贋作 ジェット・ストリーム 本邦田舎(カントリー)編
2026 MAR 8 12:12:18 pm by 西 牟呂雄
ーミスターロンリーのインストロメンタルが流れるー
またお会いできましたね
空の旅ともなると サンダル履きとはいきませんか
そうでもありませんよ
今では乗り継ぎをしながら
結構な遠方まで一っ飛びという方もいらっしゃいます
フラリと出かけて旅を楽しむ
目的もないまま出かけて
リゾートで3日ほどはいかがですか
人一倍はしゃぐのが好きで いつも酔っぱらってた
酔えば強がって自虐ネタを披露する
ささいなことに勝手に気がついては
役に立ちそうもないことを思いつく
そういえば昔 あの娘に惚れてたな
そのくせ 声もかけられなかった
一番やりたいことには
近づきたくないと言っていた
旅に出ると 2~3年帰ってこなかった
どこ行ってた と聞くと
言葉も通じないような外国だった
さびしくはなかったのか アイツ
歌ってみなさいよ
声を出して 口ずさむ ラララ
読んでごらん
声を出して 音読を
もう少しリズムに乗せれば
それは もう 妙なる詩
目になじめば 美しい絵
せっかくだからステップを ワン・ツー・スリー
ほら もうダンサー
ーエデンの東が流れるー
いかがでしたか
かまやつさん 小坂忠さん 江利チエミさん 鬼籍に入られました
ところで かまやつさんのバックのフィドル
わたしの同級生です(彼は元気です)
と言っても今から半世紀も前
お相手はパーサーの
ジェット・ニシでした
また 空の旅でお目にかかりましょう
年男(古希+2)ゲレンデに挑む
2026 MAR 1 1:01:08 am by 西 牟呂雄
今年は滑れるのか、今年やっておかなければもう二度とできないかもしれない、万が一コケて骨折でもした日にはバカ呼ばわりされる、様々な不安と相克を乗り越えて何とか滑走する気になった。
もはや老人であることは疑いもなく、脚力の衰えは実感している。反射神経・動体視力・持続力、視力と全てアウトの満身創痍である。昔のように、天気がいいからチョイと一滑りという訳にはいかないのだ。だが、先日劣化が進んだスノー・ブーツを破棄し、新品を買ってしまった。もう後には引けない。
ところがゲレンデでは様相が一変していた。クアッド・リフトが1回1500円!こんなところに物価高が顕著に押し寄せているとは知らなかった。僕は4~5回流せばいい、だからつい貧乏性が出て4500円の半日券を買ってしまった。
この日はスノボを履いた。1本目、すでにリフトを降りる時点でヨタヨタする。
シーズン初めはいつものことだが体が滑りを思い出すまで硬くなってつっぱる。一滑りしたところで息が上がり、右足の太腿がもう痛い。。
初心者コースをもう一本滑ったところでコーヒー・ブレイク。
何がなんでも元を取るために後三本意地で滑って精魂尽きた。
これではまだ成仏できない。
某日、今度はスキーを履く。スキーは昔ながらの長く(180cm)硬いスキーと今どきのカーヴィング・スキーの2本を使いこなす。今回も半日券を買った。感覚でいうと長い方は『しならせる』ように回転し、短いのはカラカラと滑らせる。
それが、である。目下ミラノ・コルティナのオリンピックの競技を見てしまったためどうしても(ナンチャッテ)モーグルとかポールをくぐる大回転の真似はしたくなるのですよ。そしてこのゲレンデにはそういうトライアル・ゾーンがあって、誘惑に負けた。モーグルは見ていればわかるが、ギャップのところで膝が胸に当たるくらい下半身を柔軟に使って腰の高さを一定にする必要がある。
結果はご想像の通りで、モーグル・モドキはカーヴィング・スキーでコブを一つ越えた時点でコース・アウト。
ロング・スキーで挑んだポールも1本回転してリタイア。
すると突如天から厳かな声が低く聞こえてきた。
「無駄な抵抗は止めよ」

見上げれば西の方に飛行機も飛んでいないのに不吉な雲が・・・。
おそらく飛行機雲が残っていたのだろうが、まれに地上付近で風と風がぶつかって空気が一直線状に上昇する時に上昇帯に沿って雲ができることがある。
この雲の不吉さは、一番高いところの雲が今にも太陽を飲み込みそうなところだ。例の『白虹日を貫く』と言うアレだ。秦の始皇帝を燕の刺客、荊軻(けいか)が暗殺に行く際、天に現れたヤツ。『風蕭蕭(しょうしょう)として易水寒く 壮士一たび去りて復た還らず』の故事で知られる。また、作家の井伏鱒二が昭和11年2月25日に見たと日記に残したが、果たして翌日2・26事件が起きた。
即ち、テロの前兆で現れるが失敗するという天の知らせとも言える。
などと思いを巡らしつつラーメンを食べた。
食べ終わってどっこいしょ、あれ!なんじゃこれ。一天俄かに暗くなった。これだから山の天気は恐い。
上まで行ってみると雪も舞っている。そうか、天の声も白虹もこれを予言したのか。やーめたっと、さて来年は・・・。
南蛮倭国盛衰記 旋風そして維新
2026 FEB 21 0:00:04 am by 西 牟呂雄
少年達が銛を手にして次々に小舟から飛び込む。小舟は現在のアウトリガー・カヌーで、もう岸からは見えないほど遠くに出ている。シャム湾は浅瀬が続くため湾内の潮の流れは早いが、舵取り役を残し数十人の若者は長く・深く潜り、獲物に銛を突き立てる水練をしているところだった。
やがて息が続かなくなった者から海面に飛び出してくる。早いものはやはり手ぶらだ。現在は乾季のため、チャオプラヤー川から流れ込む茶色がかった水は少なく、ここまで沖合に出れば透明度は高い。未だに潜っているのは二人ほどだがその動きは船上からも良く見えた。一人は獲物を突いて上がって来たが、もう一人はまるで魚のように泳ぎ大物を追っていた。その魚はそう早い動きではなかったものの、獲物がより深い方へと逃げて行こうとする刹那、一瞬大きく体をしならせたかと思うと重そうな銛を一閃させて仕留めた。
そのまま一抱えもある大物を手繰りながら海面から頭を突き出し「ファーッ」と息をつくと船に向かって泳ぎだした。
「お春が一番の大物か」
「またかよ。あいつはまるで魚だ」
アジ科と思われる大物を片手で船に放り上げるとザバッと乗り込んできた。
少年たちは15歳くらい、彼等は南蛮倭国の戦士となるべく訓練を受けていた。皆、頭に布を巻き付け上半身は裸で腰は褌姿、良く日に焼けている。だが、ひとり大物を仕留めた者だけは色白の地肌らしくピンク色をしていた。背は頭一つ高く手も足も逞しく太いのだが、胸元はわずかに隆起し少年のそれとは違っている、女なのだ。
