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国境を考える 

2015 MAR 3 4:04:07 am by 西牟呂 憲

 地続きの隣国がない日本では国境はすべて海のため、イザ国境と言われても実感は薄い。厳密に言えば戦前の南樺太にあったり、往年の満鮮国境もしいていえばそうなんだが、いささか差障る上に遠い昔でもあるため、今の我々に緊張感が刷り込まれるに至っていない。
 突然こんなことを言い出したのは、やはりⅠSであり、ウクライナ問題だ。
 ISは砂漠地帯の街を武力で制圧し『点』を支配して国家を名乗っているに過ぎない。ウクライナの方もロシアとの元々の国境を易々と越えてきた武装部隊が要の地点に攻撃を仕掛ける。元々の国境は今頃どうなっているのやら、シリア・イラク・東ウクライナの人々が逃げ出せばそれは政治難民にされてしまうのだ。こういう現実を見てしまうと、一つは国民を外からガードするための機能、もう一つは国民を囲い込む機能の両面を持っていることが分かる。具体的にはかのベルリンの壁とか古くは万里の長城が象徴的だ。

Imagine there is no Country とジョン・レノンが歌ってから随分経つが、それどころじゃない。

 硬い話はさておき、日本から他国を見ることはできる。見たことは2回、国後島と朝鮮半島だ。国後島はあまりの近さにややロシアの悪意を感じ、半島は稜線がボウッと見えたくらいの遠さに返って溝の深さを実感した。もう一つ与那国島から年数回台湾の高地がうっすら見えるらしいが、行ったことはない。台湾の山は高いので思ったより大きく見えるらしい。
 対馬で驚いたのは海上自衛隊の基地(小振りだが)に行った時のことだ。その直ぐ隣に韓国資本のホテルがあって焼肉ガーデンが有り、基地のフェンスがまるで『あっちの方が日本です』といった錯覚を起こさせた。事実物凄い韓国人観光客で、飲み屋のオヤジはウォン札を受け取ってもいた(ナイショ)。
 多少世界をうろついたのだがヨーロッパ経験はあまりないので、自分の足で国境を越えるという経験は少ない。一番呆気に取られたのはカリフォルニアでメキシコの町ティワナに行った時か。車で料金所を通る感じでホイッと入国できた。帰りもトランクを開けただけ。これじゃ麻薬密輸も不法移民もなくならない訳だなと感慨深かった。北米ではカナダも似たようなものだった。アラスカとカナダの国境あたりもまず人なんかいないだろうからどうやって管理しているのか。
 そう言えばマレーシアとシンガポールの橋上の国境もどうってことなく、シンガポールで販売が禁止されているチューイン・ガムとかタバコを皆買っては持ち込んでいた。

フラッグ・セレモニー

 不仲で有名なインドとパキスタンの国境の町では、国旗を降ろす際フラッグ・セレモニーとして大観衆の中、儀仗兵が対峙してゲートを閉じる。あれは夜ずっと閉鎖するのだろうか。互いに相手を威嚇するパフォーマンスが見ものらしい。写真で見る限り、あれぞクニザカイという雰囲気がする。平野の真ん中に国境線が出来たために(パキスタン分離までは同じ国)あのようなセレモニーが発達したかとも思う。行ってみたい国境だ。

 国境とはつまるところ税金の分水嶺ともいえる。そしてそれを線引きする国防の最前線に当たる。
 他に言語・民族・宗教と色々あるが、広い意味でそれらは今日では入り組みすぎてはっきりと線引きできない。エイヤッと線引きできるのはイスラエルとパレスチナくらいか。
 

アソール公爵居城 ブレア城 

 先般住民投票で危うく独立しかけたスコットランドなど、まかり間違って決まった場合の国境線は暗黙の内に決まっていたのか。土地所有者や幹線を外れたエリアの関税管理などはどうするつもりだったのだろう。
 もっともスコットランドとイングランドは戦争までやったのだから、勝ったり負けたりではっきりしているのかもしれないが。通貨も発行している。
余談だが、皇太子時代の昭和天皇の訪英の際に滞在したスコットランドのアソール公の広大な領地等は今でも健在で、王室から300人の私兵を許されている(アソール・ハイランダース)など独立の気概も十分なのか。その時のお別れ舞踏会には野良着のまま参加した地元のオッサンが公爵夫人の手を取り、アソール公はオバサンと踊ったのを見て、日本側は腰を抜かしたという話が伝わっている。

 クニねぇ。国境について考えてみるとしよう(バトル・フィールドは止めておきます)。

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Categories:国境

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