Sonar Members Club No.36

Since July 2013

マーシー・マーシー・マーシー

2026 AUG 1 0:00:29 am by 西 牟呂雄

 僕がこの曲に初めて魅せられたのは今から半世紀以上前、クラブがまだディスコと言われていたころの大昔の話。新宿にサンダー・バードというバンドの入る店があって、グームが去ったグループ・サウンズ崩れが演奏していた。
 ある時、寺内タケシが作ったバニーズというバンドが(寺内タケシは抜けていたが)アップ・テンポでこの曲を演奏し、その迫力に踊りを忘れて聞きほれた。その後レコードを探したところ、実はジャズのインストロ・メンタルでヴォーカルは後付けの曲だとわかった。バニーズの音源はいくら探してももうない(あったら教えてください)。ノリが近い画像を検索すると、こんな感じ。

 そこで仲良しのスティックの魔術師、大井貴司さんに遊びでリクエストしたところ、やってくれた。
 リズムはオリジナルよりもずっと遅くして始まったところ、ブルージー!参った。

 この人は頭の中に変換可能な自動メトロノームでもあって、どんなテンポでも自由自在、天馬空を征く感じで演奏します。カルテットの場合はやはりバンマスの意向が染み渡った時に一種の陶酔が訪れる。
 この味はジャズに限る。高度に様式美が完成しているシンフォニーなんかに極端なリズムのアレンジを持ち込んでも逆にマヌケ感が漂うに違いない。磨き抜かれた作品の意志というものがあって、それの解釈は優れてもっと繊細かつ微妙な手心が加わる。もともとジャズははるかに単純なコード進行にアドリヴを聞かせるのが真骨頂なのだから。
 それにしてもこのプレイ、泥酔するたびに寝る前に聞きたくなる味だ。
 マーシー・マーシー・マーシー
 慈悲を!お慈悲を!お恵みを!

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ビブラフォンの誘惑

ユーモアの消える日

2026 JUL 24 0:00:39 am by 西 牟呂雄

 それにしても、である。お気楽な僕でさえ問いに空しくなる。『法の秩序』も何も、いきなりぶっ放して『お前が悪い』はなかろうに。もう何があってもおかしくなくなった。
 よしんば、某国が核放棄をして後世評価されるかもしれないが、どのみち核の打ち合いなんぞ起こりえないのは常識だろう、外れたら人類滅亡。それが敵対国の指導者をいきなり空爆するなんて冗談にも程がある。あれはほどんどガイキチの領域に達したネタ〇〇〇に強請られたとしか思えない。〇-チンも完全に『仁義なき戦い』化して、筆者程度の情報量ではもはや正当性の判断はつかない。その二人が電話で90分も会話したと言ったって何を話したというのか。案外ゼレン〇キーや習近〇の悪口で盛り上がったのだろう。

 ところで日本は保守化したのか?筆者の考えは『否』である。普通になっただけだ。それも周りがみんな狂ったから少しマトモになっただけ。冷静になってくれ。
 皇室典範改正だろうが憲法改正だろうが、反対意見はいくらでもあるじゃないか。これが活字に、いや、ネットで目に付くうちは大丈夫。SNSでバカな話が飛び交っているなんて平和そのもの。
 大国の指導者が集団発狂したように戦争をやっている今は、そういう強権国が悪口をガナりたてている国がマトモとさえ言える。そう考えれば隣の国が必死になって軍国化に警鐘を鳴らしてくれる我が国が世界で一番普通な国に違いない。
 ところがその我が国では国会議員が週刊誌ネタを元に質問する光景がテレビに映される有様。そういうのはオールド・メディアかせいぜいブラック・ジャーナリズムが囃し立てりゃいいものを、税金使って延々と中継するどこが熟議だ。恥ずかしくないのか。