名前はお春。肩で息をしながら笑って言い放った。
「お前ら。陸(おか)の上の武術も水の中の潜りもオイに勝てんじゃろう。こんままでは大船(おおぶね)の船長(ふなおさ)にはオイがなるしかなか」
「ないごて。お春なんぞ誰も嫁とりせんから大船に乗るしかなか」
少年たちはもうすぐに元服を迎え艦隊に乗り込むことになる。その際に厳格な能力審査の上、最初から役割を割り振られる。船長、舵取り、射手、帆方、漕方(こぎかた)、賄・荷方、といった具合である。
そして南蛮倭国の艦隊はシャム国王の親衛隊にも序されるため、新人はラーマ一世の閲兵を受けることになっていた。
アユタヤ王朝は既に滅び、紆余曲折を経て現在のチャクリー王朝が成立していた。それに伴い王宮をバンコクに造営し首都と定めた。南蛮倭国は内政不干渉の原則を貫き、艦隊拠点をレムチャバンに移した。ラーマ一世はその潔さにいたく感服し、親衛隊直属で海上防衛の任に当たらせることとした。言ってみればイングランドのサー・ドレイクやのような合法の海賊・傭兵である。
謁見当日、暑い日差しを浴びながら甲冑を付けた40人の新兵が4列縦隊に整列した。両側にシャム軍自慢の像部隊が控え、正面の一段と高いところにしつらえられた黄金の玉座にラーマ一世が座っていた。その前で新兵に向かって起立している親衛隊長シーゲル王子が姿勢を正して「ワイ!(タイ語で合掌の姿勢)」と号令をかけると一同が兜を脱いで脇に置き合掌の姿勢をとった。
王子は閲兵すべく中央を進み、戻ってくるとラーマ一世に向かい再び「ワイ!」の声をかけた。
式典が終わり南蛮倭国の戦士が後退する時、シーゲル王子が指揮官を呼び止めた。その美貌が印象的だったからだろう。
「待て」
指揮官はお春だった。
「ワイ!」
「お前は日本人なのか」
「チャイ・クラップ!(はい・男語)」
「少し話していけ。ついてまいれ」
実はシーゲル王子の男色はつとに知られており直属の親衛隊は大変な美少年を集めていた。ただし、男色は今日の様な捉えられ方ではなく、特に戦乱の続いたシャムにおいては戦場での結束をもたらす絆と考えられ、事実シーゲル王子の親衛隊は無類の強さで知られていた。
王子は衛兵の守る自室に招き入れるとお茶を勧めた。
「お前たちの艦隊は無敵と聞いている。お前たちのおかげで我らは陸の上の戦闘に専念できることを感謝する」
「コープクン・クラップ(そうです・男語)」
「お前の体を見てみたい」
さすがに多少動揺したようだが、次の瞬間鎧を解きだした、薄く笑みを含んでいたようだったが。そして上半身があらわになるとシーゲル王子の方が驚いた。両の胸のたくましさとやわらかいシルエットに目を奪われた。
「待て!お前は女か。なぜ男言葉を使う」
「普段より海に暮らすのに区別なし。特に我が艦隊は全員が戦士ゆえ」
「む・・・。女ともあれば余の後宮にて暮らすことも許されるが」
「おたわむれを。異民族の女戦士など。殿下なら恥辱を受けた日本人の作法はご存じのはず」
と脇差を抜き刀身に布を巻き付けると自分に向けた。王子もさすがに慌てた。
「もうよい!・・・・お前達はラーマ一世の海の親衛隊でもある。任務を果たせ」
「カオジャイレーオ・クラップ!(わかりました・男語)」
そのまま後ろずさりの礼法でさがった。シーゲル王子は興覚めし深いため息をついていた。
往時茫々、10年の歳月が過ぎた。
この時期、イギリス東インド会社は大航海時代を先行していたスペイン・ポルトガル・オランダを凌駕し、数十隻の大砲を装備した武装商船艦隊を擁して、東南アジアから清国へ進出しはじめた。なお、インドから西側はボンベイ・マリーンとして正式な海軍を持っており、まさに七つの海を支配していた時期に当たる。
この武装商船艦隊はいわゆるロイヤル・ネイビーではないものの、組織・階級・並びに士官などはほぼ同じで、強力な戦力である。当然のことながら南蛮倭国と小競り合いが起きることとなるのは時間の問題だった。
マレー半島で出会い頭での接触だったのだが、イギリス側は艦隊行動ではなくブリタニア号の単独航海だったことが災いした。南蛮倭国側は早い話が海賊だ。砲撃されるやサッサと逃げ回り、得意の夜襲で襲い掛かると瞬く間に制圧、拿捕してしまった.双方に若干の犠牲者がでた。倭国側の果敢な攻撃の船長は逞しく成長したお春であった。
死傷者が少なかったのは日本側の目的が人質と船の確保だったからである。作戦を立てたのはお春だった。
お春は既に武装商船隊の船影を目撃しており、その戦力の充実から南蛮倭国の3拠点を合わせても艦隊決戦に勝ち目はないと判断、乗っ取りを長老会に進言して了承されていた。
武装解除されたイギリス人とインド人の水夫が甲板に集められた。
以下、カタコトの英語・蘭語のチャンポンで会話が進む。お春が訪ねた。
「指揮官は誰か」
ボンベイ・マリーンの制服を身に着けた細身の士官が一歩進んだ。
「私だ」
「名前は」
「コマンダー・ウィリアム・アダムス(アダムス少佐)。あなたは」
「お春ジェロニマ」
言うなり兜を脱いだ。
アダムス少佐の顔色が変わった。その名前と美貌に驚いたのだ。
「あなたが有名な『Jager of hurdle(困難な豹)』か」
Jager of hurdle とは東インド会社が手を焼いていた南蛮倭国の船長(ふなおさ)の呼称で、鮮やかな操船と果敢な戦闘で恐れられていた。だがイギリス東インド会社もジャワのオランダもまさか女とは誰も知らなかった。
「その通り。コマンダー・アダムス。あなた達は人質となった。手荒な真似はしない。あなたがたと交渉したい」
「何の交渉か」
「あなた方の身代金と命の引き換えにこの船をいただく」
「私に権限はない」
「権限のある者に取り次いで欲しい」
「どうやって取り次ぐのか」
ここでお春はカラカラと笑った。
「この船で行く」
「なに!」
「わたしの指揮の元で我々とあなた方で操船する」
「ボンベイで無事ですむと思うのか」
「私は全権をもって交渉を任されている。われら南蛮倭国はこの船を買い、河内(ハノイ)呂宋(ルソン)と協力し東インド会社の商船を護衛する。ボンベイ・マリーンはその武力をインドおよびその西側に集中させるがよかろう。東インド会社への海賊行為もしない。あなた方はカンパニーだろう。損得を考えるはずだ」
アダムスは言葉を失った。
ボンベイの港に姿を現した武装商船には東インド会社のフラッグとともに南蛮倭国の旭日旗が掲げられている。そして初めて見る兜に甲冑のサムライが甲板に整列している様を見て、イギリス人もインド人も目を見張るのだった。
