Sonar Members Club No.36

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グローバルは終わりか 時代を追って

2018 DEC 10 20:20:06 pm by 西室 建

 世の中は変わっていく。団塊世代が『オレ達はヘルメットを被って戦いを挑んだんだぞ』と今更言ったところで余計なお世話でしかない。
 もっと上のお年寄りが少年時の戦争末期の体験をどんなに強調しても、そんな戦争を仕掛けたもっと上の世代を恨んでくれ、としか言いようがない。日本はあの手の戦争はやらないしもうできないのだ。
 保守派の保守派たる所以は、変わり行く世の中に対して『本当にそれでいいのか』とまず冷静に考察する姿勢と考える。単なる流行そのものは発生しては消えていくものだ。しかしながら、『主義』『主張』というものは、どうしても先鋭的になり、その最先端は右でも左でも必ず分裂する。現実の『政治』はどうしても妥協が必要な玄人の仕事と言える。
 一方、社会が自然・自立的に進化していくなどとは考えられない。そこには現状に対する強烈な不満と理論的な指導が欠かせない。特に殆ど戦争で負けたことの無い英米二カ国は、勝ち続けることで分裂しながら進化してきたと見立てられる。
 グローバリズムはそのメカニズムを世界中に広めようと言う動き、と言い切れば極論になろうか。
 日本において、格差について、福祉について、待機児童について、お年寄り問題について、憲法改正について、スレ違いの論争の結果がいかに空しいか。避けられないグローバル化に飲み込まれて、成長の鈍化した社会においてはゼロサム的に誰かが稼ぐ。厳しい競争は終わらないからどうしても格差が生ずる。すべてはそこが原点だと最近考えている。
 もし、完全なグローバル競争が何も起こらないまま安定的に進行したとしよう。するとポール・クルーグマンの言う均衡状態(各国が単一の産業のみに特化し社会変化が起きなくなる)にならざるを得ない。これはモデル・ケースを特定しにくいが、直近の例で言えばEUにおいてドイツのみが工業的に発展し南欧は観光・農業くらいしか産業が育たないケースだ。
 ネットによる通信コストはほぼかからないので放っておけば競争力の差は広がり、上記均衡状態はますます固定されてしまう。フランスの人工学者エマニュエル・トッドはそういった観点で早くからドイツ一人勝ち状態のEUの瓦解を予想した。
 そのグローバリズムの卸元の米・英二カ国が内向きに舵を切る。
 中国は覇権を打ち立てようとするが、内情はボロボロ。エリート幹部が膨大な資産を海外に移転させて子供達には国籍を変えさせているではないか。
 ただ、中国そのものは一人グローバルのようなもので、国内の格差問題の方がひどい。しかし伝統的に国内弱者が世論を形成できないので、政権はいくらでも弱者を苛め抜いて平気だ。従って〝崩壊”はしない。
 日本は多角的な経済連携協定TPPで一人勝ちとなれるのだろうか。

 一般不均衡理論 というブログを何年も前に書いたが、この時120¥/$・日経平均株価は2万円。
 株価は〝売り″と同時に〝買い″も入らなければ売買が成立しない。もし市場参加者が同じアルゴリズムのAIを使って未来予測をしたら、結果が全て同じになり売買が成立しない。
 目下の112¥/$・平均株価は2万1千円は米中貿易戦争が決着つかず、トランプ大統領の意向を計りかねてこれだ。日銀ができることは限られてきた。

