赤い大地のインド
2026 MAY 19 22:22:07 pm by 西 牟呂雄
インドに来て10日経った。ベンガルール近郊の田舎にいる。日本人エンジニア1個小隊を連れて現地の操業及び品質管理の指導に当たっているが、我々の疲れもピークである。
現地マネジャーとオペレータの意思疎通がイマイチで、一向に技術が定着しない焦りを感じているからだ。
以前から分かっていたことだがマネジャーは英語も達者で理屈は分かる。しかし指示だけして現場に行こうともしない。オペレーターは一生懸命やっているが、前の支持はすぐ忘れる。
無論個人個人はいい奴らばかりで大変気を使ってくれる。だが、そこはさすがにカルチャーの違いがあって、ちょっとしたことが裏目に出てしまう。些末な例ではあるが、彼らは昼飯を実に多量に用意してこれもどうぞあれもどうぞと勧めてくれるが、もうたくさんだとなる。あれは日本人の胃袋との違いなのか、遠慮の塊だと誤解してるのか。向こうの好意が無駄になる典型的な例だ。
オペレーションが進まないのをイライラしながら見ていると、ニコニコしながら『テン・ミニッツ・サー』。
終いには我々の間にも摩擦が生じる所以だ。こっちは休日返上でやってるのに測定装置が使える者がいなかったので今日は中断、と言い出したので私もキレた。ここらで一息入れないと持たない。
因みにここには2年前にも来ていて、その時散々遊んでやった子犬がすっかり成犬になって喜ばしかったが、私を全く覚えていないようで吠え付かれてしまった。
閑話休題、この田舎ではそれなりに見栄えのするホテルに投宿している。プールがあり、広いガーデンがあり、部屋は快適。
ん? しかし朝になるとホテルの廊下にはこんなクジャク(?)の雌がトコトコ歩き、何の役に立っているのか分からない牛はこっちを見ていて、犬は放し飼いで猫も。朝にはガチョウの一連隊がお散歩だ。
そして周りに何もないからそれなりのスポットのようで、どこからどうやって湧いて出てきたのか、パーティーも頻繁に催される。すでに2回ほど遭遇したが、ひとつはどうやらウェディング・セレモニーで、もう一つはカンパニー・ディナーとのこと。
後者は酔っぱらったオニーチャンたちが大音量のインド音楽に合わせて踊り狂っており、珍しがって写真を撮りに近づくと危うく引っ張り込まれそうになった。
街は殺人的渋滞、逆走する車、一家4人の乗るノー・ヘルのスクーター、積載上限の5倍は積んでいるトラック、土埃、牛の群れ、痩せた野犬、人人人人人、無造作なゴミの山、当然暑い。
気分転換に近所の名所とやらに行ってみた。我々が勝手に『牛山』と呼んでいる山だ。遠目にはエアーズロックのような一個の岩に見えるシバ・ガンガ・ヒルだ。近くで見上げるとこちら側にのしかかってくる感じの量感が凄まじい。風化によって落ちてきたらしい巨石も散乱している。
何世紀も前のジャイナ教の寺院跡が中腹にあって、そこまで行く階段が門の先から続いていたがとても上るのは無理。
ジャイナ教はヒンドゥーと仏教を混ぜたような宗教で、解脱と涅槃を目指し輪廻転生を教義とする。開祖マハヴィーラーがクシャトリアの出身だったため、商業関連を営む比較的裕福な信者が多いことで知られる。そのため少数派でインドでは400万人程度しかいない割に金回りがいい宗教だ。裸に白い布を纏っていて、今回空港の検査でいきなり上半身裸になったのを見た。
但し、ジャイナ教の本拠は既にほかに移ってしまい、今はシバ神の像があった。
案内板を読んでみると、その昔あの山頂から世を儚んだ姫君が身を投げてしまい、それを哀れんだ(かどうか知らないが)聖ナントカと聖カントカが結婚した後に泉が湧いたとさ、と書いてあるような気がしてその泉を見に行くと、確かに池はあった。あったが薄汚い緑っぽい色の清潔感のない池だった。
一種の門前町が形成されていて安っぽいお土産を売っていた。そしてそこには何もしないで一日中タムろっているオバーちゃん達。更に驚いたことにそのオバーちゃん達の間を猿がうろついたり座ったり。
果たしてこれは奈良の鹿のような、人と共存する野生生物と言うべきか。
こんなところに来る観光客なんか大したことがないから、オバーちゃんと猿に交じりこんだ日本人は(僕は)は浮いてしまい、逆に多少いたインド人観光客はカメラをかざす始末に。
ドキュメンタリーでも撮ればこの人たちのキャプションには『苦しい生活を懸命に生きる人々』といったテロップがつくのだろうが、僕はその表情にはもっとしたたかなもの、言い方は悪いが小ずるさに近いモノを感じた。そして頭の中は形而上の幸福感に満たされているのではないかと想像する。
核を持ち先端ソフトを縦横に駆使しつつ、鉄鋼生産は飛躍的に伸びている。発展する経済とメチャクチャな格差の光と影は強烈だ。国境問題を抱えつつ独自外交路線を堅持し、十億人を超える人口ながら選挙もする。舌を巻くほどのキレ者エリートに、何もしないオバーちゃん。
ひとつには、英国の統治は長きに及んだが、富を吸い上げるばかりで体制転換に手を付けなかった。マハラジャを殺すことも宗教を体系的に介入・抑圧・絶滅させることもなかったため、社会の下部構造はそのまま続いたのだろう。むしろ統治に利用したともいえる。
インドは大いなる矛盾である。
僕は1990年代に盛んに東南アジアをフィールドにしていて、2000年代は中国大陸にシフトした。その間、90年代は台北・マニラ・クアラルンプールといった首都から次々とスラムが消え、蘇州・杭州がスマートに変貌するするのを目撃した。彼の国々が経済成長を遂げていく様を見た訳だ。
インドの、それを凌ぐ凄まじい勢いには目を見張るものの、ありがたいので拒みはしないがこの古くからの文化はそのままにしてくれ、という人々の意思も感じるのだ。何しろインド1国でヨーロッパ全てよりも多い言語・宗教・民族・階級があるのだから。
わあっ、急に土砂降りに。今は雨期の終わり頃で降ったら降ったでアッという間にアスファルトが赤土でドロドロになってしまった。この辺りの台地は赤土に覆われているのだった。
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P・S 実は工場拡張の計画があって予定地の見学に行ったのだが、ジャングルを切り開いたところに巨大なアリ塚が出現した。我々の膝丈くらいなのは見たことがあるが、これは3m近くあって仰天した。既にアリは別に移ってしまって木が生えている。
ついでにこれは典型的な田舎の四つ角。見えている家屋兼店舗にはトイレなんかない。
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