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不自由の勧め オリンピックが見たい

2021 JUN 26 0:00:34 am by 西牟呂 憲

 高校時代に読んだエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』を思い出してみた。その本はもう手元には無いが、確か第一次世界大戦でコテンパンにやられたドイツ国民が一気に孤独や責任を自覚することなく『自由』になってしまい、個人の幸福を求めたがために後のナチズムへの傾倒を生んだ、といった内容が頭の片隅に残っている。
 なんでそんな記憶が甦ったかと言うと、1980年代のアメリカを震撼させた連続爆弾事件を起こしたユナボマーことセオドア・カジンスキーのことを調べていた時に、彼が『テクノロジーは人間を満たされないものにしてしまう。真の自由のため機械文明は破壊されなければならず、その後に人間は野生にかえるべきだ』と記述していることを知って、古い記憶に再会したのだ。
 セオドア・カジンスキーは数学の天才で、それはそれで面白い話なのだが本稿のお題ではない。因みに最近はこういった匿名性の高い連続犯罪を研究している。ゾディアック事件とか。
 で、『自由からの逃走』の話に戻るのだが、読んだ当時はチャランポランの塊のように何にも打ち込まずに暮らしていて不安に苛まれていたから、題名に惹かれて読んだのだった。
 前置きが長くなったが、その自由なる概念は束縛・規制からの解放というのが一般的だ。だが『自由』なる単語は江戸期には使われていなかったそうだ。明治期に西洋文明を受け入れるに当たり、フリーダム及びリバティに対する適当な訳語がなく、仏教語で自ら立つことを指す『自由』を当てたらしい。それまでは『思うがまま』とか言っていたとか。
 そして仏教語の自由とは、仏教学者の鈴木大拙によれば、自ずと本質が湧き上がって来ることを言い『松は竹にならず竹は松にならず、松は松として竹は竹として、自分が主人となって働くから、これが自由である』となる。福沢諭吉の言う『独立自尊』のようなものか。
 この解釈、非常に示唆的に腑に落ちた。
 と言うのも、近い将来のAIが生活の根幹をなす時代になった時点では、様々なことが合理的にAIの判断を仰ぐ或いは決定を委ねると予想しているからである。そのような社会のストレスは目下の知見では予想不可能だが、個人的にはイスラム教・キリスト教の一神教の社会の方が強く出るのではないかと見ている。AIは宗教的戒律を無視するからだ。
 その点、我が国は八百万の神様が至る所にいるから『あーそうか、AIさんの言うことはこっちの神様の言ってることと同じか』ですむ。
 自由という概念に対して、強烈な一神教の文化と東洋の文化では捉え方が違って当然だ。ここにヒンドゥー教を入れるとややこしくなるのでちょっと度外視する。
 AI時代でデジタル化が進み個人の自由が規制を受けた場合、社会のストレスがどう出るか、どう人々が対処するか。例えば一党独裁の中国は厳しい監視社会であるが、現地で法人を経営した経験から言うと、庶民感覚ではお上を胡麻化すことに必死だ。特に納税意識の低さには呆れるばかりだった。大体中国人の拝金主義と公徳心の無さ、更にキツい言葉を使うが残虐さは筋金入りで、これが儒教の国なのか、ひょっとしたらあんまり一般がひどいので孔子様が論語を唱えたが存命中は誰にも相手にされなかったのが実態ではないかと思える。
 また、ロシアは今では選挙もやっているが、一般のロシア人は政治家は元々悪い奴がやるものだと考えている。そう言ってはプーチンの悪口を言い募るのだが、投票ではプーチンに入れてしまう。『プーチンは悪いと言ったのになぜみんな投票してしまうのだ』と聞いた返事が面白かった。『プーチンに入れておかなければもっと悪い奴が出て来る。そしてそれでもものすごく悪い奴よりはいい』
 おまけにマフィアの夥しい犯罪もさることながら、国家が先頭に立ってガンガン”暗殺”をしているではないか。ただし、現地にいるとマフィアもGPUも視界に入ってくることはない。かつてのKGBの中佐クラスが交通の取り締まりをやっていると聞いた。
 この両国は宗教的には極めて緩く(ロシア正教は一般社会への影響は少ない)エマニエル・トッドの唱えた外婚制共同体家族(息子はすべて親元に残り、大家族を作る。親は子に対し権威的であり、兄弟は平等である社会)であり、実は共産主義との親和性が高い。
 こういう社会はAIが決定したことに対して、反射的にどうごまかすかを考えだすのでかえってストレスにならないと思われる。どちらも国民が全員暗い顔をしているわけではなかった。
 そして日本であるが、一般的に日本人はガバナビリティが高いと言われてはいる。一方で同調圧力が強いとも指摘される。SNSにおけるヘイト・スピーチ等のいじめ・嫌がらせはその悪い面が出た。こういうのは規制されてしかるべきだが、それに対するヒステリックな反対はない。この繰り返される緊急事態制限に対しても特にパニックになったりせず、落ち着いた対応ができているではないか。野党とマスコミは悲惨な報道を好むものの、それによって政局になったりはしていない。
 それに対してヤバいのは、アメリカで言えば共和党を支持する宗教右派という人達、或いはカトリック、イスラム原理主義者といった社会は、潜在的に強い反発力を持っているため暴力的になる可能性を秘めている。
 この1年、決め手のない『緊急事態宣言』の元、暴動を起こす訳でもなく、遅れ気味のワクチン接種に黙々と並ぶ。亡くなった方々の冥福を祈り、闘病中の人の身を案ずるの当然。しかし日本人、この程度でよく抑えていると言わざるを得ない。
 『基準を明確にして欲しい』『ワクチンが回らない』『もう我慢の限界です』『店をやっていけません』『いつになったら』気持ちはわかるが少し黙っててくれ。専門家は頼りにならないし、誰もどうなるのか分からないのが実情だろう。責任を取りたくないから安全係数の高い物言いになり、そしてこう言った声に対して、自粛警察がツベコベ言う。これが良くも悪くも八百万システムなのかとも思う。
 そして話が元にもどるが、この厄災によって奪われる自由(生活の困窮は困るが)に対するストレスは連続爆弾事件のユナボマーを生むには至らない。あと、どのくらいかかるかは不明だが、この程度の不自由は返って弛緩した大衆を引き締める。いまさらウロウロして街頭インタヴューに応じる輩が政府の悪口なぞもっての外、自分の身は自分で守れ。厄災には忍耐しかない。

