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やっかいな現実 ・・道

2019 FEB 7 6:06:38 am by 西室 建

 例えば特殊な能力を持った人間が生涯誰にもそのことを言わずに死んだら、その宝石のような力は誰にも認められずに失われてしまう。しかし自分が存在する限りその能力を記録したいと自然に思うはずだ。日本史上、いや世界史上に残る才能が生前埋もれていた例は数えきれない。死後有名になる作曲家や作家、学者の類はまだハッピーと言えるか?そういった人も、埋もれた人も、世に出て人生を謳歌した天才も、生きた密度は同じと思える。
 同じように動物園の野生の動物は幸せなのか不幸なのか、意見の分かれるところだ。彼らの「狩り」をするという本能は封じ込められて退屈極まりないかも知れない。外敵に襲われないし飢えずには暮らせるものの、ストレスはあるに違いない。それでも以前読んだ記憶のある文献によれば、ペットの猫の方が野良猫より寿命が長いとか。
 しかし人間はやっかいなことに自意識があって、恥ずかしいとかみっともないといった感覚を刷り込まれている。
 何かマズいこと、例えば自分で転んで怪我を負ったり失敗してあるチャンスを台無しにして途方に暮れたとする。別に人のせいじゃなく自分が悪い。迷惑も誰にもかけていない。しかしそのしでかしたことが現実にヤバい、と気が付くのは他人の目が気になりだしてからなのか。
 そうではあるまい。不自由を感じそれなりに悔いるところがあるから人は悩むのだと思う。
 ところが中には極端に感性の鈍い人がいて、全く回りが見えていない=自己満足の塊みたいな振る舞いをし、悪いのは全部人のせいにする。こういう手合いは常に自分は見えておらずその生涯にわたってある種の恥をかき続けることになるのだが、その人の人生と慎ましやかな人の人生で重みが違うかと言えばそれはない。
 
 小惑星の地球衝突の衝突の可能性は人類滅亡規模のレヴェルでみても、天文学的な数字の中では常にスレスレの状態にあるそうだ。この場合の時間軸は100万年単位だが、原爆クラスの惑星衝突ならば数1000年単位と言われている(らしい)。どの人も同じようにスレスレだということだ。そして誰もそこから逃れられない。
 凄まじかった「3.11」の大地震や先日の熊本・北海道、そしてまだ我々世代には記憶されている神戸の震災、今もその影響と戦い続けている福島第一の惨禍を見るにつけ、こみ上げてくるのは『もののあわれ』。これは日本人だけが感じるものと思う。東洋人でもそう感じるのは日本人のみらしい。
 上述のように、我々日本人である限り一部の熱心な宗教信者以外は信仰に救いを求める事はない。我々は誰一人自分の色感、味覚、感受性、音楽の好みといったものを持つこの肉体とその肉体の記憶するDNAから逃れられない。様々な戦乱・災害に打ちのめされ、立ち向かい復興してきた民族の刷り込みから。
 先程「もののあわれ」と言ってみたが、次のステップへ進むとすれば『浄化』意識へはいかないだろう。仏教も天国だ地獄だといいはするが、そんなものはない。
 翻って我々の文化は「もののあわれ」をいつくしみ意識を高めるために、ひたすら”道”を歩む。お茶を嗜むのに『茶道』を修行し、活花をかざるのに『華道』に精進する。チャンバラは『剣道』になり格闘技は『柔道』『相撲道』になった。
 ひたすら『道』を極める。これが日本人の自然体ではないだろうか。

 ところで『道を極める』とは極道になるのだが、この有難い言葉がヤクザもんを指す事になったのは何故だろう。誰か教えて欲しい。

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Categories:考えないヒント

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