Sonar Members Club No.36

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卒業生のレポート

2021 APR 17 0:00:32 am by 西牟呂 憲

 私が非常勤講師を務めている北富士総合大学も卒業生が巣立っていきました。昨年度に限っては対面のゼミは一度も行われず全てオンライン、遂に実際に会うこともなかった4年生が3人です。
 私のゼミは半期2単位の選択制なので3年生・4年生が同じ講義を受けます。昨年度下期での受講者は7人。従って4年生3人3年生4人、女子学生が多く、男子は3年生の2人でした。この環境下で試験などはできませんから毎回課題図書を指定してレポート提出形式でした。一応講座名は「日本思想史」となっていますが、今どきの学生さんですから時事問題に絡めて毎回テーマを練ります。「キリスト教の普及」とか「仏教の変遷」とかゼミの回数分の課題と図書を選びました。それが12月に入るころ「権力と権威の分離」のテーマに移った時点で異変が起こりました。
 鎌倉時代を背景にした武家政権と畿内の朝廷とのかかわりについて議論を始め、戦国期から江戸時代、そして明治維新を経て敗戦後までを網羅するつもりで3回分の2回目でした。ここで女性・女系天皇についての問題で紛糾してしまったのです。
 7人中4人が賛成。3人が反対、不思議なことに3年生の男子は賛成でした。どうやらその前に発表された秋篠宮家の眞子様の「お気持ち」がきっかけだったようです。
 ちなみに私は立場上中立で議論の進行を見守るしかなく、極端に事実を間違った認識を指摘しただけです。しかしながら単純に賛成=フェミニスト・反対=ネトウヨ、といった構図ではありませんでした。印象ではやや世論に傾いている学生が賛成し、考え抜いた学生が反対になったようで、それは提出させたレポートのクオリティではっきりしています。
 それは今どきの学生さんですから未だに幼さが残っていることは否めませんが、本年卒票した一人のレポートが面白いものでした。本人は卒業後地方公務員に職を得て地元に帰っていきました。しっかりしたお嬢さんで、お父様は地方の商社勤めです。
  レポート内容は反対派なので、SMCの趣旨としてはややバイアスのかかった不適切なものですが、各種アンケートではおおむね賛成の世論であると思われるので、、本人の了解を得た上で抜粋を公開し、広く読者のご意見を促したいと思います。尚、私がこの学生にいかなる評点を付けたかは守秘義務がありますのでご容赦願います。

 『皇統問題が喫緊の問題となって既に何十年も無駄に過ぎてしまいました。私はその間にしばしば俎上に上る女性・女系天皇についてかねてより苦々しい思いを抱いておりました。
 一度も例外のなかった男系天皇が途絶え、次の天皇の権威は保てるのでしょうか。国柄を失っていいはずはありません。壊してしまえば二度と戻すことのできないモノ、これらを文化・伝統として守るのは国民の矜持でありましょう。
 日本の天皇陛下は目下のところ世界で唯一「エンペラー」と訳しうるポジションで(キングなどという野蛮な代物ではない)あり、その権威は神話から続く男系の伝統によって担保されている家系です。
 先般亡くなられた佐々淳行氏が書いています。皇室こそ1世紀に一度あるかないかの国難に毅然として声を励まし国民を統合することができる唯一無二の存在であると。
 3・11で苦しむ避難者を慰めることができたのは先帝のお言葉であったことは多くの国民が知っており、その後に避難所を訪れた某総理に被災者が罵声を浴びせたのと対照的であったと聞きました。
 翻れば先の大戦を収めることができたのも昭和天皇の『堪え難きを耐え、忍び難きを忍び』の肉声で、300万将兵が一斉に武装解除に応ずるという奇跡が起きたからではないでしょうか。
 その天皇陛下たるや、単に巡りあわせで帳尻の合うようなものではなく、将にひたすら国民を思う、と鍛えられた人が生み出す品格と威厳あればこそです。仮にその場にあの某青年の顔を想像すれば、女系天皇などあり得ません。そういうケースを排除するのが男系の維持という考え方で、女性排除とは違うのです。
 私の父は前回のサッカー・ワールド・カップがロシアで開催された際にエカテリンブルグに滞在していました。その際、オリンピック誘致でも活躍された高円宮久子様が、故憲仁親王殿下が日本サッカー協会の名誉総裁だったご縁で訪ロされていて、その時の、つい四半世紀前まで共産主義者であったロシア人達のプリンセッサ(ロシア語)・ヒサコに対する熱狂的な歓迎ぶりに目を見張ったと言っていました。エカテリンブルグはロマノフ家が惨殺された町であり、その跡地には教会が建てられていました。ロシア人達は自分たちが失ってしまったものに対する憧憬があったに違いありません。それはエンペラーの家系の権威であり、久子妃殿下が品格をお持ちだからこそと思います。久子様は民間からのお輿入れですが、ロシア人を熱狂させる品格と威厳をお持ちです。
 ただ皇統には思い込んだら一途になる遺伝子があるようで、聞くところによるとそれこそ昭和の陛下も平成の先帝も令和天皇陛下に至るまで思いを遂げられています。それが悪いということではなく、そうであったとしたらなおのことお相手には相応しい振る舞いが求められるのではありませんか。皇太后陛下も現皇后陛下も悩み苦しみつつそれを身に着けられました。
 皇嗣殿下の教育はいかなるものなのか、内親王殿下の振る舞いにはいささかの違和感を感じます。そういう結婚をしてはいいはずがない、となぜ初めからおっしゃらず「憲法が規定するので認めざるを得ない」と仰ったのでしょうか。
 ひょっとすると〇〇さんは「あんなのが皇族入りしては大変なことになる」という意識を国民に植え付けるために男系堅持派が送り込んだダミーなのではないかとさえ思えます。
 2000年の歴史を考えれば、100年や200年の時間軸なぞ知れたものであり、その血を引く正統性が確保される者に早めに帝王学を叩きこみ次世代に備えるのはもっとも理にかなっていましょう。
 そもそも皇族の高みに上るにあたってはプライバシーなぞは無きものと心得なければならぬことを教えなければ、〇〇さんのような者が入り込むスキができてしまう。お言葉にあった、結婚することが必要な選択などという戯言を文書で発表するとは何たる不始末でしょう。
 愛子内親王殿下には有無を言わせず旧皇族の男子と婚約していただき(候補者はいます)、万が一に備えて頂くのがよろしい。それがいやなら、皇嗣殿下の内親王様たちはすでに手遅れゆえ旧皇族男子の全員を速やかに復帰してしかるべきと考えます。
 いずれにせよ、あまりに根深い問題を世論で判断しよう、或いは多数決による機関決定する、などとは不届きであり、ましてや「外国では」と歴史も伝統も違う事例を持ち出すような意見を参考にする必要はさらさらなく、ここは何としても女系・女性天皇のみならず女性宮家の創設もやめなければなりません。これはジェンダーの問題でも女性の地位の問題でもないのです。日本の国柄を崩す蟻の一穴は塞いだ方がいいのではないでしょうか。
 ところで憲法について、直近気が付いたことがあります。先帝退位の際に「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が発布されました。驚くべきことに、これに対して内閣法制局は「退位するという天皇の声明文は天皇の意思表明と見なされ」「天皇の地位は国民の総意に基づく、とした憲法1条、並びに天皇の国政関与を禁じた4条との整合性がとれない」という見解を発表しています。
 崩御された際に行われる国事行為と同じことをするのに違憲の疑いありとは、いかにも責任逃れのためのお役人の発想で誠におかしいと思います。
 事程左様にツッコミ所満載で、翻訳悪文の見本のような憲法をロクに変えられないで独立した国家と言えるのでしょうか。九条改定の議論を待つまでもありません。
 膨大なエネルギーを使って自衛隊が違憲であるという判決が下るようなバカバカしさに「いいかげんにしろ」とは思わないのでしょうか。こういうことを続けていては違憲判決に罰則もないのをいいことに解釈でつぎはぎばかりになり、逆にリベラルを通り越した全体主義への逆バネが効いて保守勢力でさえ顔をしかめる国家になってしまいます。
 話は変わりますが、余談を少々。私の知り合いに藤原家の血を引く方がいらっしゃいます。明治までは京都の山科にいたそうです。その人が声を潜めて言うには藤原家の始祖は鎌足ではなく不比等である、とのことです。即ち中大兄皇子の子を宿した采女を下げ渡され生まれたのが不比等、天智天皇の皇胤に当たると。このことは藤原家には伝わっているらしく、近衛文麿の弟の忠麿(水谷川家への養子)から今東光が聞かされて活字になっています。私の知り合いの説では他にもう一人天皇家から養子に入った者がいることになっていて、それがその後の藤原一族の出世の要因なのだとか。
 もう一つ、先般高円宮絢子女王と結婚した青年がいます。現在日本郵船のサラリーマンをされていますが、NPO法人「国境なき子供たち」の理事も務めているそうです。どうもおばあ様の頃からこの活動に熱心だったお家と聞いています。そしてそこを通じて久子様との面識があったため、今回のご成婚にいたったのでしょう。
 こういう気質、すなわち公の心を保つような伝統を持つ人の集う、あるいは家風として伝えているイエであれば安泰というもので、久子様の教育と慧眼に恐れ入るばかりです。

