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三島由紀夫の幻影 Ⅲ

2022 AUG 13 8:08:47 am by 西 牟呂雄

 17才で書いた「花ざかりの森」を国語教師の清水文雄に送り、清水が文芸雑誌『文藝文化』誌上に連載させたのが三島の実質的な文壇デヴューであることは広く知られている。それまでは学習院の校友誌である『輔仁会雑誌』に作品を発表したりしていた。
 『文藝文化』は蓮田善明、池田勉、栗山理一といった人々により運営されていた日本浪曼派系の雑誌で、その中心人物である蓮田善明が三島を激賞するとともに、三島に多大な影響を与えた。
 以前から気になっていたが、この蓮田の人生を検索して筆者は強い衝撃を受けた。
 蓮田は昭和13年、成城高等学校の教授に転任するが、以前からの同人誌仲間である、上記清水文雄が学習院中等科に転任したための後任で、それによって清水と三島の縁ができた。そしてその年に召集を受けて中支戦線に出征して負傷する。その後、昭和18年に再び召集を受け、陸軍中尉として南方戦線へ行く。この間に三島の作品と出会ったことになり、同人等の送別会には三島も出席した。
 ジャワ・スラバヤ等を転戦し、敗戦の時にはシンガポールにいた。聯隊本部は対岸のジョホール・バルの王宮に置かれていた。筆者が知る限り、このエリアは当初の英軍の降伏以降、抗日ゲリラは別として組織だった大規模戦闘はあまりなく、インパール・ガダルカナル・南方島嶼部あたりで展開された米海兵隊との死闘とは様相が違う。大陸での日本軍もぞうだが、各部隊に『負けた』という実感が乏しい。現地住民においても敗走する日本軍というものを見ていないため露骨な反日感情も少ない。インドネシアは世界一の親日国である。蓮田の所属した熊本歩兵連隊も個別戦闘においては不敗だった。
 その勢いのまま8月15日の『終戦の詔』を聞いた。本土・大陸での各精鋭部隊が徹底抗戦を叫んで激高した例は多く、かの熊本歩兵聯隊でも青年将校等は極秘に決起部隊が編成され、蓮田は大隊長と擬せられた。その不穏な空気の中、連隊長中条豊馬大佐は8月18日に軍旗告別式を行うが、その訓示が極めてまずかった。
 その場にいた者の証言によれば、敗戦の責任を天皇に帰し、皇軍の前途を誹謗し、日本精神の壊滅を説く、あまりにも節操のない豹変と変節ぶりに蓮田は激高する。
 8月19日に閑院宮春仁王から聖旨を伝達され昭南神社にて軍旗の奉焼する際、蓮田は中条大佐を射殺し自身もこめかみに銃口を当てて引き金を引いた。享年41歳であった。
 遺体は現地で荼毘に付されたが、その死はかつての文学仲間に知らされ、敗戦翌年に偲ぶ会が催され、三島もこれに出席している。その死に様と天皇観が三島に影響を与えないはずがない。ただし、三島の文学作品へいかなる投影がなされたのか、それを検証する術を目下の筆者は持っていない。いずれ考察することもあろう。
 三島の死の前年である昭和44年には、蓮田の25回忌が行われ、そこで三島は「私の唯一の心のよりどころは蓮田さんであって、いまは何ら迷うところもためらうこともない」「私も蓮田さんのあのころの年齢に達した」と挨拶したとある。三島の年齢は昭和の年号と同じ、すなわち44歳で蓮田の没年を越えていたのである。
 蓮田の死、並びに三島の死は状況からみればテロの延長に過ぎず、ここで全うできなければ犯罪者として扱われる危ない綱渡りの延長線上にあるとも言われかねない。だがそこに至る気迫、覚悟たるや凄まじい。この気迫・覚悟といったものは時空を超えて伝播しないのだろうか。

 熊本の慈恵病院は日本で初めて設けられた「こうのとりのゆりかご」という「赤ちゃんポスト」で知られ、筆者もその運営の志を高く評価する。当時の病院理事長として開設を決断した産婦人科医、蓮田太二先生こそ蓮田善明の次男に当たる方だったこと、最近知った。蓮田の遺伝子のなせる業ということか。

三島由紀夫の幻影

三島由紀夫の幻影 Ⅱ

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悶え苦しむ日本ハムファイターズ・ファン

2022 AUG 4 23:23:54 pm by 西 牟呂雄

 解説者が必ず言う。『大混戦のパ・リーグ。首位から5位までが3.5ゲーム差』それがどうした。続けて『最下位のファイターズに取りこぼしたチームが落ちていく展開です』そんなことわかってる、ウルセーな。
 我がファイターズは最下位ながらも7月には7連勝をするなど(そのあと6連敗)B・B(バカ・ボス)の継投の下手さと節操のない打順変更にもかかわらず11勝11敗の五分である。
 そして誠に気の毒ながらそのファイターズ戦を唯一取りこぼしているのがホークスなのだ(7勝9敗)。
 そしてファイターズはオールスター明けもパッとしないまま、その宿敵ホークス戦を戦うことになった。
 この時点で、すでに醜く歪んだファン心理に陥った私は、長年戦ってきた中島(影の)オーナーのためではないが、ホークスの足を引っ張りたくない気分になっていた。
 初戦、こちらのエース伊藤は良くない。ところがホークスの石川はもっとダメで両チーム6本のH・Rが飛び交うグチャグチャな試合で勝った。まぁ、こう大味ではB・Bが余計な差配をするまでもないマグレ勝ちと言えよう。
 翌日、上原の熱投が凄かった。しかし相手は大の苦手の東浜。それをよせばいいのに清宮が今シーズン初めてランナーを置いてのH・R、何ということだ。さらに東浜キラーのアルカンタラが一発。清宮はその後もう一本打ち込む(もっとも投手は去年までファイターズの疫病神だった秋吉だが)。これで何とホークス6連勝となってしまった。
 そして3試合目は稀にみるダレた試合となった。互いにコロナの影響を受けて苦しい時期ではあるが、何と性懲りもなく杉浦を先発させた。こいつの防御率なんか気にしたこともないが10点は行くだろう。案の定、周東に先頭打者H・R。スイスイ3点を取られて3回KO。
 ところが万波が二か月ぶりにH・Rで同点にする。そこからはまた一段と酷い展開となり、延長でも互いにチャンスを潰し合った。
 私はもういい加減に負けろ、とファンにあるまじき心境に陥って錯乱した。

