残暑の午後 喜寿庵歳時記
2019 AUG 21 6:06:06 am by 西 牟呂雄
まぁ、お墓参りでもしておくか。お線香持って、庭になんかの花が咲いていたら切って行こう。
散り残りの紫陽花が一輪まだ咲き残っていた。ナデシコ、ハギ、ヤマホトトギス。あっ、雨が降って来た、台風が来てるんだっけ。
山では8月の台風が過ぎればもう秋風になり、カナカナ蝉が鳴く。
しかし台風そのものははるか遠くで、今度はいきなり日が射した。
ウチの墓所は菩提寺の一番高い所なので、ヨイショっと。
えーと、ご先祖様、玄孫に当たるのが新婚旅行から帰ってきまして。なに?挨拶がない!そうでした。よく言っておきます。
お袋様にお線香と一緒に大好きだったタバコを置いていきますからね。そういえばこのお寺に生息していた半野生の鶏もいなくなったなぁ。
僕は今まで結構な辛い思いをしたこともあるはずなのだが、その大半を無理矢理笑い飛ばして処理してきたようだ。喜寿庵にいると誰とも話さなくても昔の事を勝手に面白く盛ってニヤリとする。人が見たらさぞ気味が悪かろう。
しかしここでの暮らしともなれば人には会わないし、気味が悪いも何も関係ない。この庵は生垣で外から庭は見えない作りになっている。
僕のこういう気質は数代前に遡ってもそうだったようだ。
爺様に至っては人がびっくりするような恰好でウロウロしていて、しかも人目にも触れていたらしいから(先日は乗馬ブーツと鞭が出て来て仰天した。馬に乗ったなんて聞いたこともない)僕が気を遣う必要なんかない。
芝生を刈ろうか。いや、ドシャ降りになった。
しばらくするとまたサーっと晴れて青い空も覗くようになる。
晴れ間を縫ってネイチャー・ファームに行くと、まだ収穫のあるナスとピーマンが成っていた。しかもナスは不作だったのにオバケみたいな巨大なやつが一個。
突然、庭の方で声がするので、戻ってみるとオッサン達がバーベキューをしているではないか。しかも知った顔の人はいない、いや一人だけいた。ヒョッコリ先生だ。人の庭で勝手になにやってんだ。
『オォ、待ってたよ』
はぁ??
『ジャガイモたくさん採れたんだろ。食べきれないだろうから手伝ってやろうと思ってね』
頼んでねえよ!
『でもってついでに生ビールのサーバーも担いできたよ。肉も』
それならいいか。
先生は冷えたビールを注いでくれた。
ピーマンとジャンボ・ナスを刻んで焼いたものに塩を振って焼肉のタレにつけて食べると、それなりの味がする。
『このナスは育ち過ぎて水っぽいよ。一週間前に採らないとダメだ』
うるさいな、相変わらずこの先生は。
『もうすぐ15日になるなぁ。この街には学童疎開の子共たちがいたんだよ。それに空襲があったのを知ってるかい』
『えっ、ここは人もそんなにいないし軍需工場も無いでしょう』
『B29は富士山を目印に飛んで来て、越えた所で大きく右旋回して東京を爆撃してた。散々やった後にまた同じルートで帰っていく訳だね。多分その時に落とし忘れていたヤツが一発残っていて、旋回前に捨てて行ったんだな。気の毒なことにそのたった一発が近くに落ちて亡くなった人がいるんだよ。終戦の直前だったので本当にかわいそうな話さ』
『ひどい話ですね。戦闘要員でも何でもない人が』
『女学生もいたらしい。こんなところだから長崎や広島みたいに慰霊際があるわけじゃないんでワシ等で毎年祭ってあげるんだ。そしてそれは今日だ。起立!』
『え?』
おっさん達は全員直立不動となった。
『黙祷!』
何だか分からないが僕も起立・黙祷した。
随分時間が経ったが誰も何も言わない。そーっと目を開けると!そこには誰もいない、チェアもシートも肉や野菜を焼いていたバーベキューセットも何もない。ついにアル中になって幻覚を見てしまったのか。
暮れかけた夕日が射しこんでいたのだが、再びパラパラと雨が落ちて天気雨である。
今日は8月13日。終戦2日前に爆撃があったのか。
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Categories:和の心 喜寿庵