選挙事始め -大統領選に寄せてー
2020 NOV 16 9:09:27 am by 西 牟呂雄
関東エリアの某地方は、今ではすっかりおとなしくなったが嘗ては猛烈な金権選挙で名高かった。当たり前のように買収工作が横行し、それを指す方言さえあった。「ブチに行く」という。夜毎ブチに行く者がウロウロし、ついにはそれを阻止するために辻に焚火をして見張りがいたこともあったという。
戦前の二大政党である政友会と民政党に収斂していく過程で、様々な勢力が離合集散するのだが、この地方ではそれだけでなく地縁・血縁が横軸となって一層複雑な選挙戦が繰り広げられる。又、維新後の東京で財をなした財閥がバックにつくため、中央政界の大物まで巻き込むことがしばしばあった。財閥とは生糸成金から事業展開したグループで、電力・鉄道といった都市インフラに携わる者が多い。
大正7年にこの地方の代議士が死亡したため補欠選挙があり、折しも二大勢力が激突する舞台が整ってしまった。
時の政権与党である政友会側には地元名士の穴熊家から投資家で鳴らした七郎が立候補する。民生側(当時は憲政会)も負けじと対立候補を立て、こちらには財閥グループがバックについた。その人脈から中央より浜口雄幸・若槻礼次郎・加藤政之輔といった大物がやって来る。当時は選挙取り締まりも政権の意向がモロに出る状況下、壮絶な実弾飛び交う選挙の結果政友会側の七郎が勝利した。
こういった選挙は双方に大きなしこりを残し、特に負けた方は資金的にも苦しくなって本当に井戸塀(金を使い果たして井戸と塀しか残らないの意)になってしまう。
両勢力はその後大正九年の原内閣による解散、十三年の総選挙、県会議員選挙と戦い続け昭和を迎えた。その時点では若槻礼次郎内閣になっており、俄然民生側の巻き返しの機運が高まったところでまたもや逝去による補欠選挙が行われることとなった。政友側は落選中の穴熊七郎が名乗りを上げる。対して民生(憲政)側も造り酒屋で山林地主の小森家の当主、鶴丸を担ぎ出すことに成功。双方気合十分で火ぶたが切られた。
ところがとんでもない椿事が起きた。御本尊の小森鶴丸が突如雲隠れして行方不明となったのだ。だが陣営幹部は今更もう後には引けない、の悲壮な決意を以て選挙戦を続行する。この信じ難い顛末の真相は大の選挙嫌いだった鶴丸の細君サトが激怒し、鶴丸を本家の土蔵に押し込めて施錠、一切の外界との通信・交流を断ってしまったからだった。
前代未聞の選挙戦は2月の真冬である。双方ヒートアップしてしまい応援弁士の言論戦からいつもの実弾戦へ、そしてそれを阻止せんとする青年部隊の夜襲まで発生と戦国時代のような様相を呈した。
結局、小森鶴丸はサトの鉄壁の守りを突き崩せず、一度も有権者の前に姿を現すことなく選挙を終え、穴熊陣営の軍門に下る。
以上は約100年も前の我が国の一地方の話である。しかし、大金持ちと民主派が争い双方で貶し合い、プラウド・ボーイズが武装しBLMが暴れまくり、投票結果すら直ぐにはまとまらない、今日のどこぞの大国の大統領選挙と大して変わらないではないか。民主主義は理想的ではあるが、投票行動のヤバさは我が国の選挙でもしばしば妙な議員を選出し、不正は後を絶たない。国会の論戦も大したレヴェルとも思えない。そろそろ民主主義を鍛えなおすイノベーションが欲しい。いっそAIを使うとか。
さて、上述の話はほぼ実話である。その結果により小森家ではよほど懲りたのか以後選挙に関わることはご法度と家訓に定めて今日でも申し送られている。穴熊家と小森家の確執は続くのであるが、後に鶴丸の次男である亀次が穴熊本家に婿養子として入り一応の手打ちが成立した。
最後に蛇足ながらエビデンスを。文中の小森鶴丸のモデルは筆者の曽祖父に当たる.但し筆者の祖母は小森家の八人兄弟の末っ子である六女のため、筆者はその資産の恩恵に預かったことはない。
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私のコレクション 今井俊満
2020 NOV 9 9:09:52 am by 西 牟呂雄
どうです!このコレクション。アンフォルメルの大家、故今井俊満画伯の作品です。
左の塗りたくった躍動する赤、右の流れるような青。
残念ながら私は強度の赤緑色弱ですので、普通の方の見えている印象とは違うでしょう。子供の頃の御絵描きで太陽を黄色く塗り、赤いボールペンでノートを取っても赤で書いていると気が付かなかったくらいですから。それでもこの色彩が弾けるような感覚は分かります。
左の絵は昔から家にあった物で、筆遣いが右の青のような線に変わる直前の作品です。左側のいわゆる肉太のシリーズは他に青と黒があり、そのうちの青はさる個人の所有で私は見せてもらったことがあります。黒は残念ながらどこにあるのか分かりません。どなたかご存知の方、ご連絡いただければ是非見たいと思いますのでご一報下さい。