 思えばここ数年に渡り、そして今年は特に、ブログの内容はほとんどがファイターズの悪口かグチである。この惨めな環境でもついつい試合を見てしまう悲しい性をどうしてくれよう。私の青春を返せ!

 結果?引き分けです。ホークスはどうしちゃったのか・・・。

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油壷湾へ

2022 AUG 1 6:06:57 am by 西 牟呂雄

 異常に暑い夏はなぜか気ぜわしい。それは暑い分だけ早くエネルギーを消費してしまい、夏が短くなるのではないかと気を揉むからだ。あれもしなくちゃ、今年はこれもしなくちゃとジタバタして、焦りながら半分も予定が消化できなくなる。早速、京都に行く予定が潰れた。
 戻り梅雨のような長雨が去って、これからは台風を気にしなくてはならないが、前期高齢者という若者の季節の幕開けである。やはり夏には一度は海に浸かりたい。前期高齢者であるが故に、人生あと何回海に飛び込めるかと思えば外せない。
 コロナのせいで港のお祭りは無くなったが、レースはボチボチ復活していて、三重県志摩ヨットハーバーから江の島までの通称パール・レースが行われている。ホーム・ポートからもエントリーしていて、本日〈7月23日)にはもうゴールする予定。結果が分かるまでチョロっと湾の入り口まで行ってアンカーを打った。
 夏の海の透明度は低く、立ち泳ぎで足の先まで見える程度。浮き輪に掴まって海面目線で相模湾をしばらく眺めていた。伊豆半島は低い雲がかかっていたが、そこから富士が山頂を覗かせている。風は結構出ているようだ。この透明度が上がって来て足先から海底までが見えクラゲが漂ってくると、あぁ今年の夏も終わったな、となる。
 安倍元総理が撃たれた。この日本であんな暗殺があるなんて。背後の政治勢力もない、新興宗教を恨んでの個人的な感情を飛躍させた妄想テロである。こいつは始末に悪い。更にこれだけ国益を損なうようなテロの犯人も単なる一人の殺人では死刑にはならない。
 ニュースで使われた動画は実際に銃弾で吹っ飛ぶシーンはカットされているが、あれだけの聴衆のほとんどがスマホを片手にその場にいたのだ。関西の方から流れてきた動画には一発目の硝煙が上がり、振り返った元総理が被弾して倒れるところがハッキリ映っていた。奈良県警の弛緩した警備とSPの無能ぶりがまる分かりで腹立たしい。危機管理零点の平和ボケぶりは日本国を象徴しており、責任者はクビどころかハラ切りモノの醜態だ。
 故人を嫌う人も多いのだろうが、VS石破、VS立憲、VS共産、どの相手も内政での功績では歯が立たなかったのが実情であり、ましてや外交の成果に至ってはG7の会合に他の顔があったことを想像すれば(石破・枝野・辻元・レンホー・小沢・志位と想像してみてください。鳩・菅は実証済み)お分かりだろう。同じ学年だったし、強烈に支持していた。オット、SMCは政治的主張はご法度だった。
 コロナ第7波は数だけは凄い増え方で、ついに周りの人が感染しだした。さる92才になる知り合いの女傑が罹ってしまったのだが、熱がチョット出ただけだった。普段は息子夫婦に孫娘と同居していたのだが、入院には至らないと聞くや厳かに『解散!散れー』と号令をかけて今も一人籠城しているとか。
 この異常な熱波はヨーロッパをも襲い、山火事を引き起こし死者も出ている。地球温暖化のせいかどうかは分からないが生態系にいいはずもない。環境変化による厄災の多くは人間が引き起こしたことに相違なく、現に今もウクライナにおいて人為的な殺戮と猛烈な環境破壊が進行中である。COVID19は少しは控えろ、という人類への警告かも知れない。
 この足元を回遊しているはずの雑魚も、釣りの好きな連中に言わせるとまるで南の海のようだと言っている。戦争と疫病の同時進行とはハルマゲドンの世界。昔はやったノストラダムス先生はこの件については何も書かなかったのか。誰か探してこじつけたら面白い。物騒な新興宗教なら言うだろう。『悔い改めよ。神の国は近づいた』

海の基地から

『おーい、いつまで漂ってるんだ。そろそろファースト・ホームの船が回航してくるからアンカー抜くよ』
 えっ、そんな時間か。
 急いで船に上がりアンカーを上げた。
 どうやらこのハーバーから参加している船がクラスCで3位に入ったようだ。
 実は、最近はある船のオーナーと僕達は仲良くなって、オーナーの海の基地(別荘)を出入り自由にしてもらっている。そのクルーが僚船にかりだされて3位入賞したらしい。
 これは今晩は盛り上がるぞ~、と早速その基地に上がり込んでパーティーの支度に取り掛かった。
 ここからは湾内が良く見える。

