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竜馬パシる

2026 OCT 1 6:06:46 am by 西 牟呂雄

 無謀にも京都に進軍し、のちに『禁門の変』として知られる長州藩の暴挙は、御所を守る会津と急遽出動した薩摩の両藩によって鎮圧された。ここで大きな働きをしたのは京都にいた一橋慶喜、そして島流しから復帰した薩摩の西郷隆盛であった。
 勝海舟は唸った。一端調子づくとやたらと大騒ぎする一橋公とは(まだ将軍ではない)ソリが合わなかったが、西郷とは一体どういう人物なのか。聞けば一介の側用人でありながら軍賦役として薩摩藩兵を指揮し、あの来島又兵衛率いる長州勢と会津の間に割って入りこれを鮮やかに撃退している。
 さて、どうしたものか。この時、勝は幕府軍海軍幹部の要職にありつつ、列強海軍に対する備えのために神戸海軍操練所の運営に当たっていた。いきなり西郷に会うわけにもいかない。
『勝先生、京の話は聞いたが。西郷ゆう薩摩の大将が加勢して長州を追っ払ったちゅう話』
『何だ、竜馬か。早耳だな、女にでも聞いたか』
『長州はいきなり御所に大砲を打ち込んだそうぜよ』
『おう、そうらしい。で、どうした』
『・・・先生、どうしたもこうしたもどがいにするがじゃ』
『あのな、おまえさんが熱くなろうが世の中は関係ねぇ』
『何をいうとる。長州は天子様にも幕府にも弓を引いとる』
 勝は例によってせせら笑っていたが、ハッとした。そうか、こいつがいた。やけに明るくモノもわきまえないくせに妙に度胸が良くて腕も立つ。頭は大したことはないが計算はできるし、こいつがいた。
『なあ、竜馬。おまえさん紹介状を書いてやるから一つその西郷に会ってこいや』
『西郷は薩摩の大将じゃろ。先生は幕臣ぜよ。時局柄外様の大藩の者と大っぴらに文のやりとりをしたら差し支えるがじゃ』
『おまえさんの頭じゃそうなってるがな。おい竜馬。それじゃ幕府とか藩とかそりゃいったい何だ。第一それが面倒になったから脱藩浪人になったんだろう。そんなお前さんが会いに行くのなら不思議でも何でもない』
『それは・・・』
『ふふふ、ところで藩も幕府もなくなったらどうなるんだ。おまえさんは一体どこのどなたさんなんだい』
『土佐脱藩浪人・・・』
『だから藩がなくなった日には脱藩浪人なんざ名無しの権兵衛だろ。ただの唐変木か、クククク』
『先生はどうなるぜよ』
『おいらは、にっぽんじん、・・・だ』
『にっぽんじん!』
『いいから京に行って西郷に会ってこい』