 幸い、旧皇族方は菊栄親睦会なる集まりを通じて戦後も親戚づきあいをされています。ご指摘の光格天皇・継体天皇の例を持ち出すまでもなく、自然に溶け込めることは間違いありません。それを差し置いて女系だなどとは不見識も甚だしいと考えます。

 如何ですか?さて、このレポートは昨年提出されたものですが、昨今レポート中の〇〇氏の手記なるものが発表されました。全文を読んではいませんがネットで知る限りでは、法律家を目指しているとは思えない身勝手な理屈をコネまわし、猛烈な反発を受けると4日後に支払うことにしたという不可解な経緯をたどっています。しかも内親王殿下に相談してお墨付きを得ている、とするなど責任転嫁するのを怠らない。あまりの稚拙な戦略にあきれ返るしかありません。これでは・・・アッ、SMCの内規に触れますのでこの辺で。

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ポツン 考

2021 APR 9 5:05:27 am by 西牟呂 憲

 膝丈まで伸びた笹やススキを刈り込んで畑を少し広げ、いよいよジャガイモを撒いた。今年のテーマは共生である。昨年の暮れに得意のニンニ君(ニンニクのこと)を15株植えて、その周りをキュウリ・ナス・ピーマンでガードし、外側をジャガイモで囲むという布陣だ。

 ついでに崖の傍の密林のようになった所もかなり開墾した.すると奥では自生したおそらく藤の木が複雑に絡みついた、なにやらグロテスクな姿になっていた。枝分かれしてまたその枝同士がからみつき注連縄のようになっていた。面白いのでわざわざ切ってベランダに転がしてある。活け花のオブジェにでもどうだろう、差し上げますよ。
 このエリアはこの70年くらいはだれの手も入っていない崖の上で、この直下で桂川が大きく蛇行している。切り立った岩の上に土がこびり付いたような痩せた所で、こんな見事な造形をつくるのにも感心させられる。
 この辺りはもうウチの敷地ではないらしく、妙な杭が打ち込んであるのだが面倒を見る人はいない。さりとて開墾しても勝手に耕す訳にもいかず意味はない。まぁ、今後の自然観察のフィールドにでもなるかどうか。ヒマに任せてログ・ハウスでも建ててみようか。

開墾スペース

 冬枯れのポッカリ空いたスペースはなぜか足元は柔らかく、長年積もった落ち葉が腐葉土になっている。この先はもう切り開けそうにないな。
 振り返って母屋を見やろうとして目に留まったものがあった。今まで気が付かなかった訳ではないが、こっちのアングルからみると実に場違いなものが生えている。何だろう。僕は植物は疎いのだが、ユッカという葉っぱの先が硬くとがった観葉植物が伸びそこなったような不格好なブッシュである。
 元々このあたりは檜を植えていたのだが、日当たりが悪くなり過ぎて数年前に十数本を伐採した場所だ。おそらくこいつは檜の根元にこっそりと根を張って小さくなっていたのに、檜が切り倒されていきなり人前に出てしまい、そうなったら実に居心地が悪く、植物だから殻に閉じこもることもできずに困っているに違いない。
 それは人間だって場違いな思いは散々味わうし、いつも何かが足りない思いはする。こんなことではいけないと反省はしても、無理に一歩踏み出せば体に一部が持っていかれるような気がして破れかぶれになる。