夕暮れ

 日の暮れる前に続々とレース艇が入港してきた。クルーはみんな達成感一杯のいい顔をしている。
 あっ、もうシャンパン開けてるじゃないか。早く追いつけ。
 僚船は鳥羽からまる一昼夜、26時間という好記録で3位。
 スタートの凪に泣かされたが、その後はいい風を拾って順調な航海だったと。
 そしてトップを行っていた船が下田から大島へ向かう途中に怪我人をだして波浮に入港しリタイヤ、3位に食い込んだそうだ。そのリタイアした船にも仲間が乗っていたので心配したが、その人は無事だった。この下田―大島間は波が干渉して小山のような三角波が立つ難所で、僕も恐い目にあったことがある。やはり海は危険なのだ。
 レース談義で盛り上がったのだが、参加した人々はクタクタになっていて早々と寝てしまい、参加してもいない僕たちがドンチャン騒ぎを繰り広げた。


 翌朝は快晴、微風。いつもはサッサと船を上げて帰るのだが、26時間も風や波と戦ったメンバーに敬意を表して出航しショート・セーリングで風を浴びた。これからは台風も来るし、夏はもう行ってしまう。
 お疲れ様、わたつみの人々。

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少年とおっさんの錯覚

2022 JUL 24 22:22:39 pm by 西 牟呂雄

 僕は一人で歩いていて見付けた。ひどく暑い夏の日で、背中に汗をかくもんだからランドセルがペタッという感じで気持ちが悪い。見つけて拾ったのは青い何かのカケラだった。丸い手触りなのでガラスではなく、ロウ石のようだ。試しにアスファルトにバツを書いてみたら青いバツがついた。いいぞいいそ。それから家への帰り道、まぶしい日差しの中をガードレールの柱の頭に一つづつバツを付けながら歩いた。
 しかしどうもおかしい。僕は確かに小学生のようだが、この道は僕が通っている道と違うのではないか。いつもは坂を下って帰っているが、そこにガードレールなどはないはずだ。今歩いているのは平坦な道路の歩道で、都電の線路も走っていない。ひょっとして間違えて別の駅でおりてしまったのだろうか。ちょっと怖くなってきた。
 いつもの坂を下って左に入ると公園がある。その公園は昔は開成校という今は大変な進学校が明治の初めの私塾でスタートした跡で、隣に小学校もある。僕は引っ越す予定があってそこには通っていない。公園の向いに清水湯というお風呂屋さんがありその隣はお寿司屋さん、その次が僕の家、反対側には山田屋という酒屋さんでそのとなりは八百屋さんのはずだ。
 だが今僕が歩いているのはそこと全く違う眺めで、このまま歩いていていいのかどうか。

 どういうことか頭がぼやけている感じで、とにかく熱い中をセッセと歩いている。するとオレの目の前を汗まみれになった小学生が歩いていた。白い帽子は学校指定だろう。開襟シャツの首のあたりが汗で濡れているほどで、大きめのランドセルが重いんだろうな、と同情したくらいだ。背格好から言って低学年だろうな、とそこまで思ったが待てよ。
 オレはこの暑い中を何で歩いているかと言うと、単に自宅に帰る所だったはずだ。ところが歩いているうちにおかしくなってしまったようだ。
家路がいつもと違う。泥酔してそういうことになったことは何度もあるが、今はまだ夕方だ。それに酒も飲んではいない。足だけが意識を持った生き物のようにトコトコと進むのだが、自宅はどこにあるのだろう。
オレは不思議な気分のままその子の横を通り過ぎて、その時にチラッと表情を見た。目が合ってしまった。

 横にいるおじさんを見上げるとこっちを見ていた。なんだか見たような顔の人だが知らない人だった。すぐに僕を追い抜いてスタスタ歩いていくので目で追った。この人は何をしている人で、何でここを歩いているのかなー、と想像してみた。スーツを着ていないから会社の人じゃないだろうけど、どんな仕事をしているのだろう。小説や詩を書いている人だろうか。だって普通のオトナはこんな時間は忙しいだろうから。それとも夜になってバーとかスナックのようなお店をやっているのかもしれないな。そうするとこの人も僕の父さんみたいに毎日お酒を飲んでケラケラ笑っているか暴れているのか。僕はときどき早くオトナになってああいうふうに楽しそうに騒げるようになってみたいと思うことがある。だって子供のうちは何をするにしてもアレはダメだのコレはするなといった余計なことが必ずくっついていてそれを守らないと叱られる。父さんと一緒にキャンプに行ったときは、周りのオトナは僕に注意をしたりするくせに、酔っ払うと自分達はひどく騒いでモノを失くしたりケガをしたりして、次の朝には何も覚えていない。
 そうしてみると、勉強が大嫌いで気が散りやすい僕もそうなってしまうかもしれない。アッ、いつの間にかいなくなった。

 しかし、オレが子供だったあの頃はいやいや学校に行っていたくせに毎日何をして遊ぶのか考えて忙しかった記憶がある。誰と誰が中が良くて誰と誰は対立していて、女子と男子はしょっちゅういがみ合って、子供なりにクラスの中には複雑な社会が構築されていた。その奇怪さは、東京のド真ん中のせいなのか今から考えると他の人の経験した小学生生活とは全く違う環境のようだった。とにかく人数が多くて、そのせいで個性の強い奴が多くなり、その相互作用で上記の複雑な社会を構築していた。各種の秘密結社や暗黙の法律、男女間の駆け引き、裏切りや寝返りが横行していた。要するに背伸びするだけ伸び切ったオトナの真似をするグロテスクな集団だ。それは伝統にもなっていたようだったが、どうやら団塊の世代が終わった頃からからオレ達の2年下くらいまでの10年の間の風潮だったらしい。
 更に、小学校のクラスは音楽以外は全部同じ先生が教えていたから担任の先生というビッグ・ファクターがあり、オレは女先生の時には色々と迷惑をかけ、大変な目にもあった。
 結局、どうにも居心地が悪かったということになるのだが、毎日毎日ありとあらゆる権謀術数に明け暮れながら、ふざけ散らしていたに過ぎない。
 おっとどうやらウチにたどりついたみたいだ。そうか、オレはあまりの二日酔いで寝過ごしたところ、土曜日だから息子は学校に行き、カミサンは実家に行くとか言ってたな。まだ酒が胃の中にたんまり残っているのでフラフラしているんだな。ビールでも飲むか。

