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春夏秋冬不思議譚(ゲレンデに砕けたスキー靴)

2013 OCT 1 15:15:42 pm by 西室 建

 僕は20年程前にスキーからボードに転向した。やってみると分かるがこの両者は体重の移動の仕方が全く別で、初めは大変な苦労をした。フアッションも違う。今の若いボーダーは全体的に渋めの色を好み、嘗ての(我々の若かった頃の)蛍光色まで取り入れるようなギラギラはいない。ところが僕は黒のオーバーオールというスキーフアッションのままだから場違いなことおびただしく、しょうがないから米軍払い下げのジャンク・ショップで買った(確か横田基地のPXだった)グリーンの戦場レインコートを羽織る、という異様な格好をしている。滑るのはもはや苗場だ志賀だと行く根性は無く、富士鳴沢村のフジテン・スノー・リゾートという人工スキー場にばかり行く。ここだと喜寿庵(ウチの山荘)から30分位で着くから道具も置きっぱなしにしているし、余程の時でなければ通常タイヤで行ける。

 さて今年も滑り収めだ、という時期に物置からボードを出そうとした時にその奥に打ち捨てられている昔のスキー板に、ちょうど日が当たりそこだけ浮かび上がるような不思議な光景が目に入った。すると例の天の声のようなささやきを感じた。

「ボクタチモスベリタイ。」

 今流行の短めで前部が広がりスキー後部が流れやすいカーヴィング・スキーではない。180cm位ではるかに硬い高速スキーだ。その側には同じく何年も使っていないこれまた頑丈な靴とストックも一斉にこっちを見ていた。流行遅れではあるがこいつらだって今でも十分滑る。よし一丁こいつらで久しぶりのオジサン・スキーと行くか。積み込んでゲレンデに向かった。

 やはりブーツのバックルなんかは相当硬くなっていて苦労したが何とかリフトに乗った。どれ、腕は錆付いちゃいないだろう、と降りてからワン・ストローク踏み出したところで、あれっと手応え、いやこの場合足応えが無くなった。何だ。なんと驚いたことにブーツの底の一部が欠けてしまったではないか!これでは下りられない。

 一本も滑ってないのにどうしようもない。スキーを担ぐのはきびしいので下りリフトに乗ろうとすると、安全員のアンチャンが言うではないか、

「アーっあのー、一応規則でダーメなんですよ。」

 ウソをつけそんな規則が有るわけない、と思ってよく見ると高速のクワッド・リフトの降りるところに斜面をつけているため、本気で乗ろうとしても下からぶら下がるくらいしかできない。途方に暮れているとさっきのアンチャンが薄ら笑いを浮かべながら、

「板とストックはあとからレスキューが持って下りますから-、歩いて降りて下さい。」

などとほざく。ウーム仕方ない、ということで、多くのスキーヤーやボーダーが「何だあのバカは」といった好奇の視線を投げる中ポクポク歩き出した。歩き出してすぐに気がついたのだが、ゲレンデというのは元々人が歩く所じゃない。だからいくら圧雪してあってもボクボクと靴がめり込む。おまけに滑っているときより傾斜がきつく感じられて歩きにくいのなんの。特に急斜面になると板も履いていないのに転んでしまいそうだ。更に困ったのは、やはり底が欠けるくらいだから、すでに耐用年数を過ぎて劣化が著しいので、靴がペリッとかパリッという音をさせるのだ。このまま底が抜けたら凍傷になる。

 しかし、普段は一瞬にして過ぎてしまうゲレンデの光景もはじっこを歩いて見ていると、いつもは気付かないウサギの足跡を見つけたり、雪の吹きだまりが人間に見えたりしておもしろい。それはいいのだが、初心者が溜まっているのは実に迷惑だ。こっちは汗だくで歩いているのを珍しそうにみてクスクス笑っている女なんかには悪意を感じる。そっちだってゲレンデのお荷物だろーが。まあお互いしょうがないか。そしてリフト乗り場が近くなってくる頃にはもうくたびれ果てて羞恥心もなくなり、早く降り尽きたい一心になったとき、靴は無残に砕けた。足首のバックル部分を残してつま先から踵までの部分はインナーブーツが剥きだしになる、というマヌケな姿になってしまった。幸い裸足で雪面を踏むことにはならずにすんだが。

 レスキューに出向くとスキーはもう着いていたが、僕の恰好がいかにも異様だったせいかねぎらいの言葉もなかった。着替えて靴の残骸を見ながら(足首部分になってしまったが)しみじみと考えた。魚が水の中で生まれて死んで行くように、僕らが地球で生まれて死んでいくように、雪山で滑るためにあの形になったのだから雪山で力尽きて本望だったんじゃなかろうか。そう思うと、もう履くこともないこのスキーとストックで鳥居を組んでその下に埋めてやり『私設スキー靴大明神』として祀ってやったらどうか、と考えたのだが、アホらしくなって燃えないゴミに捨てた。今年のシーズンが終わった。

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Categories:春夏秋冬不思議譚 四季編

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