プロの領分 Ⅱ
2026 SEP 7 17:17:23 pm by 西 牟呂雄
以前のブログでも紹介した友人のライヴである。バンド名は Ichi&Acoustic・Univer・Souls。
初めはフィドル(Fマンドリン・バンジョー・ぼくの友人)、ギター、ギター(ヴォーカル・アルトサックス)、パーカッションのアコースティック・カルテットだったが、やはり音の厚みが欲しくなるらしく、ベースが入りキーボードをスペシャル・ゲストで呼ぶ6人編成になっている。で、提題の通り紛れもなくプロで、プレイヤーとしてはスゴ腕。が、こういう業界はバンド一本で食うのは難しいらしく、皆掛け持ちで活動しているからこのメンバーで出られるのは年に何回もないそうだ。
写真は一番右がバンマス(フィドル)の弟とスペシャルゲスト(キーボード)の兄のM兄弟が二人でバンジョーを弾き比べる珍しい趣向の一曲を写したもの。弟のMCが『兄貴のやっていたサウンドがうらやましくで教えてもらったら上達した』と言うと兄の方が『少し上達したところで、当時日本一のバンジョー・プレイヤーが「キミの弟は僕の次ぐらいの腕がある」と言っていた、とおだててプロデュースした』と応じて受けていた。今でも二人とも見事なモンだが、その日本一とは誰のことだったのだろう。案外自分のことだったりして。
実は時々僕の好きな曲をバンマスに密かにリクエストして気に入るとレパートリーにしてくれる、という楽しみを続けていて影のプロデューサーを自称しているが、今回は2曲も応えてくれた。一つはザ・バンドというグループがボブ・ディランのバックグループから独立してヒットさせた『The Night They Drove Old Dixie Down』という南北戦争の歌。重厚なテーマを歌い上げコーラスが秀逸だった。このDixieが南部を指していて(ディキシーランド・ジャズとかね)歌詞の中のyankeeはが北部人を指す(不良のことではない)。南軍の名将ロバート・リー将軍も出てくる、名画『風と共に去りぬ』の世界ですね。面白いことに作詞作曲したロボー・ロバートソンはカナダ人で、メロディが浮かんだ後に歌詞の構想を練ってわざわざ図書館で調べたそうだ。
もう一曲はドゥービー・ブラザーズの『Long Train Running』ノリが良かったですねぇ。因みにドゥービーは80年代のスラングではマり〇ァナのこどだったんだけど、良く名乗れたもんだ。おまけにブラザーズといっても兄弟は存在しない。動画を撮ってはダメと言われたのでホンモノで勘弁してください。
途中、ある曲についてこんなMCがあった。『次の曲は鬼門なんですよ』『う~ん、リハーサル散々やったよね』『いや、リハーサルやり過ぎたんだよ』『そう、やるたんびに「ここはチョット遅らせて」とか「抜きが早すぎるんだよ」とかみんな言うから終いに初めの頃言ってたこと忘れるだろ』実にふざけた話だと思ったが、演奏はまとまっていた。
しかしオーケストラのリハーサルでは指揮者が指揮棒を譜面台でカチカチさせて演奏を止め、いろいろと指示を出して曲を仕上げていく様子をテレビなどでみたことがあるが、あれはみんなその場で覚えてしまうのだろうか。「クラリネット、3小節前からもっと弱く」「第2ヴァイオリン、ここのアクセントを強調して」「チェロ、テンポが前へ行かないように」とかかなり細かい指示だと思うが、どんなものだろう。6人くらいのバンドなら(忘れるのはどうかと思うが)いざ知らず、あの大人数のオーケストラともなれば大変なはずだ。だが演奏者が譜面に何かを書き込んだりしている姿は見たことがない。
西村さんに会ったら聞いてみよう。
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暗黒徳川実記 後家殺し
2026 SEP 5 21:21:41 pm by 西 牟呂雄
慶長八年、都の東山高台院はようやく春めいてきたところだった。
さて、秀吉は没し関ケ原も激闘の内にかたづき、最早天下は手中にある家康の最後の詰めである。家康は二条城を築城し征夷大将軍の宣下を受けるために京都にいた。そして舌なめずりをするように大阪城に乗り込む算段をするのだった。
巨大な大阪城にはいまだに莫大な金銀があり、秀頼は健やかに成長している。更に何よりもやっかいなのはあの”おふくろ様”が控えていた。さて、次の一手は。
北政所は灯火の前に座し、秀頼と千姫の婚礼の儀式次第を静かに読み返していた。そこへ、侍女がそっと告げた。
「内府様がお見えでございます」
突然の来訪にいささかたじろいだ。こんな時間に無礼であろう。家康の魂胆は北政所自身を利用するためなのは自明のこと。苦々しくも相手は次の天下人、追い返すこともできない。
家康は静かに座した。
「高台院様。秀頼様と千姫の婚礼、滞りなく進めたいと存じます。お力添え頂きとう存じます」
北政所は賢い女だ。戦国の世の荒波を夫である秀吉がくぐり抜けたのをつぶさに見てきた。家康の言葉は丁重ではあったが、その裏にある計算は透けて見える。この男は主人秀吉と虚々実々の駆け引きをしてきた、いずれ大阪を我が物にしようと考えるに違いない。
「秀頼はまだ幼く、内府様がお支えくださるなら安心いたします」
家康もまた北政所の内心の憤懣を見抜いてていた。秀頼が秀吉の実子ではないという噂も耳に入っていることも。
「お寂しゅうははございませぬか」
「あのような戦の明け暮れを味あわずにすむと思えば心安らかな今ほど幸せな日々はありがたし」
北政所はふと家康の横顔を見つめた。戦乱を生き抜いた男の逞しさと深い孤独が刻まれていた。
一方、家康は北政所の手元の儀式次第を見た。近づきすぎたと北政所が後ずさりするとさらに進み出た。
「太閤殿下は内府様を最後まで便りにしておいででした」
「そうでござったか。ならばそれにお応えせねばなりますまい」
北政所の胸が騒いだ。この男も秀吉とは違った趣味の女狂いなのだ。後家好みの狸親父と巷でささやかれている。秀吉の名を口にする家康の声は、静かではあるが不気味に響く。
「内府殿は太閤殿下とは違う方です」
