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海に賭けた人

2022 MAY 8 7:07:54 am by 西 牟呂雄

 出航してアレッとなることがある。天気予報や陸で晒されていた時と当たる風が違う。
 この日も湾から出た途端、いつもの連休とは明らかに違い南風(はえのかぜ)の強風に驚いた。千葉方面に東京湾を横切ろうと考えていたが、さてどうしたものか。日差しは曇りで相模湾には既に多くのヨットが出ていた。
結局スキッパーの判断で、風を掴んで江の島方面に行ってみようということにした。わが愛艇はこういう場合に多数決はしない。スキッパーは慎重なのが分かっていて、それには異を唱えないのが不文律である。
 風は強いのだが追い風に乗っていると風速はあまり感じない。ましてや海面は波頭が飛ぶようなこともなく、むしろ静かなのだ。ジブを思いきり出してみると、それだけで十分な帆走ができた。
 今日のクルーは結局3人。スキッパーは酒を飲まないし、もう一人は若い初心者なので、僕はその子に舵を取らせてさっそく一人出航の乾杯をした。
 滑るようにいい風を拾うと7.5~8ノットの走りで江の島に着いた。
 ここのハーバーはオリンピックの会場となって設備が一新され昔の面影はなくなった、無論いい意味でだ。
 若い頃から江の島には来ていたが、陸から行ったことはない。ましてや観光なぞしたこともない。この年になってあんまりだと頂上まで登ってみることにした。

美しい僚船

 ところが船を降りた途端に知り合いにバッタリ会ったので、ワインを開けて話し込んでしまった。
『どっか行くの』
『ウン。真鶴までかな。そっちは』
『ここで泊ってあした帰るんだ』
『あした?ゆっくりしてなよ。あしたオレ帰って来るから』
『あした午後から雨だぜ』
『雨ぐらいどうってことないだろ。ヨット屋は濡れるのが商売だろが』
 こんな他愛もない調子ですぐに一本飲んでしまった。さてご飯でも。行きつけの(といっても何年ぶりかな)食堂に行くと、いつものオヤジさんがいない、見たこともない人が厨房にいるではないか。聞いてみると体を悪くして引退してしまったそうだ。で、刺身定食を頼んだがはっきり言ってオヤジさんの時よりまずい!特にマグロの刺身はダメだった。
 さて、夕暮れになったので江の島観光に。

竜宮城のような神社

 江の島は弁天様で名高いが、実は弁天信仰は神仏習合で仁和寺の末寺であった江戸時代まで、明治の神仏分離の際に宗像三女神を祀る奥津宮(おくつみや)、中津宮(なかつみや)、辺津宮(へつみや)の神社となった。廃仏毀釈の折には三重塔をはじめ多くの仏像が失われたが、やさしいお顔立ちの弁天様は残った。こういうことをするので明治の薩長政府は嫌いだ。
 石段を見上げてエ~っと思ったら『エスカー』なるものの切符を売っていたので早速買ったが、ただのエスカレーターのことだった。頂上のあたりで日が暮れた。

 翌日は曇天。風は昨日とは違う東風で、アビームにセールを出して一杯にはらませた。予報ではこの後北風に変わって雨模様である。東風だから相模湾内はうねりは立たない。きのうと同じく楽なセーリングである。
 時節柄、知床の観光船の痛ましい事故の話になったが、荒れた海での操船技術の問題以前に、海の地形の認識のが足りなかったのではないか、という結論になった。岩場の近くの海底はそれこそギザギザで、油壷の周辺でも回航してきた学習院大学のヨットが荒天に遭難、麻生太郎の弟さんが亡くなった事故があった。
 ついこの前も大事には至らなかったものの海上保安庁が出動する事態があった。観光船であれば、陸の近くを『見せ』るために近づくため、それこそコースの海を知り尽くしていなければ。それが30度も傾斜したということは一瞬に浸水したはずだから、余程の亀裂が入るほどの突っ込み方をしたのだろう。30度ならばスキー場の感覚でいえば、垂直に近い視線のはずで這いつくばることもできなかっただろう。
 風が北に変わった。セールを広げると船足が早くなるとともに大きくヒールした。

雨のハーバー

 入港すると霧雨が降って来た。
 雨のハーバーはとても寒い。
 その雨の中、一人の老人が歩いて来る。鮫さんだ!鮫さんは港の中のボート・ハウスに住んでいたが、そのハウスはずいぶん前に無くなって、鮫さんも姿を消していた。数年前に一度バッタリ会ったのだが、太平洋をヨットで横断して暫くアメリカにいたらしい。その後、グアムに行ったとか三重県で目撃されたとか噂されていた。
『寒いね』
『お久しぶりです。どうしてたんですか』
『オレ?ずっとここにいるよ』
『えっ、全然会わなかったじゃないですか』
『そうかい。ワシャしょっちゅう君を見かけてるがね』
『そうなんですか。今はどの船に乗ってるんですか』
『声がかかればどの船にでも乗るさ。海でしか生きられないからね』
 答えになっていない。だが鮫さんに聞いた人生を思い出すとわからんでもない。この人は海に賭け、海に生きた人、本当ならばだが。
 待てよ、もし本当なら100才くらいじゃないのか・・・。アレッ、いない!まさか。

 詳しく知りたい方はどうぞ。

海の上の人生 ホントかよ

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Categories:ヨット

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