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林森北路(リンシンペィルー)に消えたジョニー 

2021 JAN 1 0:00:38 am by 西牟呂 憲

 早速キャシーに名刺を頼りにアポを取らせて訪ねて行く、台北郊外のウークー地区の雑居ビルだった。
 受付で名乗ると何故か男の秘書らしい者がエレベーターで降りてきて階上の立派な応接に通された。しかし案内してくれた男は浅黒い小柄な、明らかに中華系ではない精悍な男だった。そしてエレベーターを降りたところにもカウンターがあり、そこにも同僚と思われる同じような男が鋭い目付きで立っていた。応接室に行く途中で執務フロアが見えたのだがおよそ台湾人には見えない男達ばかりなのでちょっと違和感を感じた。
 応接に通されお茶が運ばれ、しばらく待っているとドアが開いた。
「オーゥ、懐かしい。何年ぶりだよ。訪ねてくれてシェーシェー。シン・クゥ・ラ(ご苦労様)いきなりの連絡でびっくりしたよ。よくここがわかったね」
 あのジョニー古入の顔だった。
「いや~、噂を聞いて飛んできましたよ。お元気ですか」
「マーマー・フーフー(馬馬虎虎、まあまあだ、くらいの意味)」
 懐かしい会話が弾んだ。
 その後、勤めていた会社から外資系にヘッド・ハンティングされ、数年をアメリカ・で暮らしたそうだ。更に勃興する東南アジアで仕事をしたらしいが、マニラ・シンガポールあたりでは結構ニアミスしていたことがわかって互いに驚いた。
 しばらくしてこちらから切り出した。
「リン・シン・ペイ・ルーではだいぶ活躍されているみたいですが、あんまり目立つとあそこは結構ヤバいところですよ」
 すると敢えてその話をスルーした。
「ところでこのコロナのご時世に一体どうやって入国したんだい。どうせまともにイミグレ通ったわけじゃないだろ」
「(ギクッ)エヘヘヘ、蛇の道はなんとやら。それでなにしてるんですか」
「せっかく来てくれたんだから教えてもいいが、そちらの御婦人は席を外してもらえないか」
「彼女は私のエージェントで秘密は守れますが」
「聞いてしまうとヤバくなるよ。いいのかい」
「あたしはそれじゃ外にいます」
 二人になるとジョニー氏はこう切り出した。
「香港がえらいことになっているのは知ってるよな。国際金融センターのポジションを失いかねない。一番困るのは誰だと思う」
「マフィアとかアジアの金持ちですかね」
「ジェット君もまだまだだな。一番困るのは金融以外にすでに産業競争力のない英国だよ」
「へえ、そうなんですか」
「雨傘運動とか民主化活動がタダでできると思ってるのか。ちゃんとスポンサーはいるのさ」
 ここでジョニー氏はさらに声を潜めた。
「僕はMI6の依頼を受けて動いている。香港はもうエージェントは置けないから台湾から情報を取る。それが仕事だ」
「MI6って!007を操っているようなアレですか」
「シッ、声がでかい。英国人ではもう情報が取れないからな。ガードマンがいただろ、この建物に」
「あの色の黒い連中ですか」
「あれらはMI6が手配しているロイヤル・グルカ・ライフルズ、すなわちグルカ兵のOB達だ」
「グルカ兵って何ですか」

グルカ・ナイフ

「ネパールの山岳民族の傭兵だよ。イギリス陸軍が正式に編成している傭兵。強いぞ」
「本当の話なんですか」
「腰に付けている逆反りのナイフがその証拠だぜ」
「すごいですね」
「MI6は香港の情報を喉から手が出るほど欲しがっている。それも自分達の目の届かないところをな。先に条件を出しておくが年3千万円プラス必要経費全額で香港に行ってくれないか」
「なっ何をやるんですか」
「香港の不動産王、李嘉誠(リ・カーシン)の次男リチャード・リーにインタヴューしてほしい。そしてもう一人、マカオのカジノ王、スタンレー・ホーの娘で歌手のジョシー・ホーに近づけ」