『Jager of hurdle(ジャガー・オブ・ハードゥㇽ)』即ち、後に『じゃがたらお春』として日本に知られることになる伝説の女海賊が誕生した日である。
彼女が指揮を執る船は右舷に『Jager of hurdle』左舷に『じゃがたらお春』と表記され、旭日旗とユニオンジャックを掲げていた。いつもの癖で舳先で水平線をみるお春の背後には金髪を風になびかせるアダムス少佐の姿があった。
お春が振り返るとアダムスと目が合う。アダムスが聞いた。
「フナオサ(船長)どちらに舵をとるおつもりか」
「我らに行先などない。ただ漂い、打ち壊し、奪うばかり」
「そのあとは」
「生き延びることができたら・・・そうだな、ウィリアム。お前の生まれたエゲレスにでもいってみるか」
「それは・・・、あの暗い天気はフナオサに似合わない」
「ではお前たちバテレンが忌み嫌う”地獄”の入り口まで航海するか」
「滅相もない」
「フハハハハハ、どこでもよい。お前はついてまいれ」
振り向いて言うが早いか、見上げるようなアダムスの首周りにタックルをかけた。アダムスは副長として『Jager of hurdle』に乗り込み、お春の影のように寄り添っていた。二人は笑いながら転げまわり、甲板のファーネスに引っかかると互いを見つめ合っていた。ちょうど水平線に夕日が落ちていった。
慶応元年、神戸海軍操練所が閉鎖され無聊を囲っていた坂本龍馬が西郷隆盛に誘われて鹿児島を訪問した。
西郷家に逗留すると早速西郷が誘った。
「あすは枕崎まで行きもんそ」
「そこはどこぜよ」
「みせたいもんがあいもす」
鹿児島から枕崎まで一日がかりである。粗末な旅籠に宿を取ると先客があった。
「せごドン、お待ち申し上げておりました」
「おお、お久しぶり。こん者が海軍を作ろうち奔走しちょる坂本君ごわす」
「尊王の志高き志士としてご高名は存じ奉り候。海軍伝習所が閉鎖されお困りと聞いておりもす」
「おんしは誰がじゃ。勝先生を知っとるがですか」
「拙者は蛇潟老春(じゃがた・らおはる)。勝なる方は幕臣ゆえに我らは面識はなか。ですが我らは坂本さあのやりたがっちょう海軍を持っちょいもす」
薩摩訛りだった。
「なに!かいぐん!」
西郷が遮った。
「蛇潟ドンはオイが島に流されていた時分に世話にないもうした。シャムを拠点に艦隊を率い、河内(はのい)、呂宋(るそん)にいる日本人の子孫たちと力を合わせて海軍を持っちょいもす。無論戦闘においてメリケン・エゲレスといった国の海軍に一歩も引けはといもはん」
「日本人ならエゲレスが薩摩と戦になった時はなんで助けんかったがじゃ」
蛇潟がゆっくりと言った。
「あいはボンベイ・マリーンの船ごわす。オイたちゃその指揮下ではあいもはん。それにご存じないじゃろが、あいはすべて空砲でごわした。要するに幕府に対する見せかけ」
西郷も続ける。
「おいたちはもうエゲレスには話をつけておりもした。後は幕府が困るように仕向けた芝居」
南蛮倭国はオランダ軍を退けた後、一時的にヨーロッパが革命騒ぎで東洋進出が小康状態になった時点で周辺の制海権を握った。そして幕府が鎖国政策を取ったことを逆手にとって交易を発展させた。なに、交易といえば聞こえはいいが、実態は密貿易と海賊行為である。それによって莫大な富を蓄えたのだが、日系3国は内陸での帝国経営には一向に興味を示さず海洋独立国家であり続け、3拠点の総称である南蛮倭国が定着したのだ。
一つには現地人との宗教観が違いすぎて通婚がほとんど進まず、また日本から受け入れられる女の数も限られるため人口は増えるわけではない。第一、暴れまわるのが生業なので陸の領土を広げて帝国を経営するノウハウも資質もない連中だったからである。
時代は進み、ヨーロッパから産業革命が起こった。
資本はダイナミックに躍動し動力革命・軍事革命を牽引する。勢いのついたヨーロッパは海洋を制覇し、アフリカ・アジアの分捕りあいが時代の趨勢となり、英国がその覇権を握りつつあった。
イギリスはインドを飲み込み、清国を侵食し始める。その際に南蛮倭国と歴史的な接触があった。そして倭国勢は伝説の女海賊お春(じゃがたらお春)に率いられイギリス海洋進出の一翼を担ったのは前述の通り。
その操船能力と戦闘技術の高さは大英帝国をしてもなお魅力的だった上、そもそも領土的野心はない。更に異常ともいえる識字率の高さ、同調圧力、好奇心、義侠心とアジアの国にあっては極めて特殊な連中だったのだ。また周辺国は非常に恐れ、実際に戦闘が起きると無類の強さだったため、英国も薄気味悪がって懐柔しようとしたのだった。
倭国艦隊は英国商船を保護しつつ南シナ海から沖縄・薩摩まで自由自在に(時に)暴れまわった。
おまけに新技術に対するチューン・アップは日本人のお手の物であり、動力を学び大艦に砲を載せ反射炉で製鉄までした。元々日本は鉄砲大国でもあったため武装艦隊は手が付けられない存在になりおおせていたのである。
時は流れ、ペリー艦隊が日本に砲艦外交を展開したことも南蛮倭国は知っていた。しかし幕府の開港後も政治に巻き込まれるつもりはなく、英国の先兵に甘んじていた。ところが密貿易のパートナーである薩摩が急速に政治の表舞台に出たことによりそうも言っていられなくなったのだ。
倭国は長年の友好関係と島役人への多額の賄賂によって沖縄ー枕崎ルートは庭も同然、そこで沖永良部に流されていた西郷を物心両面で支え、その復帰後も影に日向にサポートしていた。西郷が龍馬に蛇潟老春を引き合わせたのはその時と縁のなせる運命だった。尚、南蛮倭国の日本人が交流したのは密貿易相手の薩摩藩のみだったので今では老春たちは京言葉も江戸言葉も喋れず薩摩弁が標準語だった。
「坂本さあは今更海軍などつくらんと、おいたちにまかせておればよか」
「なにい!」
「おいたちは海禁をした幕府とは相いれもはん。しかも幕府はフランスに肩入れしちょいもす。おいたちは一度義を交わせば必ず守る」
「西郷さん、ホントか」
「相違御座らん」
「むむッ・・・。手の込んだ仕掛けは西郷さんの絵図かの。ほいじゃあわしはなんをすればいいがじゃ」
「かんぱにーをつくられればよか」
「かんぱにーじゃと」
西郷が引き取って言った。
「坂本さあ、こん老春どんとおいたち薩摩が金を出す。坂本さあはそいを預かり日本と世界を相手に大あきないをすればよか。海からの援護でごわす」
「海からの。そうか!海援隊じゃあ」