ポツン

 えっ?お前のことだ?失礼しました。度胸任せのアドリヴ一発だけじゃだめだよね。
 ともかく今まで目もくれていなかったが急に愛おしくなって水をやりましたとさ。
 大きく育てよ(これ以上育つかどうか不明だが)。
 その右隣に、昨年植林した桜が今満開である。
 ソメイヨシノよりも遅い仙台枝垂れで、高地なので今頃が見頃である。やっと根付いたと言うのか精一杯咲いて見せるのだが、どことなく儚げなのが気に入っている。『礼』と命名している。
 そしてこいつもポツン、なのだ。いっそもう2~3本並べてやった方が華やかだったかも知れない。ところが物の弾みでネコヤナギを挿し木してしまった。
 そして桜が咲き柳が新芽を吹く景色を私が見ることはできそうもない・・・。
 しかしこうも思うのだ。孤独であるからこそ美しくもある。この桜は好んで孤独になったわけではないが、気高く孤高を保ってこその映え方もあるだろう。

 よし、こいつを見てもう一花咲かせる気になったぞ。でっ、何しようか。

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レイモンド君と再会した

2021 APR 1 0:00:24 am by 西牟呂 憲

 ある日メールが届いたが差出人に心当たりがない。大変に丁寧な文面ではあるがどこか要領を得ない。『○○では父がいつもお世話になっており恐縮しております』などと書いてあるが、〇〇は喜寿庵のあるところで、誰かの世話なんかした覚えはない。なんだか事情があってどこやらに出張が決まりどうしたこうした、終わりの方に『コロナ禍によりほかに頼る親族もおらず、愚息の面倒を見ていただきたく』と結ばれていた。
 恐らくこの就職難に、誰かの勤め先をお願いするメールかなと思った。ご時世がらそういう頼まれごとはうまくいくはずもなく、参ったなと放っておいた。
 しばらくした休日にインターホンが鳴る。
「はい」
「あっ、こんにちわ。ワタクシ先日メールいたしました✖✖✖と申します」
「・・・エート」
「○○で父がお世話になっている」
「(あの不審なメールの人か。若い紳士じゃないか)ちょっとお待ちください」

何か背負ってる

と言ってドアを開けて、仰天した。小さな子供を連れていて、それはあのレイモンド君ではないか!するとヒョッコリ先生は✖✖✖という名前でこの人はその息子さんか、先生はレイモンド君のことを孫だと言ってたっけ。
「どうも初めまして」
「あのー、この子はレイモンド君ですか」
「はい。以前お世話になった」
「(お世話じゃねーよ。無理やりおしつけられたんだよ)いやー大きくなって」
「はい、もう一才で歩きます。実はですね、私たちは共働きなんですが女房が体調を崩しまして云々ーー(中略)--コロナも第三波が収まりませんし」
 要するに東京には頼る親族もおらず父(ヒョッコリ先生のこと)に相談したら僕のところに行けと言われたという事らしい。あのメールはそういう意味だったのか、冗談じゃない。ところでレイモンド君がやけに大きなリュックを担いでいるのが気になって『何を大事にそんな大きな物を背負ってるのですか』と聞くと、お世話になった時の使い捨ておむつと着替えだと言うではないか。いやこういうのには弱いんだ、オレ。更に青年も大きな包みを持っていて、それはレイモンド君用のごはんなのだそうだ。一日3回3日分が小さなタッパーに小分けにされていておやつも付いている。バナナを小さく切ったものとパンのようなお菓子だ。
 で、結論を言うとこの子を3日間あずかることになってしまった、折り悪く僕一人なのに。
 初日。1才の子供とはベビーからキッドになるころだろうか、レイモンド君は歩くようになってはいたが、スタスタとはいかない。そもそもこの年頃の記憶はどれくらい持続するのだろう。僕とレイモンド君は4カ月前には友達になった。知り合いの飼い犬は半年前に会った僕を覚えているが、1歳児の方はあやしいもんだ。抱っこしたら泣き出す。

 さっそく昼時になったので、お粥のようなパックと何かの煮込みみたいなやつをあっためて食べさせる。これはよく食べた。ミルクを温めてくれと哺乳瓶を渡されたのだが、温めるのが面倒なので常温の牛乳を飲ませると、すぐに寝てくれた。ここまでは順調だったのだ。
 異変は昼寝から覚めた時に起こる。『ふぎゃー!うんぎゃー!ぎゃあー』と泣き出したのでおむつをかえようとして仰天した。ひどくお腹を壊している。マニュアルに従ってペット用の敷物を敷き詰めウェットティッシュを傍らに脱がせたのだが、のたうち回るレイモンド君には手を焼いた。しかしまあ、こう言ってはナンだが我々のように酒・タバコ・刺激物・その他怪しげな薬や病気には侵されていない赤ちゃんだから、そんなに毒性のある排泄物でもなかろうテキトーにやっておいた。
 待てよ、ご時世は緊急事態の真っ最中だし万が一ここでコロナになられたらエライことになる。思い直してお風呂にお湯を張りぬるめのシャワーでレイモンド君を磨き上げた。そしてその状況は夜まで続き、その度に僕もお風呂に浸かること三度に及んだ。おかげでレイモンド君はすっかりお風呂で遊ぶことに慣れて楽しそうにしていたが。
 しかし一緒にお湯に浸ってしみじみとおもうが、この小さな体の中に大人と同じ五臓六腑がちゃんとそれぞれの繊細な機能を働かせ、小さな頭の中で脳が必死に成長しようとしているのだ。人間は何とも繊細な、いや生き物は皆見事な自然の造形か神の思し召しか。夜の7時にはグッスリ寝てしまった。

 2日目。あいかわらずお腹の調子が悪い。僕がミルクをそのまま飲ませていたが、検索してみると大人よりもはるかに庁の短い赤ん坊は常温の牛乳を直接飲ませると途端にお腹がゆるくなるらしい。『赤ちゃんムギ茶』なるものを買いに行った。無論レイモンド君を抱っこしてだ。意外と重い。
 本当にそうだったようで、昼寝からは元気になりヨチヨチ歩き回る。ところが危ないことがどういうものかまだ分からないので、何でもかたっぱしから手に取っては口に入れようとする。目が離せないとはこのことだ。
きのうお風呂に何回も一緒に入ったのでもうすっかり打ち解けてニコニコしているが、テーブルの上にあるものを取ろうとしたり、ピアノの鍵盤を叩こうと一生懸命に背を伸ばしたり。食べて寝て泣いて一日が過ぎた。夜半に帰宅した家人は散らかりまくった部屋のあまりの惨状と、そもそも何でキッドが僕と過ごしているかを理解できず唖然とした。説明するのにはもともと無理があるので納得がいかないのは仕方がないが、レイモンド君の寝顔を見てあきらめてくれた。