左の赤を眺めてはニヤニヤしていたある日、右の青がオークションに掛かっていることを知りがぜん血が騒ぎました。画風が変わった前後の色違いを二つ並べてみたい、という思いが抑えられなくなって入札する気になったのです。このオークションは一発入札方式ですからセリにはなりません。さあいくらの札を入れたものか。相場を鑑み、手持ちの金を考慮し、まだ見ぬ競争者の思惑を推測し、私の心は千々に乱れました。この心境に最も近いと思われるのは、麻雀のオーラスで一発逆転の役満をテンパった途端に親のリーチがかかり、次のツモが激ヤバの筋牌だった時でしょうか。
結果、今さら後に引けるかの気迫で入れた金額が一番札でこうして並べることができました。めでたしめでたし。
但し二枚横並びにしてみるとチョットいけない。二枚が互いをけなしあっているような、遠慮しているような。左右入れ替えてもそうでした。どうも片方を部屋の反対側に架けて向かい合わせにした方がいいようです、相互が睨みあっている感じが。しかし如何せん我家はマンション暮らしで反対側は窓。仕方なく絵に向かって『どうかケンカしないで仲良くしていてください』とお願いしました。
ところで、そろそろネタバラシですが、今井画伯は昭和3年の生まれで我がオヤジと旧制高校の同級生なのです。赤の絵はその昔に(要するにまだ安かった頃)同期の仲間と買い付けた一枚でした。今井画伯は卒業後に第12回新制作派協会展で入賞しフランスに留学しますが、当時の仲間内では行方不明になったとされていて、絵の修行をしていたことは誰も知らず、帰国後に個展を開いた時点で初めて絵描きになったことを知ったそうです。同期会にゴリラの毛皮のコートで現れて仰天した、とも。
落札したことをさぞ喜んでくれるかと思いきや、第一声は『お前アイツの絵にそんな大金を払ったのか』という怒声でした。ゲージツがわからん人には困ったものです。
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ザ・ウェイト 本歌取り
2020 NOV 1 7:07:42 am by 西 牟呂雄
あの『イージー・ライダ』でデニス・ホッパーとピーター・フォンダがアリゾナの雄大な自然の中、改造バイクで走り抜けているシーンに流れる美しい曲の題名は『重荷』。演奏しているザ・バンドがホークスだった頃からのメンバーであるロビー・ロバートソンの作品である。
このウェイトという題名を『重荷』としなければならないのは、この歌詞全体に聖書からの引用がちりばめられているからと言われていた。そしてこれは最近知ったのだが、その引用は「へブライ人への手紙12章1-2節」からだそうだ。
『凡ての重荷と纏へる罪とを除(の)け、忍耐をもて我らの前に置かれたる馳場をはしり、信仰の導師また之を全うする者なるイエスを仰ぎ見るべし。』
この原文の Weight が重荷とされた。
聖書の翻訳については明治以来それぞれの宗派のこともあって長い歴史があり、凝ったルールが存在する。the whine of locusts ときたらセミでもサバクトビバッタでもなく『蝗(いなご)』と訳さなければならない、とか(旧約聖書出エジプト記)。
ともあれ、乾いたサウンドがバイク・シーンに良く合って有名になった。
因みに作者のロビーは、カナダ人だが父親はユダヤ系のプロ・ギャンブラー、母親は先住民モホーク族で厳しい少年時代を過ごした天才ギタリストだ。モホーク族とは例のモヒカン刈りをしていたインディアンである。
検索していたら何とグレイトフル・デッドのバージョンがあった。
これを聞いていてフト思ったのだが、これはアメリカ人にとっての演歌なのではないか。
それでは日本の演歌の歌詞にしたらどうだろう。八代亜紀だったらこんな感じかな。
場末の酒場に フラリと入る
哀れな女と 視線が刺さった
どうして分かるのさ 捨てられたって
これから 誰を たよればいいのさ
*もう戻れない 居場所もない
行く当てもない
愛が 愛が 愛が 砕け散った夜(散った夜)
尽くしたつもりが 伝わってなくて
甘えたつもりが 疎まれたなんて
ついてく はずが 呼ばれずにいた
何が あたしを 遠ざけたの
*
酔って泣いても あの人は来ない
メールもラインも 既読にならない
そっと 呼んでも 返事は来ない
なんだ、簡単じゃないか。この調子でやれば何番でもいけそうだる。やってみてわかったが、どうも演歌にハマる単語がある。
例えば『涙』『別れ』『寂しい』『流れる』『北』『雪』『雨』『男』『道』『海』『風』といった言葉が入っているとできるのではないか。北島三郎でやってみると。
別れ 涙を 振り捨てて
北へ 北へと 流れて 来た
行き場を 失った 風の街に
男が わびしく たどり着く
* 雪の降る 暗い海
当てのない
道を 道を 道を求めて(求めて)
ハマりすぎて怖い。1番で止めます。
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決戦!最下位争い6連戦 日本ハムファイターズ
2020 OCT 26 9:09:56 am by 西 牟呂雄
20日のホークス戦は今シーズンを象徴するような負けだった。エース上沢があれよあれよという間に炎上し、打線は全くのダメ。しかも9回裏の敗色濃い中、申し訳程度のホームランを中田が打ち11-2の気力負け。