 薩摩藩邸でも勝安房守の使いであれば無下にもできないが、西郷は京都での軍事上のトップである。型通りの挨拶を交わし竜馬が懐中から出した勝の手紙に目を落とした。
『こいは・・・』
 西郷の額から脂汗が浮き上がった。
 この時分、託された手紙を盗み見ることはまずありえないから竜馬は何が書いてあるのかは知らない。
『坂本さあ、勝先生はどんなお方な』
『時々何を考えてるのかわからん時もあるがじゃ、にっぽんじんだそうぜよ』
『ほう。半次郎、聞いたか』
 傍らの男に話を振ったが男は答えずに竜馬をじっと見つめた。竜馬は北辰一刀流免許皆伝、半次郎は別名人切り半次郎。初対面の武士同士の緊張感は張りつめっぱなしだ。西郷は言った。
『坂本さあ。いかい承知しもしたと勝先生に伝えったもんせ。こん吉之助は勝先生と志は同じごわんど』
『わかったがじゃ。その通りを伝えてええがですな』
『そいでよか。文をしたためるまでもなか』
 竜馬が帰った後、西郷は半次郎に問うてみた。
『おはんはあんお人をどう見た』
 元々口下手な半次郎は低く呟いた。
『腕は立ちもんそ、スキがなか。じゃっどん考えは分かりもはん』
『わはは、そいはよか。おいはあん人を使うてみっと』
『何に使うと。あれでは密偵には向きもはんど』
『まあよか』
 勝の書状にはこう書いてあった。『長州の事、宜シク御高配或ル可シ』
 実際、西郷は密偵を使うのが上手く、江戸・京都・大阪には藩を問わず多様なネットワークが張り巡らされていた。半次郎はそのことを言ったのだが、西郷はそのつもりはなかった。まず密偵として使うには目立ちすぎる。おまけにやたらに人懐こく明るいのは、相手に警戒感は与えないだろうがそれとなく腹をさぐるなどという芸当は無理だろう。そうではない、秘密の交渉にせよ情報の収集にせよ相手の懐に飛び込んで単刀直入に切り出すタイプだ。西郷はそこに気付き、以後勝との手紙の寄り取りなどに竜馬を縦横に使った。それだけではない、海援隊結成後は宿敵長州との連絡にも大いに用立てた。
 その見立ては勝も同じ。勝の本音は今もって謎が多いが、相当思い切ったことを竜馬に吹き込み、リエゾン・オフィサーとして松平春嶽・横井小楠・三岡八郎といった草莽の士と面談させた。すると、次第にただの脱藩浪人風情から国事を一人前に語る志士という評判が広がっていった。
 西郷との面談の後に、勝は竜馬に尋ねた。
『どうだった』
『先生と志は同じ、承知仕ったそうぜよ。一体何を承知したか知らんが』
『そうじゃない。どんな奴だったかを聞いてる』
 竜馬は少し考えて言った。
『う~ん、よう分からん。西郷は少しく叩けば少しく響き、大きく叩けば大きく響く。もし馬鹿なら大きな馬鹿で、利口なら大きな利口じゃきに』
 勝はせせら笑った。
『それじゃお前さんみたいな野郎かい』

 その後、竜馬はあちこちで培った人脈を元に、更に西郷を通じた薩摩藩からの出資を受けて亀山社中、後の海援隊を組織し、今でいうビジネスの世界を切り開いていく。竜馬の実家は才谷屋という質屋を皮切りに、酒屋や呉服商と手広く商意を手掛ける豪商である。竜馬もその血を引いていた。
 その白眉は薩摩藩名義で調達した武器を長州に転売し、長州から薩摩へは米を回送するという掟破りの奇策であった。更にはグラバー商会から数千挺の銃を同様のルートで長州藩に斡旋した。このことが後に薩長秘密同盟にまで進展し、そこに立ち会うまでになった。竜馬の虚像が独り歩きを始めるのである。
 海援隊は蒸気船いろは丸を運用していたが、この船が紀州藩の明光丸と衝突し沈没する事故が起きた。その際に万国公法を盾に難癖をつけ、しまいには土佐藩の後藤象二郎、薩摩の五代友厚までを担ぎ出し、積んでもいない銃火器・金塊・陶器などの賠償金7万両を紀州藩からふんだくった。
 一人悦に入る竜馬だったが、大金を自在に動かし諸藩を斡旋する不気味な存在となっていく。
 思想的には穏健な公武合体派であり、要は稼げれば勤皇だろうが佐幕だろうがお構いなしの竜馬に対し、第二次長州征伐の後に薩長は武力討幕の意思を固めつつあった。

 慶應3年、ついに将軍徳川慶喜による大政奉還がなされた。幕府側からも薩長からも用済みの竜馬は邪魔者、暗殺まであと一月。
 結局紀州藩から巻き上げた7万両を竜馬が見ることはなかった。支払日の前に見廻り組によって暗殺されてしまったのである。

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