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石原慎太郎の手記 

2020 JUL 4 2:02:32 am by 西牟呂 憲

 偶然発見された初期の膵臓癌から復帰した手記を文芸春秋に載せていて、かつて氏が軽い脳梗塞を起こして復帰したときの発言を思い出した。
「オレが死んだら日本退屈だぜ」
 この時は秘かに喝采をしたものだったので、それと同じような内容を期待した。
 癌であるという現実に対するまでの恐怖感・絶望感の描写、エッセイ集にしばしば書き連ねる行間から湧き上がって来るような死に立ち向かう、強がりにもにた筆致はさすがだ。衰えない作家としての筆使いに三嘆させられた。
 だが読後の私の率直な感想は『このテッペン野郎 せいぜい我儘に長生きしやがれ』というものである。氏は前段で癌発見についてこう書く。
「私にとっても予期せぬ出来事はまたしても私の人世を彩ってくれた」
 いかにも石原慎太郎節ではあるものの、手記そのものは決して孤独な勝者のそれではありはしない。
 幾つかの偶然という幸運に恵まれたと言うものの、氏は高名な元政治家でありかつベストセラー作家。加えてスーパースターの弟や日の当たる息子達。優れた名医との邂逅も日本にいくつもない施設への紹介というVIP待遇も氏の知名度と資産がなければ容易に受けられる治療ではあるまい。私自身昨年の秋に比較的早く発見された大腸癌の除去手術を受けている。いい気持ちはしなかったものの、返って淡々と施術を受け入れ、その勢いでふざけ散らしたブログを書き綴ってしまった。恐怖心というものが薄かったからだろうか。
 氏の手記は最後に医療体制に警鐘を慣らすところで終わっているのだが、私は逆に偶然の恩恵に浴することなく、また最高の治療を受けられずに亡くなった人々やご遺族が呼んだ際の無念さに思いを馳せ、不快感とは必ずしも言えないものの、共感は得られなかった。
 冒頭述べた感想は氏の変わらぬ筆遣いに対しは懐かしさにも似た感想を述べたもので、切り口に関していささか共感を持ち得なかったのである。こちらも年を重ねてスレてきたために、単純には読み込めなくなったのかも知れない。人生の残り時間の密度は氏の方が高いことを割り引いても、だ(もっともこちらも明日ひょんなことから一巻の終わりの可能性もあるのだが)。既に87才と自らの死に対する思いは当然私とも違うだろうが、私だって前期高齢者ではある。
 氏は一切の言い訳はしまい。むしろ氏の高らかな声が聞こえてくる。
「それならオレのものなんか読むな」
 弟の死に際しての美しい語り口とも違った本稿を読むにつれ、これ以後の氏の作品や対談は目を通さずにいることが(私にとって)賢明だろう。月刊誌に載せられる嘗ての盟友亀井静香との対談も最近は二番煎じの話が多い。総理大臣に対してしばしば君付けで語っているのもいかがなものか、ここは総理という呼称がふさわしいのではないのか。尊王の志はあまり感じられず、上皇陛下にたいしてもタメ口的進言さえある。
 氏は保守派・ナショナリストであるが、その姿勢はむしろ伝統墨守型ではなく革命家ふうなのだ。私は氏の発言に賛同すること甚だしいが、実現までのプロセスはじっくりとは練らずに衝動的であり、周りがついてこられない。しばしば反発を生む。そういう手法は若いときこそ際立つが今となっては同志の足を引っ張りかねない。前回の都知事戦において『厚化粧の大年増』発言が対立候補を大いに利したのが典型的な例だ。
 もはや氏に諫言する者もいまい、聞き入れる気は更にあるまい。
「それならオレのものなんか読むな」
 はい、分かりました。さようなら。

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Categories:えらいこっちゃ

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