21日にはピッチャー総崩れでボロ負けしてマジックナンバーを献上。
22日はヤケになったか集客のためか吉田輝星に先発させて、そこそこ良かったのにエラーから失点して連敗、ホークス11連勝のサポート、宿敵との最後のカードを台無しにしてくれた。そしてこの日も9回に中田は一発打つ。まるで年棒の帳尻合わせみたいで不快感が増した。なにしろ失点のきっかけとなったエラーは中田なのだった。
その後も楽天相手にピリッとしない試合を繰り広げ、昨日は4-13という大敗を喫した。しかも、である。3点は9回に打った試合に関係ないホームラン。打ったのが清宮というふざけた得点だった。
そして今シーズンのドン詰まりの戦いが始まる。我がファイターズとパリーグ最弱オリックスとの6連戦である。オリックスファンだった亡き親友、中村順一がいればさぞ高額のベットで札束飛び交う血みどろの戦いが繰り広げられたであろう。何しろ最下位争いに名誉と金がかかるのだから。
気が付けばゲーム差が5で地獄の6連戦を戦わなければならない。
そもそもコロナ禍のシーズンである。宴会・飲み会・海外出張・旅行がままならない。従ってすぐに家に帰ってきて何をするかというとビールを飲みながら、今シーズンのファイターズの試合をほとんど全て観戦し、結果としてストレスを貯め込んだ。何という成績だ。
シーズン当初、順位当て名人の異名をとる中島ホークス(影の)オーナーが期待を込めて2位と予想してくれた。それがSMCの同志でもある中島オーナーの面子を丸潰れにしてしまったこの体たらくは一体何が原因なのか。深く反省して来年の糧としたい。理由は大きく3つある。
その1は守備の乱れ。これは戦犯の特定が容易で清宮とキャッチャーの清水。清宮は中田がDHの時や後半不調の際に1塁を守ったが、試合の流れを変えるようなミスを多発した。
ファースト・ゴロを捌いてカバーに入ったピッチャーへのトスが流れる、少しそれた送球は落球、取れるはずのアウトを逃して試合の流れをブチ壊していた。あれではとてもプロとは言えない。栗山監督も叱責したようだが同僚達、特にピッチャーの士気を削ぐこと夥しい。
後ろに逸らすことは捕球のプロと言えない。キャッチャー清水もひどい。おまけにこいつは送球もノーコンで、タイミングはアウトなのに野手がタッチできないようなところに投げる。ミスをした後ベンチでキレた様子を何回も見たが、こっちの身にもなれこのやろう。チームメイトだってたまらんのが分からねえのか。
この二人は二軍でキャッチボールでもさせとけばいい。
その2。エース不在。上沢と有原である。シーズン初めは全く勝ちが拾えなかった。打線の不振もあったのだが、どうも走り込み不足なのか6回になる前にガタッときて四球を出す。ボールが高めに浮いて打たれる。
満を持して、という言葉があるが先発ローテーションは1週間で上沢は火曜日、有原は木曜日と決まっている。そんなにあればもうちょっと調整のしようがあるだろうに。
ついでにいえばクローザーにも苦労した。西村・秋吉と離脱してセットアッパーの玉井、宮西、金子まで繰り出すのだが、見たくもないサヨナラ負けを何度も見た。吉田も斎藤も使い物にならないまま。金子ももう・・・。
その3。何が打点王争いだ、ホームラン王争いだ。ここ一番の逆転チャンスにほぼタコで、一発サヨナラの舞台に凡打を繰り返す勝負弱い4番ナ・カ・ダ。打点もホームランもボロ勝ちの時か負け確定の試合に打っただけだろう。チームはドベ争いなんだぞ。
堪りかねて先発から外すとその代りに1塁を守るのは打率1割台の清宮。それじゃ外す意味がないではないか。来季のため?広島だったら2軍でヘドが出るほど素振りをさせられていたに違いない。確かにたまに打つ長打の飛距離は目を見張るものがある。しかし現状は覚醒に程遠い。小笠原コーチは何をやってるんだ。
栗山監督は来期も続投し10年目を迎えるとか。万が一無気力試合を繰り広げオリックスに逆転され最下位となった場合、私は(影の)オーナー権限を行使せざるを得ないだろう。
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わが友 中村順一君の命日
2020 OCT 18 11:11:50 am by 西 牟呂雄
今年も彼の命日は当たり前のようにやってきた。毎年、少人数で偲ぶ会をやっていたが、このコロナ禍では集まることもできずにいる。
我々の友情というのはどうも第三者に分かりにくいものに進化して行った。仲間内で飲んでいて、例によって二人で罵り合っていたところ、ポツリと一人が言った言葉を噛みしめている。
『お前らどっちか死んだら寂しいぞ』
けだし名言である。その時は気にもとめなかったが、その通りで、今では寂しいどころかやり場のない怒りにも似た感じがする、先に逝きやがって。
「あれからオレも大腸がんを切った」
「それがどうした。切れば治るに決まっておる」
「切りゃ痛いんだぞ。おまけにせん妄が出て精神科にもかかるハメになった。転移の恐怖にも耐えなきゃならん。貴様に分かるか」