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戦争を伝えるシンポジウム 

2018 DEC 5 22:22:28 pm by 西室 建

 さるシンポジウムに出かけた。『戦争体験を伝えたい』と題されて4人が登壇して順番に話す形式だった。3人が79~80才、お一人は90という大先輩達の、いささか重いテーマである。聴衆は概して僕よりも上の人が多く若い人は2~3人、それもなぜか現役高校生だった。
 その79~80と思しき御三方は同級生、即ち『戦争経験』と言っても『空襲経験』や『引き揚げ経験』なのだ。まあ、悲惨な体験のオンパレードだった。
 東京の柴又に疎開したところ、3月10日の東京大空襲によって本所の実家が被災し、ご尊父を亡くされた方。この方は3人兄弟でお兄さんは4っつ上、弟は3才下。お兄さんは本所までお父さんを探しに行った際のあまりの死体の多さと悲惨な状況が大トラウマになって、内省拒否症状(振り返りが困難になることらしい)になってしまった事、片時も母親からはなれなかった弟さんが愛着過剰による自律(ママ、自立か?)困難の症状を呈した事を語られた。この方は発達心理学を専門にしていたそうである。
 お二人目は水戸に疎開して艦載機の機銃掃射を受ける。B29の絨毯爆撃はスピードの違いもあって空襲警報が鳴ってから暫く時間があったが、艦載機は最初から低空でやってきてバリバリ撃ちまくりながら鹿島灘方面に飛んでいく、路上を狙って来るので田んぼの中を泥まみれで逃げ回る、物凄い恐怖感だったと。
 そして水戸は8月2日に夜間空襲を受け、防空壕に逃げる途中至近距離に焼夷弾が落ちた。幸運にもそれは不発弾で、左側に落ちた焼夷弾がバウンドした、というのだが、話が恐ろしくリアルだ。破裂していたら無論のことその方は跡形も無かったろう。
 三人目は外地、大連で終戦を迎えた。大連は8月22日にソ連戦車軍団が進駐し、いきなりその日から将校はホールド・アップ、兵隊は強盗・暴行に励む獣のような軍隊だったという。
 不思議な事に水道・電気・交通機関といった都市インフラは(誰も金を払える状況でないにもかかわらず)機能しており、10月には小学校は再開される。そして翌年に引き揚げ。その間、物資は豊富にあるのだが、中国語が印刷されたソ連軍票のインフレや売り食い生活の困難は鬼気迫る。
 特に興味を引かれたのは日本人同士の対立。敗戦直後の大連で、なぜか日本人労働組合が結成される。あまり表に出てこない話だが、やはり混乱期に乗じた政治的勢力の工作があったのではないか。なぜか人民裁判や強制徴収といったことが行われたそうだ。そして、その報復に引き揚げ船内で強烈なリンチがあったということが喧伝されているが、そんなことは見た人も聞いた人もいない、と強調された。すなわちそれらはバイアスのかかったプロパガンダであるという立場だ。日本人の弱さ、と表現されたが”人間の弱さ”なのだと思って聞いた。
 上記3人の先輩方の話は一方的にやられた経験で、揃ってその後の民主教育はこの悲惨な状況を踏まえて、新生日本を作り上げていく希望に満ちていた、という思いを込めて語る。そして戦争はしてはならない、現在の日本の政治状況は危ない方向に向かっているのではないか、と静かに述べられた。
 トリを勤めたのは御年90歳ながら矍鑠とした翁である。海軍兵学校生徒で終戦を迎え、原爆の後の広島の惨状を語り、後半はもっぱら戦後の思想遍歴についてのお話だった。実は丸山真男の系列で、一時共産党にも入党していたそうである。
 そして、昭和天皇の戦争責任について。最晩年の御言葉の中に『言葉のアヤ』という表現があったことを重く論評されたが、これには参った。
 総じて皆さん憲法改正に警鐘を鳴らしておられるのだが、国際情勢の急激な変化に現憲法で充分対応可能かは別の問題と考える。無論諸先輩の体験は『日本はあのような戦争はしない』という国是に生かされなければならない。
 しかしながら北の国の核武装、中国の覇権、南北半島の複雑な動き、といった新たな問題が既に我が国を締め上げていることも事実だ。

 フォーラムが終わって懇親の席に移り歓談が始まった。
 私は一人座って所在無げな最後のパネラーである九十翁の元に行った。ある言葉にピンときたからだ。ご挨拶し、姓名を名乗ると怪訝そうに私を見つめる。来歴について自己紹介をした。すると、
『キミはアイツの息子か!アイツの息子がオレの後輩だったのか』
 と相好を崩された。
 話は一気に講話で触れたある人物のディテールに入り込んでいった。
 海軍大尉、田結保。海兵71期をトップの成績で卒業し恩賜の短剣を下賜された秀才だが、レイテ沖海戦で重巡洋艦『筑摩』の分隊長として戦死。戦後、その高潔な人格と高い見識を偲ぶ文章が一部に発表されたことで知る人ぞ知る。元通産次官杉山和男による『海軍大尉 田結保』や元警視総監土田国保の記述にもその名を留めている。土田国保は海軍予備学生で戦艦武蔵に乗った時、士官室でその謦咳に触れた。
 戦時下の昭和19年2月、田結大尉が(当時は中尉か?)休暇で上京した折に母校を訪ね、現役中学生(旧制)であるパネラーの九十翁他の後輩達に(上記杉山氏もいた)静かに語りかけた言葉が残っている。こういう海軍士官がいたとは。
「海兵や陸士に行くばかりでなく、国につくすには色々な道がある」
「諸君は戦時下でも落ち着いて勉強して欲しい」
「本校の校風は『自由』であり、それは素晴らしいことである」
 実はこの田結大尉には妹さんがいて、亡き母の女学校の同級生。拙ブログ

藤の人々 (昭和編)


 の最後に勇ましい事を言う気丈な女学生のモデルである。

 他にそんな話をする者がいないため、翁との会話は弾んだ。調子に乗った私は『最後の昭和天皇に対する論評には参りました』と言った。
 翁はそれまで細めていた目を大きく開いてはっきりと
「キミなんかはそうか。フム、オレは左翼だからな」
 と言ってニヤリと笑った。お前なんかにわかってたまるか、と顔に書いてあった。どうにも怒られているようで具合が悪かったが、こちらもとっくに還暦過ぎて今更保守を止めるわけにもいかない。先輩に鍛えていただいたことに感謝のみである。

