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令和亜空間戦争 老人ホーム編

2024 JUN 15 0:00:08 am by 西 牟呂雄

 ついにオレは体が利かなくなった。ロクに歩けない。手は震えている。耳は遠く、目も暗がりや遠くは分からない。同居人には愛想を尽かされ子供も孫も寄ってこない。有り金はたいて介護付き老人ホームに転がり込んだ。ここで静かに余生を送ろうと思ってのことだが、なかなか快適である。後は寿命との勝負だが、脳は持つのだろうか。
 メシも旨いしプライバシーにも気を使ってくれる。ネットも使えるし申し分ない暮らしだ。
 ただ、一つ気になるのは食事の時にどこに座って食べるのかの塩梅が難しい。こっちはこのありさまだから車いすを押してもらって空いているところにしか行かれない。だが、まだ多少元気な奴はヨチヨチしながらも仲のいい連中の所に行きワアワア言いながら食べている。オレも入っていきたいとも思うのだが、面倒な気もしていつも言われるままに黙って食べさせてもらっている、何しろ手が震えるのでこぼしてしまうのだ。情けない。
 しばらくして様子が分かってくると、小集団の中に一際目立つ男がいるのに気が付いた。襟足にかかる髪型と切れ長の目に特徴のある表情をした奴である。良く笑う。そして周りにいる老人は男も女も奴の言う事にいちいち反応して一緒に笑ったり頷いたりしている。時々視線が合うのだが、その目は明らかにオレを拒絶しているようなのだ。
 入居後一か月が経った。そうこうしているうちにオレにも挨拶をしたりテーブルを一緒に囲む仲間ができてきた。といっても半分は介護がなければ食事もできそうにない連中で、要するに介護士さん達と仲良くなったわけだ。すると彼等・彼女等からあの男の評判が聞こえてくるようになった。名前はアベというらしい。現役時代は怪しげな団体役員をやっていたそうで、なにやらいろんな知り合いが多い。まだ体も結構動くのでたまに外出する。
 ある日、天気が良かったので介護士さんが庭に連れ出してくれると、あのアベが立っていて『やあ、どうも』と挨拶をする。こちらも『どうも』と返した。すると『介護士さん、忙しいでしょうから車いすは僕が押して散歩につきあいますよ』などと言うではないか。オレはそんなことしてもらうのはいやだと思ったが、介護士さんは『それじゃよろしくお願いします』と行ってしまった。
 奴は庭を回ると『せっかくいい天気ですから外に行ってみましょうか』と言い出した。多少面倒かとも思ったがヒマに任せて言うがままに押されて外に出た。
 久しぶりの外気は心地よく、今日は風もない。住宅街だが人通りもない。
『あなたは以前は何をしていたのですか』
『普通のサラリーマンでした』
 会話はうるさいというほどではなく、とりとめもなく続いた。ところが、この地区を流れる河川にかかる橋のところに来ると、押す手を止めた。
『辺りに誰もいませんねぇ』声は低く変わっている。
『ええ、こんな街中で静かなもんですね』
『目撃者もいなくて今私がこの川に飛び込んだらあなたに何かの容疑がかかるかもしれませんね』
 こいつ何を言い出したんだ。
『或いは私が徘徊を始めていなくなった場合はあんたは誰かが発見してくれるまでここにいることになりますかな。いや冗談ですよ』
 言いようのない不気味さが伝わってくる。こいつ、オレにマウントしているつもりなのか。
 待てよ、人の気配がしない。オレは不自由な首を精一杯回して見ると、奴はいない。なんてこった、オレを置き去りにしたのか。
『こんなところまで来て何してるんですか』
 突然大声で呼ばれてハッと我に返った。
『いや、オレはアベさんに押してもらってここに来たんだけど、彼どこかに行っちゃって』
『何言ってんですか。アベさんならずーっとみんなでリハビリ体操してますよ。ダメじゃないですか勝手に出て行っちゃ』
『勝手にって、オレ一人じゃここまで来られるはずないでしょ』
『またそんな言い訳して。これは電動車椅子なの!』
 どうなっているのか。
 オレの推測はこうだ。奴は妖術を使うのかマジシャンなのかは知らないが、何らかの手段で人を服従させたり洗脳したりしてあの施設のボスの地位を手に入れているに違いない。そうはさせないぞ。
 それからしばらく、冷静に奴を観察し、たまに挨拶などはするが細心の注意を払いつつ秘かに呪術の研究を始めた。丑の刻参りでもやりたかったのだが、この有様では夜中に抜け出すこともできやしない。
 まず初めにタロット・カードを使おうとしたが、その解説書のあまりの多さに驚いてヤメ。魔法陣を書いて『エロイムエッサイム、我は求め訴えたり』とやろうとしたが、検索するとあれは水木しげるが自作したらしく、それなら自分で描けばいいとオリジナル魔法陣を作ろうとし、円の中を五芒星にするかダビデの星にするかで悩み挫折。
 そうこうしているうちに、奴のマジックは続いた。オレの嫌いなおかずが増えているし、中庭に押してもらって行くと奴とその取り巻きがこっちを見てニヤニヤする、オレのお風呂の順番に奴が割り込む。
 ある日、オレがボーッと窓の外を見ていると、奴が何かを唱えながら不思議なステップを踏んでいた。なんだかモタモタと歩きブツブツ言っている。聞こえてくるのは『リン・ピョウ・トウ・シャ・カイ・ジン・・・・』なんだありゃ。だが、その動きを見ているうちに突然気持ち悪くなってきた。息が上がり目がくらむ。
 次に目が覚めたのはベッドの上だった。起きようとしたが金縛りだ。
 運よく介護士さんが見回りに来てくれたので『起こしてください』と言おうとしたが声が出ない。介護士さんはこう言いながら事情を察知したらしく起こしてくれた。
『もう、一人ではうろつかないでくださいよ。危ないから』
 いや、オレはズッとこの部屋にいたのに、分かった。奴がまた妖術を使ったな。ところがうまく言えない。
『ヨージュツ、、アベ、、、』
 というのが精一杯だった。意味は通じないだろう。介護士さんは無視して出て行ってしまった。