北政所は崩れ落ちそうになるところを気を振り絞って留まった。すると家康は狡猾な笑みをたたえて続ける。
「違いますとも」
家康は北政所の目を見た。
慶長八年のこの時期、北政所も家康もともに京都に滞在しており、北政所55歳、家康60歳である。家康は秀吉没後から廟所(豊国社)参詣の帰りなどに、北政所を見舞っていた。手紙も残っており秀吉の追善供養に関する相談や、彼女の体調を気遣う丁寧な時候の挨拶、また贈り物に対するお礼を述べている。関ケ原直前には自分こそが豊臣家(秀頼公)のために戦っている」という根回しを盛んに訴えた。北政所の心中はいかばかりだったか。いずれにせよ男と女が互いを利用し合って化かし合いの技を繰り出す様を想像するのは一興。北政所にすれば、家臣共がいがみ合う様を静かに見下していたとすれば、それもまた一興。
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真夏のドームの華
2026 AUG 29 0:00:53 am by 西 牟呂雄
都市対抗野球は、プロ野球発足以前に日本一を決めようと昭和2年に開催された歴史ある大会である。大正時代から始まった全国中等学校優勝野球大会(現在の甲子園大会)、東京六大学リーグに次ぐ伝統を誇る。第一回大会は鉄道会社5チーム、クラブ7チームのトーナメントで優勝は大連市・満洲倶楽部だった。都市名・チーム名の独特の表記なのは今でも同じで、発足時にフランチャイズ・システムを手本にしたからだ。
当時の東京日日新聞の島崎記者が発案し、島崎と早稲田の同期だった橋戸を中心に企画されたせいか、応援スタイルは六大学形式のエールの交換が行われ、大団旗を寝かせて受ける。今でも毎日新聞はスポーツ欄で大きく取り上げるから、毎日の読者にはおなじみかと思う。
この大会は企業の士気高揚の効果が絶大なため結構金をかけてチーム造りをする。すると、出場チームをみると産業の盛衰が見えてくる。かつては炭鉱・製鉄・民営前の国鉄・民営前の電電公社・ガス会社といったところが何チームも出ていた。今でもメーカー、それも重厚長大系が多い。この業界で知らぬ者のない鷺宮製作所という強豪チームがあるが、何をしている会社なのか筆者は知らない。
だが昨今の勃興するⅠT系(既に死語?)は動かせる現金が大きいからいきなりプロ球団のオーナーになってしまうので、都市対抗なんかには目もくれない。そういえば故野村監督がシダックスを指導していたことがあったが、あのギャラは幾らだったのだろうか。
筆者はかつて勤務していたチームの応援にしばしば後楽園球場・東京ドームへと足を運んだ。実は応援での入場は企業が負担するのでタダなのだ。そして頑なにアマチュア精神を堅持しているので選手は皆サラリーマン、従って筆者の同僚も選手として出ていたし、同期の一人は法政の4番であの江川卓のチーム・メイトだった。
高校卒業後、まだ体ができていないので社会人で鍛えてからプロを目指す選手もいる。有名どころでは阪急のエース山田久志(新日鉄釜石)やメジャーにも行った野茂英雄(新日鉄堺)、彼らこの大会で活躍後にプロ入りしたが、さすがに突出した選手だったと聞く。更に特筆すべきは某チームと我が日本ハムファイターズは大変に相性が良く、目下リーグ最多勝の加藤(貴)や中継ぎ玉井の両投手がそうである。その某チームの試合を見にドームに行った(タダで)。
久しぶりの東京ドームはやや広く感じられる。ファイターズ主催ゲームと雰囲気が違うのは、それぞれの応援客が内野にぎっしりいてダグアウトの上には華のチア・ガールが陣取っているところ。これも昔は女子社員が同好会的にやっていたのだが、どうもプロポーションといい足の上げ方の高さといい、あれは外部に委託しているのではなかろうか。
一方プロの場合は私設応援団の体裁だから外野に陣取ってやる。わがファイターズは闘将会が応援旗を舞わせるのだ。
そして一般客はほとんどいないので、内野はギッシリ、外野は無人、内野スタンド最上部には人を入れていない。双方攻撃中はブラスバンドに応援コールで会話もままならない。嬉しいことに我がチームの応援歌はアニメ・タイガーマスクのメロディーで『タイガー』の所を『ファイヤー』に変えて歌う。『行け、行け、タイガー、タイガーマスク』のところを『行け、行け、ファイヤー、ファイヤー〇〇〇(都市名)』だから当然声に力が入る。
すると元々社員が観客だから異常に応援に熱がこもり(平日昼間なのに)ビールがバカ売れし、お次はハイ・ボールかチューハイ。昔の同僚や部下には出くわす、世話になっている関係先とバッタリ会う、挙句の果てに元上司がウロウロしている。これじゃ飲み会と変わらん。
都市対抗ではあるが、本社が東京にある企業の大応援団は盛り上がりまくる。大きな声では言えないが某企業は六大学の某国立大応援部OB並びに某私大応援指導部OBを積極的に採用しているという都市伝説がある(筆者の同期にもいた)。これは地方の企業が応援バスを仕立てて苦労してドームに送り込む手間に比べて遙かに効率がいいことは確か。
そもそも平日昼間に幹部が先頭に立って酔っぱらって応援しているのだからサボりと言えなくもないが文句が上がったという話は聞いたこともない。
大体ピッチャーの球速は130キロくらいなのでホームランも良く出るし、トーナメントだから一発勝負の本塁突入、走塁妨害のラフ・プレイと臨場感満載。きょうも担架が使われた。
都市対抗独特のルールに補強枠というのがある。一応地方代表なので、地方決勝で戦った相手のエースなり4番バッターなりの調子のよかった選手を借りてこられる。だがその一方でその借りてきた選手は1イニングなり代打で絶対に使わなければならないという不文律もある。今回の我が軍はよりにもよって同業の最大のライバル会社から補強していた。
接戦だったが、その補強のエースがボカスカ打たれて負けてしまった。日本ハムファイターズが現在主力を欠いて苦戦を強いられているので、せめてドームで溜飲を下げたかったが、夏の夢と散ってしまった。試合終了後に相手を称えるエールの交換まで余韻を楽しんだ。フレーッ!フレーッ!