 おじさんが見えなくなって僕は父さんのことを考えた。親と接するのにそれなりの遠慮があったに違いない。自分のことはあまり話さないが、わりと努力して僕を甘やかそうとしているのはわかる。それに自分がやっている遊びには、それはスキーとかヨットなんだけど、僕の友達も連れて行って一緒に遊んでくれる。
 あれはいったい僕のために付き合ってくれているのか、自分の遊びに子供を引きずり込んでいるのか。
 ウチに帰ると母さんは出掛けていなくて父さんだけが寝ぼけた目でビールを飲んでいる。休みの時はいつもそうだから別に気にもならない。
『ただいまー』
『おう、お帰り。随分早いな』
『だって今日は土曜日だぜ。父さんだってビール飲んでるじゃない』
『あぁ、そうか。そういえばそうだな。さっき新聞買いに行ったらちょうど君くらいの小学生が歩いてたな』
『へェ。僕も父さんみたいな人がブラブラしてるのを見たけど。あのさあー、オレが全然勉強しなかったらそういう人になっちゃうのかな』
『オレも子供の頃はそう考えて焦ったことがあったな。そうそう、それで恐くなってチョコッと勉強したりした覚えがある』
『それでもこんなになっちゃったの』
『まあそういう事なんだけど、これでも結構大変なんだぞ。世界平和とかウクライナ問題を考えていると』
『えっ父さんそんなこと考えてるの』
『そう見えないのがオレの偉大なところなんだが。どっちにしても中途半端が一番いけない』
『ふーん。じゃチョット勉強するより全然やんないほうがいいの』
『オレの理論ではそうならざるを得ないね。オマエはどうする』
『・・・わかんないや・・・・』
『そうだろうな。オレも未だによくわからない。オレみたいにならないようにね』
『うん。そう思う・・・』