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あれらはどこに行ったのだろう Ⅳ

2018 DEC 1 12:12:38 pm by 西室 建

 日本橋の上を通っていた高速道路が地中を通ることになるとか。橋の上に空が甦るという概ね好意的な報道がなされている。
 御案内の通り、東京オリンピック(前回)の際に都市インフラの整備で首都高速が建設された時に覆われたわけだが、筆者は地元が近いのでその過程を一種の高揚感を持って眺めていた。立体的な構造物は多少なりとも戦後感の残る界隈に対して、未来的な都市の発展の象徴にも見えた。従って橋の上の青空を懐かしむのは70代から上の先輩達で、僕なんかは今更高速道路が消えても大して経済効果はないように思える。
 無論建設当時から『景観破壊』の論説はあったが、その前の高速道路無しのころの風景は覚えていない。日本橋と言えば例の麒麟像を見上げた時に、なんてグロいのかと慄いた感じは残っている。そもそもその頃の川の汚染は当時はすさまじく、得体の知れない泡が時々ブクブク立っていたくらいだった。川面を覗きこんだり上を見上げることなんか誰もしていなかった。
 それで、実際に高速の地中化がなされたら、今から20年後に僕の年代は『昔はこの橋の上を高速道路が通っていてね』等と懐かしむことにならないか心配だ。
 そういった意味では、単身赴任をしていた後に帰ってきて今の渋谷の駅を見たときの衝撃はついこの間のことだった。東横線のホームがない!どうやって自由が丘にいくのか一瞬呆気に取られたが、感想はと言えば、景観が破戒されたわけでもない。に地下深くなったのに驚いた。

 これは最近気が付いた話だが、電車に乗ると『読み終わりました新聞雑誌は網棚に乗せないでお持ち帰り下さい』というようなアナウンスがなくなった。そうか、最近は電車で新聞雑誌を読む人など稀で、スマホだ。
 東京駅の八重洲口あたりには、おそらく新幹線で読み捨てられただろう雑誌を(さすがに新聞はなかった)並べて売っている故買まがいのテキヤがいたことがあった。もはや成り立たないのだろう、捨てる人も買う人もいない。出版不況は構造問題で、ベスト・セラー以外は本屋に並ばなくなるだろう。 

 銀座通りに柳の街路樹があった頃。あるオッサンと何故か歩いていると『あら、久しぶり』と声が掛かった。今はすっかり見なくなった靴磨きのオバさんだった。
 僕を連れていたオッサンは『オウッ』と返事をして『久しぶりだね、一つ頼むか、元気かい』と足を磨き台に乗せて靴を磨いてもらっていた。
 その後新橋の方に歩いて行った時にこういうことを言った。
「あのオバサン戦争直後からあそこで靴磨きをやってんだけど顔の広い人でな。以前はパンパン絡みのトラブルなんかよくさばいていて今でも何かあると刑事が聞き込みに来てるぜ」
「パンパンってなーに」
「ンッ?ああ、パンスケってのはいつも神社でお祈りする時みたいにパンパンと手を叩いてる女のことだ」
 この人は別の機会にクリント・イーストウッドのマンハッタン無宿という映画の看板を指して(昔のペンキ絵の看板)、
「あの『マンハッタン無宿』ってのはオレのことだぜ」
 と言ったこともある。確かに当時そうはいなかったニューヨークに暮らしたことのあった人だったが、要するにウソつきなのだ。
 靴磨きも映画の看板もウソを教えたオッサンも故人となってもう一周忌、つくづく時は過ぎてしまった。 

あれ等はどこに行ったのだろう

あれらはどこに行ったのだろう CM編

あれらはどこに行ったのだろう Ⅲ

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将来型適正コミニュケーション限界 

2018 NOV 29 0:00:41 am by 西室 建

 フレックスは当たり前、在宅勤務どころか勤務地ですら自由、AIの進化で生産性はアップ、行きつくところは、一日2~3時間働いて後はご自由に、となるかな。
 その仕事も、例えば現代アメリカ小説家であるリチャード・パワーズは部屋の壁にバカでかいディスプレイを架けてベッドに転がりながらキーボードをカチャカチャやって執筆しているとか。そうしてモノを書くと『自分の身体があるような内容な、世界とつながっているような切断されているような』気分なのだと言っている。ちなみにこの作家は大変頭のいい秀才で、難しい文章を書ける人だから仕事ぶりは真似はしない方がいい。
 しかし、こういう話は必ず後になってダークな部分がクローズアップされてしばしば大騒ぎになる。一つ心配になったことがある。この際賃金は下がらない前提で考える。