 3日目。どうも落ち着かない様子だ。僕は親切に仲良くやっているのだが、レイモンド君の方は『このオッサン、色々と世話を焼いてくれるけどいつも一緒だったパパやママとは関係ないんじゃねえの』という感じで一人で手当たり次第に引っ張り、叩き、投げるという破壊本能全開。参った僕は外に連れていくことにした。
 近所の公園ではよく保育園が園児を連れてきているし、それだけでなくお母さん方が子供たちをつれてシートを広げてお弁当を食べていたりする、この非常事態宣言下にもかかわらず。
 靴を履かせて公園まで抱っこして行った。地面に降ろしてやると、これが裸足で部屋の中を歩き回るのとは勝手が違うらしく、素人が初めてスキーを履いた時のようなペンギン歩きだ。この時も何組かのママ友グループがいたので僕もシートを広げ二人で座った。
 だがどうも変だ。何故か注目を浴びているようで居心地が悪い。オッサンとキッドの組み合わせがそんなに珍しいか。ハッと時が付いたが、僕はさっきコンビニで反射的に買ったビールを手に持っている、これか・・・・。
 一方レイモンド君は少し年上の子供達が遊んでいる方に一生懸命近寄っていく。ママ達は一段と険しい視線をオレに送っている。おいおい、オレは誘拐犯でもアル中でもないぞ。仕方なくシートを畳みレイモンド君を『ホラ、おウチに帰ろう』とそこらのママ達に聞こえるようにわざと大声で言い、担ぎ上げ退散したのだった。
 夕方連絡が入ってこれから父親が迎えに来るとなった。食料もちょうど3日分食べ尽くしたし、正直ヤレヤレといったところか。
 日が暮れる頃、例の青年がやって来た。
「いや、大変お世話になりました。申し訳ありません」
「(そりゃ大変に決まってる)いやいや、こちらも楽しかったですよ。レイモンド君じょうずに歩いてましたよ」
 そこへチョコチョコと歩いてきたら満面の笑みで青年にしがみついた。それっきり離れやしない。やっぱり寂しかったんだな。そう思うと、あれだけ面倒見た身としては微笑ましい、いやうらやましいかな。
 レイモンド君はチャイルド・シートに据わって(括りつけられて)帰っていった。車が動き出したときに一瞬困ったような表情になったようだったが、まっ気のせいだろう。また遊ぼうね。
 アッ、きょうは仕事をサボッちまった。あしたから働かなくちゃ。

喜寿庵紳士録 レイモンド君

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絶望の開幕か希望の光か 日本ハムファイターズ

2021 MAR 28 16:16:24 pm by 西牟呂 憲

 戦力増強は思うに任せず、新人は2年たっても3年たっても育たない(清宮、オマエのことだ。あと吉田もだ)、エースはメジャー行き、これでどうしろと言うのか。おまけに4番は相変わらずのブレーキ中田、オープン戦でマー君から一発打ったのでピンときた。こいつこれでまた1年はメシが食えるとほくそ笑んだに違いない。何しろチャンスはブチ壊すくせに年棒の帳尻合わせは天才だ。
 キャンプ中継からオープン戦と見るたびに胸クソが悪くなったが、さすがに栗山監督が清宮の2軍落ちを決断したというので気を取り直し、シーズンが始まった。
 相手は要注意楽天。といっても今年はウチ以外全部要注意なのでどことやっても同じだが、初戦は涌井で来た。あのマー君は温存ならばせめてここで上沢に勝ちを付けてやりたいと全力で試合に臨んだ。ここで怯んだらシーズン終わりかも知れない、最初から崖っぷちなのだ。
 そもそも弱くなったから別のチームに乗り換えるほど甘くはないのがファイターズ魂というもので、そんなことができるならとっくにホークス贔屓になっている。そこを耐えて忍んでこそ私の数十年の血と汗と涙なのである。
 それが何だ、上沢はいきなり初回先頭打者の辰巳への初球にホームランという漫画のような出だし。5回まで投げられずに降板。エースがこれでは推して知るべし。
 2戦目は高田ぁ!なめるんじゃねえ。当たり前のように勝ったぜ。ザマーみやがれ。
 そして3戦目。すでにわが軍は苦しいローテーション。マー君はけがだそうだが不思議なことに楽天は岸も則本も温存してルーキー早川、全くノーマークだ。4回、ノーアウト満塁から野村・大田と連続三振を見ていやな予感がした。栗山監督はなぜこのタイミングでスクイズを仕掛けないのか。
 するとその裏、楽天から来たばかりの池田がエラー絡みで4点もぎ取られる。だからスクイズでもやっておけと言ったんだ。お前ら守備は下手なんだから。一体キャンプで何をやっていたのだ!
 抑えも心配だ(いや、全部心配なのだが)。期待している玉井は一発を浴びる始末で連敗してしまう。最後は松井に杉谷が三振を取られておしまい。
 おいおいおい、こんな試合をあと140試合も見せられたらオレは絶対にうつ病になるだろう。栗山!少しはオレの言う通りにしろ、コノヤロウ。

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贋作ジェット・ストリーム エンヤートット編

2021 MAR 24 0:00:54 am by 西牟呂 憲

ーインストゥルメンタルのミスターロンリーが聞こえてくるー

 お久しぶりです
 世界中で収まらないコヴィッド19の嵐
 永のご無沙汰も致し方ありません
 皆様はいかがお過ごしでしょうか
 やはりこんな時の旅立ちは不安がつきまとう
 もちろん緊急の要件でしょうからなおさら

 景気づけに一つ エンヤートットと掛け声を
 何も日本の演歌や民謡だけではありません
 ちゃんとアメリカのポップ・シーンにもあります
 空と水平線の溶け合うところまで
 漕ぎ出していきましょう

 やあ、日本人
 ブルースの本場に来て歌うのかい
 なかなかいいぜ
 まるでアメリカンだな
 だけどうまいアメリカ人はゴロゴロしてる
 わざわざナッシュビルまで来たんだ
 日本の歌もやってくれよ
 心臓がゴンゴンするような歌
 日本にもあるんだろ
 そいつが聞きてえ
 それをやってくれたらバーボンおごるさ

 若き日に はっぴえんど や ムーンライダースを従え
 プロテスト・ソングを次々と発表した
 岡林信康の曲です

ーエデンの東が流れて来るー

 いかがでしたか
 スティービー・ワンダーに岡林信康
 珍しい楽器がありましたね
 スティービーのバックで壺のような楽器を投げていました
 岡林のバックには大きな鼓のような打楽器、チャングを使っています
 スティービーの曲のコーラス
 レコードではジャクソン5がやっていました
 さて、元気に旅を終えられますでしょうか
 また、空でお目にかかりましょう
 パーサーはジェット・ニシムロでした 