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戦争の終わり方 Ⅱ

2022 JUL 16 22:22:00 pm by 西 牟呂雄

 中国史の専門家によれば、今日の習近平が言う漢民族があの広大な大陸を統治した王朝と言うのは、民族の名前になった『漢』『明』『宋』だけで、唐でも元でも清でも北方の遊牧民がガーッと首都を蹂躙して打ち立てたものだとか。
 中東でもヨーロッパでも、古代の侵略というものは相手の男を皆殺しにするのがその終結で、民族淘汰的な側面のある残酷なものだった。それが国境という概念が確立するにしたがって、首都制圧・敵王族の殺害・国家体制の変更、といった手順を踏むようになってきた。
 近現代の我が国が被った敗戦という事態は、まさにこのパターンで、天皇制が残ったのは奇跡的なことだと言える。それだけ当時の日本人が毅然と『国体護持』を訴え、国民の中に敬う心が根付いていた証とも評価できる。
 今回のロシアによるウクライナ侵攻もまた、この手を狙っていたに違いない。当初のキーウ直撃の心理的な効果は大きかったものの、失敗している。実は我が国の敗戦以後、この必勝パターンは大国間では成り立たないのだ。
 筆者はその解を核だと考えている。すなわち保有5大国同士は互いに打ち合えば両国民とも全滅することになる。小国は言うに及ばず、G7からG20も含め、いずれかの保有国との同盟もしくは安全保障による共同防衛関係にあるため、20世紀型の(それも日本・ドイツの敗戦が最後の)国家間決戦はありえないはずだった。
 ロシアはそこをわきまえず、或いはスキを突いたつもりで侵攻して失敗。その結果核をちらつかせてまで威嚇しているが、そうはさせないと反対勢力の結束がかえって強くなってしまっている。
 この事態に、国連など何の役にも立たない、との声が上がる。常任理事国すなわち核保有公認国家5か国という大国の一角が小国に理不尽にも侵略をしたことに打つ手が無いので無用論が取りざたされている訳だ。筆者は国連について、大戦後の平和構築に貢献していると一定の評価をしており、それでは無くせとはならない立ち位置にいる。そもそも国連憲章並びに国際法(慣習法)で他国への侵略を禁止し、それに違反した場合は➀勧告し➁経済制裁をかけ➂武力制裁を取るのがオブリゲーションという、集団安全保障措置になっている。
 現在はその集団安全保障措置の➁の段階にいることになるが、国際社会の狡猾さはその建前をとっくに乗り越えて様々な詭弁を弄して止まない。アメリカはゴリ押しするときは多国籍軍・有志連合軍の体裁を取り、ロシアは今回の侵攻を特殊作戦と言い換え戦争ではないと言い張っている.そのせいで契約条項のフォース・マジュールによる損失請求ができない。
 更にその『建前』のハードルは続きがあり、この国連集団安全保障措置が取られない場合に限って個別的自衛の権利行使が認められる。それも国家の自衛権は国際法の定めに従い、必要性・均衡性・即時性の原則を満たさなければならない。即ち、敵の侵害手段に釣り合った手段での反撃ということで、1個師団には1個師団を、核には核を・・・。
 これらの運用を定めた先人達の平和への思いが滲み出ているが、一体誰がそのことを瞬時に判断し対応できるというのか。本件に関してのもう一歩の踏み込みはもはや筆者の理解を超えてしまうので、プロの見解が欲しい。
 もう一つ。ロシアに勝たせるわけにはいかない、とアメリカ中心に西側が結束して対峙している構図になっているが、ロシアが孤立しているわけでは決してない。はっきりと非難し制裁を科したのはG7とオーストラリア・ニュージーランド・韓国ぐらいの話で、インド・中国を含むユーラシアの大半と中近東のイスラム圏、アフリカといった国々は非難にも加わらなければ制裁もしていない。インド・中国といった2大人口大国を含んでいるために、総人口という荒っぽい見方をすればロシア陣営の方が多いかもしれない。
 フランスの歴史人口学の泰斗であるエマニュエル・トッドの分析で明らかになったが、これらの地域は父権性が強い外婚制共同体家族 (息子はすべて親元に残り、親は子に対し権威的であり、兄弟は平等)システムの国々である。かつての共産主義国家、中東においてはイスラム過激派を内包する土壌があるということになる。
 そしてトッドの考察は、今回の戦争は2014年以前からアメリカのウクライナへのしつこい介入でクリミア問題を引き起こし、頼まれもしないのに米・英そろってウクライナ軍を鍛えて煽り続けた結果ではないかと(断定はしないものの)示唆している。トッドの仮説に従えば、家族形態の最も原始的なものはアングロ=サクソンの完全核家族システムであり、歴史的には次第に父権的なシステムに発展した。その両システムの激突とも言えなくはなく、将に第三次世界大戦の入り口いるという見立ても成り立ち得る。多少解説すると、トッド理論によれば前大戦は核家族システムVS直系家族システムという構図となる。
 しかるにこの戦争で得をするのは誰か、と推理小説的に俯瞰すればアメリカと言わざるを得ない。ブッシュ時代は共和党をカヴァーにつかっていたネオ・コンは今や民主党に鞍替えし、当面の主敵である中国に戦争を仕掛ける訳にもいかないからロシアを引きずり込み疲弊させ、中国に面倒を見させて長期戦に持ち込む。及び腰だった独・仏のケツを叩いて緊張感を煽る。NATOを拡大してロシアの緊張感をヨーロッパに向けさせる。コロナ禍により中国を基軸としたサプライチェーンが寸断されたのを立て直す。いいことづくめではないか。するとウクライナで戦っている人々に申し訳ないが、アメリカとしてはロシアでの厭戦気分が蔓延するまでズーッと戦いが続くことが望ましいということになり、外交的な解決は当面ないのだ。
 実は、あまり表にでていない話だがあのドンバス・エリアは2014年のドンパチが始まってから当初のウクライナ軍の動きがかなり荒っぽく、その後配置されたアゾフ大隊(あの製鉄所に立てこもった部隊)はもっとひどかったため、地元住民からは蛇蝎のごとく嫌われていた。クリミアに関してはそもそもウクライナ人など殆どいない地域で、ロシアからウクライナに帰属を変えたいとはサラサラ思っていない。元々は強制的に移住させられてしまったがタタール人の地域だった。
 するとどちらが力押しで占領してもつらつら述べてきた国連中心の国際秩序が保たれることはなく、シリア化パレスチナ化したテロの温床になる可能性すらある。
 そして我が国はどうか。近隣の問題として台湾があり、ウクライナの手詰まり感からバイデンは珍しくはっきりと介入を口にした。対岸の火事どころではない。この問題に早くから警鐘を鳴らしてきた安倍元総理は凶弾に倒れた。筆者としては一瀉千里に世論が傾くことは良しとはしないが、憲法改正・防衛費増額は国際秩序の維持のためにも必要だと考える所以である。

