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ジャック・ロンドンに降りかかった厄災

2023 MAR 1 8:08:07 am by 西 牟呂雄

 ジャック・ロンドンは20世紀初頭のアメリカの作家、サンフランシスコで生まれ貧しい少年時代を過ごした後、流行作家になった。マルクスに共鳴した社会主義者でもある。
 彼は日本に2回来ているが、一度目は10代の漁船の乗組員時代に横浜に、二度目は作家になった後サンフランシスコ・エグザミナー紙で日露戦争の従軍記者として取材に訪れた。
 二度目の滞在時、朝鮮に渡る船に乗るため訪れた門司で、撮影禁止区域と気づかず写真を撮り逮捕される。このいきさつを記事にしているが、それを翻訳の大家である柴田元幸が自身の責任編集する雑誌に載せていて、これがメチャクチャに面白い。

 ところで、乗組員時代と作家デヴューの間にホーボー(Hobo)をやりながら全米をウロついている。このホーボーというのはヒッピーとホームレスが合体したようなアメリカ的連中で、無理やり日本語にすれば『渡り職人』とでも表現するしかない。御覧のスティックにわずかな着替えと身の回りの物を担いで、汽車には無賃乗車(当時は車はない)、定住はせず家庭も持たずにウロウロする。自由といえば自由でいかにもロード・ムービーの主人公のような輩である。ジャック・ロンドンにもその当時をベースにした『ザ・ロード』という作品がある。
 西部フロンティアの精神を継承したとも言えるが、おそらくは大半がモノなんか考えないならず者ではないだろうか。だが、時代が下ってもそのスピリットを受け継ぐ流れがあって、ウディ・ガスリー、ボブ・ディランといったアーチストやエリック・ホッファーのような異端の哲学者が受け継いでいく。映画『イージー・ライダー』なんかもその系譜に連なる。
 だが、21世紀になってしばらくすると(日本で令和になるあたりから)この流れは姿をくらましたかに見えるのはなぜか。これについては別途考えたい。

 話はジャック・ロンドンの逮捕にもどるが、門司で逮捕され小倉に送られるいきさつは抱腹絶倒モノだがそれは読んでいただくしかない。更に朝鮮のチェムルポに渡るが、そのチェムルポというのがどこなのか分からない。原文表記は『Chemulpo』で、どうやら現在のインチョンのことと解説されているがあの辺りはそのころ港湾があったのだろうか。
 そして通訳のヤマダ氏を従え日本軍の高級将校に取材を開始する、これがまたすごいのだ。イエス・ノーで答えられる質問をしたところ、高級将校は『ゴブル、ウォブル、ウォブル、ゴブル』と15分もまくし立てた後、通訳を通じて返事が帰って来る。また、かなり重要かつ微妙な事情について時間をかけ丁寧に説明したところ、ヤマダ氏は一言だけ『ウォブルゴブル』と聞き、すぐに『わかったそうです』と返事をした。
 未知の日本語が『ゴブル、ウォブル』と聞こえるのはただおかしいだけだが、内容は身につまされる。僕自身が通訳まがいをして困るのは、この高級将校のように単純な返事に至る事情を全て説明しなければ答えが説明できないタイプだ。また、複雑な内容を一言でやってしまうのは、単に英語力の問題。うーむ、そうだろうな・・・。
 因みにしばしばロンドンはしばしば『力車』に乗るのだが、おそらく人力車のことだろうが、柴田氏は『力車』と訳している。原文も『Rickshaw』となっているようで、このあたり氏の翻訳の技が見られる。インドでは今でも人力車が『リキシャー』と呼ばれている。即ち、日本人も通常は短縮してリキシャと呼んでいたのだ。自動車を『クルマ』というように、この時代すでに『ジンリキシャ』という言い方はなくなっていたのがわかる。
 さて、一応従軍記者なので、ヤマダ氏はその日のできごとを英文で報告するのだが、この英吾がまた凄いらしく、柴田氏は(おそらく苦労して)面白おかしく日本語にしている。読んでこりゃヒデーなとゲラゲラ笑った。氏は自身がふざけている訳ではない、とばかりに原文も載せていた。
 僕はその原文を読んで息を飲んで引きつった。笑えない。僕が日常的にメールしたりZOOM会議で得意になって喋っている英語にそっくりなのだ。前置詞の飛ばし方、アドバイスやインフォメーションという単語の多用、状況下というつもりでアンダーを使う・・・。
 先日も多国間の協議をZOOMでやったが、日本人は僕一人だったから『ゴブル、ウォブル』と聞こえるような日本語は使わなかったものの、英語に関しては氏の翻訳のような伝わり方がしなかったとは言い切れない! 今更遅いけど。

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Categories:言葉

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