この雰囲気を味わいたい方、来年はお誘いしますよ(タダだし)。
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あのレイモンド君が
2026 AUG 24 0:00:27 am by 西 牟呂雄
謎の人物ヒョッコリ先生が亡くなって3年がたった。喜寿庵でフト思い立って墓参りでもするか、とこの暑い中〇〇寺まで歩いて行った。庭仕事のついでなのでツナギの作業服だ。
『アッ!』『アッ!』
ほぼ同時に声を上げた、レイモンド君だ。ずいぶん大きくなって少年っぽくなったなー、と思う間もなく駆け寄ってきてギューッとしがみついてきた、覚えてくれていたんだ。以前にもお目にかかったことのあるお父さんとお母さんの3人でお墓を掃除していた。レイモンド君は大きな声でなにかを喋ってくる。『アーイアギャギョーインオージーチャニナヒブ』
『?????』
本当に何を言っているのか分からない、これ英語か。お父さんに挨拶した。
『どうも』
『わざわざお参りに来て頂いたのですか、恐れ入ります』
『いやいや、3回忌でしょう。お世話になりましたからねぇ』
『とんでもない。こちらこそご迷惑にも祖父ともども散々レイモンドを遊んでいただきまして』
『(ホント迷惑だったよ)いえいえ、一緒に楽しんだだけです。もう帰国されたのですか』
『三回忌で夏休みに帰っただけです。まだまだ帰れませんよ』
『レイモンド君、ずいぶん英語(かどうか分からないが)が上達したようで』
『それがコクニィを覚えかけたのでまずいと引っ越しまして今年から現地のプライマリー・スクールに通っています。そうしたら日に日に日本語がおかしくなるんで日本人学校にも土日は行かせるんですが時々混じっちゃうみたいなんですよ』
『ところでレイモンド君は先生のお孫さんかと思ってたらひ孫さんなんですね』
『祖父は96で死んだんですよ。私の父とは折り合いが悪くて父もこっちには来ませんでしたからね。ところで祖父は別に先生と呼称されるようなことはやっていませんよ(笑)』
『そうでしたか。たたずまいで勝手にそう呼んでました。実はお葬式を遠くから眺めていてお父様の挨拶が聞こえてきてひ孫さんと分かってびっくりしました』
『アハハ。レイモンドも懐いていましたからね。そうそう、ヨットに乗せてもらったじゃないですか。まだやっておられますか』
『はい、あさってから海に出ます(シマッタ、言っちゃった)』
『そうですか。レイモンド、またヨットに乗ってみたいか』
『ギョーイヤ!アーイアーイアイ』
『そうか。どうでしょう、私が車を出しますからご都合よければまた連れて行ってくれますか』
『(ハメられた。前にもヒョッコリ先生にやられた)・・・もちろんいいですよ』
マッいいか、と後日お父さんの運転でレイモンド君と三崎に行った。折悪く珍しく東進してきた台風メが近づいていて、房総の方はガバガバに波を被っているようだが、着いてみたら相模湾はそれなりに風はあるが海は静かである。
ゲストが来ると前もって連絡を入れていたのでクルー達も喜んで迎え入れてくれて軽く海水浴でも、の運びとなった。
前もそうだったが、この子は足が立たなくとも全然海を恐がらず、ライジャケを付けて平気で飛び込んでしまう。沈むことはないのだが、湾内は結構潮流もありチョットでも目を離すと流されてしまうから、お父さんはすぐに追いかけるのに忙しい、結局背中に乗せて泳ぐハメに。
こっちは車も便乗だし例によってちょっと舵をとった後は焼酎をガブ飲み。夜半に目が覚めると喜寿庵に着いていた。
翌日にお父さんからメールが来た。お礼が述べられていて『今後ともよろしく』とあったが、面白い写真が添えてあった。
安全対策でGPSをレイモンド君のリュックに付けているので、当日の航跡が記録されたのだ。油壷湾を出てからの航路がプロットしてあった。この海域は定置網が設置してあるので、それを避けて北上・南下の後、諸磯湾でアンカーを打って泳いだことが分かる。
その翌日だった。セッセとネイチャー・ファームにダイコンとニンジンの種を蒔いていると作業服姿のレイモンド君が『ぎょいらあらんヘラトサポイニグ(と言ったように聞こえた)』と言いながら入って来た。お寺で会ったときにこっちがツナギだったので自分も同じ格好で来たのだろうか。どうせこっちの英語も通じないだろうから普通に日本語で返した。
『レイモンド君お早う。今。ダイコンとニンジンの種蒔きしてるんだよ。手伝ってくれるかい』
分かったかどうか分からないが、ニコニコしながらレイモンド語で返事をした。
『アーイワライギョイントゥラビナガロ』
それから掘り起こして腐葉土を盛ったところに水をやり、パラパタと種を蒔いて土を被せる。時々蒔いた土の上を踏んづけたりするので、コラコラ、と怒ったりしながら二人で作業した。どうもこのくらいの子供には言葉が十分通じなくともコミニュケーションはできるものらしい。一段落して二人で座った。
『レイモンド君。ここからここまではレイモンド君の畑にしよう。ダイコンやニンジンができたら写真を撮ってあげるね』
通じたのかな。猛暑の夏でももう秋の日差し。涼しげな秋風が二人の間を吹いて行った。