その後の維新回天の歴史は読者のよく知るところである。
維新後の倭国海上勢力は2つに分かれて存続した。簡単に言えば龍馬派と西郷派に分類され、龍馬派は岩崎弥太郎率いる九十九商会の商船グループ、即ち今日の日本郵船の礎である。それに対して西郷派はのちの帝国海軍に吸収されていく。帝国陸軍が長州系なのに対し、薩の海軍と言われたのはこのグループのことを指す。倭国の日本語は全員薩摩弁だった。
現地の日本人ソサエティは戦前まで国家の体裁は取らなかったが存続し、タイ(バンコク)・河内(ハノイ)・呂宋(マニラ)はそれぞれ日本軍に協力していた。ところが負けてしまったためさすがに居心地が悪くなり300年近く住み慣れた土地を離れた。タイからはインドネシアに移住し、戦後の独立戦争に参加した後はジャワ島の山地にいるらしい。ハノイは台湾の花蓮(ファーレン)に住み着き密かに存続し高砂族の一派に溶け込んでいる。この一派は強力な民進党支持者だと言われている。マニラの連中は戦中に山下兵団とともに北上し、バギオに潜伏した。その後、密かに山下財宝とも称される金塊を山中に隠し持ってフィリピンの世論を裏から操っているという噂が絶えない。
上記3か国の親日ぶりの遠因ではないだろうか。
尚、今日の歴史研究では南蛮のニシーム・ローザエモンと河内(ハノイ)の室西僧正、呂宋(ルソン)のアントニオ・オエスタは同一人物と考えられている。蛇潟老春は言うまでもなく英国人アダムス少佐とジャガタラお春の子孫であった。
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南蛮倭国盛衰記 シャム湾海戦から鎖国へ
2026 FEB 15 0:00:16 am by 西 牟呂雄
1630年、和暦では寛永七年、メナム川河口にある南蛮倭国の長老会トップであったヤーマ・ナーマサが死去した。壮大な葬儀にはタイのアユタヤ王朝・ベトナムのフエ王国・バタビアのオランダ東インド会社総督といった近隣の国家から弔問の特使が参列した。式典は神道式で神官の短い祝詞が日本語であげられた。
南蛮倭国は人口約1万人、誠に奇妙な都市国家である。成人男子は全て武士で構成され、ごく少数の両替商と大工がおり、両替商は日本からの銀の交易を手掛け、大工は船大工だった。要するに傭兵集団が独立した海洋国家で、かつては倭寇と呼ばれた日本人達なのである。それでも長老会という議決機関を頂き大将を選任しそれなりの国家の体裁を整えてはいた。
世界史に類似例を求めると、ヴェネツイアやマルタ共和国が近い。ただ、この集団の場合は領土的野心も通商概念もほとんどない不思議な国家だった。
これ以外にも同じような日本人軍事国家がヴェトナム北部の河内倭国(河内は現地語でハノイ。はのいわこく)とフィリピンの切支丹呂宋倭国(きりしたんるそんやまとこく)の二つがあった。
このうち前者は公用語である漢文(当時のヴェトナム王朝は漢文を公文書とした)との親和性が高く、また僧兵崩れが多かったせいで兵士全員は僧衣を纏った仏教国の体裁だ。
一方後者は大阪夏の陣で敗れた浪人達を吸収して成立したキリスト教国で、成立当初の中心人物がキリシタン大名の高山右近だったからである。そして当時の現地を支配していたのはカソリックのスペインだったので、キリシタンであることは都合のよい隠れ蓑となったのだった。
三国は巨大ガレオン式帆船である大安宅船を数隻所有し周辺の制海権を握っていた。そういえば聞こえはいいが、普段日常的にやっていることは海賊である。
時は大航海時代。やや遅れて東洋に進出したオランダ東インド会社は、ジャワ島を拠点に先行したポルトガル・スペインを追うように勢力拡張を図っていた。当初は香辛料の交易のみだったが、バタビア(ジャカルタ)に要塞を築き現地勢力を懐柔するなどして次第に植民地経営を強化していた。
タイ・およびマラッカの諸国はこれを警戒し、南蛮倭国に海上防御を要請。ヤーマ・ナーマサの後に長老会の評議により大将に選出されたニシーム・ローザエモンはこれを受け、シャム湾を往来するオランダの帆船を片っ端から襲いだした。要するに本性をむき出しにして暴れまわったのだ。
これに怒ったオランダは大砲を積載した艦隊に正規兵千人と現地兵千人を乗せてシャム湾を威嚇封鎖した、一触即発の艦隊行動だった。
ニシーム大将は長老会を招集して言った。
「ジャガタラの紅毛人ども、ついに我らがシャムを脅かさんとす、我等はアユタヤのプラサートトン様の要請によりこれを撃滅せん」
おおっぴらに思う存分暴れられるのだ、戦士達は奮い立つ。既にヴェトナムの河内国とフィリピンの呂宋国の日系二国に応援を要請してある。二国といってもやっていることもその生業も同じで、総称としては南蛮倭国と言って差し支えないだろう。
河内(ハノイ)の最高指導者の僧侶である建僧都室西(たけるそうずしっさい)、通称室西僧正(しっさいそうじょう)は謎めいた人物で滅多に人前に姿を現さない。年に数回大きな会葬に出てきては良く通る声で一喝していた。
呂宋では現在アントニオ・オエステと名乗る日本人がリーダーとなっていた。アントニオは日本語を話すが、自分はキリストの生まれ変わり、などと胡散臭いことを言い募る怪しげなことこの上ない人物なのだが、用兵は巧で個別海戦には滅法強かった。
シャム湾に大型帆船のオランダ艦隊が姿を現した。潰すべきは南蛮倭国の本拠地で現在のバンコクだ。浅瀬の湾口を包囲するような布陣から自慢の大砲を撃ち始めた。陸上をかき乱した後上陸する作戦である。
ローザエモンは不敵に笑った。
「紅毛人ども、わざわざ波頭を超えて鮫のエサになりに来おって。望み通り切り刻んでやれ」
その頃艦隊後方から大安宅船の艦隊が北上してくるのが見えた。戦闘前に沖合で待機していた南蛮倭国の船である。
するとこのまま割って入られ陸との挟み撃ちにされるのを避けるため、オランダ艦隊はいったん上陸を諦め回避行動を取った。そして現在のカンボジア方面を目指しパッタヤー半島を回ったところに停泊した。何故か追って来るはずの南蛮倭国の艦隊は半島の反対側あたりで追撃をやめていたのだった。
真っ赤な夕日が落ち闇に覆われると、その漆黒の夜半に大安宅船から手漕ぎ小型舟が十数隻ほどヒタヒタと半島を回って行く。得意の夜襲である。
ヨーロッパでの戦闘は通常ヌーンデイ・タイムに行われるものだったのだが南蛮倭国は知ったこっちゃない。大安宅船による追撃は申し訳程度で、日没後を待っていたのだ。
