Sonar Members Club No.36

カテゴリー: 和の心 喜寿庵

アグリカルチャー・デヴュー Ⅳ

2015 SEP 15 20:20:15 pm by 西 牟呂雄

 収穫を終えた夏野菜の後、耕運機でネイチャー・ファームをかき回していると、はじっこにポツンと立っている栗の木からまだ緑色のイガ栗がいくつも落ちていた。まだ小さいが試しに拾って割って見ると、かわいい実がチョコッと入っていた。やれやれ、もう秋になったのか(8月23日時点)。
 耕運機のエンジンオイルを買いに行くと『秋の野菜』の種が並んでいて、大根なんかは秋に種蒔きすることを初めて知った。ホゥ!それではと一袋衝動買い。
 さてどうすればいいのか、と見渡すとご丁寧にも『野菜の育て方』という本も置いてあって早速大根の所だけ立ち読みする。なんだか「五粒づつ蒔け」「間引きしろ」等と色々難しいことが書いてあり、面倒になって買うのはやめた。
 それでまァ畝くらいは造らなければとスコップ(これが鍬じゃないんですな)でそれこそウネウネと土を盛って種の袋を破いてアッと驚いた。ネイチャー・ファーム一面に蒔くくらい入っているのだった。
 既にジャガイモは1年分備蓄している上にこんなに大根ができても消費できないので少しだけ蒔いて後は捨てざるを得なかった。あちこちに投げたからおそらく色んな所に大根が育つことだろう。

 種蒔きをしてから三週間が過ぎたが、ずっと雨だった。どれ間引きでもしてやるかと見に行ったらヤバいことになっていた。雑草が生え散らかしてどこに大根を蒔いたかわからなくなってしまった。確かこの辺だったか、と見てもさっぱり見当たらない。仕方なく勝手に伸びている草を抜きまくった。
 大体九月になってから台風がきたりその後堤防決壊になるほどだったのに、雑草の方はそんな天気にも関わらず日照時間の少ないのも何のその。ようやくむしり取ってみると、大根が生えてない!あんなにあきるほど種を撒いたのに、間引きもへったくれもない。
 と思ったら、手前に一つポツンと写真でみた大根の芽がチョロッといった具合に出ているではないか。セッセと場所を開けて5粒づつ丁寧に蒔いた所は何も育たず、捨てちまえっとバラ蒔いたところでひっそりと芽を吹くとは僕をなめているのか。それとも買ってきたのは栽培用のものではなく、野生の大根の種だったのか。

謎の花

謎の花

 野生の大根などは考えられないが、100~200粒はバラ蒔いて10株くらいしか芽が出ない。歩留りにして10%以下とは情けない。とても写真を載せられないと落ち込んだ。雑草を引き抜いているときに気付かずに大根を抜いてしまった可能性もあった。
 手を止めて見るとこんな花も十分野生している。毒々しい色かもしれないが、秋口にこんな花を咲かせるのもなかなかの根性ではないか。うまく撮れなかったがアゲハ蝶が飛んできて留っていた。
 傍らの栗の木は先日の台風と大雨で大半の実が落ちてしまって、栗の収穫は今年も断念。

 喜寿庵を後にして家に帰ってみると地元のお祭りでお神輿が出ていた。『町』『街』『通り』別にお神輿がそれぞれ町内を練り歩いて御宮入りする。
 引っ越してきて10年、下町を離れて50年経ったのか。

商店街を行く御神輿

商店街を行く御神輿

 下町の御神輿は僕の体が小さかったせいもあっただろうが、もっと荒々しかった。事実『千貫神輿』なんか今見てもデカくて重い。こちらはやや小振りで手作り感あふれるものだ。
 そうか、ここ武蔵野は秋の収穫祭りを手作りでやったのか、みんなで楽しめればそれが一番いい。

 その収穫の時期に水害に合ってせっかく育てた稲や野菜が水に浸かったのは本当に気の毒だ。それどころか苦労して建てた家が流れていくのを見るのは正視に耐えない。
 しかし絶対に大丈夫。復興します。亡くなった方々のご冥福をお祈りします。

 ところで被災地で暗躍するコソドロ!それでも日本人か!

