Sonar Members Club No.36

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2021選挙期間に大いに期待される失言

2021 OCT 23 12:12:05 pm by 西牟呂 憲

K田総裁
 この人、残念ながらカリスマ性はあまりない。その分慎重で凄い失言は期待できそうもない。
 だけどあんまり国民の声を聞きすぎるとできることもできませんよ。
 せめて『国民の声にも聞くべき声とそうじゃない声がある』くらいはやらかしてくれないかな。あの車座のヒアリングはパフォーマンスとしても何か変だよ。

A副総裁
 御存知、失言界の帝王。さすがにナチネタはもうやらないとは思う。
『事務次官が何か書いたって?オレがそんなもんいちいち読むわけねえだろーが。そういう優秀な官僚を使うのが政治家なんだよ。オメーどこの記者なの、見ねー顔だけど。第一漢字弱いの知ってんだろ』
 こんなもんかな。

E野代表
 この人の演説は昔懐かしい全共闘のアジ演説丸出しで、さぞ立派な活動家だったことだろう。この人とレ〇ホーさんが大声出すと無党派層がガンガン逃げてしまうのが分かってない。これは失言ではないが『総裁の看板だけ変えても自民党は変わりません』って何?自民党が変わっちゃったらアンタ等いらないじゃない。アンタのところのO沢と共〇党のCはズブズブなのはわかってますよ。

〇口(□ではなくクチ)代表
 面白くもなんともない。絶対に失言も期待できない。冷静沈着、秀才そのもの。
 だけどこの人率いる公〇党は、最近は実にプロの対応をしていると評価している(支持はしていないが)。弁護士ばかりだから安保法制の時は見事なものだった。
 ただ一つ、誰も聞かないのでこっちから聞いてみたいことがある。
『アンタが信奉してる池〇〇作はボケてるって本当ですか』

玉〇代表
 今更お呼びがかかるとも思えない気の毒な政党に成り果てた。みんな百合子に騙されたんでしょ。ある意味気の毒。結構優秀な人もいるんだけど宝の持ち腐れです。
 この人も突っ込みどころ満載。質問です。
『アンタが言ってる消費税5%減税って実際には富裕層の優遇に他ならないんだけど』
 分かってんのかね。

福〇党首
 まだやってたの。あの支持率で議席数なのに選挙の時はテレビで同じ時間と発言の機会をもらって良かったですね。でもいつまでやるんですか、同じことを。改革しなさいよ。
 それでですね、もはや失言もクソもないですが、聞いてると耳障りですよ。
『キチっと・・・、しっかり・・、キチっと・・・、しっかり・・』
 秋の夜長の虫みたいですよ。

松〇代表
 結構すごいオッサンだと思いますよ。八尾の方で時々飲んでるそうですね。
 こちらもあんまり嬉しくなるような失言は無いでしょうね。でもね。
『大阪の改革を全国に』って看板の大阪都構想は何回やっても拒否られたんじゃないの?

れいわ・NHKナントカ
 存在自体が失言です。

小石河
 期待してますよ。黙ってたらもう芽が無くなりますよ。当分干されてるでしょうから。こんな感じかな。
石『(ゆーっくりと)我々が自民党のキャンディーズだとしたら、僕は蘭ちゃんでしょうか』
小『(溌溂と)それでは僕はクールでセクシーにミキちゃんでしょうねぇ』
河『(不貞腐れて)じゃあ僕がスーちゃんで。次の質問どうぞ』

候補者の皆様 後一週間です。頑張ってブログ・ネタを提供してください!

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嗚呼無残 日本ハムファイターズ

2021 OCT 18 0:00:28 am by 西牟呂 憲

 10月17日、ハンカチ王子こと斎藤投手が引退試合して優勝を狙うオリックス戦の一人だけに登板した。見たこともない遅いボールで、四球を出してマウンドを去った。どうせ最下位は決まっているし、何故か試合も勝ったので、まぁいいか。
 本年はテレ・ワーク推進のために非常にいやな思いをさせられた。
 それは飲みに出られず在宅が続いたため、ファイターズの中継をほとんどナマで見てしまったことである。あの不快極まるゼロ行進、気の遠くなるようなサヨナラ負け、不甲斐ないピッチャー達、枚挙にいとまがないヘボ守備。これのおかげで何度も焼酎をガブ飲みし、遂には夏場にドクター・ストップがかかり一月弱の断酒を強いられた。正確に言えば、医者から見捨てられそうになったので仕方なくだったが、できたことはできた(もう緩和した)。
 そもそもシーズンに入る前は「もう情は一切はさまない」などとエラソーに言っていた栗山監督は、中田を切るでもなくほったらかし、ベンチどころかチームの雰囲気を悪くさせるだけさせて、挙句の果てに原監督に泣きついたというではないか。何も考えていないことがバレた。
 去年まで最下位争いをしていたオリックスが首位を走ったというのにこの体たらくは全く持って監督の無能を物語っており、大谷がいなけりゃ草野球か、の声が聞こえる。
 結局最下位を争った太目だらけの西武部屋、辻親方とともにクビとなった。一緒にコケたホークスも遂に工藤監督は辞任した。パのBクラスは3人とも代わる。

 以下、特に私の頭に血を登らせた事象を書いておく。
① キャッチャー清水の下手さ加減
 全試合を通じてこいつが盗塁を刺したのをほとんど見なかった。送球のコントロールが悪く、取った後にすぐタッチできる場所に投げられない。キャンプで100万球くらい投げさせたら少しはマシになるかもしれないが、たぶん直らんでしょう。
 おまけにホームでのクロス・プレイもダメ。こちらはボールを取る位置が前すぎるので回り込まれてしまう。そもそもその程度のことを教えられないバッテリー・コーチもボンクラだがそんなのプロ以前の問題じゃないのか。
 捕球もダメ。バッティングも大したことない。さっさとクビにしろ。

➁ バントの成功率の低さ
 これこそ高校球児並みの下手さにあきれた。時に浅間、オマエだお前!それでもプロか!高校生でも決めるようなボールも転がせない。それだけじゃないぞ、杉谷もだ。どいつもこいつも下手過ぎる。みんなキャンプで練習しないのか。
 こうなったら清宮にバントの特訓でもして、いかにもなところで代打に送り、ファースト・ストライクにマン振りさせて2球目にバントの奇策でもどうだ。強かった頃は栗山監督の采配はスクイズを多用する冴えを見せたものだが、今のメンバーじゃとてもとても。

③ セット・アッパー リリーフ全滅
 伊藤や河野がせっかく好投し、我が軍が2~3点とってもとても気が抜けない。中継ぎがひどすぎるからだ。ついでに最後まで抑えが定まらなかった。
 玉井・宮西・西村・秋吉ダメダメ、杉浦A級戦犯、ロドリゲス安定せず。杉浦とロドリゲスは散々勝ちを消してくれた。この二人はクビですね。
 先発にしても上沢はとてもエースとは言えないレベル。
 話題に上ったのが引退だけの斎藤なんか、まさかあの成績でコーチなんかやらせるんじゃないだろうな、誰も言うことを聞かなくなるぞ。