 それは、いくら(賃金が下がらずに)時間が余っても『もっと遊ぶ』とはならない、ということだ。なぜなら、今でさえロクに働かない奴はヒマを持て余しているし、遊ぶ奴は忙しくても遊んでいる。『もっと遊べ』というのは上からやってもダメで、これは消費には結びつかない。プレミア・フライデーなどあっという間に跡形もなくなった。
 一方で本業が楽になると、もっと稼ぎたいとばかりにアルバイト的に仕事を増やす人も出てくるはずで、こういうのは概して優秀かつ貪欲、専門性の高い人だろう。通信手段はどんどん安く便利になり、すべてが『居ながらにして』できるようになれば、そういう人達はジャンルを問わずに兼業するのも当たり前。極端な例を言えば時差のないエリアでは国境を越えて日本ー東南アジアで兼業する。3時間の範囲を許容するならインド・ロシアのウラル地方まで可能だ。
 すると新しい遊び方がでてくるのか、オジさんには見当もつかない。
 先日はある報道で遠く離れている同好の人達がスカイプでそれぞれの顔を見ながらビール等を飲む”仮想飲み会”があることを知った。5人くらいでやっている人達は、それなりに楽しそう。しかし僕がやるとしたら相手は誰だろう。
 結局そういう相手は思い浮かばない。僕の世代まではそうまでして一緒に飲まない。そういう飲み会ができる人達はコミュニケーションの物理的距離とは切り離されているのだろう。
 僕は定期的に集る「会」を幾つか持っているが、エリアと密接にかかわっている。僕達旧世代は遊んだり飲んだりする際もそう簡単に空間を飛び越えられないことが分かる。
 これからの老境に差しかかって、たった一人では暮らせないことは確かだが、居心地の良いエリア・コミニュケーションは、一体どの位のスペース人数が適正なのか不安だ。

 閑話休題、人間の社会的対応識別能力は150人なのだそうだ。
 ちょっと逸れるが、どのくらいの人数と付き合ってきたか考えてみよう。僕の小学校は1学年200人以上。同じ学年で仲良く遊んだことのある奴は学年ごとに5人くらいか。そのペースで行くと学生時代に『親しくつきあう』というような間柄が100人?その後は仕事にもよるが転勤有りで想定すると、単に挨拶をするだけではなく何度も酒席を共にする程度のお付き合いをした相手は300人で。合計400人。その他親族等全部ひっくるめて500人を超えることはないだろうと思う。
 前述の150人という識別数は、京大の山樫総長の試算、及びイギリスの人類学者であるロビン・ダンバーによって導き出された個人の対応可能な社会の個体数だ。ざっと50年で500人とつきあい、そのうち150人が都度『親しく』し、『最後に残る』くらいか。それが目下の僕は150人も頻繁には合う人はいない。試しに数えてみると、近い親族を含めても100まで達しなかった。むしろ『あのときああいう奴がいた。会うこともないだろうが二度と顔も見たくない』ような奴ばかりを5人も思い出して気分が悪くなった。

 またまた話が飛んでいくが、今日のロボット技術の発達により将来着ぐるみ型の自走式介護スーツのようなものができるとする。寝たきりにはならず、立って歩け、骨折もせず、シモの世話も自動化・衛生化されてしまうと一層ボケが進む。するとこれから識別できる人数は確実に減っていき仮に毎年1/√2(ルート二分の一)づつ減っていくと10年以内にヒトケタ(家族は除く)。昔話ばかりすることになると十人の顔はアイツとアイツか・・・。
 そういう輩が集団で暮らすとすると、それなりの嗜みが身に付くのだろうか。いじめをしない、とかね。予言めいたことを言えば『常識』に従って暮らし、日本が昔から大切にしてきた『慎み深さ』が大事になるのではないか。どっちにしたって誰かに管理されなければ生きてはいけないのはどこかで既に述べた。

 普段暮らす街はデパート・ターミナル駅まで10分。この利便性でマンションの車保有比率は半分以下。
 一方、山荘喜寿庵は歩ける範囲にコンビニはない。ゴルフ場や温泉まで車で10分、お弁当を買うHot Motto は車で5分。近所の車は一家に最低2台といった具合で、車で5分の距離を歩くことはなくなるようだ。歩いているのは散歩のオジサン・オバサンがせいぜい、従って人通りは益々少なくなり夜は歩いている人は滅多にいない。
 いよいよ体も効かなくなってしまえば所詮”見るだけ”で個人も社会も希薄な空気の中で漂ってしまう。
 そのとき東京と喜寿庵のどちらにいた方がバランス良くくらせるのだろう。

 ところが、だ。20年後にどんな通信手段が発達して便利さは増すものの、コッチの頭脳は桃源郷に遊ぶ頃。半径10m以内の世界で事足りる。わー!