贋作ジェットストリーム グラディス・ナイト編

贋作ジェットストリーム ラテン編

贋作ジェットストリーム ブルース編

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忘れえぬことども

2021 MAR 16 0:00:52 am by 西牟呂 憲

 大変人気のあるアメリカの作家、スチュアート・ダイベックに翻訳家の柴田元幸がインタヴューしているが、その中でダイベックに『日本の作家で興味のある人はいますか』という問いに対し、迷わず川端と谷崎を上げたので驚いた。曰く『僕が谷崎の英訳をすべて読んでいるのも、一つにはこのエロティシズムというテーマと取り組む、その取り組み方のせいだと思うんだ。彼は間違いなく、何か大事なものを捉えていると思う。多分僕はその点、彼を師と仰いでいるようなところがある気がする』
 明治生まれの日本の作家を師と仰ぐとは恐れ入った.細雪のような繊細というか微妙な色気がアメリカ人にわかるのだろうか。
 谷崎は日本橋蛎殻町の裕福な家に生まれた。ところが小学生の時に家運が傾き、高等小学校に進んで苦学することになり、一中に進学した際には同級生より3才ほど年を食っていた。その後あまりの秀才ぶりに1年から3年に飛び級して、そこでもトップを取った。
 実は谷崎は戦後早い時期に英訳が出されていて、1958年から1964年までノーベル文学賞の候補に上がるほど評価も高かった。1942年生まれのダイベックがマセた少年だったら、むしろ新しい文学として読者となったこともあるだろう。シカゴの下町で少年時代を過ごし、大都市の風をたっぷり浴びている。江戸っ子の谷崎が紡ぎだす文章が(英訳にもよるだろうが)琴線に触れたこともあるのかもしれない。
 谷崎が飛び級してトップを取った頃、常に殿(しんがり)を守って落第におびえていたのがフランス文学の泰斗で小林秀雄の師匠筋にあたる辰野隆(ゆたか)である。その後一高・東大と共に進み生涯交流が続いた。ともすればスキャンダラスに取られ兼ねない谷崎作品の良き理解者であり、また軽妙なエッセイの名手としても知られる。
 二人の交流は洗練されたものだったようで、谷崎は辰野を引き合いに出した文章を残している。辰野が「歯並びは悪いがニキビ並びは見事だ」と毒舌を言った、一高の入試に石鹸の作り方という問題が出たが辰野はうどん粉を固めると回答した、幸田露伴を囲んだ際に酔った露伴先生が色紙を書いてくれたが、頼まれもしない辰野が出しゃばって差配をふるい自分にはどうでもよい色紙を割り当て、欲しかった物は辰野が持って行った、等々。辰野はこれに谷崎の記憶違い(或いは面白くするためにわざと辰野の名前を出した)であるといちいち文章で反論している。誠に都会っ子の面目躍如のやり取りである。

 その二人が対談している。喜寿庵の本棚でボロボロに黄ばんだ本を捨てようとしたところ、辰野隆の対談集でタイトルが提題の「忘れえぬことども」に収録されていた。
 戦後2~3年の頃に朝日新聞から出版された本で、当時の週刊朝日の対談を一冊にまとめたらしいが、奥付きもない。一体誰が買ったのだろう。蔵書は爺様が集めたものだがそっちはドイツ語屋だからおよそ守備範囲とは言えない。
 亡母はフランス語に凝り実際に喋れたが、その修練の過程で辰野と面識があったそうだ。それだけではなく同じく仏文の権威である鈴木信太郎の授業も聴講していた。鈴木は辰野と共訳したシラノ・ド・ベルジュラックで名高いが、名調子のところになると互いに「ここは僕の訳だ」と言い合っていたのを聞いている。辰野の随筆に亡母と思しき女学生が出て来る下りがあったのだが出典は忘れてしまった。小生意気な女学生が気の利いたことをいうので「不良少女」とあだ名をつけた、といった内容だと記憶している。「『文芸評論家って人が書いたものにあれこれ言うのが職業ですから寄生虫みたいなものでしょう』と言ったら先生はボソッと『小林(秀雄のこと)に言っておこう』と仰った」と筆者は聞かされたことがある。
 従って母が持っていた本がまぎれこんだものと思われる。

二人の対談のページ

 話がだいぶズレたが、その対談の内容が秀逸だ。といっても固い話は全然出てこない。のっけから猥談スレスレの話になり、同級生の悪口を懐かしがる、細雪のモデルをおちょくる、辰野が酒を飲んで酔っぱらってしまうと谷崎は泊っていけと勧める。しまいには歌舞伎役者の講釈と続く。しかし全く品が落ちないところが両者の教養の高さと江戸っ子の嗜みなのだろう。
 僕はこれを読んで真っ先に今は亡き親友との会話を思い出した。

 ところで他の対談もめっぽう面白い。
 全て引用するのは不可能なので拾ってみると。
里見弴(辰野と1学期だけ小学校で一緒。白樺派の逸話)、野村胡堂(銭形平次の作者だが、東大同期なるも野村が学費滞納で退学する話)、今井登志喜(全編人の悪口。美濃部達吉は褒めている)、荒畑寒村(桂太郎暗殺未遂の秘話)、長谷川如是閑(英語の発音が下手だという雑談)、武林無想庵(パリの話)、大佛次郎(二人で京都を練り歩くだけ)、その他杉村春子、仁科芳雄、サトウ・ハチロー、いずれも殆どの場合辰野は飲んでいて抱腹絶倒の対談である。
 どこかに復刻版があるかもしれないが見たことはない。興味のある方にはお見せすることはできるが、貸すのは憚られる。ボロボロの本は帰ってきたためしがないから。
 本書と同時期に出た「忘れえぬ人々と谷崎潤一郎」は中公文庫で復刻しているが、谷崎に関しては凡そ似たような話が披露されているのでそちらを参照されたい。
 しかしたまにこういう本を見つけるので、あまり一心不乱に断捨離するのもいかがなものか。

 上記谷崎のコメントの中にある幸田露伴を囲んだ座談会での出来事について、その座談会がいかなるものだったか気になっていたが、最近分かった。1935年の経済往来という雑誌の企画で谷崎・辰野・露伴の他には和辻哲郎・末弘巌太郎(民法学者・東大教授)・徳田秋声といった一流所が集まっている。ところが露伴先生は途中から明らかに酔っ払い、文芸談義もあるにはあるがほとんどが釣りだの歌舞伎だのの江戸趣味の話ばかり。偶然手に取った中公文庫『和辻哲郎座談』の中で見つけた。興味のある方はどうぞ。