 遅きに失した中田のクビ。なんだかんだいっても栗山監督が甘やかしすぎた。こうなる前に、例えばFA直前のタイミングでどこかの大砲かエース・クラスとトレードしておけばよかったのだ。フロントというかやはり監督の怠慢だ。
 更に、ムード・メーカーではあったがお調子者の杉谷、頭悪過ぎないか。あの2塁のオーバー・ランを私は一生忘れないだろう。
 そもそも新球場を何百億もかけて作るくらいなら札幌ドームでいいから、その金で大谷に1年だけ帰ってきてもらった方がよっぽどマシである。200億円も払えば1年くらいはいてくれるだろう。その間に酒池肉林に漬け込んで札幌から離れられなくすればいい。
 清宮も吉田もついに一軍に上がらなかった。二軍監督コーチ共は何をやっているのか。こいつらもまとめてクビ。
 すると誰もいなくなるから、もう一度トライ・アウトをして新庄を取り、王・新庄・野村でクリーンアップを動かさず後はメジャーを呼んで来い。
 もうこうなったら稲葉新監督の元、オレがヘッド・コーチでも二軍監督でも引き受けてやる。ヘッド・コーチだったらピンチ・ランナーにプロレスラーをスカウトしてきてドロップ・キック盗塁をさせ、二軍監督だったらバントのできない奴は強制的に当たりにいかせて相手もろとも皆殺しにしてやる。

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レイモンド君再び

2021 OCT 14 9:09:36 am by 西牟呂 憲

 赤トンボが増えたなー、という初秋の山荘で道路を掃いていた。何しろ物凄い落ち葉だから今からやっても12月には絨毯を敷いたようになってしまう。
 向こうから大小二つの人影がやって来る。そろそろかな、と思っていたヒョッコリ先生だ。すると小さい方はレイモンド君だろう。だいぶ歩くのが早くなってる。
『やあやあやあ、いい季節になったね』
『紅葉はまだですけど涼しくはなりましたね。レイモンド君上手に歩けてるじゃないですか』
『うん。まだ喋れないけど表情がはっきりしてね』
『ミャミャミャグイー』
 僕はすっかり友達になって仲良しだから、レイモンド君はヨチヨチと寄って来た。抱っこしてやろうとすると、いやがって門の中に入ろうとする。弱ったな。
『なんだ、レイモンド。お庭で遊びたいのか』
 オイオイ、オレのうちの庭だろう。この先生は勝手に入って来るけど。これは・・・。
『そうか。ちょうどいいや。キミ30分ほど見ててくれないか。そこまで行ってくるから』
『(そーら、おいでなすった。いつもの手だ)エート、ちょっと忙しいんで』
『ナニ、すぐ帰って来るよ。どうせ今だけだろ、忙しいの。普段はヒマそうじゃない』
『(勝手に決めんな)はァ、まぁ、ね』
『ホッコンホッコンヨー』
『あっ、コラコラ勝手に行っちゃだめだってば』
『じゃあよろしく』
 やられた。まっ、しょうがないか。久しぶりだし。
 前に喜寿庵に来た時は全くのオギャーだったから庭を覚えているはずはないが、トコトコと入って行ってしまった。ここは崖の上だから放し飼いにはできない。追いかけていくと芝生の真ん中に立っていた。

彼岸花

 そして庭の隅っこに咲いている彼岸花を見ていたと思うと、そっちに突進した。ヤバい、あの花はちょうどレイモンド君と高さが同じだ。『キャ~』とか言いながら花びらを掴んでしまった。『コラコラコラ、ダメー』と駆け寄ったが遅かった。一緒に遊んでいるつもりかケラケラ笑いながら引きちぎってる。口に入れるのはかろうじて止めさせた。
 暫く花びらで遊んでいたが、それに飽きるとネイチャー・ファームの方に行こうとする。あっちのピーマンとナスもまた等身大だからマズい。何しろこんな赤ちゃんに毛が生えた程度のチビでも、その機動力と破壊力は凄い。オトナが気が付かないところで想像もしないようなことをやりたがる、できもしないくせに。しょうがなくて少し離れた公園に連れて行った。

 そしてそこでもレイモンド君の探求心と行動力は怯まなかった。どうも動く物が好きらしく、車が通ると『キャー』と駆け寄り、ブランコにしがみつき、すべり台によじ登ろうとする、いずれもできないのだが。目を離すとトコトコ行ってしまうので、いつも傍にいないとヤバい。これではまるで犬の散歩だ。
 ところがしばらくすると、僕とレイモンド君の間では会話が成り立っていることに気が付いた。『はい、何か貰ったら、ありがとうございます、だよ』というとペコッと腰を折って『あーがあ~~』これが、ありがとうございます、のようなのだ。他にも、どっこいしょ、とか、ヤッター、と言っている(ような気がする)ではないか。
 待てよ、これはテレパシーじゃないのか。口には上手く出せないが、超能力で伝えているのではなかろうか。僕は凡人だたら、ひょっとしてレイモンド君はエスパーなのかもしれない。
 試しに、心の中で『レイモンド君。君はエスパーなのかい』と念じてみると、そうだよと返事をするではないか!
『ダー、ダー』
 これはロシア語の肯定だ!何で僕がロシア語を使うのを知ってるんだ。ん?

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革命のエッセンシャル・ワーカー 

2021 OCT 10 0:00:38 am by 西牟呂 憲

 コロナ禍により、エッセンシャル・ワーカー以外はテレ・ワークを、との掛け声。働き方改革も一段と進むだろう。長短いずれもがあぶり出されていいことづくめのようだが、例えば医療関係者や自衛隊・警察のように絶対にテレ・ワークにならない職業は必ずある。
 ここで突然話が変わるが、子連れ狼という漫画の原作者である小池一夫原作・小島剛夕作画の『首切り朝』という作品に熱中していた。これは山田朝右衛門という幕府の死刑執行人である公儀お様(ため)し役を主人公としたもので、今でいう実にクールな作品だった。山田朝右衛門のモデルは実在の山田浅右衛門で、代々世襲の御様御用(おためしごよう)を務めた。
 それはそれで面白い話はたくさんあるが、興味深いのは体制の変わった明治維新後も「東京府囚獄掛斬役」という役職で、別にクビになるわけでもなく死刑を執行し続けたことだ。山田家は8代目になっていた。そして刑法が死刑は絞首刑と定めたことにより、明治14年に最後の斬首をもってなくなる。しかし体制がどうなろうが役職は残ったのは、誰もやりたがらないポジションだったのだろうか。新政府もさんざん人切りはやっていたくせに、どうにも解せない。穢れた仕事だとの偏見があったのかもしれない。
 そしてそれは洋の東西を問わない。ドイツ人ヨハン・ライヒハートはワイマール共和国からナチス・ドイツを経て戦後の1949年まで死刑執行人であり続け、彼もまた偶然8代続いた執行人の家系であった。
 ナチ党員であったため、戦後は逮捕されランツベルク刑務所にいた。ここはミュンヘン一揆でヒトラーが収監され『我が闘争』を口述させたところでもある。ところが、連合国は裁判を行い、結果不思議なことに「死刑執行人としての義務を遂行したものである」として無罪になる。そして大勢のナチス戦犯を処刑するために連合軍に再雇用され、連合軍が表向き去った後の1949年までその職にあった。3千人を超える執行をしたというから世界記録ではなかろうか。この人もどんな体制でも職務に忠実だった。ただし市民からは嫌われていたらしい。気の毒では、ある。
 そして、ライヒハートの記録に迫っていた、いや彼の出現まで処刑数世界1と考えられていたのは隣のフランスのシャルル・アンリ・サンソン。
 こちらはフランス革命の真っ最中にその職にあったので、彼にクビを刎ねられたのは有名人がザクザク。ルイ16世とマリー・アントワネットをやったのはサンソンである。
 御承知のように革命政府はその精神は別にしてもやたらと内部闘争に明け暮れ、特にロベスピエール・サン=ジュストのコンビは対立したジロンド党のコルデーや、同じジャコバンのダントンまで片っ端から殺しまくった。あまりに死刑執行が多すぎて、従来の大型で鉈のような剣を使っていては間に合わなくなって発明されたのがギロチン台である。従ってサンソンも途中からはギロチンの縄を引っ張るだけで済んだ。挙句の果てにロベスピエールもサン=ジュストもサンソンの手によって断頭台行きとなる。
 死刑執行人はムッシュ・ド・パリという肩書なのだが身分は低く、これまた世襲なのだ。やはり好んでその役職には就くものではないのだろう。シャルル・サンソンはサンソン家の4代目に当たる。同じように山田浅右衛門も公儀お抱えだが、正式な幕臣ではなく浪人の扱いであった。
 ただしその分ギャラは良かったようで、おまけにサイド・ビジネスで大儲けしていた。サンソンはやや怪しげな医者のようなことをし、山田家は人丹を売っていたという。

