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喜寿庵紳士録 ヒョッコリ先生

2016 DEC 6 13:13:50 pm by 西 牟呂雄

 喜寿庵の側には桂川が流れていて、ちょっとした渓谷の風景が楽しめる。ザーザーと流れる川瀬の音は絶えることはなく、はじめて来た人は雨音と間違えるくらいだ。
 とある日、渓谷の方に歩いていった。川にはつり橋が架かっている。
 半世紀前の伊勢湾台風が上陸した時。大増水した桂川で当時の橋が流されてしまい、その後に鉄骨ワイヤー製のつり橋になった。極めて不確かだが、橋が無くなったのを見に祖母と二人で傘をさして見つめていた記憶がある。何故か白黒の映像のような記憶だ。
 そのつり橋から(見飽きた風景ではあるが)川面を覗いていると人が歩いて来たのが分かって顔を上げた。目が合う、どうも見たような顔だな、と思ったら
「よう、元気かい」
と声をかけられた。ウーン、名前は出てこない。
「ええ、まぁ」
と返事した。年は少し上だろうか、オレより背の高い痩せた品のいいオッサンで髪は薄い。するとそのオッサンは何故か僕と一緒に欄干から川面を覗くではないか。話しかけられたら面倒だと思った。
 ところが2~3分くらい何も言わずに一緒に見ているだけ。おもむろに、
「だけど亡くなった奥様は大変に品のある人だったね。」
などと言い出した。奥様?死んだお袋のこと?
「僕は茶器のことで時々相談されたけどとにかく大した人だった。お一人で暮らしておられたがいつもキチッとした方だったな。」
 えっ、お袋はお茶なんかやらなかったぞ。一体何の話だろう。『はぁ~、その節はお世話になりました』等と相槌を打って歩き出そうとすると、オッサンはヒョコヒョコ一緒に来てしまった。
坂を上りきったところに喜寿庵はある。
「それじゃ、また」
と言って帰ろうとすると向こうも
「じゃあね」
と振り返りもせずに行ってしまった。

 落ち葉を掃きながらハタと気が付いた。『奥様』というのは僕の母親のことではなく、40年近く前に逝った祖母のことなんだ!確かにここで一人で暮らしていてお茶を熱心にやっていた。するとあのオッサンはその頃はまだ若造で婆ちゃんのパシリでもさせられていたのじゃないだろうか。
そうだとすればその頃の僕を覚えていて懐かしがったのかも知れない。
するとオッサンは僕より10才くらい上だ、随分若く見えるな、ふーん。

お茶室から見た喜寿庵の庭

お茶室から見た喜寿庵の庭

 その後、不思議な事に菩提寺に花を供えに行ったらこのオッサンにまた会った。この人の家のお墓がどこかは知らない、こっちが上がって行くと(本堂の裏の高くなったところに我が墓所はある)『やあやあやあ』と言いながらスタスタ降りて来た。
「誰かの命日かい」
「いや、そうじゃないんですがたまには花でも供えようと」
「いや感心感心」
という会話をしたらヒョコヒョコ行ってしまった。今更『お名前は』ときけなかったので、その後姿を見てこの人をヒョッコリ先生と名付けたものだった。

 北富士総合大学の学生がやって来てくれて鍋料理を造った。この辺りは10月後半にはもう暖房を入れる。11月末で珍しく雪まで降った(東京でも)。
 話をしていて驚いたが彼らはボブ・デイランを知らない。うっすらと名前が分かるくらいだと言う。聞いたことはほとんど無いそうだ。
 既に『伝説』になってしまっているようで、今年も日本に来てやってたことは誰もわかんなかった。もっとも、今の20代は志賀直哉も芥川龍之介も三島由紀夫も読まないらしいので、おじさんは寂しいやら情けないやら。既に書いたが彼等、北富士総合大学の学生はは殆どが真面目で良く勉強する学生にもかかわらずだ。
 するとチャイムが鳴ったので遅れた学生さんが来たのかと思いきや、ヒョッコリ先生が『ヤアヤアヤア』と言って入って来た。何なんだこの人。ところが学生たちはヒョッコリ先生と顔見知りのようでもっとビックリした。
 そして彼はビールではなく図々しくも『日本酒がいいな~』などとほざき、冷酒をグイグイ飲みだした。
 ヒョッコリ先生は頭は薄くなっているが話し方は元気はいい、良く喋る人だった。おまけに恐ろしく博識だ。ボブ・ディランのことも知っていた。
「本名ロバート・ジマーマンだね。ユダヤ系だけど途中でクリスチャンに改宗してるんだよ」
へぇー。
 学生さん達は純情で真面目。僕の拙い国際経験を目を輝かせて真に受けている。するとヒョッコリ先生は相槌を打ったり『それはね』と言いながら歴史的解説を加えたりする。話は大統領選挙のことになった。
「要するにアメリカという国はね」
 などと言いながら面白い事を言った。
「ナマのアメ公を定点観測してみりゃ分かりやすいよ。半分以上の奴等は時間も守らないしロクに勉強なんかりゃしない。その手の連中がエラソーなヒラリーが大嫌いで大挙して投票しちゃった結果がトランプ大統領だってこと。アメリカはこれからモメ続けるよ」
「先生はアメリカに行ってたんですか」
「いや、行ったのは観光だけ。でも戦後来てた進駐軍の兵隊の中にゃ足し算引き算だってアブネーのがウジャウジャいたのさ。今だって下院議員っているだろ、あいつ等の半分はパスポート持った事ないんだよ」
 この人は進駐軍を見たことがあるんかいな。

 名調子と酒に酔っ払って名前を聞くのを忘れた。一体何という人なんだろう。うっかり僕まで『先生』などと呼んでしまった。

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喜寿庵紳士録 ピッコロ君

喜寿庵紳士録 ヒョッコリ先生 Ⅳ

喜寿庵紳士録 ヒョッコリ先生Ⅱ

花盛りの喜寿庵 八月の花

Categories:藤の人

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