すると、レイモンド語でボソボソと何かつぶやいている。大人の日本語に訳せば、もうすぐイギリスに帰ります、と言ったんだと思う。大きくなったな、こっちが年を取るわけだ。
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暗黒太閤記 外典
2026 AUG 15 11:11:33 am by 西 牟呂雄
『遅いぞ猿!播磨攻略はにいつまでに終る』
『上様。それがしにお任せあれ』
『その先に控える毛利や目障りな鞆の御所の公方様がしきりにあちこちに書状を送っているのじゃ。わかっておるのか。何か手立てはありや』
藤吉郎は頭を下げたまま、だまって右手を差し出した。そして掌をゆっくりと開いたり閉じたりしてみせた。
『それがしのこの右手のごとく』
『この六つ(むっつ)めが』
と言いつつ信長も苦笑せざるを得なかった。次に表情を引き締めるといつものごとく渋面になりどなった。
『直ちにかかれー!』
『心得てそうろーう』
ほうほうの体で下がるとニタリと笑った。実際手立てなどありはしない。
播磨は土豪・地侍の跋扈する難治の地で、いちいち攻め潰していては味方の消耗も多い。調略し・騙し・脅し・なだめてじっくり攻めるのが上策なのだが、果たして時間はかかってしまう。そこは信長も承知の上の叱責である。
信長の苦笑にはもちろん理由がある。藤吉郎の右手は親指が2本生えた奇形で、これを見せられると相手は一瞬怯み、あるいは恐れあるいは笑い、時に気味悪がるのが常であった。
ところが信長はこういった異形の者を好んだ。広く知られたように、モザンビーク出身で身長180cmはあった黒人の弥助を従者にして面白がった。その弥助を連れてきた宣教師ヴァルニャーノも大柄でお気に入りだった。
藤吉郎は竹中半兵衛を幕僚に招き入れた際にもこの手を使った。半兵衛の稲葉山城奪取の手腕に恐れ入った藤吉郎は、あらゆる裁量を任せると言い切った後、右手を見せたのである。臣従するつもりなどサラサラなかった半兵衛も、あまりの厚遇に心を動かされそうになった時点で六本の指の奇怪な動きに我を失い、以後軍師として仕えることになる。
天下一の人たらし、と言われた藤吉郎の奥の手であった。だが本能寺以後、頂点に駆け上がる間はそのようなふるまいを見せずとも、ひれ伏さないものは捻り潰して事足りた。女もである。しかし3人だけ、例外があった。
淀君は床に招き入れられたときに初めて見せられて失神する。以後、病的な贅沢に浸って過ごした。
もう一人は千利休。
初めて見せられた茶室で眉一つ動かさず、わずかに唇を動かしただけだった。
藤吉郎はいささか不満であるとともに、その唇の動きがある種の哀れみを含んでいたことを悟った。
今の自分という者は人から恐れられ敬われるべき存在のはず、それが・・・。心の中に暗い情念の残り火が燻ぶった。
3人目は徳川家康。出会った時は藤吉郎の方がはるかに小物だったため、長く見せる機会がなかった。小牧・長久手の後の天正14年ついに家康が大阪にやって来ると、登城前夜に突如家康の宿舎を訪問。手を取って奥座敷に招き歓待する。
その時、満を持して右手で酌をした。家康は大いに驚き『さすがは太閤殿下。天下に二無き吉相にござれば』とお世辞を言った。
翌日、大坂城にて臣下の礼をとり藤吉郎への臣従を天下に知らしめることになる。
実は家康はとっくの昔に藤吉郎の右手の事情は承知の上だった。無論、それを見せて相手の度肝を抜くことも心得ており、むしろいつその場が来るのかを探っていた。読みは当たった、家康はこの時を待っていた。そして、大げさに振る舞い心のスキをこじ開けたのだった。
実際に一次資料には記述はないが、宣教師の記述、朝鮮の使者の謁見記録に右手の親指が二本あると書かれている。
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救いがたい男と女
2026 AUG 8 10:10:51 am by 西 牟呂雄
『あなたって最低の男ね』
ベットで伸びをしながら女が言った。男はネクタイを締めながら間髪を入れずに言った。
『オレもそう思うよ』
女は起き上がって呆れ果てたように続けた。
『だからさ、あんたのそういうところが大っ嫌いなのよ』
『そりゃそうだろう。だったらもう帰ってこないから恨みっこ無しにしようぜ』
女は怒りに任せて飛び起きて男の首に両手で飛びつき、力を込めた。
『ウッ、何だそりゃ、ウッ、ウッ、効かないぜ、まだ息ができて話せるし』
『ウワー!!』
女は泣き出した。だが男は気にもしないでうそぶいた。
『かわいそうに。オレ会社行くから私物は捨ててくれ』
『今晩どこ行くのよ』
『分かる訳ないだろ。とにかくノコノコ帰ってきて今度は出刃包丁だったら死ぬかもしれない。泣くだけ泣いたら少しは気が晴れるから、ほらよ。ここの鍵』
キーホルダーから部屋の鍵を外して放り投げるとドアを開けて出て行った。まだ泣き声が聞こえていた。
男は思う。夜中明け方まで愚痴を聞かされてこっちもウンザリだ。反論も何もどのみちこっちが悪い話なんだから返事のしようもない。土下座でもしてみせればその場はどうにか収まったかもしれないが、あまりの退屈さに焼酎を飲みだしたのが更にまずかった。二日酔いどころかまだ酔っ払いそのものだ。