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アグリカルチャー・デヴュー

アグリカルチャー・デヴュー Ⅱ

アグリカルチャー・デヴュー Ⅲ

喜寿庵のバーベキュー 

2015 JUL 20 21:21:57 pm by 西 牟呂雄

 学生さんが大勢訪ねて来てくれて、庭でバーベキューをやりました。普通は炭を起こして火を煽いだりしなければならないのですが、ここではめんどくさいのでガスでガーッと焼いてしまいます。後片付けも楽ですし。
 北富士総合大学(仮称)は学生数3000人の大学。初等教育がスタートで『市民と共に』発展したローカルな大学でしたが、昨今の国際化対応で中国・湖南師範大学(毛沢東の母校か?)と協定を締結したりカリフォルニア大学とも交換留学したりしています。
 学生は概して真面目。地方都市で選抜試験が受けられるユニークな方法を取るため全国から学生が来ており、男女半々くらいの比率のようです。。
 地域交流サークルを作っている子が中心になって、楽しそうに肉を焼いたり野菜を切ったりしていました。オジサンは無論ビール・ビール。
 話している内に面白いアイデアが出ていました。
 富士山が世界遺産に認定されてから富士山に最も近づける電車として山麓鉄道(仮名)は人気があり、喜寿庵の前でカメラを構える『撮り鉄』も多いのです。最近は乗客に外国人観光客が増加しているとか。富裕層は新宿あたりからツアーバスに乗って富士五湖・五合目まで行ってしまうが、そうでもないクラスの人達はこの電車でトコトコ観光に来るのですね。昔で言うバック・パッカーのようないでたちらしい。
 そこで北富士総合大学の学生のサークル活動として、海外交流をしたいメンバーが、大月駅から富士山周辺のボランティア・ガイドを請け負って、場合によっては一晩泊めてやるようなことはできないか、と言う話になりました。
 そうしょっちゅうやられても困るが、四年後の東京オリンピックがあるではないですか。ズッとオリンピックを観戦する富裕層は関係ない。好きな競技だけを応援した後、観光で世界遺産を見るような学生だけをターゲットにし、インターネットにでも載せておけばそれなりの数が集まるのではないでしょうか。オリンピックは終わればインバウンド効果も薄れる。即ちビジネスとして雇用することは出来ないわけですから、期間限定の学生ボランティアが望ましい、学生の海外交流にも効果がある、中国人留学生の協力も得られる、その場合二人位ならタダで喜寿庵を使ってもいい、とまで盛り上がったのは良かったのですが。

 一人の学生がポツリと言った。
「オリンピックは8月ですよね。僕達夏休みでみんなウチに帰ってるんですよ。学生がいないんじゃないですか?」

初収穫

初収穫

 ところで、喜寿庵付属ネイチャー・ファームのジャガイモがついに収穫の時を迎えて、無論バーベキューのポテト・フライにしました。
 収穫に当たっては、一株づつ手で掘り出す!芋づる式という言葉がありますが、どうもあれは薩摩芋の方らしく、我がジャガイモは引き抜いた後軍手でゴソゴソ掘り当てないとちゃんと取れない宝探しのような作業です。しかも本当の無農薬の上、直近の長雨があまりよろしくなく一株当たり3~4個の低歩留り。到底損益分岐点を越えられるレベルではない、オッソロシク生産性の低い労働ではありました。
 しかし向こう1年ジャガイモを買う必要がない位は採れたのです。
 で、その味はというと、ウーン・・炒めたバターの味がしただけだったかな。

来年は倍の生産性と収穫量を目指すぞ!

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喜寿庵の夏休み

2015 JUL 18 0:00:36 am by 西 牟呂雄

 梅雨が明けると夏休み。子供の頃の実感だった。
 普段は下町の喧騒の中で過ごしていたから、小学校低学年はもっぱら喜寿庵に一ケ月くらい来ていた。
 毎日毎朝起きると、その日に何をして遊ぶかは大問題だった。というのも周りには友達は誰もいない。母親と祖母と妹で過ごしていたからだ。当時は高度経済成長の真っ最中で土曜も出勤の世の中だから、オヤジが週末にチョイと顔を出すような余裕が無い。そもそも中央道も無かったのだ。そして祖母は『うるさいから。』等と言って沿線の仲良しの姉(大叔母にあたる)の所にしばしば泊まりに行って帰ってこなかった。夜なんかは暗くて怖かった記憶が微かにある。