 大きな物語が終わる時はそういう時期があるとすると、過去のそういった光景はどうだったのか。それは情報がフェイクも含めて過剰になり、人々が一斉に煽り立てて不安に陥り、社会の構造が個人の思考する力を奪い去ってしまう時代、具体的には真珠湾直前の日本、文革時の中国、ナチが台頭したヨーロッパ・・・、そして今の分断されたアメリカ。共通する特徴を一言で済ませれば、教養とユーモアが消えてしまう。
 チャールズ国王は米議会演説で”As Oscar Wilde said, ‘We have really everything in common with America nowadays except, of course, language.’とやって受けた。議場で笑いがこぼれていたが、これが通じなくなったら本当にアメリカは終る。トランプは大統領でいることがジョークにせよ笑えないし。

ところでチャールズ国王のやつは英語圏では有名なジョークらしいが、我々日本人が使えるとしたらどうだろう。『ご存じのとおり、貴国(英国)と我が国はお茶を嗜む文化は共通のものです、紅と緑の違いを除いては』うーん、つまらない。
 いずれにせよこういったユーモアが無くなったら、僕は保守派の看板を下ろして言うだろう『日の丸が泣いているぞ』とね。 

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破れかぶれ! 日本ハムファイターズ

2026 JUL 14 21:21:31 pm by 西 牟呂雄

 NBP史上初!水谷・水野・レイエス・万波と先頭打者から4番までの連続ホームランとは恐れ入った。投げてはズラリと左を並べた打線を何と有原が抑えて(1発は浴びたが)100勝目を飾ってオリックスを3タテで勢いに乗った。
 tと、思いきや最下位の楽天相手にエースの伊藤を見殺しにして0-8の完封負け。翌日もマエケンにあわやの0敗寸前。3試合目にやっと勝ったが、これまた野村・清宮の連続H・Rで勝ったようなもの。要するに一発で勝ちを拾うだけ、監督は仕事がないね。
 ロッテにはグランド・スラム含め3発喰って北山が沈没。北山はエラーを二つもやらかすヘマで自滅だよ。で、翌日は7-2で勝つには勝ったが、得点は全てホーム・ラン。万波・吉田の連発(吉田はこの試合2本)は見事ではあるものの、これも監督力は関係ない。
 こういう大味な試合は好きだが、勝てば次は0封だから心安らかでない。そしてこの傾向はだんだんひどくなり、西武にはエース伊藤が試合を造っても一発が出ず1-2で負け、翌日は宮崎・水野の連発が効いて2-8で勝ち。その次はピッチャー総崩れで3発あびて1-12の負け。ピッチャーの変え時もクソも、無能な武田ピッチング・コーチは腹を切ったらどうなんだ。バッティングの横尾コーチだってヤバいよ。要するに相手のピッチャーがいい時は何もできず、多少つけ込むスキができると勝手にボカスカとH・Rを量産する。即ち戦略も戦術もない頭の悪い怪獣みたいなもんで、監督もコーチもプロのマネジメントを成していないではないか。だんだん腹が立ってきた!
 だが待てよ。乱闘最強だった東映フライヤーズや作戦皆無の日拓ホーム・フライヤーズが前身で、大沢親分のテキトー野球を愛すればこそのファンだった。それが国立大学出身(学芸大)で選手引退後には白鷗大学教授となっていた栗山監督時代の方が異質だったと言えよう。ダルビッシュや大谷がいたスマートなカラーになった等と迂闊にも勘違いしていたのかもしれない。
 そうか、ほったらかして打線に火が付くのを待っていればいいのだ。そして打ち出したらイケイケ・ドンドンのお祭り野球を楽しめばいい。