別の浮気をしたとか別れ話を切り出したんじゃない。要するにあまりのいいかげんさに女がキレた。それだけだ。確かにオレは計画性とか将来展望といったモノが欠如している。仕事はしているが、真剣に打ち込んでいるとは言い難い。帰りは良く泥酔して帰る。しばらく歩きながら相手から発せられた罵詈雑言を反芻してはムカついたものの、さて今晩はどこで寝ようかに思いを巡らし、次に切羽詰まりかけている仕事に気が飛んで、職場に着く頃は今晩はどうやって飲むか考えていた。
女はさる輸出関連会社で働くキャリア、美貌のバツイチ。30代後半らしい。男の方が多少若いようだった。女は考えた。なによあんな男。面白かったから付き合ったけど中身なんかないじゃない。時々上の空みたいになって独り言を言ったりメロディーを口ずさんだり。仕事柄キレ者だったり頭のいい男はあきるほど見てきたけれど、気難しかったりナルシストみたいなのにはうんざりしていたから、ちょっと軽めでミョーに明るいのに乗り換えたらこの有様。あれは出たとこ勝負のただのガキじゃない。体調も悪いから今日は休むわ。
さて、帰るところも無くなったしどうすりゃいいんだ。取り合えずコンビニで下着を買って事務所の近くのビジネス・ホテルを何とか確保したが、今更家出なんかどうやっていいのか途方に暮れる。カードはあるが2~3日はいいとして泊まり歩ける奴といえばえーと・・・。捨てられて惜しいのはスーツと靴か。GパンとかTシャツはいいとして、どうにもならない物は実家の兄貴に借りてっと。アレッ、何じゃこれは、女房が忙しいから今日は来るなだと、アノヤロー。アッこいつもだめか、どいつもこいつも役に立たんな。おっ一人いた。
それにしてもあいつの私物はこれしかなかったのかという少なさに今更驚いたの。歯ブラシとかカミソリとか下着・Gパン・Tシャツ以外は靴とスーツくらい。一緒に暮らして半年だからそんなものかしら。オレは物欲がないミニマリストだと言ってたけど、男は本当に何にもなくても暮らしていけるみたいねぇ。女はそうはいかないもの。そう言えば勤め先は聞いたけど、家族がどこで何をしているのかあたしは聞かなかったしあいつも言わなかった。もっともアイツも聞かなかったからあたしのことも何も知らないのじゃないかしら。風みたいにとらえどころのない奴かあ、サッサと忘れなくちゃ。
居候といえばそうなんだけど、悪いと思って家賃は半分出している。それに転がり込んだ手前、機嫌を損なっては悪いから掃除や食器洗いは全部オレがやることにした。もともと前の彼女がだらしない性格だったからオレがやってたし。トイレもユニット・バスもキッチンも食器もピカピカにしてやった。狭い2DKを分けて暮らすことも出来ないから困ったんだが、一応オレはサラリーマンで奴は水商売+芸能関係だから起きるのは早くて昼過ぎ、帰りは朝だから上手くすれば住み分けられる。
食うためには辞めずに続けるのが一番楽だからオレのテーマである『自由に生きる』にはサラリーマンが一番いい。そう思って真面目に就職してから15年。自由に生きるとはなんと不自由なんだろう。
『かしこまりました』電話を切ってサッ見積もりのフォーマットに入力。AIのお陰で仕事は楽勝。イヤな奴との商談も激減したわ。一番助かったのはハイ・スペックの割に使えない男が次から次へとリストラされていったこと。要するに仕事は危機管理そのものだから、納期が合わないとかクレームが起きたとかね。そんな時に反射神経の鈍い高学歴な管理職は全く頼りにならないのがAIが普及してバレたのよ。あたしなんか昇進欲求もないし、これ以上忙しくなるのは勘弁だから構わないけれど、昇進の早かった同期の男や給料の高いくせに無能なオッサンが加速的にリストラされたり転職したりしている。それが不思議なんだけどそういう方々から飲み会の誘いがあるのよね。今日はそんな一人の元上司から誘われているの。
昼飯を食いに事務所を出て、隣の雑居ビルの地下にあるうどん屋に降りて行った。創作ウドンというのかオリジナルなメニューがあって、うどんもツルツルと腰があって旨いんだ。冷やし坦々うどんをトレイに乗せてカウンター形式のテーブルに着いた。すると隣に座っていた女性と目が合ってお互い『あっ』と声を上げた。先程までその女性からAIソースコードのプレゼンを受けていたのだ。『先程はドーモ』と言いながら食べだした。
『さっきはすみませんでした、あたしの説明が下手で。分かっていただけたでしょうか』
『いやいや、十分分かりましたよ。先程言いましたが今回は見送りになりますが次の入札にはまたお願いしますよ』
『あたしどうにも今みたいな営業職が向いてないらしくてなかなか注文いただけないんですよ』
『そりゃそう簡単ではないでしょうね。こういった営業は足でナンボでしょうからね。でもマニュアル読むだけじゃないところは好感持てましたから、大丈夫ですよ・・・』
ギョッとした。女の目から見る見る涙が滲み、目の下は真っ赤になっていた。