 芝生に寝転んでいると体中に蟻が這い上がってきたのが気持ち悪い。実は白状すると虫が怖かったのだが、やっと慣れた後には一匹の蟻を見つけてどこまで行くのかズーッと後を追ったりした。蟻の巣なんかは格好のオモチャで踏んづけて埋めてみたりして又巣を造るのを長いこと見ていた。蟻の行列なんかはどこからどこまで続くのかセッセとついていくのだが、大抵分からなかった。蟻を捕まえてアリジゴクの巣に入れてみたり。
 捕虫網で蝉をつかまえるのもスリリングな遊びで、羽の透き通ったミンミンゼミは捕れず、アブラゼミばかりだった。虫籠に入れておくと一晩で死んでしまう。そして蝉になる前は何年も土の中にいることを聞かされて捕るのを止めたっけ。

桂川から 左のこんもりしたあたりが喜寿庵

桂川から 左のこんもりしたあたりが喜寿庵

 桂川に降りていくと地元の子が結構泳ぎに来ていておにぎりを食べていた。今の僕を知る人は信じられないだろうが、自分からその中には入れない。まぁ子供の世界も閉鎖的なところもあるのだが、やや臆するところもあって、視界に入らないくらいまで上流に行ってからバシャバシャ泳いだ。川の水は冷たくて10分も浸かっていると唇が紫色になるくらい冷える。川原の大石は逆にカンカンに照らされて熱くなっているから、水から飛び出してしがみついたりしていた。この時の記憶に不思議と母親がいない。喜寿庵から水着で行ったことは覚えている。あんなチビを一人で川原で遊ばせて心配ではなかったのか。別の機会に溺れかけたことは書いた。

同じ場所から下流 足元には何かの稚魚がウヨウヨ

同じ場所から下流
足元には何かの稚魚がウヨウヨ

 この風景を撮りながら今の子供は川でなくプールじゃないと泳がないなと思っていたら、中学生くらいの男の子達が7~8人川原に来て辺りをはばからずに裸になって今風の水着に着替え、そのままバチャバチャやりだした。こういうのもいるんだ、楽しそうだなぁ。

 数学者の藤原正彦先生の著作で、数学や自然科学というのは幼少時の情緒が大切で、美しい自然に囲まれ清流のせせらぎが聞こえるような環境が望ましい、とある。それなりの情緒をたっぷり味わったはずだが、なぜかこのような人間ができあがったのかは謎としか言いようが無い。まあ、何事にも例外があり、このあたりから科学者がウジャウジャ出た、という話も聞いたことがない。

 ところで、居る間中悩まされたのは蚊だ。特に足首とか手の指の間とか信じられない所まで刺された。引っ掻いているとプクンと膨れる。更に掻きむしると肌が剥けて瘡蓋になる。それをまた掻くと血が出て最後膿む。
 僕も妹も母もよく刺されるのだが、不思議と祖母は見た限りでは殆ど刺されることは無く、蚊のヤツも新しいのが来ればそっちの方がオイシイと思うのか、と思ったものだ。 

 そして花火。yjimageCA6ST8WB

庭でやるので大きな打ち上げではなく、手に持つタイプ。もちろん線香花火も。一度地面に立てて着火させるヤツが耳の側をかすめて翌日までキーンといった耳鳴りがしていた。怖かった。
 目も眩むような光や火薬の匂い、地面に置いてグリーンの火花が吹き上がるドラゴン、そして線香花火が大好きだった。そして花火をやっている間はその硝煙で蚊が来ない。
 そういえば蚊帳を吊って寝ていた。

 赤とんぼが飛ぶようになると山を下りて東京へ帰る。ようやく、近所の子供達とも顔見知りになれたのに、だ。yjimageCAJAYTF8

 これが実に憂鬱な気分なのだ。今なら中央道で小一時間で帰れるのだが、随分と長い時間列車に揺られて帰京する。リュックサックを背負いくたびれ果てて御茶ノ水の駅を降りた時に『なんだ、まだこんなに暑いじゃないか。』と思ったもんだ。

 そして遊びすぎなのか、毎年新学期が始まると熱を出し(仮病じゃない)目が結膜炎になって休んでしまっていた。

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喜寿庵の落葉・収穫


 