 フト気が付けばドンケツだったスタートが今はなぜかリーグ3位、みんな苦労してるなぁ。えっ首位と4ゲーム差?そして首位は2年連続C・Sで蹴飛ばされた宿敵ホークスだ。今日からオール・スター前の最後の3連戦とは・・・。
 ここで思い出さなくてもいい過去の実績を見てしまった。1勝8敗、何の数字か。これは去年のオールスター以後8月下旬までの対ホークスの戦績だ。今年は開幕以来1勝10敗!くどいようだが今年の予言で12敗までは覚悟していたものの、この3連戦が優勝の最期のチャンスとも言える。
 もはや何も言うことはない。お前らが脳みそが無いことは良く分かったから、これから3日間ただのお祭り野球をやれ。この期に及んで秘策もない。C・Sへの、いや優勝への最後のチャンスだ。
 破れかぶれのお祭り気分でエスコンのデー・ゲーム、相手は上沢でわが軍は北山。
 北山は初っ端からピンチを迎えるが周東・栗原・槇原は三振。3回も危うく切り抜けた、ふゥ。
 4回、レイエスが出て満塁まで攻め立てたが得点には至らない。そしてついに正木に一発浴びた、イヤ~な予感。
 新庄監督は必死に代打を繰り出すが全部だめ。小久保監督の柳町は見事に的中。水野!お前のファンブルが負けを呼んだ、死んで詫びろ、この大バカ野郎!
 9回でしばらく失神していたら、裏の清宮の余計なホーム・ランは見なかった。この下手ども。11敗目でもう後が無いんだぞ。

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贋作 ジェット・ストリーム ライブほのぼの編

2026 JUL 9 20:20:07 pm by 西 牟呂雄

 ーエデンの東 インストゥルメンタル が流れるー

 皆様、やっとお会いできました
 ライヴにも様々なスタイルがあります
 野外の大会場で数万人に向けて
 スタジオで数人を相手に
 ストリートでほのぼのと
 いずれにせよ その場の観客の
 参加しているという”気”が
 エネルキーとなって盛り上がります
 どうぞ ”気” を受け止めてください 

ジョニ・ミッチェルの美しい歌声です

いかないでください
どこへもいかないで
ここにいてください
もっときかせてください
もっとはなしてください
わかっています ときがきたことは
ですが わたしにできることもないのです
ただ ただ もうすこし もうすこし
このともしびが つきるときまで



影ができるような 満月の下で
笑顔の貴方は 急に駆け出した
風も熱いこの浜辺で 振り返りもしない
長い髪が左右に揺れて 星がまたたく
そっちに行っちゃ危ないよ 星空に溶けちゃうよ

お次はマンネリのカリスマ J・Bの初期の映像
倒れるパフォーマンスからマントを持ってくる人も 2006年の亡くなる直前のライブまで全く変わりませんでした
没後20年が過ぎました

ーミスター・ロンリーが流れてくるー

 皆様お愉しみ頂けましたでしょうか
 マンネリのカリスマとは口が滑りました
 『天使にラヴソングを』でウーピー・ゴールドバーグが
 真似をして受けていたのをご記憶でしょうか
 最後はほのぼのと
 CSN&Yの曲で
 また、空の旅でお会いしましょう
 お相手はパーサーのジェット・ニシでした

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『言葉』は言葉であって真実ではない Ⅲ

2026 JUL 1 9:09:09 am by 西 牟呂雄

 『私とはどういった人間か』といった問いに対して明確に答えられる人はいますか?
 或いは自身で『本当の私は』と語る時に明確な言葉を持っているだろうか?自分探しの旅、などという全くの無駄が流行った時代もあったが、その旅に出て本当の自分に出会った者など聞いたことがない。

 話は飛ぶが、現代文のテストで例文が提示され、『この時の作者の気持ちを次の「アイウエオ」のうちから選べ』という設問があった。大体5択で3つくらいはトンチンカンなものだが、2つは引っかけだったりこれもありかなという仕掛けで苦しんだ。そしてこういう設問が大嫌いだった。そもそも作者に正解を訪ねたことはあるのか。
 と言うのも作品を巡ってツベコベ抜かす文芸評論家なんぞ、作者の生い立ちから執筆当時の状況から類推して自分の仮説を述べることでメシを食っている輩だ。
 或いは宗教も経典の解釈が違えば〇〇派だの△△主義に分裂して戦争までやって来た。その際には作者並びに予言者が本当に言いたかったことについて、本人に確認することもできずに争っている訳だ。