『おっ、久しぶり』『ご無沙汰してます、お元気でしたか』『元気元気。そっちはどう?事務所の雰囲気は変わった?』『なんか、しずーかな感じになりましたねえ。リモートも多いし』『そーかぁ、ずいぶん変わったんだろうね。もう1年になるから』『そうですね。活気があるのかないのか、何しろ人が少なくなりましたから。でも決算はいいみたいですよ。オファーも増えてますし』『そりゃそうだろ。世の中景気は上向きだ』『新しい仕事はどうなんですか』『うーん、キツいと言えばキツいよ、年寄りには。まあヒラ社員からやり直しみたいなもんだからね』『そうですか』『うん。でも幸か不幸かDSが進んでないから僕なんかでもまだついていける。ただね、管理職の調整業務みたいなノウハウはお呼びでない』『そっか、あたし達はシステムが変わるたんびに山ほどマニュアル読まされてそっちが半分仕事ですよ。最近はチャットGPTがお友達みたい』
『あたしは何でも一生懸命やりすぎて嫌われるんです』『どういうこと』二人は食事をしながら飲んでいた。『子どもの頃から仲間外れにされないようにガンバるんですけど途中からなんだか潮が引くみたいに人が離れていくんですよ』『ふぅーん、だけど友達いないわけじゃないんだろ』『特定の友達はできなかったんです』『クラブ活動は』『あたし絵が好きで、中学も高校も美術部だったんです。美術部っておとなしい人ばっかりだし基本自分の好きなことをやるって感じですから』『で、そっちに進んだわけか』『違います。好きだってだけで上手いわけじゃないんです。情報系の専門学校に行きました。資格取って今の仕事してるんですけど他の人はどんどん伸びてソース・コード任されたり独立したりするんですけどあたしはドジばっかりで外回りでもやってろって感じです。でもがんばってればいつかいいことあるかな、なんて思ってやりすぎて滑るんです』
『実はな、本当のこというと寂しいんだよ』『はぁ?』『リストラされて転職しただろ。僕なりにさてもう一華咲かせるか、と思ったら女房から離婚を切り出されてねぇ』『ありそうな話ですね』『そうか。まあ僕も至らなかったんだろうな』『お子さんたちは』『それが、みんなもう出ているんだけどね。二人とも「お好きにどうぞ」ってな感じで、見たところカミさん側に付いてるみたいだな』『うーん、あたしもバツイチですけど終わる時は孤立無援ですよ。未練があります?』『うーーん・・・・無いかな』『そうでしょ、そうでしょ。初めから間違ってたんですよ』『えっ』『一生懸命感がウザいって思われてたんですよ』
『それってさ、最初から間違ってんだよ』『えっ』『いつかいいことある、っていつも思ってテンパってると大事なモノがみえなくなるんだよ、きっと』『そうなんですか』『あのさ、発想が逆だよ。人間は生まれてから死ぬまでだれでもロクでもないことの連続なんだ。それでそう思ってると例えば道端に花が咲いてれば、オォッお前もがんばったな、って気になって少しハッピーって感じるさ』『あのう、いつからそう考えていたのですか』『うーん、子供の時からそう思ってたのかなー。昔からこうだったよ』『なんだかお釈迦様みたい』『そうかい。オレって偉いな』『独身ですか』『うん』『彼女とかいないんですか』『ふふ、ちょっと前までいたけどね』『別れたのですか』『いや、捨てられた』『ウソッ』『いや、マジだよ』『何があったんですか』『何もないよ。そうだなー、簡単に言えば相手もオレみたいなやつだったのが上手くいかなくなった理由かなぁ』『似た者同士だってことですか』『そんなもんだよ。日常の生活習慣はまるで違ったけど、詰まるところ考え方の基本は同じだったんだろうな』『要するに「愛」がなかったんですね』『えっ!あい・・・』
『キミは彼氏とかいないのかい』『それって既にセクハラって言われますよ』『そうかー。スマン、撤回します』『別にいいですよ、ついこの前別れたところですよ』『ふぅん。あっさりしたもんだね』『アハハ、あっさりもなにも追い出したんですよ』『そりゃまたワイルドな』『自分かってな奴で一応勤め人だったけど、あれでよくクビにならないなって思うほど自由な感じで、あたしにはアレヤレコレやれって一切言わなかったのが良かったんですけどね』『それってキミみたいな人だった、ってこと?要するに「愛」がなかったのかな』『えっ!あい・・・』
作者はこの4人のその後の運命を知っている。幸せになれるのはこのうちの一人だけである。ヒントのために作中に書かれていない一人一人の秘密を記しておく。
追い出した女 実は上昇志向が強く常に上から目線
追い出された男 実家は大金持ちの資産家
リストラされた男 DVの癖がある
一生懸命な女 その後起業して大成功する
読者諸兄諸姉、この4人の中で幸せな思いの内に生涯を終えられるのは誰か、作者に挑戦せよ。正解者には仮想通貨100億ムロンの賞金が与えられる。正解者が複数の場合はじゃんけんで決める。
尚、追い出した女とリストラされた男、追い出された男と一生懸命な女は結婚することになる。
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マーシー・マーシー・マーシー
2026 AUG 1 0:00:29 am by 西 牟呂雄