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脳を鍛えなくちゃ 記憶を呼び起こす

2018 NOV 23 10:10:36 am by 西室 建

 カオス理論では結果は初めから予想されうるが、数値で予測するにはパラメーターが複雑過ぎて無理なのだということになっているらしい。
 一方で『手首を曲げる行為』の実験によると『手首を曲げよう』と意識する1/3秒前には脳が活動を始めることが確認されている。即ち自由に考える前に外部の刺激に単純に反応しているだけ、ということは人間の自由意思というものが証明されない。
 また、記憶に関しても『概念』は後天的な刷り込みが可能で、やったことが無くても自分の経験として”記憶”してしまうこともある。
 すると”一般的な状況”というのは個別に違ってしまい、”一般”を構成するはずの全員が例外的存在になる。経済学者やアナリストがしばしばハズすのはそれ故らしい。
 我々が”主体的”に好き嫌いを決めている訳でもなく、外部の刺激にのみ予定反応しているだけだとすると、偉そうなことを言っても人間という形のリトマス試験紙のようなものということになる。
 最近のニュースでギョッとしたのは、ネットで自分の好む情報ばかりを見ていると、ネットにはフェイクがちりばめられていて自然と自分の都合のいい(心地よい)ウソまでも信じ込む、勝手に組み立ててしまう、という話だ。
 個人データをハッキングして無党派層に向け、当人の好むネガティヴ(或いはポジテイッヴ)キャンペーンを吹き込む。選挙干渉は相手に合わせてバイアスのかかった情報の優先度を上げて恣意的に見せ、マインド・コントロールすることが可能だと。
 そうなると暴投の1/3秒前に脳が反応するどころではなく、個人の意思を操作されてしまうではないか。記憶も何もあったものではない。自分の脳をハッキングされるような話だ。
 しかもこの調子で認知症でも進んだ日には、外部の刺激に対する反応どころか、仮に記憶にあると本人が辛うじて思い込んでいても、何かの辻褄を合わせるために自身の記憶を(すでに機能的に通常の”脳”ではなくなっていたとしても)リセットしてしまうかもしれない。既にカオス理論からも見放された境地、結果は予想できない、と。
 僕はボケるだろうが、そうなった時も自由意思、思考、記憶といったものを細々とでも保持していたい。
 
 ところで僕は週末には山荘喜寿庵に閉じ籠り、一人で農作業のマネごとをしたり、この季節は落ち葉を掃いたりして暮らしている。要するに何も考えていない。うまくすれば何もしなくても最低限生きていける(食事と排泄は許して下さい)。
 仮に『手首を曲げよう』とさえもしなければ脳は活動を抑え、要するに目は開いているが眠っているような状態を持続できるだろう。そこでそういう環境を作り出し(スマホもテレビも切って、酒も飲まずに)過去の記憶がどこまで正しくたどれるか実験してみた。何かのキーワードについて直近から古い方に記憶をたどっていく。
 まず”病院”という言葉が浮かんだ。ある事情で最近見舞いに行く機会が多いからだが、そこから始まって自身の病院経験をズーッと遡ってみみた。亡母の最期にいた所、親友が入っていた病院、眉間を割って担ぎ込まれた外科、さる知り合いのいたICU、ズーッ遡って自分が40日も入っていた病室、往診に来てもらった『奥田先生』とたどっていく。すると僕の病院にまつわる最古の記憶は妹が生まれた時にオヤジに連れられて行った産院だった。4才の時である。オヤジの革靴がキュッキュッと鳴った音とともに覚えていた。
 ヨットで今年の夏に落水したことを思い出し、”水”に関して(飲むのではなく泳ぐ、浸かる)やってみたところ、この何年も船からバシャバシャ飛び込む以外はまともに泳いでない。セッセと泳いだのは遥か昔の小学校までだった。ギリギリ中学か。子供の頃に近くのYMCAのプールで水泳教室に通った。そのくせ、喜寿庵の下を流れる桂川で淵にはまって溺れかけた。水泳教室で習ったのはクロールであり、川遊びの役には立たなかったのだ。もっとチビだった頃、どこかのプールに連れていかれて『人間の体は沈まないんだよ』とオヤジがうつ伏せに浮いて見せた。確かにどこにも掴まっていないのに沈まない。やってごらん、となって横にされて手を放された途端にブクブク沈んだ。そしてそれよりも前に、庭に掘った池(喜寿庵ではないが、本籍地に引っ越す前に住んでいた家)に浸かって歩いた感触を思い出した。気になってアルバムを見ると3歳くらいの僕が水遊びをしている写真があった!
 面白くなって次は”食”。大して食道楽ではないから旨いものではなく、不味い記憶を辿ってみた。本格的にひどかったのは社会人になってから行ったスキー場の卵丼。次に学生時代に甲州街道沿いのゲームセンターで食べたピラフ(これは塩加減を間違えたとしか思えない殺人的な不味さだった)。小学校低学年時代に給食で出たイカ(さすがに半分以上の児童が残すという前代未聞の味)。ここで止まった。
 それはそうだろう。学校給食が始まるまでは嫌いな物なんか食べなかったからだ。思い出して来た、ソーセージとタラコを間違えてタラコが嫌いになった瞬間や蟹の缶詰の絵柄のグロテスクさに食べもしないくせに大嫌いだった。海老もだ。
 ”泣く”。直近では『パパはわるものチャンピョン』というプロレス映画でホロリときたが、さすがにギャーギャー・ポロポロと泣くことは何十年もない。最古の記憶は幼稚園前(場所の記憶があるので間違いない)、本に書いてある通りにどうしても切り紙が出来ない時に悔しくてビャアビャア泣いた。するとそこに母親がやってきて『どうしたの。貸してごらんなさい』と丁寧にやってくれると、簡単に出来てしまった。すると(その時点でも泣いていた)それが悔しかったので思いっきりその切り紙を引き千切ってもっと泣き出した。その時のあきれ返った母親の表情がうっすらと残っている。「こりすのポッコちゃん」というテレビ番組を見た頃と思うので4歳くらいだったか。