 この僕のブログにしたところで、やらかしたマヌケな所業やら思い付き・嘘っ八を書いて面白がっているが、全部真に受けられて書き手である僕は性格破綻者だと勘違いされている可能性もある(本当に破綻しているかもしれないが、医者から言われたことはない)。実際にお目にかかればそのギャップに驚かれることだろう(と思う)。
 するとだ、一体何のためにこんなプログを書くかと言えば、別に嘘やフェイクを巻き散らかしたい訳ではない。自分でもよく分からないのである。賢明なる読者(がいるとすれば、だが)に読み解いてもらいたいわけでもない。
 むしろ、強いて言えば僕が幼児期から今まで経験し感じ取って来た様々な事象と、現在の環境・立場が書かせている、といった方が正しいようだ。僕は保守派である。東京のど真ん中で生まれ育ち働いている。ときどき海外に行く。山荘にこもる。矢沢永吉を聞く。ライブに行く。酒を飲む。こういった平凡なる日常を紡いでいる。そして慣れ親しんでいる日本語でブログを書くが、『ことば』として使っている言語は突き詰めれば刷り込まれたものであり、その筆使いもすべて今までどこかで誰かが使った筆致に違いない。
 例えば使い慣れない言語で文章を書くとか、幼児がやっと話せるようになった頃、さらに恐ろしいことにアルツハルマゲドン状態になってしまった時、人が伝えられるのは自分が使える狭い範囲の言葉の範疇でしかない。
 即ち、私たちは『ことば』の奴隷にされているのだ。 
 冒頭の話に戻れば、自分を語るのに『ことば』を使ってしまえばオリジナルなものはそこにはなく、探そうにも見つかるはずもない。例えば年寄りの自慢話で『オレはこういう人間だから』という語りには、客観的な真実はまずない。他人からそう思われているかどうかは分からないままに自分のなりたい姿を『ことば』にしてしまうからだ。

 こういうことを考えているうちに僕は急激に退行を志向し始めた。『ことば』からの解放だ。
 きっかけは相続した山荘を管理しだしたこと。爺様が樹木を植え陰影を造り、相応しいところにツツジを植えて、芝生を敷いた。これを維持するのも結構な手間で、たまに老木が枯れたり芝生がはげたりするのを手間暇かけて手入れする。
 するとその調和の取れた配置に全く興味を示さないモグラが土を掘り上げてしまう、芝生には邪悪な雑草が押し寄せて来るる。ファームに至ってはジャングルになるほど荒れる。
 剪定で庭木を刈り込む、這いつくばって雑草を抜く、花火でモグラを駆除する、草刈り機で笹を刈る、高枝を鋸で落とす、ジャガイモを収穫する、ダイコン・ニンジンを蒔く・・・、全て一人無言でこなす。思いついたメロディ~を口ずさむ。
 これらを一日やると『自然と戦っている』と実感する。
 にもかかわらず手入れした庭を見る人はいない。収穫を喜ぶ人も皆無(ニンニ君はたまに料理に使われ、ジャガイモは貰われていったのは収穫の1/10、豆粒のようなのこりは私の非常食、ダイコン・ニンジンの出来損ないは摺りおろし)。
 そして私の尊い労働を目撃する人もない。このムダな時間。
 こうして忙しくしていると、モノも考え込まず本も読まず一心不乱に続けて、フッと時間が止まる、微笑む、眉をしかめる、といった真空状態になるが、それを表す『ことば』はない。どうもその状態こそが真の自由な心持ちのようにに思われるのだが。
 そして『ことば』に支配される日常に戻っていく。
 しかし悲しいかな人間は『ことば』が無ければ考えることもできなくなっているではいか。こうなったら、☆や▽や◇の図形を組み合わせた新しい心象文字をこしらえて、一瞬の真空状態を表現する新しい『コトバモドキ』を創って遊ぶのはどうだ。

