空白 2時間
2026 FEB 1 9:09:01 am by 西 牟呂雄
港の新年会に行った。昼から餅つき大会をやったりレース結果の表彰をしたりして散々飲んだ。
それから夜中までの僕の恥ずかしい行状は今更新鮮味もないので省く。
翌朝は朝からいい風が吹いたので沖に出て、流しながら計器やシートのチェックを少々。手際よくクレーンで上げて解散。
クルーの車に乗り合いで最寄りの駅へ、そして電車で五駅あたり過ぎて忘れ物に気が付いた。スマホ!こういうことはしょっちゅうあるのだが、毎回やたらと焦る。どこで忘れたのか、今でもあるのか、もしかしたら車の中か。
次の駅で降りて反対側の電車に飛び乗る。そして終点の駅からバスに。一路ハーバーに戻る、ここまで約1時間のロス。
更に帰りのバスの時間を見ると、なんと休日ダイヤでこれから1時間以上ない!
トボトボと船まで行くと、かのスマホはキャビンの中で僕をあざ笑うように鎮座していた、コノヤロウ。まぁ、良く待っていてくれたと褒めてやったがね。
で、することも何もなくボケーッとするしかない。しかしハーバーは一応パブリック・スペースなのでただ寝転んでいるわけにもいかない、他の船は忙しくしているし。邪魔になるから船にあった焼酎パックを飲みながらバス停に向かった、まだ1時間くらいある。
ん?見上げると π の形をした雲が浮いている。
ずいぶん高い雲らしく、少しづつ形を変えているようなので急いで写してみたら、もうこんなふうに崩れてしまった。
そうか、雲も忙しいんだ。
そして気が付いたが、今この見える範囲で動きがあるのは僕とあの雲だけ。風も止んだ。車もない。
おまけに淋しくもない。
待てよ、『さびしい』って何だ。
何かに夢中になって一息つくことか?さっきまで忘れ物が気になってあわてていた。
ほっとしてすることがない今、さびしくはない。
誰も話しかけてこなくて、話す相手もいない今、さびしくはない。
ここにいることを誰にも知らせず、だれも聞いてこない今、さびしくはない。
入り江の畔に降りてみた。
誠につつましやかな渚をのぞき込む。手のひらにザワザワした感覚が残る。
僕はひとりだけれどこの下の無数の生き物は忙しかろう。
歩けばザクッザクッと砂が鳴る。
孤独死する一人暮らしの老人は、息絶える前にさびしかったのか。
そうではあるまい、直前まで必死に生きたはずだ。
祭りの喧騒の中で、たった一人で歩く方がさびしかろう。
岬の先まで来てしまった。ここにも誰もいない。
浪がサワサワしているだけ。
係留された船のマストの間にうっすらと雪を頂いた富士山が一人。
気高い富士がさびしいはずはない。
誇り高き孤独はさびしいはずはない。
僕は時間から解放され、この風景に埋もれていた、2時間も。
あっ、そろそろバスの時間かな。ザクザク歩いて行くとバス停に数人の人が。
この2時間の、ポッカリと空いた空白の風と色と富士。
僕は諦めない、僕は恨まない、僕は裏切らない。
この2時間はここに置いていく。
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