ジョシー・ホ

「そんなんで3千万も貰えるんですか。まさか命がけなんて無理ッス」
「それは心配ない。インタヴューして共産党とうまくやっていけるだろう、という事をにじませた記事をここに送ってくれればいいだけだ。ジョシーは大変な美人だから大ファンだという触れ込みなら接触可能だろう。イザとなればMI6がなんとかしてやる。君は台湾にいたからミンナン語が喋れるだろ」
「カタコトの挨拶だけですよ」
「それがいいんだよ。ここに台湾のパスポートがある」
 出されたパスポートは私の写真の入った物だった。名前は黄欽明、偽造パスポートだ。何でこんなものが用意されているんだろう。
「向こうではこれを使ってくれ。ジェット・ホァンになるんだ。香港の連中は日常広東語だけどインタヴューなんかは英語でやればいい。君はマンダリン(北京語)なんかダメだろうから英語にミンナン語が混じるくらいがちょうどいいんだ。間違っても日本語はダメだぜ。リチャードもジョシーも日本語ができるから」
「これ偽造パスポートですよね」
「当り前じゃないか。君ここには密入国だろ入国の記録がないから正規ルートで出国できないじゃない」
「ですから一度日本に帰って」
「それではこの話はナシだね。3千万をフイにするとは大した余裕だねえ」
「イヤッ、やります。やりますよ」
「別に無理にとは言わないよ。せっかく訪ねてきてくれたから、タマタマいい話があったんでね。実は今週末に高雄(カオシュン)からマカオに出る船があるからそれに乗ってくれ。そこから香港発フリーだ。3千万は日本の口座に振り込むから必要経費はこのアメックスのカードを使ってくれ。黄欽明、ジェット・ホァン名義だ」
「あのー、一つ聞いていいですか」
「なんだい」
「こんなことしてて地元のスー・ハイ・パンは大丈夫なんですか」
「そっちの心配をしてるのか。MI6が付いてるんだよ。紅幇(ホンパン)も青幇(チンパン)も戦前から英国と繋がっている。もっとも現在は実態はないにも等しいがね。戦前はその両方に加えて日本軍も一部はアヘンの流通でしのぎを削っていたから。戦時中の中華系抗日ゲリラなんかみんな英国の手下だったよ」
「あんまり怖いこと言わないでくださいよ」
「君はスー・ハイ・パンと繋がってるつもりなんだろ」
「えっ!・・・まさか」
「ふっふっふ、まぁいいや。よし、話は決まった。飲みに行こう」
「はあ」
「さっきのお嬢さんもつれてリン・シン・ペイ・ルーにでも。あっ、それから李嘉誠(リ・カーシン)は広東語ではレイ・カーセンだからね」