 で、突然話が飛ぶが、東京オリンピックは無観客でやる方がいいに決まってる。実際に抽選に当たった人以外はテレビで勝手に盛り上がるのだから。何しろセッセと日本中から観戦しに集まるのはマズい。何なら『緊急事態宣言』を出したままでやればいい。下手に緩めりゃどうせ感染は拡大する。いっそ期間中に限り、法的には難しいロック・ダウンをやったっていいとさえ思う。
 ここで『人の命を犠牲にしてまで』といったエキセントリックな話はチョット横に置いて、総合的に考えてオリンピックはやるべきだと考えている。そして、選手も応援する人も、不自由を甘受してやればそれこそ日本にしかできないオリンピックになる。そうでなければ強権によって封じ込めた北京の冬のオリンピックが、コロナ後の最初のオリンピックになってしまう。メジャーを見ろ、テニスの国際大会を見ろ。
 そりゃあオリンピックをやれば水際で防ごうがワクチンを打とうが感染者は出る、増えるに決まっている。だが、国際的にみてもどの先進国よりも感染の低い日本なのだ。ワクチン接種の遅れは明らかに政府の対応の悪さだが、ここからが勝負だと私は思うんだが。

 蛇足ながら、この厄災はワクチンを2度打っておしまいにはならない。5波6波、年が明けても気を付けて暮らさなければならないのだ。一部の業種の人には気の毒だが元に戻ることはない。毎年変異株に怯える状況が続く。中国だって油断はできないぞ。
 更に蛇足であるが、ここまで書いてきて非常事態宣言が終わった時点の弛緩振りにあきれた。同時に某知事は過労により入院・静養。
 僕は二つの感想を持った。一つはこの人は真のリーダーではなかった。通常このテのストレスに対しては女性の方が強いはずだと思っていたのだが、潰れてしまったのか。もう一つは、この人の場合、どのタイミングで倒れて見せて、いつ復活するのが選挙に有利なジャンヌ・ダルクを演じられるか、を計算しているように見えてしょうがない(失礼!個人の意見です)。
 ここまで書いて投稿しようとしたところ、驚くべきニュースが飛び込んできた。宮内庁長官が『拝察する』という言葉を付けつつも陛下のご懸念の内容をバラしてしまった。コイツ二重の意味でクビだ。まず、陛下のご懸念の内容を政治的に微妙な時期に喋った。次に、万が一開催ができなくなった時に、陛下が介入された、と受け取られかねない。従ってそうならないために『絶対にやらざるを得ない』状況に追い込んだ。ひょっとしたらオリンピック推進派の菅総理から工作を受けてたんじゃないか。コイツ例の小室文書の時もマヌケなコメントをしたバカだからもう終わりだね。

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27日追記

 お墓参りに行ってきました。
 紫陽花の二色活けです。
 大きな声では言えませんが、この季節は菩提寺の裏手にたくさん咲いているのではじっこを少しばかり分けてもらってます。

 山門の直ぐ前の所を
 おお!堂々の聖火ラン!
 御先祖様見たかな。

Categories:潮目が変わった

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