 彼らはあの激しい革命を潜り抜けてサバイヴした。革命も後片付けは必要ということか。

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番外 ジェット・ストリーム  ジャニス・ジョプリン

2021 OCT 4 0:00:48 am by 西牟呂 憲

ーエデンの東が流れるー
 皆様 大変お久しぶりです。
 やっと、或いは ようやく緊急事態宣言が終わりました
 こうして空の旅でお目にかかることもできるかと思います
 いかがお過ごしでしたか
 中には苦しい闘病生活を送られた方もいらっしゃるかと
 くれぐれもご養生ください

 60年代のピッピー・ムーヴメントの申し子のような無造作なロング・ヘアー。素ッピンで別に人が振り返る程の美人でもない。しかし誰よりも自由で誰れよりも激しい、情熱のようなものを常に身に纏った女。
 自分を持て余し、周囲から浮き上がり、時に人一倍寂しげな表情になる。
 多くの人に愛されるが、同じくらい多くの人に敬遠される。近づけば火傷しそうな、触れれば折れてしまいそうな女。決して美声ではないハスキー・ボイス。もう少し丁寧にと思う高音も、身体を震わせ叩きつけるようにシャウトしてしまう。
 テキサスの南東部というトコトン田舎町に生まれた彼女は、テキサス州立オースチン大学に進学したが、熱に浮かされるようにサンフランシスコに流れヒッピーに。即ちヘロ・スピード・酒と何でもありのジャンキーになった。
 モントレー・ポップ・フェスティバルで注目を集めると、69年に自らのバンドを率いてウッドストックで衝撃的なステージを見せた。
 ところが、その翌年アルバム制作中にモーテルの1室でオーバードーズで死んでしまう。

 ジャニス・ジョプリンの歌声が突然テレビから流れたので、まるで夢から醒めたように驚きました。聞こえてきたのはジャニスが残した死の直前にスタジオ録音された名曲、クライ・ベイビーです。CMに使うとはなかなか腕のいいのディレクターだ。。ライブでは・・。

 泣きなよ もっと泣きなよ 泣いたっていいんだ こんな日は
 憎む 悲しむ 悔やむ そして愛する 
 言葉が次々と現れては消え
 人は残らない 時は流れさる 

 泣きなよ もっと泣きなよ 泣いたっていいんだ こんな日は
 出会う 別れる 求める そして去り行く
 歩き続けて 疲れ果てる
 祈りながらも 永遠の眠りに

 泣きなよ もっと泣きなよ 泣いたっていいんだ こんな日は
 笑う 怒る 恨む そして泣く
 もう戻れない 失った思い出
 静まりかえる 闇に取り残されて

 (これはクライ・ベイビーの歌詞とは関係ありません)

 ジャニスの最もいい味が出るのはブルース。生まれ故郷からルイジアナ・ミシシッピーといったデイープ・サウスの街道筋ではいつも流れていたメロディー。
 メンフィスからニューオリンズまで二人でヒッチ・ハイクで旅する明るい歌、ミー・アンド・ボビーマギーでお別れです。
 パーサーはジェット・ニシムロでした。
 それではまた、空の旅でお目にかかりましょう。

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逆転 江戸城総攻撃 後編

2021 SEP 27 0:00:26 am by 西牟呂 憲

 勝海舟が帰った後、西郷はしばし目を閉じて思料していた。
『夕餉の支度が整いもした』
 声がかかっても動かない。心配した側近の村田新八・中村半次郎らが傍らに来て聞いた。
『吉之助さぁ、どげしたとでごわすか』
 西郷はその声に即されるよう、カッと目を開き大声を発した。
『夜襲で来もす!勝先生の最期の言葉で分かりもした。戦支度せい。こっちから行きもんそ』
 そう言うと、飯椀にお茶をぶちかけ、グーッと一口で飲み込んでしまった。
 夜襲は静かに迅速を以て成すべし。しかしながら元々翌日の総攻撃に興奮して酒まで飲んだ官軍は笑う者・歌う者・大声で話す者でごったがえしていた。そこへ各小隊長の「非常呼集ー!」の声がかかると、一瞬静寂が流れた。
 大隊長の村田新八が訓示しようと壇上に登って各隊に対面したその刹那、「ドーン!」「ドーン!」「ドーン!」と立て続けに砲撃音の後、地響きとともに官軍本営に猛烈な火の手が上がった。
『しもた!一足おそか』
 西郷が叫んだ時には次々と被弾し、全軍が浮足立つ。
 西郷は薩摩人の気性を知り抜いている。劣勢に立つと人が変わったように腰砕けになることを。品川沖に停泊していた開陽丸以下、幕府艦隊の一斉砲撃である。開陽丸のクルップ砲の射程は4kmである。
 後ろから不意打ちをされた格好で、西郷は直ちに指示した。
『半次郎!先手をとられっした。反撃すっとじゃ』
『心得っごわす。小銃隊!オイに続けー!』
 半次郎は抜刀すると配下の小隊長を従え、未だに動きのない幕府側を見据えて進軍(というより切り込み)を開始した。既に戦場となっているのだ。
 前衛が幕軍の防衛線に突っ込んでいく。こうなったら静かにも何もない。一斉に鬨の声を上げた。対する幕府歩兵隊のシャスポー銃が火を噴き、半次郎の左右を駆けていた薩摩藩士がなぎ倒された。しかしそれしきのことでは怯まない。
『チェストー!』と独特の声を上げて敵陣に殺到すると手当たり次第に切りつけた。
 官軍の先鋒の多くは薩摩兵である。彼らの突進力は凄まじく、潮が引くように幕軍は後退していった。品川沖からの砲撃音は既に止んでいた。
 江戸城に構えていた慶喜の元に次々に伝令が来る。
『ご注進ー!申し上げます。敵はいよいよ新橋にまで迫りつつありー!』
 それを聞いた慶喜はニヤリと笑った。既に戦闘は3時間を超えている。
『よし。正面から来たな。高橋、遊撃隊を前進させよ。そして浜御殿の新徴組にもかからせよ』
 高橋とは幕末三舟(勝海舟・山岡鉄舟・高橋泥舟)と謳われた幕臣で、槍(忍心流)の達人である。いわば将軍の親衛隊ともいえる洋式陸軍の遊撃隊を率いていた。新徴組は清川八郎が集めた浪士隊の分派で、庄内藩預かりの江戸の治安部隊。あの清川八郎が浪士隊上洛後に江戸に下向した際、一緒に帰ってきた連中で、この時に京都に残ったのが新撰組だ。慶喜は勝機と見て虎の子の精鋭部隊を投入し背水の陣を敷いたことになる。
『上様、どちらへ』
『これより桜田門を出て直接指揮を執る。各々覚悟致せ』
 江戸城開闢以来、前代未聞の将軍出陣に一斉にほら貝が吹かれた。
 官軍にしてみれば、正確な砲撃を撃ちこまれたために敵陣に突撃すると、途端に歩兵部隊の一列横隊一斉射撃を浴びせられ、その侵攻は止まった。と、同時に新徴組に側面を突かれ、不意打ちを喰った。
『こいはまずか、ええい退け、戻るッと。吉之助さぁ守らんな』
 半次郎は官軍本営に駆け込んだ。
『吉之助さぁ、思いの外の押されっごわす。逃げったもんせ。オイは殿(しんがり)を務め、捨てがまりやいもす』
『半次郎。背後からも会津と桑名が寄せちょう。武州を西に上って土佐の迅衝隊と合流せい。ステがまりィ?くれぐれも早まんな』
 捨てがまり。古くから薩摩に伝わる退却の際の戦法である。十名程の決死隊が全滅するまで追っ手を食い止め、その隙に本隊が進むという十死零生の凄まじい戦法で、有名なのは関ケ原の家康本陣に切り込んだ後の撤退だ。その際は300人が80人に減って薩摩にたどり着く。
 半次郎の目の前に背の高い新徴組隊士が突っ込んできた。咄嗟に身を翻らせトンボの構えで対峙すると、敵は正眼に構えた。こんな所で切り合いをしている場合ではないが、ただならぬ殺気に思いきり打ち込んだが手ごたえがない。ヒラリと体を交わされ逆に胸元目がけての電光の突きが飛んできてそれを払った。腕が立つ、半次郎の血が騒いだ。
『おはん、かなりの腕と見た。尋常に勝負したかが今はちょっ手が離せん。あいすまんこつがここは一旦預けったもんせ。大将ば守らんならん。オイは薩摩藩士、中村半次郎ごわす。お名前聞かせたもんせ』
 この火急の際に豪胆というかムシがいいというか、あまりの滑稽さに隊士もつい笑ってしまったようだった。