『言葉』は言葉であって真実ではない

『言葉』は言葉であって真実ではない Ⅱ

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二刀流の秘密

2026 JUN 22 7:07:55 am by 西 牟呂雄

 大谷翔平の超人ぶりを見ていてフト気が付いた。この人は右投げ左打ちという器用なバランスにより、超人的な能力を発揮できるのではないのだろうかか。そう言えば過去の偉大なプレイヤーであるイチローや松井秀喜も利き手は右なのに左打ちだった。
 ただ不思議なものでその逆、左投右打ちはあまり思い浮かばない。確かスイッチ・ヒッターだった松井稼頭央はそうだったかな。大谷・松井(秀)・イチローは右利きだが打者は左の方が有利だと考えて矯正したのだろう。
 それはともかく、いい加減ガタの来た我が肉体に何か処方箋はないかと考えていた時に、このことにハタと思い当たり、左右を入れ替えるとどうだろうかと考えた。この年で今更トレーニングでもないし鍛えるつもりもないので、手っ取り早くできる肉体改造法ではないのか。

 まず、常に左手首に巻いている腕時計を右にしてみた、それも時計の面を内側に。見るときに右手の手のひらを見る感じだ。どうってことない。
 それでは、ベルトをいつもは反時計回りに巻いていたのを逆にしてみた。ホゥ、多少の違和感があるな。だがこれも巻いてしまえば何の支障もなく面白くもなんともない。パソコンのマウスを左手で動かす。これはほぼ同時に右手でキーボードを叩けて意外と便利なのですぐに慣れてしまった。
 次にネクタイの締め方を左右逆にした。これもすぐ慣れた。
 これではダメだ。ついに禁断のチャレンジを始め、左手で字を書いてみた。ムムッ、これは厳しい。
 右手で書くときは『一』など左から右に引くが、左手でそう書こうとすると筆先を押すような感じで非常に不安定である。そこで右から左に書き順も無視してやってみた。

 研鑽すること約一月、多少の格好がついたようだ。
 この4枚のうち右手で書いたものが1枚だけあるが、どれか分かりますか。
 正解の方には仮想通貨100万ソナー・ダラーを進呈します。

 それはそうと、こんなことに夢中になって肝心の左右のバランスについて忘れていた。
 結論から言えば、体には何の変化も起きず、若返りもバランスも向上しなかった。要するに無駄なことに熱中していただけである。しばしば私の人生に起きる、当初の目的を見失い時間を無駄にした、ということでした。またか・・・。

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解釈という自由 『しん雨月物語』

2026 JUN 14 22:22:31 pm by 西 牟呂雄

 仲良しの早野ゆかりさんが台本を書き下ろして演出も手掛けた舞台を観に行ってきました。
 おととしに同様の趣向の『雨月物語』をやったそうですがそちらは見逃したので、さて早野さん今度はどんな手で来るのか。雨月物語は怪談オムニバスですから何やらおどろおどろしい演出かな、早野さん美人ですけどメイクでおっそろしい化け方かな、と期待しました。

 するとですな、いきなりシャンソンで始まるではないですか、これにはドギモを抜かれました(早野さんはプロのシャンソニエールでもある)。そして何と読み芝居です。出演はわずか4人で、時に目まぐるしく役を廻して演じます。これは演じる方にはキビシイよ。ですが皆さん達者なもので表情を変え声色を変え、姿勢まで瞬時に入り込んでました。オマケに時々笑いまで取る。これは早野さん、稽古のときには鬼だったんだろうな、と役者さんに同情しました。
 『血帷子(ちかたびら)』は雨月物語ではなく『春雨物語』からですが、早野さん、悪女をやると上手いから。そして原作に背乗りしたような創作で、こんなのアリかと驚かされました。
 『あり』なんです。小説の映画化で作者の意図についてしばしば問題になりますが、原作を脚本に書き下す作業は一部の台詞以外はどう作りこんでも構わないのです。特に古典に関しては、もはや著作権も何もないのでどう解釈しようが演出家の勝手。

