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林森北路(リンシンペイルー)の日本人ジョニー

2020 DEC 30 1:01:30 am by 西牟呂 憲

 SMC(スーパー・メタリック・クラブ)の台北エージェント、キャシー・アベから連絡があった。
「この頃、林森北路でボスを知っているという日本人が飲み歩いています」
 林森北路とは台湾に駐在した日本人なら誰でも知っている繁華街だ。日本語の看板が並び女性がはべる店があり値段も高い。カラオケも日本の歌が豊富で会話も勿論日本語。若者の姿はほとんどない。私も台湾時代には随分馴染みの店があった。中には怪しげな所もないではない。
 SMCとは体裁はコンサルなのだが顧客は様々、要望も多岐にわたる。砕いていえば情報屋で、もっとはっきり言えば台湾・フィリピンの裏情報を専門に扱う。
 台北やマニラではあまり表には出ない日本人並びに日系人のソサエティが存在していて、結構ヤバい事件も起こる。ほとんどは女の問題と金銭トラブルなのだが、グローバル化に乗って現地法人を作るカタギの企業や関係者には見えにくい。そういった少し危ない話を収集するエージェントを置いて裏の情報として流すのが仕事だ
。 
「なんて奴なんだ、そいつは」
「本名は分かりませんがジョニーと呼ばれているようですよ」
「ジョニー?なんじゃそれ。本当に日本人なのか」
 台湾経済は国内の需要が限られている為(人口2千万)自然と海外に販路を求める。その究極の姿が半導体のファウンドリーと言われる受託生産形態である。設計・開発部門を持たずに大規模受託に特化する産業が大発展している。するとそこのスタッフは難しい現地読みの名前の代わりにニック・ネームをつけて名詞にも表記する。ジェイソン・チェンとかレオ・ファンといった具合だ。
 と言うのも、漢字で表記していると北京語・ミンナン語(台湾語)・広東語ではいちいち発音が違っており若干の混乱を招く場合がある。かの李登輝さんも北京読みではリ・トンフェだが現地語ではリ・タンフイとなる。
 で、現地にいるイカレポンチの日本人もヒューゴ・ヤマダとかハック・サイトウなどと名乗る者も出てくる。ジョニーなどという名乗りはおそらくそのノリで自称したに違いない。
「で、何だってそいつはオレを知ってるんだ。いやそんな話がなんでオマエの耳に入ったんだ」
「ヒューミントに使っている飲み屋のネーチャンから聞きました。なんでも『昔この界隈をウロついていたジェット・ニシムロを知っているが、奴はとんでもない男だった』ってボスの悪口をバラまいているらしいです」
「悪口だと?まあその程度なら構わんよ。何か特徴はないのか」
「カラオケで必ず郷ひろみのお嫁サンバを歌うそうです」
「なんだと、バカみたいな奴だな。シノギは」
「日台合弁の社長だとか」
「よし、ヤバかったら締める」
「了解」
 電話を切って暫し感慨に耽った。あの辺りをうろついていたのはSMCを始めた頃で、今から30年も前の話だ。情報を取るために散々飲み歩いていた。
 当時は大陸が露骨に選挙に介入しようとミサイルをぶっ放したり(海上に向けて)、台湾国内でも国民党と民進党がドロドロの選挙で争ったりしていた。
 さる筋の依頼で、今から考えれば国民党寄りの反大陸カウンター・インテリジェンスを流す仕事を請け負っていた。ところが現地でそういった活動をしているとスー・ハイ・パンと呼ばれる、いってみればヤクザと業務上のバッティングが起こり危なっかしいことこの上ない。ネタは取りづらくなってくるので、残留日本人・日系人のルートや民進党系の人脈を頼ることになった。
 実は戦後の台湾に、日系と推定される人々が数%残っていて苦労しつつも結構なポジションに付いたため情報が取れるのだ。目下香港の情勢がヤバくなってきたので、この台湾ルートは益々貴重なものとなりつつある。将来この情報をもっとも高く買うのはロシアとインドだろう。このあたりの国際感覚は一般には分かりづらいだろうが、両国は中国と国境を接して微妙な緊張関係にあるためだ。そして日本。尖閣列島は台湾も領有権を主張しているのを知る人は少ない。