中沢琴のものとされる写真

『新徴組、中沢琴』
『かたじけなか。これにてご免』
 半次郎は駆けだしながら、今の甲高い声に引っかかるものを感じた。
「あれはおごじょではなかか」
 中沢琴は新徴組に実態に在隊した美貌の女剣士だった。史実では新徴組の撤退に同行して庄内まで転戦、維新後は故郷の沼田に隠棲する。
 西郷を囲みつつ官軍の大部隊が敗走しているうちに夜が明けつつあった。半次郎は次々に捨てがまりを指名する。
『弥助、隼人、十郎、五郎丸、信吾、小隊連れて捨てがまりじゃ』
『承知ごわす』
 すべての薩摩武士はこの時のために胆力を練ったのであろう。嬉々として死地に赴く、笑みさえ浮かべて。
 夜が明け切ってしまうと視界が効くようになる。幕軍歩兵部隊は当面の敵が退きつつあるので休みだしたところ、一人の高級指揮官が現れて叱咤激励し始めた。
『一合戦終わったつもりなら心得違いじゃ。朝敵の汚名を着たままですむと思うのか。覇権は関東にありと知らしめい』
 各隊の指揮官が訝ってその声の先を見るや、飛び上がって土下座する。
『上様』
 各々仰天して身構えるが、声の主である慶喜はサッサと歩を進めつつ言い放った。
『余に続け』
 とんでもない事態になって全軍が慌てた。将軍は例のナポレオン三世から送られた洋装に身を固めている。総大将が護衛も付けずに行く後から勝海舟と山岡鉄舟が続く。「上様を先陣に立たすな!」と声を励ますと歩兵部隊は駆けだした。
 慶喜がハッと身構えて右半身になり「エイッ」と右手を振り下ろした。グァッ、と断末魔の声がして、黒い影がのけぞって倒れた。慶喜、得意の手裏剣が官軍の残兵のとどめを刺したのだ。
『見よ、未だ戦い成就せず』
 勝・山岡は真っ青になって歩兵隊を叱責した。
『馬鹿者!止めを刺さんかァ!』
 
 一方その頃、板橋の中山道で対峙していた官軍と幕府軍の戦闘の火蓋が切られた。夜明けとともに『バタリオーン!アルト!』とフランス語の号令がかかる。
 指揮を執るシャノワーヌ大尉に率いられ幕府・伝習隊が前進を開始した。シャノワーヌ大尉は幕府の招聘によりナポレオンⅢ世に派遣された軍事顧問団のリーダーで、後にフランスで陸軍大臣となる名将である。
 対する官軍の中心は長州の奇兵隊だ。こちらも士気は高く退くことなどあり得ない。ガチンコの激突となった。だが一つ違う所がある。伝習隊には新設の砲兵隊があったのだ。当時の日本には砲兵戦術はまだなく、固定させてぶっ放すだけだった。それを指導し率いるのはシャノワーヌ大尉の盟友ブリュネ大尉、こちらも後にシャノワーヌ陸軍大臣の元で陸軍参謀総長となるエリートである。
 ブリュネの指導は、初めは仰角45度で敵陣中央を砲撃し、次第に下げて前面近くを叩く。更に砲兵部隊を素早く前進させ、機動活用することによりダメージを拡大させるとともに、味方の歩兵の突撃には損傷を与えない、という近代用兵だ。そのためブリュネの部隊は重い青銅製四ポンド砲12門を運用する猛烈な訓練を受けていた。
 前進の号令のすぐ後に、そのブリュネ大尉の砲が一斉に火を噴いた。轟音とともに奇兵隊は砕かれ吹っ飛んだ。その後4門3組が仰角を変えて縦横無尽の砲撃で、そこら中を焼き尽くす。
 戦闘2時間、シャノワーヌ大尉は総大将の小栗に判断を仰いだ。
『コウヅケノスケサマ。ソウコウゲキデヨロシイデスカ』
『うむ。存分にかかれ』
 伝習隊の銃剣突撃が始まった。奇兵隊も必死の防御をするが後方は砲撃により潰されてしまい、とても持ちこたえられるものではない。押されてさらに砲撃の餌食になっていく。幕軍の完勝であった。

 江戸城本丸。集まった勝・山岡以下各方面の司令官・親藩大名、榎本海軍総裁等を前に慶喜は更なる命令を下した。依然洋装の軍服のままである。
『皆の者、よくやった。ご苦労であった』
『ははー』
『軍議である。さっさと面を上げよ。敗走した西郷や板垣はどうなった』
『いずれも相模まで下がっており、目下追討の追っ手を差し向けております』
 答えたのは勝海舟であった。
『手ぬるい!遊撃隊も向かわせよ。合わせてあの土方に追い詰めさせるのじゃ。必ず二人の首を我が前にならべよ。榎本はおるか』
『釜次郎、御前に』
『官軍主力は関東に出払って居る。艦隊は伝習隊とともに再び大阪湾に移動し、都を制圧する。今度こそにわか官軍の化けの皮を剥いでやる。尚会津中将と桑名定敬、江戸の守りを固めよ』
『上様、下阪の指揮はだれが』
『うつけものー!余が自ら帝に拝謁し、朝敵の汚名を晴らすのじゃ。公家どもめ。こちらも寛永寺におわす輪王寺宮法親王に御動座いただき、菊と葵の旗を掲げて下阪する。錦旗何するものぞ』
 官軍本隊はボロボロになり敗走。京都は主力が出払っている。開陽丸が大阪湾に着く頃には「幕軍優勢」の噂と共に日和見だった親藩は寝返って慶喜を先導するだろう。

 このまま日本を割った戦を続けるか、はたまた寸止めにして妥協をするのか。
 近代日本の夜明けは未だ遠く、行く末はそれぞれの胸先三寸にしか無いのだった。将軍慶喜・勝海舟・西郷隆盛の・・・明日はどっちだ!!!