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日本の分断

2021 MAR 8 0:00:26 am by 西牟呂 憲

 コロナ禍の元、はや1年が過ぎようやくワクチン接種が始まった。この1年というものほとんど山荘で暮らし、それでもヨットにも乗りスノボもやった。やらなかったのは飲み歩くことだけで、家飲みのコストが上がっても純粋にビール・焼酎だけでは大したことにはならないのが分かった。これでは個人消費が上がらないと実感した。
 一方では企業業績は回復しつつある。消費を抑えて所得があまり落ちなかった結構な人々は車の買い替えに走ったらしい。さらにジャブジャブの金融政策で株価は3万円に達した。ただ、株を買い越しているのは外人のようで、企業業績を反映していない、すなわちバブルなのだな。
 ここまではいいとして、さて長きに渡った厄災の後にパラダイムシフトが起きるかも知れないと警鐘を鳴らしてきたが、その姿が透けて見えてきた。
 いくつかの条件が不透明ではあるものの、消費の急回復が見込まれそうで、それも余程の外的要因がマイナスに働かなければ比較的長続きしそうである。更に脱炭素というグリーンエコノミーが新たな投資を呼び、様々なイノベーションも含めて大きな成長要因となるだろう。
 少し時間を戻して、昨年は日米の指導者が変わった。アメリカではバイデン大統領が誕生し、日本は菅政権がスタートした。しかしいずれも前政権の影を引きずっていると筆者は見ている。菅総理ははっきりと安倍政治を引き継ぐと公言して後継となった。その長期安部政治への支持率は辞任を表明した時点で共同通信の調査では30%台から20ポイントも跳ね上がった。トランプは敗れはしたが7100万票も獲得しアメリカの分断を一層明らかにした。7100万票はオバマ大統領の獲得票数よりも多いのだ。
 即ち、日本の場合は大方の民意はスムースに後継を選び、アメリカは改めて分断が浮彫になったと言える。いや、むしろアメリカの分断がトランプを生み出したのだ。ティー・パーティー運動やサラ・ペイリン副大統領候補の動きがあったではないか。おまけに民主党にバーニー・サンダースという対立候補がいた。
 日本はその時期にソフト右傾化を巧みに舵取りした安倍政権により安定していた。例えば悲願とまで表明した憲法改正には抑制的だった。
 大変面白い社会分析アンケートでボーター・サーベイという手法があり、読んで字のごとく投票行動に対する調査だ。国際政治学者の三浦瑠璃氏の著作で知った。設問に答えることで縦軸に社会的な保守ーリベラル、横軸に経済保守ーリベラルの4象限に分ける手法で、第一象限から反時計回りに保守・ポピュリズム・リベラル・リバタリアンと分析している。
 アメリカ人の投票行動をこの手法で分析すると保守とリベラルの二つの塊が出現し、それが共和党と民主党の支持者にピタリと重なる。ところが同じ調査を日本でやると投票者は全象限にバラけてしまって偏らない。
 著者が日本の政治家を採点してみたところ、第一象限=安倍晋三、第二象限=原口一博、第三象限=枝野幸雄・山口那津男・山本太郎・志位和夫、第四象限=橋下徹、ド真ん中に石破茂、となっている。因みに簡易テストを自分でやってみたところ第一象限の遥か上の方に行ってしまい統計的に管理外になってしまった。即ち私の意見は永遠に反映されないという事だ。
 ところで、自公連立というのは保守層にリベラルが従属する理想的な形であることがハッキリする、この構造を倒すには立憲・国民・共産の連立がなければ選挙で勝てない。安倍政権が安全運転に徹して改憲を大きな争点にしなかったため、連立政権はあらゆる層からの票を掘り起こして勝ち続けた。給付金を公明党に合わせて一律十万円に切り替えたのが典型的なケースだ。
 三浦氏はさらに分析を進め、日本人の本音と建前構造にまで掘り下げていくのだが、詳しくは著書の方を見ていただこう。
 実は日本に関する調査はコロナ禍の前に行われている。2020年の1年間でどれ程国民が痛めつけられて意識が変わったのかどうか。或いは全体にバラけていたものがどこかの象限に移動したのか。
 この調査には年代が付記されていて年代の分布が分かる。するとリベラルのゾーンは何故か年齢構成は高い。団塊世代が中心かとも見える。おそらくこの年代は全共闘運動にも重なっていて、いまさら保守とはいかない。コロナ禍の打撃は比較的少ない。
 一方の保守が意外と若い世代の支持が高いが、人数そのものが高齢者に比べて少ないので投票行動についてはいわゆる無党派層となっている。ここは学生も含まれていて、実質コロナの影響をもっとも被っている年代である。貧困の問題も深刻なケース(若いシングル・マザー、コロナ失業者、アルバイト学生等)も多く、流動する可能性が高い。
 ただしその場合でもいきなり保守⇒りベラルへの移動はないのではないか。昨今の不祥事(森失言・総務省接待)への野党の追及姿勢があまりにも礼を失したありさまに、かえって野党の支持率が下がったことを考えるとリベラル系の政治家への支持にはなり得ない。三浦氏の分析では菅総理は保守ゾーンではなくリバタリアンに位置しており、ど真ん中の位置にいるのは石破茂なのだ。保守からの流動はせいぜいそのレベルまでだろう。
 今のところ日本には移民による人種問題はない。すると上記仮説からもわが国には分断は起こり得ないという結論になる、いまのところは、だ。
 おそらく二つの理由による。一つはあれだけ持て囃された『新自由主義』であるが、調和を好む日本に本質的になじまず、その恩恵による富裕層という者が『層』として形成されなかったこと。一時ヒルズ族と呼ばれたIT長者がいいところまで行ったが、社会的に認知される前に統廃合されてしまった。もう一つは中産階級全体が20年以上も続いたデフレにより地盤沈下したため、多くの場合格差が拡大していると認識していない、と見ている。
 筆者は政治家ではないのだが、せっかく格差・分断に覚醒していないのなら、なるべくそのままの状況を維持する政策が望ましいと思う。そのためには少し前に大流行したトマ・ピケティが主張したように、累進性の高い税率で分配する仕組みに持っていかざるを得ない。その場合の線引きは・・・。