音もなく寄せると直上に向けて火矢を放ち、手鉤縄を船側に絡ませては次々と乗りこみ全員無言のまま抜刀する。撃ち込まれた火矢に気づいたオランダ兵の当直が大声をだそうとするのを一瞬で切り捨てた。帆にも放火する。
騒ぎが大きくなり甲板に兵士が上がって来て白兵戦になった。倭国兵は全員夜目が利く上に日本刀はこういった乱戦では無類の殺傷能力を持っている。縦横無尽に暴れまわると各々衣服を脱ぎ捨て褌に大刀をぶち込んで次々と海面に飛び込んだ。
見ればオランダ船は数隻に火の手が上がりパニックに陥っていた。
結局、消火できなかった3隻を放棄し、他のオランダ軍は艦隊行動をとることなくバタビアに引き上げていった。南蛮倭国の完勝である。
これよりオランダ東インド会社は倭国と友好条約を結ぶ。オランダ船の安全航行を保証するために金をふんだくるという一方的な条約で、同時に南蛮、河内、呂宋の日系3国家に適用された。とりあえずオランダは南シナ海を北上する航路を確保し台湾・日本のルートを抑えることとなった。
激震が走る。寛永十年(1633年)、江戸幕府はポルトガルとの断交とキリスト教禁教のために鎖国令を出した。海外からは自由に帰国することが叶わなくなったのだ。さすがに動揺が走った。今のうちに何とか故郷に帰りたいと言いだす者、故郷のメシが食いたいと言う者、こんな暑いところはもういやだと泣き出す者までいた。
しかし今更日本に帰ってもすることないから構わない、と開き直る者の方が多かった。なんとなればこの荒くれ者たちはほぼ全員が土地も家族も持っていなかったのである。
ローザエモンは長老会を招集した。
「海禁令が出て何やら騒がしいが、お江戸の将軍様も今や三代目じゃ。余程キリシタンとポルト(ポルトガルをこう呼びならわしていた。オランダはホランド)がお嫌いと見える。ホランドの奴らめ丸儲けじゃの」
「我らは今後いかようになりましょうや」
「まあ、しばらくは様子見よ。帰ったところで誰が迎えてくれる。ホランドは長崎で交易が認められる。ということは裏で舌なめずりしている大名がウヨウヨしているに相違ない」
「ローザエモン様、それはいづこの国や」
「まあ待て。関が原で裏目に出たやつらに決まっておろう。交易の旨味を知り尽くしているところよ。ワシは河内(ハノイ)の室西僧正と呂宋のアントニオに話しに行く」
「よろしくお頼み申し上げまする」
僧形の一行が密かに薩摩の坊津に上陸した。一人だけ頭を丸めているが、他の者は僧形ではあるが全員背中まで伸ばした髪を結ぶこともなく風になびかせている異形だった。
浜で待ち構えていた薩摩藩の役人達に向かいこう告げた。
「河内(はのい)の建僧都室西(たけるそうずしっさい)である。薩摩の太守、島津家久公にお目通り願いたい」
「こころえて候。まずは長旅の疲れ癒されたく」
「あいわかった」
扱いは大名並みの待遇だった。だが、薩摩側の心づくしの接待にも室西以外のものは終始無言。また室西の受け答えも型通りに終始し、宴席は盛り上がらない。だがこの連中、酒は一人一升以上飲んだ。
翌日、薩摩側は駕籠を用意していたが室西はこれを丁寧に断り徒歩で鹿児島に向かった。仕方なく駕籠には土産物を載せて移動したのはご愛敬であるが、南国由来の色鮮やかな珊瑚、めずらしい象牙の装飾品などとかなりの重量で、駕籠かきは苦労していた。
表立っての訪問ではないためか、鹿児島に到着した後しばらくは城下に留め置かれ数日を過ごした。鶴丸城は関ケ原後の築城だが、全く防御を想定していない不思議な構造で、天守のような建築物はない。誠に薩摩らしいといえば薩摩振りの武骨な城である。
数日後、島津家久との会見が成った。面を上げよ、の声とともに端座した室西の眼光に家久はいささか違和感を感じた。やや赤みがかっている。
「お目通りかない恐悦至極に拝し奉りまする。ご機嫌麗しゅう」
「苦しゅうない。此度の来薩、誠に喜ばしい。南方の暮らし向きつつがなきや」
「常夏にて、至極」
「して、件の話に相違はござらぬな」
海禁政策により幕府直轄領である長崎の出島でのみオランダが交易できる新体制になったのだが、倭国勢も島津家もオランダに一人儲けさせるつもりなどサラサラなかった。南蛮倭国は自慢のガレオン船も新たに進水させ自ら密貿易に乗り出し、相手として狙いを定めたのは薩摩と東北の伊達藩だった。オランダ船から荷物を強制的に抜いては売り捌き、代わりに物資・銀を調達、更には人材をスカウトする目論見である。
薩摩側も琉球を勢力下に置くことで密貿易の味は知っていたし、伊達藩も遠く支倉をローマに派遣したりと海外展開をすすめていたので、両藩とも渡りに船だったのだ。
その頃の東南アジアでは、フィリピンを支配していたスペインは国王フェリペ二世の死去による混乱の中にあり、徐々に勢いを増した英国がインドから虎視眈々と中国大陸を狙うという状況で、海上の勢力が変わりつつあった。ところが日系の三倭国の評判があまりに悪く、日本人とは下手にちょっかいを出して暴れられると面倒な奴ら、との認識が広まったお陰で矛先は日本に向かなかったのであった。
話は終わり、御酒くだされ、の宴席となった。家久は上機嫌で一献下げ渡すと言った。
「室西殿、我が薩摩は勇武をもって聞こえた国柄。河内(はのい)の武芸者も腕が立つであろう。軽く手合わせはどうじゃ」
「我らの得物は鉄砲にて」
「ふはは、供の者たちの金剛杖は仕込みであろう」
「これは。座興でござりましょうや」
「そうよ。座興も座興。狂乃介、これへ」
一座の末席に端坐していた屈強そうな若者が呼ばれた。室西はその若者を見据えると傍らの小柄な僧侶を即した。二人は庭先にて名乗りを上げた。
「示現流、立花狂乃介」
ごつく太い樫の木刀を持っている。
「大悟坊峻海」
右手で金剛杖を地に突き立てた。
両者は後ずさりした。狂乃介は「チェース」と猿叫の気合を発して切先を天高くつきだすトンボの構えに入るや「きゃー!」と突進した。俊海は自然体。次の刹那、大地を割らんばかりに振り下ろされた木刀が地面にめり込んだ。俊海の体は毬のように転がり狂乃介の背後にスッと立ち上がる。体制を立て直した狂乃介の眼前に金剛杖が突き付けられていた。
「そこまで!」
声を発したのは室西であった。
「さすがはお留流。われらの杖では受けること敵わず。太刀筋をかわすしかできませなんだ。更に戦えば大悟坊は真っ二つ必定、呵々」
「薬丸示顕流、飛田隼人!」
コケにされたかといきり立つ次の若者が名乗りを上げる。だが今度は家久が言った。