「ふんっ、精神の虚弱がバレただけだろう。タルんでおる証拠だ」
「オレは繊細なんだよ。キサマと違う。そっちは腕が千切れても平気だろう。兵隊の位でいえば万年二等兵とか雑兵のたぐいだ」
「ヤヒコー(二人の間では最高の侮辱の意)!そんなもんではない。両足失っても突撃できる」
「アッ、言ったな。どうやって突撃するんだ。まさか手で歩けるとでも言うのか。やってみせろ」
「今はその時ではない。しかしイザというときは可能である」
これは今思いついて書いたものだが、実際にもほぼこのような会話に明け暮れていた。
そう、僕は今でも奴と会話しているのである。
ところが、相談したいことや悩みを訴えるといった事になると想像もつかない。そんな話はしたことがなかったからだ。万が一そういう場合だったらどんなものだったろうか。
「実は大変困ったことになった」
「ほう、それはまたどうした」
「◎◎の作戦を失敗して✖✖が全くうまくいかない。おかげで四面楚歌だ」
「なんだ、その程度か。オレなんか▽▽が尾を引いて四面どころか百面楚歌だぞ」
「なにが百面だ。▽▽をいまだに根に持った人間が百人もいるはずがない」
「そんなことはない。少なく見ても200人だな」
やはり全然相談にならない。
我々は環境が似ていたせいか思考回路はよく似ていたが、表に出すパフォーマンスはまるで逆だった。奴は山の手・オーソドックス・クラシック・運動部だったのに対し、僕は下町・チンピラ・ロック・サークル気質だった。従って何も張り合う部分が重ならないので、ライバルとか同志という関係になり得なかった。それがどうして半世紀を超えてズルズルと付き合ったのか謎としか言いようがない。
北方領土についてもモメた。僕は当時から前安倍総理の進めていた二島返還論に近かったが『そんなことを言ったらナメられる。樺太の南もよこせと言って四島の面積等分方式に持ち込み、択捉に国境線を引かなければ日本人の甘っちょろい国境感覚が直らん』と一蹴された。
国土防衛の証として住民票を竹島か尖閣に移す、ということを提案してきたことがあった。この時はどっちが尖閣にするかでバカバカしいことにじゃんけんまでして奴が勝った。少しでも暖かい方がいい、という理由で二人とも尖閣を希望したからだ。もう還暦近くにもかかわらず、じゃんけんまでしたとはさすがに恥ずかしい行為と言えよう。
去年、大腸癌の手術を受けたが、手術日が奴の命日に近かった。奴に呼ばれている気がして、それもいいかなと思った。しかしそうなったらエラそうな顔で先輩面をする顔が思い浮かんで参った。
実は奴との最後の約束がいまだに果たせないでいることがある。
現在の年齢までにはとっくに仕事を辞めて好きな事をして暮らし、月に一度は会ってどちらが好きな事をやり続けたかを比べるはずだった。その満足度を点数にするルールまできめたのだ。
「お前本当にちゃんと仕事辞められるんだろうな。イザという時に金が無くなったとか理屈をつけて逃げるなよ」
「そっちこそ、会社から頼まれた、みたいな嘘を言うなよ。絶対にズルするな」
「笑わせるな。意外とケチなのは長い付き合いで知ってるぞ」
「ケチとは何だ。無駄が嫌いなだけである。旅に誘って忙しいなんて言い訳は通用しないぞ」
これも想像上の会話だが、ただただ懐かしい。合掌。
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1985年のロード・ウォリアーズ
2020 OCT 10 0:00:57 am by 西 牟呂雄
厚い胸板、強烈な顔面ペイント、モヒカン刈りと頭頂部をそり上げた逆モヒカン、女性のウェスト程もある腕回り。技も何もない。ぶちかまし、殴りつけ、蹴り上げて、叩きつけるだけ。強い。無敵のタッグ、アニマル&ホークのロード・ウォリアーズの入場だ。そもそも花束贈呈も選手紹介も成り立たないのだ。リングに駆けあがってくるといきなり襲い掛かって試合が始まる。メインエヴェント以外の試合、すなわち来日して直ぐにセミ・ファイナルで若手レスラーとやった時はほとんど秒殺だった。
タイトルマッチでも大体ノーコンテストか両者リングアウト。誰が何をやってもフォール負けということがない。そして凶器攻撃のような反則など一切やらず、次々と相手をぶちのめしていく。
1985年、全日本のリングを襲ったロード・ウォリアーズはひたすら強くかっこよかった。インターナショナル・タッグ選手権に挑戦された鶴田・天竜戦では、あの天竜がアニマルに2回もリフトアップされて投げ落とされた。長州・谷津は長州がサソリ固めをかけると楽々と腕立て伏せをしてみせる。
ウォリアーズ攻略を研究した僕は弱点は二人の足首だと見抜き、アンクル・ロックかドラゴン・スクリューで攻めろと声援を送ったが、そこまでに至らないうちに粉砕されてしまう。馬場・輪島組も歯が立たなかった。
話は変わるが1990年代に一時流行ったCMで、アマゾネスみたいな巨漢の女性が「(水の中から姿を現し)ダッダーン!ボヨヨンボヨヨン」と身をくねらせるわけの分からないのがあったが覚えている人はいるかな。これはピップのダダンという栄養ドリンクのCMで、出てくるのはレジー・ベネットという女子プロレスラーだ。この人はウォリアーズのホークの彼女だった。さらにどうでもよいがこの振付を考えたのは投身自殺したコメデイアンの故ポール牧である。