アグリカルチャー・デヴュー Ⅲ

2015 JUN 25 21:21:55 pm by 西 牟呂雄

ジャガイモの花

ジャガイモの花

 梅雨の雨をたっぷりあびて、我がネイチャー・ファームのジャガイモがスクスク育って花を付けた。
 スクスクというよりモジャモジャか。
 それにしても肥料も何もやらなくても育つだけは育つ。親は無くとも子は育つ、という具合だ。
 アングルが悪いのであまりきれいに見えないのが残念だが、かわいい花が咲いている。
 ウチのベランダで毎日たっぷり水をもらって言う甘やかされている観葉植物に比べて何といじらしいことだろう。これに一株いくつものジャガイモが採れれば向こう1年はジャガイモは買わずに済むのではないか。
 ひょっとしたら売り物に・・・・ならないな。
 
 きゅうりが全滅したのは返す返すも無念なのだが、一方でナスは膝の高さにまで延びたし、ピーマンに至ってはついに初収穫があった。何故か一つだけなのだが。

初収穫 グリーン・ハート・ピーマン

初収穫 グリーン・ハート・ピーマン

 たった一つでもチョコンともぎ取って早速試食する。塩とドレッシングが効きすぎておいしいのか不味いのかわからなかった。
 こうなれば『紫の宝石ナス』への期待がいやが上にも盛り上がるのである。

 後継者に悩む農家も多いと聞く。企業の参入などはいいことと思う。耕作放棄地とは言い換えれば『農業をしなくても食える』ことの表れで、ワーキング・プアや格差の話とは次元が違う。農地はそれなりに耕作されてこそ調和がとれるのだ。
 我がナチュラル・ファームは雑草を抜くくらいだが、以前 埼玉のウララちゃん や 埼玉の木枯らし で書いたあたりは農地の所有者が入り組んでいて、一画が(時に水路に面した所など)放棄されるとジャングルのようになってしまいバランスがくずれる。雲雀の巣ができてはいたが。 
 近所のオッチャンは『ワシ等程度の生産じゃ米でも野菜でも買った方が安い。』と言っていた。確かに小規模では競争力何か無い。
 帰農とまでは言えないが、それでも自分で造った物を食べるといったことはある種のトレンドとして社会に根付くのではないだろうか。
 喜寿庵の飛び地なんかで小規模農業をやる人はいませんかね、無償で貸与しますが。

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アグリカルチャー・デヴュー

アグリカルチャー・デヴュー Ⅱ

アグリカルチャー・デヴュー Ⅳ

アグリカルチャー・デヴュー Ⅱ

2015 JUN 1 7:07:23 am by 西 牟呂雄

紫の宝石ナス 緑のハート・ピーマン

紫の宝石ナス
緑のハート・ピーマン

 喜寿庵の自称ネイチャー・ファーム農園が心配になって車を飛ばしてきた。天気予報が晴ればかりで少しも雨が降らない。我が手作り野菜はどうなっているのか。
 すると目に飛び込んできたのは可憐に伸び始めたカワイイ作品群だった。
 写真手前がナス、奥がピーマンである。そして喜ばしいことに一番奥には小さな小さなピーマンがすでに付いているではないか!やがて大きくなってくれるようにジョウロでたっぷり水をやった。
 それにしても、今年は梅雨入りが遅い。まるでいきなり夏になったように日差しが強い。
 実は僕、雨も大好きなのだ、眺めるだけだが。雨の中を走ったりするのはごめんだが、濡れた景色を見るのは大変気分が落ち着く。それはそれでいいのだが、こう日照り続きでは我がネイチャー・ファームの収穫に差し支えるのではないか。
 実際、キュウリ5株は全滅してしまった。別に差別したわけでもないのだが、芽が伸びずにダメになった。かわいそうに、というか新たな来年の課題としよう。

将来のキング・ポテト・フィールド

将来のキング・ポテト・フィールド

 一方でジャガイモの方はスクスクと言うかモジャモジャというか元気に育ってきている。
 見たところ歩留まり95%くらいで芽を出しているようで、個体差が大きい。さすがに乾燥に強いので頼もしい。
 なにしろ正真正銘の無農薬野菜なのだから、味はまずいがエコな収穫なことは間違いない。当然ウチの家族は『そんなモンいらない』と言われているので、僕一人では食べきれないからSMCの会員に限ってお分けしようかと考えている(エッいらない?)。

