Sonar Members Club No.36

Since July 2013

ヒョッコリ先生が マルクスを語ったけど

2020 JUL 18 7:07:57 am by 西牟呂 憲

 半農半テレ・ワークの生活も軌道に乗ってきたのはいいが、夏の暑さは今年もハンパない。昼間はとてもじゃないが土はいじれたもんじゃない。といっても梅雨明けでジャガイモとダイコンは収穫してしまったのでさしてやることもない。
 夕方になって散歩に出ようと木戸を開けたらワッ、ヒョッコリ先生に会ってしまった。いつもと違って子供がつかうような小振りのリュックサックを背負っていた。桜の植樹をしたとき以来か。
「やあやあやあやあ、元気かい」
「(うるさいな、見りゃ分かるだろ)おかげさまで、ここにいればコロナにも罹りませんし」
「うん。ヒマそうじゃないか。まっ、こう景気が悪くちゃどうにもならないだろうね」
「(アンタに景気がわかるのかよ)まあ、テレ・ワークとかでボチボチですね」
「そう言ってサボってんだろ。わかるよ」
「(ギクッ)そんなことないですよ。先生こそあのインチキな仮想通貨はどうなりましたか。一年くらい前にやってたじゃないですか」

ヒョッコリ先生奇怪録


「ああ、スーパー・メタリック・コインのことか」
「(なにがメタリック・コインだ。紙にかいただけだったろう)そうそう、略してSMCと言ってましたね」
「悲しいかな失敗した」
「(当たり前だよ)それは残念でしたね」
「地域性にこだわりすぎてダメだった。広げなければビジネスとしては成り立たないマルチ商法的な運用をせざるを得なくなって断念したんだよ。但しその欠陥を克服する新しい理論にたどり着けたけどね」
「(また変なことを思いついたのか。懲りないジジイだ)ほう、それも仮想通貨なんですか」
「分かっとらんなキミは。小規模流通の実験ならまだしも仮想通貨は暗号技術がなければとても一般に使えるエビデンスがないだろう」
「(だから失敗したんだろう)はぁ、誰か使ったんですか、そのSMCシステム」
「大いに使ったんだよ。だがワシの方の理論武装が甘かったんだ。資本主義の本義である成長を見誤ったんだよ」
「(違うよ。理論なんか無かったくせに)それが今度は何が理論の柱なんですか」
「資本は増殖を続ける宿命にある。そこに競争という補助線を引く。即ちマルクスの言った”相対的余剰価値”の拡大競争のことだね。キミはこの前話していて分かったけど近代経済学とか計量経済学とか言ってもマルクスなんか勉強して無いだろう」
「(ギクッ、だけどそれがどうした)そういえば講座は取っていませんでしたね」
「嘘付け、キミの通った学校は2年の時に必修だったはずだ」
「(ナッ、なんでそんなこと知ってんだ)アッそうでした。でも用語を覚えるだけでいやになって放棄してました」
「じゃあ聞きなさい。資本は増殖し続け、相対的余剰価値を増やす競争は終わらない。これはマルクスが指摘し、最近ではピケティが改めて「r>g」と表現して格差拡大の豊富なデータを示した。ついでにそれを解消したのは戦争だったとも言っている。しかし一方で今後はAI・ロボットが発達してきて大多数の普通の人達は恐ろしく安い仕事に付かざるを得なくなる。つまり便利にはなるが忙しさからは解放されない社会が出現する。格差は凄まじくなる」
「(また訳の分からんことを言い出したぞ)そうなんですか」
「幸か不幸かコロナショックの瓢箪から駒で10万円のヘリ・マネを蒔いた。目下の所賛否両論だ。だがあと一年もするとその絶大な効果に気が付いて世界からも絶賛されるだろう。するとだな、マイナス金利政策は止められなくなってるしゼロ成長経済プラス・ベーシック・インカムも制度化されるだろう。そこだよ、ポイントは」
「(怖くなってきたな)どうなるんですか」
「労働およびサービスの商品化が意味を成さなくなる。非付加価値生活こそが究極の姿の脱商品文化、すなわち働かないで付加価値も求めない」
「(この人は全共闘世代より上なんだろうに何を今更ヒッピーみたいなことを)つかぬことを伺いますが先生は共産主義者とか社会主義者なんですか」
「全く違う。ただマルクスについては充分に研究した。マルクスの理論を実践するもっとも手っ取り早いのが革命なんだろうが、ワシは革命家ではない。ましてや一党独裁とか世襲なんかはマルクス主義でも何でもない」
「(やっぱりただのイカレ爺いなのか)それで日本はどういう社会になるんですか」
「だからね、新自由主義だのグローバリズムだので稼ぎ捲っている会社にいるスキルも無いようなヒラ社員。こういう人の給料が大したことないの知ってる?」
「そういう知り合いはあんまり・・・」
「そのあたりの人材がAI・ロボット化によって落ちてくることになる、中流でなくなる、こういう格差拡大主義の反対をワシが”脱商品文化”として理論化したわけだ」
「良く分からないんですけどそのナントカ文化は普段何してればいいんですか。なんか働かなくてもいい、と聞えるんですが」
「その通り。例えばキミのうちにはキミが見ていても価値が分からないものはあるだろう。キミがほったらかしていても何の意味もないが、ワシのような教養人には文化的な価値が充分にある。チョットみせてごらん」
「アッ、チョット待って」
 言う間もなくまるで自宅に入るみたいにズンズンと入り込んできた。参ったな。