 キャシーから名前が送られてきた。「ジョニー・古入(Jhonny Furuiri)」
 突如記憶が蘇った。まさか・・・。
 私がカタギの商社勤めをしていたヒラ社員時代に、取り扱っていた材料のメーカーに抜群の切れ者がいた。鮮やかな英語を操り次々と大型案件を捌いていく。まだ30前の若さにもかかわらず、その手腕は図抜けていた。本名古入純一(ふるいりじゅんいち)、なぜか夜の街では通称ジョニーと呼ばれていた。しかも大変なイケメンで、それはそれは女にモテたのだ。あまりのモテぶりに、その流し目からはジョニー・ビームが発せられ、それを浴びた女はそれだけで妊娠するとまで言われた。
 もし、その人であるならば大変なことになる。まず、我々の情報源である林森北路の女達が根こそぎジョニー・ビームを浴び使い物にならなくなったらSMCの活動水準ががっくりと下がる。更に片っ端からなで斬りにしてスー・ハイ・パンに目を付けられれば今度は当人の命まで危ぶまれる。
 いやな予感がして台北に飛ぼうと思ったが、コビット19のおかげで台湾へは目下定期便は飛んでいない。しかもまともに入国すると着いてから2週間は隔離される。仕方が無い、密入国するか。
 長年培ってきた人脈を駆使して与那国島から漁船をチャーターして基隆(キールン)から入る。かの地の役人にはたんまりと握らせているので、何度もこの手で危ない橋を渡ったことはあった。

 港町で佇んでいると時間通りにキャシー・アベが真っ赤なブジョーで乗り付けた。
「ばか、派手な車に乗るなと言っただろう」
「ハ~イ、ボス。こちらで赤は別に派手じゃありません」
 キャシーはダンナと台北で暮らしていたが、すっかり台湾が気に入りご主人が帰国した後もそのまま住み着いている。お子さんも帰国してしまい『主婦の単身赴任』と称していたがヒマに任せて我々のエージェントになった。そして女だてらに林森北路のマンションに暮らし夜な夜な飲み歩いていた。
「その後ジョニー古入はどうしてるんだ」
「それがこの2週間は全く姿を見せなくなりました。女でもできたのかしら」
「有り得る、昔と変わらんな。ただ何だってオレの悪口を言いふらしたのか、そこが引っかかる」
「だけどボスの評判もひどいもんですね。古手のママで『そうそう、その通りの薄情な奴だった』と言ったのがいました」
 まずいことに多少の心当たりはある。しかし30年前の話だ。ということはあの辺の女どもはまだ店にいると言うことか。もういい年だろう。
 かつての常宿フォルモサ・リージェントにチェック・インして夜に備えた。

林森北路

 一眠りしていると携帯が鳴った。
「ボス、食事は済んだんですか。行く時間ですよ」
「なにっ、何時だ、お前どこにいるんだ」
「ロビーです」
「何やってんだ」
「ボスを案内しようと思って来ました。8時廻ってますよ」
 もう8時か。台北の夜は始まったばかりだろうに。しかもキャシーの奴一緒に行くつもりなのか。急いで着替えた。
「これから調査に行く所だぞ。一緒に行くのか」
「何言ってんでっすか。ボスが飲み歩いてた頃とは多少違ってますよ」
 それもそうか。キャシーの車で移動した。
 一軒目は『紫恩』とういう看板の出ている雑居ビルの二階にある店。キャシーがドアを開けると『ハ~イ、キャシー』という声が掛かった。実はここはかつて通った店なのだが、見渡したところ知った顔はいない。
「あら、キャシーさん。きょうはカレシと一緒か」
 店のママがやってきた。何故かボトルを持ってきている。相変わらずのシステムで、今日で言うところの「接待を伴う飲食」丸出しである。
「こちらシャッチョーさん?よろしくね。オンナの子にフルーツもらっていいでしょ」
 やれやれ、これで銀座並みの金をむしり取られるわけだ。
 少し飲んでおもむろに切り出す。
「ところでジョニー古入は来てるかい」
「ウェイ、シャッチョはジョニーの知り合い?そういえばこの頃来ないね」
「そうか。お嫁サンバを歌っていたか」
「そう。良く知ってるね。帰り際に必ず歌ってたよ。ウチの女の子に受けてた」
「何をやっているのか知ってるか」
「メイヨゥ、何かの会社のシャッチョだけどよくしらない」
 この調子でハシゴすると3軒目の店できれいな子が名刺を持っていた。
「それでこのジョニーはどこに住んでんだ」
「テンムーだよ」
 ははぁ、こいつ誘われて行ったことがあるな。相変わらず手の早いことで。

つづく

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