数々の合体フォーメーションはマネジャーのポールエラリングが振り付けをし、リング下からも細かく指示を出していた。このあたり従来型のタッグマッチより洗練されており、ツウをうならせる新しいスタイルと言えたが、なぜかこの流れは消滅する。現在のWWEではマネジャーがいるケースもあるが、それよりもレスラー本人が色々と発信するスタイルに変わってしまった。
90年代に新日に参加した際に、脊椎損傷によるアニマルの欠場を受けて日本人パワー・ウォリアーとなって組んだのはあの北斗晶のご主人となった佐々木健介で、このチームも強かった。
逆モヒカンのホークは薬物問題でWWFから追放されたりしていたが、2003年に心臓発作で急死する。46歳の若さだった。ドーピングしていたのはミエミエで240kgのベンチプレスをガチャガチャいわせながら挙げていた。やはり使い過ぎたのだろう。
残されたアニマルはその後もリングに上がり、2000年代初頭には来日して武藤啓司と組んだり佐々木健介と再びヘル・ウォリアーズを結成したりして活躍した。そのアニマル、先月ツイッターにより訃報がもたらされた。こちらは60歳。合掌。
当時、研究者の間でウォリアーズはヒール(悪役)かベビー・フェイス(善玉)かの論争があり、僕はベビーフェイスだと主張した。すると、それではなぜ日本人にあの手のタッグ・チームがないのか、と反論され答えに窮した。そもそもタマがいないのだ。かろうじて僕が出した結論は、ジャンボがヒールに転向してペイントし、新日本の武藤啓司のグレート・ムタと合体すれば成り立つ、というものだった(当時アメリカではグレート・ムタはカブキの息子というギミック)。見たかったなあ、翻っていまではこのタイプのレスラーがほとんどいないことが寂しい。
ところでアニマルの二人の弟はジョニー・エース、ザ・ターミネーターとして知られるレスラーであり、息子のジェームズ・ロウリネイティスは5年4220万ドルという契約をしたNFLセントルイス・ラムズのラインバッカーというスポーツ一家だった。
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テキトー米大統領選挙予想
2020 OCT 2 1:01:04 am by 西 牟呂雄
いよいよアメリカ大統領選挙である。
先日の討論会はご案内の通り確かに酷いものだった。そしてトランプの振る舞いに多くの人が眉をを潜め、アメリかの新聞・テレビはこぞってバイデンの方がましだ、との論調だった。今後2回の直接対決を軸に両陣営の選挙戦は激しさをまし、巷間言われる所の中国・ロシアの介入も当然あり、盛り上がりまくることだろう。
例によって政治的主張ではなく、斜め読みの視線からこの選挙を予想してみるとどうなるか。
中国はあれだけやられたのだから当然バイデンに乗って、伝統的なアメリカ民主党との蜜月を復活させたいだろう。
ロシアはなぜかトランプ贔屓で、一説によれば出馬前の不動産屋だった時にモスクワに訪問したトランプをハニートラップで引っかけて弱みを握っているから、イザとなったら脅せるとタカを括っているとか。
EUは、と言っても私の仮説ではEU=ドイツなのだが、真面目なメルケルはトランプが苦手なのでバイデン。イギリスはジョンソン首相は外見からトランプ。
日本はどうか。ガースーの腹は読めないが現在の共和党でよかれと思っているのではないかとの見立てだ。
目下伝えられるのは例の射殺事件以来、アンティファやBLM(ブラック・ライヴェス・マター)の過激デモがアメリカの分断の象徴のように報道され、トランプの人種感覚や抑圧的な言動に反対する声が強まっているように見える。
しかしその世論というものは、FOXを除く民主党の息のかかった新聞テレビなのだ。
私がアメリカで仕事をしたのはニューヨークやロサンゼルスのような大都会ではなく広大なテキサスが中心で、そこでの定点観測から浮かび上がってくるのはあまり流動的でない保守派のアメリカ人達のビヘイビアだった。一般にバイブル・ベルトと言われる田舎者の白人である。有名な進化論を教えない一派と被るホーム・スクーリング(自宅学習)の家庭が千万人単位でいるとされる(但し私が会ったホーム・スクーリング出身者は教養ある大卒だったが)。
何が何でも共和党で、ヒラリーのような政治家が大嫌い。
相関を調べたことはないがプロレスが好きな人々(ちなみにトランプもプロレス好き)というのが近い感覚だ。ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなど読んだこともなく、下品だろうが子供っぽかろうがトランプが相手を罵倒すると無性に嬉しくなる連中だ。
また、上記アンティファ・BLMが行き過ぎて暴徒化すれば浮動票がトランプに流れる。ミネソタ州はかのジョージ・フロイド事件の起きたところだが、その後BLMのデモが略奪行為まで引き起こす治安の悪化にたまりかねて首長6人がトランプ指示を表明した。