僕がこの曲に初めて魅せられたのは今から半世紀以上前、クラブがまだディスコと言われていたころの大昔の話。新宿にサンダー・バードというバンドの入る店があって、ブームが去ったグループ・サウンズ崩れが演奏していた。
ある時、寺内タケシが作ったバニーズというバンドが(寺内タケシは抜けていたが)アップ・テンポでこの曲を演奏し、その迫力に踊りを忘れて聞きほれた。その後レコードを探したところ、実はジャズのインストロ・メンタルでヴォーカルは後付けの曲だとわかった。バニーズの音源はいくら探してももうない(あったら教えてください)。ノリが近い画像を検索すると、こんな感じ。
そこで仲良しのスティックの魔術師、大井貴司さんに遊びでリクエストしたところ、やってくれた。
リズムはオリジナルよりもずっと遅くして始まったところ、ブルージー!参った。
この人は頭の中に変換可能な自動メトロノームでもあって、どんなテンポでも自由自在、天馬空を征く感じで演奏します。カルテットの場合はやはりバンマスの意向が染み渡った時に一種の陶酔が訪れる。
この味はジャズに限る。高度に様式美が完成しているシンフォニーなんかに極端なリズムのアレンジを持ち込んでも逆にマヌケ感が漂うに違いない。磨き抜かれた作品の意志というものがあって、それの解釈は優れてもっと繊細かつ微妙な手心が加わる。もともとジャズははるかに単純なコード進行にアドリヴを聞かせるのが真骨頂なのだから。
それにしてもこのプレイ、泥酔するたびに寝る前に聞きたくなる味だ。
マーシー・マーシー・マーシー
慈悲を!お慈悲を!お恵みを!
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ユーモアの消える日
2026 JUL 24 0:00:39 am by 西 牟呂雄
それにしても、である。お気楽な僕でさえ問いに空しくなる。『法の秩序』も何も、いきなりぶっ放して『お前が悪い』はなかろうに。もう何があってもおかしくなくなった。
よしんば、某国が核放棄をして後世評価されるかもしれないが、どのみち核の打ち合いなんぞ起こりえないのは常識だろう、外れたら人類滅亡。それが敵対国の指導者をいきなり空爆するなんて冗談にも程がある。あれはほどんどガイキチの領域に達したネタ〇〇〇に強請られたとしか思えない。〇-チンも完全に『仁義なき戦い』化して、筆者程度の情報量ではもはや正当性の判断はつかない。その二人が電話で90分も会話したと言ったって何を話したというのか。案外ゼレン〇キーや習近〇の悪口で盛り上がったのだろう。
ところで日本は保守化したのか?筆者の考えは『否』である。普通になっただけだ。それも周りがみんな狂ったから少しマトモになっただけ。冷静になってくれ。
皇室典範改正だろうが憲法改正だろうが、反対意見はいくらでもあるじゃないか。これが活字に、いや、ネットで目に付くうちは大丈夫。SNSでバカな話が飛び交っているなんて平和そのもの。
大国の指導者が集団発狂したように戦争をやっている今は、そういう強権国が悪口をガナりたてている国がマトモとさえ言える。そう考えれば隣の国が必死になって軍国化に警鐘を鳴らしてくれる我が国が世界で一番普通な国に違いない。
ところがその我が国では国会議員が週刊誌ネタを元に質問する光景がテレビに映される有様。そういうのはオールド・メディアかせいぜいブラック・ジャーナリズムが囃し立てりゃいいものを、税金使って延々と中継するどこが熟議だ。恥ずかしくないのか。
大きな物語が終わる時はそういう時期があるとすると、過去のそういった光景はどうだったのか。それは情報がフェイクも含めて過剰になり、人々が一斉に煽り立てて不安に陥り、社会の構造が個人の思考する力を奪い去ってしまう時代、具体的には真珠湾直前の日本、文革時の中国、ナチが台頭したヨーロッパ・・・、そして今の分断されたアメリカ。共通する特徴を一言で済ませれば、教養とユーモアが消えてしまう。
チャールズ国王は米議会演説で”As Oscar Wilde said, ‘We have really everything in common with America nowadays except, of course, language.’とやって受けた。議場で笑いがこぼれていたが、これが通じなくなったら本当にアメリカは終る。トランプは大統領でいることがジョークにせよ笑えないし。
ところでチャールズ国王のやつは英語圏では有名なジョークらしいが、我々日本人が使えるとしたらどうだろう。『ご存じのとおり、貴国(英国)と我が国はお茶を嗜む文化は共通のものです、紅と緑の違いを除いては』うーん、つまらない。
いずれにせよこういったユーモアが無くなったら、僕は保守派の看板を下ろして言うだろう『日の丸が泣いているぞ』とね。
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破れかぶれ! 日本ハムファイターズ
2026 JUL 14 21:21:31 pm by 西 牟呂雄
NBP史上初!水谷・水野・レイエス・万波と先頭打者から4番までの連続ホームランとは恐れ入った。投げてはズラリと左を並べた打線を何と有原が抑えて(1発は浴びたが)100勝目を飾ってオリックスを3タテで勢いに乗った。