名前が分からない花 名付けて スターダスト フラワー

名前が分からない花
スターダスト・フラワー

 ネイチャー・ファームの隅に誰かが植えたのだろうか、名前も知らない樹木に可憐な星型の小さな花が咲いていた。せっかくなので、スターダスト・フラワーと名付けた。

 さて、もうすぐ入梅すれば紫陽花や菖蒲の季節になる。
 
 近くの妙法寺がきれいに色づくことだろう。子供がチビだった頃によくここに遊びに連れてきて、本道から二十三夜堂までの渡り廊下を縦横無尽に走り回らせていた(勝手に入ってごめんなさい)。その最後のお堂の横に浄行地蔵があってタワシで磨いて遊んだなぁ。

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アグリカルチャー・デヴュー

アグリカルチャー・デヴュー Ⅲ

アグリカルチャー・デヴュー Ⅳ


 

アグリカルチャー・デヴュー

2015 MAY 2 21:21:36 pm by 西 牟呂雄

 連休に引っかけて喜寿庵に長くこもって、芝生の手入れも植木の剪定もゴルフもやってついに何もすることがなくなった。ゴルフは出だしそれなり、午前中には久しぶりと言う感じでバーディーを取り次もパー。終わってみればいつものスコアという不思議なプレイだ。午後からのスコアは企業秘密としか言えない。
 しかし良く考えると何もしないのは立派なバカンスではないか。っとビールを飲みつつ本を読んでいた午後、突然の来訪者があった。
「あのー、大旦那に頼まれてた耕運機が修理できましたので持ってきました。」
何も聞いてないよ!
 オヤジが壊した小型耕運機(見た目カワイイ)が突然復活してきた。しょうがないので動かし方を教わって奥庭の畑だったところまでコロコロ押していった(ガソリンで動くので音はバリバリだが)。で、そこまで持っていったら秋に散々捨てた落ち葉の山がきれいに土っぽくなっているではないか。ただでさえヒマだったので、ヨーシ一丁やってみることに。長靴と麦わら帽子に身を固め土を掘り起こしてみる。するとそれまで乾いた感じだったのが黒々と中の土と撹拌されていく、そして端まで進むと、後に一条のウネが出来上がっていた。なるほどと感心して二時間程やって飽きてやめた。

 翌日見に行ってみると我ながらそれなりの畑に見えて一人で舞い上がった。これからは農業だ。イザという時にオレも一人前に自給できるように今から耕作の腕を磨いておくのもいいじゃないか。そう言えば芝生の目土を買いに行った所に『苗木コーナー』があったことを思い出して、早速車を飛ばす。
 おォ!あるわあるわ。これでは大農園ができてしまう。しかし考えてみればオレだっていつもいる訳じゃないし、採れ過ぎたって商品になるはずもない。まっ手ごろなところでナス・ピーマン・キュウリを4個づつ、他にジャガイモのタネ芋を買った。ジャガイモは以前オヤジが造ったことがあったので、何とかなると思ったのだ。
 ところがイザ植え付けになってハタと困った。苗木は穴を掘って植えればいいだろうが、ジャガイモはどうするのか。ネットで検索すると専門用語が多すぎて分からない。4っつに割ってやれというのだが、買ってきたのは違う種類のようで割ると小さくなりすぎてどうもマズい。結局そのまま穴を掘ってそこに埋めた。
 ナス・ピーマンにいたっては、植えたあとに伸びた弦が巻きつけるように棒を立てろ、だ。しょうがないからそこ等辺にあった竹の棒を立ててみた。更に、肥料がどうしたこうしたと書いてある。そんなものはナイ。そこでゴミを燃やした灰を撒いておいた。

 これで収穫があれば一人前の独立自営のジェントリー!かと夢想したが、現実はそんなに甘くないはずだ。プロであれば、園芸のように金を出して苗木買ってくるのじゃなく、種からやるべきではないか。この辺よく分からないのでプロの方教えていただけないでしょうか。
 今日見に行くと心持ちナスやピーマンはチビ苗が立っているように見えて、俄然愛しくなる。こういうことはそれこそプロはやらないのだろうが、オレはジョウロでセッセと水をやった。急に色々な心配事が頭に浮かぶ。風でオレがいい加減に突き刺した竹の棒が倒れはしないか。周りに無粋な雑草が生えたらカワイイこいつらが負けてしまわないか。

