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猿之助四十八撰

2017 APR 19 21:21:25 pm by 西 牟呂雄

 楽しみの「熊谷陣屋」を吉右衛門・幸四郎ブラザーズと猿之助がやると聞いてイソイソと歌舞伎座に行き、プログラムを買って席でパラパラめくってアッと驚いた。熊谷陣屋は昼の部で、僕は間違えて夜の部に来たのだった。マヌケ。
 帰るわけにもいかず、自分に腹を立てながら芝居を鑑賞。
 何度も見ている『傾城反魂香』が始まる。吃音の絵師が執念を込めて医師の手水鉢に自画像を描くと、その絵が表に抜けて現れ本願成就するという近松の浄瑠璃である。この絵が抜けると「か、か、抜けた~」と科白が入るところが見所だ。
 ところでこの芝居「どもり」だの「かたわ」だのといった、現在使いづらい言葉が頻繁に出てくる。ポリティカル・コレクトネスもクソもあったもんじゃない。
 これ、その昔の日本人はやたらと弱者を蔑んだかといえばそうではなかろう。今日の我々が想像するのは難しいが、浄瑠璃・歌舞伎が流行った江戸時代は身分制度はあったものの、それなりに障碍者も大らかに生きていたと思うのだ(無論厳しいものだったが)。盲人の保護などは検校制度としてかなりしっかりしたシステムなのが知られている。
 そう言えば歌舞伎の舞台で煙管にタバコを詰めてはバカバカ吸い、酒を飲んでは暴れまくる出し物も多い。世間様はこういうのまで規制しろとは言わないでくださいよ。 

所化

 さて澤瀉屋の猿之助が狂言師を演ずる『奴道成寺』では華麗な踊りが披露される。もっとも歌舞伎座ですから宙乗りはやらないが。
「聞いたか聞いたか」「聞いたぞ聞いたぞ」「聞いたか聞いたか」「聞いたぞ聞いたぞ」
 と所化(しょけ・修行中の坊主。必ず小坊主が一人)がゾロゾロ花道を出て来る。こ奴らは花見に来ては酒を飲んで浮かれるという半人前。そこに白拍子に化けた猿之助が現れる。
 華やかな舞台でおかめ・ひょっとこ・御大尽の面を早変わりし、廓の遊女・幇間・客を演じ分けます。
 そして花四天(はなよてん・歌舞伎に出て来る赤い鉢巻きに襷の捕り手)が出て来ると大鐘が下がってきてそれによじ登る。「娘道成寺」ならば安珍・清姫がやるシーンだ。
 ところでこの猿之助が演ずる狂言師は「左近」という名前だが、尾上右近という役者が所化の一人で出ている。もう一人二代目市川右近というのもまだ子供だがいて、これは澤瀉屋の猿之助一座なのだ。それもそのはずで右近君のお父さんの初代右近は、現在高島屋の市川右團次を名乗っているが三代目猿之助(現猿翁)の一番弟子だった。澤瀉屋も四代目になって、香川照之が市川中車を名乗ったりで居場所を失ったのではないかとされた。
 プログラムを見るとその市川右團次は昼の部で出てますな。
 関係ないけど僕は高島屋の市川左團次の大ファンだから二人で同じ舞台に立って市川左右團次(そうだんじ)と名乗りを上げるのもありか・・・いや、ない。

 この『傾城反魂香』と『奴道成寺』はいずれも提題の猿之助四十八撰の演目で、三代目猿之助が撰した澤瀉屋・市川猿之助家のお家芸。通し狂言を復活させたり得意のスーパー歌舞伎から取っている。化け猫モノの『獨道中五十三驛』(ひとりたび ごじゅうさんつぎ)なんかがそうだ。

外連(ケレン)の華 猿之助歌舞伎

 先代猿之助は自分の作品以外では江戸後期の作家鶴屋南北(四代目)の演目が好きなようで『ひどく惚れ申し候』と記している。
 日本橋生まれの遊び人だった鶴屋南北は、奇怪なストーリーと毒のある風刺をごちゃ混ぜにして笑いを取る一種の天才だが、どうもホラ吹きも相当だったと推察する。
『オイラぁ字が書けないし本を読むのが嫌いだ』と周囲に言いふらしていた。嘘である、当て字ばかり書いていたが。

 まだ間に合いますよ。

九月花形歌舞伎

九月大歌舞伎 千穐楽


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Categories:古典

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