戦争の終わり方

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私家版 同級生交換

2022 JUL 8 0:00:24 am by 西 牟呂雄

 先に席に案内されたのでビールを頼み待っていると奴は現れた。予想に反してスーツ姿だった。
『やあやあ、久しぶり。忙しそうだな』
 昔ながらの笑顔を振りまいた。
 久しぶりと言っても2年ぶりくらいだから、お互いそう変りようもない。
『直近の仕事、相変わらずの充実ぶりに恐れ入ったぜ』
 この男、妙に鋭い表現で評論をするところがあるので、たまに会っては私の事業の感想を聞くことにしている。大半がどうでもいい感想なのだが、100回に1回くらい、目から鱗のことを口走る。
『あんまり面白いのでつい感心しちまったがよ。どうも先祖返りしたみたいでオレなんか懐かしいけど一般の顧客からはネタ枯れに見られるかもしれんな』
 これが聞きたかった。確かに苦し紛れのテーマかも知れない、成程。
 この男、奇想天外なことを言うかと思うと変にイジケテ見せたりして、ちょっと話しただけでは頭がいいのかバカなのかよくわからない、異形のサラリーマンである。
 こういう奴の人生は破滅するだろうと見ていたら、大学卒業後に猫を被ってカタギの就職をしたのでビックリした。ちなみにまだデキアガッてないが酒乱でもある。
『お前時々自分がマトモだと勘違いするけど、人から見りゃ十分偏屈で頑固なんだから普通にやってるつもりの仕事が個性を際立たせるんだからな。奇をてらう必要なんかない』
 こいつにだけは言われたくもないが、こいつが言うからそうかもしれないと思わせる、という複雑なプリズムである。
 そういうこいつは、就職先の評価は別にしても、やりたいように自由気儘な人生を重ねているが、本人に言わせると『若い時分から苦労を積み上げた血と汗と涙の人生を送った』ことになるらしい。バカバカしいのでその話が始まるとみんな無視している。
『これはこれはお待たせ』
 次の男が来た。抜群の秀才で人格高尚の教授である。酒を飲んでもそんなに崩れないし人望も厚い。研究に没頭しているかと思うと、事務処理能力も高く、人からは何と順調な人生を送っているのだろうと思われるに違いない。
 ところがこの男は病んでいるのだ。挫折をしないが故に心を病むという、これまた奇怪な人格を隠して生きている。それには本人も多少の自覚があるらしく、それだけでも最初の男よりはマシだ。
 更にこいつの美徳は働き者であることだ。といってもあくまで比較の問題なのだが毎日出勤しているのは仲間内ではこいつだけ。そしてなぜ未だに働くのかという問いに対し『性格がいいからだ』と平然と答える余裕さえ見せた。
『どうもどうも、みんな元気そうじゃん』
 三人目が登場した。こいつは単純に不可解である。いつ聞いても『今は基本的にプーだよ』と言って、確かに正業にはついていそうもない。若い頃に確か広告代理店の下請けのような会社を経営していたが、その後行方知れずになっていて、巷では本当にヤクザにでもなったのじゃないかと噂された。
 本人の言葉によると、上海で雑誌を作ったり和食屋を手伝ったりしたと言うのだが、バブル崩壊の大波を受けて日本から逃げたと睨んでいる。
 こいつの場合、働いていないことが日常で、こいつが忙しくなる時は世情騒然としているので、世の中のバロメーターとしては重宝である。
 でもって、目下のところウクライナの戦争やら物価上昇・円安おまけに選挙と喧しいがどうなのか。
『昨日もヒマなおっさん達と麻雀やって稼ぎ倒したぜ』
 日本は平和ということだな。
『おォ、もう始まってるのか』
 時間ピッタリに真打登場で今日のメンバーが揃った。最後のこいつも一筋縄ではいかない。宇宙人のように頭が良く大変なイケメン、一見性格も穏やかなのでよくモテる。いつも輪の真ん中にいて、オレ達のやるようなバカ騒ぎにはあまり加わらない。
 ところが内側に高温のダークサイドを秘めていて、チョッカイを出したマヌケは大やけどを負ってしまう。
 そして時々黙って狂う。あまりに女を寄せ付けないので一時ホモだと噂されていたが、それもない。
 プッツンの白眉は、ある中間テストだか期末テストの時に全科目で白紙答案を出すという暴挙である。僕にしろ最初の男や三番目の奴(要は一番マトモな2番目を除いて)は勝手に設問と関係ない内容を回答したりして遊んでいたが、さすがに全科目白紙には腰が抜けた。このことは職員室で大問題になったらしいが、教師の方もはれ物に触るのがいやだったようで、そのまま進級させてしまった。
 そう、そろそろ白状するとこの連中とはさる学校の同級生である。
 日経新聞の交遊抄や文芸春秋の同級生交換には、それなりの功成り名遂げた方々が『会えば途端に昔に帰り』などと麗しい青春譚が記されているが、我々はそうはいかない。あんな時代には二度と戻りたくはない。     
 表では大っぴらにサボり倒し、雀荘に入り浸ってははしゃぎまわっていたが、暗い焦りと将来の展望の無さに荒み切っており、そしてそれを周りに気取られないように繕うことに精いっぱいだった。何かに打ちこむわけでもなくヒマを持て余し、それぞれが発狂寸前だったが、そのカオスを互いに嘗め合うことなど決してしなかった。
 或いは共通の目的でも共有していたならば、それはスポーツでも芸術でも学業でもいいが、切磋琢磨してライバル関係となり得たかもしれないが、目指すモノ(それがあったとしたら、だが)が違い過ぎてありえない。むしろ、コイツみたいにだけはなりたくないとさえ思った、とでも言う方が実態に近いだろう。
 その後、何度かヘマをして今日に至っている。嘘ではない。具体的に言えば、酒・バクチ・女・自滅に絞られる事実があった。あの頃はそうでもしなけりゃいられず、止める訳にはいかなかったのだ。
 そして前期高齢者ともなれば、互いに何かの悪事を共有しているような秘密結社化した集まりになってしまい、無論他の連中はそれぞれ別のグループとも関わっているものの、この結社には誰も入れなくなった。
 この共有しているモヤモヤ感を、果たして友情と呼べるのだろうか。
 僕は秘かに自問した。これよりひどい集まりはあるだろうか、と。

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初々しい染五郎さん

2022 JUL 1 0:00:29 am by 西 牟呂雄

 高麗屋三代揃っての襲名により晴れて市川染五郎(8代目)となり、今年の大河ドラマで朝日将軍木曽義仲の嫡男、清水冠者義高を演じて話題となった。
 さてさていかなる舞台だろうか。何しろコロナのおかげできっかり2年ぶりの歌舞伎座である。思えばずいぶんのご無沙汰なんだが、我ら前期高齢者は4回目のワクチン摂取も始まるし、いい加減下火にもなったし、染五郎さんが演じるならエーイ行っちまえ、となりました。
 その染五郎さん、大変なイケメンでこりゃ遊びもお盛んだろうと期待していたら、今年通っていた青学の高等部を中退したとか、いいですね~。あたしゃ役者が悪さしようが何しようが一向に構わない。この業界の先輩たちの行儀の悪さはハンパないから『芸に精進するため』なんて小理屈はいらない。舞台に出て遊び倒してたら学校の勉強どころじゃねえ、で充分。
 着いてみると佇まいは歌舞伎座なのだが、満席にならないように空いている(売り出されなかった)席が二席ごとに設けられ、場内には『大向(舞台に オトワヤ!とか掛ける合いの手)禁止』などと書かれ、お弁当を食べる吉兆は閉まり、3階の喫煙所も使用禁止。まだコロナ前には戻っていないことを実感させられた。
 それでも髪をセットしたハッとする程の奇麗どころが粋な和服を着こなしていたり、それなりの華やかさはあり、やっぱりお江戸はこうでなくちゃいけねーや。