tと、思いきや最下位の楽天相手にエースの伊藤を見殺しにして0-8の完封負け。翌日もマエケンにあわやの0敗寸前。3試合目にやっと勝ったが、これまた野村・清宮の連続H・Rで勝ったようなもの。要するに一発で勝ちを拾うだけ、監督は仕事がないね。
ロッテにはグランド・スラム含め3発喰って北山が沈没。北山はエラーを二つもやらかすヘマで自滅だよ。で、翌日は7-2で勝つには勝ったが、得点は全てホーム・ラン。万波・吉田の連発(吉田はこの試合2本)は見事ではあるものの、これも監督力は関係ない。
こういう大味な試合は好きだが、勝てば次は0封だから心安らかでない。そしてこの傾向はだんだんひどくなり、西武にはエース伊藤が試合を造っても一発が出ず1-2で負け、翌日は宮崎・水野の連発が効いて2-8で勝ち。その次はピッチャー総崩れで3発あびて1-12の負け。ピッチャーの変え時もクソも、無能な武田ピッチング・コーチは腹を切ったらどうなんだ。バッティングの横尾コーチだってヤバいよ。要するに相手のピッチャーがいい時は何もできず、多少つけ込むスキができると勝手にボカスカとH・Rを量産する。即ち戦略も戦術もない頭の悪い怪獣みたいなもんで、監督もコーチもプロのマネジメントを成していないではないか。だんだん腹が立ってきた!
だが待てよ。乱闘最強だった東映フライヤーズや作戦皆無の日拓ホーム・フライヤーズが前身で、大沢親分のテキトー野球を愛すればこそのファンだった。それが国立大学出身(学芸大)で選手引退後には白鷗大学教授となっていた栗山監督時代の方が異質だったと言えよう。ダルビッシュや大谷がいたスマートなカラーになった等と迂闊にも勘違いしていたのかもしれない。
そうか、ほったらかして打線に火が付くのを待っていればいいのだ。そして打ち出したらイケイケ・ドンドンのお祭り野球を楽しめばいい。
フト気が付けばドンケツだったスタートが今はなぜかリーグ3位、みんな苦労してるなぁ。えっ首位と4ゲーム差?そして首位は2年連続C・Sで蹴飛ばされた宿敵ホークスだ。今日からオール・スター前の最後の3連戦とは・・・。
ここで思い出さなくてもいい過去の実績を見てしまった。1勝8敗、何の数字か。これは去年のオールスター以後8月下旬までの対ホークスの戦績だ。今年は開幕以来1勝10敗!くどいようだが今年の予言で12敗までは覚悟していたものの、この3連戦が優勝の最期のチャンスとも言える。
もはや何も言うことはない。お前らが脳みそが無いことは良く分かったから、これから3日間ただのお祭り野球をやれ。この期に及んで秘策もない。C・Sへの、いや優勝への最後のチャンスだ。
破れかぶれのお祭り気分でエスコンのデー・ゲーム、相手は上沢でわが軍は北山。
北山は初っ端からピンチを迎えるが周東・栗原・槇原は三振。3回も危うく切り抜けた、ふゥ。
4回、レイエスが出て満塁まで攻め立てたが得点には至らない。そしてついに正木に一発浴びた、イヤ~な予感。
新庄監督は必死に代打を繰り出すが全部だめ。小久保監督の柳町は見事に的中。水野!お前のファンブルが負けを呼んだ、死んで詫びろ、この大バカ野郎!
9回でしばらく失神していたら、裏の清宮の余計なホーム・ランは見なかった。この下手ども。11敗目でもう後が無いんだぞ。
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贋作 ジェット・ストリーム ライブほのぼの編
2026 JUL 9 20:20:07 pm by 西 牟呂雄
ーエデンの東 インストゥルメンタル が流れるー
皆様、やっとお会いできました
ライヴにも様々なスタイルがあります
野外の大会場で数万人に向けて
スタジオで数人を相手に
ストリートでほのぼのと
いずれにせよ その場の観客の
参加しているという”気”が
エネルキーとなって盛り上がります
どうぞ ”気” を受け止めてください
ジョニ・ミッチェルの美しい歌声です
[
いかないでください
どこへもいかないで
ここにいてください
もっときかせてください
もっとはなしてください
わかっています ときがきたことは
ですが わたしにできることもないのです
ただ ただ もうすこし もうすこし
このともしびが つきるときまで
影ができるような 満月の下で
笑顔の貴方は 急に駆け出した
風も熱いこの浜辺で 振り返りもしない
長い髪が左右に揺れて 星がまたたく
そっちに行っちゃ危ないよ 星空に溶けちゃうよ
お次はマンネリのカリスマ J・Bの初期の映像
倒れるパフォーマンスからマントを持ってくる人も 2006年の亡くなる直前のライブまで全く変わりませんでした
没後20年が過ぎました
ーミスター・ロンリーが流れてくるー
皆様お愉しみ頂けましたでしょうか
マンネリのカリスマとは口が滑りました
『天使にラヴソングを』でウーピー・ゴールドバーグが
真似をして受けていたのをご記憶でしょうか
最後はほのぼのと
CSN&Yの曲で
また、空の旅でお会いしましょう
お相手はパーサーのジェット・ニシでした
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