 おしまい

逆転 江戸城総攻撃 前編

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逆転 江戸城総攻撃 前編

2021 SEP 24 0:00:06 am by 西牟呂 憲

 鳥羽・伏見での動乱の後、急遽江戸に帰ってきた徳川慶喜に、満面の怒りを込めて対峙しているのは勝海舟である、
『上様!何たる不始末!恐れながらこの勝、情けなさに腹も切れませぬ』
『やかましい!』
 凄まじい怒声に思わず顔を上げた。
『いいか、ここからが勝負じゃ。そんなに戦がしたければタダではすまぬということを思い知らせてやる。何のために幕府歩兵部隊を無傷で江戸に連れ帰ったと思うのじゃ。小栗上野介を呼べ。そしてそちは榎本の艦隊を品川沖に集結させろ。それからエゲレスのパークスとメリケンのハリスに話をして、今後の商いをエサに中立を約束させよ。覇権は関東に有り』
 勝は面食らった。意気消沈しているかと思った将軍慶喜は鬼の形相で言い放ったのだ。
『恐れながら。無傷の歩兵部隊とおっしゃいましたが、なぜ大阪城で籠城なさらなかったのでございましょうや』
『うつけ者!籠城すれば成程戦には負けないであろう。しかしどうする。その後上洛し御所に攻め込むのか。長州風情ではあるまいに、帝の庭先で暴れるつもりか』
『重ねて恐れながら。大阪城が炎上しても最後の一兵まで戦う、と仰せと聞きました』
『時間稼ぎじゃ。この江戸に先回りされたら我が方は後ろ盾を失う。薩長を上方に釘付けにするための方便に過ぎぬ。城受け取りはわが従兄弟、尾張慶勝。意は通じておる』
『恐れ入りましてござります』
『官軍は東海道・甲州街道・中山道を戦闘もなしに意気揚々と来るであろう。江戸府内に入る前に海と陸ですり潰してくれる。おォ、安房守(勝の事)。そこもと敵将西郷と親しかろう』
『ははー』
『山岡でも使って三田の薩摩屋敷までおびき寄せろ』
『といいますと』
『浜御殿(現在の浜離宮公園)から側面攻撃をかける。後ろからは品川沖に停泊させた榎本の幕府艦隊から砲撃する。その間、敵の敗走に備えて海路にて会津・桑名の精兵を移送し挟み撃ちにせよ。ただし外国人の居留する横浜は避ける』
『甲州街道・中山道からも押してきておりますが、いかがいたしましょう』
『甲州の方は街道沿いの諸隊をまとめ上げて甲府にて迎え撃て。官軍本隊はあくまで東海道を来る』
『そちらの指揮は』
『食い止めて膠着状態にしておけばいい。そうだな・・・。多摩か・・・・新選組を使え』
『局長の近藤は負傷しておりますが』
『副長の薄気味悪い男がいるじゃろう。確か多摩出身の』
『土方歳三でしょうや』
『そいつじゃ。そ奴にやらせよ。地の利にも明るかろう』
『中山道方面は』
『伝習歩兵隊四個大隊を小栗に指揮させ板橋にて迎え撃つ』
『すると品川・東海道筋は誰が指揮を執られますか』
 ここで将軍慶喜はニヤリと不敵な笑みを浮かべた
『余、自ら成敗してくれる』

 勝は内心とんでもないことになったと慌てた。実は京都で王政復古のクーデターまがいが起こって将軍を排除するとは思ってもみなかったのだ。西郷の野郎、本性をむき出しにしやがったな。本音を言えば国を割るような戦はしたくない。そのための大政奉還だったのをブチこわしやがった。上様も気が変わりやすいとは言えあれは本気だ。乗せると手がつけられねえから一戦交えなければ収まらないだろう。それにしても将軍自ら指揮を執るなど二代将軍秀忠公の大阪の陣以来絶えてなかったのだ。
 取り合えず小栗と土方を呼んだ。どちらも見るのも嫌な相手である。ただし身分が違い過ぎるので同席させられない。従って同じ話を二度もしなければならないのにうんざりさせられた。ちなみにこの日、勝は幕軍の大参謀という地位を与えられていた。
 呼び出された小栗・土方の二人は対照的な対応を見せた。小栗は三河以来の譜代の名門らしく厳かに言った。
『誠に良い死に場所を仰せつかまつり恐悦至極。必ずやその官軍を殲滅し、敵将の首を上様にご覧に入れて見せます』
 と、慶喜に拝謁した。
 土方の方は
『甲府の城の取り合いじゃ勝っても負けても犠牲が多い。取ったところで知れたもの。攻めて来るのは土佐の乾退助が率いる迅衝隊と聞き及びます。甲州街道は山間をうねるように走って小仏峠を下る。だだっ広い甲府の盆地でやりあうより狭い街道沿いでしつこく襲撃してやれば敵は細る一方で、武蔵の国に入る頃にゃ擦り減っているでしょう。そこを一気に潰します。ついては八王子の千人同心を手前の配下にお加えください。奴等は元はと言えば旧武田の遺臣達ですから今でも行き来があって街道を知り尽くしてます。そうですねえ、まず猿橋で、次は犬目。小仏峠でも仕掛けますかな、ふふふ』
 そう言うと笑みを浮かべてさっさと帰った。なるほど上様が薄気味悪いというのも尤もだと気分が悪くなった。
 さて西郷をおびき出すと言っても果たして乗ってくるのか。思案した挙句に江戸城大奥にいる天璋院の文と自筆の添え状を持たせて山岡鉄舟を官軍本営に行かせることとした。クソ度胸がなければつとまらない。念のためではあるが、江戸で散々火付け打ち壊しで暴れていた薩摩人、益満休之助を同行させた。自筆の添え状には『江戸開城につき相談の義これあり』とだけしたためている。
 官軍は既に駿府に進んで来ていた。
 そこへ「朝敵徳川慶喜家来、山岡鉄太郎まかり通る」との大音声を発っして馬上の武士が乗り込んできた。、兵士たちは今にも切りかかりそうであったが、先導する益満休之助を見て踏み止まる。益満は「西郷大参謀にお目通りを」と案内を請い面会が許された。西郷は江戸城引き渡し・将軍慶喜は備前藩に預ける、といった条件を出すとともに勝との面談は飲んだ。策士・勝の術中にはまった。

 かくして三田の薩摩藩邸で面談が成ったのである。山岡も同席している。西郷の後ろには村田新八・中村半次郎(のちの桐野利秋、この時点では人切り半次郎である)が控える。
『勝先生、お久しぶりでごわいもす』
『いや西郷さん、わざわざすまねェ』
『さて、いかな御用向きごわすか』
『まぁ、な。例の小御所会議じゃだいぶドスを効かせたらしいですな』
『おいは公家どんの議は好かんごわして』
『煮え切らない連中に「短刀一本でカタがつく」と脅しあげたと聞きましたが。まあいいや。しかしいきなり政りごとをもぎとるのも荒っぽかあねえでんしょうが』
『そいならなして慶喜公は幕府軍を上洛させようとしもした』
『ありゃ呼ばれたんで行っただけですぜ。それをいきなり発砲したのはお前さんの薩摩兵だそうじゃねえですか』
『錦旗に向って進軍されたら守らにゃ仕方あいもはん』
『さてさて、山岡に寄越したあの条件はひどすぎる。飲めなきゃ江戸を焼き払うってんですか』
『そちら次第ごわす』
『なあ、西郷さん。日本の中でいがみあってるご時世じゃねえのはお互い承知でしょう』
『勝先生、先生は油断ならんお人ゆえ、そのまま伺ってはこっちがあぶのうごわす』
『策も何も、あんなに上様を煽っちゃオレもどうしようもねぇ。こうしている間にも開陽丸は目と鼻の先に錨を下ろしてるんですぜ』
『脅すつもりごわすか。帝に弓を引かるっと』
『そんな気はさらさらねえよ。脅すつもりならとっくにこの山岡が抜きますぜ・・・・マッよーく分かった。この足で上様にかけあってくらぁ』
『山岡さあが抜くならば、ここにいる半次郎がだまっておいもはん。いずれんせよ、そいは宣しく頼みもす』
『お互い達者でな』
『勝先生もくれぐれも』
『今年の春は夜がやけに蒸していけねえ、寝冷えしねえように』
 互いに暫く無言で見つめ合った。