 出し物は徳川家康の長男ながら信長により切腹させられる『信康』です。
 出てきた出てきた、妖気を漂わせながらの登場は待ってましたぁ。
 役者にしては今風の小顔で背も高い。キビキビとした動きに十分な間。
 そしてこの家系の難である声が、まだ若いのでくぐもらないところ、いいですねぇ。高麗屋ぁ、っと大向こうはいけませんでした。
 さて、お家のために謀反の嫌疑をかけられて親子の情を断ち切って切腹して果てるのですが、史実はどうかというとよくわからない。
 家康はこの信康や秀吉に養子にやったりした次男の秀康にどうも冷たい。この若いころにできた子供には徳川を名乗らせていない。信康は通称岡崎信康の後、死して松平信康。秀康にいたっては羽柴三河守秀康の次は結城秀康、のちに越前松平となる有様。信康は若くして死んだので資料が少ないが、勇猛果敢な武者振りとも伝わるし、秀康も天下無双の槍の使い手で将軍候補にも挙がった。戦国時代の親子の情は今日では測りがたいのである。

名槍物語

 ところで歌舞伎見物の醍醐味に、新たな贔屓の役者を掘り出すことがある。今回はいましたねぇ、いいのが(まるで女衒の台詞だが)。女形で信康の正室徳姫をやった高砂屋中村莟玉(かんぎょく)さん。
 どうです、玉三郎さんや雀右衛門さんもきれいですけどこの人、今風なところが一味違う。
 染五郎さんもそうですが、この頃の役者さんは小顔なので見た目がこぎれい(ただ舞台ではデカい顔の方が化粧映えする場合も)なんですな。
 
 一般家庭の出身ですが、お母さまが歌舞伎好きで子供のころから見ていたそうだ。この辺、筆者と似ている。
 ある時、新橋演舞場のロビーで「切られ与三郎」の真似をしていたところを花柳福邑に声をかけられ、中村梅玉を紹介され見習いとして楽屋に通いだす。筋がよかったのでしょう、その後梅玉と養子縁組した。
 筆者も至る所で歌舞伎の口上の物真似をしているが(玉三郎の真似なんか結構受ける)、トンとそういった機会に恵まれたことは、ない。何故だ。

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梅雨の合間の相模湾

2022 JUN 19 0:00:44 am by 西 牟呂雄

 強い雨が多い今年の梅雨。実は雨に降り込められてボヤーッと本を読んだり音楽を聴いたりしているのも実に居心地のいいもので、好きである。好きではあるが、飽きるのも早いのは事実だ。
 さる週末にクル-ジングの声がかかったので早速乗って来た。最近若いクルーが入って来たので、その練習がてら船団を組んで伊東まで温泉に浸かりに行くことになったのだ。
毎年この時期に行われていたレースがコロナで2年間できず、みんなうずうずしていたらしく、直ぐに話が大きくなった。伊東のハーバーはゲスト・バーズを拡張したのでウェルカムだったのもある。
 レース形式は取らずに、入港時間の申告制にして各艇バラバラにスタートし正確さを競うのである。
 で、風の予想であるが前線がやや南の大島あたりを通っているようで午前中は北からの微風、この時期は午後から南風(はえのかぜ)が吹くはず。それを狙って10時に油壷を出た。案の定1時間くらい行っても風はなく、オート・パイロットでのんびりとビールを飲んだ。まわりには先に出た艇が2隻ほど霞んで見えたが船名まではわからない。
 するとやはり南から風が入りだした。『セール・オン』スキッパーの声がかかり、配置に着いたクルーがスルスルとメインとジブを上げ、船が大きくかしいだ。グングン船速があがり7~8ノットで走り出す。アビームのランは最も舵を取りやすいので、新人に任せて風を浴びた。

オーナー・チェアの寛ぎ

 イルカの群れが横切った。すると逆側から別の群れが。何かを追いかけているのだろうか。
 この海の中で狩りが繰り広げられているのかと思うと何かと血が騒ぐ。
 相模湾はプレートがぶつかっているトラフであり、最深部が1,600mと日本の沿岸では最も深い。従って生物も多様であり、あのイルカもハナゴンドウかも知れない。
 我々はその多様な海の海面に点として今存在しているわけで、誠に心細いといえばそうである。うっすらと大島のシルエットが見えるがその向こうは太平洋であり、幅100kmに達する最速4ノットの黒潮が流れている。その端っこに点として存在する間は、いかにその営みが知的であろうと冒険的であろうと渚の砂粒よりもミクロであり、寂しいものであろう。
 船影が近づいてきた。見えた船名は僚船で行き先が同じ伊東だ。そしてその船は初島―大島レースを2連覇している快速艇である。向こうもこちらに気が付いて手を振るのだが、その表情は驚きに満ちている。それもそのはずで、我が艇は殆どのレースも早々とリタイアするので有名なのにこちらが先行している。向こうのスキッパーが檄を飛ばしたようで、それまでのんびり甲板から足をブラブラさせていたクルーたちが配置に着いた。
 こちらのスキッパーは秘かにエンジンをかけて回転数を上げ『あっちは今頃ベロンベロンになってるはずだからイジワルしてやる』と舵を握った(自分もベロベロなんだけど)。向こうがコースを変えてこちらの後ろを右舷から左舷に切り込もうとするのでこっちもそのコースを取って風が行かないように頭を取ろうとする。なかなかのデッド・ヒートに歓声が上がる。
 あっ風が上がった。風速計をみると17ノットくらいの強風だ。向こうが一気に勝負に出て、素早くタックし右舷に回ったところでもはや手も足も出なかった。やれやれ。もう伊東が見える。4時間半!我が艇の新記録である。

 遠くで護衛艦がへりの発着訓練をしているのが見えた。

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喜寿庵の異変 PART2

2022 JUN 13 0:00:28 am by 西 牟呂雄

 
 