 待てよ!これで脳を鍛えているつもりになっていたが、ついさっきナニをしていたか覚えてないじゃないか。
「昔はこうだった」と同じ話しばかり喋るのはヤバい兆候。これでは脳を鍛えていない。気付かずに脳を退化させボケを進行させてしまった・・。

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贋作 ジェットストリーム R&B編

2018 NOV 18 14:14:59 pm by 西室 建

ーエデンの東が聞えて来るー
 
 またお会いしました。パーサーのジェット・ニシムロです
 空の旅は感傷的になるそうです
 じっと座っていても秒速300mの速さです
 やはり過去が飛んでいくのを
 人の身体が実感しているのでしょう
 
 本日は懐かしいソウルミュージックをお送りします
 お若い方はご存じないかも知れません 
 公民権運動が盛んに行われつつも
 激しい人種差別があった時代のアメリカで
 魂のほとばしりのように歌い継がれた曲です
 存分にお楽しみください
 

 ユニオン・スクエアーの近くの飲み屋
 ビア・プリーズとまず頼む
 ダーク・オア・ライ と聞かれてキョトンとした
 すると
 ダーク・イズ・ライク・ミー
 ライ・イズ・ライク・ユー
 体格のいいスキン・ヘッドの黒人青年が言った

 ある日 目が覚めたら 明るい
 妙にリズム感が無くなっている
 彼女に声をかけても返事をくれない
 胡散臭そうに言われてしまった
 「ここはあんた達がくるところじゃないよ」
 えっ、きのうまで一緒にやってたじゃないか
 うわー!鏡をみたら目が青くなっている
 いやだーっ
 
あ、夢だった

ーエデンの東が聞こえてくるー

 いかがでしたか
 差別は今もって根絶されません
 それは人間の心の葛藤だからでしょう
 おそらく私達の中にもあります
 ですが、差別される側の搾り出すような歌が
 私達の心を打つのならば
 未来に向けての一条の光りが見えてきませんか

 また、空の旅でお目にかかりましょう
 お相手は パーサーのジェット・ニシムロでした 

贋作ジェットストリーム (女性バラード編)

贋作 ジェットストリーム 忘却編

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序章は既に始まっていた

2018 NOV 15 0:00:47 am by 西室 建

 約十年程前、物凄い不眠になった。48時間キッチリ眠れなかった後に、やっと寝たが10分ほどで飛び起きてしまう。次の36時間もその繰り返しで、昼間はぼんやりするかというとそうでもなかった。そして泥酔すると眠れたが多少の酒は返って目が冴えてダメだった。
 一ヶ月くらい経って怖くなり、かかりつけの内科医に相談してみた。実はこの医者に酒を飲むな、と厳命されていたので殊勝な顔で禁酒しているフリをしていたのだが、不眠を訴えたら『酒飲めばいいんじゃない。どうせ飲んでるでしょ』等とふざけたことを言った上(当たっていたのでギョッとはしたが)で ××××ミン という薬を処方してくれた。これが効いた、効きすぎた。よく分からないが深く眠り過ぎるのか翌日手足がだるく、これでは二日酔いと大して変わらない。しかも効き目が出るのがやや時間がかかるのが難点で、飲んでから全然聞かない、とビールもついでにやって2時間くらいしてから眠っていた。これは後に大変に脳と体に悪いと知れたが、その時は知らなかった。 
 丁度その頃マイケル・ジャクソンが何かの薬で死んだのでビビり、医者にもう少しチョロい薬にしてくれ、と訴え ×××リー というのに代えた。すると眠りには入れても4時間くらいで目覚めてしまう。結局処方された以上に服用してしまうことが多かった。
 一度ヨーロッパ便の飛行機の中で酒と併用したところ、とんでもないボケ方をして徘徊してしまった。トイレに行った後、自分の席が分からなくなり機内を二周くらいして不審がられた。無論その後は併用は固くやめた。この間、かなりの数の脳細胞をダメにしたはずだ。
 不眠は未だに直らないが、この年になってあんまり依存するのもマズいと少し薬を減らそうとはしている。なぜかいくら訴えても医者の奴は『うつ病の恐れがある』とは絶対に言わない。
 かつての無頼派、坂口安吾は覚醒剤ヒロポンをやってハイになり、無理矢理眠るためにアドルムを飲んだというが、言うまでも無く僕は覚醒剤何かやっていない。
 眠れずに意識がはっきりしていても、体は休まっているのでジッとしていれば多少はウトウトして睡眠は取れているという説があるが、全くの嘘である。何度も寝返りをうっている内に夜が白々と明けて来た時の疲労感たるや凄まじいものがあった。