対するバイデンは認知症を疑われるほど失言というか言い間違いが多く、次の討論会で再びまくしたてられるとキレるかもしれない。日本では流行らないが、アメリカの選挙は対立候補の悪口を言ったモン勝ちなのだ。
結果はバリバリのトランプ再選である、ナンチャッテ。
するとわが日本のガースー総理はポスト安倍のレガシーに乗りまくって外交はパーフェクト。2021はコロナも収まり、必ずオリンピックを成功させるだろう。
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友達ができた
2020 SEP 29 8:08:03 am by 西 牟呂雄
かねてからブログにも書いているが、僕はもう積極的に友人を増やそうとはしていないし、そういう機会は極力避けている。ただ、偶然知りあって仲良くなるのを拒むほど偏屈でもない。
そもそも学校に通ったり就職したりして嫌でも顔見知りになる人数は何千人にもなるが、1人の人間が長く親しむのは常に百人を超えないのではなかろうか。チーム・メイトもクラス・メイトも同僚も、環境が変わってもそのうち何年かに一度会うくらいになっていき、前期高齢者になる頃はレパートリーは減る。
親族は年上から減っていくのは仕方が無いが、決行結婚やらお目出たやらで総数は一定、むしろ少子化の趨勢でこちらも冠婚葬祭は減少気味といった感じ。
うまくしたもので、こちらもしょっちゅう飲み歩くのが辛くなってくるし、今更そういう機会を増やすこともなかろう。例外は子供のトモダチができるケースかな。ところが喜寿庵で月に一回集って御飯を作って食べる北富士総合大学の学生さん達との交流も、このコロナ騒ぎで途絶えたまま。
などと喜寿庵で思いを巡らせていたら、やはり現れた。ヒョッコリ先生だ。それが驚いたことに赤ん坊を抱いている。
「やあやあやあやあ。元気かね」
「きょうはペットのピッコロやマリリンは一緒じゃないんですか」
(注;以前は同じ名前の男の子と妹を連れていたはずなのだが)
「うん。いやこの子が一緒だから置いてきた」
「お孫さんですか、この子」
「名前はレイモンド君。孫どころか曾孫じゃ」
「(なんだ、家族がいたのか)わぁ、かわいいですね。レイモンドちゃーん」
「うーぎゅ~~」
「早速なんだがね、きょう一日この子預かってくれんか」
「(またとんでもないことを)はぁ~」
「この子の親は今ミャンマーに行ってて、それでしばらくワシのところにいるんだけど、色々とローテーションの都合で月に一日くらい手が足りないんだ。キミは信用できると見込んでの頼みだからよろしく頼むよ」
「(また勝手なことを、前はことわりも無くバーベキューをやってたな)それは・・・今僕一人なんですよ。泣いたりしたらどうしようもないでしょう」
「キミィ!人の親だろう。何とかしなさい。赤ん坊には喜怒哀楽のうち『喜』と『怒』しかないことぐらい知ってるだろ。泣くときは怒っていてできることはおしめを代えるかミルクを飲ませること」
と言っておしめとキャップ装着型の缶ミルクをいくつか出してテーブルに並べた。
「ホラホラ、おじさんが遊んでくれるよ」
と言いながら赤ちゃんを僕に抱っこさせるのだ。
レイモンド君はギューッとしがみついてきた。何だか安全を確かめているようでこちらもヒシッと抱きとめてしまった。
「それじゃよろしく」
「(まだ、わかりましたと言ってないだろう)チョット待ってください。ちゃんと迎えに来てくれるんでしょうね」
「きょうの夜までには来るから心配しなくていいよ」
と言ってスタスタ出て行った、おいおいおいおい。あと10時間もあるじゃないか。
取り合えずこのまま抱っこしていたが、この子重い。しかもしがみつくだけじゃなくてTシャツの袖を噛んでいる。仕方なく畳に座布団を敷いて寝かした途端に『ふんぎゃ~』と大声で泣き出した、怒ってるのか。すると見る見る大粒の涙が頬を伝わっているではないか。ヤバイ、と早速おしめを代えようと脱がそうとするが、そっくり返ってどうにもならない。もう一度抱っこしたら泣き止んだ。参ったな。
しばらく家の中をウロウロしてみると機嫌が直った。いくら赤ちゃんでも環境が変わったのは気になるのだろう、キョロキョロと天井を見上げたり、家具を触ろうとする。不思議なものでこちらも『それは電気スタンドだよ』とか『ここはお風呂なんだ』と話しかける。すると姿見の前で『ア~ア~』とか反応を示した。
「レイモンド君、これは鏡でレイモンド君が映ってるんだヨ」
と教えてあげた。どうも鏡の向こうにも現実の世界があると思ったらしく、一生懸命手を伸ばしているのでその前で遊んでみた。不思議そうに触ってみている。
と、いきなり鏡の向こうに行こうとしてガンッと頭をぶつけまた『ふんぎゃ~』と泣き出してしまった。だが今回はすぐに立ち直って嬉しそうに、かつ真剣な顔で触ったり叩いたりしはじめた。
その後、本当にお腹がすいたらしく例のミルクを飲んだり、しがみ付きながら寝たり。目が覚めると仰向けのまま足の指を咥えるという離れ技までしてみせた。慌てて検索すると『生後半年くらいの赤ちゃんは足が自分の身体の一部だということがわかる』のだそうだ。ちなみに赤ちゃんがしがみついたまま寝ると、体温の高さで二人とも汗だくになる。