鴎外・露伴

 そして書斎の本棚をみて素っ頓狂な声を上げた。
「これこれ、この埃を被っている森鴎外と幸田露伴。キミなんか読まないだろう。オォ、この手触り!昭和初期の出版だな」
「(だから何だ)それは僕の爺様あたりが買って眺めてた本ですね。一回くらいは読んだでしょうけど」
「キミィ。要するにキミにとってはこの本は何の付加価値もない非商品なわけだ。古本屋なんかも引き取ってはくれない、この保存状態ではね」
「(大きなお世話だよ)まあ・・そうです」
「よろしい。ワシからほとんど付加価値のない食料を供給するからその本と交換してくれ。食料ならキミがどんな私生活をしていようと必要なモノだろう」
「(そう来たか)その食料って何ですか」
「うん。まあジャガイモなんだがね」
「いや、ジャガイモは僕もやってますよ」
「違うんだよ、ワシのジャガイモは。キミは種芋を買ってきて自分で植えて水をやってつくったんだろう」
「(他にどうやって作ると言うのか)当然そうです」
「ワシは食べるだけ収穫すると後はほったらかしにして次の年に自然に発芽してくるのを待つ。するとひどく栄養のバランスが崩れて小さすぎたりひしゃげてしまったりで全く商品としての価値が無いものが育つ。間引きも芽かきもしないからな。ましてや肥料なんか絶対にやらん。すると、だ。絶対に商品にならんジャガイモが採れるんだ」
「(バカバカしい)そんなもん食べられるんですか」
「食べられるに決まってる。現にワシはそれを食べている。そのジャガイモと埃を被ってゴミにしかならない森鴎外・幸田露伴を交換する。これぞ非商品化循環経済の極地だ」
「(よーし、少し脅かしてやろう)それはマルクスの言う所のルンペン・プロレタリアートになるってことですか。僕には単に怠け者が落ちこぼれているだけに聞こえますが」
「間違っとる!これぞ低成長時代に即し、尚且つAI・ロボット時代に文化的に生きる、まさしくニュー・ノーマルである」
「(あーはいはい)そうかなー。ホームレスがそんなこと言ってましたよ。で、その先生のジャガイモってどこにあるんですか」
「それはここにある」

なんだこれ

 先生は背中のリュックをおろすと中を見せた。こっこれは・・・。
「ではこの本を代わりに貰っていくから。しかしどちらも商品ではないから商談成立とは言わんな。ワハハハハ」
 意味不明の笑い声を残して先生は帰っていった。
 僕はしばし呆然とし、その後無性に腹立たしくなった。だってこれ、ほとんど詐欺じゃないのか。先日初収穫としてマリリンちゃんが掘ってしまった出来損ないよりも遥かにデキの悪いクズ芋ではないか。あんまり頭に来たのでタバコの箱と大きさを比較したが、そりゃ商品どころじゃない。

 僕はこいつをどうしたら食べられるかを必死に考えた。
 早速試しに皮も剥かずに吹かしてみた。やはり食欲をそそらない。
 翌日それをフライパンでバター炒めでいい色にして食べた。おいしい!だが、確かに買ってきて食べる代物ではないだろうな。

「ソナー・メンバーズ・クラブのHPは ソナー・メンバーズ・クラブ
をクリックして下さい。」

Categories:アルツハルマゲドン

▲TOPへ戻る

厳選動画のご紹介

SMCはこれからの人達を応援します。
様々な才能を動画にアップするNEXTYLEと提携して紹介しています。

たむらあやこ
久保大樹
深田崇敬