Sonar Members Club No.36

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さびしい海 もう一人いた

2021 AUG 24 11:11:22 am by 西 牟呂雄

 航海を終えて港に帰って来る。入港時は午後2時できつい日差しに潮をかぶってザラつく肌がヒリヒリするが、波を騒がせる一陣の風を受けるとヒヤリと冷たさも感じる。
 入港して浮き桟橋に船体を舫うと、見知った顔が声をかけてくる。
『どこまで行ったの』
『城ヶ島を一周』
『風は』
『ぜんぜん。だけど前線の影響でうねりが大きくてね』
『オーイ、ワイン開けるよ』
 声がかかると、ハーバーで手仕事をしていたほかの船のクルーもやって来る。僕はもう少し強い酒が欲しくてバーボンをぬるい水で割って飲んだ。断酒後2回目のアルコールなのでゆっくり飲む訳にはいかないのだ。サッと飲んですぐ止める。実は先日の検査結果が良好だったので、必死に先生に食い下がり「週に一回くらいならしょうがない」の一言を引き出した。

入港

 風を浴びて進むヨットは咳をしようが酒を飲もうが飛沫感染の心配は全くない上に我がクルーは既に全員2回目の接種を受けている(全員高齢者)。だが神奈川は緊急事態宣言下であるから、メシを食べに行っても酒は出ないからミニ・バーベキュー、仕方ないね。今日は仲間の船がキス釣りに行き、これが大漁だったのでキス天の御相伴にあずかった。
 そして当たり前だが来ているクルーは少ない。どうもこの大変な時にヨット遊びとは何事だ、との地域の目もあるようだ。三浦には高級養護施設も多いのだ。
 湾の入口の海水浴場も開いていないのでテントがチョットあるだけ。波ばかり打ち寄せていた。
 静かな海面をデッキで腹ばいになって見ていた。すると海面がグラリという感じで揺れた、何だ。覗き込んだが何もない。ただ、水面がやけに赤紫のように一瞬見えて、すぐ元にもどった。すると、何故か言いようもない恐怖感、危機感に捕らわれた。

寂しい

 みんなの話している声が聞こえるのだが、誰だか思い出せないが良く知っている声が耳に入る。何だか面白そうな話をしながら良く笑っている。どうも本人の失敗談をしているようだが、聞いていると全く反省していないのがヒシヒシと伝わる。
 すると何だか腹立たしくなってきた.こいつはチャランポランな奴に違いない。チョット割って入ってやろうか、と起き上がった。
 そろそろ夏の夕日が落ちて来た。赤い空を見やった途端、また海の色が変わったような気がしてぐらりとよろめいた。
 ところが何かおかしい、誰もこちらに気がついていない。僕のことが見えていないのか。おい、みんなどうしたの?その時、その気になっている奴が振り向いた。エッ!その怪しげな男は僕ではないか。まさか・・・。

油壷湾の夕日

 キス天でお腹一杯になった頃には日が落ちて来た。さっきまで随分賑やかだったのに一瞬みんなが話を止めて、赤い夕空を見入っていた。湾内を風が通ると涼しくてため息が出る程だ。今年の夏も過ぎていき、終わる。年を取るわけだ。
 と、眺めているとだらしなく酔っ払っているどこかのバカが甲板に転がっていて、実に目障りだ。さっきからいたのだろうか、挨拶もなしに。そもそもこの夏の夕方にモロに日差しを浴びるのがどんなに危険なことか、酒を飲んだ場合は特に。日焼けと脱水症状で高熱を出すのがオチだ。
 しかしクルーの仲間もスキッパーも気にも留めていない、どうしたことか。仕方ないな、オレが行って起こしてやるか。だいたいどこの船のメンバーなんだ。
 デッキの前の方に行こうとパルピットを掴もうとした時になぜか手元が狂った。船がグラリと傾いたかと思うと、そのまま海面に落ちた。しまった。停泊中の落水はヨット乗りの最大の恥、なんて言い訳すりゃいいのさ。
 ところがすぐそこにいるはずの仲間はだれも声をかけてくれない、去年落ちた時はすぐに助けてくれたのに。34フィート級の甲板は意外と水面から高い。
 これは泳いで桟橋まで行くしかないか。その時、甲板で寝ていた奴がふてくされた顔で覗き込んだ。見上げてアッ、と声を上げた、そいつはオレじゃないか!すると今泳いでる俺は・・・、コワイ。

 直近、油壷で起きた実際の話を元にしたブログです。なお、ワタシの体験ではありません。

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Categories:ヨット

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