 加えてSMCのメンバー野村氏が投稿したブログによれば、そろそろ男性更年期障害の心配もしなければならないと知った。ただ、不眠の症状に陥った時にはブログに記載されたような状態は観察されず、年齢的にも早すぎる。いや待てよ、若年性という可能性もある。更に私の場合、多量の飲酒とそれによる泥酔に止められない煙草というハンデもあるので、そのテの症状が人より早まっても不思議ではない。
 そうか、これらはみなこれからの『年齢』への戦いのプロローグなのだ。この戦いに挑むにはそれなりの準備が必要であろう。戦略は何とか膠着状態を作り出すことだ、死なない人間はいないから。不眠がその兆候だとすれば十年前から戦いは始まっていたとは。だがまだ間に合うだろう。衰えが何だ、ボケが何だ。

 だけどなぁ・・・。今夜も眠れない。

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歩く火薬庫 来島又兵衛のラリアット

2018 NOV 10 0:00:22 am by 西室 建

 八月十八日の政変で長州と七卿は都を追い払われる。憤懣やるかたない長州勢は例によって藩内の意見が沸騰し、四分五烈の状態に陥った。下関で四カ国艦隊に破れてこのかた四面楚歌。幕府も会津も薩摩も気に入らない、どうしてくれる、と。
 奇才高杉晋作は奇兵隊を組織した。
 すると”歩く火薬庫”来島又兵衛も遊撃隊を組織してこれを率いた。この藩の指揮命令系統は常にそうだが、下がワーワー騒ぎ出して良く分からなくなり、藩主毛利敬親の「そうせい」の一言が出るまでまとまらない。
 来島は激高し藩主の卒兵上京を主張するが、あの過激派である高杉でさえ抑えにかかるという事態に。意見具申が入れられないとなると、今度はいささかお門違いであるが薩摩藩島津久光の暗殺を企てる始末だった。
 いくらなんでも、と一度投獄されるのだがこのあたりが長州藩の変なところで直ぐに釈放してしまう。
 この時点で長州以外の世論は公武合体、諸侯の参預会議は機能していた。
 ところが誠にマズいタイミングで池田屋事件が起こり、吉田稔麿以下長州系の尊皇攘夷派が新撰組に惨殺される。
 こうなると来島も藩論も収まらない。2000の藩兵を上洛させる。
 すると、後の鳥羽伏見では無残な腰砕けになった一橋慶喜が、なぜかこの時は猛烈に踏ん張った。
 一方、来島のまわりにも冷静な久坂玄瑞らがいたことはいたが、”歩く火薬庫”と化した来島は「この期に及んで何をしている。卑怯者は戦いを見物していろ」と自ら組織した遊撃隊600人を率いて蛤御門に突撃し戦死する。
 それにしても御所に向かって発砲し切り込むとはどういう勝算があっての戦いなのか、理解に苦しむ。そういう事を企てておいて、時代が下って長州が官軍になるとはどこか自己矛盾を抱えていないのか。
 そしてこの戦闘で俗に”鉄砲焼け”と言われる大火事になるのだが、なぜか京都における長州の評判が落ちなかったのは不思議だ。

ラリアット決まる

 これは大河ドラマ「西郷どん」での迫力ある戦闘シーンである。禁門の変における来島だが風折烏帽子甲冑姿の出で立ちがピッタリのこの巨漢、誰あろうプロレス界の歩く火薬庫、長州力である。
 長州力、本名吉田光男、山口県は徳山出身で長州出身だからとつけられたリング・ネームだ。
 かつては武藤敬司や大仁田、真壁といったところが出たことがある大河ドラマだが同じプロデューサーなのだろうか、巧みな配役だ。
 演出の人もプロレス・ファンらしく「長州さん。ラリアットをやってください」といわれてこのシーンになったとか。

ついに海老蔵 織田信長になる

 それが、ですな。僕としたことがこの回と前後を見ておらず、最近知った、痛恨の極みなのだ。有難い事に動画に残されていたので迫真の演技を堪能できた。

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あの移民キャラバン・・・

2018 NOV 6 12:12:03 pm by 西室 建

 インタヴューには「犯罪から逃れて仕事を求めて来た」と答える。
 初めは160人(誰が数えたのだろう)くらいだったのが今や数千人になってメキシコ国内を移動中。パスポートも無さそうな集団が、ホンジュラスからメキシコにはどうやって入国したのか。
 あんな大集団では食料の確保も簡単ではなかろう。しかし何故か飢えた様子が見てとれない。金なんか持ってなさそうなのにメシはどう調達しているのか。
 子供もいる、乳母車を押している夫婦もいる。
 夜はどこで寝ているのか。雨は一度も降らないのか。 
 時にアメリカ中間選挙直前。この時期になぜ突如発生したのだろう。
 おまけにやけに統制が取れているのも不思議だ。整然と進むにあたっては誰かが『出発』の号令くらいかけているはずだ、ハーメルンの笛吹きみたいに。
 メキシコ政府が冷静なのもよく分からない。難民として受け入れるつもりなのかアメリカに追っ払うつもりなのか。直近の報道では首都のスタジアムを開放して食料を提供しているらしい。