 甲州街道ではしきりに土方のゲリラ戦が展開されていた。何しろ勝沼宿を過ぎると狭い山間の街道のため、総勢千人近くの迅衝隊は長く伸び切ってしまう。編成は15小隊・砲隊・本営・病院・鉄砲隊・輜重隊と近代的な軍である。街道は整備されておらず進軍は平地の倍はかかった。
 なお、乾退助は甲斐入国に当たって、先祖である武田の旧臣、板垣信方(武田四天王の一人)の姓に改め、板垣退助となっていた。
 土方は配下の小隊を猟師道を使って山中に忍ばせ、しきりにゲリラ攻撃を仕掛けていた。それも鉄砲を打ちかけると一斉に引き上げて深追いしない。初狩(はつかり)では先頭で例の「宮さん宮さん」のメロディーを奏でる隊列を崩し鉄砲隊を粉砕。猿橋では最後尾の兵糧部隊を谷底に葬った。そして犬目(いぬめ)宿で宿営する迅衝隊に夜襲をかける。この時は新選組を率いて自ら切り込み『新選組副長、土方歳三である』と怒鳴り上げて姿を消した。土佐浪人には新選組に切られた者も多い。あからさまな威嚇に隊士は震えあがった。迅衝隊の指揮官は赤熊(しゃぐま。歌舞伎の連獅子のような赤い被り物)を付けていたため遠目にも目立ち、格好の標的になったのだった。
 そして、その頃には板垣の耳にも敵が新選組の土方だということは伝わってきていた。当時は龍馬と中岡慎太郎を切ったのは新選組だと思われていたのでその名を聞いて激高する。おのれ、かたきを取ってやる、と。
 勝・西郷の会談が行われる7日前。迅衝隊が駒木野(現在の京王線高尾駅のあたり)を過ぎると一気に視界が開け武蔵野が広がるが、板垣は周りを警戒した。土方のことだ、必ず包囲戦の仕掛けをしているに違いない。大砲隊が山肌を下るのを待って、ジリジリと進んだ。時刻は午後の2時頃になった。
 すると、八王子宿の街あたりに急ごしらえの幕軍の防衛線が目に入った。左右には敵はいない。板垣はなお慎重に大砲を前面に曳いて据え付けると、轟音とともに前衛を吹っ飛ばした。
 幕軍も一斉に射撃を開始して戦場は膠着する。板垣は小軍監(副隊長格)の谷干城(たにたてき)を呼んだ。
『谷。あん中にゃあの土方がおるはずぜよ。何か策を講じてるろう。おまんチクと手勢を連れてあの開けている右へ進んでみい。仕掛けがあるはず』
『心得た』
 谷は向かって右側に続く丘陵沿いに侵攻した。不思議なことに敵陣が丸見えなのだが、その防御は扇形に薄く広がっているように見え、橋頭保が築かれていない。妙だな、と思いつつ部隊をその扇の要のあたりに向って進めた。
 すると、今までは小銃の射撃のみであった幕軍から、おそらく四ポンド山砲と思われる砲撃音が3発轟いた。その音に反応するかのように一斉に退却が始まった。谷は益々違和感を覚え本営の板垣に『不審の動き也』と伝令を走らせるが、既に官軍は突撃が始まってしまった。板垣が総攻撃命令を下したのだった。
 ところが前衛が突っ込んで行くのだが、未だ後方の狭隘地にひしめいている後続部隊がにわかに乱れた。通常は最前線を押し上げるように進むはずが、バラバラになってしまっている。右翼方面に展開していた谷の元にも伝令が転がり込んできた。
『大変ぜよ。突如背後から襲撃されちょるきに』
『なにー!いかん、取って返すぞ。仕掛けは後方じゃった!』
 一隊を率いて急遽駆け出し、本体の混乱を目の当たりにした谷は信じられない物を見た。

 赤地の段だら模様に『誠』の染め抜き。泣く子も黙る新選組の隊旗である。
『なんじゃとー!どこに潜んじょった。いかんぜよ、しかも前が飛び出して追われる格好の挟み撃ちじゃ』
 谷は配下の者達を率いて新選組に突っ込んでいった。既に述べたようにこの時点では龍馬の仇だ。今日では見廻組の暗殺だったことが定説である。谷は突進しながら土方を探した。ところが近づいても誰もあの羽織を着ていない。あの浅葱の段だら模様の羽織だ。土方、どこにいる、と戦闘に駆け寄る、もちろん抜刀した。白兵戦になってしまうと味方を撃ってしまうので銃は使えない。迅衝隊は異変に気がついても前線の鉄砲隊を向けることができないのだ。
 混乱の極みになっているところに駆けつけた谷は、真ん中で剛剣をふるっている洋装の士官に目を止めた。あれが土方に違いない。切りかかる迅衝隊士を払いながら「切り飛ばせーい」と声をかけていた。カタキを取るぞ、と力を込めた刹那、今度は前衛の方から鬨の声が上がった。
 今までジリジリと後退を続けていた幕軍が突如反撃に転じたのだった。初めから3段構えの塹壕を掘り、3段目に本隊となる八王子千人同心の主力を潜ませていた。地域を知り尽くした土方ならではの『三枚突き通しの陣』である。
 前面を持ち堪えられなくなった迅衝隊は敗走を始める。混乱の中、板垣は谷と偶然出会い、取り急ぎ撤退の方針を固め、川に沿って相模方面に落ちることとした。
 戦況は逆転した。後を追おうとする新選組隊士や千人同心を止めて土方は言うのだった。
『クククッ、津久井を抜けて東海道筋まで行き、どこかで官軍本隊に追い付こうとしてるぜ。そうはさせるかよ。新選組、一息入れたらオレに付いて来い。ゆっくり行くぞ。ただしやつらは休ませない、眠らせない、食わせない。深追いせずに動きが止まった時だけ撃ちかけ切り込んで少しづつ追い込んでやる。2日もあればバラバラになるさ。千人同心諸君、すまんが多少の人数を割いて2日程の食いものを準備し後を追ってくれ。面白くなるぜー』
 隊士も同心も底知れぬ不気味さを感じて引きつった。しかし、この男についていけば負けない、とも強く思った。

つづく

逆転 江戸城総攻撃 後編

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門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし

2021 SEP 20 10:10:16 am by 西牟呂 憲

 このゴロのよい軽快な響きは前から知っていたが、庶民のざれ歌と思っていた。ところがれっきとした高僧の作だと最近知って無知を恥じた。狂雲子、瞎驢(かつろ)、夢閨(むけい)、いずれもその人物の号、後小松天皇の落胤と伝わる一休宗純、一休さんのものだ。斜に構え、世の中をしゃれのめす姿勢があってワサビが効いている。
 ところが大変な秀才で、以下の少年時代の漢詩を読んで三嘆した。

 秋荒長信美人吟  秋荒(しゅうこう)の長信(ちょうしん) 美人吟ず       
 経路無媒上苑陰  経路 媒無くして上苑陰たり    
 栄辱悲歓目前事  栄辱(えいじょく) 悲歓 目前の事 
 君恩浅処草方深  君恩 浅き処 草 方(まさに)深し
  
 これ、漢の王将君を題材にした13才で吟じた七言絶句だが、韻の踏み方など13才とは思えない。そしで古典を自在に読みこなしていたことにも舌を巻く。
 どうやら母親が南朝方(一説によると楠木正成の孫)だったため足利義満・義持の時代では親王にはなれずに6才から安国寺で育ったという。次は15の年の七言絶句。