 オヤジがノコノコ喜寿庵に現れた。オレが連休後半に海に出るため、交代でやってきたので早速我が農園の進捗を自慢したが。するとフーッと息を吐いて『今年はもういいや。』などとほざいた。
 その内オレの作品の成長をブログで報告できる日を楽しみにしている。豊作だったらSMCの仲間にも分けてやろう。
 
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アグリカルチャー・デヴュー Ⅱ

アグリカルチャー・デヴュー Ⅲ

アグリカルチャー・デヴュー Ⅳ

滋養様

2015 MAR 30 21:21:48 pm by 西 牟呂雄

 喜寿庵の飛び地を見に行った。100年近くウチの者は誰も見たことのなかった土地だ。住所を頼りに近くに行くとその昔は畑だったような山の麓の荒地が、あった。ビニール・ハウスでもやっていたのか、錆びた骨組み。ゴミ。雑草。境界線からは斜面で、ご他聞の漏れず杉が花粉を撒き散らしている。どなたかは知らねども耕作した形跡はあちこちにあって、やればジャガイモくらいはできるかなと思われた。いやトウモロコシでも何でもホンキを出せば可能だろう。これは逆にほったらかしてジャングルにでもなったらクレームがつくのだろうか。隣には農家があった。

 ところが!林の奥の方に何やら構造物があり分け入って見ると古い墓石が並んでいたのだ。ご先祖じゃない。しかしおそらく1世紀以上前の墓だから土葬をしていたに違いなく、いくつかの遺体が眠っているはず。祟りを恐れた僕は合掌して礼をした。長い間誰も手を入れていないのだろう、風化が進み何かの自然災害で割れてしまっているのもあった。今度はお線香も持って来て、ひたすらお鎮まって頂かねば。
 そして更に驚いたことに、直ぐ近くに小さな赤い鳥居が組んであるではないか。
 工場なんかに安全を祈願するお稲荷さんを祀ったりしていることがあるが、真面目に神主さんにお墨付きの御祓いをしてもらう。工事の時の起工式のように、だ。しかしこの鳥居はそんなに丁寧に扱われた形跡はなく、チッポケなミニチュアの社があるだけ。誰かが勝手に建てた鳥居みたいな感じだ。
 写真を撮っているうちに無性にかわいらしく思えて来た。造った人のいじらしさが伝わる。ひょっとしてその昔災害があった後にでも祀ったのだろうか。よし、勝手連神主を名乗ろう、と思った途端天の声がした。

「この鳥居は『滋養神社』である。」

 驚いたことに周りには誰もいない。
 しばし考え込んでしまった。
 例によって脳内化学反応が突如狂ったのだろうが、妙に僕の心の琴線に触れた。さっき自称神主になると思い付いたではないか。そこでブツブツと自作の祝詞を考えた。母方の宗教は神道なので聞き覚えがあるのだ。[/caption]

高さ1mくらいの手造り鳥居

高さ1mくらいの手造り鳥居

滋養様、滋養様 
御国(ミクニ)安んじさせ給え
身共 精進させ給え
心  明るくさせ給え
滋養様 滋養様
かしこみかしこみ
お願い申し奉~る~

 これに合せた『滋養踊り』というのもこしらえて、一人踊りを奉納しようとした時に車が通ったのでやめた。
 良かった、見られたら頭のおかしいアブない人間だと思われるところだった・・・。
 それにしても何であんなものがあるのだろう。暫くしたら写真に何か浮かび上がってこないかなぁ。

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還暦ボーダーが行く Ⅱ

2015 FEB 24 23:23:16 pm by 西 牟呂雄

 毎週還暦ボードを滑っていてちょっと飽きた。でもってスキーをしようかとレンタルした。分かってはいたが、今日のスキー板はかつて『カーヴィング・スキー』と言われていて先端とテールの接触面を広く取り『流れ易く』して小回りがすぐできるような構造になっている。確かに下半身の負担はボードよりも旧式スキーより楽だ。 だがオジサンは何か淋しい。横に滑りやすいが(スキーやっているのだから滑るのは当たり前なのだが)スキーの、ナンと言うかグッと前屈みになって足を踏みしめながら回転する、という感じがしないと棒立ちになったようでダメなんだなぁ。 長く使いにくいスキーで乗り込んでオジサンの根性を見せてやろう。冬に砕けたスキー靴で書いた旧式スキーに息子から借りた最新の靴でゲレンデに殴りこみを掛けた。現在の流行のスキー・ウェアじゃないのは勿論、実はガッチリ厚着をして上から米軍放出のジャンクショップで買った兵隊用のモス・グリーンの合羽を被った異様な恰好のオジサン・オリジナルだ。ブイブイ! マッ一見するとグリーンのてるてる坊主が突っ立っているみたいなんだが、周りからは無視された。