「下がれ、隼人!盛んなるかな薩摩武士。こいは戦場ではなか。座興でごわ」
薩摩弁が飛び出したので一同静まった。
以後、坊津は密貿易の港としてオランダ船や明船、更には朝鮮の交易も含めて大いに賑わうのであった。
然しながら流石に大っぴらにやりすぎて、享保八年幕府による手入れが強行され、薩摩藩は大いに面目を失った。俗に言う『唐物崩れ』である。
だが、元々アウトローの寄せ集めの倭国側は痛くもかゆくもないとばかりに、枕崎にその拠点を移し幕末まで密貿易に励み続けるのである。
余談ながら伊達藩に密貿易を持ち掛けたのは呂宋のアントニオ・オエステ率いる船団で、伊達藩士である支倉常長が洗礼を受けたことを知っていたからであった(禁教令によって失意のうちに仙台で没した)。更に伊達政宗の長女で一度は徳川家康の六男・松平忠輝と婚姻した五郎八(いろは)姫がキリシタンであったので、その知己を得られたのである。
現在の石巻港においてしばらくは盛んに密貿易をしたのだが、五郎八姫の没後に幕府の詮索を恐れた伊達藩によりこのルートは廃れた。
更に余談であるが、密貿易船で南蛮倭国に渡ったのは物資や銀だけではない。酌婦・遊女の類も大勢やって来た。 のちの世に言われる「身売り」のような暗い話ではない。この苦しい生活を捨てて新天地に羽ばたくような気概の、多少危ない女達が海を越えてやってきた。一方で南蛮倭国の方も、ただでさえ内部でも無用の小競り合いが絶えない荒くれ者共を慰撫するためにもそれを必要としたが、統制が取れなくならないよう人数は厳しく制限した。
かくて日本人の純血は続いたのである。
つづく
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がんばれ!スマイル・ジャパン奮戦記(ミラノ・コルテイナ)
2026 FEB 7 22:22:53 pm by 西 牟呂雄
目まぐるしく入れ替わる攻守、激しいコンタクト。4年に一度の楽しみである氷上のフィーメル・レオパード、女子アイス・ホッケーのオリンピックが始まった。ソチでは一つも勝てなかったが、回を追うたびに強くなってきた美しき可憐な選手たちの健闘を祈ります。
特に注目しているのはスウェーデンのチームで活動しているハロラン麗選手。かわいらしいこけし人形のような顔立ちのゴール・キーパー。経歴は良く知りませんが、中学からアメリカで育ち170cmの長身が期待できます。
僕はどういう訳かゴール・キーパーのユニフォーム姿が好きで、あのヘルメット姿と重装備のコスチュームをみるとやたらとワクワクします。一度キーパー目線の動画を見ましたが、パックがうなりを上げて飛んでくるのは恐いですよ。
ゴール・シーンはもつれるとゴチャゴチャになって良く見えないのですが、あの塊の中での攻防は迫力満点、ガンダムみたい。
女子アイス・ホッケーは競技人口が少ないので半数の12人が北京を経験しています。ベテランとのバランスがいい。
その中には姉妹プレイヤーが何組かいます。今回注目は新たに代表入りした双子の野呂姉妹。なかなかワイルドな表情が魅力です。二人ともFWなので息の合ったオフェンスが期待できますね。
そして床(とこ)姉妹として活躍していた亜矢可(DF)秦留可(FW)コンビ。お姉さんは結婚されて人里さんになっています。葵(DF)紅音(FW)の志賀姉妹も健在。この四人とハロラン選手はスウェーデンでプレーしています。日本の女性もMLBほど有名ではないものの、世界で活躍していて頼もしい。
さて、6日の初戦はフランス、去年から3連勝中だ。
第一ピリオド、やや押し気味に攻撃するものの敵も守りは固い。何しろフランスの選手はデカいのだ。190cmなんてのもいる。フォワードは動きがいいのだが、パスがイマイチ通らないなぁ。
第二ピリオド、勢いがついて次々にシュートを打つが跳ね返される。うーん。
だが残り2分のところで浮田がゴールを決めた!だが後が悪い、油断としか言いようのないディフェンスの戻りの悪さを突かれて同点にされた。
最終ピリオド、気合を入れろ。直後にパワー・プレイがあったがダメだった。
怒涛の攻撃が続く、床秦留可選手がいい。アッ、伊藤がゴーール!
後3分、フランスがGKを上げてきたところでカウンターが入った。2点差になった。
ところがそこでペナルティーがあって一人ボックス入りになる。途端に返されて冷や汗だよ。フーッ、何とかしのいで勝ちを拾った。
次はドイツ。デカいんだまたこれが。わぁ、44秒でいきなり得点されたぞ。
おまけにドイツの選手の早いこと早いこと。こっちはフォワードのゴール前の集まりが悪い。
そしてペナルティー2回、押された格好でもう2点を許してしまった。日本もシュートは打っているのだが入らない。
第二ピリオド。日本はGKを増原から川口に代えた。
ドイツのデカ女のコンタクトは、女子では反則のボディ・チェックじゃないかと思えるほど激しい。怒涛の攻撃が続き、また失点につながった。
ところが残り5分あたりで突如スマイルの動きが良くなって相手のペナルティが出た。そしてパワー・プレイになるとたて続けに2点を返す。いいぞいいぞ。志賀紅音選手の動きが実にいい。5-3。
最終ピリオドに意地を見せろ。
オォ!互角に渡り合っているじゃないか、押せ!押せ!押せ!うーんんん。追いつけない、負けた。
返すがえすも立ち上がりの失点がまずかった。
まだまだ来週にイタリア戦・スウェーデン戦があるぞ。気合を入れていけ、がんばれ!スマイル・ジャパン。
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空白 2時間
2026 FEB 1 9:09:01 am by 西 牟呂雄
港の新年会に行った。昼から餅つき大会をやったりレース結果の表彰をしたりして散々飲んだ。
それから夜中までの僕の恥ずかしい行状は今更新鮮味もないので省く。
翌朝は朝からいい風が吹いたので沖に出て、流しながら計器やシートのチェックを少々。手際よくクレーンで上げて解散。
クルーの車に乗り合いで最寄りの駅へ、そして電車で五駅あたり過ぎて忘れ物に気が付いた。スマホ!こういうことはしょっちゅうあるのだが、毎回やたらと焦る。どこで忘れたのか、今でもあるのか、もしかしたら車の中か。
次の駅で降りて反対側の電車に飛び乗る。そして終点の駅からバスに。一路ハーバーに戻る、ここまで約1時間のロス。
更に帰りのバスの時間を見ると、なんと休日ダイヤでこれから1時間以上ない!
