喜寿庵の林を伐採する
2018 APR 30 13:13:24 pm by 西 牟呂雄
長年ほったらかしにしていたためケヤキやヒノキが育ちすぎて風通し・日当たりが悪い。ついに喜寿庵で伐採をしようとしたのだが、何十年もそういうことをしていない為に一部は切り倒さざるを得なくなった。
昔は植木屋のオッチャンが体を縛るようにして登って行って枝を落としていたのだが、オッチャンも齢70を越えてそんなことはできないのだ。ツテを頼って色々と頼み込み、お願いする。
木樵の与作みたいな人が来るのかと思ったらチェーン・ソウ片手の傭兵部隊のような集団がやってきて、アーデモナイコーデモナイと相談して重機を入れると言う。切り倒して崖から捨ててしまえばいいかと思っていたのだが今日ではそういう訳にはいかないそうだ。
「こっからここまでを壊してクレーンを入れます。そのためにソラシを手配しますので見積もりは・・」
ソラシ?ソラシと言っても音階の話じゃない、空師と書く高所作業のプロのことである。
だいたいこういった作業は冬場にやるものらしい。
芽吹いてしまうと木が水を吸い上げて枝が重くなって作業がしにくい。
「よーし、じゃあ手始めにこのあたりやっちゃうか」
と言うが早いかチェーンソウが唸りを上げて、あれよあれよと一部は午前中に切られてしまった。チョットこれは残してと訴えるも何もない。
突然開けた視界を眺めながら暫し呆然。
僕は50年以上同じ光景を見てきたつもりだが、剪定している庭木以外は好き放題伸びてきたはずだ。従って風景も変わったのだろう、全く同じではないにせよ今の目の前の光景の方が当時に近いのかもしれない。
その頃は祖母がネイチェー・ファームで苺を作っていた覚えが蘇った。
そしてハッとしたのだが、50年前の僕の身長は半分とは言わないがずっと低い、視線が違うのだ。すると庭はもっと広く感じられ遠くは木々に遮られて見にくかっただろう。もっとも今の身長になってから40年は経過しているから『昔はこうだった』も当てにはならない。
作業は天気にも左右され一ヶ月続いて、いよいよ終了となるので実地検分に来た。
終了して風通しの良くなったところをパチリと撮っていると、やあ、久しぶり、と声がかかった。わっ、何と数ヶ月ぶりに会うヒョッコリ先生ではないか。
この人は相当高齢で、昔話ばかりナガ~クするんのだが、僕は名前も知らないのだ。
「随分と切り倒したねぇ」
「ええ。どうも何十年もほったらかしてましたからね」
「うんうん。庭ってもんは生き物だからね。手を入れてないと5年もするといくら剪定だけやっても変わっちゃうから」
いやなことを言うな。手は50年どころか80年は入れてないぞ。
そろそろ来るぞ、と身構えていると始まった。
「いやー、その昔ね・・・」
今まで聞いてきた話を総合するとこの人は百歳くらいかも知れない。
どうやら僕の二代くらい前のことを思い出しているフシがあって、戦争の記憶も確かのようなのだ。
「このケヤキもねえ、細かったんだけどこんなに太くなっちゃって。これでも3本くらい切ってるんだよ。ホラ、このあたりは下が岩盤だからあんまり育つと倒れるしね」
ハイハイ、それで。
「ホラ、ここからだと富士山の右端がチョコっと見えるだろ」
そんなこと生まれた時から知ってますよ。
すると勝手に庭の奥に向かってスタスタと歩いて行くではないか。
しょうがないから後をついて行った。
「アッ」
「アッ」
二人同時に声を上げた。
外から見た時は気がつかなかったが、奥の林を切ってもらうのに重機が入って、ネイチャー・ファームがまっ平に整地されていたのだ!
隅っこにひっそりと植えていたニンニク5株も(当然だが)跡形も無い。
あの奥まではやらなくていい、と言っておけば良かったのか仕方ないのか。
しかも、そのキャタピラ跡も生々しい上を歩けばガッチリと踏み固められている。
「あー。これじゃユンボかなんかで一回掘らないと耕運機は入らんのじゃないの」
ヒョッコリ先生うるさい!
生ゴミや灰を埋めたりして丹精込めた完全自然栽培のネイチャー・ファームが唯の空き地になってしまった。
振り返れば風通しが良くなって母屋まで見えるようになった。
うっそうと繁るまでに随分長がかったと思うと、一瞬で変わった景色にため息をついた。
今まで僕が生きた時間は彼方に飛んでいって、現在ここに立っている。
新しくまた畑の造り直しか、それは来年にかけてやって行こう。
だけど暫くはこの景色を淋しくは感じるだろう、と思った。
で、気がついてみると例によってヒョッコリ先生はいつの間にか姿を消していて、僕は一人でたたずんでいるのだった。
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Categories:和の心 喜寿庵