チャレンジ 油壷―伊東レース
2026 JUN 13 0:00:26 am by 西 牟呂雄
我が艇はレース仕様ではないからハナから順位は期待しない。だがこういう時でないと船体メンテをしないから、エントリーしてセッセと準備にかかります。
と思ったら船体の前に陸揚げしている船台がガタが来ていて高さ調整をしなければ。バラストの当たりが悪いと船が痛むので慎重に上げ下げしながら板を噛ませてゴムを敷きます。
アッ、もうすぐスタート。
実は今年のレースには特別な意味があるのです。昨年のレースの帰り、伊東ー油壷間で強風にあおられた際にメインセールが破けてしまい、泣く泣く新しいセールに変えたのですが、何だかんだと中距離の航海には出ていませんでした。セールのシェイク・ダウンも兼ねての航海となります。
スタート前のポジション取りは例によって各艇の作戦が交錯して海面に鯨がウジャウジャ集まったような騒がしさ。我が艇は行き足が遅いので少し離れて風を拾う作戦だ。5分前のホーンが聞こえてさあ、行くぞ。
総勢50杯以上の各艇が上手にスタートを切った。湾口にある定置網を避けながら一斉にセールをはらませた。
ニュー・セールの調子は上々、風は東北東でチェック・ポイントの初島までほぼ追い風だ。
そして久しぶりにスピンを揚げた。
すると見る見る風を受けて、我が艇ではなかなか出ない8ノットになる。
各艇はというとやはりスピンやジェネカーをはらませて思い思いの作戦の進路を取りだした。いまから5時間ほど後の伊豆の風をどう読むかで勝負は決まる。事前の予報では南風に変わるような話もあったので、最後初島の脇を北上する航路を取った船が多いようだった。
台風通過後の海はうねりも収まっているが視界はモヤってしまって悪い。晴れていれば江の島・真鶴・大島あたりを視認しながら舵をとるのだが、見えないのでコンパス270度あたりを狙う。
いいぞ、いいぞ!
あれが真鶴半島。
オォ、うっすらと大島も見えた。
そろそろ彼方の方に初島らしいカタチが。後背の伊豆の山に溶けて良く見えないのだが、近い。
そこで僕がラットを代わった。
ん?
風が無い!
何だ、どうしたことか。初島の学校がもう見えるというのに船速は見る見る落ちついに1~2ノット。船を操ろうとしても無い風は無い。とうとう対地速度はゼロ。みんなはこっちを見ている、オレが悪いんじゃないー!
1時間が過ぎた。同じように島にへばりついているレース艇が見える。
2時間過ぎた。フィニッシュ・タイムは五時。
『これじゃフィニッシュできないだろう』
『それどころか宴会に間に合わないぞ』
『ばか!宴会の前に温泉だろ』
冷静なスキッパーは厳かに聞いた。
『エンジンをかけたい奴は?』
クルー(5人)全員が手を上げた。リタイアを決断した瞬間だった。
遺憾ながらエンジンをスタートさせ、スピンもメインも下げ始めた。そして先ほど見えた島にへばりついて苦闘する船を「まだやってんのかよ、バカじゃね」とせせら笑いながら見つつ初島北端を廻った。
『オイ!あれはレース本部艇じゃないのか』
『えっ』『まさか』
確かにフィニッシュ・ラインをつくる黄色いマーカーもある。だが帆走指示書にあるゴールは伊東港の手前のはずで、まだ5マイル先だ。
『違うよ。葉山のレースのラインだろ』
近づいて船の形と船名が目に入った途端、全員青ざめた。まごうことなき本部艇なのだ。だがレース短縮を知らせる音響信号(ホーン2声)も聞こえず、S旗(海上国際信号旗アルファベット『S』ヨット・レースの際はコースの短縮を意味する)も挙がっていない。そもそも今更短縮に気付いたところでリタイヤ申告はしてしまったし、セールも下して汽走しているのを見られているのだからどうにもならない。要するに後30分も堪えていれば目に入ったかも知れないのに。
このマヌケ感は表彰式のパーティーで更に高まった。初島で視認し、あざ笑った船が我々のクラスで優勝してしまたのだ。これこそ後悔(航海)先に立たずである。
ところでこの表彰式、50杯300人ほどの大パーティーで、伊東市の協賛も得ている。伊東市としても一大観光イベントであり、来賓には毎年市長も見えている。伊東の市長と言えばホラッ、去年は散々報道された卒業証書偽造のあのお方だった。今年選挙によって選ばれたのは若干44歳の若い青年だった。掴みネタで『昨年は皆さまをお騒がせし、心配も頂きました』は大受けで盛り上がりましたなぁ。
さて、行ったからには帰らなければならない。予報は雨。泊まっていた釣り宿の温泉もそこそこに、今度は真向いの風に向かって出港、湾内に遊びに来ていたカモメだかなんだかの水鳥が見送ってくれら。セールは揚げず、オート・パイロットにしてビールをガンガン飲みながら走る。
反省会をやるのだが、ワッチが甘いのジャイヴが遅いのとモメていると、360度の雲海の中でドシャ降りになる。「なぜあと30分粘る根性がなかったのか」という天の声だ。
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