トボトボと船まで行くと、かのスマホはキャビンの中で僕をあざ笑うように鎮座していた、コノヤロウ。まぁ、良く待っていてくれたと褒めてやったがね。
で、することも何もなくボケーッとするしかない。しかしハーバーは一応パブリック・スペースなのでただ寝転んでいるわけにもいかない、他の船は忙しくしているし。邪魔になるから船にあった焼酎パックを飲みながらバス停に向かった、まだ1時間くらいある。
ん?見上げると π の形をした雲が浮いている。
ずいぶん高い雲らしく、少しづつ形を変えているようなので急いで写してみたら、もうこんなふうに崩れてしまった。
そうか、雲も忙しいんだ。
そして気が付いたが、今この見える範囲で動きがあるのは僕とあの雲だけ。風も止んだ。車もない。
おまけに淋しくもない。
待てよ、『さびしい』って何だ。
何かに夢中になって一息つくことか?さっきまで忘れ物が気になってあわてていた。
ほっとしてすることがない今、さびしくはない。
誰も話しかけてこなくて、話す相手もいない今、さびしくはない。
ここにいることを誰にも知らせず、だれも聞いてこない今、さびしくはない。
入り江の畔に降りてみた。
誠につつましやかな渚をのぞき込む。手のひらにザワザワした感覚が残る。
僕はひとりだけれどこの下の無数の生き物は忙しかろう。
歩けばザクッザクッと砂が鳴る。
孤独死する一人暮らしの老人は、息絶える前にさびしかったのか。
そうではあるまい、直前まで必死に生きたはずだ。
祭りの喧騒の中で、たった一人で歩く方がさびしかろう。
岬の先まで来てしまった。ここにも誰もいない。
浪がサワサワしているだけ。
係留された船のマストの間にうっすらと雪を頂いた富士山が一人。
気高い富士がさびしいはずはない。
誇り高き孤独はさびしいはずはない。
僕は時間から解放され、この風景に埋もれていた、2時間も。
あっ、そろそろバスの時間かな。ザクザク歩いて行くとバス停に数人の人が。
この2時間の、ポッカリと空いた空白の風と色と富士。
僕は諦めない、僕は恨まない、僕は裏切らない。
この2時間はここに置いていく。
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真冬の花火
2026 JAN 22 0:00:20 am by 西 牟呂雄
喜寿庵の芝生に薄っすらと白い雪、冷え込む外気、流れる川。
キーンと張りつめた暗闇の中で、震えながら花火を灯した。
夏の日の喧騒の中に置いて行かれた花火を見つけたからだ。
この寒いのにどうかと思ったが、止めることができなかった。
丁寧に地面にろうそくを立て火を点ける。風が強く炎はユラユラゆれてしばしば消えた。また点ける。
そして花火を翳すのだが、山火事が起きるほど空気は乾燥しているのにすぐには弾けてくれない。
アッ、点いた!
漆黒の闇に溶けていく白煙。見つめていれば眩い色彩。
一本目の炎で次を、また次を、また次を。
車が通る。この寒いのに何をやってるんだ、とばかりにスピードを落とす。
歩く人は火事が心配なのか迷惑そう。不思議そうに見るのは僕の出で立のせいか、スキー・ウェアだからね。
花火は無くなった。目にはあの火花が残っていて、その目で空を見上げても残像が明るすぎて星など見えない。
しばらくして星がチカチカ見えるようになる頃は、あの色合いは既に朧気である。
ことばとしての『はなび』という音は更に歪んでいて、ついさっきワタシが見たものとは部妙に違う。
そしてそれを『花火』という文字にしてしまえば、もはやその面影さえ失っている。
そういう『ことば』とか『文字』では表せないサムシングは、冬の闇の中には満ち満ちている。
普段は気付きもしないのだが、季節に不似合いな花火の光と煙を浴びると姿を現してくる。
この世は欺瞞・悪意・劣情に溢れかえり、昼間は大地を覆いつくしている。
人はそれぞれ大いに語り、見聞きし、しばしわかったようなつもりになっている。
しかし、冬の夕刻を過ぎたあたりからそれら邪悪の気は姿を消し、人と大地はようやく落ち着きを取り戻す。
自分はと言えば、この冷気の中で風にあたればしばしば震えている。
するとわたしの頭の中が肉体から飛び出してしまい、それもお臍のあたりからスルリと抜け出してしまい、体で言えば目の高さあたりで浮いたまま360度を見渡して、次に天空を見上げてうっとりとしている。
その内に私(ワタシという意識)がどんどん広がった。そして空の星を映すほどの大きな鏡になって、次の瞬間には私が空から自分のいた所を映している意識に陥り、とうとう地球全体を包む鏡の球体になってしまった。
ひときわ黄金色に輝いてるメタリックな人影、あれがわたしの抜け殻に違いない。
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リッキーのうた Ⅱ
2026 JAN 14 0:00:03 am by 西 牟呂雄
生まれてから ずっと何かに絡みつかれている
おまえに会いに来た
おまえは死の淵からやって来た
自分の運命が過酷だとも知らずに
いや その意識が芽生える間もなく
必死に生きている
そんなおまえに会いに来た
リッキーよ
澄んだ瞳のお前は何を見ているのだ
小さな掌は動くのか
暑いのか寒いのか
このモーツアルトを聞いてくれ
私の歌を聞いてくれ
おまえは生きのびることで
その生きる価値を人に与えている
いるだけでさえも 我らにそのことを教えている
不自由もあとからあとから来るだろう
そのうち自分の運命を知るだろう
それは教えられるものではなく
いつかつかみ取るものだ
われらは常におまえを愛し 誇りにしている
光の息子よ 太陽の子よ
人は通り過ぎ 触れることなく消える
たたずむおまえの息遣いに
だれも気が付かないだろうが
漆黒の闇にも真っ赤な色が浮かび上がるように
リッキーよ 生きろ
そうして 我らを生かしてくれ
そう 知らなかっただけで
お前に生かされていたのだ
リッキーよ
リッキーよ
リッキーよ
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一歩も引けなくなった
2026 JAN 7 0:00:36 am by 西 牟呂雄
見ようによっては鮮やかすぎる手際の良さ。一体どのくらい前から準備していたのだろう。
ムチャは無論ムチャなのだが、呆気にとられたとしか言いようがない。
作戦の秘匿、訓練の精度、作戦遂行脳力、現場判断、見たところ怪我を負わせることなく一国の大統領を拉致するとはさすがに驚いた。
情報も無く今後も予測不能。だが良く分かったのはトランプは戦争を仕掛けたつもりなどサラサラない。恐らく頭の中はその言葉通りテロリストにも繋がるマフィアを逮捕した、くらいのつもりだろう。その視線の先にあるのは中国だ。そういえばロシアも特殊軍事作戦だと言ったなぁ。
反米を旗印にしてジャブジャブ石油を中国に売っている悪の親玉をかっさらい、高らかに「オレの足元で調子に乗るな」という恫喝だ。言語道断もクソもない。アメリカの衰えもドルの威信低下も知ったこっちゃない、だから手が付けられない。中国に尻尾を振っている奴は勝手にしろ、だがオレの庭先を荒らすんじゃない、これだ。考えてみればトランプだけじゃなくてアメリカは今までもこういう事をやった。ベトナムからイラクだパナマだアフガンだ、これからもやる。で、結果は。
ベネズエラの内情は良く知らないが、反政府勢力が帰国して統治しても恐らくロクなことにはならないに決まっているからとても論評できない。だからアメリカもドロ沼に落ちないとも限らない。コストに見合うのか?