慟哭のリア 俳優座

 もシェークスピアを大胆に変えていましたが、これを日本の古典でやって見せるとは、早野さんのおかげで目から鱗の気付きです。僕のこのアホ・ブログにもこれは使える。
 そして更に思うのは、一捻りした演出を観客は味わいつつ、自分独自の楽しみを発見できるでしょうね。例えば僕だったらあの台詞は変えるとか、このお芝居でも途中入る雨のメドレーは僕なら英語の歌にしたでしょうね。
 そうそう『慟哭のリア』でイチオシした渡辺聡さんが出ていて今回は席から良く見えたらこの人、表情の創り方うまいんですねぇこれが。他にテアトル・エコーの杉村理加さん、俳優座の加藤頼さん(加藤剛さんの息子、顔良く似ています)、ピアノ(シンセかな)井口真由子さん。

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チャレンジ 油壷―伊東レース

2026 JUN 13 0:00:26 am by 西 牟呂雄

 我が艇はレース仕様ではないからハナから順位は期待しない。だがこういう時でないと船体メンテをしないから、エントリーしてセッセと準備にかかります。
 と思ったら船体の前に陸揚げしている船台がガタが来ていて高さ調整をしなければ。バラストの当たりが悪いと船が痛むので慎重に上げ下げしながら板を噛ませてゴムを敷きます。
 アッ、もうすぐスタート。
 実は今年のレースには特別な意味があるのです。昨年のレースの帰り、伊東ー油壷間で強風にあおられた際にメインセールが破けてしまい、泣く泣く新しいセールに変えたのですが、何だかんだと中距離の航海には出ていませんでした。セールのシェイク・ダウンも兼ねての航海となります。
 スタート前のポジション取りは例によって各艇の作戦が交錯して海面に鯨がウジャウジャ集まったような騒がしさ。我が艇は行き足が遅いので少し離れて風を拾う作戦だ。5分前のホーンが聞こえてさあ、行くぞ。
 総勢50杯以上の各艇が上手にスタートを切った。湾口にある定置網を避けながら一斉にセールをはらませた。
 ニュー・セールの調子は上々、風は東北東でチェック・ポイントの初島までほぼ追い風だ。

揚がったぞ!

 そして久しぶりにスピンを揚げた。
 すると見る見る風を受けて、我が艇ではなかなか出ない8ノットになる。
 各艇はというとやはりスピンやジェネカーをはらませて思い思いの作戦の進路を取りだした。いまから5時間ほど後の伊豆の風をどう読むかで勝負は決まる。事前の予報では南風に変わるような話もあったので、最後初島の脇を北上する航路を取った船が多いようだった。
 台風通過後の海はうねりも収まっているが視界はモヤってしまって悪い。晴れていれば江の島・真鶴・大島あたりを視認しながら舵をとるのだが、見えないのでコンパス270度あたりを狙う。
 いいぞ、いいぞ!

うっすら見えた大島

 あれが真鶴半島。
 オォ、うっすらと大島も見えた。
 そろそろ彼方の方に初島らしいカタチが。後背の伊豆の山に溶けて良く見えないのだが、近い。
 そこで僕がラットを代わった。
 ん?
 風が無い!
 何だ、どうしたことか。初島の学校がもう見えるというのに船速は見る見る落ちついに1~2ノット。船を操ろうとしても無い風は無い。とうとう対地速度はゼロ。みんなはこっちを見ている、オレが悪いんじゃないー!
 1時間が過ぎた。同じように島にへばりついているレース艇が見える。
 2時間過ぎた。フィニッシュ・タイムは五時。ついにスキッパーが『ラダーリングしろ!』と怒鳴った。
 ラダーリングとは舵をギコギコ左右に切って魚が尾ひれで推進するように漕ぐことで、厳密にいえば反則である。少しやったが進むもんじゃない。
『これじゃフィニッシュできないだろう』
『それどころか宴会に間に合わないぞ』
『ばか!宴会の前に温泉だろ』
 冷静なスキッパーは厳かに聞いた。
『エンジンをかけたい奴は?』
 クルー(5人)全員が手を上げた。リタイアを決断した瞬間だった。
 遺憾ながらエンジンをスタートさせ、スピンもメインも下げ始めた。そして先ほど見えた島にへばりついて苦闘する船を「まだやってんのかよ、バカじゃね」とせせら笑いながら見つつ初島北端を廻った。