 ところでこの鳴沢の人工スキー場は富士山の北側、富士五湖巡りの途中にあるためスキーをやらない観光客というのがバスを仕立てて大勢来る。近年世界遺産にもなったことだし、今後益々増えていくものと思われる。初めて雪に触るらしい南方系若者グループ、親子連れ、がゲレンデの端っこに立って写真を撮ったりしている。聞こえて来るのはマンダリンに交じって台湾語、広東語(モー・マン・タイとか)、はたまたマレー語か。わざわざ買ったような目一杯寒冷地ファッションに身を固めているが、常夏の母国に帰国してからどうするのだろう。ここまで来るのはいくら円安とは言え経済的に余裕のあるレベルだろうから、概して行儀は悪くない。そのポイントは長居しないで通過するだけだからだろう。ガイドさんがついて『ここで写真を撮ってこうして食事をしなさい。出発は何時何分です。』とやるのじゃないか。昔のJALパックなんかもそうだったらしい。
 しかしこれが移民だったらそうはならない、生活がかかってるのだ。そうなると必然的に色々な議論が出て来る。パートナーだった中国系日本人(帰化済)が言っていたことを思い出す。「あんなのが大挙して押し寄せて来たら大変なことになるよ。」
 都会のど真ん中だったら混じって暮らすこともできるが、人口の少ない田舎町だったらコレひとたまりも無く占領されてコロニーになって税金だって取りづらい。ヨーロッパの苦悩を知るにつけ僕は移民慎重論者ではあります。これ差別と違います、どうすれば難民受け入れができるのか、共存できるのか。曽野綾子さんのコラムが問題になっているそうだが、今でさえ住み分けてもトラブルは多い。溶け込む努力をしてくれればいいのだが、意地を張られるとチト困る。

 話がとんだところに行ってしまった。

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真冬の喜寿庵

2015 FEB 22 14:14:30 pm by 西 牟呂雄

夕日の落ちるポイントが少し北にズレて来ている。真っ暗になるのが1時間は違う感じになった。今頃が一番寒いか。元々雪が積もることは少ないのだが、去年は雨樋が落ちかけるくらいの大雪に見舞われた。今年も降り積もり、今も芝生の上に残っている。放っておくと表面が凍ってしまい溶けにくくなってしまうが見えるところだけ雪かきをやると、積み上げた雪が春先まで残ってしまうので今年は止めた。
昼過ぎに外を眺めていたら何かが歩いている。あれは野良猫(時々いる)かな、と暫くみていたらどうも違う。ちゃんと隅のはじっこを四足歩行しているのだが、僕のガラス越しの視線に気がついたのか止まりこっちを見る仕草、猿だ!喜寿庵の前の桂川渓谷の向こう側に生息しているのを見たことはあるが、ついに川を越えて来たことになる。
農業への被害というのはあまり聞かないが、野生なので結構凶暴らしい。以前は近所が犬を飼っていて抑止効果があったようだが、その犬も死んでしまった。
僕はガラス越しに猿の視線を感じつつ、勝手口にこっそり廻った。猿に恨みも何もないが庭木でも折られたら堪らない。そっと戸をあけたつもりだが、敵は気配を察知して頭を低くしてこちらにを見ている。距離は結構あるが素手では不覚を取るかも知れない、雪掻きのシャベルを手にしようと動いた途端、脱兎(脱猿?)のごとく踵を返して渓谷の方に跳んでいった。凄い反射神経だな、と後を追っても追いつくもんじゃない。ザザーッと音がする方を見ると小さなシルエットが見えただけだった。
猿害は人間が猿の領域を侵食したからだというが過疎地だぞ、ここは。冬は食料が少ないので山を降りてくるのだろう。