それから暗くなるまで庭に出たり僕が昔使っていたオモチャ(なぜか押入れにあった)で遊んだりして過ごした。まだハイハイもできないのにオモチャをいじったり鏡で遊ぶのは実に楽しそうで、思い通りにならないと考えている。
午後7時、先生が迎えにやってきた。何だ酔っ払ってるじゃないか。乳母車を押してきた。
「やあやあやあ、どうもありがとう。いい子にしてたかい」
「(いい子もクソもないだろ、赤ん坊なんだから)まぁ、こんなもんでしょうね。よく泣きよく遊びよく飲んでよく寝ました」
「そうかそうか。あのね、また時々頼んでいいかな」
「(そらきた。図々しいにも程があるだろうに)もちろんですよ。いつですか今度は」
「それがワシも色々忙しくてね。予定は立たないんだが、再来月くらいかな」
「(嘘つけ、ヒマなくせに)事前に言ってくれないといないかもしれませんよ。僕も仕事があるし」
「まっ、その時はその時。ほら、帰るよ」
レイモンド君を乳母車に乗せてあげた。何だか心なしか眼差しが淋しそうに見える。
「じゃあね、また遊ぼうね」
先生とともに帰っていった。
何が、赤ん坊には『喜』と『怒』しかない、だ。ちゃんと『哀』も『楽』もあるじゃないか。僕とレイモンド君はトモダチになったのだ。早くまた来ないかな。
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彼岸前の怪現象
2020 SEP 21 6:06:53 am by 西 牟呂雄
風は秋風になった。まだ台風が大きくスライスしない時期、すなわち太平洋高気圧が未だにせり出していて連日暑いのだが、日陰で風に当たるとなんともさわやかに感じる。珍しく朝早く目が覚め二日酔いもなかったので散歩に出た。
自宅周辺は繁華街から5分ほど外れた住宅街だがあちこちに公園があって楽しめる。丁度住宅一区画分のかわいらしいミニ公園なんかを見ると、あぁこの場所は相続に失敗して物納したのだな、などと不謹慎な想像を巡らせたり。
ペットのワン公も数・種類と豊富で、中には犬同士のコミニュケーションを交換している和やかな姿が見られた。無論ネコもいるが、飼われているのかノラなのか良くわからない。
戦後直ぐは引揚者のアパートがあったという大きな木のある原っぱのような公園で一服していると(簡易灰皿持参)足元の異変に目が行った。アスファルトの部分のあちこちに小さな土がコブのように盛り上がっているのだ。それも3つも4つもあった。
しゃがんで良く見ると、小さな飴色の蟻がウジャウジャ固まっている。何だこれは。そして行列ができていてこの蟻どもはセッセと土を運んできては積み上げている。
試しに指先で少し崩してみるとウワーッ、その土くれの中も蟻だらけ。
思いっきり近づいて接写してみたが、拡大してやっと細かい蟻の姿がやっと分かる程度のマズいのしか撮れなかった。
しかし、蟻の引越しは巣別れ現象として知っていたが、これはアスファルトの上だから巣を造るに至らないだろうに。この暑いのに良くやるなとしばらく見ていたが、これはマイクロ蟻塚を作っているのではないかと思い当たった。
ところが検索してみると、日本には蟻塚を作る蟻はいない。いるとすればそれは毒性の強い外来のヒアリだ、との記述!これは大変だ。刺されればまれにアレルギー性のショックで強い回転性めまいを起こし、重度の無意識な痙攣を起こしたと報告されているではないか。
地域の安全を守るためにアース・ジェットを掴んで夕方に公園にパトロールに行った。あの公園には小さいお子さんを連れて遊びに来ているご家族も多い。
駆けつけて見ると、驚いたことにいくつもあったマイクロ蟻塚はみんな跡形も無くなっていた。
お子さんが走り回っていた。僕は時々こういったチビちゃんが遊んでいるのを眺めていることがあるが、このテのチビ達の破壊力は凄まじいものがあることを知っている。ハトを追い回し虫を虐め殺し枝を折って石を投げまくっているのだ。おそらくわざとか無意識にか踏んづけたり蹴散らしたに違いない。どこか別の所に行ったのだろうか。
ところが、翌日にはまた幾つかできていて、働き蟻は忙しそうに動いている。その時は別件でパトロールはできなかったのだが、夕方覗いてみると土の盛り上がりだけが残っていた。これは一体どういうことか。一般に蟻は巣篭もりをして越冬すると言われている(但し働き蟻の寿命も1~2年程度だが)。
そのための巣作りなのかと考えたが、アスファルトの上に土を盛るか。
仮に作っても破戒されているのならば、その頻度で安全な場所には残るのではないか、とチビたちの攻撃に会いそうもない植え込みの奥の方をゴソゴソと調査したが、そんなものは見当たらない。それよりもオジサンが公園の隅っこをしゃがんで覗いている姿はホームレスか何かに見えるのかママたちの視線が怖くて止めざるをえなかった。
そうこうしているうちに3日程でこの怪現象は起こらなくなった。あれはヒアリじゃなかったんだろうか。
あっ、赤トンボ!
