新撰組外伝 公家装束 Ⅱ
2015 JUL 26 8:08:04 am by 西 牟呂雄
夜半、島原に通じる道を影が落ちるほどの明るさで月が照らしていた。
一人の公家が早足で歩いていたが、人気のない辻で歩みを止めて後ろを振り返った。しばらく虚空を見つめていたが、体を反転させて両手をダラリと下げた。
「何用や、壬生狼やな。」
すると漆黒の闇の木陰から男がスッと出てきた。
「姉小路様。夜道は危のう御座いますよ。」
「沖田であろう。」
「良くご存知で。何のための夜道歩きで御座いますか。」
「ほほほほ。寝付ぬ故。」
「お遊びも過ぎますとお怪我ではすまなくなりますよ。」
「抜くが良い。来やれ、天然理心流の技の冴えを見せよ。」
と言い捨てると、白柄の太刀を鞘から抜き払った。
「これはこれは・・。」
総司もすらりと抜き正眼に構えた。
しばらく睨み合うと、姉小路の剣先がツツッと下がっていく。下段脇構えである。そのままスウッと前に進もうとした刹那、総司は太刀を立て八相に構え直した。姉小路の動きは止まる。両者の動きは竹刀剣道では使わない人切り剣術なのだ。
総司が『ハッ』と気合を発して切り掛かる、無論様子見である。姉小路はくるりと体をかわし、独楽のように一回転した。見たことも無い動きだ。
瞬時に姉小路が同じ下段脇構えから『イヤァーッ』と突きかける。総司は後ろに跳んで伸び切った剣先を見切る。
「臆するか。沖田総司。」
「フムッ!」
疾風の速さで小手を払うように剣先を振るったが、姉小路はまた独楽の回転で身をかわす。
両者は剣を合わせない。もし誰かが見ていたならば、月下の元、白刃が青白い光を放ちながら空を切り二人の男が舞っているようにしか見えなかっただろう。
姉小路は再び下段脇構えに入った。しばらく沈黙が続く。
「おじゃれ。沖田。」
誘っているのである。総司は黙って上段に振りかぶり、怪鳥の雄叫びを上げて切り込んだ。
「キィェーイ。」
姉小路はこれを受けずに身を縮めると、下から猪突の突きを出す。
「シャアアァ。」
これを辛くもかわすと総司は銃を構えたようにし、太刀の刃を外側に向けた独特の型で必殺三段突きを放った。
「ヤッヤッヤァー。」
飛燕の動きに総司は勢い余って前にのめり、二人の体が交錯した。姉小路のきらびやかに装飾された刀がガシャッと音を立てて落ちる。ついに一度も刃を合わせることなく勝負は決した。総司は懐中の紙で血を拭きパチリと鞘に戻して向き合った。
「姉小路様、お命に関わりはなけれど今後は剣を使うことはかないますまい。」
「壬生狼。鮮やか也。」
鮮血に利き腕が染まっている。
「剣はいずこで。」
「鞍馬山。」
「すると姉小路様はカラス天狗ですか。」
「ホホホ。」
「本当のお名前は聞かずにおきます。もう辻斬りはお止めください。」
総司はそれだけ言うと振り返りもせずに帰っていった。
余談であるが、翌日島原大門の前にカラスの死骸が落ちており、人々はこれを凶兆として恐れたと言う。
明治の高官、太政大臣贈正一位大勲位の岩倉具視は人前で決して肌を見せなかったと言う。
公家にしては度胸が据わっており、征韓論の時も圧倒的迫力の西郷隆盛に一歩も引かず対峙した。また、赤坂仮皇居前で不平士族の武市熊吉(高知県士族)に襲撃された際に、独楽のように身をかわして助かったことも史実である。
立憲問題時もゴネて辞表を提出したり病気と称して出仕を拒否したり、とやりたい放題だった。
その岩倉が肌を見せないのは右上腕部の肉が大きくえぐれていたからだ、という噂が当時囁かれたが、真実の程は伝わっていない。
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