 富士山麓の喜寿庵に、ローテーションの花が咲く。
 庭のはじっこに群生しているカキツバタが鮮やかに色をつけると、その隣にはスターダスト・フラワーが日を浴びている。
 

 レギュラー陣が一斉にハーモニーを奏でる梅雨直前は、このあたりの田植えの時期にもあたる。
 このスターダスト・フラワーは、遠目にも奇麗だが小さな花びらが芝生に散るとまた可憐である。
 星形のクッキーが並んだようで、色合いもなにやらおいしそう。
 

 間違えて鳥がつつかないかと観察しているが、どうもそこはそうならない、自然は奥が深い。
 一方、チューリップや牡丹を終えた手作り花壇には異変が起こっていた。
 ここは雑草を抜くでもなく普段はほったらかしなので、どこから来たのかこんな奇怪な花が出現した。

 ツリガネソウの一種だろうが、花弁の中の点々が不気味。
 何やら食虫花にも見えなくはないが食べているかどうかは分からない。
 ところで以上のことは提題の「異変」といってもかわいいもんで、実は気候変動か祟りか大変な異変が起きている。
 昨年、ポーチの前にある鮮やかな楓の葉の色がやけに薄い色づきだったのでおかしいと思っていたら、今年は全く枯れたように発芽しなかった。この木はかれこれ80年はこの庭を彩っていて、代々大切にしていたのだが、遂に樹齢が来て枯れてしまうのかと気をもんでいた。僕は秘かにこの木に『滝山(たきやま)』と名前を付けていた。

 そして植木屋のオッチャンに相談したところ、最近こうなってしまう木があるとの話。
枝先に水が上がっていないとのことで、ご覧のように枝を落とされた哀れな姿に成り果てた。
 身を切られる、というほどではないものの、一抹の寂しさはある。
 よく見ると必死に生きようとはしているようで、幹のあたりから新芽が顔を覗かせている。
 この木が元の枝ぶりに戻れるのかどうかは分からないが、仮に戻るにしてもその姿を見ることができるのは近所にいる(推定二才の)わが友、レイモンド君ぐらいだろう。

在りし日の『滝山』

 更に、ネイチャー・ファームでもひどいことになっていて、ナスもピーマンも大きくならず、ジャガイモに至っては一部が枯れてしまうという天変地異が起きた。
 もっとも普段は何もしていないので原因は分からない。ひょっとしてテントウムシの大発生でもしたのかも知れない。それもこれも巷間言われている地球温暖化のせいだったらこわい。

無残なジャガイモ

 地球よ、狂わないでおくれ!

喜寿庵の異変か

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セ・パ最下位チームの激突

2022 JUN 7 6:06:04 am by 西 牟呂雄

『下を見ろ!まだ阪神がいる』
 を胸に秘め、ビッグ・ボスの元で苦戦が続く我が日本ハム・ファイターズが、ついに阪神と雌雄を決する。
 決戦前の成績はファイターズが22勝32敗、阪神22勝33敗1分と、誠に日本最弱を争うにふさわしい。
 ビッグ・ボスも簡単に負けるのもナンだと思ったのか、エース上沢を持ってきた。ビッグ・ボスにとっても甲子園はかつてのフランチャイズだから、舞い上がって更なるメチャクチャ采配が見られるかも知れない。スタメンに清宮を入れたのが気にはなったが。
 セ・リーグは良く知らないのでウィルカーソンがどの程度なのかは分からない。と、思ったら実に大したことのないピッチャーでボカスカ点を取るではないか。万波のH・Rに上川畑のスクイズも決まる。
 7-1のスコアに多少気を良くしたが、待てよ。両リーグ最下位同士がこんな一方的な試合で終わるはずがないではないか。
 すると案の定というか上沢がジワジワ取られて5失点である。更にファイターズの弱点のセット・アッパーがやらかしてくれた。堀のバカめが一発は喰らうわ押し出しの四球は出すわで試合がひっくり返る。終わって見ればドベ争いにふさわしい大味な試合で負けた。9回のチャンスにいつもの清宮の見逃し三振までオマケについた。
 ビッグ・ボスは『負けたのは、うちの実力なんだけど』と強がったがふざけるな。
 続く第二戦はもっとひどい。これまたセ・リーグに疎い当方としてはノー・マークの川端とやらに完全に抑え込まれて0敗。そもそも出ると負けの杉浦なんかに投げさせるのだからこの試合は最初から捨てだ。
 そして第三戦。吉田の先発の段階でもう見てはいられなくなった。当然のように負けて、涙に暮れながらスコアを恐る恐る検証した。清宮のチャンス逃しの打席、おとといあんな試合しかできなかった堀の中継ぎ、やはりビッグ・ボスは何もやっていない。堀なんか、立ち直りのきっかけを与えたつもりなのかほかに誰もいなかったのか(いないのだが)。そして試合後のコメントに腰が抜けそうになった。
『タイガースもこれをきっかけにしてほしいですね。タイガースが勝ってプロ野球を盛り上げてもらわないといけないと思う』
 お前はパ・リーグを盛り下げてるじゃないか!お前が言うことじゃないだろう!このバカ!
 更に恐ろしいことに気が付いた。次の相手もまた両リーグ通じてウチ(ファイターズ22勝)の次に勝ち数の少ないDeNA(23勝)との闘い、すなわち今日から再びプロ野球最弱を争う試合なのだ。
 
 こと、ここに至ってはなぜ私がファイターズを応援し続けるのか、という根源的な疑問が湧いてくる。ダルや大谷がいた頃の幻影を追っているのか、はたまた栄光の東映フライヤーズを想っているだけなのか。
 ついにプロ野球最弱の烙印を押された今、私は深く思い悩むのである。

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