エピローグ

「ジョニーさん、ウチのボス確かに船に乗せました」
「シェーシェー、キャシー。見事に引っ掛かってくれた」
「最初に相談された時はMI6からのオファーとは言わなかったじゃないですか。びっくりしました」
「ヒヒ、あれは全部嘘だよ」
「ウソッ、うそなんですか。だったらを提示したギャラは払わないんですか」
「払うさ。まぁ聞いてくれ。MI6が関心を寄せているのは本当だよ。ただしカネを出したりはしない」
「だけどあのグルカ兵はどうしたんですか」
「キャシーも騙されたか。あれはフィリピンから出稼ぎにきた奴らを集めただけでもういない」
「そんな手の込んだことしたんですか。で、本当のスポンサーは」
「香港の金融機能が失われるとしたらどこがそれに取って代わるか」
「常識的にはシンガポールでしょうね」
「それを阻止するとすれば」
「多少無理筋ですけど東京ですか」
「目下、菅政権は日本の福岡に持ってこようと猛烈なロビー活動をしている」
「福岡!」
「そう。そのために香港の金持ちの動向をぜひ探りたいわけだ」
「だけどウチのボスがオベンチャラ記事を書いたところで関係ないでしょう」
「インテリジェンスの世界は二重・三重底になってる。ジェットの記事はどうせ中国当局に検閲されている。問題はそういった日本向けのインチキ情報に当局やレイ・カーセン、ジョシー・ホーがどう反応するかだよ」
「それを知りたがっている機関とは・・・」
「教えてもいいが条件がある」
「危険度と報酬によりますね」
「必要経費別で年1千万円。私の事務所の後任になってジェット君からの情報を配信してほしい。実はジェット君にも指摘されたんだが台北のスー・ハイ・パンが少し動き出していて私もヤバいんだ」
「潜るんですね」
「ああ。ただし日本には帰らない。林森北路からは姿を消す。南のカオシュンに移動するかな」
「成るほど。うふふ、1年ならやります」
「その後は」
「さあ。それでボスはどうなります」
「そこまでは考えていない。ヤバけりゃあいつのことだから自力で何とかするだろう。どうする」
「受けます。それでどこのオファーで動いてるんですか」
「法務省直轄、公安調査庁だ」
「えっ、政府機関じゃないですか。ジョニーさん。あなた何者なんですか」
「すまない、喋り過ぎた。それじゃそろそろトンズラするので」
「待ってください。カオシュンでもファーレンでもどこにいっても私のネット・ワークには引っ掛かりますから」
「なにっ、どういう意味だ」
「初めに会ったときにあたしの人脈をチェックしたでしょう。その時にヒントは差し上げたじゃないですか」
「あなたが言ったのはSMCという得体のしれないシンクタンクのエージェントだってことだったけど。それがジェット君の組織だと分かったんでおびき寄せる段取りになったと記憶するが」
「それはそうです。でもその前にあたしをナンパしようとしたじゃないですか」
「まぁ、男のたしなみとしてね」
「その時に日本人のおじいさんが割って入って来て名刺を出しましたよね」
「あの、久しぶり、とか言って挨拶した人か。確かNPOホワイト・グループとかいう所の名刺だった」
「あれが私のバックなんです。ジョニーさんは戦後に台湾に上陸した国民党軍に日本人の軍事顧問団がいたのを知ってますか」
「そんなこと知らない」
「パイダンと呼ばれて1960年代まで活動しました。その後も組織は続いています」
「それがどうしたんだい」
「台湾の親日感情がどこからきていると思いますか」
「それは統治が適切だったのと戦後の反国民党意識からじゃないのか」
「違います。あたし達の地下工作と台湾への愛情の賜物なんです。その後台湾でも政権交代は起きましたが、日台を結ぶ工作は継続中ですから。特にジョニーさんがウチのボスをだまくらかして香港に送り込む話は私たちにとっても渡りに船の話でした」
「あたし達ってキミも関わっているのか」
「私はそのパイダンの幹部の娘です。ボスはそんなことも知らずに私をエージェントとして使っているつもりになっていたんですよ」
「パイダンは日本とも繋がっているのか。オレはそんな話は聞いてないぞ」
「あたりまえじゃないですか。そちらは法務省、こっちは元帝国陸軍ですから」
「すると外務省かそれとも防衛省か」
「陸幕第二部別班。旧中野学校の流れです。いいですか、国民党とスー・ハイ・パンはズブズブでした。そのルートも手の内です。ジョニーさんが台湾にいる限り、夜の街でやることは筒抜けなんです。テンムーに良く来ているあの美人はス・ファー・シュンでしょう」
「・・・・」
「ところで台湾から逃げればすぐわかりますからね。ギャラの方は一年間お忘れなく」

結局のところ、誰が誰を雇っているのかわからないまま情報戦が繰り広げられており、世の中にフェイク・ニュースが溢れかえり、人々は真実を知ることもなく怪しげな社会に組み込まれるのである。

おしまい

林森北路(リンシンペイルー)の日本人ジョニー

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