 トランプ大統領は軍を出動させ、国境を固めるという。まるで戦争準備ではないか。これ、ある種のアメリカ人に受けないはずがない。「壁を作れ」で当選してしまったのだから、公約を忠実に実行することにもなる。
 そして中間選挙になってしまった。
 大統領は精力的にスピーチをこなすが、会場は典型的なレッド・ネック(白人のこと)ばかりで大歓声。なぜか大都市には行かない。
 対する民主党は嫌われヒラリーを出す訳にもいかず、オバマ元大統領が孤軍奮闘するが、迫るキャラバンを止めることなんかできない。

 これはどこかの陰謀ではなかろうか。
「お前ら、金をやるからアメリカに向かって進め。途中から幾つかの集団が合流スル手はずだが決して争うな。ナニちょっとしたピクニックだと思えばいいさ。食い物は何とかするからテキサスを目指すんだ。なんでこんなことをするのかとCNNのようなマスコミがインタヴューしたら『国は犯罪とテロばかりで仕事も無い。アメリカに移民したい』と言いふらせ。特にテレビカメラが取材に来たら大げさにやれ。11月6日までにメキシコシティーを出発したら後はもう好き勝手やっていい。帰りのヒッチハイクは手配する」
 と囁いて、あたかも大集団がテキサスに押し寄せる画像を写し、今頃はSNSを駆使して『実はあのキャラバンには凶悪な武装集団が混じって入国しようとしている』とフェイクを蔓延させる作戦だったりして。
 秘かに選挙に介入するロシアか、ナリを潜めていたあのバノン氏か。

 というのは冗談だとして、このタイミングでは共和党に有利に働く気がする。
 気の毒な人々の行く末を祈らずにはいられない。

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アルツハルマゲドン 秋空292

2018 NOV 3 8:08:37 am by 西室 建

クリックして遠くから見て

 美しい秋空の不思議な文様に思わず撮って楽しんでいた。
 だが、後日アップして拡大、そして遠くから見るとある数字が浮かび上がってきてゾッとした。
 見えるだろう・・ 2 9 2が。
 天が私に何かを告げようとしたのだろうか、ハルマゲドンが近いのか。

 ここは私の信仰する滋養神社にて斎戒沐浴し、気を静めてこの3桁の数字に集中した。超神道、滋養流の秘法を駆使するためである。すると二つの整数は、
 2・・・エネルギー、確信
 9・・・周期、同調、完結
 を意味することがわかった。これが並ぶということは、ある強い波動が来て完結し、その後また蓄積されていくという暗示であろう。通常ならば戦争であるとか地震が起こるといった予言をするのだろうが、滋養神社のお告げは違った。292とは二つのエネルギーに挟まれたピークであり、破壊的惨事を指してはいない。
 残念ながら、滋養神は私にそのお告げを明らかにすることを許さなかっので、詳しくは書けない。
 そしてそれはいつ起こるのか、も啓示がなかった。従ってこの292から解いていかなければなるまい。
 この数字 二百九十2を分解すると 2×10×10 + 3×3×10 + 2 となる。
 これは滋養流数秘術で見立てると2020年3月30日プラス2なのだが、この+2がミソだ。
 ご存じの通り2020年は閏年で1年が366日ある。しかも新年号になって初めての正月を迎える年でもある。年度末までに1日多い。即ち新年度の始まる4月1日まで3月30日から(30日は月曜日で1日は水曜)と読めるのである。

クリックして下さい
その後見る見るうちに

 例えば改正憲法が新年度から発布されるにあたって国民運動が頂点に達する。或いは新天皇陛下の新年号による始めての年度スタートにあたって、特別な条約が結ばれる。はたまた全国民が見ている中で異変が起こり神秘体験をするかもしれない。革命的な盛り上がりを見せるピークが2020年3月30日から2日間と解いた。
 実は、空はその後いつのまにか二つに割れてしまい、下の方から滝のように崩れ落ちていったのである。
 これだけは言っていいだろう。ある『文化』『科学』『思想』といったものが頂点に達した飽和状態になって日本人の気質が変わる。そして社会は一度分断された後に、再び安定するのである。

春夏秋冬不思議譚 (秋の日に慌てた少年)

空に文字が・・・

縞模様の空 (今月のテーマ 空)

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