されている。
 「演じる」という意味では能・狂言は数百年の伝統を受け継ぎ今に継承された芸能であるから、自由意志もクソもなく、恐らくは我を捨てて型を身につけなければ始まらない。解釈はその後から付け加わるのだろう。
 最後に「川上」という演目をカメラが追う。
 盲目の男が、願いを叶えてくれるという「川上」の地蔵に参詣し、その甲斐あって視力を得る。 しかし、男の夢に現れた地蔵は視力と引き換えに「妻と離別せよ」という過酷なお告げを残した。という狂言にしてはストーリー性のあるモノで、視力か尽くしてくれた妻かの選択を迫られる。そこに萬斎さんが妻の役で出てくる、といったお膳立てだ。「川上」とは奈良吉野にある川上村のこと。
 昨年薪能で観たときはお声が小さくなったような気がしたが、そんなことはなかった。枯れたいい声なのだ。そして選択を迫られ苦しむのは演じているのではなく、人間万作その物である。
 万作さんにとって『狂言』は野村家に生まれた偶然のきっかけであり、一方『狂言』を擬人化すれば万作さんは手段に過ぎない。磨かれた芸は既に人格とか個性を超えている。万作さんは狂言を演じながら狂言の目指すところにたどり着いたのだろう。

 人間ここまでくれば上品(じょうほん)である。だとすれば、今の若い人が時々被れる『自分探しの旅』の何と無駄なことか。自分を演じ続ければいいだけの話ではないか。
 さて、私の場合は・・・。

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Categories:古典

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