『オイ!あれはレース本部艇じゃないのか』
『えっ』『まさか』
 確かにフィニッシュ・ラインをつくる黄色いマーカーもある。だが帆走指示書にあるゴールは伊東港の手前のはずで、まだ5マイル先だ。
『違うよ。葉山のレースのラインだろ』

S旗

 近づいて船の形と船名が目に入った途端、全員青ざめた。まごうことなき本部艇なのだ。だがレース短縮を知らせる音響信号(ホーン2声)も聞こえず、S旗(海上国際信号旗アルファベット『S』ヨット・レースの際はコースの短縮を意味する)も挙がっていない。そもそも今更短縮に気付いたところでリタイヤ申告はしてしまったし、セールも下して汽走しているのを見られているのだからどうにもならない。要するに後30分も堪えていれば目に入ったかも知れないのに。
 このマヌケ感は表彰式のパーティーで更に高まった。初島で視認し、あざ笑った船が我々のクラスで優勝してしまたのだ。これこそ後悔(航海)先に立たずである。
 ところでこの表彰式、50杯300人ほどの大パーティーで、伊東市の協賛も得ている。伊東市としても一大観光イベントであり、来賓には毎年市長も見えている。伊東の市長と言えばホラッ、去年は散々報道された卒業証書偽造のあのお方だった。今年選挙によって選ばれたのは若干44歳の若い青年だった。掴みネタで『昨年は皆さまをお騒がせし、心配も頂きました』は大受けで盛り上がりましたなぁ。

 さて、行ったからには帰らなければならない。予報は雨。泊まっていた釣り宿の温泉もそこそこに、今度は真向いの風に向かって出港、湾内に遊びに来ていたカモメだかなんだかの水鳥が見送ってくれた。セールは揚げず、オート・パイロットにしてビールをガンガン飲みながら走る。
 反省会をやるのだが、ワッチが甘いのジャイヴが遅いのとモメていると、360度の雲海の中でドシャ降りになる。「なぜあと30分粘る根性がなかったのか」という天の声だ。

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癒されたくもない日常

2026 JUN 7 19:19:00 pm by 西 牟呂雄

 

ひと 一人 死んだ
 周りは 嘆いた

苗木を植えて水をやる

   ひと 二人 死んだ
    人々は 悲しんだ

   花は咲いて散った

     ひと 三人 死んだ
      家族は 祈った

     虫やカエルがどこかに行った

       ひと 五人 死んだ
        誰もが 警戒した

       野菜が採れて 栗も柿も落ちた

 ひと 十人 死んだ
  みんな おそれおののいた

 木が朽ちた

   ひと 百人 死んだ
    互いを 憎みあった

   葉が落ちて飛んで行った

      ひと 千人 死んだ
       時間だけが すぎた
     
      雑草が枯れた

        ひと 万人 死んだ
         季節が めぐった

      雪が積もった

きんいろのかぜ ぎんいろのあめ 
 さんざめく虫 とびかう鳥
  ながれる川  たたずむ海

既にわたくしはこの世にはいもしない この世もわたくしを愛しはしない
 この空間に漂って流れたのは 気 と 水 と とき

『記憶の蜃気楼』鈴木信太郎

2026 JUN 1 0:00:43 am by 西 牟呂雄

 改装中の山荘喜寿庵は、2ステップの工程を組んだため、家の中でモノをあっちに動かしこっちに移して何回も引っ越しをしている状況である。そしてそのたびに大量のゴミが出る。片っ端から捨てるのだが、困ったのは大量の蔵書。アルピニストを気取っていた2代前の爺様の分厚い英文の山の本とかドイツ語の科学の参考書(多分、読めないし)などを、泣く泣く捨てざるを得なかった。