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With コロナ2021
2020 SEP 13 13:13:57 pm by 西 牟呂雄
第2波は2020年7月末に来ていたとか。それで8月は検査数も増して感染者の数字が跳ね上がった。現在は東京で言えば100人台、もはや感覚が麻痺してきて、収束に向かっているように見える。
しかも医療関係者の懸命の努力で死に至る患者さんは少ない。
この病気の恐ろしいところは、感染力もさることながらその死の直前には呼吸困難になり、病床で溺れ死ぬように最期を迎えることだ。しかもウィルスは次々にその性格を変え勝手に進化してしまう。
一方、卸元である中国の様子は先日プールでのイベントの映像が流れ、抑え込んだのか隠し倒したのか共産党幹部もマスクをしないで出てきて不謹慎極まるものであった。また、アメリカは世界一感染者が多いのに相変わらずデモだ選挙だでもう過ぎ去ったことのような振る舞い。罹ってもそう簡単に死なない、という開き直りが蔓延し世の中は狂って行った。
まぁ、第二波に至る経緯は、自粛を真面目にやったので我慢できなくなりキャバクラ・風俗に押し寄せてクラスターを作ってしまい、そこで働く女性がホストクラブに蔓延させた、といったところではないか。仮に歌舞伎町を封鎖したところでソノ手の需要はなくならないから周辺に分散しただけだったろう。
2021年、東京で毎日100~200人位の新規感染者が出て、大規模イベントはなくなり、オッサンも若者もウジャウジャと居酒屋で飲んだくれるような光景は廃れ、テレワークやデジタル化が加速する一方で、文化的な生活はガラリと変わった。
例えばオーケストラを(演奏者が)オール・リモートでやり、その音源を自宅のネットで鑑賞する。イベントもスポーツ観戦も好きな席のチケットを買い、自宅でのバーチャル鑑賞になる。すなわち席に設置されたカメラを画像で見るのだ。観光でさえ現地に行かないで味わえることになって人は移動しなくなったのである。
深刻な問題は男女の関係であった。
どちらかがコロナ陽性で肌を合わせられなくなった恋人同士がガラス越しに接しているうちに、互いを傷つけあって最後には相手を破滅させてしまう事件が後を絶たない。
気の毒なケースもあった。ウィルス対策の最前線で戦う医者に重症化した患者が二人運び込まれると、少女ともう一人は自分の妻だった。命の選択を迫られた医者は葛藤の末、既に意識のない妻よりまだ若い少女の方を選び、そのことで心に深い傷を負ってしまう。少女は一命を取り留め退院するのだが、医者の方は自分を攻め続け酒に溺れ身を持ち崩す。フラリと寄った風俗店で出会ったのは彼が妻の代わりに救った少女だった・・・(ヨーロッパでは医療崩壊に伴い実際に高齢者施設でトリアージ(命の選別)が行われたらしいことを今月号の文芸春秋で宮下洋一氏がレポートしている)。
1月半ば、ノーベル物理学賞・医学賞受賞の二人の学者が共同でネイチャーに論文を発表する。日本人の死亡率の低さを科学的に証明したと難解な理論を駆使し、ニューロンの波動を受けると毒性が緩和されると言いきった。そしてニューロンの波動を増幅するのは日本人が神社で打つ柏手(かしわせ)でこれがファクターXである、ヨーロッパでも医療関係者を励ますため、時間を決めて窓を開け一斉に拍手をするようになると治まった、柏手によって日本はあの程度の対策で先進国最低の死亡者数だった、とした。
するとある男の打つ柏手が効くという噂がネットで流れ、その男が教祖の怪しげな宗教団体に信者が殺到する。どうやらネットで入信できるという触れ込みで、会費1万円で信者になれるとか。
令和三年の建国記念日の早朝、教祖を名乗る二死牟呂夫(にし・むろお)という男が突然『これから都内某所で悪霊退散の柏手を打つ』とツイッターした。物見高いテレビはどこなのか慌てるが、場所はわからない。すると朝方の午前7時、靖国神社に約千人はいると思われる正体不明の白装束の集団が現れた。集団の中心には背中に真っ赤な日の丸を染め抜いた羽織の男がいて、その男を中心に参道を進み門をくぐったあたりでその大集団が一斉に二拍の柏下を打つ。周辺にいた人々はその拍手の迫力に圧倒された,その光景は居合わせた人達の動画がYouTubeにアップされたが、見るからに胡散臭かった。
ところが、その日から感染者数は東京でゼロとなり、本当に効いてしまったようなのだ。味をしめた二死一派は調子に乗って名古屋の熱田神宮・大阪今宮戎神社・博多櫛田神社に突然姿を表し大袈裟な柏手を打って歩いた。彼らは別々にワラワラと集まって来てはその場で白装束に着替え、柏手を打つと移動している間に10人20人と着替えてたちどころに街に溶け込んでしまう。
かくしてコロナ騒ぎは収束し、菅政権はついに入国制限を撤廃した。すると疫病退散を目指した外国人は来日し靖国神社に詣でるのが大ブームとなり、経済はインバウンド効果でV字回復した。勢いがついて東京オリンピックは大成功、日本の未来は明るく開けるのだった。
その後の二死一派は、疫病退散ツアーと称してインドのガンジス川のほとりやロシアの赤の広場で柏手を打つ映像が投降されるのだが、不思議な事に現地でそれを見た者はいない。CGの画像ではないかとの疑惑が生まれた。そしていつのまにか姿を消してしまう。
更に感染者ゼロも、政府がPCR検査を操作して全て陰性とすべくデータを改ざんした、との内部告発があったのだが、マスコミはスルーした。
一部の良心的マスコミが二死一派の調査をしたところ、実態はスーパー・マインド・コントロールSMCという得体の知れない合同会社で宗教法人でも何でもないことが分かったのだが、後の祭りとなった。景気浮揚を狙った菅政権が官房機密費を使ったヤラセ疑惑も持ち上がった。
浮世の真実は一体何なのか、誰も分からなくなって2021年は暮れようとしている。
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