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埼玉水滸伝 (埼玉の木枯らし)

2013 NOV 20 14:14:26 pm by 西 牟呂雄

多少前の話だが、僕は埼玉の北辺で半導体材料の製造所長をやっていたことがある。元々は関連会社が畳んだ工場を買い取って、新たに造り替えながら大きくしていったところだった。初めの頃は「なんじゃ、これは。」と驚くほどのオンボロ建屋で、不謹慎ながら一部はサテイアンとか馬小屋とか呼ばれる有様だったが、まあ時間を掛けてそこそこ体裁が整った頃赴任した。前は民家で左右後ろは田圃、関越自動車道が通るその向こうには秩父連山がはるかに見渡せた。このあたりは夏は日本で最も暑くなることで知られており、冬には希に(東京よりは頻繁と)雪が積もる。色々と重金属を使う工程も抱えており、周辺の環境には気を使った。もっとも今の日本ではどんな辺鄙な所でもタレ流しなぞ許されないから、別にここだから特別コストが上がるということではない。おかげで工場を囲むように流れる用水路は、オタマジャクシはウジャウジャいるし、ザリガニもいるし、甚だしきはヘビもいる。この蛇は年季の入った青大将か何かで度々工場周辺で目撃され、さすがに気味が悪かった。

あるときは工場の屋根から落ちてきたこともある。バサッとかいう音がして何かが落ちて来たのだが暫くすると、そのモノがウネウネと動くではないか。良く見れば蛇の塊ではないか。その塊はその内うねうねと並んでいる廃油用のドラム缶の間に逃げて行く。その先の工場はクラス1,000のクリーン度を保つ検査棟で、蛇なんかにニョロニョロされたら堪ったもんじゃない。僕は慌ててそこら辺の傘を掴んでドラム缶の上に飛び乗り、隙間に入った蛇を追い出そうと突いた。しかし「殺してやる」の気迫に欠けて、変幻自在の動きについていけない。その姿があまりにマヌケに見えたのだろう、構内を通りかかった社員が吹き出しながら寄ってきた。そして「所長は都会の人だね~。」と笑いながら暫く見ていたが、逃げ惑った蛇が一瞬ドラム缶のスキから頭を出したところを電光石火の早業でパッと掴むやコネコネコネっと団子のようにこね回し、両手でボールを持つように抱えた。そして「アッハッハ。」といいながら工場の端っこから田圃に投げた。バシャッと水を上げた後、蛇の奴はどこかに泳いで消えた。                     「あれは毒のない蛇なんで噛みつきませんよ~。手が臭くなっちゃいました。落ちてきたでしょう。」                                               と余裕綽々で言った。彼の説によると、落ちてきたのは屋上の鳩の巣で卵を飲み込み、その殻を割るためにわざと飛び降りたのだそうだが・・・。そんな学習能力が蛇にあるだろうか。

ところで、赴任当時には引き継いだ事業の製品在庫が山のようにあり、一部は工場とは名ばかりの貸倉庫のようになっていた。こちらの事業が拡大基調にあったので、少しづつ在庫を処分して行ったのだが、製品そのものは何とか捌けても付随していた副資材や使わなくなった設備はそう簡単に右から左という訳にはいかない。物を捨てる、という行為は結構なエネルギーがかかる上に、資産計上されていれば償却途中の場合大っぴらな除却損が立つ。先送りが蔓延する所以で有る。「いつかは使う。」「あれば便利。」といって誰もやろうとしないのだ。しばらく様子を見ていたが、我慢できなくなって自ら片っ端から捨てることに決めた。そうしたら次から次から表に出ないような物が驚くべき数量で明らかになった。仕様変更により役に立たなくなった金属材料は何トンもある、かつて実験で使ったビーカーがダンボールで山のように隠されている、備品、梱包資材(これも何トンもだ)、補強資材、更には鉄骨(これは切って業者に引き取らせた)。造っている製品はミクロン単位の、要するに微細なワイヤやパウダーなのだ。それが何トンものいらん物をため込んでいるとは、その無駄たるや読者の想像を遙かに超えている。しかも捨てるのもタダではない。しばらくの間、製造所長が先頭に立ってゴソゴソ物を捨てる、という異様な光景が続いた。しかし、これは「荷を軽くする」(僕の造語だが)といって、見えないところのコスト、固定費を下げるのに物凄く効果があり、実際そうだった。カンバン方式だろうがカイゼンだろうが、無駄をなくす環境を醸成すればいいわけだ。社員は僕のいないところでは除却大魔王と呼んでいたらしい。このとき僕の右腕として補佐してくれたのは、通称『げんじい』と呼ばれた(僕が呼んでいただけだが)嘱託の爺様で、庭木の手入れから屋根の補修から、メカにも電気にも強い大変なトボけた味の人だった。二人コンビでフオークリフトの運転を練習したり、バーベキューの焼き鳥屋をやったりしていた。

この製造所の印象はとにかく赤。秋口から冬にかけて、真っ赤な夕日が毎日秩父に落ちて行った。工場と事務棟の間に山茶花の木を植えていたがこれにも紅色とピンクの中間のアカいとしか言いようのない鮮やかな花を咲かせる。そしてこれがのどかなのだが、事務棟に植えてある柿が濃いオレンジ色の実をいっぱいつける。僕は毎日絢爛豪華な晩秋の秋を堪能した。調子に乗って年度末に屋上を赤く塗れと指示し、全員に反対され赤茶色で妥協したが。

赤々と 秩父を染めて 落ちる日を

山茶花ひとつ 添えて見送る

埼玉のウララちゃん

埼玉水滸伝 (埼玉の ホンキー・トンク・ウィメン Honky Tonk Women )


 
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