ドンロー主義ですか。恐らくEUへのシグナルにもなったはずだ。ウクライナのことはオレはもう知らん、お前らでロシアと話をつけろ、オレはプーチンとディールする。
ドンロー主義に忠実なら日本なんか絶対に守ってくれない。台湾関連の発言でグチャグチャ言ってくる大陸は安保理でどの口が言うのか文句を言って見せたが、裏では笑いが止まらないか、韓国も取り込むつもりだし。アブナイ!台湾封鎖演習もやってもいたからなぁ。
こうなったら日本はもう後には引けない。発言撤回なんかとんでもない。アメリカを名指ししない。右も左も『言うべきことは言え』くらいのことは非難はするんだろうが言ってどうなる、憲法改正すらできないんだから。仮に言うとすれば『もう守ってもらえないようですから核武装していいですか』くらいじゃないかね。2~3年耐え抜いて経済がガタガタになったり戦争を続けたりしているユーラシアが弱り大統領が変わるのを待つ。
高市総理には気の毒だが訪米して『大っぴらには言えないけれどあなたの気持ちは良くわかる』くらいはささやいて、何が何でも毅然と振舞って貰いたい。そう言えば岸田元総理は『アメリカを一人にはしない』とやって受けてたじゃないか。ガンバレ!高市総理。
こんな時に足を引っ張るような国会議員・電波芸者評論家はいらない。勇ましいことを言う奴はもっといらない。
それにしても何てことしてくれたんだ。
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令和八年 滋養神社お告げ
2026 JAN 1 0:00:16 am by 西 牟呂雄
本年もめでたく明けたること慶びかしこみかしこみ申すなり
これなるは滋養様よりくだされしありがたきお告げナリ
こころして聞くべし
ひとつ 高市内閣絶好調
定数是正に手を焼くものの、高市体制は盤石。早い時期に再び日米首脳会談をやることになる。
そしてあまりの中国のヤバさに韓国がやたらと親日をアピールして気持ち悪い。
中国は無視して台湾・フィリピン・ベトナム・タイ・マレーシア・インド・オーストラリアのつながりが強化され『黄金のカーヴ』の盟主の座につく。
亡き安部元総理の亡霊が蘇ったようだ。
ふたつ ミラノオリンピックで日本勢大活躍
開会式の日本選手団入場の際、日の丸を持った大谷翔平が登場して世界を驚かす。その勢いで特に女子選手の活躍が目立つ。氷に強い。スピード・スケート、フィギア、カーリング、更にはメダルこそ取れなかったがアイスホッケーのスマイル・ジャパンが快進撃をして人気者になる。
旗手だった大谷はそのままWBCで大活躍し、軽く決勝まで行くがムムッ。
みっつ 中国大混乱
年末からネチネチと日本への挑発を続けていたが、実態は国内向けのメッセージに過ぎないことはバレバレ。実際にレーダ照射問題は各国防衛関係者の間ではクロ判定で、大国がいじましい、と世界の笑い者。
経済のメチャクチャは覆い隠せなくなっていた。若年失業は50%。地方政府は破産レベル。習近平の健康状態も思わしくない。
粛清されまくった人民解放軍に不満分子が発生し不穏な動きが広がる。どうやらその後ろには台湾に本拠を置くかつての秘密結社である紅般(ほんぱん)の流れを組む反社会勢力が香港から大陸にまでネット・ワークを広げ共産党を揺さぶっているらしい。実はサイバー攻撃までしているという噂がある。
よっつ AIバブル崩壊
データ・センター建設の異常なラッシュにより華々しいAI企業もその借金は莫大。さらに開発競争に競り負けた一角が株価の暴落を受けて破綻する。FRBが慌てて利下げを行い、円安に修正される。
昨年以来利上げをしていた日本も株価は落ちて4万円台になるが、そもそもユニコーンの規模が小さいため物価が下がり景気は落ちない。賃上げは順調
国債の額も税収増でチャラになりプライマリー・バランスは好転する。
いつつ 夏の暑さは常軌を逸する
東京で40度を超える日が続き緊急事態宣言が出る。扇風機を使うと熱い風を浴びてやけどを起こす始末に。おまけに雨も多く鹿児島・高知・静岡・千葉に熱帯雨林が出現し生態系が変わる。密林となったエリアには人は住めなくなる。
するとペットとして買われていたニシキ・ヘビが繁殖してしまい、クマよりも恐ろしい被害が続出する。
ところが、冬になると異常な寒波がやってきて上記エリアにも積雪して全滅する、メデタシメデタシ。
むっつ ウクライナ暫定和平成立
トランプ大統領は中間選挙のために何が何でも戦争を終結させるためにゼレンスキー大統領を脅し上げる。
「いいかげんにしないとウクライナをロシアとポーランドとキエフ大公国に3分割するぞ。そうなったらお前の取り分はキエフとその周りだけになってもいいのか」
ゼレンスキーは慌てて英・独・仏に泣きつくが「その提案を飲めばキエフ大公国だけはNATOにいれてやる」とけんもほろろ。落胆したゼレンスキーはイスラエルに亡命する。
ななつ 衆議院解散
絶妙の舵取りと高い支持率、中国がツベコベ言うたびに支持率はあがる。そしてここがキモだが、定数削減で制度改革をされたら消滅の危機に陥る公明・国民・れいわ・社民・共産といったところも絶対に当選できない比例の連中が『どうしても現行制度で選挙がしたい』となってしまう。
余裕綽々の高市総理は残りの任期1年を切るタイミングでニッコリ笑って解散する。もちろん自民の大勝で衆議院の過半数を押さえた。
尚、参議院対策で維新や参政・国民・公明までを手玉に取る。
やっつ 日本ハムファイターズ日本一
2年連続でC・Sでホークスに敗れたため、新庄監督は頭にきてホークス戦の全敗を宣言する。そしてPAYPAYドームでの試合には二軍を投入した。すると本当に勝てなくなり、札幌のファンが怒り出す(オレも)。仕方がないのでエスコン・フィールドでは真面目にやるのだが、負け癖がついてついにホークス戦12連敗を喫する。
この時点で不思議なことにリーグ2位だったが、その後は互角に戦って優勝する。
C・Sは血みどろの死闘となって辛くも退ける。
日本シリーズではセ・リーグの覇者カープを相手にストレートで勝ち日本一になる。
ここのつ M1グランプリに異色の漫才コンビ
M1グランプリに輝いたのは『ザ・コンプライアンス』の二人。コンプラ違反なのかスキャンダルなのか良く知らんが、芸能界から追放された二人が漫才コンビで復活。SMAPの中居正広とTOKIOの国分太一である。
鉄板のツカミネタは『あなたフジテレビの女子アナを呼び込んだでしょう』「キミこそ日テレでセクハラしたじゃないか」『それがどうしてコンプラ違反なんだ。セクハラなんかテレビ局じゃ日常茶飯事だったじゃないか』「そうだそうだ。厳密に言ったら全員有罪のはずだ。ジャニーズばっかり狙い撃ちにしてジャニハラだよ」
とお 皇統安泰
遂に愛子様が首を縦に振った。旧皇族の血を引く男系男子との婚約相整い、政府は皇室典範の改正に着手した。
すなわち愛子様を皇位継承権1位におなりいただき秋篠宮親王殿下に2位を、悠仁親王殿下を3位とする準備である。
尚、このネタはこの十年連続して外れているが・・・。
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