『生き物ばんざい』という番組があってむかーし良く見ていた。最近では『ダーウィンが来た』を欠かさず見る。それでつくづき思うのは、もはや野生というものは史上最凶の霊長類である人類の保護無しには保存できないのでは無いだろうか。ほったらかしても繁殖する訳にはいかないレベルにまでいってしまったのが各エリアでの絶滅危惧種ではないのか。人類だって民族ごと消えさせられた歴史がある。いっそ人類は超都市化したエリアに閉じ込めて、地上は弱肉強食及び共生の法則にお任せしたほうがいいのでは。手塚治虫の火の鳥にそういうストーリーがあった、確かにあの人は天才だね。たかが喜寿庵の庭でモグラと戦い猿を追い払い笹を刈りながらも自然を思うのは小さいながらも矛盾している。この庭に宇宙があるとでも・・・・ねぇ。

突然の大雪で遭難か

和の心 (山梨の記録的大雪) 


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還暦ボーダーが行く

2015 JAN 2 18:18:24 pm by 西 牟呂雄

 あけましておめでとう御座います。喜寿庵で正月を迎えました。
 ボーダーといっても国境のことじゃありません。冬場はゴルフなんぞやる気にもなれないので、もっぱらスノボーをやっているのです。
 しかし年末に還暦となり、今回ゲレンデに立った時は一瞬不安に成りました。ボードとスキーはまったく違う体重移動、スキーは左右にボードは前後にといった感じ。40代でボードに転向した僕はいつまでたっても初心者の域を出ません。気を抜くと後ろに倒れる、これ実際に危ない。脳震盪を起こします。一度ひどくやってその後30分くらい意識を失くしたことがあります。ところが不思議なことにその間も滑っていたらしい。一緒にいた息子の証言です。
 それで還暦初滑りはというと、まぁこんなもんでしょう、といった感じで何とかはなるもんですな。しかし斜面やスピードに対する恐怖感は去年よりも確実に増した。といっても去年は母親の入院騒ぎで一回だけですから一昨年よりも、ですね。
 ボードというのは僕程度の腕では直滑降が一番難しい。膝や足首が硬くなっていてどうしても左右にブレる。急斜面になるとヒョロヒョロという具合になってしまう。
 それでもゲレンデを何回か滑って、最後にもう一回とばかりにリフト(四人乗り)に腰かけると隣に来た若者が
「どこからですか?」
と聞いてくる。面倒だな、ナンパでもしてろよと思いましたが、そこはまぁまぁ。
「東京だけど(本当は喜寿庵から20分)。」
「あっそうなんですか。オレ始めたばっかなんスけど上手そうですね。」
サングラスをして怪しげな普段着みたいなスタジアム・コートだからヴェテランに見えたのでしょうか、それより年が分からないと誤解が生じるかも知れない、とサングラスを外して、
「オレ還暦だよ。」
と教えてあげました。さすがにビックリしていましたね。いい奴そうでした。

 ところでこのゲレンデは人工のスキー場です。鳴沢村という安倍総理の別荘のあるあたりで、冬は寒過ぎて来ないようですが夏に良くゴルフをしているのはこの辺です。又、夏にゲレンデを使って初めのころの富士ロックをやったのもここです。もう少し先に上九一色村があって、かつてはオウムのサティアンがあったところですね。余談ですがあのサリン事件があった日にもここでスキーをやっていて、帰りに近くでラーメンを食べた時にニュースで見たのです。思わず『こんなことやったのはオウムだオウム。』等と喋っていましたが、今から考えるとヤバい場所でした。
 又、鳴沢村には魔王天神社という不気味な名前の神社があって、今は寂れていますが戦前に大変参拝者が多かったそうです。実は徴兵除けに随分と御利益があったと言われていました。このあたりの若者はあまり甲種合格しなかったのです。その実態は地元に伝わる話ですと、この辺りは生産性が低く息子を兵隊に取られると労働力が無くなって困るため、子供が生まれると出生届を出し忘れていたフリをして4~5才多くサバ読みしてしまい、徴兵検査の時は体が小さくてハネられたからだ、と言うのですが・・・。しかしそれが噂になって徴兵除けの霊験あらたかと参拝者が大勢来た、本当かなあ。

 昨年『来年はもう少しマトモなモノを書きます。』などと宣言して新年早々又下らないことを書いてしまった。
 雪が舞いそうだったのでサッサと帰りましたが、富士山の綺麗だったこと。

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