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空師(ソラシ)を知っていますか

2024 APR 28 11:11:19 am by 西 牟呂雄

この高さ

 喜寿庵の欅の木が伸び放題伸びてどうにもならないので枝を落とそうとしたのだが、植木屋のオッチャンはビビッて断られた。無理もない、御年82才だもんな。しかも崖の上から渓谷の方に伸びているので足場がない。川までは20m以上あるから落ちればケガじゃすまない。
 いろいろ聞いてみると、高所作業専門の『空師』なる職業があることが分かった。ソラシなんて何だかサギ師の親戚みたいな響きにたじろいだが、八方手を尽くして探し当てた。さる造園会社に所属しているらしいのだが、なぜかスマホの番号しか表記されておらず、いつ電話しても繋がらない。たまに繋がっても『今は静岡にいまして』とか『見積もりを送ります』と言いながら連絡は来ない。最もひどかったのは『車が動かなくなって・・・』である。だんだんわかって来たのは、彼はその会社のただ一人の空師で、どうもスケジュール調整とか見積もりはたった一人でやっているらしい。ようやく会えたのは初めの連絡から3カ月後だった。現れたのは40代とおぼしきオニーチャンだった。
『空師ってどんな資格なんですか』
『そんなもんありません。自分、アメリカでツリー・クライミングの訓練を受けました』
直訳すれば、木登りの訓練を受けた・・・。まっいいか。
『この檜の枝を落としてほしいんですが』
『楽勝ッス』
『重機は入れないけど大丈夫ですかね』
『梯子で行けます。この崖下、誰もいないんでしょ』
『鮎釣りが解禁されてるから釣り人が時々いますけど』
『わかりました』
 その後、こちらはインドに行ったり彼が忙しかったりしてさらにひと月過ぎた。
 来るはずの日に、待てど暮らせど現れない。しょうがない、電話する。
『あっ・・・・。申し訳ないッス。きょうはちょっと・・・』
『いつなら来れるんだ』
『じゃ、あさって』
『本当だな』

 そして当日は1時間遅れでやって来た、何ともくたびれたオジーちゃんと一緒に。今までのトンチンカンな対応から見て、オニーちゃんの方は相当アブない人物と見立てていたので、しばらく一緒に見ていることにした。
 すると、やおらベルトの辺りに様々な道具をブラ下げるとロープと電動鋸を掴むとヒョイヒョイと登りアッという間に梯子の天辺まで行き、そこらじゅうを切りだした。そして更に手持ちのロープを上の方の枝に括りつけてズルズルと上に登り、幹を揺らしながら枝を落としてしまった。ここまで僅30分。あまりの手際の良さに呆気にとられた。
 降りてきて次の段取りを話しているので、試しに梯子に登らせてもらった。ところが彼の半分も行かないうちにギブ・アップ。この梯子というものはものすごく振動するのだ。下で抑えてもらっていたにもかかわらず、カシャカシャ揺れて怖いなんてもんじゃない。下からは分からなかったが崖の方に大きくせり出していた。おとなしく降りてくると奴は言った。
『あー良かった。上ってそのまま降りられなくなる人結構いるんスよ』
 早く言えよ!

さっきより高い

 さっそく二本目に取り掛かったが、今回は梯子を登り切って幹に取り憑いたところで動きが止まってしまった。
 しがみついたまま、ジッとしていてまるで蝉がとまっているみたいだった。
 しばらくして降りてきた。
『足場にしようと思っていた枝の瘤が腐っていて足を掛けたら落ちちゃって』
 ゾッとするようなことを言う。
 オジーさんと何やら話しているが、次第に表情が曇って来た。
『どうした。作戦変更かい』
『あのですね。チャット今の道具だけじゃ梯子の先が登れそうもないんですよ』
『ホントか、じゃしょうがないな。機材だけの問題なの』
『ウーン・・・・納得がいかない・・・・』
『オイオイ、それじゃ1本分しか払えないぜ』
『エート・・・・。悔しいな』
『それじゃな、メシ食って一息入れて考えてから午後おいでよ』
『あっ、いいですか』
『ああ』
 オジーちゃんと帰って行った。

 午後になって再びいろいろな道具を携えてやって来た。こんなもんどうやって使うのか。そしてその新兵器やらロープやらを腰にくくりつけた。全部で30kg以上あるそうだ。
 今度は梯子を幹に縛り付けながら登り、午前中に立ち往生したところから道具を使ってよじ登りだした。
 一つづつ幹に括りつけて足場にし、一歩づつ登っていく。

 足首には脚絆のような物を装着しているが、内側に釘のようなスパイクがついていて、ヤバくなったら幹に引っ掛けるらしい。
 作業的には一つやると一つ片づけるといった感じで、それはウッカリとか慌ててやって道具を落としたりすれば怪我人は出るだろうし、自分が落ちたら命もヤバい。
 慎重に、慎重に登り遂に届く範囲の最高部の達すると体を固定した。
 それから、なぜか電動は使わず腰に差していた鋸で枝を落としだした。
 足場が悪いので、重そうな枝はロープで縛り吊り下げていく。
 問の外で人の声が聞こえる。何だか人だかりがしているようだ。

門の外から

 すると、そこからは空師のアンチャンが欅の上に留まっているところが遠くに見えるので『あれは何だ』と指をさしている。
 僕が言うのもナンだが、僕のこの辺での評判は芳しいものではない。遠目には誰だか分からないものだから、また僕がターザンごっこに興じているのかと思ったのだろう。出てきた僕を見て『アレッ』という顔をされ、あれはプロに絵だを落としてもらってるんです、と説明するにいたった。
 登り始めてから3時間。全ての作業を終えて降りてきた。その時一度足首のスパイクが滑ったらしく、ズルッツと半分中吊りになった。やっぱり危険作業なのだな。
 『いや~勉強になりました。下から見るとまっすぐなんですけどあの瘤のあたりから螺旋みたいに曲がっていてこっちも回りながらしか登れないんですよ。これ考えて持ってきて良かった』
 成程、色々あるな。
 このように木によじ登って伐採を専門にやるプロの『空師』を看板に掲げているのは東日本に30人程しかいないので、年がら年中忙しいのだとか。
 いたずら子悪露が湧いてきて、崖下に隆々と映えている欅を指して『アレはできるかい』と聞くと『あんなのチョロイ』という返事。それじゃもっと深いところの木はできるか、イジワルを言うと、しばらく覗き込んでいたが『これに比べたら簡単ッス』だ。ヨーシ、面白くなってきたぞ。

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Categories:和の心 喜寿庵

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