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半藤一利さん

2021 MAR 1 0:00:51 am by 西牟呂 憲

 僕はこの人の書いたものに先導されて昭和史に凝った。大変に綿密な取材と考証で当時の世相を学んだのである。海軍関係は特に造詣が深く、ご自身も海軍贔屓を公言していた。身内に海軍関係者が多かった身としては耳障りのいい語り口だった。
 向島の生まれで、戦中に長岡に疎開、戦後は銀座に本社のあった文芸春秋社に長く勤める。好きな人物が勝海舟・夏目漱石・山本五十六・司馬遼太郎だろうか。海舟(向島)・五十六(長岡)あたりに地縁を感じて面白い。
 勝海舟という偉人は毀誉褒貶の激しい人で、ゴリゴリの佐幕派からは嫌われることも多く、確かにしゃべりすぎるところが無きにしも非ず。頭も切れて腹も座っているのだが会ってみたとしたら案外鼻持ちならないところがあったような。西郷や龍馬のような田舎者を煙に巻いたと言ったら言い過ぎなんだろうが、いや、偉人ですよ大変な。
 余談であるが、維新後に福沢諭吉が勝海舟を『痩せ我慢の説』で攻撃したせいか、慶應義塾出身者が勝を軽んじる風潮があり、某塾長と半藤氏が大ゲンカしたことがある。
 ついでにあれだけのインテリにして惜しいのは、先の大戦に対する評価。日本の自衛という所には全く光を当ててくれなかった。陸軍悪玉説に傾きすぎて、中国の国内事情の複雑さ(性悪さ)を甘く見ている。まぁ実際に大空襲に会った方なので、筆者の及びもつかない思考遍歴を重ねられてのことであろう。氏の業績を尊敬して止むことはない。
 『歴史探偵忘れ残りの記』を読了した。
 氏は昭和5年の生まれ、下町の悪ガキを自称されている。書きっぷりの端切れのよさが神田生まれの筆者にはなじみがいい。著書の中に『わが銀座おぼろげ史』という章があり、文芸春秋社が銀座にあった時代の描写が秀逸である。
 その書き出しを読んでニヤリとさせられた。子供の頃はせいぜい浅草止まりで戦前に銀座に行ったのは小学校3年生の時だったという。
 ところで下町というと一般的には義理人情のはびこる落語の八ッつあん熊さんの世界という印象かもしれないが、実は縄張り意識がものすごく強い。ほとんどが職人だった昔は、住んでいる所と働く所と遊ぶ所が同じため、ヨソ者が入ってくるのを警戒するのだ。マンション暮らしの勤め人ばかりである今は違うだろうが、大人から子供までそういう気質だから筆者のチビの頃は喧嘩が絶えなかった。その縄張りはおおざっぱにいうと区立中学校の学区くらいの規模だ。そして他所のことをクソモソに悪く言う。
 神田あたりの連中の意識はせいぜい銀座までが守備範囲で墨田川の向こう側なんかは狸が出るような所だという感覚だ。『粋な深川いなせな神田、人が悪いは飯田橋』という言い方があった。
 その認識から言えば『だから大川(墨田川の言い方)の川向こうはいやだぜ。ザギンに来たこともねえカッペばかりだ』ということになる(現在の住人の方ごめんなさい。いまではそんなこと思ってもいません)。すると半藤さんならこう言うだろう。『神田なんざ花街もねえような野暮な所じゃねえか。祭りが無きゃただのヤッチャバ(市場のこと)だろ』
 

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マクシミリアン・ロベスピエールの最期

2021 FEB 21 11:11:41 am by 西牟呂 憲

 かのフランス革命のヒーロー。ジャコバンの総帥となり多くの政敵を断頭台に送った公安委員長。テルミドールの反動によって処刑された。秀才で極々まじめな理想主義者だったと思う。どうして分かってくれないのか、とかつての盟友を次々に処刑した心境はいかばかりか。
 あまり柔軟性のない人の言うことを聞かない人だと思うと、筆者としては付き合いたくないタイプかもしれない。だが近しい人には愛情を注ぎ冗談も飛ばしたと言われている。とにかく抜群の秀才だったらしい。
 フランス革命は複雑な経緯をたどり、国王を殺しナポレオンの登場を招くのだが、このブログは世界史の授業ではないから割愛する。
 ロベスピエールの最期をたどっていくと、革命の終焉に見られる倦怠・退廃といったものがヒシヒシと伝わってきて大変に興味深い。このテの革命騒ぎは必ず大騒ぎの後に権力闘争が始まり独裁に至る。筆者の知る限りではアメリカ独立戦争と天皇制が続いた明治維新が例外ではないか。ただしアメリカは黒人奴隷制度と先住民の虐殺を内包しており、日本においても後に軍部の独走があるにはあった。
 この点、目下のコロナ禍をひとつの革命と見立ててみると・・・。仮に中国の発表が真実だとすれば(違うとは思うが)独裁体制の方が効率的に体制立て直しに成功し、民主主義はいったん後退、その後に徐々に回復するにつれ復活するといった経緯をたどるのではないか。
 さて、ロベスピエール率いる公安委員会はテロの語源となったテルール(恐怖政治の意)を1年も続けているうちに深刻な内部分裂をきたしていた。そしてここが問題なのだが、くたびれ果てたロベスピエールは約一ケ月もの間姿を現さなかった。その間に反対派の工作が進んでしまったのだ。
 7月26日(革命歴テルミドール9日)に国民公会に出席したロベスピエールに対し猛烈なヤジが飛び、大混乱の中ロベスピエール一派のプロスクリプティオが全会一致で採決された。
 このプロスクリプティオとは何故か古代ローマの共和制で2回執行された、司法の手続きを経ずに追放・死刑執行ができる制度で、この革命の混乱のさなかに誰が持ち出してきたのかよくわからない。ドサクサに紛れて知恵のあるものがあたかも自然法のように呪文を唱えたのか。こうなるとまるで学生運動のノリだ。それもそのはずでロベスピエールが36歳、死の天使サン・ジェスト26歳、パリの国民衛兵司令官アンリオが29歳という青年の革命である。 
 更にこのコップの中の嵐に対して一部のパリ市民は訳が分からず国民衛兵200人と市民3500人がロベスピエールと共にパリ市庁舎に立てこもり、反対派はチェイルリー宮に陣取り一触即発の状態だった(この時点でアンリオ司令官は泥酔していた)。
 だが、ロベスピエールはこの先頭に立って武装蜂起を促すでもなくグズグズするばかりで頗る振るわない。とうとう国民衛兵は夜になると帰ってしまうのだ。側近はロベスピエールに武装蜂起の議定書へサインさせようと迫ったところ、ロベスピエールは考え込んでしまう。やっと筆を執ってR・Oと書き始めたそこへ国民公会が派遣した憲兵隊が雪崩れ込んできた。
 一般的な史実ではここでロベスピエールが拳銃を引き抜いて自殺しようとし、失敗して左の顎の下を打ち抜いた、とされている。
 実はこれに別の説があって、踏み込んできた憲兵のメルダがいきなり発砲したと後に語っているのである。この議定書は今でもパリの革命博物館に複製があり、ロベスピエールの血痕が点々と付いている。見た人によるとそのR・Oは誠に小さいサインで、気力も何も感じられない字という。一方でロベスピエールの所持した拳銃も残っており、発射した痕跡はないとされる。
 こうなると幕末の龍馬暗殺のように本当のところは良く分からない。メルダは後にフランス陸軍の准将になるが、出世してから発砲したことを話している点、少し怪しい。