 奴のあの不思議なステップには何かある。オレは大変な苦労をしながらパソコンで検索しまくった。すると、何と謎が解けた。
 あれは念じながら北斗七星の形を踏む『禹歩』というステップで、『三歩九跡の法』という陰陽師が使う秘術なのだ。そうか、奴は陰陽師だったのか。
 しょうがない、それに対抗するにはこちらも陰陽師だ。
 不自由な体で検索を続け、精神統一のために結界を張って瞑想し、ユーチューヴでそれらしい動画を見続けた。
 すると驚いたことに体調がよくなってきて、車椅子でなくても少し歩けるようになった。オレにも霊力が備わって来たようだ。いいぞ。次の段階に進もう。
 折り紙を折って『式神』をたくさんこしらえ、自作の呪文をかける、『阿毘羅吽欠蘇婆訶(アビラウンケンソワカ)我は求め訴えたり』を深夜0時に三回唱えること7日。どうやら霊力が宿って来たころ合いを見て、枕の下に並べて寝てみた。
 その晩に見た夢は痛快であった。奴が『禹歩』を踏みながらこっちに迫って来るのをオレの式神が左右から攻撃し、慌てた奴がボロボロになって倒れこむ。再び立ち上がってまた『禹歩』で立ち向かってくるのを今度は前後から攻撃する。奴は何度も倒されるのだが、次第に近づいてくるのが不気味ではあったが、目の前に来た時点で目が覚めた。
 翌日の朝食時間に奴は現れなかった。効いてる効いてる、しかもおかずにオレの大好物の茄子のシギ焼が出た。どうやら一人前の陰陽師になれたようだ。
 部屋に帰ってみると、枕の下に隠していた式神がいない!ははぁ、奴の所に波状攻撃をかけに行ったのだな、ヨシヨシ。
 と喜んでいたら、夕食には奴はいた。何事もないような顔をしていつも通り側近に囲まれて大声で笑う。聞き耳を立てていると、夕べは娘さん一家のところに泊まって来たような話で、オレの式神は何の効果もなかったではないか。

式神

 頭にきたオレはこのような式神を12体こしらえそれぞれに「青龍・朱雀・白虎・玄武・勾陳・六合・騰蛇・天后・貴人・大陰・大裳・天空」と名前を書き霊力を込めた。そして夜半、再び呪文を唱える。今回は物部神道の祝詞に変えた。
『ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ』
 この日の夢はとんでもなく大変だった。奴が『禹歩』で来てオレの式神が襲い掛かるのだが、突如奴の周りに普段一緒にいる側近達が同じステップを踏みながら集団で迫って来るとオレの式神が次々と燃えてしまい、役に立たない。恐怖に駆られたオレは仕方なく奴らと同じ『禹歩』で歩き始める始末だ。ここで目が冷めた、フーッ。
 翌日は無論奴は元気である。それどころか昼食後に中庭で仲間を集めて『禹歩』の練習を始めているではないか!そしてあの呪文を一斉に唱えている。『リン・ピョウ・トウ・シャ・・・・』
 わかったぞ!あれは陰陽師の呪文、臨兵闘者 皆陣列在前(りん・ぴょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)のことだ。ヨーシ。
 これでは陰陽師のまねごとをしていては奴にやられる。こんな甘っちょろい式神なんぞでは奴は倒せないのだ。
 オレは更に研鑽を重ねた。
 そしてついにたどり着いたのが真言密教の呪詛だった。
 不動明王の御力でもって邪を払い悪を倒す、正義の秘宝を身に着けたのだ。
 深夜、ろうそくの一点を見つめながら7回唱える。 
のうまくさんまんだ~、 ばざらだん せんだ~、 まかろしゃ~だ~、 そわたやうんたらた~、 かんまん
 この、最後の『かんまん』のところをトントン、というように節を取るのがコツだ。早速今晩から始める。

『あのアベさんは本当にいい人だね』
『ハルアキさんのこと?協力的だしそう手もかからないからね』
『それだけじゃない。健康促進のために考えたステップをみんなに教えたりしてくれる』
『あれは老人の足腰を鍛えるのにちょうどいいらしくて評判だよ』
『それに比べて私が担当しているおじいちゃんには困ってるよ』
『ああ、あの変わり者の人?』
『もうわがままでわがままで困るよ。なんのリハビリだか知らないけど一生懸命折り紙の人型を作ってたり。掃除の耽美に全部捨ててるんだけどね。この前なんか夜中に部屋でろうそく立ててたから叱り飛ばしたけど』
『少しボケてんじゃないの』
『少しどころか大ボケだよ。分けわかんないことブツブツ言うし』
『あんな耄碌したお爺さんがセッセとなんかやってると恐いな』

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Categories:アルツハルマゲドン

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