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捨てがまり戦法

2017 JUL 24 20:20:05 pm by 西室 建

 島津四兄弟の末っ子、家久の息子である豊久は墨俣の陣で何故か孤立してしまった。西軍先鋒を務めるべく一隊を率いて突出してしまったのだ。これは薩摩軍の悪いところで、ずば抜けた破壊力で敵を蹴散らし休まない。鉄砲を撃ちかけ槍襖で突進し終いには将卒まで馬を降り、抜刀し切り込むのである。その間総員走りっぱなしなのだ。このような戦法は他家にはない。陣を構えその周りは母衣武者が固め、先ずは弓・鉄砲を放ち、その後騎乗の大将が騎馬隊と共に進む。
 西軍石田隊・宇喜多隊がいかに精強といえども勝手に駆け出してしまった島津隊に追いつく事など初めから無理なのだ。
 豊久が一息入れた時点では、当初の作戦通り石田隊も宇喜多隊も島津隊を見失い大垣方面に退いてしまっていた。
「こいはしたり、おい達ァはぐれとっど!」
「豊久殿、御味方いずこにごわす」
「いかん、もどせー!囲まるっどー」
 一人馬上にて指揮を執っていた豊久は即座に反転を決めたが、数倍の敵の真っ只中だった。退路を断たれた格好になると形勢はたちまち逆転する。
「固め!固め!殿を守るっとじゃ!」
「阿呆!オイの周りに固まるな!動けー」
 ところがつい先刻まで猛烈な切り込みをかけられたため東軍の足軽は容易に攻め懸けられない。一種の膠着状態に陥ったまま、豊久は軍を返した。

「援軍出さんと!ないごて!上方の腑抜け侍どもが」
 西軍にあった島津の次男、義弘は怒鳴った。先鋒隊が帰陣するのを見て素早く甥にあたる豊久の孤立を察知した義弘は救援に向かうと意見具申したところこれを石田三成に退けられて怒り狂ったのだ。
 配下はたったの三百人程度。単独行動は自殺行為であることは誰もが分かっていたが、長老格の長寿院盛淳が低い声で答えるのみだった。
「行きもんそ」

「殿。持ち応えられもはん。逃げてたもんせ、オイ達が捨てがまりごわす」
 第何波目かの攻撃を辛くもしのいだ豊久はやっと馬上に戻り前を見据えて言った。
「早か。おんしにはあん旗が見えんか」
 彼方から敵の包囲網を割って迫ってくるのは丸に十字の島津紋である。双方合わせて鬨の声を挙げた。

 そして天下分け目の関が原となる。
 戦端が開かれた後、紆余曲折を経て昼過ぎには西軍が総崩れとなった。
思うところあって寡兵の島津軍は戦闘を見守るだけであったが、義弘は頃合や良しと戦場の離脱を決める。
 実は切腹して果てようと一度は決意したところ豊久に叱咤激励された。
「義弘公は薩摩に帰らんな。国家の存亡は公(義弘)の一身にかかれり」
 寝返りなど島津にあり得ない。敵中突破あるのみである。
「豊久。どっちィ飛ぶかのぅ」
 豊久は佐土原藩主であり、元服前から大変な美少年として知られている。戦構えも凛々しく強烈な眼光を放っていた。
「伯父上、薩摩ンゆっさ(いくさのこと)でごあんど。ご覧あれ、敵大将の陣ばそこい見えてもんそ。あいがよか」
 笑みを含んでこう言うと、周りの将卒達はドッと声を挙げて笑った。無論義弘もである。
「そいじゃゆこかい」
「オウッ!」
 敵大将と豊久が言ったのは東軍総大将家康のことである。薩摩軍は押してきた家康軍とはもう指呼の距離になっており、精鋭井伊直政、猛将福島正則の部隊が迫ってきていた。そのドテッ腹を切り取るように突っ込んだのだ。
 先陣を切る副将格の豊久が駆け込んでくる。さすがに面食らった福島隊は数段の構えを抜かれ、家康本陣をかすめられた。
 そうはさせじと福島正則が豊久と死闘を演じているあいだに、井伊直政・本多忠勝・松平忠吉といった幕僚部隊が追って来る。薩摩兵もバタバタ討ち取られた。
「伯父上。必ずかごんま(鹿児島)に行き着いてたもんせ。オイは捨てがまりをやいもす」
「なんとぉ!豊久、早まんな!」
 捨てがまりとは数名の鉄砲足軽を従えた将卒が初めから命を捨てて敵を食い止め、その間に本体が進むことを繰り返す決死の消耗戦である。
 薩摩軍は家康本隊からの圧力をかわす様に伊勢街道にひた走った。
 先陣だった豊久は今や殿(しんがり)となって次々に捨てがまりを指名する。捨てがまりは初めから命のない物と覚悟しているので全員下馬し、元より弾込めの時間などないから足軽は一発撃つのみで、たちまち白兵戦に巻き込まれて磨り潰されるように瞬く間に全滅する。
 重臣長寿院盛淳も膾のようにズタズタに切られて戦死。徳川方も井伊直政は深手を負って脱落。
 みるみるやせ細る薩摩軍が残り百人を切った頃、豊久は駆けに駆けてきた手勢を止め、寄せ来る敵に対峙した。
「おはんら。こいが最後の捨てがまりごあんど」
 中村源助・上原貞右衛門以下13人が何故かにっこりと笑った。源助が言う。
「こいだけいっぺんにならば賑やかでごわっそ」
「オオウッ」
「薩摩ん武士の意地、見せもんそ」
 迫ってくる方ももはや火縄に弾を込める暇などない。足軽は槍を抱えて突進して来る。
 薩摩隼人とは誠に不思議な気質で、ここまで来ると悲壮感などは微塵もない。むしろ明るいのであった。
 抜刀した豊久は示現流のトンボの構えを取ると一直線に敵に切り込んで行き、他の者も誰が声を掛けるでもないのに一斉にこれに続いた。槍をかわし一人をぶった切るとしばらくは突っかかってくる者はおらず川の流れが止まったかの如くであった。

 結局薩摩に辿り着いたのは僅かに80人だと伝わっている。

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