 しかしながらその時点では死んではいない。後日ギロチンにかけられたジャコバン一派の処刑図があるが、拡大してみるとギロチン台の向って左側に処刑待ちの男が何人も立っていて、その中に顎をハンカチで抑えている情けない姿で描写されているのがロベスピエールだ。理想を掲げた秀才が、内部闘争の議論に明け暮れ消耗し、あまりに凄惨な処刑をやりすごて神経が焼き切れたのかビビったのか。拳銃を持っていたならば踏み込んできた憲兵の何人かを道連れにでもする気迫がなければ革命を成就することはできないだろう。夜になったからといって国民衛兵が帰宅してしまうとは革命遂行中とも思えないユルさである。
 ロベスピエールがその後の歴史を知っていれば、陰湿な議論に明け暮れずにもっと早い段階で迷わず武力によって反対派を抑え込んだだろう。世界史のハイライトとして学ばされたフランス革命そのものやロベスピエールに対し、筆者が好感を寄せられない所以である。結果としてナポレオンの独裁を招いて終わり、革命の歴史そのものをたどってしまった。

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森失言は悪いに決まっているが

2021 FEB 12 0:00:39 am by 西牟呂 憲

 そりゃ、あれは悪いですよ。ああいう立場の人が言っていいことじゃないので、十分反省してもらって今後立派に勤め上げてほしい。
 だけど辞めなきゃならないほどとも思わないな。謝って撤回してるんだから『お爺ちゃんいい加減にしなよ』くらいで済む話。八十翁が口を滑らせただけでしょ。世界がどう言ってるかは関係ない(筆者はアンチ・グローバリストなんで外国がどうこう言ってくると反射的に開き直る癖がある)。時間の感覚が無いのではないか、と思うほどいつまでも自分の意見を主張したり、アーでもないコーでもないと同じ自慢話が長いのはオッサンも多いよ。
 おそらく直近に、時間が迫っているのに特定の女性がまくしたてて往生した経験がトラウマになってあのマヌケな発言になったと推察する。普段イエスマンに取り囲まれている典型的な老害である。だが、繰り返すが辞めなきゃならないほどの話か。
 森センセイは元々文教族でスポーツ関係では世界中の要人とパイプが太い。更にコスト切りのプロで、今回も知事の引っ掻き回しや延期にかかる予算の膨れ上がりに辣腕を奮っていることはクロウトの間では知る人ぞ知る。
 それに、もし本当に今年実施されるとすれば、もうあまり時間がないところに新しい頭を据えたら現場がどんなに大変か、組織を運営した者なら容易に想像がつく。辞任を言い立てるのはある種の意思(オリンピックを成功させたくない、といった)が働いているのか、ほかにネタがないからマスコミが飛びついたのか、と勘繰らざるを得ない。
 例えばあの森氏の逆ギレ発言を引き出した記者の下品な質問である。あのエラソーな物言い、煽り方、お前は何様でどこかの工作員か、と聞きたくなる煽りだった。あんなのを見ると(無論マヌケな失言はマズいが)森氏よ十分反省してガンバレと声をかけたい。  
 同じく、ガースーへの無礼極まりない質問をした野党参議院女性議員にも同じ下衆の志の低さを感じた。ここが名前の売り時とでも思ったか、必ずしも雄弁ではない総理に『国民に伝わらないんですよ』とまくし立てる。あれで共感を得る国民はいるのかも知れないが、それは違うのではないか。こんな質問で時間を費やすとあのマズイ森失言もありになってしまうではないか、女性議員さん。ここもやはり筆者としては、がんばれガースーと言わざるを得ない。
 ただ、その無礼な質問に対し目を据えて『失礼ではないか』とドスを効かせたガースーは迫力あった。近いうちにその議員周辺のスキャンダルが出る予感がする。あんまり調子にのるなよ、の警告だろう。
 そもそも組織委員長はボランタリーに勤めているのであって、政府ともJOCとも別建ての団体なのだ。国会で取り上げるような話かね。ミャンマー情勢とかワクチン搬送とか景気対策をやってくれよ。
 だいたいそういう役職に就いてくれるのは功成り名遂げてヒマな名誉欲だけが旺盛な人しかいない、あれ会議だらけで忙しいんですよ。辞めさせたところで後のなり手がいない。それなりの重みの人はなかなか探せないし今更受ける人なんかいない。どこかの皇族がいいかもしれないが適任なのは高円宮妃殿下久子様くらいだろう。海の王子?まさか。
 そうこうしている内に炎上騒ぎになって、朝から晩までワイド・ショーがこの話に明け暮れているそうじゃないか。そうなると寄ってたかって非難声明を出さないと、お前もそうか、の魔女狩りに巻き込まれる。一番辞めたがってるのは本人じゃないのかね。野党の女性議員の白装束は薄気味悪いし、とうとう某知事は嬉しさ丸出しで会議を欠席するパフォーマンス。ポピュリストは気楽でいいよね。
 改めて、森失言はダメですよ、ダメ!だが筆者は、あんなお爺ちゃんはそういう頭だからしょうがない、としか思わない。だけどこうガンガンやられているともはや手遅れというか勝負あったね。バスに乗り遅れるなの大合唱。しばらく選挙は打てないだろう。
 そして当然の事であるが辞任。後任は川淵三郎、この人は選手村の村長だから何とかはなるだろう。世の中はそんなもんですか、オレは群れるのが嫌いなだけのスネた年寄りなのだな・・・。
 実はこの森という人は座談の名手で、話せば大変面白いオッサンだ。さる縁で偶然話を聞いたことがあってファンになった。総理も同じように辞任したが、その経緯は抱腹絶倒モノの語り口だった。
 プーチンとの交流も巧みであったし、李登輝の訪日ビザ問題でも気骨を示した。ラグビー・ワールドカップの招致にも手腕を発揮。
 こういう所、誰も評価しないので念のため。もう少し脇を締めてくださいよ、遅いけど。

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