古めかしい

 だが、その中に目を通すと実にもったいなくなる本が混じっていて、これは困る。例えば、仏文の権威にして同じく泰斗であった辰野隆と『シラノ・ド・ベルジュラック』を共訳した鈴木信太郎の随筆集があった。提題『記憶の蜃気楼』である。1961年初版の旧仮名遣い旧字体のままだ。
 東大仏文は第一次世界大戦以前は頗る振るわず、エミル・エック教授がフランス文学科を創設以来25年間に21人しか卒業生がいなかった。鈴木が一高から仏文に行った年に辰野隆が卒業。爾来、鈴木は辰野とともに小林秀雄、今日出海、中島健蔵、三好達治、鈴木力衛、福永武彦、中村真一郎といったキラ星のような俊秀を輩出した黄金時代を築き上げた名伯楽である。この点、森鴎外以来のドイツ文学嗜好が戦争(第一次大戦)に負けた途端フランス趣味に移った感があり,ある面興ざめがしなくもないが(勝ちに乗じた?)いずれにせよそのお陰で芳醇な詩文に接することができたことになる、まぁ遅いか早いかではあるが。
 鈴木信太郎は明治28年の神田佐久間町生まれ、実家は米問屋だった(あの辺りは神田川の河口でズラッと米問屋)。淡路町生まれの筆者の感覚で言えば外神田。細かく言えば縄張りの外になるのだが同じ下町である。敷地60坪ほどの家には庭があり苔を育てていたという。そして神田川で泳げた。戦前かつ関東大震災以前の風情を懐かしむ筆致にはそれなりの郷愁を感じる。
 このエッセイは至る所に捧腹絶倒の妙味が散りばめてあって、例えば日本の知性とまで言われた小林秀雄。講義にはロクに来ないが試験は受けに来て、著者の出した設問に『こんなくだらない問題には答えられない』と答案したので憤然と零点をつけたとあった。だが翌年の『マラルメの類推の魔について』という設問には見事な論考に満点にした。大らか、かつアカデミックな鍔迫り合いのようなやりとりである。その後の成績は分からないが(小林はフランス語に関しては大したことない、という説もある)卒論「人生斫断家アルチュル・ランボオ」(現行タイトル「ランボオI」)にも舌を巻き卒業認可したそうだ。
 又、財界四天王と呼ばれた水野成夫(フジ・メディア・ホールディングス創業者、日経連常任理事、経団体理事、経済同友会幹事)、は法学部仏法卒業の後共産党に入党し転向するが、学生時代から付き合いがあった。フランス語の翻訳家の顔も持ち、アナトール・フランスの小説の翻訳を携えて著者の前に現れた、とある。
 盟友である辰野についての記述もあり、読んでいてアッと目が留まった。鈴木曰く『昭和の日本人を代表させるに足る典型的な人格を備えている』『福徳円満なおぢいさん』のユニークな個性の描写に続いて『省線電車の中で初めて会った二人のお嬢さんに話しかけて自宅まで連れてきてしまった』とあった。
 これは今年13回忌をやった亡き母とその親友A・Kおばさまのことである。亡母は女学生時代にフランス語に凝り、辰野の講義を聴講していたが、そのきっかけはこれだったのかと驚いた。お茶の水の日仏学院に通っていたが、そこで講義をしていた辰野と電車に乗りあわせたものと思われる。自宅におじゃました、とは聞いていたが、辰野の方から話しかけたとは知らなかった。招かれた辰野宅でご一家とともに好きだったベートーベンのレコードを掛けて遊んだと言っていた。そして辰野の退官の際に学内会議室で催された酒宴にも顔を出し、小林秀雄が号泣したのちに酒乱に豹変するのを目撃している。
 果たして本書にもその宴席についても記述があった。テーブルの上で踊る日夏耿之介(詩人)、廊下に突っ伏してデカルトを罵る森有正(フランス文学者、森有礼の孫、母は伯爵徳川篤守の娘)本郷通りで倒れる学生、と凄まじい。因みにこのドンチャン騒ぎの後、研究室での宴席は禁止となったとも書いてある。昭和23年のことであった。
 古書を読んで偶然にも亡母の思い出話に触れることができたので、書き留めてみた。

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