 吟行客袖幾詩情  吟行の客袖(かくしゅう) 幾ばくの詩情
 開落百花天地清  百花 開落(かいらく)して天地清し
 枕上春風寝耶寤  枕上の春風 寝いたるか 寤めたるか 
 一場春夢不分明  一場の春夢 分明(ぶんめい)ならず 

 うーん、唸らせる。早熟の鮮やかな切れ味を感じる。『寤(さめる)』という漢字はこの詩を読むまで知らなかった。
 二十歳を過ぎた頃。師匠の死にあたり石山観音に籠ってみるが、悟りを得られずに川に身を投げようとする。早熟型にありがちな死への衝動だろう。
 22才頃、ある公案(仏僧からの問)にこう答えた。
「有漏路(うろぢ)より無漏路(むろぢ)へ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」
 煩悩から悟りへのプロセスを何気なく答えて、お見事の一言に尽きる。これによって一休さんになった。
 そして30才になる前に大徳寺での修行中、夜中にカラスの声を聴いて悟ったとか。このあたりからおかしくなる。そもそも夜にカラスが鳴くか?まあいいや、

54才だったとか

 イカレポンチな恰好をしたり奇怪な言動で世間をおちょくり出した。
 この絵で傍らにあるのは朱鞘の大太刀だが中身は木刀だったとか。
 本願寺中興の人である蓮如上人とは親しかったようで、蓮如の持念仏の阿弥陀如来像を枕に昼寝をする。あるいは正月、竹にドクロを括りつけて「ご用心、ご用心」と練り歩いたり、やりたい放題。頭蓋骨なんてどこから調達してきたのか。
 一応、大徳寺や京田辺で荒れ果てた妙勝寺の再興をするといった仕事はしている。おそらく当時の人達は皇胤であることを知っていて、好きにさせていたのだろう。
 時代もよかったはずだ。ちょっと前だったら後醍醐天皇とバサラの化け物達がウジャウジャと戦乱に明け暮れて、都もしばしば戦乱に巻き込まれていた。坊主稼業で奇行を繰り返すことなど不可能だ。義満時代に世の中が少し安定してきたので大目に見られたのだろう。但し、晩年には応仁の乱が起きて、足利幕府も相次ぐ内紛により安定しなくなるが。
 飲酒・肉食・女犯と何でもござれで遊びまくった後、80才近くなって森侍者(しんじしゃ)という正体不明の盲目の旅芸人を愛人にしている。
 いずれにせよ、時の帝とも庶民とも親しく付き合い愛されたため、江戸時代に『一休頓智話』が創られた(内容はほとんど創作にせよ)。

 その後も日本史では平和が続くとコノテのイカレポンチがしばしば現れる。激しい混乱の時代がある程度安定してくる・有産階級が十分に形成される、するとかつての上流からスネたりヒネたりした者が、歌舞音曲・詩文などの才をもって社会を笑いのめしたり驚かせたり。
 お江戸の傾奇者とか明治の旧幕臣などにその痕跡が感じられるが、戦後はどうか。
 かなり飛躍するかもしれないが、安藤組の安藤昇とか加納貢と言った愚連隊にその系譜を感じたりもする。
 フーテンや全学連の闘士とかのその後はどうか。。
 しかし圧倒的な才能とイカレ趣味で言えば三島由紀夫だろう、最期が最期だけに。
 翻って令和の今日ではどうか。数多いたIT長者やホリエモンにもっとやって欲しかったが、欲が深すぎて別の方に行ってしまった。
 落合陽一あたりが弾けてくれないかな。
 僕がやると、どうもねぇ。一休語録をパロってはみたが。

『冥土への 旅の足しにと野良仕事 ナスとキュウリに ポテトじゃだめか』
『こりゃ仏 アラー キリスト 八幡に 如来 菩薩 も みなおなじだろ』
『酒に酔い 歌い 笑って 食って 寝て 遊び疲れて 書にも親しむ』
『膵臓炎 高脂血症 大腸癌 もっとキツいは 二日酔い也』

 うーん。まだだな。

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僕のリベンジ

2021 SEP 12 14:14:40 pm by 西牟呂 憲

 SMCの読者の皆様、お久しぶりです。私はニシムロさんに騙され続け、相変わらずつらい人生を送っているバラベ・ユズルです。覚えていらっしゃいますか。僕に精神的な問題があることを見抜いた、あの悪魔のようなニシムロさんは、初めは親切そうに山荘での寝泊まりを許し、僕にブログのスペースを貸してやるから少し文章を書いてみては、と勧めました。
 今から考えると、僕を笑い者にするためだったのですが、僕のブログが多少読者の共感を得たことに嫉妬してパスワードを変えてイジワルをしました。でも僕のIT能力は高いので簡単に見破ってあの人の悪口を書きました。
 すると今度は何故か町での仕事を紹介してくれたのです。しかし、その仕事のためだと言いつつ僕をさんざん調子に乗せた後、いやがらせをして僕をひどく落ち込ませました。
 そして、遂にあの人はそのことをブログに書き、僕の社会的生命を抹殺しようとさえしました。

虚数人間だった


 そうです、僕はここに書かれたバラベ・ユズル本人です。ニシムロさんはこのブログによって私を引きずり出し、いいようにコキ使い、ピンハネまでしたことを明らかにしました。何という卑劣な人間でしょう。
 それだけではありません。手の込んだことに仲間と一緒になって僕に恥をかかせ、笑いものにするためだけに野球チームに引きずり込むようなことすらしたこともあります。

ブログ・スペースを借りました キャッチャー・イン・ザ・ライ


 僕は密かに復讐を誓い、山荘を飛び出し家出したのです。もっとも僕の家ではありませんから家出ではなく、退去したことになります。僕にしては珍しいことに(というか生まれて初めて?)計画というものを立てました。まず、誰にも気兼ねなく、ただで住める場所を確保するのです。それはこの喜寿庵からそう遠くもなく、人目にもつかず、雨風がしのげる所です。そのため物置の奥の方で捨てられていた簡易テントをかっぱらいました。あの人の今までの僕に対する仕打ちから見てこれくらいの対価は当然です。

僕の新居

 というのも、格好の避難先が見つかったからです。私は知らなかったのですが、やはりコロナ禍のせいでしょうか、最近『一人キャンプ』なるものが流行っているそうで、そのためのキャンプ場があったのです。そこは渓流のほとりの美しい景色で、ここ辺りは鮎釣りが盛んですからそういうお客さんも多いようです。
 受付という事務所があってそこに行くと美人のオバサンが暇そうにしていました。
『こんにちは』
 とあいさつすると、親切そうな返事があって少し世間話をしたのです。何とオバサンはここのオーナーで、土地が遊んでいるのがもったいないとそそのかされてキャンプ場を始めたそうですが、平日はヒマでしょうがない、この年では草刈りとか掃除もキツイ、とこぼすのです。で、結論からいうと僕はそこの住み込みの管理人になったのです。
 面白いことに、宣伝も看板も出さず、ネットで前払いのお客さんだけをお客さんにしているので現金は置いていないそうです。だから僕のような風来坊でも安心だ、とのことで、ただで住んで就職までできたわけです。
 あの悪魔ニシムロさんにこき使われピンハネされていた時よりも収入が増えました。ザマーミロ!
 そして、じっくりと作戦を練りました。
 あの人は土日にこちらに来ることが多い。従ってウィークデイの喜寿庵は無人です。でも僕は犯罪者ではないので(テントは報酬としてかっぱらいましたが)おカネを盗んだりはしません。しかし忍び込む込み、いやがらせくらいはできるはずです。ただ、大っぴらに門を乗り越えたり夜中にウロウロして不審者と疑われてはマズい。

