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台湾旅情 Ⅲ

2014 SEP 16 11:11:52 am by 西牟呂 憲

 思い出深い台湾だが、もう少し書きたいことがある。国民党が上陸してしまったから、リパブリック・チャイナとなってしまったが、果たして概念的にチャイナに入るのだろうか。
 極めて大雑把な歴史的背景から考えれば、中原にある中華は農耕を良くし年貢を納めてこそチャイナ文化の華が咲く。
 すると、古来万里の長城の外側は関係ないと言って差し支えない。「西の方、陽関を出づれば故人無からん」唐の時代の詩だ。そして中華は海の向こうには除福の伝説や鄭和艦隊の派遣を例外として興味を持たない。オランダが台湾を統治した際にも文句一つ言った形跡はない。
 僕はこのエリアで上海・台北・香港と渡り歩いたが、それぞれ性格が違う。言葉も本当はマンダリン以外通じない。悪口はSMCの趣旨にのっとって書かないが、台北が一番お人好しだった。
 例の『素食』でご飯を食べたときに、量り売りの料金を払ったあとにお婆さんがチョコチョコっと寄ってきて「おいしいおかゆだよ。」とサービスしてくれた。こんなことは上海や香港では絶対に起こらない。しかも上手な日本語だった。

 言葉に関しては、前編でミンナン語、北京語、現地語(アミ語やタイヤル語)を紹介したが、客家も多い。僕は客家語の1・2・3・4がイチ・ニィ・サン・シィという読み方だということを台湾で知った。
 更に北の日本人妻ではないが、台湾人と結婚していたり(男も女も)何らかの事情で引き上げなかった旧日本人が(国籍はまだあるが)暮らしているとも聞いた。
 
 AOさん(怖くて本名は書けない)という不思議な日本人に会った。日台の交流促進のNPOの名詞を持っていたが、謎の多い人だった。一度台北で酒を飲んだときに、例によって僕がベロンベロンになって地元の酔っ払いに絡まれた(絡んだ?)。すると早口の中国語で何かまくし立てると周りが怯んだそのスキにサッと僕をタクシーに押し込んでくれた。当時の僕より20歳以上年長のおじいさんで大した貫禄だった。確かその時だったと思うのだが「自分は陸幕の別班だった」と言った記憶がある。
 この人、大陸の事情に通じていて実際に香港にも活動拠点があったらしい、いやマカオだったか。2000年頃。李登輝の後任の総統選挙では大陸からの猛烈な工作が仕掛けられていた。その際突如として独立派として知られる大物財界人の許文龍(シィ・モン・ロン)氏が独立反対の意見を発表して少なからず驚いた。このときにAO氏と会ったのだが『あれは許(キョと言っていた)の奴が大陸に入れ込み過ぎて共産党にカタを取られたんだ。』とギョッとすることを言ってみたり、又なんの用があったのか知らないが、(もちろん戦後)海南島に住んでいたような話もしていた。段々ヤバいと感じて、上記『陸幕』の話はとうとう確認せずに僕が台湾から足を洗ってしまった。
 
 あれからもう長いこと行っていない。色々変わっているだろうが、あの人たちの人懐こい笑顔が懐かしい。

台湾旅情 

台湾旅情 Ⅱ


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