崖の下から

 それがある日、キャンプ場から川沿いに下って行った時のことです。
 川の淵で魚を見つけて遊んでいて、フト崖の上を見上げると、そこは喜寿庵の真下でした。写真は小さくて分からないかも知れませんが、左右の樹木の切れ間に母屋の屋根が見えました。
 そこには道などありませんが、探検でもする気分でワクワクしながら登っていきました。
 するとやはり喜寿庵の畑、通称ネイチャー・ファームに上がれることがわかりました。ヨーシ、これで人目を気にせず真っ昼間に自由に出入りが可能です。但し、かなり険しい崖のために夜は無理でしょう。あの人は夜中に庭のチェアでお酒を飲みながら夜空を見上げていることが多いのでオバケのフリをして脅かす、とか花火を投げこむ、ということを考えました。しかし逃げられないので僕の正体がバレるおそれがあるのでダメです。
 何かアッと言わせられないか、あれこれ考えながら某日(金曜日)忍び込んでみました。
 すると、芝生に小枝が散らばっています。風で折れて飛んできたのでしょう。

 ある考えが浮かんだので、小枝を並べて写真のように置いてみます。
 オォ!明日の朝、喜寿庵にきて庭を見た時にこの不吉な配列。あの鈍感で傍若無人なあの人も、さぞびっくりし自然の怒りに触れたかと怯えるに違いありません。我ながら素晴らしいアイデアに満足しました。
 そして帰り際にはあの人が育てているナスとピーマンももぎ取って帰ったのです。
 しかし、テントに戻ってみると、僕は包丁もフライパンもお鍋も持っていない。ナマでかじってみても不味いだけです。結局持て余したので、受付にいるオーナーのオバサンにあげました。オバサンは喜んでくれたのですが、『あれまあ、こんな立派なナスやピーマンをくれるの。あんたどこから採って来たんだい』等と質問され、仕方なく買い過ぎて余ったので、としておきました。アブナイアブナイ、秘密のリベンジ作戦を知られる訳にはいきません。
  翌日散歩に行って喜寿庵を遠くから見ると、あの人の車がありました。今朝はどんな顔をしたかと思うと無性に嬉しくなり、来週はどんな文字を置いてやろうかとその晩から色々と考えました。『悲』とか『怒』とか『愚』といった漢字を、実際に枝をならべてみましたが、どうも画数の多いとダメです。さあ、一週間考えましょう。
 そして週末を迎えました。金曜日にセッセと崖を登っていきます。ネイチャー・ファームにはまた新しいピーマンができていました、ナスはまだ小さいか。庭を覗くとうまい具合にまた小枝が固まっているではないですか。近寄ってみると、アーッ!

アーッ!

 暫く固まってしまいました。というか怖くなったのです。慌てて逃げ出しました。
 あの人は、もしかしたら僕が侵入したことに気が付いているかも知れません。
 そして僕にまたひどいことをしようと企んでいるのではないか。
 なんて残酷で薄情で卑劣な悪魔でしょう。
 僕は再びあの人のブログに忍び込んであの人の悪事を告発します!

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解散総選挙上等

2021 SEP 3 0:00:52 am by 西牟呂 憲

 コロナ患者の皆さんの不幸はお気の毒としか言いようがない。ましてや亡くなった方には心より哀悼の意を捧げたい。
 コロナ禍はまだまだ1年くらいは手を変え品を変え襲ってくるだろう。新たな株も出現してワクチン効果も危うくなるかも知れない。
 とにかく誰も予想できない厄災であり、専門家も研究者も『コレ』と言った決め手が手品のように出てくるはずもない。国家レベルでできることなど知れていると思っているからひたすら自粛・防衛に努める他にはない。鎖国でもしますか?ワクチン打ちたくない人もいるんでしょ?どうぞ。
 この期に及んで自粛疲れしたと路上飲みだ、風俗通いだ、闇営業のホストクラブだ(驚くほどやっている)、そういう輩は覚悟の上なんだろう、放っておいてもいいくらいだ。そしてそういうことに気を付けている真面目な人々でさえも罹ってしまうのがパンデミックなのだ。
 従って、ワクチン投与が遅れ気味だったきらいはあるとは言え、その他先進国に比べて政府の対応が極端に見劣りするとも思えない。この状況下でオリンピックを成功させたではないか。目下のパラリンピックも連日感動を与えてくれる。日本でしかできなかったことだろう。むしろ医療支援の不備は行政の首長や医師会の非協力の方が罪深いと考える。現場は必死に戦っているのだ。若者向け接種の会場の混乱を身よ。
 こんな時期に選挙など、とさんざん叩かれて菅総理は言い出した解散を引っ込めたようだが、確かにやれば負けるかもだろう。いい例が横浜市長選挙だ。コロナ対策が争点まがいの印象を与えて、事もあろうに研究者先生を担いだ立民が勝ってしまった。市長を変えればコロナが収まるとでも思ったか。都知事だって何ら手を打てないのに支持率が下がるのは菅総理だけというのも頷けようというもので、根っからの保守派である筆者はあまりの短絡的な投票行動に驚いた。
 あんなに一生懸命やっている大阪で感染者が新記録になり、名古屋は市長が感染。誰がどこでやっても同じではないか。
 すると総裁選なんかやらなくてもいいとさえ思える。しかしどうしてもやるらしいから、内閣改造・総選挙何でもあり。
 SMCブログ発起人の東 兄の興味深い考察に刺激されたので、筆者も考えた。
 改造幹事長は石破ではないか。下手に総裁選に出られたら面倒だし、石破は地方票に強い。これを取り込んでおけば一石二鳥。
 岸田も優秀なのだろうが(コロナ対策は誰がやっても同じの前提で)、この派閥は伝統的に半島と大陸に甘い。谷垣元総裁がいい例だから保守派はチト困る。河野はパフォーマンスだけだから外務大臣。アフガンに自衛隊機を派遣するタイミングを逸し、日本人一人しか撤収できなかったことに外務省の無作為と危機感の無さを感じた。アイツなら目立つことはなんでもやる。そしてこの際、河野の親分でツベコベうるさい麻生を交代させる。
 聞くところによれば、総理は何でも自分でやらないと気が済まないらしい。その力の源泉は「ゴリ押し」と「役人首切り」だそうだから、大臣はやや若手の小物ばかりを並べる、第一時安倍内閣の「お友達」ではなく「家来達」。
 官房長官は進次郎あたりで軽量感を醸し出す。
 『政界ぬらりひょん』二階幹事長もおっぽり出したのはデキ・レース、という解釈は恐らく見立て通りだから、総理の足を引っ張らない。直前に名指しで批判した岸田の肩を持つはずもない。
 そして石破幹事長の元で『やっぱり信を問う』と選挙をブチ上げればいい。菅総理の元では選挙を戦えない、と弱音を吐いたのは魔の3回生クラスだから、いなくなっても構わない。そりゃ負けるんだから政権運営は大変になるが、そんときゃ国民民主も維新も取り込んでしまえば何とかなる。
 そもそもコロナ・コロナで菅総理は政治も外交もやっていない。いや、危機管理が一番大切な政治ではあるが、全段で述べた通りこれ以上のことは誰にも望めない。
 考えようによっては、この厄災のゴタゴタを最後までやってもらい、保守派が期待するのは安倍再・再登板だろう。その時また官房長官やったら。
 よし、選挙だ。

 ナーンチャッテ、筆者の政局予想は過去一度も当たったことがありません。 

 自分のことは自分で硬く守りましょう。繰り返し、コロナ患者の皆さんの早期回復を祈り、亡くなった方には心より哀悼の意を捧げます。最前線の医療従事者の懸命な奮闘に敬意を払うとともに感謝申し上げます。
 ところで、最近の中国は感染者を完全に抑え込んでいるように見える。変異株もあの発祥の地から出ないのも何となく・・・。ウィルス兵器だと考えると納得がいく所以ですな。

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